〈とらや パリ店〉40周年記念展
『京の伝統産業 × Paris × Wagashi』

京版画 森愛鐘

京都の若手職人の趣あふれる工芸作品が集結

今年40周年を迎える〈とらや パリ店〉。
これを記念し、〈虎屋 京都ギャラリー〉にて9月26日(土)より、
『京の伝統産業 × Paris × Wagashi』と題した企画展がスタートします。

本展は、京都の若手職人が「パリ」をテーマに制作した、
和菓子を楽しむためのさまざまな工芸作品を展示。
「贈答」「ディスプレイ」「和菓子でもてなす空間」と3つのコーナーを設け、
とらやの和菓子と工芸作品のコラボレーションを楽しめます。

参加作家は、京表具、京焼、京七宝など12ジャンル19人。
浮世絵美人が描かれた、フランスからの逆輸入品のような木版の羊羹パッケージや、
薔薇がモチーフのミニ風呂敷、
パリ店40周年記念に誕生したとらやの生菓子を魅せるディスプレイなど、
趣向を凝らした作品に心を奪われることでしょう。

〈リバーバンク〉が考える
空き古民家の再生。
地域に入り、足で探し、暮らしを学ぶ

地域に長く住むジェフリー・アイリッシュさんと空き家問題に取り組む

僕が代表理事を務める〈一般社団法人リバーバンク〉の活動は、
鹿児島県南九州市川辺町の高田地区に残る
旧長谷小学校という廃校を再生するところから始まり、
さらにまだまだ地域に眠っているさまざまな資源を活用する活動へと広がってきました。
(その詳細は以前の連載vol.006にて)

僕らが考えたこれらの地域資源には3つの軸があります。
ひとつめは戦前の建物である古い学校建築を残した廃校。
ふたつめは学校の周辺にある渓谷や古い石切り場などの自然。
そして最後の軸が、地域にたくさん現存する空き古民家。
これは僕らから見れば立派な資源です。

空き古民家の再生事業については、
リバーバンク発足前からこの地域に暮らしてきた
ジェフリー・アイリッシュさんとともに進めています。
ジェフリーさんは民俗学を大学で教えていることもあり、
古い集落の歴史や暮らしを調査してアーカイブするということを
ライフワークにしていました。このテーマでこの地域についての本も書いています。

ジェフリー・アイリッシュさん。地域のご老人にかつての話を尋ねるところから。

ジェフリー・アイリッシュさん。地域のご老人にかつての話を尋ねるところから。

そもそも空き家問題の根本的な原因のひとつに、
空き家が不動産マーケットになかなか流通せず、
借りたい人とのマッチングが難しいということがあります。

過疎地域の空き家は地価が低く、
建物も老朽化している場合はほとんど値がつかないため、
不動産屋さんが仕事として入りづらい。
ゆえに地域に移住して暮らしたいという人がいたとしてもまず情報が届かない。

仮に空き家があるという情報を得たとしても、
大家さんがその地域にすでに暮らしていないことも多く、
連絡や契約までなかなかたどり着けないということも起こります。

『幸せに暮らす集落』(ジェフリー・アイリッシュ著)

幸せに暮らす集落』(ジェフリー・アイリッシュ著)

しかしジェフリーさんは地域をくまなく歩き回り、
不動産マーケットに流通しない情報を丹念に調べていました。

「Aという空き家の持ち主はBという家に住んでいるおばあさんの親戚で、
今は子どものいるどこどこのまちに暮らしている」とか、
その家の歴史からひもといて、
「空き家を貸すかどうするかの判断は誰に聞けばいい」というような、
とてもまちの不動産屋さんでは拾いきれないような情報をたくさん持っていました。

空き家はそこらじゅうにありますが、立地条件や建物の状態を見極め、
なおかつ低コストで改修ができて使えそうな空き家を見つけたうえで
大家さんと交渉するというのは並大抵のことではありません。

地元のキーパーソンと。

地元のキーパーソンと。

ジェフリーさんは日本に来た当時、大手の建築会社で働いていたこともあり、
建物を見る目があります。それと民俗学的な知識とフィールドワークの手法に加えて、
長年この集落に暮らしているという地域からの信頼。
これがなくては絶対に実現しないプロジェクトです。

人や親族のつながりをたどって大家さんを探し、丹念に交渉を続け、
これまでに5棟の家を借りられるようにしました。

民藝運動の影の立役者
富山の木工家で建築家・安川慶一の
仕事、美学、志

『卓』安川慶一

柳宗悦をも心を向けた氏の功績とは?

木工家・建築家の安川慶一。
日本民藝館常任理事、松本民芸家具の製作指導・相談役、
日本陶芸展審査員などを務め、民藝界に大きく貢献、
富山という地に、民藝運動の意識を根付かせた人物でもあります。

民藝運動の父、柳宗悦の集大成『美の法門』を書き上げた場所でもある、
富山県南砺市の城端別院善徳寺。
ここには空間そのものが民藝を体現する「研修道場」があり、
もともと詰所だった建物を安川氏が改修設計を担当。
シンプルで質朴な空間は、今も静謐な空気に満ちています。

現在、〈D&DEPARTMENT TOYAMA GALLERY〉では、
そんな氏をテーマにした企画展『安川慶一の仕事展』が開催。
多くの功績を残してきたにも関わらず、作家作品や記録資料などが乏しく、
今まであまり知られていなかった氏について、
この企画展では、三方向からクローズアップします。

言葉と向き合うアニメーション作家、
折笠良さんはなぜ、1年をかけて
ひとつの詩を読んだのか?

なぜ文字や言葉を主題とした映像をつくるのか?

〈札幌文化芸術交流センターSCARTS(スカーツ)〉で
『ことばのいばしょ』展が始まった。
「言葉」というものを表現の重要な要素とする作家が集うこの展覧会では、
小森はるかさんと瀬尾夏美さんによる映像作品の展示と人々との対話の場とがつくられ、
折笠良さんによるアニメーション作品と、その関連作品の展示が行われた。

さらに「言葉と版画、本の森」と題したコーナーでは、
札幌にゆかりのある4人の作家の詩歌からインスピレーションを受け、
版画家が作品を制作。詩歌とともに展示するという試みも実施された。

オープニングとなった8月22日には、折笠良さんのアーティストトークが行われた。
私はこの展覧会の図録制作に関わっていたことからトークに参加したのだが、
その仕事を超えて折笠さんの言葉に強く惹きつけられた。

折笠さんは、これまで詩や文学作品を主題として、
言葉に質感や動きを与えるアニメーションを制作してきた。
展覧会では、その中のふたつの映像を上映。

ひとつは石原吉郎の詩『水準原点』の文字が、
一文字一文字、波のようにうねる粘土の中から現れ出すというもの。
もうひとつは、ミュージシャンの環ROYさんの楽曲
『ことの次第』のミュージックビデオであり、歌詞が音楽に合わせて現れ、
反転したり形が変化していくというものだ。

折笠良『水準原点』(2015年)。粘土を少しずつ手で掻いていきながらコマ撮りをし、アニメーションをつくりあげた。

折笠良『水準原点』(2015年)。粘土を少しずつ手で掻いていきながらコマ撮りをし、アニメーションをつくりあげた。

折笠良『ことの次第』(2017年)。環ROYさんのラップミュージックに合わせて、文字がダンスをしているかのように自在に動く。

折笠良『ことの次第』(2017年)。環ROYさんのラップミュージックに合わせて、文字がダンスをしているかのように自在に動く。

トークでは、北海道を拠点に活動する映像作家、大島慶太郎さんと
環さんが聞き手となって、折笠さんにさまざまな質問を投げかけた。
最初に大島さんが質問したのは
「なぜ文字や言葉が映像のモチーフとなっているのか?」だ。

「一番よく聞かれる質問ですが、ただすごく難しくて。
映像作品における言葉はちょっと異物だと思われているという前提があって、
逆に一般的な映像のイメージとはなんだろうと考えます、と
斜めから答えることがあります。

