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旭川市〈HOKUO LAB〉
築64年の醸造倉庫を
複合型シェアオフィスへリノベーション

リノベのススメ
vol.215

posted:2021.3.2   from:北海道旭川市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

Kazutaka Paterson Nomura

野村パターソンかずたか

のむらパターソン・かずたか●1984年北海道生まれ。旭川東高校卒業後に渡米し、 コーニッシュ芸術大学作曲科を卒業。ソロミュージシャンとして全米デビューし、これまでに600本以上の公演を行う。2011年に東京、2015年にニュージーランドへ移住し、IT企業で事業開発・通訳などを務める。2016年に旭川に戻り(株)野村設計に入社。遊休不動産の活用事業を3年で約20件行う。2020年に〈アーティストインレジデンスあさひかわ〉を立ち上げ、芸術家との交流を通した地域活性を開始した。

野村パターソンかずたか vol.6

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。
元ミュージシャンで世界の都市を巡った経験から、
地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。

今回も前回に引き続き旭川市大町地区で、
先祖代々受け継がれてきた大型の倉庫が
複合型シェアオフィスにリノベーションされた事例をご紹介します。

管理が難しい寒冷地の物件

マイナス1度なのに陽気すら感じてしまうこの頃。
最高気温がプラスになる日も増え「もう春だねえ」なんて声も聞こえてくる。
道民ならではの感覚だろうか。

今年の元旦はいつになく冷え込みが激しかった。
年始休みで人が家やオフィスをあけることが多い数日間、
北海道中で給水管の凍結事故があったと聞いた。
当社も例に漏れず複数の物件で水回りの事故に見舞われた。
給水管の凍結は経験済みだったが、排水管の凍結は今年初めて経験した。
しかも2か所、ほぼ同時に。

寒冷地では、夜間の水道の凍結を避けるために、蛇口を軽く開けておき、
水を滴らせる方法をとることがよくある。給水管の凍結防止には有効な手段だ。

問題は、この水は排水管を流れきる前に管内で氷となってしまうこと。
ひと晩かけて徐々に盛り上がっていく“ちょろぽた水”。
今年はマイナス20度にもなった旭川の冬、
当社の物件ではメートル単位で排水管が凍りついていた。
管内凍結に気がつかずトイレやシャワーを流してしまうと最悪で、
排水が流れず逆流してしまう。

このように、北国での不動産管理は、温暖な地域とは異なる注意を払う必要がある。
以前書いたとおり、空き家のオーナーが、
秋の終盤から雪の季節になるとそわそわし始めるのはこのためだ。

どのような物件であれ、活用できないなら負担にしかならないのが
空き家・空き店舗を受け継いだ者の実状だ。
毎秋不安に駆られるくらいなら、いっそ物件を売却して楽になったほうがいいだろう。

しかしそんな「先祖代々受け継いだ物件」をなんとか活用しようと考え、
複合型シェアオフィスに仕立て上げたのが、
今回ご紹介する〈HOKUO LAB〉のオーナーである川島千幸さんだ。

工事中の様子。敷地面積は900坪にも及ぶ倉庫。

工事中の様子。敷地面積は900坪にも及ぶ倉庫。

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地方都市でシェアオフィスは成り立つ?

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築64年の醸造倉庫の活用に挑む

この倉庫はもともと〈川島醸造〉という、味噌や醤油を製造する会社の倉庫だった。
ここからほど近い自衛隊旭川駐屯地に商品を卸していたそうだ。
川島醸造の廃業後、いくつかのテナントが立ち代わりこの倉庫を賃貸していたらしい。
最後の借主が退去して10数年が経った頃、
先祖から受け継いだこの倉庫をリノベーションして、
地域の人向けの場所をつくれないかと川島さんは考え始めた。

そんな思いに共感し、この建物のリノベーションの総監修を務めたのは、
旭川市旭岡で設計会社を営む柳雅人さん。
川島さんからの依頼でこの建物の再利用の計画を開始した。

柳さんは旭川市内外に多くの実績を持つ設計士だ。
土木工学者・田邊朔朗が設計した旭川市北彩都地区の倉庫をリノベーションして、
新施設〈CoCoDe〉に生まれ変わらせるなど、
老朽化した物件の活用にも明るい、市内では数少ない存在だ。

柳さんと川島さんが倉庫の活用について話し始めて2年が経った頃。
空き店舗活用の取り組みで地域紙に載っていた僕の記事を見かけ、
柳さんが連絡をくれた。自分の経験が役立つかは定かではなかったものの、
自分の物件ではない、第三者所有の建物の利活用をお手伝いできる
新しい機会だったこともあり、すぐに面会の約束をとりつけた。

地方都市でシェアオフィスが成り立つか?

