御殿場のおいしい食を伝える料理人 〈農 minori〉池田洋一さん

御殿場のおいしいものを知ってほしい

富士山と箱根山に囲まれた静岡県御殿場市に、
〈旬彩食 農 minori〉という小さな和食の店が開店したのは、2014年11月のこと。
この店の店主である池田洋一さんは、〈旬の会〉改め
〈Toretaみくりや〉を主宰する和食の料理人。
みくりやとは漢字で“御厨”と書き、御殿場市と裾野市須山、
駿東郡小山町の一帯を指す地名。
この地名は、荘園時代から使われてきた古いものだ。

「御殿場のおいしいものを、みんな、知らなさすぎ」
これは、池田さんの口ぐせ。
そして、おそらくこれは、地場産の野菜を使って料理を作ってきた
御殿場の料理人たちがずっと心の中でつぶやいてきた言葉なのではないだろうか。

御殿場の特産品といえば、わさびが真っ先に思い浮かぶ。
それから、冬に旬を迎える水かけ菜も。
近ごろは、〈ごてんばこしひかり〉も広く知られるようになってきた。
では、芹澤バラ園のロメインレタスやプチトマト〈あっこひめ〉は? 
かつまたファームの〈健太トマト〉や山芋は? 
天野醤油の搾り粕を肥料にして育つ〈御殿場メロン〉は? トウモロコシは?

かつまたファームの山芋で作った、やまかけご飯。

御殿場で生まれ育った私。
祖父母もそのまた両親も御殿場生まれという生粋の御殿場っ子の私も
知らないことがいっぱいで、悔しいけれど、
三島市出身の池田さんのほうが、よほど御殿場のおいしいものを知っている……。
御殿場に生まれ育った人のなかで、農 minoriでの食事をきっかけに
これらを知った、という人も少なくないはずだ。

「わさびも水かけ菜もそもそも仕入れ価格が高いから、
外食で味わおうと思うと高級店に行くしかない。
でも、御殿場で生産されている野菜はそれだけじゃないんですよ。
日常的に食べられる価格で買えるおいしい野菜がたくさんあるのに、
誰に聞いても“知らない”とつれない返事。
僕は、食は最終的に各家庭の食卓につながっているものだと考えています。
最初はそんな野菜があることを知らなくても、
飲食店で食べてもらえれば実際に味わってもらえる。
実際口にしてよさが伝われば、購入につながり、知名度も上がって、
各家庭で食べられるようになる。
お母さんが料理して子どもがそれを食べておいしいと思ってくれれば
次世代へつながっていく。そんな風にして、御殿場のなかで、
御殿場産の野菜の知名度が上がり、伝わっていけばいいなと考えているんです」

それぞれの山ライフ実現に向けて 山を共同購入へ!

心強い仲間がいるから夢がかたちになっていく

エコビレッジをつくりたいと、北海道で始めた土地探しも半年が経とうとしているが、
実は……、とてもすてきな山の土地を見つけた。
小高い丘へのぼると、田園と山々のつらなりが見渡せる。
まるで『アルプスの少女ハイジ』のあの山の風景のようなのだ!
そしていま、地主さんと土地購入に向けての交渉を始めている。
地主さんに土地のお話をうかがっていると、とても愛着があるようで、
不動産屋を通じた売買とは違う、人と人との信頼関係が何より大切だと感じている。
土地購入の交渉の話については、おいおい書きたいと思うが
(いまは大事なときなので、リポートを楽しみに待っていてください!)
今回は、いままであまり語れなかった、
ともに夢を実現しようとしている友人のことを書いてみたい。

エコビレッジがかたちになるかもしれない、そんな実感があるのは、
この連載の第1回で紹介した、農家の林 宏さんの存在がなにより大きい。
山を買いたい仲間・山トモで、ハイジの丘(仮称ですが……)も一緒に見に行き、
お互いとても気に入った。
「一緒に購入できたら、いいですねぇ」
ということで、いま地主さんとの交渉にもふたりで出かけている。
ニコニコ笑顔を浮かべつつ、聞きたいところはズバッと質問してくれるし、
地主さんとの会話の内容も、林さんがいてくれるので全貌がつかめるといった感じだ。
地主さんも農家だったこともあり、林さんと共通の知り合いがいるようだし、
そもそも土地の大きさを、反(たん)とか、町(ちょう)という単位で話す時点で
わたしにはちょっと辛い。
ちなみに、林さんは新規就農者で、以前は北海道新聞の記者だったこともあり、
コロカルの原稿が書けないと悩んでいると、一緒にネタまで探してくれるのだ。

左が林 宏さん。右が妻の睦子さんと息子さん。林さんが北海道新聞の記者を辞めて新規就農したのは2005年。自分の仕事は自分でつくりたい、仕事も自給自足したいと農家を始めた。

林さんが山を買いたい理由は、しいたけを栽培したり、
木の実や山菜を採って自給自足的な暮らしを推し進めたいと思っているからだ。
いま、岩見沢の栗沢町に農地を持っていて、小松菜やほうれん草を主に栽培しているが、
自家用の小麦をつくるなど、少しずつ食糧の自給についても進めている。
また、太陽光発電にも取り組んでいて、オフグリッドという考えに共鳴している。
オフグリッドとは、狭い意味では、電力会社の送電網を使わない
ということになるが、林さんはこれを広く捉え、
自分たちとは別の論理で動いている経済や社会のシステムとの関係を、
できるかぎりオフにしていこうという気持ちを持っている。

そして、林さんの妻・睦子さんも、山でやってみたいことがある。
それは山の自然を満喫し、そこで生きる知恵を学んでいくような“学校”、
あるいは〈森のようちえん〉のような取り組みをしたいと考えているのだ。
睦子さんは、こうした夢を実現させようと、すでに一歩を踏み出していて、
今年は岩見沢市街にある公園でプレーパークを開催してきた。
プレーパークとは、大人ができるだけ介入せずに、
子どもの自主性を尊重し、自らの責任で遊ぶ場だ。
わたしもこの活動のお手伝いをしていて、
泥んこになってはしゃぐ子どもたちの姿を見ていると、
普段の遊びとは違う可能性を感じていた。
しかし、公園での開催だけでなく、岩見沢は車を30分ほど走らせれば、
山の自然が満喫できる場所もあることから、
こうした場を生かさない手はないのではないかと睦子さんは考えるようになった。
彼女のプランは、山に自らが住み、そこに子どもたちがやって来て、
暮らしと遊びとが密接に結びつく場をつくっていきたいというものだ。

ただし、わが家と同じように夫婦の思惑は重なるようでいて違っている。
夫である林さんとしては、
「畑があるからベースを移すのは難しいなぁ、冬だけなら住めるかなぁ」と、
ソフトな感じで困っている様子だった(わが家もしかり、妻が暴走するタイプ?)。

睦子さんが行ってきた岩見沢プレーパークの様子。子どもも大人もみんなで泥んこになって遊ぶ。

「ケガとお弁当は自分持ち」というのがプレーパークの精神。遊び場には子どもたちへのメッセージも掲げておく。

シトラスジンジャーシロップ、 育てる・つくる・売る!

