連載
posted:2020.3.27 from:熊本県熊本市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
writer profile
Mayo Hayashi
林真世
はやし・まよ●福岡県出身。さまざまな職種を経験後、現在はフリーランスのライターとして活動中。デザイン・アートが好きで、作家やアーティストのインタビューを中心に執筆。2020年に地元福岡に帰郷、東京と行き来しながら九州のおもしろいヒトモノコトを掘り起こし発信している。
credit
トップ・プロフィール写真:山口亜希子
火の国、熊本に今注目の油絵画家がいる。名前は松永健志(たけし)さん。
インスタグラムのフォロワーは8.8万人!(2020年3月時点)
国内外にファンを持つ話題のアーティストだ。
そして隣にいつも寄り添うのは妻の裕子さん。
ふたりは熊本でちょっと有名なおしどり夫婦なのだ。
「牛が好きなんです」と、松永健志さんはゆっくりと話す。
1985年生まれ、丑年の35歳。
自然豊かな大地を有する熊本は、放牧された乳牛や赤牛が
草を食む姿を間近に見ることができる、そんな土地柄。
幼い頃から牛が大好きだった健志さんにとって、牛はいつも身近な存在だった。
熊日大賞を受賞した油絵作品『草原』 S80size(1450ミリ×1450ミリ)
あるとき、牛の親子が健志さんの背中を大きく後押ししてくれる。
熊日美術公募展『描く力コンテスト2018』(熊本日日新聞社主催)に出品した
『草原』がみごと熊日大賞を受賞したのだ。
それまでは入選止まりで悔しい思いをしてきた健志さん。
トレードマークの金髪×髭のインパクトもあいまって、
熊本中に一躍その存在が知られるように。
地道に絵を描き続けてきた努力が実った瞬間だった。
画家になるまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
熊本で生まれ育ち、自然いっぱいの環境で成長した健志さん。
小学生の頃、課外授業で花を描いたことがきっかけで絵の魅力に気づいたという。
18歳の頃に画家を志し、22歳で夢を叶えるために東京へ旅立つ。
当時付き合っていた裕子さんを連れて上京し、
ふたりは路上で絵を売る生活をスタートさせた。
原宿での路上販売の様子。原画を1枚1万円、コピーを1000円で販売していた。月に20万円売り上げた日もあったそう。
上京して2年目のある日、順調に思えた矢先に状況が一変する。
2008年、不況のあおりを受け絵が全く売れなくなったのだ。
次第に路上販売だけでは食べていけなくなり、
生活のためアルバイトに明け暮れるように。
生活は困窮し、やせ細っていったと健志さんは回想する。
絵を描くよりもまず生きること。
夢を追いかけてきたふたりにとって、辛く苦しい時期となった。
そして追い討ちをかけた出来事が、2011年に起きた東日本大震災。
社会が混乱するなか決断を余儀なくされたふたりは、
4年間の東京生活の末に、熊本への帰郷を選択した。
「本当に、辛かったです。画家の夢は諦めて故郷に帰ることに決めました」(裕子さん)
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夢に敗れ、故郷に戻ったふたり。
絵を描く以外の仕事で生きていかなければならないと、
健志さんはすぐに牧場で働き始めた。
草の匂いや牛の鳴き声……
熊本の大地に身を預け、牛のフンにまみれながらの過酷な作業を経験する。
そこで生き物や自然相手の仕事の厳しさを感じたと言う。
「なにが僕には向いているんだろう」
牧場だけでなく、工場、販売の仕事にも就いた健志さんだが、