実はこの倉庫を建てた川島醸造は建設会社へと姿を変え、いまでも市内で盛業中だ。
きっと当時は醸造もやれば大工もやるような人たちが多くいたのではないだろうか。
腕自慢たちが建てた倉庫の梁は太くて立派な木材で組まれており、
これは今日のHOKUO LABのチャームポイントのひとつになっている。

完成後の通路。立派な梁が特徴。

完成後の通路。立派な梁が特徴。

「シェアオフィス」としての活用が可能かどうか。
川島さんと柳さんから最初に尋ねられたことだ。
空き家活用においてシェアオフィスの事例はポツポツと出てくるが、
果たしてオフィススペースが有り余っている地方都市で
シェアオフィスは成り立つのだろうか。

このまちでは月3万円も出せば小さなオフィスがレンタルできる。
もし倉庫に大改修を加えてシェアオフィス化するのであれば、
単なる空間の切り売りではない、異業種の有機的なコラボレーションが
生まれるような場所にできれば勝機はありそうだった。

僕の役割としては、どうすれば起業者や
若手のビジネスオーナーに活用してもらえるのかを共に考えていく
ブランドアドバイザーとして協力することが決まった。

柳さんは川島さんが効率よくこの場所を運用していくための
減築・改修プランを考えてくれた。消防法などとの兼ね合いもあり、
延べ床面積500平米以内まで建物を縮小することとなり、
部屋のサイズは6~13畳程度となった。
当初はもっと大きな部屋も検討していたが、小さいオフィスが多いほうが
新規事業者にとっても仲間が増えていいのでは、という僕の意見が取り入れられた。

シャワー室を完備。

シャワー室を完備。

以前東京で勤めていたときの建物には共用のシャワーがあった。
冬は完全に車移動になってしまう旭川だが、夏は自転車通勤もありえるので、
シャワーありのシェアオフィスは訴求力があるのではないかと提案したところ、
こちらも取り入れてもらえた。これが功を奏してテナントがひとつ決まることになる。

最終的にはオフィススペース6つ、店舗スペースひとつ、
カフェスペースひとつの合計8部屋で借主を募集することになった。

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HOKUO LABの名前の由来は…?

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HOKUO LABと命名

これまで川島醸造倉庫と呼ばれていたこの場所に新しい名前を与える必要もあった。
川島醸造でつくっていた醤油や味噌が
〈北王〉というブランド名で販売されていたことは、
川島さんに倉庫の歴史をうかがったときに教えてもらっていた。

安易だが、この「ホクオー」と、ビジネスの実験室となれるよう
「ラボ」という言葉を組み合わせ、〈HOKUO LAB(ホクオーラボ)〉と名づけた。
呼びやすさからか、数か月もしないうちにこの名前は地域になじんでいった。

ロゴの制作には海外のデザイナーを起用しようと考えていた。
北王の2文字を漢字ではなく記号として解釈して、
それをロゴにしてくれるデザイナーを探すことにした。
海外のウェブサイトをいろいろと閲覧しているうちに、
雰囲気にピッタリ合いそうな女性デザイナーを見つけた。東欧の方だった。
依頼をすると快く引き受けてくださり、1週間ほどでこのロゴが届いた。

想定よりも漢字の雰囲気が残っていたが、スッキリとしたフォントのようにも見えるので良しとした。

想定よりも漢字の雰囲気が残っていたが、スッキリとしたフォントのようにも見えるので良しとした。

内覧会のパーティーからテナント募集につなげる

これまでもそうだったように、地域の人に場所を知ってもらい、
テナント募集をフレンドリーに行うために、今回もパーティを企画することにした。

内覧会と称したこの集まりには、地域の事業者のみなさんや関係者が100名ほど訪れた。
この時期にオープンしたばかりだった買物公園〈Freehouse Yeast〉のクラフトビール、
〈久遠チョコレート旭川〉のテリーヌ、
いまでは東京や札幌にも出店している〈USAGIYA〉の冷茶などを振る舞った。

