連載
posted:2020.12.11 from:石川県加賀市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Nao Nagai
永井菜緒
ながい・なお●株式会社SWAY DESIGN代表取締役。1985年石川県生まれ。住宅・オフィス・店舗のリノベーションを手がける傍ら、設計者の視点から物件の価値や課題を整理し、不動産の有効活用を提案する不動産事業を運営。解体コンサルティングサービス「賛否、解体」、中古物件買取再販サービス「よいチョイス」の事業を展開。
石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、
不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。
今回は元住宅会社のショールームをリノベーションして生まれた、
加賀市小菅町にある和食店の事例です。
目指す事業と物件とのミスマッチへの挑戦、そしてマイナス条件を逆手にとったプラン。
そのプロセスをご紹介します。
JR北陸本線、加賀温泉駅から徒歩10分ほど。
周囲には飲食チェーン店や大型ショッピングモールなどがある、
加賀市の中心部に位置する和食店〈さえ季〉。
2017年8月のオープンから3年が過ぎ、
市内だけでなく県内各地から人が訪れる地元の人気店です。
このさえ季を営む佐伯真さんは、京都の老舗料亭を経て
石川県内の和食店に料理人として勤めたあと、独立し開業されました。
当初ご相談をいただいた際から、つくりたい店舗のイメージが明確で、
「和食居酒屋ほどカジュアルではない、でも割烹ほど敷居の高いものにはしたくない」
というご依頼。
店舗設計の依頼を受ける際、物件を見立て一緒に選ぶパターンが多いなか、
今回は物件がすでに賃貸契約済という段階でした。
そこで、まずは建物の現場調査にうかがいます。
計画地は片側2車線、加賀市の主要道路に面する木造平屋の賃貸物件です。
もとは住宅会社のショールーム兼営業所として使われていた建物。
入り口は洋風の両開きドア、庇(ひさし)には洋瓦。
建物内部がよく見える大きなはめ殺しのガラスが入った外観。
洋風であり、いま風な建物で、立地も良く、
事務所としての使い勝手は良さそうですが、
意図する“ちょっと粋な料理屋さん”をつくるには
方向性が大きくズレるな、というのが初見の感想でした。
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改修工事で毎回悩むのは、解体してみないと見えないものが多くある、ということ。
ショールームとして使われていた際の細かく仕切られた区画、
床の素材の使い分けを見せるための段差、
壁に貼られたさまざまな素材や装飾で建物の全貌が見えず、
既存図面もなかったことから、まずは先行解体を行うことにしました。
ところが、一般的にこの「先行解体」が手順を複雑化させるのです。
解体して現れた事実によって、プラン(計画)の変更を
余儀なくされる可能性が出てきます。
よって、事前にプランを立てるのが難しい。
ところが、プランを書かないと、お施主さんも具体的な検討ができず、
プランに基づき工事の見積りをしなければ、融資審査の申し込みもできません。
現れた事実によって、計画実行が妥当ではない、
もしくは中止すべきという結論に行き着くことも。
計画変更となった場合、計画に割いた労力と時間のロスが大きく、
とはいえ、見えない条件のままにラフプランと概算見積を出し、
融資申し込みを進めても、解体後に大幅なプラン変更が生じた場合、
その軌道修正はすごく難しい。
このジレンマを解決するには、物件の契約形態や自己資金の有無、
目視でわかる物件の状態などから、どこに着地しそうか検討すること。
そして、依頼者と請負者の双方が最小限の負担で済むワークフローをつくるべく、
あらゆる予測をたて、時間と検討項目の境界ラインを定め、
柔軟に検討することが大切だと考えています。
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先行解体が完了し、そこで判明した事実により、
案の定プランに大きな影響が出てきました。
・厨房の計画をしていた範囲に大きな梁が出てきて、必要な高さがとれない。
→レンジフードが収まらない。
でも機器の配置変更をすると使い勝手に大きな影響を与えてしまう。
・出入り口を計画していたところは、本来であれば柱が必要な構造だった。
→正面が大きなガラスだったので、その開口を生かしたいと考えていたが、
壁にする必要がある。
・出入り口の変更を行うと、テーブル席、カウンター席、個室の
3つのゾーンへの動線が確保できなくなる。
今回の席の配置は、3つそれぞれのゾーンでプライバシーを確保することが重要。
一番開けたテーブル席経由でカウンターや個室に入ることはいいのですが、