農業をして、生活していく

私たちは、小豆島に移住してきて農業を始めました。
農業(農を生業とする)と言っていいのかどうかわかりませんが、
とにかく畑で野菜や果物を育てて、それを販売して、生活の糧にしています。
その収入だけでは厳しいのが現状で、週末はカフェを営業し、
そのほかにもWebサイトの制作や撮影などでも収入を得ています。

田舎に移住して農業をしたいという同世代の人たちの話を時々聞きますが、
私たちもきっとそのなかのひとりでした。
暮らしを変え、自分たちが食べるものは自分たちでつくりたい。
そんな思いで始めた畑。

いま思うと、いったいどうやって稼いで生きていこうと思っていたのか……。
移住するタイミングで、私たち夫婦はそろって会社を辞めました。
同時に無職。よくよく考えるとこわい(笑)。
しばらくの間はそれまでの貯金と雇用保険で生きていける、
その間に生き方を組み立てていこうと考えていました。

農業に本格的に取り組もうと思ったのは、移住して3か月くらいたってから。
想像してた以上に農村だった肥土山(ひとやま)で暮らすようになり、
そこにはじいちゃんが残してくれた畑と果樹があり、
近所のおっちゃんおばちゃんと話すうちに、
やるなら売れるくらいの野菜がつくれるようにがんばろうという気持ちに。
新規就農者に対する助成金があったというのも、
これならやっていけるかもと思った理由のひとつでした。

ダイダイの収穫。

近所のおっちゃんやおばちゃんから教わることはとても多いです。

小豆島ではいろんな種類の柑橘が育てられています。うちにもじいちゃんが残してくれた果樹がいまも実をつけてくれます。

そしていま、小豆島暮らし4年目となり、まだまだ試行錯誤中ですが
少しずつかたちが見えてきました。
毎週2回、収穫、出荷しているHOMEMAKERSの旬野菜セット。
だいたい10品目くらいのお野菜をダンボールにつめてお届けします。
10品目くらいをセットにするために、その倍の20品目くらいを育てていて、
その中からその日出荷できるお野菜を選びます。

移住から半年かかった空き家探し

期限ギリギリ、ようやく見つかった物件

11月末、智頭に本格的な冬が訪れた。
今シーズン初めての降雪。
「きょうねぇ、ゆきふったよ! でもぜーんぜんつもらなかった」
智頭に来てから、雪遊びできる冬を心待ちにしていた娘は、
ちょっと物足りなそうに、でもうれしそうに言った。
わたしはといえば、大した雪にならなかったことに安堵。
というのも、わが家はまだ冬用のタイヤを購入しておらず
雪の予報にビクビクしていたからだ。
職場では、雪道の運転について、周りの方々がいろんなアドバイスをくれた。
「車にはスコップと、窓の雪を落とす道具を常備しておいたほうがいい」
「橋の下と上は凍結しやすいから気をつけて」などなど……。
雪の多い地方に暮らしたことのない私たちは、いまから冬本番に向けてドキドキである。

そんな寒さが訪れるなか、わが家は半年間住んでいた「移住おためし住宅」から、
定住する空き家へと引っ越しをした。
智頭に来てから探し続けていた空き家が、ようやく見つかったのだ。

空き家探しは、思っていたよりも大変だった。
高齢化の進む田舎町、空き家自体はそこらじゅうにあるのだが、
仏壇があるから、とか、年に1回帰ってくるから、などの理由で
貸したがらない方が多い。また、貸してもいいよ、という物件も、
お風呂が壊れている、床や畳がダメになっている、設備が不十分……など
お金をかけて修繕しないとすぐには住めない場合が多い。
わが家は、智頭町の空き家バンクと、知り合いからの紹介と、
両方からあたっていたけれど、なかなか現実的に住める物件に出会うことができず、
おためし住宅の利用期限(半年)が迫るなか、焦りは深まる一方だった。

そして本当のギリギリになって、
同じ集落で新たに空き家登録をしてくださった方がおり、
そのお家を貸していただけることになったのである。

借りることになった空き家。縁側から見える小さな庭。

かつては山林を売買する事務所スペースだった入口の土間。ここで何かおもしろいことができそうだね、と夫婦で妄想。

片づけ前、まだ置物などがたくさん置かれていた。

わが家の場合はなんとかなったけれど、
空き家が見つからないために移住を断念するケースも多いと聞く。
森のようちえんに入園するために移住を希望する家族も毎年たくさんいるそうだけど、
やはり空き家探しが壁になって、実際に移住して来られるのはごく一部だそうだ。

そんな状況を改善しようと、森のようちえん・まるたんぼう代表の西村早栄子さんは、
移住者のためのシェアハウス(古民家)購入を考え、
クラウドファンディング(ネットを通じた支援金集め)も始めた。
これはぜひ実現してほしい取り組み。
空き家が見つかるかどうかはタイミング次第というところがあるので、
シェアハウスに住みながら、ゆっくり探すことができたらすごくいいと思う。

小さな村の暮らしを受け継ぎ、伝えていく Iターン4人組〈くらして〉

暮らしを生業にするということ

長野県の北西、新潟県との県境に位置し、特別豪雪地帯に指定されている小谷村。
そのなかでも最北端にあり、一度新潟県をまたがないと入ることができない
大網(おあみ)集落は、四方を山に囲まれ、
小谷村民でも「行ったことがない」という人がいるほどの秘境だ。

約44戸、70人あまりの住民の6割以上は高齢者。
そして、冬は積雪量が3メートルを超えることも少なくない。
そんな厳しい自然環境のなかで、人々は独自の文化と生活の知恵を育み、
我慢強くもたくましく、他人を思いやる心を持って生きてきた。

小谷村のなかでも大網集落は特に積雪量が多い。高く積もった雪の片づけは重労働だ。

その大網に根ざし、この地ならではの暮らしや伝統、
そして人々の魅力を受け継いで伝えていきたいという思いで、
2012年から活動をしているのが〈くらして〉だ。
メンバーは、いずれもIターン移住した前田浩一さん・聡子さんと、
北村健一さん・綾香さん夫妻の4人。

左から、北村健一さん、綾香さんと娘のおとあちゃん、前田聡子さん、浩一さん。

彼らの特徴のひとつは、ただこの地に暮らすのではなく、
林業や炭焼きといった山仕事や農業、伝統食の栃餅(とちもち)づくりなど、
自分たちの生業(なりわい)もつくり出していることである。

冬になると雪に閉ざされるこの地では、昔は出稼ぎに行く人が多く、
いままでは仕事がないからと近隣に移住する人も少なくなかった。
しかし〈くらして〉は「ここに住んで、ほかの地域に働きに行くのはもったいない」
と考え、「仕事がないなら自分たちで生業をつくろう」という考えに至った。

「暮らしていることが仕事になるといい。“働き手”ではなく“暮らし手”へ」
そんな思いが、〈くらして〉の名前には込められている。

伝統の醤油と さまざまな加工品を造る老舗蔵 備前・鷹取醤油

100年以上続く醤油蔵を継ぐという決心

「ドレッシングがおいしいから使ってみて」
「〈丼のたれ〉が欠かせなくて、何度も蔵元に訪ねて買っている」
ふと出会う何人もの人からお勧めいただく〈鷹取醤油〉。
備前に佇む小さな蔵元に土日は200〜300人、多いときは400人もの人が訪れ、
売り上げも若い従業員も増えています。
この人気の背景には、人を大切にし、品質に妥協をしない至誠な姿がありました。

日本六古窯のひとつ、備前の窯元が軒を連ねる伊部から車を5分ほど走らせると、
100年余の歴史が年輪のように刻まれた、伝統的で美しい建物が目にとまる。
この蔵が〈鷹取醤油〉。備前熊山から湧き出る良質な伏流水に着目し、
明治38年に醤油の醸造元として創業しました。

奥まで続く風格のある蔵。少しずつ改修して古い建物を生かしている。

土日は200~300人。多いときは400人もの人が訪れる。

蔵にたどり着くと、20代や30代の若いスタッフが行き来しては、
道行く人たちに「こんにちは!」と気持ちのいい挨拶をし、
常連のように親しそうに話す人が出たり入ったりしています。
なんて生き生きした蔵元なのだろう。