正面から答えると、言葉の物質性を探求するとか、
言葉というものが個人的なものと社会的なものの境目にあって、
書き手にとってはそれがつながるかというカケみたいなものだから、
その呼びかけに自分は応えたいと話すのですが、必ず語り落とすものがある。
答えたあとに、やっぱりうまくいかなかった、何も言うんじゃなかったと思うんです」

トークの様子。左から大島慶太郎さん、折笠良さん、環ROYさん。(撮影:リョウイチ・カワジリ 写真提供:札幌文化芸術交流センター SCARTS)

トークの様子。左から大島慶太郎さん、折笠良さん、環ROYさん。(撮影:リョウイチ・カワジリ 写真提供:札幌文化芸術交流センター SCARTS)

語り落とすものがある。
この言葉に私は大きく頷いた。
このような連載の文章を書くときにも、
すべてを伝え切れないもどかしさをいつも感じていたからだ。

また伝え切れない部分があるために、
私は同じテーマについて何度も書くことがあるのだが、
そのとき「斜めから」や「正面から」捉える感覚があって、
折笠さんが語りの角度を意識している点にも共感を持った。

マカロン、タルトなどお菓子づくりに、
庭のバラを愛でる暮らし。
大人が趣味に没頭できる家

家族6人でアイランドキッチンを囲む暮らし

日本有数の名山が連なる北アルプスの稜線を一望できる長野県松本市。
この景観に惚れ込み、5年前に東京から移住してきたのが、
的場一峰(まとば・かずみね)さん一家だ。
一家が暮らすのは、住宅ブランド〈BESS〉のなかでも
三角屋根が特徴的なログハウス「G-LOG」。
室内から外へゆるやかにつながるウッドデッキがあり、
その先に手入れの行き届いたイングリッシュガーデンが広がっている。

松本駅からほど近い住宅街で、ひと際目立つとんがり屋根のお宅から
的場一峰さん・友恵さんのご夫婦と子どもたち4人の賑やかな声が聞こえてきた。

的場さん夫婦の共通の趣味は登山。理想の暮らしを実現するために松本へ移住を決意。

的場さん夫婦の共通の趣味は登山。理想の暮らしを実現するために松本へ移住を決意。

バラのアーチをくぐり、ウッドデッキから玄関を上がると
広々としたダイニングとキッチンが出迎えてくれる。
お菓子づくりが趣味の友恵さんが、
とくにこだわり抜いたというのがアイランドキッチンだ。

キッチンにはあらゆる調理器具を取りそろえ、それに合わせてキッチンを調整した。
〈ミーレ〉の食洗機やオーブン、〈キッチンエイド〉のミキサー、
〈ロボクープ〉のフードプロセッサーなど、
友恵さんのキッチンにはプロ顔負けのキッチンツールが並んでいる。

〈ミーレ〉のオーブンで得意料理のスコーンを。友恵さんはもっぱらつくるのが専門。

〈ミーレ〉のオーブンで得意料理のスコーンを。友恵さんはもっぱらつくるのが専門。

というのも、友恵さんは東京でスパイスカレーやクレープなど
手づくりをコンセプトにした喫茶店を経営していたこともあり、
自宅でのお菓子づくりも本格的だ。

松本に来て、東京暮らしのときには
なかなか挑戦しづらかったお菓子にもチャレンジしている。

「東京に住んでいたときは、マンションの手狭なキッチンがとにかく窮屈でした。
このキッチンなら下の女の子3人も広く使うことができるので楽しいし、
ストレスなく料理できるようになりました」(友恵さん)

とくにマカロンは、簡単そうで意外と難易度の高いお菓子。
すぐにひび割れてしまったり、オーブンが変わるだけでも微妙な誤差が生じるので
友恵さんは、マカロンづくりに実験的な楽しさを見出している。

長野の特産品でもあるルバーブを使ったタルト。タルトだけではなく、ルバーブのジャムをつくることも。

長野の特産品でもあるルバーブを使ったタルト。タルトだけではなく、ルバーブのジャムをつくることも。

そのなかで、新しいレシピに挑戦することは日々の楽しみ。
松本に来てBESSの家で暮らすことで、自然を身近に感じ、
本格的に家庭菜園を始めたり、地元の特産食材にも注目するようになった。

地元で採れたブルーベリーやルバーブは新鮮でおいしい。
そうした地元の食材を、どうしたらお菓子としてさらにおいしくなるか、
研究しながらお菓子をつくることがとにかく楽しいようだ。
友恵さんの料理への探究心と情熱は、
松本に来てより一層燃え上がっている。

〈長谷川町子記念館〉 『サザエさん』著者 長谷川町子さんの記念館の見どころは?

〈長谷川町子記念館〉外観

ヴェールに包まれていた町子さんの生涯に迫る

国民的漫画『サザエさん』を筆頭に、軽やかかつコミカルな作風で
没後20年余り経った今でも根強い人気を誇る漫画家の長谷川町子さん。
2020年7月、そんな長谷川さんの生誕100周年を迎えるにあたり、
東京・世田谷にある〈長谷川町子美術館〉に、
分館〈長谷川町子記念館〉がオープンしました。
この記念館では、今まで〈長谷川町子美術館〉のわずかなスペースで展示されていた
長谷川町子作品や創作の背景が垣間見れる貴重な資料をより多様に展示。

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の作品』

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の作品』

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の作品』

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の作品』

『サザエさん』第1巻表紙原画

『サザエさん』第1巻表紙原画

『エプロンおばさん』第1巻表紙原画

『エプロンおばさん』第1巻表紙原画

『いじわるばあさん』第1巻表紙原画

『いじわるばあさん』第1巻表紙原画

2階建てとなっており、1階は常設展示室で、町子さんの代表作である
『サザエさん』『エプロンおばさん』『いじわるおばあさん』の世界を
アナログとデジタルの双方から楽しめます。
絵本や塗り絵などの小さな子ども向けのコーナーあり、
ファミリーで足を運ぶのもおすすめです。

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の生涯』

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の生涯』

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の生涯』

長谷川町子記念館 常設展示室『町子の生涯』

2階は企画展示室と常設展示室があり、企画展示室では現在、美術館と合わせて、
長谷川町子生誕百年記念展『長谷川町子の漫画創作秘話』と題した展覧会が開催中。

15歳で漫画家デビュー。それ以来第一線で活躍し続け、
新聞や雑誌の連載、自らが興じた姉妹社からの単行本の出版など、手掛けた作品は多彩多様。
しかし、それらの仕事はすべて町子さんひとりで行っていたため、
創作のプロセスや彼女の人物像など、多くはヴェールに包まれていました。
本展では、デビュー以前から、代表作『サザエさん』を中心とした漫画の創作過程を追い、
作品へのこだわりや心情、苦悩なども織り交ぜ、創作の背景に迫ります。

常設展は、『町子の生涯』と題して、町子さんの幼年期から没後まで、
子ども時代のエピソード、漫画家になった経緯、新聞や雑誌での連載、
姉妹で出版社と美術館を設立したこと、
そして、没後も各地で愛され続けていることなどを、
写真や原画、仕事道具や、趣味で制作した陶芸作品などを用いて紹介。

〈京都市京セラ美術館〉 現存する日本最古の歴史ある公立美術館建築がリニューアル。 充実の2大展覧会が開催中

中村大三郎『ピアノ』1926年 京都市美術館蔵

1933年に〈大礼記念京都美術館〉として創建し、87年の歴史を受け継ぎ、
2020年5月に新たな美術館として生まれ変わった〈京都市京セラ美術館〉。

新旧のデザインが融合し、さらなるパワーを秘めた同館では、
現在見応えのある2大展覧会が開催されています。

杉本博司大個展。世界初公開のカラー写真作品も

『OPTICKS 008』2018 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

『OPTICKS 008』2018 (C)Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

新たに新設された東山キューブで現在開催されているのは、
かの世界的現代美術家、杉本博司の個展『杉本博司 瑠璃の浄土』。

1970年代より、大型カメラを用いた高度な技術と
独自のコンセプトによる写真作品を制作し、世界で高い評価を得てきた杉本。

自身も所縁のある京都で初の大規模な個展となる今回は、
現代における人々の魂が向かう場所としての浄土の観想や、
今果たされるべき再生とは、といった問いから、
「瑠璃の浄土」のタイトルのもと、仮想の寺院の荘厳を構想。

『仏の海 001』1995 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of GalleryKoyanagi

『仏の海 001』1995 (C)Hiroshi Sugimoto / Courtesy of GalleryKoyanagi

『硝子の茶室 聞鳥庵』2014 ©Hiroshi SugimotoArchitects: New Material Research Laboratory / Hiroshi Sugimoto + TomoyukiSakakida. Originally commissioned for LE STANZE DEL VETRO, Venice /Courtesy of Pentagram Stiftung & LE STANZE DEL VETRO.