どの分野も生活していくためには生半可な気持ちでは難しいことを痛感した。
自然豊かな阿蘇の大観峰を描く。
「自然に癒されたこともちろんあるんですが、僕の中では厳しさの方が大きかったです。
自然の厳しさ、生きていく厳しさを感じて、
もう一度絵を描いていきたいと思っていました」(健志さん)
阿蘇の大観峰を描いた油絵は、夏の緑豊かな大地の生き生きとした鼓動が聞こえてきそうだ。
帰郷から約1年後、健志さんは「自分が本気でやっていけるのは絵を描くことしかない」と
裕子さんに打ち明ける。
画家になる夢を諦めきれない健志さんの想いをすでに肌で感じていた裕子さん。
「思いきって、もう一度画家になる夢を追いかけよう」
ふたりは家賃の安い市営団地への引っ越しと、結婚することを決めた。
裕子さんがパートで生活費を稼ぎ、健志さんは自宅で絵を描き夢を追いかける。
「僕は無収入になり、毎日家でひたすら絵を描いていました。
裕子を職場まで自転車で送って、帰りに市内の現代美術館でいろんな絵をとにかく見て。
どういう絵を描こうか、今の時代に受け入れられるのはどんな絵なのか
ずっと考えていました。
油絵をやり始めたのもこの頃からです」(健志さん)
それまで描いていたアクリル画から、油絵への転向。
誰から教わることなく独学で試行錯誤を重ねたという。
地道で孤独な作業も、心の中は“自分だけの絵”を見つけようと研究に情熱を燃やしていた。
熊本市の江津湖で開催される野外イベント『江津湖Living』でのライブペインティングの様子。撮影:haco 平田克広
子どもたちが通りすがりに「こんにちは!」と声をかけてくれる、そんな何気ないことで心があたたかい気持ちになる。都会では感じられなかった、田舎ならではの光景。撮影:山口亜希子
生まれ育った土地は、厳しくもあたたかい場所。
そして最大の理解者で最愛のパートナーである裕子さんの存在が、
いつも側で健志さんを励まし支えてくれた。
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自宅で地道に絵を描く生活を始めて3年ほど経った2015年、
『河原町アートアワード』がふたりの運命を大きく変える。
古い問屋街の河原町をアートで盛り上げようと企画されたこのイベント。
「これだ!」と直感した松永夫婦は、藁をもすがる気持ちで申し込む。
シャッター街の一区間がアーティストに与えられ作品を発表、審査される。健志さんは花と熊本の風景を描いた油絵を出品した。
ふたを開けてみれば、みごと4つの賞を受賞した健志さん。
審査員の長崎健一さんが営む〈長崎次郎書店〉のJIRO賞が、そのうちのひとつ。
長崎さんに「個展をやってみないか」と話をいただいたのはその翌年のこと。
「ふたりで夢を語るときに『あの書店でやれたらいいね』と言い続けた憧れの場所です。
もう本当にうれしくて。
長崎さんとの出会いが私たちの大きな転換期になりました」(裕子さん)
熊本地震のため延期されたが2017年に無事開催。憧れの〈長崎書店〉での初個展『200円2000点の小品たち』(〈長崎次郎書店〉でも油絵作品展が同時開催)
〈長崎書店〉ギャラリー内に所狭しと展示されたポストカード。
すべて、丁寧に色鉛筆で描かれている。1日で50枚を描いたそう。
健志さんは個展のために、手描きで2000枚の色鉛筆画のポストカードを制作。
「僕自身、小さい頃からやたくさんの絵や芸術に助けられて生きてきた感覚がありました」(健志さん)
そんな幼少期の記憶から、子どもたちのために手描きの絵が
間近で見れて買える環境をつくりたかったのだそう。
その願い通り、200円を握りしめた子どもたちが
作品を選んで買っていく姿が見られた。
会期中に描き足したポストカードも含め、合計2234枚が完売!
