どちらも自分たちの「地元」
「山ノ家、ときどき東京」と本連載タイトルにもある通り、
私たち gift_は、山ノ家プロジェクトが始動した2012年初夏から、
基本的には、もともとの本拠地であった東京と、
山ノ家がある新潟県南部の豪雪地帯である十日町市とを
往復して、月の半分ずつどちらかで過ごしている。
従来型の、富裕層の人々が田舎に持つ「別荘」でもなく、
一家の主人が単身赴任して、やむなく別宅を設定したりするのとは異なり、
私たちにとって、両方の拠点が自分たちの日々の暮らしと仕事の本拠地、
どちらも自分たちの「地元」=マイ・ローカルだと思って生活し、仕事をしている。
ふたつの、複数の場所を、どちらも同じ重さの、
愛すべき「地元」として行き交うことを
私たちは「ダブルローカル」と命名したのであった。

東京のgift_lab GARAGEで、スタッフが働いている風景。

新潟の山ノ家で、スタッフが働いている風景。
どちらの拠点でも、本当にスタッフに恵まれている。
それぞれ、いろいろな働き方で関わる人がいて、
短いスパンのボランタリー・ワークをしてくれる学生さんたち、
必要なタイミングにバシッとプロの仕事師として活躍してくれるクリエーターたち、
そして、それぞれの地元の隣人助っ人さんたち。
新潟・十日町市松代の 山ノ家 も、東京・清澄白河の gift_lab GARAGE も、
単なる仕事場ではなく、シェアハウスであり、シェアオフィスと認識している。
複数の地元を行き交う生活や、ここで何かが出会い、クロッシングして、
化学反応が生まれて行く状況をシェアする「場」。
とてもささやかな動きではあるけれど、文化交流としか名づけようのない状況が
じわじわと、関わってくれるすべての人たちによって形成されていく現場を、
シャーレの中の培養微生物を見守る研究者のように、歓喜と愛情をもって、
観察させていただいいている毎日である。
シームレスな日常


両拠点のインテリア。確かに似ている……?上がgift_lab GARAGEで、下が山ノ家。
こうした都市文化の拠点と、地方文化の拠点を行き交うことで、
ある種の温度差、落差、ギャップなどを感じないのか?
もしくは時差ぼけのようなものはないのか?
と、いうようなことを聞かれることは多い。
が、ありがたいことに、実は意識したことはほとんどない。
「山ノ家」をつくって行く時に、唯一意識したのは、
これまで自分たちにとって「日常」だった生活感をシームレスに実現させること。
地方の里山に立地するのだから、そこの風土に合わせなくては……
といったことは正直、ほとんど考えなかった。
ヨソモノであり続けることを、当初から、確信的に自覚していた私たちとしては、
その地に単純に同化するつもりはまったくなかったのである。
「そこにあるもの」は、でき得る限り活用してリノベーションしたし、
カフェで出すごはんも食材は地産地消が基本だし、
実は都市の拠点から持ち込んだものはとても限られている。
けれども、「山ノ家」を訪れる人のほとんどは、ここを「東京的」だと言う。
構成成分がどれだけ地元産/里山産でも、使い方が「東京的」なんだろうと思う。
ただ、どうやら、そのこと自体は「排他的」には作用していないらしい。
いまや、ウィークデーの来訪者のほとんどを占める地元のお客さんも、
週末の東京および都市圏からのお客さんも、一様に、「居心地がいい」とおっしゃる。
不思議なものだ。
私たちは、長らく生活し、仕事の糧を得てきた「東京」成分で、
自分たちのふたつの「日常」を構成することで、
シームレスな生活感を目指したのだが、
その場を享受する人々も、都市/里山の区別なく
シームレスに、その場でくつろいでくれている。
なぜだろう? と、折に触れてふと思う。
最大の理由は、たぶん、「無理していない」からなんだろう。
きっと、私たちが無理して地元に合わせていたら、きっとこの場には
とても不自然な気が充満したに違いない。
自分たちにとって自然な状況だからリラックスする。
その空気が、場をともにする人たちとシェアできているんじゃないかと思う。
日常的二拠点間移動の距離感覚について思うこと
さて、状況としてシームレスであるが、東京と新潟県十日町市とは、
物理的には、およそ250km離れている。残念ながら、
“どこでもドア”でワープできるわけではないので、
私たちはかなりその二拠点間を「移動」している。











































































枯れかけの紅葉が水面ではピンク色に。
真っ青な青空

