店頭は売店になっていて、醤油のほかにもドレッシングやたれなど
さまざまな醤油加工品が並んでいます。
ひとつひとつのポップが凝っていて、商品への愛情を感じます。
〈にんにく醤油〉や〈オリーブとたまねぎのドレッシング〉、〈味噌だれ〉など、
次々に試食すると、いずれも食材そのものの持ち味を楽しめる、
ハーモニーのいい味わい。評判に納得しました。

手がけているのは鷹取醤油4代目・鷹取宏尚さん。
「僕が帰ってきた頃は父と母だけでやっていて、
この売店ももともとは軽トラックの車庫だった」と話します。
当時はここに並ぶ醤油加工調味料はなく、地域に根ざした甘い醤油のみ。
それがいまでは、5人の営業担当と15人の製造担当で、40アイテムの商品を提供。
他社から依頼を受けた醤油加工品もつくっています。

鷹取さんは蔵を継ぐまではなんと銀行員。
安定したいい給料を得て、妻子に恵まれ幸せに暮らしていました。
転機になったのは実家の知り合いの醤油屋から受けた言葉。
銀行員として会ったとき、仕事の話が終わるとふと、
「お前みたいに蔵を継がん人がおるから全国の醤油屋が潰れるんや」と嘆いたそうです。
その言葉は頭の片隅に残り、言葉の意味を考えるようになりました。
確かに100年以上続いていたものがなくなろうとしている。
鷹取さんの両親が深夜に麹のできを見に行っていたのを思い出し、
胸が揺さぶられました。

「そんなときに醤油の配達を手伝ってほしいと頼まれて。
かみさんとドライブデート気分で配達に行くと、
当時90過ぎのおばあちゃんが出てきて、僕を見ると、僕が蔵を継いだと勘違いして
『継いでくれたんか、ありがとう。この醤油じゃないとダメなんだよ』
と感謝されたんです。ハッとしました。
企業にいたら、営業トップだとしても、僕が抜けたら2番の人が1番になる。
それだけのこと。でも、うちの醤油は代わりがいない。
じゃあ蔵を継ごう! と決心したんです」

鷹取醤油4代目・鷹取宏尚さん。「伏見屋市平」というかっこいい名前も持つ。

自家製野菜で グッドモーニングサラダ

自給率100%の野菜で朝ごはん

ようやく寒くなり始めた小豆島。
今年の11月はほんとに暖かかった。
11月なのに半袖で大丈夫なほど。

暖かいのは過ごしやすくていいけど、畑にとっては想定外のことがいくつか。
まず虫が減らない。
暖かいのでいつまでたっても虫たちが元気で、
例年より虫の被害がひどい野菜もあります。
それから大根などの冬野菜に甘さがのってこない。
野菜は寒くなると寒さで凍ってしまわないように糖度をあげるので甘くなります。
寒さって大事なんだなとあらためて感じる日々です。

紫小松菜。虫の被害も少なく初めてきれいに育ちました。

11月に入って採れ始めた白菜。

この時期といえばカブ!

さて、この11月で小豆島で暮らし始めて4年目になります。
畑も4年目で、4回目の冬を迎えます。
少しずつ年間のリズムがわかってきました。
11月になるといよいよショウガの収穫!
中旬には新じゃがが採れる!
そして中まで赤ーい紅くるり大根がもうすぐ旬を迎える!
そのシーズン初の収穫は、それぞれの野菜との1年ぶりの再会でもあり
とてもうれしくなります。

ジンジャーシロップ製造のために、みんなでショウガを収穫しました。

半日で100キロ収穫!

山の恵みをいただきます! 木の実の収穫と草木染体験

採れたての山ぶどうっておいしい

さて、今回は、前回紹介した日端義美さんが所有する山での体験について、
続きを書こうと思う。
このところ、日端さんもメンバーとなっている
〈自然エネルギーを考える会〉が企画するワークショップなどに参加して、
山の恵みを生かすことの楽しさにハマっているし、
こうした経験をエコビレッジの暮らしにも生かしていきたいと思っているのだ。

紅葉もそろそろ終わりを迎える頃、自然エネルギーを考える会では、
山でクサギの実を収穫し、草木染を体験する会が開かれた。
クサギとは、葉っぱに独特の臭いがある木で、ちょうどこの時期に青い実をつける。
この青い実をつぶして煮ると、媒染剤を使わなくても
空色に布を染めることができるのだ。
また、赤いガクの部分も、ピンク色の染料となる。
この日は、日端さんの山に朝集合し、大人から子どもまで20名くらいで、
クサギの実とガクをひとつひとつ枝から摘み取っていった。

写真がクサギ。黒っぽい実に赤いガクがついている。これを摘み取っていく。

大雨が降って、実が落ちてしまったものが多い。それでも2時間ほど摘んでいくと、約2キロの実が集まった。

この日は、クサギだけでなく、秋の味覚があちこちに見つかった。
日端さんが、「こっちに山ぶどうがあるぞー」と声をかけてくれて、
子どもたちに実を分けてくれた。
山ぶどうはジュースなどの加工用で、生では渋くて食べられないとばかり思っていたが、
ジューシーで甘酸っぱくて、おいしいのには驚いた。
酸っぱいものには手を出さない1歳半の娘も、
種を口から一生懸命出しながら、モリモリ食べている。

北海道に移住してから知ったことだが、木になったまま完熟したフルーツは格別だ。
特にブルーベリーやプルーンは、生だとちょっと青臭くて渋いものだと思っていたが、
熟れた実はまろやかで甘みが口いっぱいに広がるのだ。
この山ぶどうも、太陽の光を浴びてゆっくり甘くなった、
そんな豊かな風味を持っていた。

山の持ち主、日端義美さん。木の実の活用方法を教えてくれた。

山ぶどうの実。ぶどうよりも種が大きくて実の部分が少ないが、甘酸っぱい濃厚な味!

そして、もうひとつ、見かけは山ぶどうと同じ黒い実を、
「食べてみて」と日端さんが渡してくれた。
こちらはキハダ。キハダは、草木染の染料にしたり、
漢方薬に用いられたりしており、みかんの皮を濃縮したような
渋くてすっぱい(でも、嫌な味わいじゃないのが不思議)ものだった。
日端さんによると、アイヌ民族が酸味を生かして香辛料として使っていたという。
こうやってひとつひとつ味を確認してみるのも、山の楽しみだということが実感できた。

来年、株を増やすためにキハダの実も収穫。

ツルウメモドキという木。実のついた枝は観賞用として使われることもある。

キリの実。キリの木は知っていたが、こんなに大きな実がつくとは驚き! ツルウメモドキとキリは、花瓶に差したりリースの材料に使えそう。

小豆島ですてきな結婚式〈Happy Outdoor Wedding〉

瀬戸内の素材をたっぷり使ったハッピーな料理!

