連載
posted:2021.1.21 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
3月初旬に地域の人に取材した本ができあがる。
昨日、原稿のチェックをすべて終え、最終工程に入る段階までこぎつけた。
このコロカルで、岩見沢市の山あいに暮らす人々のことを書いてきて5年、
いつか単行本にまとめられたらと思っていたのだが、
今回、思いがけないかたちで実現することとなった。
きっかけはコロナ禍だ。
2019年より、私は北海道教育大学岩見沢校による
「万字線プロジェクト」というプロジェクトに関わっていた。
かつて炭鉱輸送の要として岩見沢市の山あいにあった路線から名前をとったもので、
学生がここでアートマネジメントについて学ぶという取り組みだ。
昨年は閉校になった美流渡(みると)中学校の体育館を使って
地元の人々と交流するイベントなどを実施。
今年度の活動を準備中だった矢先に新型コロナウイルスの感染が拡大し、
学生たちの授業はほとんどオンラインとなり、
イベントなどの開催は難しい状況となってしまった。
こうしたなかではあったが、秋になって対面での授業も一部は実施されるようになり、
担当教授・宇田川耕一先生は、学生を少人数のグループに分ければ、
地域でフィールドワークが可能ではないかと考えた。
そして、「学生と一緒に地域をテーマにした本をつくってみませんか?」と
宇田川先生から誘いを受けた。
年度末までの刊行という差し迫ったスケジュールではあったが、
地域の人々10組に学生が10問ずつ質問を投げかけ
1冊にまとめてみたいと私は考えた。
コロカルでもこれまでたくさんの地域の人を取材してきており、
人選は悩みどころだった。
今回は「地域の課題をアートを通じて解決する」という題目があったため、
まちづくりに関わったり、アートやものづくりに関わったりしている人に登場を願った。
このプロジェクトに参加したのは26名の3年生。
宇田川先生が5名ほどのグループに学生を振り分け、
10組の取材を1か月半かけて行う計画を立てた。
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最初に取材を行ったのは、2020年10月30日。
美流渡に大正14年から建つお寺「安国寺」の岡田博孝住職と、
18年ほど前に上美流渡に移住した木工作家の五十嵐茂さんを訪ねた。
安国寺の岡田さんのもとを訪ねた学生は
「あの、とても緊張しているんですが……」と深呼吸をしてから質問を行った。
岡田さんはコロナ禍以前、月1回の坐禅会を開いていて、
こうした活動をさらに広げて寺子屋のような場所をつくりたいという構想を持っており、
その想いを語ってくれた。
続いて訪ねた五十嵐さんは、旅人のような人生を歩んできた人物だ。
高校を中退して新潟から東京・福生へ。
黒人音楽に傾倒しバンド活動をしたのち、インドを放浪。
その後、38歳のときに手に職をつけようと木工の道に入った。
学生からは、なぜバンド活動を辞めたのか、なぜインドを旅したのかと、
人生の節目についての質問が多く投げかけられた。
ふたりがどんなことを語ったのかは、本を読んでいただきたいのだが、
この取材を終えて、何かとてつもないものができるんじゃないかという予感がした。
実は、岡田さんも五十嵐さんも、取材が佳境に入るなかで、
いままで聞いたことのなかった“打ち明け話”を語ってくれたのだ。
その人物の根幹部分に触れる言葉を聞いた学生たちの目は本当に真剣なものだった。
そして、「大学生活のなかで一番の思い出になったと思う」と語った学生もいたほどだ。
その後、毛陽地区で学生らとシェアハウスを営み、
市内でスポーツクラブを運営する辻本智也さん、
昨年夏に移住したばかりの画家MAYA MAXXさんと取材を続けていったのだが、
どの取材においても、自分のこれからの人生を歩んでいくために
大切にしたいと思う言葉に巡り合った。
さらに今回は、この地域の歴史にも踏み込んだ。
万字線が走っていたエリアは、炭鉱で活況を呈した時代があり、
当時を知る人々にも話を聞いた。
ピーク時には1万人以上の人が住んでいた地域が急速に過疎化し、
現在の人口は20分の1に減っており、まちの趨勢を見てきた人々の言葉に、
私たちの未来を重ね合わせる思いがした。
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インタビューの原稿は、学生たちに音声起こしをしてもらい、
それをもとに私がまとめることとなったが、これは非常に難航した。
一番難しかったのは、本の内容を客観的に見ることだった。