健志さんは会期期間中、うれし涙が止まらなかったという。
好評に終わった初個展。
その翌年以降も、〈長崎書店〉や〈長崎次郎書店〉では毎年個展を開いている。
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ロスのアートディレクトリクトにある「ART SHARE L.A.」ではアーティストの展示やパフォーマンスのための環境、プログラムやコミュニティが充実している。
2020年1月31日から2月2日までアメリカ・ロサンゼルスのギャラリーで
『KUMAMOTO Letters』と題したイベントが行われた。
「熊本の魅力を、画家・松永健志さんの絵を通じてロサンゼルスの方々に伝えたい」
という熊本市からの依頼を受け、熊本市の観光PR・交流事業として
熊本モチーフの油絵20点、ロサンゼルスモチーフの油絵19点が展示された。
20点目の作品は、現地でライブペインティングで仕上げられるという演出も。
熊本ゆかりの名産品や民芸品の展示やそれらに携わる方や生産者さんからの
ビデオレターが流れ、初日は日本酒やラーメンが振舞われるなど盛況なイベントとなった。
制作途中のコービー・ブライアント選手の絵。今にも飛び出しそうな躍動感に子どもたちも興味津々!
会場で行われたライブペインティング。
最初はコーラをモチーフに考えていたそうだが、イベントの6日前、
不慮の事故で亡くなった元NBAの大スターであるコービー・ブライアント選手を
描こうと急遽予定を変更。
ロサンゼルスの大勢の観客の前でパフォーマンスすると想いは伝わったようで
悲しみに暮れる多くの来場者からは喜びの声が聞かれ、握手やハグを求められたそう。
「ハタチくらいの若いスケボーを持った男の子が、
僕の絵のことを熱心に聞いてくれたことが印象的でした。
『これが最後の質問』って10回くらい聞かれましたね(笑)
うれしかったです」(健志さん)
海外でも多くの人の心を掴んでいるTAKESHI MATSUNAGA作品。
健志さんのインスタグラムアカウントのフォロワーは、
アメリカ人がもっとも多く日本人の約5倍もいるのだそう。
油絵とは思えないポップで明るい雰囲気や、身近にある日常を切り取った
わかりやすくかわいらしい作風が、人気の理由のひとつかもしれない。
これまで制作した油絵作品は数知れず。ほとんどが売れて、手元にないという。
友人の新築祝いに依頼を受け、息子さんの大好きな怪獣のおもちゃを描いた。旅立った作品は、どこかの家庭で家族を見守る存在になっているのかも。撮影:穴見春樹
「海外にすごく興味があるかというとそうでもないんですけど、
いろんな人に見てもらえるのは純粋にうれしいです」(健志さん)
SNSを通じて海外からオーダーも入るそうだが、
現在は秋頃の個展に向けて作品の制作に専念している。
最近は、背景を白一色で仕上げるのではなく、生成りやセピアを用いるなど
少し“重く”描いた作品も気に入っているという健志さん。
独自のスタイルをつくりあげてもなお、進化することに意欲的だ。
熊本の自宅アトリエで日々生み出される、世界に1点だけの作品たち。
これからも多くの人たちに、届いてほしいと願っている。
熊本の実在の人物200名の絵で構成された地下道の壁面。
ふたりは、辛いときも自分たちを信じて決して諦めず進んできた。
画家になる夢を叶えた健志さん、夫を信じて支え続けた裕子さん。
18歳で画家を夢見て16年、夫婦二人三脚で12年。
熊本のみならず、そのフィールドは世界へ広がりつつある。
「出会ってきたたくさんの人たちに、私たちは支えられています」
そう感謝の言葉を絶やさないふたりを支えている、その人たちもまた
松永健志・裕子夫妻の明るく前向きな姿に支えられているのかもしれない。
profile
Takeshi Matsunaga
松永健志
1985年生まれ/熊本在住
■活動歴 ・熊本トヨタ自動車CMでの油絵起用
・キリンビールの熊本ディズティネーション応援缶でのイラスト起用
・熊本城ホールメインエントランス 油絵作品常設 その他多数活動
■個展歴 ・2017/3 長崎書店・長崎次郎書店にて初個展開催『200円2000点の小品たち』
・2018/6 熊本 長崎次郎書店にて個展 『STILL LIFE』
・2019/5 熊本 長崎書店・長崎次郎書店にて個展 『sunny day』
■受賞歴 ・2017/10 第27回高森町 『大阿蘇絵画展』審査員賞
・2018/10 熊日美術公募 『描く力2018』グランプリ その他、多数受賞
https://twitter.com/matsunaga85
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