『硝子の茶室 聞鳥庵』2014(C)Hiroshi SugimotoArchitects: New Material Research Laboratory / Hiroshi Sugimoto + TomoyukiSakakida. Originally commissioned for LE STANZE DEL VETRO, Venice /Courtesy of Pentagram Stiftung & LE STANZE DEL VETRO.

新作となる京都蓮華王院本堂(通称 三十三間堂)中尊の大判写真を含む『仏の海』や、
世界初公開の大判カラー作品『OPTICKS』シリーズといった
写真作品の大規模な展示を行うほか、
「京都」「浄土」「瑠璃ー硝子」にまつわるさまざまな作品や考古遺物が登場。
屋外の日本庭園には『硝子の茶室 聞鳥庵(モンドリアン)』も
設置(2021年1月31日〜)され、
最新の杉本ワールドを大いに体感できる内容となっています。

information

map

杉本博司 瑠璃の浄土

会期:〜2020年10月4日(日)

会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ

住所:京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124

時間:10:00〜18:00 ※事前予約制

入場料:1,500円

休館日:月曜日 ※祝日の場合は開館

Web:https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20200321-20200614

キャンプ道具の出し入れも自由自在。
遊びの達人の家は
暮らしをまるごと楽しむ装置

福井市の郊外に、志津が丘と呼ばれる緑に囲まれた住宅地がある。
福井平野と越前海岸を隔てる山地の入り口に位置している。
市街地から車で40分ほどの距離だが、志津が丘では夜、フクロウが鳴くらしい。

その土地に、若い世代からも慕われる“遊びの達人”である竹下光彦さんが暮らしている。「横乗り系の遊びは全部、やりました」と語る竹下さんは、福井県鯖江市で生まれ、
若い頃はスケーターとしても北陸で名を知られた。

大人になっても情熱を失わなかった結果、たどりついた家

玄関先にスケボーや自転車

大人になっても遊びを突き詰められる人はかっこいい。
多くの人は年を重ねるにつれ、知らないうちに遊び心を失っていく。
暮らす場所ひとつとっても、便利さや快適さ、合理的な機能が優先され始める。

しかし、竹下さんは違う。
「子どもの学校から近い環境を」という
奥さん・恵子さんの意見にはきちんと耳を傾けながらも、
若い頃から突き詰めてきた遊びへの情熱を決して絶やさない人だ。

横乗り好きな雰囲気を感じる竹下光彦さん。

横乗り好きな雰囲気を感じる竹下光彦さん。

さすがに若い頃と比べて横乗り系の遊びに関しては出かけられなくなったというが、
玄関口にはスケートボードが立てかけられ、
吹き抜けのリビングの一角には、3メートル近くありそうな
サップ(SUP=Stand Up Paddleの頭文字。立ったままパドルを漕いで乗る板)が、
立てかけられている。

「空気を入れて膨らませるタイプなので、本当は小さく収納もできます。
ただ、丸めてしまうと素材も傷みます。
いろいろ保管場所を考えたのですが、
これほど大きなサップをそのまま置ける場所といえば、ここしかありませんでした」

3メートル近くあるサップが、余裕をもって立てかけられる高い吹き抜け空間。

3メートル近くあるサップが、余裕をもって立てかけられる高い吹き抜け空間。

吹き抜けには金網の棚もあり、
その上にはプラスチック製の大きな収納ボックスが並んでいた。
2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいて、
寝室にはサーフボードやスノーボードが立てかけられている。

「前に暮らしていたマンションでは、家族でキャンプに出かけるたびに、
大変な思いをしていました。
荷物をエレベーターで何往復もして車に運ばなければいけませんし、
そもそも大きすぎて、外に持っていくこと自体が大変な荷物もありました」

ウッドデッキでランプを灯す

「しかし、この家の場合は荷物の出し入れで、
角が引っかかるような余計な構造物がありません。
リビングの窓が大きく、ウッドデッキにもつながっているので、
サイズのある道具でも出し入れがラクです。
軒先でバーベキューをしようと思ったら、あっという間に準備が整ってしまいます」

確かに竹下さんのように、さまざまな道具を駆使しながら屋外の遊びを存分に楽しむ人には、
今のような家でないと窮屈かもしれない。

もちろんマンションは一般的に、極めて合理的につくられている。
しかし、それは日常的な都市生活を送るためであって、
3メートルのサップを出し入れするための合理性ではないのだ。

2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいる。

2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいる。

青森の民俗資料や 文化財を用いた展覧会 『いのちの裂け目―布が描き出す近代、 青森から』

豊かな布文化の地・青森から発想された3人展

例年凍てつく寒さに見舞われる青森。
古くから青森では、そんな風土から身を守るため、
衣食住のさまざまな文化が生まれ、今も継承されています。
特に“衣”においては、裂織や刺し子、ボロなど、
独自の風土から立ち上がった、豊かな布文化が存在します。

現在、そのような背景を持つ場所、
青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)で、
展覧会『いのちの裂け目―布が描き出す近代、青森から』が
8月30日(日)まで開催中。

碓井ゆい、遠藤薫、林介文(リン・ジェーウェン/ラバイ・イヨン)
3人の現代美術作家による、
青森市教育委員会所蔵の民俗資料や文化財が用いられたそれぞれの作品は、
戦前の女子教育や戦争と花火、台湾先住民族と日本の関わりなどの
さまざまな物事が交差する、非常に示唆に富んだものとなっているようです。

〈今川のシェアハウス〉
建築家・遠藤楽の設計した住宅を
転用したシェアハウス

撮影:千葉正人

勝亦丸山建築計画 vol.6

静岡・東京の2拠点で、建築設計、自治体との取り組み、
都内のシェアハウスの運営などの活動をする
〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐さんの連載です。

今回は、建築家による建築物の価値を受け継ぎ、育てながら、
自ら場の運営も手がける〈今川のシェアハウス〉をテーマにお届けします。

東京都杉並区にある〈今川のシェアハウス〉。(撮影:千葉正人)

東京都杉並区にある〈今川のシェアハウス〉。(撮影:千葉正人)

プロジェクトの始まり

〈西日暮里のシェアハウス〉を運営して1年が経った頃、
東京・杉並区に建つ戸建住宅について、
建築と不動産のあいだでさまざまな仕事をする〈創造系不動産〉から相談を受けた。

1976年に竣工し40年以上が経過したその住宅は、
外壁や窓周りの経年劣化はあるものの、
吹き抜けを中心に考えられた空間構成をはっきりと感じることができた。
ラワン(主にアジアの熱帯雨林の木材)の無垢材で仕上げられた内壁は、
飴色になりいい味を出していた。

設計は遠藤楽(1927~2003)。父親で建築家の遠藤新に自由学園で建築を学び、
その後、巨匠フランク・ロイド・ライトの日本人最後の弟子といわれた建築家だ。
オーナーの夫が友人だったことから、楽さんに設計を依頼したそうだ。