いわゆる結婚式場じゃなくて、海だったり山だったり、
自分たちの好きな場所に大切な人たちを招いてハッピーな結婚式をしよう! 
というのが〈Happy Outdoor Wedding〉(以下、H.O.W)。
とてもすてきなプロジェクトだなぁと、以前から気になっていました。

そしてなんと今回、小豆島本島から1キロほど離れた余島(よしま)で、
H.O.W企画の結婚式が行われることに!
余島は、小豆島の有名な観光地〈エンジェルロード〉の先にあります。
エンジェルロードというのは、干潮時に出現する瀬(砂の道)で、
その道をふたりで歩くと恋が叶うというロマンチックなところ。
余島と小豆島本島は、干潮時だけこのエンジェルロードで陸続きになります。

余島まではボートに乗って行きます。

ボートから眺めるエンジェルロード。海の上に道があるみたい。

余島には、神戸YMCA(神戸キリスト教青年会)の野外活動センターがあり、
一般の人向けにもキャンプなどさまざまなイベントが企画されています。
新婦さんは、この神戸YMCAの卒業生。
新郎新婦のおふたりで小豆島にご旅行に来られたこともあるそうで、
そんなつながりもあり、小豆島・余島で結婚式を挙げることにしたそう。

新郎新婦とみんなで乾杯! 新郎さんはチェコご出身。

シャボン玉が大好きな新婦さんのために、みんなでいっぱいのシャボン玉を飛ばしました。

リングリレーは、新郎さんのご趣味である登山用のロープを使って。

余島には団体でのキャンプや研修用に大きな建物が何棟かあります。そのなかのひとつを使って。

H.O.Wは、地域の人、ものとのつながりも大事にされているそう。
大勢のスタッフでやって来てすべてをやってしまうのではなく、
結婚式を挙げる場所で活動していているチームや事業者さんに声をかけ、
一緒につくりましょう! というスタイル。
今回私たちHOMEMAKERSも、友人を通して
料理を担当してほしいとお声がけいただきました。
以前からH.O.Wのことを知っていたのでとてもうれしいお話でした。
ただ、私たちは結婚式の料理を担当したこともないし、
ましてや60人分の料理をケータリングしたこともない……。
なので、今回は高松の友人に声をかけて、
チームを組んで一緒に参加させてもらうことに。

結婚式前日の夜から仕込み開始。

ウエディングパンケーキの製作中。

エンジェルロードをサラダで表現。

食のリトルプレス 『PERMANENT』を発行する サダマツシンジさん・千歌さん

食にまつわるリアルが詰まった一冊

手に取ったのは、ほんの小さなきっかけからだった。
「これから冊子づくりのお手伝いをすることになりました」
そう言って友人が教えてくれたのが、この冊子、
『PERMANENT』(パーマネント)だった。

PERMANENTは「食べること」をテーマに編集されたリトルプレス。
だから、ほとんどの人が「食」「料理」といったキーワードから
この冊子にたどり着くのかもしれないが、僕は友人からの紹介という、
まったく別の角度から、この冊子に接触した。

ページをめくる。めくる。そして、また、めくる。
いまでもよく覚えていて、とにかく強烈に、その世界観に引き込まれていった。

鼻が鳴る——そのひと言から始まったテキストは、
猛烈に好奇心を掻き立てる“作家鍋”という料理をテーマに、その奥底にある
食の楽しみ、料理の奥深さ、卓を囲む時間のすばらしさを拾い集めながら、
僕の胃に空腹感をしっかりと刻み込みつつ、勢いよく駆け抜けていった。
その不思議な鍋の考案者である画家、牧野伊三夫さんのお人柄、
完成に至るまでの心踊るエピソード、食に貪欲な姿勢、
いろんな要素が盛り込んであり、それは、その後に続くページにも共通する。

些細なきっかけだったが、それ以後、新刊の発行を心待ちするほどの出会いとなる。
もうひとつつけ加えると、「つくる、たべる、かんがえる」というキャッチコピーが、
とても肌に合った。あとがきには、その言葉が生み出されるに至るまでの、
編集者であり発行者の思いと考えが綴られる。
以下はその一部の抜粋。

私たちが着目したいのは、例えば、普通の人の食卓の風景。
食の基本は毎日の食卓にあると私たちは考えています。
何が食べたいか、どの店で食材を選ぶか、どのように調理するか、
どの食器で食べ、どんなふうに時間を過ごすか、
それら全てを自分の意志で決める場所だと思うからです。
私たちは津々浦々の食卓で、食べることについての話を聞いたり、
調理の様子などを取材し、食卓の風景から、
あらためて「食べること」について考えてみたいと思います。

そのまっすぐな言葉の連なりにとても共感し、これからも読み続けていきたいと思った。
クレジットを見ると、〈THIS DESIGN〉という福岡のデザイン事務所を営む
アートディレクターのサダマツシンジさん、その妻で編集・プランナーの千歌さんが
中心となり、企画・運営・発行しているとわかった。

PERMANENTを読むことは、つまり、サダマツさん夫妻を知ること。
2014年に、ご夫妻と初対面を迎えた日、僕はなんだか不思議な、
それは親戚に会うような親近感に近い、感情を覚えた。

森のようちえんから地域に感謝を伝える 〈ちづの森の感謝祭〉

感謝の気持ちをこめてみんなでつくるお祭り

冬の足音が少しずつ聞こえ始めた。
朝晩はずいぶん冷え込むようになり、明け方目が覚めて窓の外を見ると、
山は深い霧に包まれていることが多い。
少しずつ夜が明けて霧が晴れてくると、美しい朝の空を見ることができるのだった。

霧が晴れてきた明け方の空。

いま住んでいる“移住おためし住宅”には薪ストーブがあり、
先日ついに初点火することになった。
といっても夫もわたしも薪ストーブは初めてで、友人のSさんファミリーが
薪を持って遊びに来てくれ、点火しつついろんなことを教えてくれた。
薪ストーブの威力はすごくて、2階建ての吹き抜けの家全体が、
あっというまに暖まった。雪降る真冬の日も、ポカポカだそうである。
子どもたちは、薪が燃えてゆくのを楽しそうに眺めていた。

移住お試し住宅の薪ストーブに初点火。

そんな風にして秋が深まっていくなか、イベント三昧の日々はまだまだ続く。
11月の最初の週末には、森のようちえんの保護者による
〈ちづの森の感謝祭〉が、智頭小学校のグラウンドで開かれた。

この感謝祭は、お世話になっている地元の方々に感謝の気持ちをこめて、
毎年、智頭町内のいろんな場所を利用して行われているお祭りだ。
何か月も前から準備を重ねてつくり上げていく大規模なもの。

今年は、保護者による恒例の特製お味噌汁ふるまいや、
カフェ、フリーマーケット、あそびコーナー、ステージでの出し物のほか、
附属学校〈新田サドベリースクール〉の子どもたちによる出店、
ゲストの飲食店・雑貨店の出店など、盛りだくさん。

小学校のグラウンドに、たくさんのお店が並ぶ。

わたしは、お味噌汁ふるまい班に参加した。
森のようちえんでは、週1日“クッキング”の日があり、
子どもたちが野菜を持ち寄って切り、火をおこし、
自分たちでお味噌汁を作って食べている。
そのお味噌汁を、感謝祭で保護者たちが作り(野菜は子どもたちと一緒に切る)
無料でふるまって食べていただくのだ。
この日は板井原集落のおいしい水を汲んできて使い、
智頭杉の割り箸を添えてふるまった。

わたしは仕事でなかなか事前準備に参加できず、
ほかのメンバーに頼りっぱなしになってしまったのだけど、
「できる人ができることをやればいいんだよ」
とニコニコ、確実に準備を進めてくれるほかのお母さんたちは、
本当に頼もしく、格好よかったのであった。

