連載
posted:2020.11.20 from:石川県加賀市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Nao Nagai
永井菜緒
ながい・なお●株式会社SWAY DESIGN代表取締役。1985年石川県生まれ。住宅・オフィス・店舗のリノベーションを手がける傍ら、設計者の視点から物件の価値や課題を整理し、不動産の有効活用を提案する不動産事業を運営。解体コンサルティングサービス「賛否、解体」、中古物件買取再販サービス「よいチョイス」の事業を展開。
石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、
不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。
今回の舞台は、加賀市大聖寺。
長い間空き物件だった古い医院を改修して生まれた、
高校生のための学習塾〈タビト學舎〉をご紹介します。
〈タビト學舎〉を運営する飯貝誠さんと真美子さんご夫婦とは、
工事現場に掲げられた足場幕をきっかけに接点が生まれました。
現在は、新規のご相談はWebのお問い合わせフォームからいただいているのですが、
2016年の当時はまだ〈SWAY DESIGN〉の実績は数件しかなく、
WebやSNSなどで存在をアピールすることも難しい段階。
昼も夜も休みも関係なく、図面を書いては、あちこち声をかけて職人さんを探し、
設計から施工まで一貫して請け負うという日々。
そんななかでのPR戦略として、当時一緒に活動していた
同世代でフリーランスの大工さんや板金屋さんと、
「チームが増えるにつれて連続していくような、絵巻物のような足場幕をつくろう!」
と、ひとり1枚ずつ900ミリ角の幕をつくり、掲げることに。
すると
「道路を走っていて、足場幕を見かけたんですけど……」
という飯貝さんからお声がけがあり、
「ではとりあえずお会いしましょう!」
と行き当たりばったりのかたちでスタートしたのでした。
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計画地の加賀市大聖寺は、加賀百万石の支藩・大聖寺藩の城下町として栄えた場所。
旧藩主の別邸や国登録の有形文化財、武家屋敷跡がいまでも多く残る地域です。
そのため、加賀市では改修費の補助事業を行い、
歴史ある建物の保存活用に力を入れています。
この物件は、昭和初期(およそ築70年)の木造2階建てで、
20年ほど前までは病院として稼働していました。
いわゆる町屋とされる特徴的な構造や意匠とはかけ離れた建物ですが、
町屋再生事業の目的「歴史的な景観の維持」「まちなかの賑わい創出」という観点から
遺すべき資産として判断され、大聖寺地区の再生事業の対象として認定されました。
大学進学で県外に出られた飯貝さんご夫婦ですが、
高校生の頃まではこの大聖寺地区で育ち、この建物の存在は知っていたそうです。
Uターンして独立を考えたとき、ご夫婦ともに
「やっぱりこの建物の佇まいはいいね」とここで開業されることに決めました。
通常こうした助成金事業は申請が複雑で書類の量も多く、
行政とのやりとりが何度も発生します。加賀市での申請業務は初めてで、
まずは関係性を築かなければと覚悟を決めて向かったのですが、
加賀市担当者の方が非常に協力的で、それはとても意外なものでした。
東京で仕事をしていたとき、自分自身がまだ知識不足の若手だったこともあり、
行政といえば、あらゆる問答を想定し理論武装して挑むべき相手、
いわば敵のような印象でした。
もちろん県内でも大都市圏でもすべてがそうとは言えません。
ところが、加賀市においては組織全体から非常に緩やかな枠組みが感じられ、
一緒につくり上げる同志のような印象を受けたのでした。
こういった距離感が地方特有の馴れ合いになってはまずいのですが、
官民一体で課題に対して何ができるのかと考え、
この地域を一緒につくり上げていけることは、とても有り難いことです。
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行政と並行して、お施主さんである飯貝さんご夫妻と共に計画を詰めていきました。
この学習塾は、大学進学に向けた高校生の学力向上とともに
「こんな大人になりたい」という憧れや、
目標へと背中を押すきっかけを与えたい、という想いから立ち上げられました。
大人向けのコミュニティスペースの機能も兼ねることで、高校生が社会人と接し、
大学や仕事についての体験談を聞いたりと、社会との接点も提供している学習塾です。
ご依頼をいただいた当時の飯貝さんの資料から、印象的な部分を引用します。
将来何をしたいのか聞かれても答えられない。
私たちもそうでした。
高校時代、先生に進路を相談しても
自分の偏差値に見合った大学を推奨されるだけでした。
