連載
posted:2020.11.27 from:北海道旭川市 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Kazutaka Paterson Nomura
野村パターソンかずたか
のむらパターソン・かずたか●1984年北海道生まれ。旭川東高校卒業後に渡米し、 コーニッシュ芸術大学作曲科を卒業。ソロミュージシャンとして全米デビューし、これまでに600本以上の公演を行う。2011年に東京、2015年にニュージーランドへ移住し、IT企業で事業開発・通訳などを務める。2016年に旭川に戻り(株)野村設計に入社。遊休不動産の活用事業を3年で約20件行う。2020年に〈アーティストインレジデンスあさひかわ〉を立ち上げ、芸術家との交流を通した地域活性を開始した。
北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。
今回は旭川の目抜き通り「買物公園」にある空き店舗を
スマートフォン修理店にリノベーションした事例をお伝えします。
11月上旬、旭川にしては珍しい量の雪が降った。
早朝に辺り一面の雪景色になったのもつかの間、数日すると大雨になり、
例年通り根雪(冬があけるまで解けないほど雪が地面を覆う様子)を控えた、
緊張感のあるまちが戻ってきた。
今回紹介するスマホ修理店〈i.c.stella〉が入っている物件を購入したのも、
ちょうど3年前のこの時期だった。
前回紹介した〈Tomipase〉を擁する物件を取得してすぐに気がついたのは、
その横の物件も空き店舗であり、Tomipaseの建物と壁を共有していることだ。
個人が所有できるハコである「建物」が、
もうひとりの個人が所有するそれと構造を共有しているという概念は、
自分で建物を購入するようになって初めて学んだことのように思う。
左がアンティークショップ〈Tomipase〉、右がスマホ修理店〈i.c.stella〉。
地球の表面の一部を、我々の祖先が編み出した貨幣との等価交換で
購入、所有できること自体が未だにしっくりこないのだが、その上に建っているものを、
ケーキのようにペティナイフで等分できるものでもないのに、
複数の関係者が共同で所有する。
字面でみると、なんと平和的で民主的なあり方なのかと思うが、
実際はその逆で、隣人同士で仲がいいことのほうが稀有なのである。
土地でも建物でも、話をまとめさせてくれないのはこの「隣人」という
物理的に近く、心情的に遠い相手なのだ。
隣の土地は借金してでも買え、と言われている。
隣人の土地にそれほど価値があるという意味ではなく、
いつ豹変するかわからない怪物である隣人という存在を手中に収めるには、
借金というリスクすら背負う価値がある、という意味なのだろうか。
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一般的に、不動産を購入したい人は、
インターネットやフリーペーパーなどの売買情報に目を向ける。
毎週のように多くの新しい物件情報が出ており、見るだけで楽しめる情報ソースだ。
さまざまなレイアウトの住居や店舗、四角い土地に、
敷地の前の路地もセットになった旗竿のような形の土地。
唯一無二といってもよいさまざまな条件の不動産が日本には溢れている。
物件の仲介だけが不動産業者の仕事ではない。
業者の多くが自身でも不動産運用を行い、収益物件を所有している。
ここで勘のいい者ならすぐに気づくことがある。
我々が普段目にしている売買情報は、相場やトレンドに詳しい地域の不動産業者が
自分では欲しがらなかった、言ってみれば「余りもの」の物件である。
そんな物件の山には、誰が見ても明らかに買い得なものは少ない。
「残り物には福がある」ということわざを信じて、宝を掘り当てなくてはならない。
お宝物件が目の前にあるのに、売りに出ているかわからない場合はどうだろう。
明らかに使われていない店舗が、自分の所有する物件の隣にあるような場合。
そんなときに自分がとる方法は、法務局またオンラインの
登記情報提供サービスを使って持ち主を探る。
市内の方だった場合はラッキーだが、外国在住の方だった場合は絶望的だ。
2階のビフォー。この建物にはこれまでバー、お絵描き教室、居酒屋などさまざまな業種が出たり入ったりしており、「昔そこで店やってたよ~」なんて知り合いもいるほどだった。
Tomipaseの隣の物件の持ち主は、なんと同じ市内どころか、
実家から目と鼻の先の方だった。
法人所有だったので連絡先もすぐに見つかった。
電話に出た受付の女性は、疑いを包み隠さない、
不安そうな声色で対応してくれ、なんとか代表の方へとつないでくれた。
こちらも商売人なら相手も商売人。
活用方法はいろいろと考えていたそうだが、
どれも高額な投資を要するのでためらっていたらしい。
これも“雪国あるある”だが、不要な物件を所有しているオーナーは
10月からそわそわし始める。11月になると雪が降り始めるからだ。
ひどい年だと12月には屋根にこんもり雪が積もる。
老朽化した物件であればダメージになるし、近隣と密な物件であれば
隣人から苦情が来る(こうした雪の処理をめぐって両者険悪になるため、
北海道の隣人同士は仲が悪いのかもしれない)。
個人的には不動産の交渉に最も適しているのが
この「根雪前」のシーズンのように感じている。
今回のオーナーも高齢になり、投資にも積極的になれないようで、