森のようちえん特製お味噌汁をふるまう〈森のふるまい亭〉。

味噌も子どもたちの手作り。

お母さんたちがみんなで味見をしながら味噌を加えていく。

ふるまい班メンバーが頭に巻いたのは、自分たちで染めた杉染めのバンダナ。

小豆島の絶景をめぐる旅

「普段の絶景」に出会う撮影ツアー

小豆島にはいわゆる“絶景”に出会える場所があちこちにあります。
ほかでは見られない美しい景色。

先日、小豆島カメラのトークイベントで写真家のMOTOKOさんが、
小豆島にあるそういう景色のことを「普段の絶景」と表現されていましたが、
すごく腑に落ちました。
わざわざ何時間もかけて見に行くんじゃなくて、
普段の暮らしのなかにあったり、すぐそばにあったり。
それが小豆島の絶景。

普段の絶景 in 小豆島。こんなところが暮らしのすぐそばにある。小豆島にある山岳霊場のひとつ〈西の滝 龍水寺〉。

そんな絶景スポットや小豆島ならではの場所を
カメラを持ってめぐる旅が11月上旬に開催されました。
今年で2回目となる〈小豆島撮影ツアー〉。
写真雑誌『PHaT PHOTO』とカメラメーカー〈オリンパス〉の企画で、
私たち小豆島カメラのメンバーもスタッフとして参加しました。

今年で2回目の開催となる〈小豆島撮影ツアー〉。坂手港でお出迎え。

その季節ならではの小豆島を楽しんでもらいたい。
そんな思いで考えた今回の撮影コース。
11月といえば、小豆島はオリーブ収穫シーズンです。
赤紫色に熟したオリーブの実がついているのはこの時期だけなので、
オリーブ畑には行きたいね。
それからこの時期は夕景も美しいから、最近ドラマのロケ地として使われた
城山桜公園内の桜花亭からの夕日も見たいね。
あー、でもやっぱり山岳霊場からの絶景は外せないよね。
そんな感じで、PHaT PHOTOと島で暮らす小豆島カメラのメンバーで企画。

11月といえばオリーブ! 熟したオリーブがなっているのはこの時期限定。

小豆島には八十八ヶ所霊場があり、その中でも岩壁に建つ山岳霊場からの眺めはとても美しい。

西の滝 龍水寺へ向かう長い階段。後ろには瀬戸内海が広がる。

〈自然エネルギーを考える会〉で山の達人に出会う

山ライフを楽しむ日端さんとの出会い

エコビレッジをつくるために、山の土地を買ってはどうだろうか?
そんなアイデアをくれたのは、岩見沢で農家を営む友人、
林宏さんだ(詳しくは連載第1回に)。
秋のはじめに、その林さんに誘われて、岩見沢市内を中心に活動を行う
〈自然エネルギーを考える会〉の会合に参加をさせてもらった。
この会のメンバーは十数名ほど。
市内で自営業を行う人や元教員、農家など、立場はさまざまだが、
自然の恵みを利用しながら、暮らしを豊かなものにしていこうと、
山をフィールドにした活動を行っている。
今日は月に一度の定例会の日で、午前中は運営についての話し合い、
午後はメンバーのひとりである日端義美さんが所有する山で、
ちょうど食べごろになっているアロニアの収穫が行われた。

アロニアは北米原産のベリー系の小果樹。その実は果実酒やジャムなどに使われる。自然エネルギーを考える会の皆さんで手分けして収穫を行った。

ブルーベリーよりもポリフェノールが豊富ということで、アロニアは健康食材として注目されている。ひとつ口に入れたら……。フルーティーな味わいの後にパンチの利いた渋さが! アクをいかに抜くのかが、おいしく食べるコツのようだ。

この会に参加し、日端さんに出会えたことは、本当にありがたいことだった。
山を買ってそこで暮らす! なんて言っても、
実のところアウトドアなんて、これまでほとんど興味はなかったし、
山に水や電気などのインフラを整備するとかなりのお金がかかるようだしで、
「ちょっと難しいかな〜」と腰が引けていたところだったからだ。
日端さんは、岩見沢の上幌地区と宮村地区に、ふたつの山を所有し、
そこで木の実や山菜を採るなど、山ライフを本当にエンジョイしているのだった。

アロニアの収穫のために、この日訪ねたのは、上幌のほうの山だ。
日端さんがこの土地を買ったのは15年前。
当時は、ヨモギなどがおい茂っていたが、草をかきわけ、かきわけ進んでいくと、
見晴らしのよい風景がパッと目に飛び込み、その美しさにほれ込んだという。
そして、その日のうちに購入を決心。
地主さんに、自分がそのとき出せる最大限の金額を提示して、売ってもらった。
その後も、周辺の土地を4回にわけて買い足していって、
現在、その広さは8ヘクタールになる。

自然エネルギーを考える会は、日端さんの所有する山を中心に活動を続けている。

日端さんに、わたしがエコビレッジをつくりたいと思っていること、
山を買いたいと思っていることを話してみると、
すぐに「いい場所があるよ!」と教えてくれた。
日端さんが所有する宮村の山のほど近くに、
約1.5ヘクタールの土地があり、そこには空家もあるという。
なんと、家つきの山!? 
それなら、水も電気もあってインフラ問題は解決か!!
山の日差しのなかで笑顔を浮かべる日端さんは、まるでわたしにとっての“山の神”(!?)。
善は急げ! ということで、さっそく翌朝、
日端さんに山の土地を案内してもらうことにした。

地域に住まうことを考える展覧会 アーツ前橋『ここに棲む ― 地域社会へのまなざし』

群馬県前橋市にある〈アーツ前橋〉では、2016年1月12日まで
『ここに棲む — 地域社会へのまなざし』という展覧会が開催されている。
開催地である前橋に限らず地域社会を見つめ、地域に住まうということや、
現代の私たちがおかれている状況について、新たな気づきを与えてくれるような
多様な表現や実践を紹介している。
ユニークなのは、14組の参加作家のうち、ちょうど半分が建築家、
半分がアーティストということ。アプローチはさまざまだが、
地域を見つめ直すというテーマにふさわしい作家たちの作品が揃った。

すべてを含めた環境をデザインする

高さのある吹き抜けの空間に、圧巻のオブジェを展示しているのは
藤野高志/生物建築舎(いきものけんちくしゃ)。
藤野さんは生物建築舎という名の設計事務所を率いる建築家。
群馬県高崎市出身で、東京や福島を経て、現在は地元高崎を拠点に活動している。
今回展示している作品《キメラ》は、いくつもの建築物が
互いに連関し合っているような構造。
下にある建物が上にある建物を支え、上にあるものが下にあるものを吊っているような、
いろいろなものが複雑に絡み合い、相互依存しているような構造物だ。

建築物、動物、植物、さまざまなものが複雑に絡み合いながら存在しているような、圧巻の作品《キメラ》。藤野さんが実際に手がけたプロジェクトの模型も含まれている。

また、藤野さんはいつも「植物と人類の共生」をテーマに設計している
ということを表すように、作品には建物の中に植物が生えていたり、
植物や生物の中に人間が暮らしているような模型も見られる。
その一部には、2013年に日本建築学会作品選集新人賞を受賞した
彼らの事務所《天神山のアトリエ》の模型も見られるが、
実際に彼らの事務所は天井はガラス張り、床部分は土で、
部屋の中に木や植物が生えているというのだ。
常識を覆すような建築で、過ごしにくくないのだろうかと思うが、
ご本人はそんな環境を楽しんでいるかのよう。