1976年の竣工時の様子。

1976年の竣工時の様子。

時間とともに消滅する建築の価値の問題

最初にオーナーとお会いした際、住宅でのさまざまな出来事や
楽さんとの思い出などを楽しそうにお話いただいたことがとても印象的だった。
その住宅は、すでにオーナーご家族のための家としての役目は終え、
オーナーは使わなくなった建築の処遇に悩んでいた。
都内では土地の価値が高く、更地であればそれなりの額で土地を分割売却し
現金化できるが、本当にその答えでいいのかを決めかねていたのだ。

本来はたとえ古い建築でも、人が住んで手をかけ続けたものであれば、
誰かに引き継ぐこともできるし、元の住まい手の生活の工夫を享受することができる。
しかし、いったん空き家になると、一気に劣化が進んでしまう。
固定資産税は土地と建物それぞれにかかるため、維持費も積み重なっていく。

静岡県富士市のリサーチ「まちなか再起動計画」では、中心市街地の価値が低下し、
古家付きの土地を売却する際に、住み手がつかず放置されるケースを多く見てきた。
結果的に建物の解体が決まり、解体費は売却金額から差し引かれて、
残る金額はわずかになってしまう。

改修工事中の風景。

改修工事中の風景。

このプロジェクトの場合、土地の値段は都内なのでそれなりに高くつく。
しかし、建築物においては、たとえ建築家が建てたものでも、
構造や築年数という一般的な指標では市場価値はほぼなくなってしまう。
「一般」の価値にとらわれず、「この空間が好きな人々」に対して
建物の価値を届けるべきではないのか。

私たちは建物を残し、シェアハウスとして形態を変え、賃貸化することを提案したが、
プランニングや工事にかかる費用や運営の負担を考えると、
オーナーの手には余ると判断された。

オーナーの建物を残したいという気持ちと、
建築家の設計した建築の継承や先輩からの学びを得たいという私たちの興味が
同じ方向を向き始め、私たちはデザイン・オペレーション
西日暮里のシェアハウス編を参照)の検討を始めた。

西日暮里のシェアハウスと同様に私たちがオーナーから建物を一括で借り上げ、
弊社で改修費用を負担し、シェアハウスとして運営、
サブリース(転貸)を行うという企画。その提案は受け入れられ、
〈今川のシェアハウス〉のプロジェクトが動き始めたのであった。

琵琶湖を望むツリーハウス!
コーヒーとキャンプを愛する暮らし

外から内へ、また外へ。境界があいまいな家

滋賀県にある琵琶湖の西側は、目前まで山が迫っている。
湖岸から少し山へ登っていくだけで、広大な琵琶湖を望むことができる。
その山のなかのひとつ、蓬莱山(ほうらいさん)のふもとに移住し、
家を建てたのが淡田さんファミリーだ。
少し離れたところからでも、「あの家だ!」とわかるのは、
庭にツリーハウスが建てられているから。
ツリーハウスにお邪魔すると、真っ正面に日本一広い琵琶湖。
見晴しがよくて、とにかく気持ちが良い。

ツリーハウスは庭で存在感を発揮する。

ツリーハウスは庭で存在感を発揮する。

こんな心躍らせるツリーハウスを建ててしまう淡田洋平さんは、
2016年、滋賀県大津市に移住した。
外装の壁は木に覆われていて、中に入っても全体的に無垢の木でつくられている。
まず目に入ってくるのは、“通し土間”と吹き抜けの天井まで設えられた本棚だ。

「京都などの長屋が好きで、裏庭から表庭まで通じる通し土間にしたいと思って。
それに本棚と薪ストーブを中心に家のデザインを考えました。
薪ストーブと本棚のおかげで、必然的に吹き抜けになりましたね」と話す淡田さん。

吹き抜けの2階から。

吹き抜けの2階から。

フリーランスで主に自動車のCMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)デザイナーとして
働く淡田さんの仕事場となるデスクは土間にある。
上部の吊り棚やデスク周りには、
木の内装とは対照的なカメラやヘッドフォン、ドローンなどのガジェットがずらり。
イームズのシェルチェアに座り、ここだけ見ると都心のコワーキングオフィスのようだ。

ワークスペースは男っぽい一画。

ワークスペースは男っぽい一画。

本棚にはデザインやインテリア、カルチャー系の雑誌に加えて
アウトドアグッズが整然とディスプレイされている。
テントやシューズ、バーナー、コッヘルなど、淡田さんに選ばれた“1軍”だ。
収納ではなく、飾る。好きなものに囲まれた生活。

淡田さんは、子どもの頃はボーイスカウトに参加していて、
当時は兄や友人とキャンプなどによく出かけていた。
しばらくアウトドア遊びからは離れていたが、東日本大震災をきっかけに、
アウトドアグッズの機能性などに注目。家族ができて再びキャンプに出かけるようになった。

好きなアウトドアギアなどを中心に。

好きなアウトドアギアなどを中心に。

ほかにも、家中にある多肉植物は飯ごうをアレンジしたポットに入れられていたり、
〈ノースフェイス〉のアウトドアチェアを家の中で仕事の打ち合わせとして使用したり。
アウトドアアイテムを屋内の暮らしにもうまく取り入れ、
屋内か屋外かわからないような、
両方がシームレスにつながっているようなライフスタイル。
通し土間という構造がそれを象徴している。

裏庭の玄関から表庭までの通し土間。

裏庭の玄関から表庭までの通し土間。

ウッドデッキには、逆に屋内用の〈カリモク〉のソファが置いてある。
ずっと外に置きっぱなしというが、風雨にさらされて、かえっていい味になっていた。

ウッドデッキでは簡単な食事や仕事も。

ウッドデッキでは簡単な食事や仕事も。

立川〈PLAY!〉で遊びつくそう! 新街区〈GREEN SPRINGS〉に 複合文化施設がオープン!

大人も子どもも遊べるミュージアム&プレイパーク

2020年6月、東京・立川北側にある
新街区〈GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)〉内に
〈PLAY! MUSEUM(プレイミュージアム)〉と
〈PLAY! PARK(プレイパーク)〉がオープンしました。

PLAY! MUSEUMは、絵とことばがテーマの美術館。
PLAY! PARKは、子どもの屋内遊び場。

ロゴマークやサインを手掛けたのは、デザイナーの菊地敦己さん。

ロゴマークやサインを手掛けたのは、デザイナーの菊地敦己さん。

PLAY! PARKの合言葉は「未知との出会い」。
子供が遊ぶ遊具も身近な素材で、
ユニークな大型遊具や工具を使って楽しむファクトリーなどがある
子どものための屋内広場です。
また、大人も子供も楽しめる造形や音楽のワークショップをはじめ
親子で参加できるプログラムがそろっています。

エリック・カール『はらぺこあおむし』イラストレーション 1990 年 Collection of Eric and Barbara Carle, Courtesy ofThe Eric Carle Museum of Picture Book Art, Amherst, Massachusetts. © 1969, 1987 Eric Carle.

エリック・カール『はらぺこあおむし』イラストレーション 1990 年 Collection of Eric and Barbara Carle, Courtesy ofThe Eric Carle Museum of Picture Book Art, Amherst, Massachusetts. © 1969, 1987 Eric Carle.

