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ダブルローカルの考察、そして雪融けの春。

山ノ家、ときどき東京
vol.006

posted:2015.4.30  from:新潟県十日町市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  カフェ&ギャラリー「GARAGE Lounge&Exhibit」を東京に構え、
新潟県十日町市では「山ノ家カフェ&ドミトリー」を運営するgift_(ギフト)の後藤寿和と池田史子。
都市と山間部、ふたつの場所を行き来しながらさまざまなプロジェクトを紡いでいきます。
多拠点に暮らし、働くという新しいライフスタイルのかたち。

writer's profile

gift_
ギフト

2005年、後藤寿和・池田史子により設立されたクリエイティブユニット。空間や家具のデザインや広い意味での「場づくり、状況づくり」の企画を行う傍ら、東京・恵比寿にてギャラリー・ショップ「gift_lab」を運営。2012年、縁あって新潟・十日町市松代に「山ノ家カフェ&ドミトリー」をオープン。現在東京と松代でのダブルローカルライフを実践中。2014年秋に東京の拠点を清澄白河に移転。東京都現代美術館にほど近い築80年の古ビル1階に「GARAGE Lounge&Exhibit 」をオープン。東京でも “ある「場」”としてのカフェが始動した。

どちらも自分たちの「地元」

「山ノ家、ときどき東京」と本連載タイトルにもある通り、
私たち gift_は、山ノ家プロジェクトが始動した2012年初夏から、
基本的には、もともとの本拠地であった東京と、
山ノ家がある新潟県南部の豪雪地帯である十日町市とを
往復して、月の半分ずつどちらかで過ごしている。

従来型の、富裕層の人々が田舎に持つ「別荘」でもなく、
一家の主人が単身赴任して、やむなく別宅を設定したりするのとは異なり、
私たちにとって、両方の拠点が自分たちの日々の暮らしと仕事の本拠地、
どちらも自分たちの「地元」=マイ・ローカルだと思って生活し、仕事をしている。
ふたつの、複数の場所を、どちらも同じ重さの、
愛すべき「地元」として行き交うことを
私たちは「ダブルローカル」と命名したのであった。

東京のgift_lab GARAGEで、スタッフが働いている風景。

新潟の山ノ家で、スタッフが働いている風景。

どちらの拠点でも、本当にスタッフに恵まれている。
それぞれ、いろいろな働き方で関わる人がいて、
短いスパンのボランタリー・ワークをしてくれる学生さんたち、
必要なタイミングにバシッとプロの仕事師として活躍してくれるクリエーターたち、
そして、それぞれの地元の隣人助っ人さんたち。
新潟・十日町市松代の 山ノ家 も、東京・清澄白河の gift_lab GARAGE も、
単なる仕事場ではなく、シェアハウスであり、シェアオフィスと認識している。
複数の地元を行き交う生活や、ここで何かが出会い、クロッシングして、
化学反応が生まれて行く状況をシェアする「場」。
とてもささやかな動きではあるけれど、文化交流としか名づけようのない状況が
じわじわと、関わってくれるすべての人たちによって形成されていく現場を、
シャーレの中の培養微生物を見守る研究者のように、歓喜と愛情をもって、
観察させていただいいている毎日である。

シームレスな日常

両拠点のインテリア。確かに似ている……?上がgift_lab GARAGEで、下が山ノ家。

こうした都市文化の拠点と、地方文化の拠点を行き交うことで、
ある種の温度差、落差、ギャップなどを感じないのか?
もしくは時差ぼけのようなものはないのか?
と、いうようなことを聞かれることは多い。
が、ありがたいことに、実は意識したことはほとんどない。

「山ノ家」をつくって行く時に、唯一意識したのは、
これまで自分たちにとって「日常」だった生活感をシームレスに実現させること。
地方の里山に立地するのだから、そこの風土に合わせなくては……
といったことは正直、ほとんど考えなかった。
ヨソモノであり続けることを、当初から、確信的に自覚していた私たちとしては、
その地に単純に同化するつもりはまったくなかったのである。
「そこにあるもの」は、でき得る限り活用してリノベーションしたし、
カフェで出すごはんも食材は地産地消が基本だし、
実は都市の拠点から持ち込んだものはとても限られている。