「東京のような大都会や、福島のように自然が豊かな場所を経て高崎に戻ってきたら、
ダイナミックな環境の変化もなくて、とても中庸な場所だなと思いました。
でもその中庸さは、地方都市にはよく見られる、
日本の普遍性なんじゃないかと思ったのです。
こういうところで生活していると、まわりの変化を敏感に感じとりにくいんですが、
実は1日のなかで太陽の光や空の色は刻々と変化していく。
そういうことを暮らしのなかで感じたくて、こんな特殊な事務所をつくりました(笑)。
例えば去年のいまごろはツマグロヒョウモンという蝶がきたけど、
今年はまだだなとか、季節によって感じることや、
いろいろなことに意識がいくようになります。
そういう環境で設計をしていると、自然と図面にも反映されていきます」
藤野さんは建物だけでなく、そのまわりにある植物などすべてが環境をつくると考え、
それも含めてデザインしていきたいのだという。

細部を見ていくと、アリの巣のような住居や、恒温動物の中に人間が住んでいるような、奇妙な光景がいくつも見られおもしろい。

小豆島の仲間とともに船に乗って ササヤマルシェへ

お客さんや出店者、いろいろな出会いがあるマルシェ

11月、過ごしやすい気候のこの時期、各地でいろんなイベントが開かれています。
小豆島でも毎週末のように商業祭や収穫祭などイベント続きです。

この春夏は日々のやることに追われ、あまり外に目を向けずに
ひたすら家や畑で働いていたように思います。
田舎暮しはとにかくやることが多い(笑)。
秋になってもやることに追われているのには変わりないのですが、
自分の半径5メートル以内のことだけじゃなくて、
もう少し外にも目を向けなきゃ! とそんな気持ちがして、
この秋はイベントなどにも時間をつくって参加してみることにしました。

11月最初のイベントは〈ササヤマルシェ〉。
ササヤマルシェは、兵庫県篠山市にある河原町妻入商家群で年に1回開催されています。
4日間にわたって開催され、丹波篠山地域はもちろん、
京阪神や周辺地域から約130店舗が参加。
ちなみに今年で6回目だそうです。
篠山城の城下町として発展したこの地区は、
いまもその趣が残っていてとても美しいところです。
一度行ってみたいなと思っていたので、
今回ササヤマルシェに参加するのがとても楽しみでした。

マルシェには私たちHOMEMAKERS単独ではなく、島の友人たちと出店。
オリーブの木でオリジナルプロダクトをつくってる
〈シマイトシ〉のいのうえただひろくんと、
今年6月にオープンしたカレー屋〈プラージュ〉の
井上憂樹くんとスタッフのめぐちゃんと一緒に、We are from 小豆島!
小豆島のオリーブとカレーとコーヒーとお野菜と。

シマイトシのいのうえくんちで今年収穫してつくったオリーブ新漬け。毎年10月10日に解禁されます。

カブ、いんげん、ショウガなど旬のお野菜を準備。

島外で出店となると、ネックとなるのが旅費交通費。
島から車をフェリーに乗せて行くと往復で約1万円。
そして当初は日帰りで行くつもりだったのですが、
よくよく時間を調べてみると朝イチのフェリーで行ったら間に合わない!
ということで結局前泊。そうなると宿泊費もプラス。
なんだかんだと出費がかさみます。
島外で出店してちゃんと儲けて帰ってくるには
それなりの売上をあげないとだめなんですよね……。
今回は、いろんな人との出会い、マルシェ全体の雰囲気を体験、
ほかの出店者さんがどんなふうにお店を出しているのかの勉強も兼ねて、
ササヤマルシェに向かいました。もちろん商売も!

超特選レベルの高品質醤油を全国へ 長崎・チョーコー醤油

標準の醤油の2倍の旨みがある醤油

長崎県最大手醤油メーカー〈チョーコー醤油〉。
九州の醤油は甘いと言われる要因のひとつとして、
鎖国時代にオランダから長崎に砂糖が入ってきたことが挙げられるが、
チョーコー醤油で造るのは関東中心に造られるタイプの醤油“本醸造”が7割、
全体の生産量の6割以上を本州に出荷している。
チョーコー醤油は昭和16年に発足後、高品質の醤油を造る
大規模会社として知られるメーカーで、旨みの強い「超特選」等級の醤油が主力商品。
九州男児の覇気のある姿勢で挑み続けている。

チョーコー醤油は、昭和16年に長崎の29の醸造元が共存共栄と合理化を目指し、
全国初の共同生産・共同販売の会社として設立されました。
当時の醤油業界では、効率よく醤油を造ろうと
日本各地の醤油組合の組合員が出資して醤油製造工場を設立し、
組合で共同生産した醤油を各社に分けるようになりました。
そんななか、長崎では力のある1社が他社を吸収するのでも、
組合の工場で生産するのでもなく“合併”という道を選択。

タワープレス式の圧搾機。圧搾場は乾燥している状態を保ち、雑菌の繁殖を防いでいる。

木槽タンクを使った〈木樽仕込 国産丸大豆使用醤油〉も販売している。

「設立以後はとにかく品質重視で勝負をしてきました。
9割の醤油に丸大豆を使い、できた濃口醤油の窒素は2~2.8(%)。
減塩醬油ですら、少なくとも窒素1.79。平均1.85くらいです」
と技術部部長の加藤秀男さん。
濃口醤油の窒素が2~2.8! 
JASの規格では、「標準」「上級」「特級」「特選」「超特選」
という等級がありますが、それを決める大きな要素が窒素量。
醤油の旨み成分であるグルタミン酸などのアミノ酸類は、
必ず窒素分を含んでいるためです。
JASで定める濃口醤油の標準の窒素は1.2~1.34なので、
標準醤油の2倍の旨みがある、つまり濃厚で味わい深いということになります。
旨みの強い再仕込醤油ですら、標準の窒素は1.4~1.49。
高窒素を目指している蔵元は多数あっても、2~2.8という高い数字は
容易に出るものではなく、この数字を保つ蔵元は前代未聞。

実際味わってみると、こんなに旨みのある醤油があるのかと驚きました。
塩分は通常の濃口と同じなので骨格ある味わいもあります。
ブリのようなしっかりした風味のお刺身や、お肉のソース、
照り焼きやカレーのコク出しにもよさそうです。

チョーコー醤油の醤油で作った豚の生姜焼き。肉の甘み旨みと濃厚なコクが口の中に広がる。

実りの秋と森のようちえん

イベント盛りだくさんの秋

「おかあさん、おのみちで◯◯したよねぇ。たのしかったよねぇ」
4歳の娘は、智頭に来る前に住んでいた尾道のことを、
ふと思い出して話し始めることがよくある。
私が「そっかー、尾道が好きだったんだねぇ」と言うと、
「うん。でもちづもすきだよ!」と屈託のない表情で答える。
森のようちえんの友だちがいるから。というのが主な理由らしい。

そう、智頭に来てから半年、家族の誰よりも環境に順応し、
毎日をはつらつと過ごしているのは、間違いなく娘だと思う。
最初の頃は、ようちえんでみんなと一緒にいても、
ひとりで行動することが大半だったようだし、
周りがあまり見えていないようなところもあったけど、
最近では、友だちと関わりながら遊ぶことが増えてきて、
困っている子がいると助けに行くようなところもでてきた。

わたしが夏から仕事を始め、お迎えの時間が遅くなったことで
寂しがるかな? と最初は心配したのだけど、
毎日一番最後にお迎えに行っても、落ち着いた様子で待っている。
きっと、彼女にとって、ようちえんが心地よい居場所になったのだな。
「満たされている」という言葉がぴったりな表情を見ながら、
しみじみと思うのであった。

