連載
posted:2021.2.3 from:秋田県湯沢市 genre:ものづくり
PR 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構
〈 この連載・企画は… 〉
秋田県の最南に位置する湯沢市。ここには、「地熱」という自然エネルギーの恩恵を受けながら、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った地元の人々がいる――。
新しいことがモクモク起きているこのまちの、新しいワクワクを紹介する連載です。
writer profile
Haruna Sato
佐藤春菜
さとう・はるな●北海道出身。国内外の旅行ガイドブックを編集する都内出版社での勤務を経て、2017年より夫の仕事で拠点を東北に移し、フリーランスに。編集・執筆・アテンドなどを行う。暮らしを豊かにしてくれる、旅やものづくりについて勉強の日々です。
photographer profile
Kohei Shikama
志鎌康平
しかま・こうへい●1982年山形市生まれ。写真家小林紀晴氏のアシスタントを経て山形へ帰郷。2016年志鎌康平写真事務所〈六〉設立。人物、食、土地、芸能まで、日本中、世界中を駆け回りながら撮影を行う。最近は中国やラオス、ベトナムなどの少数民族を訪ね写真を撮り歩く。過去3回の山形ビエンナーレでは公式フォトグラファーを務める。移動写真館「カメラ小屋」も日本全国開催予定。 東北芸術工科大学非常勤講師。
http://www.shikamakohei.com/
秋田県の最南に位置する湯沢市。
山形県と宮城県に接し、その県境は国内でも有数の地熱地帯です。
湯沢市の大地をつくりあげたマグマは、いまも「見えない火山」として活動を続け、
観光や産業に生かされています。
湯沢市には、「地熱」という自然エネルギーの恩恵を受けながら、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った地元の人々がいる――。
新しいことがモクモク起きているこのまちの、新しいワクワクを紹介する連載、
第3回目は、800年以上の歴史を誇る伝統工芸品「川連(かわつら)漆器」を手がける
〈秋田・川連塗 寿次郎〉の佐藤史幸さんを紹介します。
湯沢の川連地区は、国の「伝統的工芸品」に指定されている「川連漆器」の産地。
そのはじまりは鎌倉時代、時の稲庭城主の弟が、
家臣に刀の鞘・弓・鎧など武具を塗らせたこととされ、800年以上の歴史があります。
漆器の製造工程である木地づくり、塗り、沈金・蒔絵は、専門の職人が分業で行い、
川連はすべての工程をまかなうことができる、全国でも数少ない産地です。
その川連で明治初期に創業し、漆塗りをする小さな工房が〈秋田・川連塗 寿次郎〉です。
シンプルながらも美しい、日常で使いたくなるような漆器をつくっています。
川連漆器の大きな特徴は「花塗り」と呼ばれる、磨かずに塗りのみで仕上げる最終塗装。
漆の調合と、刷毛目やゴミを残さない滑らかな塗り仕上げには、高度な技術を要します。
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川連漆器のもうひとつの特徴は、木地の「燻煙乾燥」。
その作業を担うのは、原木市場で購入したトチやブナの丸太を細かく裁断し、
ロクロ挽きでお椀の形に加工する木地師です。
華やかな塗りや沈金・蒔絵も、木地なくしてはできない工程。
史幸さんは燻煙乾燥を行う〈麻生木工所〉を「川連漆器の心臓部」と呼び、
川連の要としてとても大切に思っています。
この日もその作業場を特別に案内してくれました。
この木工所では、木を荒挽きする際に出たくずを焼却炉に入れ、
その煙で木地を燻していきます。
茅葺き屋根と同じで防虫防腐効果があるほか、木質硬化の作用もありますが、
ゆっくりと乾かすことで木に無理な力がかからないのだとか。
「川連は小さくて貧しい産地だったので、大きな設備投資ができなかったんです。
それがいまになって、かえってよかったんじゃないかって。
廃材をなげない(捨てない)で無駄なく使う、
いまの時代に合った製法だと言ってもらえるようになりました」
原木から木地を切り出す際も、木目が椀の横になるように切り取る
「横木取り」を採用している川連。
上下の衝撃に強く、1本の木から無駄なく取ることができます。
大産地では、機械で温度や湿度を設定し、数日で乾燥を終えることができますが、
木地に負担がかかり割れてしまうことも。
燻煙乾燥はじっくり芯から乾燥させることで変形しにくくなる分、
温度や湿度の調整はその日の環境に左右され、納期は不確定です。
「木地の乾燥状態を見極めながらなので、急ぎの予定がたてづらく、
納期が決まった生産サイクルだと間に合わせられないんです」
