移住の決め手は「澄みきった穴吹川」
過疎のまちに移住する————。
そう聞くと、地域活性化に貢献したいとか、
これまでの働き方を見直して地域に関わりながら起業したいとか、
何か志を持って移住する人たちを思い浮かべるかもしれない。
でも、「景色のいいところに住みたかった」というシンプルな思いから
移住する人たちもいる。
徳島県西部にある美馬市。
県内過疎地域に指定され、見渡せば大自然が広がるのどかな地域だ。
古い家が建ち並ぶ旧道沿いの一角、
周囲に溶け込むようにスリランカカレーの店〈白草社〉はある。
一見どころか、よくよく見てもその外観にカレー店の手がかりはないが、
今年2021年6月22日に3周年を迎えた。
店を営むのはともに大阪出身の乾亮太さんと、その妻・歩希(あき)さん。

狭い旧道沿いに佇む店。店の目印は突き出し看板だが、そこには店の名前とロゴが入っているだけ。

窓ガラスに描かれているのは山の稜線。友人が描いてくれた。
大阪から徳島へ、徳島からもっと田舎へ
亮太さんは地元、大阪で雑誌の編集者をしていた。
一度は地方で暮らしてみたいと、2015年8月に徳島市内の出版社に転職。
徳島を選んだのは、両親のふるさとで多少はなじみがあったから。
当時、つき合っていた歩希さんも体を壊すほど激務だった仕事に区切りをつけ、
2か月遅れで徳島へ移り住んだ。
「ただ、引っ越して来た当初から飲食か小売りなのかわからないけれども、
将来的には自営業をしたいねって、話をしていました」(歩希さん)
最初にふたりが暮らしたのは徳島市内の比較的若い世代が多く、利便性の高い地区。
「最初は徳島での新しい出会いにワクワクして結構飲み屋にも行ったんですけれど、
なかなかなじめなくて。それに大阪にいたときよりも仕事が忙しいことや、
地方に来たのにまちなかで暮らしていることなど、
当時の状況にだんだんと疑問を抱くようになって……」と亮太さん。
そして2年が過ぎた頃、
ふたりのなかで飲食店をやりたいという思いがいよいよ大きく膨らんだ。
「徳島のことがなんとなくわかってきて、ここで小売りは難しそうだなって思ったんです。
となると、飲食。ふたりともカレーが好きでよくつくっていたので、
すんなりカレー屋だって決まりましたね」(亮太さん)

「大阪はスパイスカレー大国なんです。雑誌取材でいろんな店に行っていたらどんどんハマって食べ歩きました。それまでは食に全然興味がなかったんですけどね」と亮太さん。
ここからの動きが早い。歩希さんは飲食の仕事に切り替え、
2017年冬、物件探しをスタート。早い段階で美馬市に絞ったという。
その理由は大きく3つ。
1.きれいな川が近くにあって、景色がよかったから
2.空き家バンク制度が整っていたから
3.移住者の起業に対する支援制度があったから
「たくさん稼ぎたいわけではなかったんです。
僕たちと飼い犬1匹が暮らしていけるくらいの収入があれば十分だと思っていたから、
まちなかに住むというこだわりはなかったですね。
むしろふたりとも川が好きなので、歩いてすぐ川に行けるところが理想でした。
特に水がきれいな穴吹川はいいなあと思っていて。
しかも、『美馬市空き家バンク』という行政主体のサイトが
民間の不動産情報サイトみたいによくできていたから物件を探しやすかったですね。
年明け2018年1月に数件を内見し、ここに決めました」(亮太さん)
店舗スペースつきの大きな家。元お好み焼き屋だったその場所は状態もよく、
少し手を加えるだけですぐお店が始められそうだと思ったことが
大きな決め手になったという。

夏には県内外から人が集まる穴吹川。透明度は国内トップクラス。














































