場所を見てもらうだけでなく、このエリアに住まう人々との接点が増えたり、
市内事業者同士の出会いがあったりと、
コロナ禍にしては珍しく前向きで楽しい会となった。

当日のパーティで唯一残っている写真。人がひっきりなしに訪れ、写真を撮るのをすっかり忘れていた。

当日のパーティで唯一残っている写真。人がひっきりなしに訪れ、写真を撮るのをすっかり忘れていた。

2階のカフェ用スペース。

2階のカフェ用スペース。

入居者やここを訪れる人が利用できるカフェが入居できるようなスペースもつくられた。
倉庫の梁をむき出しにした開放感溢れる空間で、
テナントさんがお好みで壁紙を選べるように、
石膏ボード張りの状態で仕上げを止めてある。

この建物は外に広大な駐車場があり、
8部屋のテナントに対して十分すぎる数の駐車台数を誇る。
車移動がほとんどの地方ならではであり、この物件が人気の理由のひとつだろう。

2階のオフィス向けの個室。

2階のオフィス向けの個室。

こちらの個室も壁紙はテナントさんのお好みで仕上げることができる。
すぐ隣に別のオフィスがあるので消音にもこだわりたいところだ。
HOKUO LABでは厚めのグラスウールを採用し、隣からの音漏れを防いでいる。

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予想を裏切るスタートに…!

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個性豊かなテナントたち

日本酒専門店〈酒守蔵(しゅもぞう)〉が1階のテナントに決まった。
酒守蔵を運営する白幡由紀子さんは、市内の有名日本酒専門店で修業したのち、
酒蔵を応援するために起業を決意。
コロナ禍で閉店続きだったこともあり、地域の明るいニュースとして温かく迎えられた。

〈酒守蔵〉では日本酒のサブスクリプションなども展開している。

〈酒守蔵〉では日本酒のサブスクリプションなども展開している。

真っ先に入居を決めてくれたテナントのひとつ、
児島健太くん率いる〈APT ROOM〉は、パーソナルジムのレッスンを提供している。
ジムというと人工的でモダンな室内を思い浮かべてしまうが、
温かみのあるこの場所の雰囲気がお客さんのリラックスにもつながっているのだろうか。

パーソナルトレーニング専門のジム〈APT ROOM〉。

パーソナルトレーニング専門のジム〈APT ROOM〉。

児島くんの紹介で入居が決まった芳野順哉くんは、
英会話教室〈HTCs〉を主宰している。
旭川の大学からアメリカに渡り、日本に戻る前の数年は
ハーバード大学で日本語を教えていたという異色の経歴を持っている。

英会話教室〈HTCs〉。

英会話教室〈HTCs〉。

このほかにも内覧会でつながった人たちがさらに新しい人を紹介してくれた。
こうした場所が本来果たすべき役割でもある、地域の事業者同士の交流促進や
起業者の支援を早い段階で実現できたような気がした。

この地域にシェアオフィス需要があるのか不安だったが、
やってみないことにはわからないのだ。
驚くべきことに、内覧会から2週間で空きはひと部屋のみになり、
関係者の予想をいい意味で裏切ってくれた。

HOKUO LABという名前もしっかりと地域になじみ、
自分とこの建物の関係を知らない人からも
「ホクオーラボはご存知ですか?」なんて聞かれるようになったほどだ。

川島さんと柳さんのおかげで、自己所有ではない物件のブランドづくりに
初めて携わることができた。持ち物件の活用に悩むオーナーの方が、
地域で先行して活動していた自分のような事業者と組んで建物の利用を促進した本案件。
日本中の地方都市で増えていってほしいパターンである。

また、当社のような零細企業が独自に行える空き店舗再生にも限界があることから、
こうしたコラボレーションのあり方を学ばせてくれたおふたりには
感謝してもしきれない。

次回は、道北初の芸術家向け滞在制作拠点
〈ARTIST IN RESIDENCE ASAHIKAWA〉 の取り組みをご紹介します。

information

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HOKUO LAB 

住所:北海道旭川市大町2条6丁目21番482

Web:HOKUO LAB

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