森のようちえんの拠点となっている古民家〈まるたんぼうハウス〉。夕方まで預かり保育の子は、ここでお迎えを待つ。

柿の木に登って得意気。

まるたんぼうハウスから見た夕暮れの空。

ある日のおみやげは、まるたんぼうハウスの近くで採ったイチジク。

秋はようちえん関連のイベントも盛りだくさんで
日々わくわくしながら過ごしている娘を見るのが楽しみでもあった。

秋の入口の快晴の日は、年少組の家族が集うデイキャンプ。
智頭町のお隣、用瀬町の河原にて、バーベキューをしながらのんびり。
お友だちのお父さんがカヌーを持ってきてくださり、子どもたちを順番に乗せてくれた。
水面を滑るように進むカヌーの気持ちよさそうだったこと!
最初は怖がっていた娘も、一度乗ってみたら相当楽しかったようで
満面の笑みで降りてきた。
そのうち友だちと一緒に服を脱いで水に入り始め、
(日差しは強かったけれど、水は冷たい!)
唇がすっかり紫色になるまで出てこなかった。

心地よい河原でのデイキャンプ。

お友だちのお父さんが持ってきてくれたカヌーが大人気。

服を脱いで冷たい水に入り始めた子どもたち。

水俣から「食」を発信する 〈もじょか堂〉代表・澤井健太郎さん

水俣だからこそ、できること

熊本県の最南端の地である水俣市から安心できて、おいしい食材を、
自らの足で探して発信する食のセレクトショップ〈もじょか堂〉。
その代表である、澤井健太郎さんの、水俣という土地に対する想いは大きい。

水俣は、長いあいだ、食べものに「水俣産」と言えない時代が続いてきた。
「MINAMATA」を世界的に有名にした産業公害。
あれから60年の年月が経ったいまの水俣は環境モデル都市として国の認証を受け、
人々の努力によって豊かな海を取り戻している。
そして、60年という年月を積み重ね、
食べものに対しての意識の変化も少しずつ見えてきている。

水俣市の六角交差点にある〈もじょか堂 むつかど本店〉。

もじょか堂で取り扱っている食材や加工品は、
澤井さんをはじめ、スタッフが畑や生産の現場を訪ねて
つくっている人の話を聞いて、吟味して、納得したものばかり。
丸田さんのお野菜、天野さんの紅茶といった具合に
すべての商品について、誰々さんがつくったものとわかる。
顔が見える生産者から一歩進んで、
話を聞ける生産者がつくるものしか取り扱っていない。
有機栽培、自然栽培の商品が多いが、特に限定しているわけでもない。
農業に対する、自分なりの考えを持っている生産者であり、
その土地に合ったものを、おいしくつくっている人に、澤井さんは惹かれるという。

ショップ内には、スタッフの足で選んだ商品が並んでいる。

もじょか堂では、そうして集めてきた商品をもとに、ネット販売をはじめ、
水俣市内にある店舗での販売、熊本県内のレストラン、料理店への卸などを行っている。
「実際に会って、話したことのある生産者さんがつくっているものだから
売るときには、お客さんにつくっている人の話を交えながら商品を紹介できます。
また、取引先の飲食店の方からは、食材をどう料理したのか、話を聞くことができます。
それを生産者さんにフィードバックすると、とても喜ばれるのです」
食を通じた、生産者と生活者の豊かな交流。
それをつなぐ役割も、もじょか堂は担っている。

もじょか堂のウェブサイトでは、商品の通信販売も展開している。

写真とおいしいもので伝える小豆島

東京で初の〈小豆島カメラ〉写真展開催中!

島の友人たちとともに、島での暮らしを撮影し発信している〈小豆島カメラ〉の活動。
ちょうど2年前に動き始めて、チームを結成したのがその3か月後。
2014年4月からは毎日小豆島のいまの写真を発信してきて、
あっというまに1年半が過ぎました。

そして今年の秋、初の東京進出!(笑)
小豆島カメラの写真展をオリンパスプラザ東京で開催することになりました。

小豆島カメラ、東京での初の写真展開催。

写真展のオープニングイベントとしてトークとマーケットを開催。

10月23日から写真展が始まり、その翌日10月24日にオープニングイベントとして、
トークイベントと〈小豆島食べたいMarket〉を行いました。
当日は小豆島カメラメンバー4人と、マーケット担当として
HOMEMAKERSも一緒に朝イチのフェリーに乗っていざ東京へ!

小豆島と東京。近いようで遠い。一番速い移動手段は飛行機で、
去年くらいから成田空港と高松空港をLCCが結ぶようになり、
時間があえばそれを利用するのがコスト的にも時間的にもベスト。
その日は14時からトークイベントが予定されていたのですが、
朝5時半発のフェリーに乗って、新幹線を利用して、新宿についたのがお昼過ぎ。
移動だけでまるっと半日かかります。
ま、でも半日移動すると時間の流れも風景もまったく違う別世界です。

島からオリーブの枝を持って電車に乗り込みました。

岡山から東京まで新幹線でまるっと3時間。

生産者が主体の食のイベント 〈せたな海フィール 2015〉

おいしい食材がつくる、幸せのかたちとは?

「私たちがすばらしい食材をつくれば、私たち自身も幸せになれる。
せたな町で、ハッピーな農家と酪農家のみなさんに会い、
おいしい料理をつくるシェフと、それを享受する人々がいることを知って、
私もとてもハッピーな気持ちになりました」
インドの環境活動家であり、哲学者でもあるヴァンダナ・シヴァさんは
そう語り笑顔を見せた。

この夏、北海道の南西部にあるせたな町で行われた
〈海フィール2015〉に集まったゲストは、
まさに夢の共演というべき豪華な顔ぶれだった。
インドからはるばるやってきたシヴァさん、
山形のレストラン〈アル・ケッチァーノ〉のオーナシェフ奥田政行さん、
スローフードという言葉を日本に広めた
ノンフィクション作家の島村菜津さんらがトークを行い、
野外コンサートでは八神純子さんをはじめとするミュージシャンたちが参加した。
このほか有機農業に関するドキュメンタリー映画の上映や、
こだわりの生産者をめぐるツアー、マルシェや屋台なども並び、
イベントは3日間にわたり開催された。
さらに、奥田シェフをはじめとする料理人たちが、
朝昼晩とせたなの食材を使った料理に腕をふるった。

メイン会場は瀬棚ふれあいセンター。コンサートやマルシェも開催された。

日本海に面し、南北を山々に囲まれたせたなは、眺めのいい場所が多い。車を走らせ丘の上に登ると大パノラマが!

朝昼晩とシェフたちが腕をふるった。写真は、朝食で、奥田シェフがプロデュースする〈地パンgood〉のパンや、新鮮なせたなの野菜がバイキング形式で並んだ。

せたな町は、人口約8000人という小規模なまちではあるが、
町の調査によると、食料自給率はなんと940パーセント。
森と里と海の生態系がコンパクトにまとまった食材の豊富な場所で、
ここでほぼ毎年開催される海フィールは、
漁師、農家、酪農家など生産者が中心となり企画されている。
スタートから8回目の開催となる今年は、
2005年に3町が合併してできたせたな町の10周年にあたることから、
記念事業としても注目されることとなった。

なかでもここでご紹介したいのは、2日目に行われた講演会の模様だ。
「せたなの豊かな自然から未来と大地をつなぐ“種”」と題し、
最初に登壇したのは奥田シェフと島村さん、続いてシヴァさんによるトークが行われた。
何より印象的だったのは、この記事の冒頭で挙げたシヴァさんの言葉に象徴される
“幸せ”について、3人に共通する眼差しが感じられたことだ。