けれども、「山ノ家」を訪れる人のほとんどは、ここを「東京的」だと言う。
構成成分がどれだけ地元産/里山産でも、使い方が「東京的」なんだろうと思う。
ただ、どうやら、そのこと自体は「排他的」には作用していないらしい。
いまや、ウィークデーの来訪者のほとんどを占める地元のお客さんも、
週末の東京および都市圏からのお客さんも、一様に、「居心地がいい」とおっしゃる。
不思議なものだ。
私たちは、長らく生活し、仕事の糧を得てきた「東京」成分で、
自分たちのふたつの「日常」を構成することで、
シームレスな生活感を目指したのだが、
その場を享受する人々も、都市/里山の区別なく
シームレスに、その場でくつろいでくれている。

なぜだろう? と、折に触れてふと思う。
最大の理由は、たぶん、「無理していない」からなんだろう。
きっと、私たちが無理して地元に合わせていたら、きっとこの場には
とても不自然な気が充満したに違いない。
自分たちにとって自然な状況だからリラックスする。
その空気が、場をともにする人たちとシェアできているんじゃないかと思う。

日常的二拠点間移動の距離感覚について思うこと

さて、状況としてシームレスであるが、東京と新潟県十日町市とは、
物理的には、およそ250km離れている。残念ながら、
“どこでもドア”でワープできるわけではないので、
私たちはかなりその二拠点間を「移動」している。

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鉄道をメインに移動するとおよそ2時間強、車で移動すると3時間半くらい。
日常の移動として見るとやはり近くはない。
けっこう、はるばる来たな、感は、毎回味わえる。
さっきまでいた「ここ」ではない「どこか」にするっと移動した感と言ってもよい。
この小トリップ感が心地よいのである。
意識というか気分が、カタリと微かに入れ替わるに適切十分な距離感。

新潟十日町無料直通バス「グリーンライナー」から降りるところ。

きっとこの移動距離が4〜5時間を超えると、
あきらかに「異境」に来た感覚になるのではないだろうか。よくも悪くも。
移動コストもLCCの普及でだいぶ気軽になったことだし、
いまや、飛行機でなら、4〜5時間も飛べば海外に行ける。

あきらかに、2〜3時間の移動と、4〜5時間の移動の間には
ひたひたと深い川が流れているような気がする。
ちょっと日常からスライドして、ちょっと居眠りしている間の移動、
うたた寝から醒めたらそこにいた感覚の移動と、
異邦に来た感のある移動との分水嶺。
東京と山ノ家を行き交う私たちが、完全なる異境ではなく、
適度な非日常感を心地よく享受する、
幸福な「日常的ヨソモノ」になれる最良の距離感。
ふたつの場、地元を得られたことは偶然ではなく必然だったのかもしれない。

行き来する車窓からの風景。

これから複数の拠点を日常的に行き交いたいと思っている方々には、
ぜひ、この2〜3時間の移動距離に存在する2地点の選択をお勧めしたい。

そして、この移動時間は、あくまでもドア to ドアの距離感。
両拠点が駅や高速の出入り口から離れている場合、直線的な距離感が
たとえ、2〜3時間でも、所用時間・手間的に、4〜5時間を超えると、
日常的移動としてはしんどそうである。

山ノ家のいくつかあるささやかな利点のひとつは、
最寄り駅から徒歩5分ということだ。
だいぶ気分距離が短縮される。

逆手にとれば、直線距離が比較的近くても、移動ポイント間の距離が長いと、
かなり「はるばる」感が助長されるということなのだろう。

そして、さらに言うと、二拠点切り替えの最適タームはやはり半月。
当初は、週末だけ山ノ家をオープンしていたこともあって、
ウィークデーは東京、週末は山ノ家という移動をしていたのだが、
やはり、若干の摩耗感は否めない。
何と言うか、そこになじまないうちに、
もうひとつの場所に移動しなくてはならない感があった。
半月=2週間というタームでその地にいると、良い感じになじむ。
どっぶり地元のヒトでもなく、ヨソモノでもなく、
けっこうその地の人々や日常に違和感なく対峙できつつも、
ちょっと浮いたところで客観的に俯瞰する視点を失わないですむ感覚。

このように、私たちは「半移住」を選択・実践しているのだが、
やはり「移住」の一種とは見なされているので、
時々、「移住者」インタビューのようなものは受けたりする。
そうすると、やはり、移住による違和感はないのか?
なじめない苦痛はなかったのか? などとよく聞かれる。