編集という仕事は、混沌としている状態の物事を俯瞰し、
人に伝わりやすいように順序立てて並べ直して、
ひとつのパッケージにまとめて、世に送り出すというものなのだが、
取り上げている内容が、自分のとても身近なところで起こっていることなので、
普段どおりの視点を持つことができなかったのだ。
こうした私のよきカウンセラーとなってくれたのが、デザイナーの中村圭介さんだ。
最初に単行本の話が持ち上がったとき、
ぜひとも中村さんにデザインしてもらいたいと思った。
中村さんとは東京の出版社に勤めていた頃から仕事をしてきた仲間で、出身が稚内。
現在渋谷に〈ナカムラグラフ〉という事務所を構えており、
田舎と都会の両方を知っている中村さんなら、
さまざまなアイデアを出してくれるに違いないと考えた。
最初のオンラインでの打ち合わせで、中村さんの指摘に目から鱗が落ちた思いがした。
私が単行本の仮タイトルとしたのは『つくること、暮らすこと、生きること』。
中村さんは、このタイトルでは、狭いターゲットにしか響かないのではないかと語った。
「田舎暮らしや地方移住に興味がある人だけじゃなくて、
都会に住んでいても読んでみたくなるようなタイトルがいいんじゃないか」
参考として見せてくれたのは、中村さんがアートディレクションを手がけた、
アウトドアブランド〈LOGOS〉がこれまで出してきたフリーペーパーの中から
セレクトした19篇をまとめた文庫本で、その名も『読む』。
その明快さに「なるほど!」と納得した。
また、中村さんはテレビ番組『ポツンと一軒家』を例えとして出してくれた。
状況をよく表しているけれど、それに対して良い悪いという判断が入っていなくて、
しかも興味をそそるという内容。
こんな風に考えられたらいいのではないかと思った。
タイトルの提出期限の前日まで、まったくアイデアは浮かばなかったが
(実はタイトルを考えるのは苦手)、ふと、今回、取材したみなさんが
“打ち明け話”のようなことを語ってくれていたことから、
「本音」という言葉が頭に浮かび、「本音の本ね」というダジャレに発展して、
そこからパッと「いなかのほんね」というタイトル案になった。
わが子に説明するなら、これは「田舎の本だよ」という感じで、
大人に説明するなら、これは「田舎の本音が詰まっているよ」という感じ。
中村さんや学生たちに提案してみたら、思いのほか好評だった。
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中村さんとやりとりをし、すべてのインタビューをまとめるなかで、
自分が最初の取材で感じたとてつもない本ができるんじゃないかという予感は、
次第に実感へと変わっていった。
その理由は、コロナ禍となって再び緊急事態宣言が出されるなかで、
いかにしなやかに生きていくのか、
そのヒントが詰まっているのではないかと思えたからだ。
今回取材した10組は、決して平坦な道を歩んできたわけではない。
その多くは市外や道外から移住してきた人たちだが、
大いに迷い、大いに揺れながら、この地と出会い、
暮らしをつくっていくうえでもさまざまな困難に直面している。
そんななかで、ひとつ共通するのは、便利で楽に生きられる環境という尺度よりも、
自分に対して正直に生きようとしているところではないかと思う。
この本の扉には、学生が10組に投げかけた質問の中から、
「どうして不便なところに住んでいるの?」という言葉を入れた。
岩見沢市の山あいの地域は、北海道有数の豪雪地帯。
コンビニや大きなスーパーも近くにないため、
暮らしていくために多くの“手間”が必要になる。
その手間をかけてでも、なぜここに住んでいるのか。
それぞれの答えは本を読んで探ってほしいのだが、
ひとつ言えることは、コロナ禍という状況であっても、その手間があるからこそ、
以前と変わらない暮らしができているように思えることだ。
うまくは言えないのだけれど、経済活動に影響が出たとしても、
庭の整備や薪割りなど、普段の暮らしに関わる仕事は変わらず続いていて、
そのベースが揺らがないことはとても大切なのでないかと思うのだ。
学生さんが取材後に書いてくれたレポートには
「自分のやりたいことを楽しみながら行うことが大切だとわかった」というものや
「良い大学に入って良い会社に入るだけではない生き方があると気づいた」
などの声が挙がった。
コロナ禍の生き方のHOW TOがここにあるわけではないのだけれど、
10組が10組なりの人生のルートを読んでいくことで、
何か希望のタネのようなものがジワジワと感じられるんじゃないかと思っている。
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