家族のことを見つめ直す旅

心の穏やかさを取り戻せた体験

この夏、もっとも思い出深かった体験について、今回は書いてみたい。
その体験とは、北海道の南西部・虻田郡豊浦町にある
〈いずみの学校〉のサマースクールに参加したことだ。
この学校では、幼年から高校までシュタイナー教育を実践している。
前回の連載で紹介した〈ひびきの村〉と、もともと母体は同じだが、
大人の学びの場がひびきの村、
子どもの学びの場がいずみの学校と分かれて現在に至っている。
毎年夏休みを利用してサマースクールを開講しており、
子どもたちの学びを大人が体験できるプログラムも用意されていた。
わたしの長男が現在5歳。
そろそろ進学のことも考える時期となり、
3日間の〈大人の教育体験プログラム〉を受講した。

エコビレッジづくりの奮闘記を連載するこの記事で、
サマースクールのことを取り上げるのは、横道にそれると思われる方もいるだろう。
確かにそうかもしれない。ただ、前回連載で語ったように、
コミュニティをつくろうとしておきながら、
わたしの家ではいつでも争いが起こっていて、
人間的成長をしているのか? と問われれば、答えはノー。
夫には、わたしがエコビレッジをやりたいという以前に、
人間として問題があると指摘される始末(怒)。
ついつい、夫のほうが悪いんだ! と言い返したくなるが、
エコビレッジで共同生活をやっていこうと思っているのに、
家庭が平穏でなくてどうする? とちょっぴり不安も……。
頭ではわかっているつもりでも、いままでは行動がともなっていなかったのだが、
このサマースクールを受講したことにより、思いがけず自分の心に変化が訪れたのだ。

高台にあるいずみの学校。閉校になった校舎を2008年から活用している。

いずみの学校は、豊浦の噴火湾の近くにある。ホタテの養殖がさかんなほか、イチゴの栽培や養豚も行われ、海の幸山の幸に恵まれた場所。

甲府〈アーバンズキャンプ〉 ジビエと山梨ワインを楽しむ

イラストを拡大

横丁でワインとジビエとアウトドア

ちょっと、ぶどうを買いに山梨まで、なんて言うとかっこいいかしら……。
そんなことを考えながら、鈍行列車に揺られて中央本線。
車窓から見える山が近づいてきました。
朝の雨も止んですっかり晴れた頃、甲府駅に到着。
初めてのまち、ゆっくり歩いて日帰り温泉を目指します。
喜久の湯温泉は、住宅街にあって、銭湯の脱衣場もタイルの湯船もレトロな雰囲気。
地元の常連さんたちと明るいうちからのお湯は最高。
さぁ、喉が渇いたよ。

目指した酒場は、シャッターが閉まって、本日休業の様子、がっくり。
雨上がりの夕焼けに包まれてゆくまちをウロウロ。
2軒ほどハシゴ酒して、やっぱり気になった〈甲府ぐるめ横丁〉へ。
オシャレなロゴの看板と赤提灯をくぐって、通路を抜けるとその先は、広い空間。
真ん中は通路ですが、両サイドは、ドアも壁もない店舗が連なった横丁。
テーブルと椅子が並んで、フードコートのよう。
ワイワイやってる空間のテーブル席のひとり呑みは、気後れするなぁと思って、
横を見ると、こちらのお店は、壁で仕切られて、奥に伸びたカウンター。
間口に置かれた看板には、ジビエとアウトドア料理、山梨のワインとあります。
なんだか、楽しそう。

さっそく入って、間口からすぐの席に着席。
帰りの電車までの時間を気にしながら、奥の黒板に書かれた
グラスワインのメニューから選んだ赤ワインは、〈種をまく人〉、
シャトージュンのアートシリーズ、山梨県立美術館所蔵のミレーの絵画が
エチケットと商品名になっています。
ミディアムタイプだけど、後味すっきりで、おいしいワイン。
お調理は写真つきのわかりやすいメニューファイルから、
大好きなイチジクの入った鹿肉のパテを注文。
木のプレートにピクルス、コンソメのジュレもそえられて、オシャレなひと皿。
一口頬張るとジビエらしい風味も強すぎず、
いつも食べてるパテとはやっぱり違うワイルド感。ワインとの相性もいいですね。

文字に文字展、島で生まれる新たな文字!

島にまつわる文字のデザイン

「深夜特急のロゴを描いている人が移住してくるらしいよ」
学生の頃に読んだ小説『深夜特急』、その内容はもちろん
表紙のイメージもいまだにすごく記憶に残っています。
そんな方が小豆島に来るんだ、すごいなーと思っていたのが、かれこれ2年前くらい。

装丁家・グラフィックデザイナーである平野甲賀さんと奥さまの公子さんが
小豆島に移住されてきたのは1年半前。
何度かお会いする機会があり、話していてとてもおもしろくてすてきな方たちです。

その平野甲賀さんとフォントデザイナー鳥海修さん、ヨコカクさんによる展覧会
〈文字に文字展〉が、先日小豆島の醤油会館で開催されていました。
醤油会館は、醤油蔵が建ち並ぶ馬木(うまき)地区にある
コンクリート2階建ての建物で、瀬戸内国際芸術祭をきっかけに、
イベントや小さな展示会が開催されるようになった場所。
静かにひっそりと建つ、でも存在感のある、そんな建物です。

小豆島・馬木地区にある醤油会館。昭和初期に建てられたそう。

裏は竹林になっていて、竹越しにみる醤油会館も美しい。

醤油会館エントランス。公子さん(写真右側)と一緒に。

小豆島ではおもしろそうな展覧会やアートイベントが頻繁に開催されています。
〈文字に文字展〉もそんな展覧会のひとつ。
これは行きそびれるわけにはいかない! と思い、とある日曜日に訪れました。

建物の中に入ると、そこには文字にまつわるさまざまな展示が!
まずは、甲賀さんの文字。
なんともいえないこの独特の文字。
幅90センチ、長さ115センチの阿波和紙に印刷された巨大な文字。
ひとつの文字にいろんな思いが込められているようで、
それを想像するのがとても楽しい。

文字にまつわるさまざまな展示がされていました。

平野甲賀さんの文字。ひとつひとつの字に見入ってしまう。

フォントデザイナー、ヨコカクさんが小豆島で集められた文字。

〈こうぜい〉というフォントと窓から見える竹林がいい雰囲気。

地区運動会と秋まつり

地域の行事に参加するということ

お彼岸のころから10月にかけては、それまでの雨続きの日々から
うって変わって爽やかな晴天に恵まれる日が多かった。
朝晩はぐっと冷え込むようになり、早くもヒーターを使わなければ
「寒い!」と感じる日が増えてきた。

実りの秋は忙しい季節。
地域のイベントもなにかと多い。

秋晴れに恵まれた週末、住んでいる地区の大運動会があった。
運動会の前日、台所の窓から外を見ると、会場である隣の旧小学校に
こんなゲートができていて、微笑ましい気持ちに。

旧小学校の入口に設けられたゲート。

尾道に住んでいた頃も地域の運動会があったけど、
勝敗を競うというより、競技ごとに参加賞(日用品など)をもらいつつ
ゆるやかに楽しむという雰囲気だったので、そういう感じをイメージしていたところ……
意外に本気度が高くて驚いたのであった。

入場行進。集落ごとの旗や優勝旗がはためく。

長縄跳び。得点種目ではなかったけれど、皆真剣。

集落対抗だったが、若手の多い集落はやっぱり強い。
私たちの集落は、四十路の私でも若いほう……。
運動にまったく自信のないわたしは、
婦人会の着ぐるみリレーでまさかのアンカーになり
5位だったところを抜かれて最下位でゴール。
綱引きでも、非力さからまったく貢献できず、
申し訳ない気持ちになったのであった……。

近所のおじいちゃんに抱っこされながら観戦する息子。