今思い返すと、本当の進路指導と言えるのか疑問です。
タビト學舎では、
「社会に出るとどんな仕事があるの?」
「働くってどういうこと?」
そんな高校生の気持ちに応えたいと思います。
私自身、建築という仕事を見つけられたのはとても幸運だったと感じています。
振り返ると、この道に進むきっかけをくれたのは
高校、大学時代に出会った先生方の影響からでした。
正直、中学生の頃は何のために勉強をするのかわからず、
あまり勉強しなくてもよさそうだと消去法で地元の工業高校に進みました。
そして、何となしに建築科を選択。
そのなかでたまたま出会った数学や専門領域の先生方と気が合い、
遅咲きながらも学ぶことのおもしろさを知ったのでした。
ところが就職率が8割以上の工業高校であり、
すでに大学進学という道はほぼ閉ざされた状態。
唯一の手段である指定校推薦という特別枠に、
先生方の協力もあり入れていただくことができました。
何かをやりたい、という思いがどれだけあっても、
自分の過去の選択がこれから選べる道を大きく狭めてしまう。
そしてタイミングを逃せば取り返しがつかず、
その中で選んでいくしかないと、当時はそんな思いを抱いていました。
好成績を修めていれば選択肢は広く持てたのでしょうが、
「なぜやるのか」という思いと折り合いがつかないまま努力するのは難しいことです。
飯貝さんご夫妻からこの塾の目的をうかがったとき、
もし自分の高校時代にこんな塾に出会えていたら、
もっと違う道が開けていたのかもしれないと思いました。
これから進路に悩むであろう高校生に向けて、
そしてその時期に何度も後悔した自分を省みて、
ぜひそんな場所を一緒につくりたいと熱く感じたのでした。
飯貝さんご夫妻からの要望のひとつに
「できることは自分たちでやりたい」というお話がありました。
DIYで施工費を抑えることが目的ではなく、たくさんの人に手伝ってもらい、
たくさんの人の想いが詰まった空間にしたい、という考えからです。
また、しっかりつくり込んだ空間ではないものの、
削ってよいところ、そうすべきでないところを判断する、
そこの協力をお願いしたいとお話をいただきました。
それはまさにSWAY DESIGNの得意とするところだと意図が一致します。
劣化した建物を元の状態に戻す工事や設備の入れ替えなど、
設計者が入るメリットを提供しにくい工事があります。
ある一定以上の予算と要望の特殊性、計画規模も重要な要素で、
「自分たち(設計者)がいなければ、この結果に辿り着けなかった」
と自信を持って提供できないものは、施主にとってもただの負担にしかなりません。
しかし、ジレンマもあります。
お互いメリットを出しにくいから、とお断りした物件でも、
「同じ単価の材料を使うならば、あっちのほうがよかったのに」とか
「ここの建具の位置を少しずらすだけで、使い勝手は劇的に違っただろうな」など、
やっぱり手伝うべきことがあったかもしれないと後悔することも。
今回も同様に「DIYであれば私たちの出番はないので、どうぞご自由に」
ともなり得たのですが、そうはせず、
職人さんに任せるべきところ、DIYすることでおもしろくなる部分など、
デザインそのものではなく、適切な役割分担を考えました。
これも全体を俯瞰する設計者だからこそできる仕事なのだと感じています。
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こうして、タビト學舎が完成しました。
入り口は天井を抜くことで光を取り入れ、ふた間をつないで教室をつくりました。
ラウンジは既存の塩化ビニール系素材を撤去し、
素足にも気持ちいい杉の無垢フローリングを貼りました。
高校生の塾と大人のコミュニティスペースとして始まったこの場所。
町屋再生の補助事業となったこともあり、移住検討中の方が相談に訪れたり、
地域のイベントの拠点となったり、さまざまな人たちが集まる場として
いまも育ち続けています。
近年は、大学生を対象としたワークショップが行われたり、この場所をきっかけに、
さまざまな団体が加賀市を拠点に活動を始めるようになりました。
人口減少が続き、2040年までに存続が困難になるであろう加賀市は
「消滅可能性都市」として名前が挙げられましたが、この地に携わる当事者としては、
この地域はまだまだおもしろくなるだろうな、と感じています。
人口という指標で見れば衰退しているかもしれません。
だけど数値では見えない動きもあり、このお仕事を起点に
出会い知ることのできたこの地域の活動は、どれも魅力的です。
こうした動きに携われることが、地方での仕事のおもしろさだなと感じています。
次回は、同じく加賀市の元住宅会社のショールームを
和食店へ改修した事例をご紹介します。
information
タビト學舎
住所:石川県加賀市大聖寺荒町43
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