連載
posted:2021.2.17 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
昨年夏、私が住む美流渡(みると)地区に移住した
画家のMAYA MAXXさんが、3月1日から東京で個展を開くこととなった。
MAYAさんは愛媛県今治市の出身。
大学進学を機に上京し1993年に画家としてデビューした。
以来、東京をベースに活動を続けており、
2008年からの10年は京都で制作を行ってきた。
北国で暮らすのは今回が初めて。
十分な広さの制作環境を確保するための移住であったが、
以前から、アイヌやイヌイットなど北方の民族に興味を持っていたこと、
いままでとはまったく違う場所に身を置いてみたかったことも
北海道を選んだ理由となった。
「夏から秋、冬にかけて、新しい経験が常にありました。
いまちょうど10年に1度の大雪に見舞われているし、本当に大変です。
だけど、何もなくつつがなく暮らすよりも、困難も含めて何かが起こっていて、
それを乗り越えようとしている状況のほうが自分には合っています。
移住して半年ですが、振り返ってみると3年くらい過ごしたような感覚です。
“生きている”っていう感じがします」
移住した夏には制作環境を整えるためにアトリエにペンキを塗り、
秋には本格的な制作が始まった。
そして、作品に大きな変化が起こっていった。
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これまでのMAYAさんの絵といえば、黒、赤、青などシンプルな色を使い、
線を生かした表現で、人物や動物などを描いたものが多かった。
しかし、驚いたことに画面にあふれ出したのは、
いままでほとんど使ってこなかった緑色。
線もなく、具体的なモチーフもない、やわらかな色の変化が広がっていて、
まるで開け放たれた窓から、森を見ているような清々しさを感じさせるものだった。
30センチ角のパネルを15枚組み合わせたこのシリーズは、
季節が移り変わるように深みを増していき、
やがては茶色やピンクなどの絵具が使われるようになっていった。
それらは、抽象的な色と形のように見えつつ、
どこかしら木々の紅葉や日差しの煌めきが感じられるもののように思えた。
そして、緑が織りなす調和のある色彩が、
だんだんとバランスを欠いたものへと変化していったのだが、
そこにこそ可能性があるように私には思えた。
窓からの木漏れ日が作品に当たると、
自然の景色そのものを表しているように思えたからだ。
「意識が無意識にかけていたストッパーを外す感じが少しわかってきた」
MAYAさんは、あるときそう語った。ストッパーとは何かと聞いてみると、
それは言葉で言い表すことは難しいのだという。あえて語ってみるならば、
例えば「色を使うのは苦手」という意識が心のどこかにあったそうだが、
色を使っているという意識すら自然となくなるような感覚だという。
そして冬を迎え、あたりの景色は真っ白になった。
昨年12月は観測史上最多の積雪に見舞われた。
MAYAさんのアトリエは屋根から落ちてきた雪が地面とつながってしまい、
まるで雪の洞窟のような状態になってしまった。
さらには屋根から落ちてきた雪の塊が窓に当たり、
ガラスが割れるという被害まで出てしまったのだが、
こうしたさまざまな状況をじっくりと観察し、
自分がそれをどう感じているのかを捉えようとしていた。
「まるで薄暗い洞窟の中に住んでいるような感じになっています。
ムンクの気分がわかりますね」
そんなふうにMAYAさんは笑う。
有名な『叫び』という絵を描いたエドヴァルド・ムンクはノルウェー出身の画家。
晩年は故郷で過ごし、雪が降り積もる中にキャンバスを立て描く、
そんな写真も残されている。
「雪が“降る”という経験はこれまでもありましたが、
“積もる”というのは恐ろしいことだとわかりました。
積もると氷の塊になって重くなっていく。仮に一瞬にして溶けたら大洪水ですよね。
でもそうした恐ろしさと同時に、美しさがありました」
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ここでの冬の暮らしは、心地よさを感じるというよりも、
「怖いか、美しいか」のどちらか。
瀬戸内海の温暖な気候で育ったMAYAさんにとっては、
故郷とはまったく対照的な自然のあり方だが、
大きな環境の変化によって得られたものも大きかったという。
「根本的に何かが変わりました。
かねがね、自分で自分を変えるのは難しいと思っていました。
変えたつもりでも、どこかしらにエゴがあったと思います。
ここでは自然に抗うことはできません。大雪になってしまったら、
それに従うしかない。打ちのめされるものがあったほうがいいんです。
自分というものが“落ちて”、謙虚になったような気がします。
大きく構えなくてもいい、地に足がついた小さな構えでいいということがわかりました」
画家として活動した30年。
「ポンキッキーズ」をはじめ、数々のテレビ番組にも出演し、
1999年のラフォーレミュージアム原宿での個展では1万2000人を動員。
その後、コンスタントに絵本を出し続け、親子のファンも増えたりなど、
常にその活動は注目を集めていた。
こうしたなかで、自分は特別な存在であるという感覚が心のどこかについて回っていて、
同時に人々の期待に応えなければという気持ちもあったことから、
それが「大きな構え」につながっていたのではないかと振り返る。
「ここに来てすぐは、近くの工芸館で陶芸も始めて、数をどんどんつくっていました。
ただそれは生産をするような感覚だったかもしれません。
何も急ぐ必要はないのだと考えるようになって、いまは本当に心のこもったものを
ひとつつくればいいと思えるようになりました。絵も同じです」
今回の個展では、秋から冬にかけて描いた絵画が展示される。
メインとなるのは120センチ角の作品『Snow』。
「冬になって空気が澄んでいくと青くなります。
空気が固まったようなブルーを描きたいと思いました。
この色は○○色と言い難いものですが、
私は絵具を何色も混ぜてそれをつくろうとはしていません。
ふっと手に取った水色を塗るときに『これは、あのブルーなんだ』と強く思う、
自分の意識をそちらに向けようとすればいい。
どんな色を使って、どんな方法で描くかじゃない。
自分がどう思っているか、そこにつきる。
いい絵かどうかわからないけれど、そこにあるのは真実だと思っています」
今年、MAYAさんは60歳を迎える。
画家にとっては、ここからが気力がもっとも充実する10年とMAYAさんは捉えていて、
そのスタートラインに立つような個展と言える。
「これから、こういうふうにやっていこうと思う方向性を
示すものになるんじゃないかと思います」
東京での個展は12年ぶり。
コロナ禍という、展覧会を開催するのは難しい状況ではあるが、
MAYAさんの変化を肌で感じる貴重な機会となるはずだ。
information
MAYA MAXX 2021
会期:2021年3月1日(月)~3月13日(土)
会場:ギャラリー58(東京都中央区銀座4-4-13 琉映ビル4F)
TEL:03-3561-9177
開場時間:12:00~19:00(最終日は17時まで)
定休日:日曜
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