連載
posted:2021.2.19 from:石川県白山市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Nao Nagai
永井菜緒
ながい・なお●株式会社SWAY DESIGN代表取締役。1985年石川県生まれ。住宅・オフィス・店舗のリノベーションを手がける傍ら、設計者の視点から物件の価値や課題を整理し、不動産の有効活用を提案する不動産事業を運営。解体コンサルティングサービス「賛否、解体」、中古物件買取再販サービス「よいチョイス」の事業を展開。
石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、
不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。
今回のテーマは、石川県白山市の「安産(やすまる)日吉神社」に併設したカフェ。
その背景では、建物を「壊すか、残すか」という課題に向き合うこととなりました。
リノベーションにまつわる本連載ですが、
今回は「解体」についても考えていきたいと思います。
白山市美川町の安産日吉神社。
その近くに古くからあったごはん屋さんが閉店し、
この地での食事どころがなくなってしまう。
近隣には図書館もあり人の行き来が多いのに集う場所がない。
そんなお話を地元の建設会社さんからいただいたのが始まり。
まちおこしも兼ねて、神社の近くにカフェをつくり、
自社で運営したいという相談でした。
現地には木造2階建ての納屋が1軒あり、その活用が検討されました。
古い建物ですが想定する席数に見合う大きさで、構造の状態も悪くなく、十分使えそう。
ところが、最終的に出た結論は「解体して新築する」というものでした。
建物は境内から高さが1.7メートル下がった位置。境内から建物は見えるものの、
建物に入るには一度神社の外へ出て遠回りする必要がありました。
神社の参拝者や境内を散歩する方もふらっと立ち寄れるカフェをつくりたい。
そして神社のお守り売り場もつくりたい。そんな要望をまとめると、
神社からのアクセスの良さが最優先事項となります。
境内から直接行き来できる位置に出入り口をつくる案を検討しましたが、
床の高さが中途半端。スキップフロアの計画も出しましたが、
建物からの景観や店のオペーレーションを考えると難しいので断念。
調査と検討を重ねた結果、おもしろい建物ではあったのですが、
目指す方向性には合わず、「残すことは不適」という判断になったのです。
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近年の不動産市場の動きでは、「あるものを活用しよう」という動きが活発です。
あるものを生かすことで、解体費用や資材、工事のボリュームを抑えることができ、
新築よりも割安になるケースもあります。
なおかつ、いまの技術ではつくれない材料を組み合わせられたりと、
メリットはさまざまです。
でも注意したいのは、建物の特性が良い方向に生かせるのか、
もしくは制約となってしまうのか、ということ。
後者の場合は、解体の判断を下すこともあります。
解体の場合は一度壊したら元に戻せません。
だからこそ、いったん遠回りになっても選択肢を数限りなく広げることが大切。
そこから各メリット、デメリットを洗い出し、
望む方向性と選択肢を比較しながら考えるべきだと思います。
今回のカフェ計画においても、後悔のない結論を出すために、
慎重に検討を重ねて選択肢を洗い出しました。
結果的には壊すことになりましたが、大切なのは結論を出すまでのプロセスです。
壊すか残すかの判断においても、建物をつくるときと同様、
しっかり目的を認識して適切な手段を検討しました。
今回は解体することになった安産神社のカフェ計画。
解体工事は約10日間で完了し、その後はこの場所だからできることはなにか、
いかにこの地に魅力を生みだせるかを考えて建物をつくります。
最終的には境内側に大きな半屋外のテラス席を設け、
天気のいい日には木製建具を全開にして
建物内外が気持ちよくつながるプランとなりました。
店内の一角には美川町の地域特産物を販売できるスペースもつくり、
各地から訪れる神社の参詣者にこの地域を知ってもらう目的も担っています。
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このカフェ計画に限らず、
「既存の建物を活用できるか否か」
「この建物はどうしたらよいのか」
という相談をこれまでに何件も受けてきました。
ヒアリングを行うと、「壊す」もしくは「残して活用する」と
相談者側で方向性を決めている場合がほとんどです。
それでも実行に至らず相談に来る理由は、
コストの妥当性がわからないということでした。
解体前の検討段階では、その土地や建物にどんな活用者が現れるのか、
もしくは現れないのか、そこからどれだけの利益が生まれるのか、
なかなか見通すことができません。
一方で、どんどん進んでしまうのがコインパーキングやアパート経営。
専門の会社に依頼すれば、申し込みから工事手配までワンストップ。
必要な費用や収益の見込みまで提示されるため、決めてしまえば一気に話が進み、
あっという間に更地になってしまいます。
未活用だった場所が、また誰かに使われる。
それは所有者にとっても、場所の利用者にとっても良い結果です。
しかし、機械的にコインパーキングやアパート経営に進むのではなく、
建物オーナーさんが「これが最良の選択なのかな」と
少しでも立ち止まることがあるならば、
その場合の受け皿になりたいと考えるようになりました。
歴史的価値のある市庁舎やホテルなどは解体計画がニュースに取り上げられ、
議論に発展しますが、個人所有の建物は水面下で話が進み、
あるときいきなり解体が開始され
「あの建物すごく良かったのに!」とか
「解体されることがわかっていたら、何かしたかった……」など、
いままで聞こえなかった意見が出てくることもあります。
周囲が感じている価値と所有者の意図はつながるきっかけがなかなかない。
所有者としても「こんなものはそのまま売却も賃貸もできないよね」と
解体の判断に至るのでしょうが、
もしそのときに活用もしくは解体、投資額、回収に必要な期間、
その地域においての需要など、さまざまな観点から検討することで、
もしかしたら違う未来をつくることができるのでは、と考えています。
壊してしまえば元には戻せない。
なので、その判断に至る根拠を一緒に考える場を設けたい。
つくる側が考える生かし方や壊し方を提案したい。
そんな思いから、2019年に設計者が考える
解体計画サービス〈賛否、解体〉をリリースしました。
壊す、残す、活用する、など、より良い答えを一緒に考える。
解体すると決めたなら、できる限り廃棄物を再資源化するなど適切な解体を行う。
このふたつのサービスを設計者視点で提供するものです。
その後、2021年にサービス自体を思い切ってリニューアルしました。
すでに壊そうと決断した人の中も漠然とした悩みを抱える場合があるかもしれない。
そんな潜在層にリーチしていくことが目的です。
新たなサービス名は〈解体のサンピ〉。
「解体したその先を考えよう」や「費用対効果はどうか」といった
一歩踏み込んだ内容は、Web上からも排除しました。
壊そうと決断した人が解体業者を探す際、
数ある比較対象のひとつになることを目指しています。
ワークフローとしては、お問い合わせをいただいたあとに物件を確認し、
解体の見積りを提示するという一般的な解体業者さんと同じです。
狙いはそのなかで依頼者と話せる窓口を設けること。
ワークフローのなかで少しでも依頼者との接点を持てたならば、
何かしらの思いや迷いが聞けることもあるのでは、と実験的な窓口を設立します。
需要は少なからずあるはず。でも本当のニーズはまだ見えません。
これは設計事務所の実験として、かたちを変えながら
取り組み続ける課題になりそうです。
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