個室やカウンター背面を通ってテーブル席に行くことは避けなければいけません。
さて、どうしよう…。
賃貸のテナントで、建物の構造自体を加工する大がかりな工事を行うのであれば、
そうしなくてもよいテナントをほかに探すべきだったのでは、
と話が根本に戻ってしまいます。
この時点でストップをかけ、物件選定をし直すか
(この解体費負担はどうするかと話を詰めなければいけない)、
もしくは、当初の計画は諦めてもらうのか……。
妥協点は探るものの、施主の目的を考えると、
テーブル席、カウンター席、個室は必須であり、
また厨房機器の数を減らすことはできません。
ただし、入り口の配置や中の動線計画、厨房と客席の関係は
検討の余地があり、これこそが我々の仕事です。
そこを間違えて、自分の知識と能力不足を自覚せず、
検討すべきことを施主側へ「無理です」と突き返していないか、
これはSWAY DESIGNの社内でも、とても大切にしていることです。
施主の目的が達成できないのであれば、着手前に入念に確認と検討を行い、
実行不可との判断を下すこと。不確定要素があっても、
修正可能であれば、その旨を説明し理解してもらったうえで着手。
この決断をさまざまな諸条件から導き出すことが、
設計に携わる者の責任だと感じています。
何が起こるかわからないのは、建築計画だけでなく、事業を運営することも同じ。
そのときに「始めなければよかった」とお互いが後悔しないためにも、
「いまできること」と「考えても仕方がないこと」、
また「自分たちがコントロールできること」と「コントロールできないこと」、
これらを分けて考え、できることに対しては全力で取り組むことが大切です。
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解体によって現れた各種の制約によって、プランを大幅に変更しました。
・天井の高さがとれない以上、厨房は前に、個室は後ろにもってくる。
・出入り口を計画していた部分には、補強を入れた壁をつくる。
・動線計画を考えると、厨房の空間の幅と奥行きが確定する。
・高さがとれない空間は、圧迫感を軽減するため床座の個室を配置する。
ここまできて、
「そうか! 個室と厨房の位置が入れ替わったことで、
当初のプランを線対称に反転させればすべてが整う!」と気がつきます。
厨房の出入り口として計画していた既存の勝手口(裏側の入り口)も、
店舗の入り口として生かすとおもしろい。
入り口が道路から完全に見えない位置にきてしまうが、
ちょっと粋な和食屋さんの演出としては悪くない。
そうなると、既存の洋風両開きの玄関ドアは、厨房専用出入り口として残せる。
モノはいいがテイストは異なるこの建物。
お客さん用の入り口が後ろになるなら、
正面にある洋瓦の庇ごと隠せる壁を立ててしまおう。
であれば、テーブル席から見える中庭がつくれる!
と、ドラマ『ガリレオ』で福山雅治さん演じる湯川先生が
計算するシーンをご存知でしょうか。
まさにあの音楽が脳内に流れるなか、図面にわーっと書き散らかして、
「これだ! 解けた……」と納得(ちなみに作業が夜間に食い込むときは、
ドラマ『コード・ブルー』のサントラを聴きます)。
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現場でぐるぐる歩き回りながら、頭を悩ませた日々。ここですべて解決です。
より詳細な図面の検討、どういった素材を使うか、予算をどう配分するかなど、
まだまだ道半ばではあるのですが、目指すゴールが見えている道中は、
着実に歩みを進めることができます。
「どんな目的のために、そして何をつくるか」
これはお施主さんと一緒に考える。
「それをどのようにつくるか」
こちらは専門家である設計者が熟慮し、提示する。
ここの役割分担と責任を間違えないこと、その責任を放棄しないこと。
また「誰が」やるのか、ということも計画の重要な要素です。
施主の考えや人柄、技術、そして提供したい価値と建築計画がズレてしまっては、
顧客に提供したいことが伝わらず、ひいては事業の存続も脅かしてしまいます。
施主が佐伯さんでなければ、もっとカジュアルな店舗になったかもしれないし、
使う素材も異なるものだったと思います。
どの店舗計画でも同様ですが、「この人だからこそできるものは何か」を考えること。
また、その店舗を訪れる顧客は、年齢、性別、趣味趣向などを踏まえた
ターゲット「層」として捉えますが、運営する人は唯一の「個」。
施主の想いを深く受け止め、理解し実行すること。
置き換えの効かない「この方とだからできた」と言える場所を、
一緒につくりたいと考えています。
information
さえ季
住所:石川県加賀市小菅波町1-147-1
TEL:0761-75-7948
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