短期間での量産はできないけれど、時間をかけ、丁寧につくる。
そしてそれは、史幸さんら川連の人たちのライフスタイルにも合っているようです。
「川連の職人さんのなかには、夏場は仕事を早く切り上げて鮎漁をやる人もいます。
先輩たちと酒を飲みながら、夏は鮎、冬はカジカの川遊び、
春は山菜、秋はきのこの山遊びをしたり。食べるものが最低限あって、
それ以上望まない暮らしのなかでものづくりをしているから、
なんとか続けられているのかもしれないですね」
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そんな地元への熱い思いをもった史幸さんが近年つくりあげたのが、
湯沢産の漆のみを塗り重ねた器。しかも漆は、史幸さん自らが掻いたものです。
「漆掻きをやってみたいなという興味から始めて、やってみたらやっぱり大変なんだな、
僕らより後継者ができにくい職業だな」と感じたと言います。
現在国産漆を生産するのは1府9県。
川連は漆器の産地ではありますが、漆の生産は行われていません。
川連漆器伝統工芸士会で漆掻き講習会を開き、
最初は10名以上集まったそうですが、現在は3名ほどに。
「これは割に合わないなと、だんだんと少なくなっていきました。
国産漆を漆屋さんから買って塗っている人は全国どの産地でもいると思うけれど、
漆掻きからやって、その漆だけで塗るっていう
非効率なことをする人は滅多にいないと思います(笑)」
漆掻き職人が行う作業を早朝自ら行い、工房に戻って本業の塗り作業を行う日々。
「趣味と意地、そうでなきゃやれない。
1回やるって言ったらやるっていう気持ち。途中でやめたらかっこ悪いでしょ?」
そこまでして湯沢産漆で漆器をつくろうと決意したきっかけは、ある販売会だそう。
「お客さんから『川連には国産漆で塗った漆器はないんでしょう?』って言われて
悔しくて。川連でもつくってける(つくってやる)、
大きな産地でもやっていない、もっといい塗り方でつくってやるって」
通常1~2日の乾燥期間を、1週間、1か月と、
塗る回数を重ねるたびに長くするなど、約1年の歳月をかけて完成。
木地までは定番の〈寿次郎椀〉(6600円)や〈小町椀〉(3850円)と
同じ製造工程ですが、湯沢産漆のものは8~10倍の値段で販売します。
「原価も手間もかかっているので手に取りにくい高価な値段になっていますが、
売るためにつくっているというよりは、世の中に販売していない
秋田県湯沢市産の漆の器をつくりたいという気持ちでつくっています。
悔しいという思いで始めて、どの産地でもやっていないやり方でつくる
(国産漆を自分で掻いて、その漆のみで塗る)川連のフラッグシップモデルがあれば、
おもに普段使いの漆器をつくる川連も、
最高峰のものをつくることができる産地なんだよとPRできる。
負けたくないっていうかね、そんな気持ちでつくっています」
ほかの産地では、漆を採取したら木を切り倒し、
新たに幼木を植樹していくサイクルの「殺し掻き」が主流で、
近年は生産サイクルを回すために幼木から掻くことも。
川連に伝わるのは、掻いた木を切り倒さず、
5年以上休ませてからまた掻く「養生掻き」。効率はよくないですが、
ここにも自然のサイクルに寄り添う川連の精神が感じられます。
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価格も求めやすく日常使いの器として伝えられてきた川連漆器。
湯沢産漆の漆器づくりなどを通じて産地の価値を高めながらも、
寿次郎が届けるのは、「生活の器」です。
学生時代「作品」づくりを学び、漆塗りの楽しさに目覚めた史幸さん。
「実家に戻ってきて、お皿とかお椀とか毎日同じものをつくるのは、
最初はつまらなかった」と言いますが、展示会のお客さんの言葉をきっかけに、
日用品としての器の魅力に気づきます。
「『失礼ながら川連漆器って全然知らなかったんですけど、
使ってみたらすごく良くてまた買いに来ました』っ言ってくれた方がいたんです。
お客さんによろごん(喜んで)でもらうというのがなんかうれしくてね。
ひとつの“作品”に時間をかけるのもいいけど、いろんなお客さんに使ってもらって、
ありがとうって言ってもらえるほうがうれしいなって。
それから“日常使いの器”をつくるのが好きになりました」
寿次郎が掲げるのは「不易流行」。
湯沢の川連という産地で、自然とともに暮らし、技術を守りながら、
いまの使い手の声に耳を傾け、新しいものづくりに挑む史幸さん。
モクモクと湧き上がるその情熱による挑戦は続きます。
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湯沢市川連漆器伝統工芸館
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