譲渡の話はスムーズにまとまった。
譲渡金額も借金をせずに買えそうなギリギリの価格だった。
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実は今回この物件を購入した時点で、ここのテナントには
知り合いの谷藤敦也さんが決まっていた。
i.c.stellaオーナーの谷藤さん。最近ではスマートフォンだけでなく、ビンテージオーディオの取り扱いも始めている。
谷藤さんは前回登場したコーヒースタンドに出入りしており、
Tomipaseの改修を途中まで手伝ってくれた方だ。
近くでスマートフォン修理店を営んでいたが、移転を検討しているところで、
物件取得とほぼ同時に改修を開始、移転してくれた。
実は谷藤さんはTomipaseの解体を手伝ってくれたメンバーでもある。
そこでコツを掴んだのか、この物件ではひとりでどんどん作業を進めていた。
僕は作業に参加するというより、谷藤さんのスピード感ある改修をのぞきに行き、
ただただ感心するだけの日々だったように思う。
2階ビフォー。奥にあった厨房スペースを解体した。
抜かれた天井からは電気の廃線が大量に出てきた。
聞けばよくある話らしいが、電気工事で古い線を再利用することは案外少なく、
一から新品の線を引き直し、それまで使われていた電線は
そっと天井裏にしまわれるらしい。歴史を感じた。
工事3回分はありそうな廃線の量だった。
買物公園に大きく開かれた店舗の中には、薪が積まれている。
実はこの店舗には薪ストーブがあり、廃材の処理に困ったことから
ストーブの利用が始まった。
1階と2階それぞれにしっかりと北の国からスタイルのストーブが鎮座。
工事中、1階と2階から大量の廃材が出た。
一時は2階のほとんどを廃材が占拠しているほどだった。
この解決に役立ったのが昔ながらの薪ストーブだった。
ゴミで出してもただ焼かれるだけなら、それで暖をとらないほうが不合理というものだ。
廃材が増えたのには理由がある。
2階の天井で気になる部分があり解体してみると、なんと隠された3階が存在したのだ。
隠れていた3階。
確かに外観を見ると3階分くらいの高さはある。
なぜ封じ込まれていたのかは定かではないが、
こうなると屋根裏への好奇心が止まらなくなり、
2階の天井もすべて抜かれ、結果として廃材が大量に生まれた。
建物の数だけ歴史がある。隠された3階などが現れようものなら、
そこは当時の雰囲気がそのまま残された宝のような空間であることは間違いない。
現にこの建物でも当時の看板や雑誌など、アンティークショップさながらの
タイムスリップ感を味わえる物品が多く「出土」した。
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完成したi.c.stella。1階が店舗で、2階が谷藤さんの住居、3階は物置きという構造。
この椅子はvol.1の物件から出てきたものを活用いただいている。店頭にはストーブに使う薪が積まれている。
以前はスポット照明がいくつかある程度だったが、
谷藤さんの苦労のもと店舗レイアウトが一新され、
天井にはライティングレールが導入された。
写真撮影の当日は氷点下に近い気温だったが、
薪ストーブのおかげで店内はポカポカと暖かかった。
1階に入るとすぐに作業場がある。
「スマートフォン修理屋さんで直せなかったものが、
全国からi.c.stellaに届いている」と噂に聞いていた。
作業場には、さまざまな修理を手がける谷藤さんの相棒の電子顕微鏡が置かれている。
1階店舗。天井にはライティングレールが導入された。奥には作業スペースがある。
作業スペースの手前にあるカウンターテーブルは、谷藤さんのお手製。ホームセンターで手に入るものや廃材を組み合わせて、ぱぱっと家具をつくってしまう。
2階は谷藤さんの住居。まちなかのログハウスのような空間。天井をすべて落として、鉄骨をむき出しに。いつ組まれたものかはわからないがTomipase側に貫通しており、ふたつの建物を支える重要な役割を果たしている。
僕が旭川市に戻ってきた2016年に、当時のi.c.stellaに遊びに行ったことがある。
複数のテナントでひしめく小さなデパートのようなものをつくれないかと思い、
その中核テナントのひとつになっていただけないかと話をしに行った。
初対面でそんなことを伝え、谷藤さんを困らせてしまったかもしれない。
これまで行ってきた空き店舗再生業やアーティストインレジデンス、
さらには地域づくり系の活動や観光コンテンツの推進などは、
旭川に戻ってきたときから構想しており、関係者にも当時から話して回っていた。
いまとなっては相手からあらためて話を持ちかけていただき
実現しているケースが多いが、当時は一切理解されずに非常に苦労したのを思い出す。
そんな経緯もあるので、こうして谷藤さんが旭川市中心部の空き店舗を
ひとつでも減らす活動に参画してくれたことは非常に心強い。
i.c.stellaではDJを呼んでポップアップイベントを開催することも。
次回は地域の名建築物である歯科医院を解体から救い、
それを高校の同級生がコワーキング&イベントスペースに仕立てたお話です。
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i.c.stella
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