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植物屋〈叢〉店主・小田康平の旅コラム
「三徳山三佛寺奥院投入堂の
壮大なスケールの演出」

旅からひとつかみ
vol.007

posted:2020.4.3  from:鳥取県東伯郡  genre:旅行 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。

writer profile

Kohei Oda

小田康平

1976年、広島生まれ。2012年、独自の美しさを提案する植物屋〈叢 - Qusamura〉をオープン。陶芸家、アーティスト、小説家など異分野のプロフェッショナルとのコラボレーションも多く、国内外でインスタレーション作品の発表や展示会を行っている。代表作は、銀座メゾンエルメスWindow Display(2016)。

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第7回は、植物屋〈叢(くさむら)〉の小田康平さんが
鳥取県の〈三徳山三佛寺奥院投入堂〉を参拝した話。
まずは建築の造形に惚れて参拝に向かったようですが、
いざ登ってみると、そのスケール感や
現代にも通じる“ある演出”に強く惹かれたようです。

ひっそりと佇む投入堂に魅せられて

その風貌を初めて見たときから
とても興味を持っていた、鳥取県にある〈三徳山三佛寺奥院投入堂〉(国宝)。
私の地元である広島と同じ中国地方ということもあり、
いつかは行ってみたいと思っていた。
多くの建築家からは、重要な日本建築としてかねてから評価されており、
京都の清水寺と同じく崖に柱を立て、
半分が高床式というとても危なっかしい構造の懸造り(かけづくり)建築。
このふたつの建築物は懸造り建築として国内では双璧とされているが、
自分にとっては華やかで有名な清水寺よりも、
ひっそりと山奥に身を隠す投入堂のほうが好みだ。
そうした投入堂のビジュアルの知識のみで三徳山に向かった。

まずは駐車場からすぐの参詣受付案内所へ。そこでは投入堂拝観の心得を問われる。
「命をかけて登ってください。そしてそのスニーカーではダメですね」と。
甘い考えで運動靴ならいいだろうと勝手に考えて履いてきたスニーカーだったが、
ゴールである投入堂まではかなりの難路ということで、
入峰修行受付所にてわらじを購入し履き替えてチャレンジすることとなった。
多くの参詣者がいたのを物語るように、石段のすり減り方も年季が入る。

履き替えたわらじ。

履き替えたわらじ。

石段からは年季を感じる。

石段からは年季を感じる。

山に入っていくと、受付でいわれた通り、山登りというよりは崖登り。
ほぼ垂直な崖では樹木の根が地上に出ている気根(きこん)を足がかりにして登っていく。
年配の参詣者も多く、
おじいちゃんやおばあちゃんまでもがこの垂直の崖を淡々と乗り越えていく。
登っていくうちに植物相も変化し、麓では見られない高山植物なども現れてくる。

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「クサリ坂」と呼ばれる巨岩に垂らされた鎖を頼りによじ登っていき、
到着したのは〈文殊堂〉(重要文化財)。この文殊堂も見事な懸造り。
櫓に組まれた材木が堂を支える。
上部は天空のお堂のごとく、柵や手すりもない縁側が四方に配してある。
雨水が外側へ流れ落ちるように縁側はやや傾斜しており、
座っただけでヒヤヒヤさせられる。

文殊堂を後にしてさらに登っていくと、〈鐘楼堂〉と呼ばれる鐘のあるお堂が現れる。
直径1メートルほどの鐘は重量でいうと数百キロはゆうにあると想像するが、
この険しい山道をどのようにして持ち上げたのか、そればっかりが気になるところだった。

〈鐘楼堂〉にあった大きな鐘。

〈鐘楼堂〉にあった大きな鐘。

さらに登ること10数分、洞窟の中につくられた〈観音堂〉(重要文化財)が現れる。
洞穴は深さ10メートル程度の深さで、そこに見事なサイズで堂がはめ込まれている。
自然の造形物と人による造形物がまったく違和感なく存在するとても美しい光景だった。

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通路であるお堂の後ろ側は「胎内くぐり」と呼ばれている。
そこは気温が数度低く感じられる神秘的な空間だ。
その先にある奥院投入堂を拝観するにあたって、
胎内を潜ることで新たに生まれ変わり、肉体と魂を浄化する役割が
この観音堂にはあるとされている。

つまり自然の造形すら投入堂にたどり着くまでの
見事なストーリーの一部になり演出されているのだ。
この険しい山道があり、「胎内くぐり」があり、
投入堂は我々参詣者にとって時間と労力と意味が積み重なり、
どんどんと神々しいものに昇華していく。
車やロープウェイでひょいっと行けるような場所に、投入堂はあってはいけないのだ。

洞窟にはまっているような〈観音堂〉。

洞窟にはまっているような〈観音堂〉。

最後の岩場を越えるといきなり奥院投入堂が眼前に現れる。
それはあまりにも前触れがなさ過ぎて意表を突かれる。
最も近づける場所からは仰ぎ見るかたちになっており、それが余計に神々しい。
投入堂へは近づくことは許されず、そこに行く道すら見当たらない。
投入堂本堂自体にも入り口のようなものはなく、
そこで何かが行われるというような建築物ではないのだろう。
崇高で、シンボルのような存在なのかも知れない。

清水寺や先ほどの文殊堂のように高床式の部分が櫓に組まれている重厚な感じではなく、
シンプルに数本の柱がまっすぐ上に伸びている。
それによりお堂が浮き立ったように見え、独特な投入堂の存在感があるのだ。

とうとう〈三徳山三佛寺奥院投入堂〉に到着。

とうとう〈三徳山三佛寺奥院投入堂〉に到着。

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ひと呼吸してから投入堂に別れを告げ、来た道を戻る。
崖道ではあるが、降りるのは案外早い。
神秘的な国宝を見ることができてよかったなと単に思うところもあったが、
往復1時間程度の登山は、
投入堂の計算しつくされた(もしくは偶然そうであったかもしれないが)
ひとつのストーリーに身を投じ、
効果的に物を見せるという壮大なスケール感のなかでの演出を感じられたことが、
実に勉強になった。

現代であっても、このような演出後に投入堂のような圧倒的な建築物を
目の当たりにしてしまうと、神様や仏様を信じずにはいられない気がする。
時代は違えど、人の心を動かすようなものの見せ方や意味の持たせ方には
共通の言語があると感じた。

道中、がんばってくれたわらじは壊れることもなく、
滑ることもなく任務をまっとうしてくれた。
下山時に奉納されるということで感謝を込めて預け置いた。

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