PLAY! MUSEUM 展示室 企画展「tupera tupera のかおてん.」

PLAY! MUSEUM 展示室 企画展「tupera tupera のかおてん.」

GREEN SPRINGSは、2020年4月、
JR立川駅北側に誕生した複合型プロジェクト。
ショップやレストラン、ホテルなど9つの棟の中心には、
約1万平方メートルの広場があり、何とも気持ちのいいロケーション。

〈GREEN SPRINGS〉「空と大地と人がつながる、ウェルビーイングタウン」をコンセプトにした未来型の文化都市空間。長さ約120メートルにおよぶ階段状のカスケード(人工滝)では水遊びも楽しめます。カスケードを登った先には、緑豊かな昭和記念公園を見下ろす屋上展望スペースが広がっています。

〈GREEN SPRINGS〉「空と大地と人がつながる、ウェルビーイングタウン」をコンセプトにした未来型の文化都市空間。長さ約120メートルにおよぶ階段状のカスケード(人工滝)では水遊びも楽しめます。カスケードを登った先には、緑豊かな昭和記念公園を見下ろす屋上展望スペースが広がっています。

PLAY! は当日の再入場もOKなので、
展覧会と屋外を行き来しながら、1日中遊べます。
それでは、建物の中に入ってみましょう。
美術館は建物の2階にあります。エントランスはこんな感じ。

PLAY! MUSEUM エントランス

PLAY! MUSEUM エントランス

大きな弧を描く壁は、うずまき状になっています。

PLAY! MUSEUM 展示室 企画展「tupera tupera のかおてん.」

PLAY! MUSEUM 展示室 企画展「tupera tupera のかおてん.」

PLAY!を設計したのは〈手塚建築研究所〉

内装設計を手掛けたのは、同市内の〈ふじようちえん〉などの設計で知られる
〈手塚建築研究所〉の手塚貴晴さんと手塚由比さん。
内装設計だけではなく、遊具の制作にも関わっています。
子どもはもちろん、大人もわくわくさせられる空間です。

3階は、PLAY! PARK。
こちらはPLAY!のシンボルでもある「大きなお皿」。
直径22メートルもある、お皿型のスペースです。

PLAY! PARK 「大きなお皿」

PLAY! PARK 「大きなお皿」

この巨大なスペースに、子どもたちは大喜び。
駆け回ったり、円形のへりですべったりして遊んでいました。
こちらは小さな子ども(3歳未満)が遊べる「小さなお皿」。

PLAY! PARK 「小さなお皿」

PLAY! PARK 「小さなお皿」

そして、小さな工房「ファクトリー」と絵本が充実した「ライブラリー」、
アニメーションを上映する「シアター」。

「ファクトリー」様々な材料や工具を使い、ものづくりできる場所。「まいにちのワークショップ」を開催。

「ファクトリー」さまざまな材料や工具を使い、ものづくりできる場所。「まいにちのワークショップ」を開催。

PLAY! PARK 「ライブラリー」。常時700冊の国内外の絵本が読み放題。本棚に座ったり、地面に寝転んだり、自由に楽しめます。

PLAY! PARK 「ライブラリー」。常時700冊の国内外の絵本が読み放題。本棚に座ったり、地面に寝転んだり、自由に楽しめます。

PLAY! PARK 内観 「シアター」。多摩美術大学グラフィックデザイン学科の学生によるアニメーション作品「タマグラアニメーション」を上映します。

PLAY! PARK 内観 「シアター」。多摩美術大学グラフィックデザイン学科の学生によるアニメーション作品「タマグラアニメーション」を上映します。

建築家が事業運営にチャレンジ。
〈西日暮里のシェアハウス〉

撮影:千葉正人

勝亦丸山建築計画 vol.5

静岡・東京の2拠点で、建築設計、自治体や大学との取り組み、
都内のシェアハウスの運営などの活動をする
〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐さんの連載です。
今回は自ら場の運営も手がける西日暮里のシェアハウスと
その界隈をテーマにお届けします。

2拠点化を目指し、東京に拠点をつくる。UターンからO(オー)ループへ

東京に住んでいた頃は、東京以外で生きていくイメージができなかった。
しかし起業当時の僕にとって、東京はコストが高く、自由度がなく、
すでに多くの先輩たちによるすばらしい取り組みが行われていた。

一方で、地方には無数の課題や満たされないニーズがある。
自分の能力やモチベーションを使って、それらに取り組んでみようとUターンを決めた。

都内での設計の依頼が増えてきたのに伴い、
都内に住む丸山裕貴と仕事をするうえで東京に拠点が必要になった。
僕らはただ事務所を借りるのではおもしろくないので、戸建住宅をリノベーションして
「賃貸住宅+ワークスペース+滞在場所」を複合一体化したような拠点を企画した。

富士と東京駅は新幹線、東海道本線、高速バス、東名高速道路、新東名高速道路で結ばれている。

富士と東京駅は新幹線、東海道本線、高速バス、東名高速道路、新東名高速道路で結ばれている。

物件の狙いは富士からのアクセスのいい場所で、何種類かの交通で結ばれているエリア。
東京駅から20分圏内で、建築的な問題解決が求められる
古い建築が多いエリアで絞り込むと、
東京北東部の木造住宅密集地域が浮かび上がってきた。

東京都には築古の木造住宅密集地域が多く存在しており、地震や火災時の危険性など、建築的な課題が多いと言われている。

東京都には築古の木造住宅密集地域が多く存在しており、地震や火災時の危険性など、建築的な課題が多いと言われている。

さらに、地方と都市それぞれにコミュニティを育む「界隈性」つくり、
ネットワーキングして行ったり来たり循環するイメージで、
Uターンならぬ、O(オー)ループをつくることを思い描いている。

例えば、富士から東京への目線では、東京に拠点があれば訪れやすくなるし、
東京の大学に通う場合も、富士とのつながりを断絶することがなくなる。
就活では、きっとたくさんのキャリアパスが見えるだろう。
都内で就職しながら、月の半分は富士でテレワーク。
僕のように起業をして自由に行き来するなど、いろんな生き方が可能になる。

東京から富士の目線では、たとえ縁がなくとも、
富士にはアウトドアのスポットや、小さな町工場がたくさんある。
これらを楽しむにはきっと想像力が必要だが、
誰かに用意されたサービスでは満足できない人を僕はたくさん知っている。

そのような人々の窓口に僕はなれたらいいと思っている。
都内に比べたら圧倒的に地価が安く、行政サービスは安定しているので、
2拠点生活の軸足を置くにはおすすめだ。

富士東京ネットワーク図。

富士東京ネットワーク図。

〈ARCHI HATCH〉 360°見渡せる仮想空間で 全国の建築スポット巡り

世界中どこからでも体験できる、建築アーカイブ

2020年5月、ネット上の新しいドキュメンテーション・サービス
〈ARCHI HATCH(アーキハッチ)〉が公開されました。
ユーザーは建物のなかを自由に移動し、
VRのように360°見渡すことができます。
建築家は前川國男さんや永山祐子さん、建築ユニット〈dot architects〉など、
新進気鋭の若手から日本を代表する建築家まで、注目度の高い建築家が揃っています。

こちらは、前川國男さん(1905〜86年)が手がけた「新・前川國男自邸」の3Dモデル。

設計:前川國男 竣工年:1974年

設計:前川國男 竣工年:1974年

サイト上ではこの3Dモデルの中を歩けるようになっています。
廊下を歩けたり階段を上がれたり、
建物の中を探検しているような気分になれるので、
ぜひサイトで試してみてください。

前川さんの自邸といえば、〈江戸東京たてもの園〉(東京都武蔵小金井市)に
移築復元された旧自邸が知られていますが、
こちらは後年、前川さんが70歳を目前に建てたもの。
年の離れた美代夫人に安心して暮らすことのできる住まいを残したいと、
耐震性を考慮した鉄筋コンクリートの家を建てたといいます。

室内

新自邸の延床面積は、旧自邸の約4.5倍と広くなっていますが、
大まかな空間構成や特徴は、旧自邸を踏襲しているそう。
旧自邸を訪れたことがある方なら、
見比べてみるのも面白いかもしれません。

こちらは神奈川県・逗子にある、三井嶺さんによる個人住宅。

設計:三井嶺 竣工年:2019年

設計:三井嶺 竣工年:2019年

室内

森の図書館と呼ばれる家には、数万冊におよぶ蔵書が納められています。
湾曲した屋根は、この家のそばにある山から覆いかぶさる
木々の枝をモチーフにしたのだそう。

こちらも、同じく神奈川県。葉山の海の近くにある個人住宅です。

設計:尾形良樹/SALT 竣工年:2017年 Photo: YASAKA Mariko

設計:尾形良樹/SALT 竣工年:2017年 Photo:YASAKA Mariko

建築家の尾形良樹さんがアートプロデューサー、金島隆弘さんの依頼を受け、
古いマンションの一室をリノベーションしました。
クライアントの希望は、膨大なアートのコレクションを内包できる家。