単純に鈍感なだけかもしれないのだが、そうした移植された違和感、排他された気分、
行き詰まった気分になったことは実はほとんどない。
それはおそらく、どちらの拠点にいても、もうひとつの「戻れる場所」、
オルタナティブな場を持っている安心感だと思う。

また、どちらの場所も閉じられた場ではなく、「交差点」的な場なので、
単一の美意識や純粋性が重んじられない、
恒常的多様性とでもいうしかない環境であって、
ある種の違和感と日常的に接しているために、
違和感も「異物」とは認識されず、
共存できる体質になってしまったのかもしれないなとも思う。

変わらないためには変わり続けなければならない

ふと思うに、こうした「交差点」的環境を喜ばしく感じて、
できるだけそうした環境を助長したいという性向は昔から変わらないようである。

Aであって、Bでもある。AでもなくBでもない。
そんな、境界線上の、波打ち際的状況。
どちらにも転び得る、両性具有的な場や存在が居心地がよいのだろうか。

常に異化し得る、アメーバのような状況は、常に動いていなければ保てない。
変化し続けることに倦むやいなや、状況という生きものは硬直して、
ある時点/ある地点に凍りついて留まってしまうことだろう。
常に生きているように、永遠の生を受けたかのように不老不死でいるためには、
変わり続けていなくてはならない。

この逆説的な直感のようなものは、いみじくも、他国のことわざに存在する。
大学時代に初めてこの言葉に接した時はあまり腑に落ちなかったが、
いわゆる社会人というものになって、トライ&エラーを繰り返すうちに、
変化し得る、ということが、いかなる環境の変化にあっても、
その状況を継続してくためには、必須の要素なのだろうということがわかってくる。

ある種のハプニングのように始動した「山ノ家」も、丸3年近くを経過して、
自覚的なスタイルもできてきたけれども、
継続的な存在であり得るための「変化」が、
パタパタと顕在化してきている。
そうした変化の予兆そのものに、少しと言うか、かなり不安もおぼえるけれども、
ポジティブに咀嚼吸収していきたいものである。

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そして、春は巡り来る

雪解けの「音」。

先日、東京の拠点、清澄白河のgift_lab GARAGEに、
2006年から2009年に展開していた、エコ×クリエイティブ=ゴミの資源化
クリエーション運動「treasured trash/タカラモノニナッタゴミ」に
参加してくれたカナダ人の映像作家マリス・メズリスが、現在拠点にしている
スイス・バーゼルから、久しぶりに来日して遊びに来てくれた。
4月に西欧圏の人たちからいただくお土産は、たいていイースターの卵がモチーフだ。
マリスからも「やめられない、とまらない、デインジャラス」な卵型チョコレートをもらった。

そうか。
春は卵なのだ。
再生の、
新生の。

雪国で冬を過ごしていて、最も美しくうれしい音は何か。

東京拠点で近所となった東京都現代美術館での4月11日から始まった企画展
「他人の時間」の展示準備ために、現在の拠点オランダから、これまた
一時帰国中の旧知のサウンドアーティストmamoruくんに訊かれた。

迷わず答えた。
それは雪融けの音。

ぽたぽたと軒先に奏でられる微かな響き。
ガチガチに固まっていた氷のようなザクザクの雪が
液体に、流動体になってほどけていく音。

なぜ、私たちは、都市とこんなに雪深い里山とを行き交っているのだろう?

そろそろ、棚田の田植えのための苗代づくりが活発化していく。
ゴールデンウィークにようやく融け終わる里山の雪。
山の斜面にはいっせいに山菜が顔を出して、
息苦しいくらいの圧力で、木々の葉が芽吹いていく。

越後妻有に「半移住」してきて今年で丸3年になる。
これまでの、何とか必死で、でもあくまでもマイペースに
歩んで来たもの、少しはかたちにしてきたのかもしれないものを
問い直す年になるような気がしている今日この頃である。

何かが融けて、何かが芽吹いていく音。

トリエンナーレ(3年ごと)である大地の芸術祭の年に開業したので、
いみじくも、今年もトリエンナーレ・イヤーだ。
ローンチした2012年には傍観者として外側から見ていた大地の芸術祭だが、
今年は「つくり手」として参加することが決定した。

さてさて、この夏、ここから何が生まれていくんだろう?

Vol.7につづく

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山ノ家

住所:新潟県十日町市松代3467-5
TEL:025-595-6770
http://yama-no-ie.jp
https://www.facebook.com/pages/Yamanoie-CafeDormitory/386488544752048

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