室内

ダイニングの床を見ると、砂がひかれた土間になっています。
ビーチへ頻繁に出かけ、アートの搬入・搬出や来客も多いことから、
廊下からダイニング、ベランダまでを
土足で行き来できるようにしたのだとか。
ベッドルームやアート収納倉庫、リビングは
フローリング張りでプライベートの動線として設計されています。

東京と八ヶ岳の2拠点生活。
〈groovisions〉伊藤弘さんが
コロナ禍で考える働き方とデザイン

自粛期間は八ヶ岳山麓にこもっていた

2020年を迎え、今年はオリンピックイヤーだと思ったのもつかの間、
中国・武漢での新型コロナウイルスの発生が報じられ、
3月には東京オリンピックの延期が正式に発表された。
外の景色を桃色に染めた桜はあっという間に散ってしまった。

コロナ禍において、テレワークが進み、会社に出社しなくても、
さらには都心部に住んでいなくても仕事が成り立つことがわかったという人も多い。
そうした人たちから、2拠点生活が注目されている。

東京のデザイン・スタジオ〈groovisions(グルーヴィジョンズ)〉の代表を務める
伊藤弘さんは6年ほど前から八ヶ岳に一軒家を構え、東京との2拠点生活を送っている。

グラフィックやモーショングラフィックを中心に、音楽や出版、
ファッションやインテリア、ウェブといった多様な領域で存在感を発揮し続ける
アートディレクターで、自転車やアウトドア好きとしても知られている。

コロナウイルスの影響を考え、お子さんの通う小学校の休校が決まった時点で
しばらくの間、八ヶ岳の家で過ごすことを決めたそうだ
(現在は東京の自宅で過ごしている)。

取材は東京の事務所で行い、掲載写真は伊藤さん本人に撮影してもらった。
始まりは、やはり
「コロナ禍、どう過ごされていますか?」である。

「買い物は、近くのスーパーで。
家の周りは住宅が密集しているわけではないけど、
のびのびとスポーツをするのもなんか違う気がして、
家でビールを飲みながらだらだらと過ごしていました」

東京から車で約2時間半、
中央道から少し入ったところに伊藤さんのもうひとつの家はある。

八ヶ岳にある伊藤さんのご自宅。外壁には、都内ではほとんど目にすることない無垢の杉板が一面に使用されている。その風味は、日や雨の当たり方によって年々変化する。

八ヶ岳にある伊藤さんのご自宅。外壁には、都内ではほとんど目にすることない無垢の杉板が一面に使用されている。その風味は、日や雨の当たり方によって年々変化する。

八ヶ岳で過ごした約1か月半は、東京のように大勢の人がいるなかで
自粛していたわけではなかったため、家にいるストレスはあまり感じていなかったという。
それでも、抱えていた仕事やプロジェクトは半分ほどが延期や中止となった。

「資金は必要なので、
ある程度シミュレーションしながらこの先の展開を考えていますが……。
正直、まだ悶々としていて、まだ積極的に動くタイミングではないようです。
うちの事務所は、もともと会議が少なく、ひとりひとりが作業に集中するタイプなので、
作業自体の変化はないほうかもしれません。
今は、手元にあるプロジェクトを各々の場所でゆっくり実行している感じです」

伊藤さん自身、手持ちのMacがあれば日常的な作業はほとんどできてしまうという。
ならば、東京と八ヶ岳に拠点を持ち、パソコンで仕事ができる伊藤さんの暮らしは
これからをどう生きるかのヒントになるかもしれない。

結論を急ぎたくなる気持ちを一旦落ち着かせ、
まずは、伊藤さんが八ヶ岳の家を建てることになった経緯をうかがった。

〈kumagusuku SAS〉と 〈副産物産店〉 京都・クマグスクが 新たなプロジェクトを始動!

アートの廃材から生まれる、新たな価値

2020年6月、京都は二条城の北側に
〈kumagusuku SAS(クマグスク サス)〉と〈副産物産店〉がオープンします。
これは、新型コロナウィルスの影響により
閉業したアートホステル〈kumagusuku(クマグスク)〉が始める、新たなプロジェクト。

アーティストのアトリエから排出された廃材を
利活用するプロジェクト「副産物産店」を主軸に、
スタジオ、ショップ、ギャラリーなど、
様々な機能をもつ場として運営されていきます。

制作過程から生まれる廃材たち

制作過程から生まれる廃材たち

クマグスクの代表/美術作家の矢津吉隆さんは、
アートホステルの営業を通し、アートを日常的な体験として提供してきました。

店内

〈KYOTO ART HOSTEL kumagusuku〉

〈KYOTO ART HOSTEL kumagusuku〉

ところが新型コロナウィルスの感染が広がるにつれて宿泊客が途絶え、4月から休業に。
予定していた展覧会やイベントも中止にせざるを得ませんでした。
そんな状況のなかで決心したのは、
宿泊施設としての営業に終止符をうち、新たな道を模索すること。

今矢津さんは、アートがつくられる現場の裏側や
その制作の過程を知ってもらうことで
アートとの新たな関係をつくっていきたいと考えています。
この度本格的にスタートさせる副産物産店は、
矢津さんと只本屋代表/美術家の山田毅さんが2017年にスタートさせた活動。

左から〈kumagusuku〉代表の矢津吉隆さん、〈副産物産店〉共同代表の山田 毅さん。

左から〈kumagusuku〉代表の矢津吉隆さん、〈副産物産店〉共同代表の山田 毅さん。

作品をつくる課程では、たくさんの廃棄物が生まれます。
副産物産店は、そうした廃棄物を副産物と呼び、
回収・加工・販売するプロジェクト。

副産物を加工したプロダクトなど

副産物を加工したプロダクトなど

これまで、廃棄物の多くをゴミとして処理してきたアーティストたちにとっても、
画期的なプロジェクトになりそうですね。

内藤礼・注目の大規模個展。 金沢21世紀美術館で捉える 「創造」の美

『このことを』2001年 家プロジェクト「きんざ」、直島、香川 ベネッセアートサイト直島 撮影:畠山直哉

「うつしあう」間に生まれる生気、慈悲を表現

小さなひとが立ち、水が落ちるところに大地が広がり、
糸やリボンが揺れるときに風が生まれ、ビーズやガラスが光を招き入れる――

空間と対話し、自然のエレメントや繊細なモチーフを組み合わせたり、
キャンバスの上に淡い色彩を重ねることで、根源的な生の光景を私たちに知らしめ、
国内外問わず注目を集めてきたアーティストの内藤礼さん。

彼女の大個展〈うつしあう創造〉が、金沢21世紀美術館で開催されます。
展覧会の会期は6月27日(土) 〜8月23日(日)ですが、
終了の期日は今後変更になる場合があります。
期日が決定しましたら美術館ウェブサイトTwitterなどでお知らせされるそうです。

《精霊》2009年 神奈川県立近代美術館 鎌倉「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」撮影:畠山直哉

《精霊》2009年 神奈川県立近代美術館 鎌倉「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」撮影:畠山直哉

《ひと》/《帽子》2014 年 東京都庭園美術館、東京  「内藤礼 信の感情」撮影:畠山直哉

『ひと』/『帽子』2014 年 東京都庭園美術館、東京  『内藤礼 信の感情』撮影:畠山直哉

《ひと》2014 年 資生堂蔵 資生堂ギャラリー、東京 「椿会展2014―初心―」撮影:畠山直哉

『ひと』2014 年 資生堂蔵 資生堂ギャラリー、東京 『椿会展2014―初心―』撮影:畠山直哉

田根剛建築。 弘前の煉瓦倉庫を改装 〈弘前れんが倉庫美術館〉がプレオープン

どっしりと構えた姿が美しい〈弘前れんが倉庫美術館〉の正面玄関。

弘前の過去と未来を繋ぐ美術館

近代産業遺産として長年青森県・弘前市のシンボルだった〈吉野町煉瓦倉庫〉。
それが、建築家・田根剛氏により美術館〈弘前れんが倉庫美術館〉として生まれ変わります。

趣あふれる元煉瓦倉庫の壁面。

趣あふれる元煉瓦倉庫の壁面。

広々と奥行きのある受付エントランス。

広々と奥行きのある受付エントランス。

煉瓦倉庫の面影を残した展示室。

煉瓦倉庫の面影を残した展示室。

コンセプトは「記憶の継承」と「風景の再生」。
築100年の元煉瓦倉庫の形態はできるだけ留め、耐震性能を高めた館内では、
国内外の先進的なアート、そして弘前や東北地域の歴史、
文化と向き合う同時代の作品を収集し、展示していくのだそう。

今後さまざまな取り組みで使用されるスタジオ。

今後さまざまな取り組みで使用されるスタジオ。

ライブラリーも併設されています。

ライブラリーも併設されています。

館内にはスタジオなども備えており、アートを通して、弘前と世界が繋がり、
過去から未来を結ぶ新たなクリエーションを支える
クリエイティブ・ハブ(文化創造の拠点)となってほしい
という想いも込められているようです。

もともと4月オープンの予定でしたが、
新型コロナウイルス感染症の予防・拡大防止のため、開館が延期に。
6月1日より、まずは弘前市民を対象にした、
事前予約制のプレオープンが決定しました。
さらに6月17日からは、青森県民に来館対象が拡大します。

空き空間を自由に彩る、
持ち運べるインテリア
〈プレイスメイキングキット〉

勝亦丸山建築計画 vol.4

静岡・東京の2拠点で、建築設計、自治体や大学との取り組み、
都内のシェアハウスの運営などの活動をする
〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐さんの連載です。

場づくりをサポートするプロダクトをつくりたい

イベント「商店街占拠」は毎年夏に3年連続で開催した。
立体駐車場でのイベント空間は、毎年つくり直していた。

イベントのために材料を集め、DIYでつくり、保管できるもの以外は捨てる。
材料として買うものは最小限にし、廃材や、もらいもので賄ってきたが、
それを運んだり、組み立てるのにも労力がかかった。
つくる過程はたくさんの楽しみや学びを与えてくれたが、
限りある時間や力をより重要な部分に注ぎたいとも思っていた。

「商店街占拠」の設営風景。

「商店街占拠」の設営風景。

また「富士市まちなか再起動計画」で、商店街のオーナーさんと話していると、
「いまのところ賃貸借契約をするつもりはなく、募集はしていないけど、
イベントなどの短い期間であれば使ってもいいよ」と言ってもらえることもあった。
契約や金銭が絡まないことは皆決断しやすいらしく、何よりこちらも頼みやすい。
そういった一時的な空間(機会)を「資源」として捉えてみると、
次の行動が見えてきた。

遊休空間(資源)がたくさん眠る商店街。

遊休空間(資源)がたくさん眠る商店街。

一般的に建築家は施主(クライアント)に依頼されて建築を設計する。
もし、建築家が自分のつくりたいものを設計して自分で使っていたら、
それでは商売ではない。
「やりたいからやる、やってから考える」という気持ちの良い精神は好きだが、
商売とは、自分が提供し明示する価値と他者が受け取る価値を一致させることだと思う。

5年前の2016年、まだ依頼していただく仕事も少なかった頃、
私と丸山裕貴で設計事務所として商売を成立させながら、
社会課題を提示、解決する活動の方法について話していた。
その後、園田聡さんとの出会いをきっかけに、
私たちは初めて自分たちのお金を投じてものをつくろうと決断することになる。

丸山裕貴と勝亦優祐

富山〈喜代多旅館〉
元県庁職員の3代目おかみが
生家の老舗宿をフルリノベ!

2020年(令和2年)は、北陸新幹線が開業して5年になる。
沿線の富山駅周辺は相次いでホテルの開業が予定されており、
この何年かで景色も大きく変わっていく。
一方でまちの中心部には、戦後間もなく生まれた旅館を4年かけてリノベーションし、
2019年(令和元年)に再オープンさせたおかみがいる。

北陸にある民間宿泊施設のリノベ物件では唯一、ZEB(ゼブ) Ready認証を取得した旅館で、
館内には老舗旅館らしからぬ仮眠室や共有キッチンなど
ホステルのような機能も完備した。
「旅慣れた人に集まってほしい」と願う〈喜代多(きよた)旅館〉の
3代目おかみ・濱井憲子さんの挑戦を聞いた。

旅館らしくない老舗旅館

喜代多旅館。改修や増改築を繰り返した歴史があり、右半分が鉄骨造、左半分が鉄筋コンクリート造。

喜代多旅館。改修や増改築を繰り返した歴史があり、右半分が鉄骨造、左半分が鉄筋コンクリート造。

旅館ときいて、どのような姿を連想するだろうか。
和式の建築に、畳の敷かれた客室があって、
温泉地では天然温泉が楽しめるといったイメージではないだろうか。
2019年(令和元年)にフルリノベーションの工事を経て、
富山市の中心部に再オープンを果たした喜代多旅館は、
その手の先入観を気持ち良く覆してくれる。

バリアフリーのユニバーサルルーム。

バリアフリーのユニバーサルルーム。

まず、喜代多旅館には、足腰のしっかりしない高齢の宿泊客を想定して、
ベッドに寝泊りできるバリアフリーの洋室(ユニバーサルルーム)がある。
室内だけ見れば、どこかの高級ホテルか、品のいいオーベルジュの宿泊施設のようだ。

仮眠室。

仮眠室。

一方で館内には、高速バスユーザーなどを想定した、
早朝と深夜にのみ使用できる仮眠室のベッドが8人分、用意されている。
共用のキッチンがあり、スクリーンカーテンで間仕切りが可能な大部屋があり、
24時間利用可能なシャワールームもある。
こうなると今度は、ホステルのような印象すら受けるはずだ。

2階の共有スペースと、奥には24畳の大広間。

2階の共有スペースと、奥には24畳の大広間。

それでいて、館内全体に洗練されたデザインや設計のおもしろさが見てとれる。
家具類に至ってはリノベーションのために、すべてオーダーメードでつくられた。
一般の旅館と比べると廊下も広く共有スペースもたっぷりと設けられていて、
一方ではいかにも旅館らしい和式の客室も8室用意されている。

鈴木康広、目[mé]などが参加。 〈Arts Towada〉10周年記念 『インター + プレイ』展

鈴木 康広 出品予定作品

今をときめく現代アーティストが集結

青森県十和田市が推進する、
アートによるまちづくりプロジェクト〈Arts Towada〉の
拠点施設として2008年春に開館した十和田市現代美術館。

今年、そんな〈Arts Towada〉がスタートから10周年を迎えるにあたり、
2020年4月18日(土)より同美術館で『インター + プレイ』展が開催されます。

2020年4月18日(土)から2020年8月30日(日)までは第1期、
2020年9月19日(土)から2021年1月11日(月)までは第2期、
2021年1月23日(土)から2021年5月30日(日)までは第3期と分け、
国内外の気鋭作家たちの作品を企画・展示します。
この通り会期が長いので、行動自粛中の方も今は焦らず
将来のお出かけ先として、考えてみてはいかがでしょうか。

アートが本来作用する驚嘆の念、そして最先端のアートを発信し、
まちとの交流を通して創造性の相互作用を促す試みとして始まった〈Arts Towada〉。
その〈Arts Towada〉らしく、
本展では私たちの身体、建築、まちと社会の内側と外側をつなぎ、
その間を繊細かつ自由に往来し、
観るものに新しい可能性を開く作家・作品が集結します。

目[mé]《movements》2019 年 「非常にはっきりとわからない」展示風景(千葉市美術館)※参考作品

目[mé]『movements』2019年『非常にはっきりとわからない』展示風景(千葉市美術館)※参考作品

映画『もち』小松真弓監督インタビュー
岩手県一関市が舞台、
「もち」でつないだ地域文化を残す

information

映画『もち』

一関シネプラザ(6月26日〜)・渋谷ユーロスペース(7月4日〜)ほか全国にて公開

(C)TABITOFILMS・マガジンハウス

Web:映画『もち』公式サイト 公開劇場情報

日本の里山のイメージそのままの景観が残る、岩手県一関市の本寺地区。
古くから根づいている、もちの文化を織り交ぜながら、
実際にここに暮らす14歳の少女の1年を追う、みずみずしい映画『もち』が完成した。
神事、冠婚葬祭、人生の節目、そして日常など、ことあるごとに登場するもち。
監督・脚本を手がけた小松真弓さんは、一関のもち文化をどう捉えたのか。
制作エピソードとともに語ってもらった。

“やさしい暗号”が気づかぬうちにすべて消えていく

正月のお雑煮を見てもわかるように、もちの食べ方や供し方は地域によって多種多様。
それだけ古くから根づいてきた食べものといえるが、
全国でも群を抜いて多彩なもち文化のある地域が、岩手県一関市。
伝統的な儀礼や風習をまとめた一関の「もち暦」によると、
もちを食べる機会は年間60回以上。
極端な話、人が集まるところにはもちがあるような地域なのだ。

そんな一関を舞台に、『もち』というストレートなタイトルの映画が誕生した。
主人公は、800年前の景観とほぼ同じ姿で守られてきた本寺地区に暮らす、
14歳の少女ユナ。
映画は雪がしんしんと降り積もるなかで行われる、祖母の葬式のシーンから始まる。

機械ではなく、臼と杵を使ってもちをつきたいと言い出す祖父と、
最初はやや億劫そうにそれを手伝うユナ。
一方、彼女が通う全校生徒14人の中学校の閉校が決まり、
親友は隣町へ引っ越すことになり、
淡い恋心を抱いていた親友の兄は進学で東京へ行くことに。
彼女とその周辺が刻々と変化していく1年を、
儀式の場や日々の食卓にあるもちの風景を映し出しながら綴っていく。
出演しているのは役者ではなくすべて一関の人たちで、
フィクションとノンフィクションの間をたゆたうような作品に仕上がっている。

監督を務めた映像ディレクターの小松真弓さんは、これまで多くの映像作品を手がけ、
劇映画としては2011年に蒼井優主演の『たまたま』を監督している。
仕事やプライベートで世界の多くの国を見てきた小松さんは、
日本という国のいい面も悪い面もあらためて強く感じていた。

「島国だからこそ“自然と人”、“人と人”とのつながりをより深めることが必要で、
そのために先人たちの知恵や教えが暗号のように散りばめられている。
それは舞となって踊られ、物語として語り継がれ、行事として日々の生活に入り込み、
地域に根づく伝統工芸や衣装、文様、方言、
さまざまなものにかたちを変えて受け継がれてきました。
この“やさしい暗号”があったから、
日本人には奥深い思いやりの心が染みついているのだろうと感じています。
そしてその暗号を見つけて意味を知ることができると、
大切に次につないでいかないといけないと思えます」

植物屋〈叢〉店主・小田康平の旅コラム
「三徳山三佛寺奥院投入堂の
壮大なスケールの演出」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第7回は、植物屋〈叢(くさむら)〉の小田康平さんが
鳥取県の〈三徳山三佛寺奥院投入堂〉を参拝した話。
まずは建築の造形に惚れて参拝に向かったようですが、
いざ登ってみると、そのスケール感や
現代にも通じる“ある演出”に強く惹かれたようです。

ひっそりと佇む投入堂に魅せられて

その風貌を初めて見たときから
とても興味を持っていた、鳥取県にある〈三徳山三佛寺奥院投入堂〉(国宝)。
私の地元である広島と同じ中国地方ということもあり、
いつかは行ってみたいと思っていた。
多くの建築家からは、重要な日本建築としてかねてから評価されており、
京都の清水寺と同じく崖に柱を立て、
半分が高床式というとても危なっかしい構造の懸造り(かけづくり)建築。
このふたつの建築物は懸造り建築として国内では双璧とされているが、
自分にとっては華やかで有名な清水寺よりも、
ひっそりと山奥に身を隠す投入堂のほうが好みだ。
そうした投入堂のビジュアルの知識のみで三徳山に向かった。

まずは駐車場からすぐの参詣受付案内所へ。そこでは投入堂拝観の心得を問われる。
「命をかけて登ってください。そしてそのスニーカーではダメですね」と。
甘い考えで運動靴ならいいだろうと勝手に考えて履いてきたスニーカーだったが、
ゴールである投入堂まではかなりの難路ということで、
入峰修行受付所にてわらじを購入し履き替えてチャレンジすることとなった。
多くの参詣者がいたのを物語るように、石段のすり減り方も年季が入る。

履き替えたわらじ。

履き替えたわらじ。

石段からは年季を感じる。

石段からは年季を感じる。

山に入っていくと、受付でいわれた通り、山登りというよりは崖登り。
ほぼ垂直な崖では樹木の根が地上に出ている気根(きこん)を足がかりにして登っていく。
年配の参詣者も多く、
おじいちゃんやおばあちゃんまでもがこの垂直の崖を淡々と乗り越えていく。
登っていくうちに植物相も変化し、麓では見られない高山植物なども現れてくる。

熊本から世界へ!
画家・松永健志さんが描く日常の風景
夫婦の絆と夢を諦めない力

火の国、熊本に今注目の油絵画家がいる。名前は松永健志(たけし)さん。
インスタグラムのフォロワーは8.8万人!(2020年3月時点)
国内外にファンを持つ話題のアーティストだ。
そして隣にいつも寄り添うのは妻の裕子さん。
ふたりは熊本でちょっと有名なおしどり夫婦なのだ。

「牛が好きなんです」と、松永健志さんはゆっくりと話す。
1985年生まれ、丑年の35歳。
自然豊かな大地を有する熊本は、放牧された乳牛や赤牛が
草を食む姿を間近に見ることができる、そんな土地柄。
幼い頃から牛が大好きだった健志さんにとって、牛はいつも身近な存在だった。

熊日大賞を受賞した油絵作品『草原』 S80size(1450ミリ×1450ミリ)

熊日大賞を受賞した油絵作品『草原』 S80size(1450ミリ×1450ミリ)

あるとき、牛の親子が健志さんの背中を大きく後押ししてくれる。
熊日美術公募展『描く力コンテスト2018』(熊本日日新聞社主催)に出品した
『草原』がみごと熊日大賞を受賞したのだ。

それまでは入選止まりで悔しい思いをしてきた健志さん。
トレードマークの金髪×髭のインパクトもあいまって、
熊本中に一躍その存在が知られるように。
地道に絵を描き続けてきた努力が実った瞬間だった。

画家を志し、22歳で夢を叶えるために東京へ

画家になるまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
熊本で生まれ育ち、自然いっぱいの環境で成長した健志さん。
小学生の頃、課外授業で花を描いたことがきっかけで絵の魅力に気づいたという。
18歳の頃に画家を志し、22歳で夢を叶えるために東京へ旅立つ。

当時付き合っていた裕子さんを連れて上京し、
ふたりは路上で絵を売る生活をスタートさせた。

原宿での路上販売の様子。原画を1枚1万円、コピーを1000円で販売していた。月に20万円売り上げた日もあったそう。

原宿での路上販売の様子。原画を1枚1万円、コピーを1000円で販売していた。月に20万円売り上げた日もあったそう。

上京して2年目のある日、順調に思えた矢先に状況が一変する。
2008年、不況のあおりを受け絵が全く売れなくなったのだ。
次第に路上販売だけでは食べていけなくなり、
生活のためアルバイトに明け暮れるように。
生活は困窮し、やせ細っていったと健志さんは回想する。
絵を描くよりもまず生きること。
夢を追いかけてきたふたりにとって、辛く苦しい時期となった。

そして追い討ちをかけた出来事が、2011年に起きた東日本大震災。
社会が混乱するなか決断を余儀なくされたふたりは、
4年間の東京生活の末に、熊本への帰郷を選択した。
「本当に、辛かったです。画家の夢は諦めて故郷に帰ることに決めました」(裕子さん)