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〈一般社団法人リバーバンク〉
村の消滅を
健やかに看取るためにできること

坂口修一郎の「文化の地産地消を目指して」
vol.006

posted:2020.4.8  from:鹿児島県南九州市川辺町  genre:活性化と創生 / エンタメ・お楽しみ

〈 この連載・企画は… 〉  音楽家である坂口修一郎さんは、フェスの運営やコミュニティづくりのために、
東京と鹿児島、さらには日本のローカルを移動し続けています。
坂口さんが体現している新しい働き方やまちづくりを綴ってもらいました。

writer

Shuichiro Sakaguchi

坂口修一郎

さかぐち・しゅういちろう●BAGN Inc.代表/一般社団法人リバーバンク代表理事
音楽家/プロデューサー。1971年鹿児島生まれ。93年より無国籍楽団〈ダブルフェイマス〉のメンバーとして音楽活動を続ける。2010年から野外イベント〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉を主宰。企画/ディレクションカンパニー〈BAGN Inc.(BE A GOOD NEIGHBOR)〉を設立。東京と鹿児島を拠点に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら多くのプレイスメイキングを行っている。2018年、鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクト〈一般社団法人リバーバンク〉の代表理事に就任。

リバーバンクをサポートしてくれたメンバーたち

自分たちの居場所をつくろうとやっていた
フェスティバル〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉。
もともとはその運営をしていただけだったものが、
会場だった廃校〈かわなべ森の学校〉の再生に取り組むことになり、
ついに地域の人びとや行政まで巻き込んで
地域課題に取り組む団体をつくることになったのです。

鹿児島県川辺町の地域課題を解決するための団体として、
〈一般社団法人リバーバンク〉は、2018年7月に登記が完了し、
法人としてスタートしました。

法人化したのは、多額の交付金申請の受け皿としての必要に迫られたものですが、
このときも本当にそこまで踏み込んでいいものかどうか悶々と悩みました。

税金である交付金を使って法人運営するということは、
報告義務や説明責任も生まれます。
いままでのように自分たちが楽しむためにやっていた活動とは、レベルが違う。

さらに、この活動がうまくいかなかったら
「やっぱり過疎地域の廃校運営なんてうまくいかないんだ……」という諦念を、
地域に残してしまうのではないか。そんなプレッシャーもありました。
少なくとも10年くらいの長期スパンで活動を考えないと、
中途半端なところでは投げ出せない。ひとりでやりきるのは当然無理があるので、
いままでよりも多くの人を巻き込む覚悟も必要です。

最終的にそれでもやろうと思えたのは、
サポートしてくれるメンバーが周りで手を挙げてくれたからです。
BAGN Inc.(BE A GOOD NEIGHBOR)という僕の会社のメンバーも、
会社の営利に関わる活動ではないにもかかわらず、表に裏にサポートしてくれました。

最初のグッドネイバーズ・ジャンボリーから参加してくれている末吉さん。

最初のグッドネイバーズ・ジャンボリーから参加してくれている末吉さん。

ほかにもグッドネイバーズ・ジャンボリーを始めたときから
ボランティアでも参加してくれていて、
ここ数年はボランティアサポーターの取りまとめをしてくれている末吉剛士さん。
彼も自分で人材関係の会社を起業していますが、行政との仕事も多く、
その活動で得た知見を生かして事務局の運営を担ってくれることになりました。

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地域の長老たちも賛同してくれた!

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地域からは、長年この廃校の維持管理をしてきた
〈長谷ふるさと村〉の東敬一郎さんと東大海さん。
このおふたりも10年前にグッドネイバーズ・ジャンボリーを始めたときから
ずっと僕らの活動を見守って、地域と僕らの間をつないでくれました。
この小学校の卒業生でもあるおふたりは、
法人化するにあたっては発起人というかたちで関わってくれました。

ずっと地域で森の学校を守ってきた農家の東敬一郎さん。

ずっと地域で森の学校を守ってきた農家の東敬一郎さん。

敬一郎さんと一緒に学校を維持してきてくれた、地元で工務店を経営している東大海さん。

敬一郎さんと一緒に学校を維持してきてくれた、地元で工務店を経営している東大海さん。

そして農業を営みながら地域の世話役として活動し、
僕たちの活動の背中を押してくれた長老、有村光雄さんも参加してくれました。

リバーバンクの長老であり地域の世話役である光雄さん。

リバーバンクの長老であり地域の世話役である光雄さん。

ジェフリー・アイリッシュさんとの出会い

そしてもうひとり、この活動を進めるなかで重要な邂逅がありました。
それは地域集落で暮らすカリフォルニア出身の大学教授、
ジェフリー・アイリッシュさんとの出会いです。

軽トラに乗って颯爽と現れるジェフリーさん。

軽トラに乗って颯爽と現れるジェフリーさん。

アメリカで名門大学を卒業した後に日本企業に就職。
その後各地を旅して日本文化を研究するなかで、
暮らしや文化に惚れ込んで鹿児島に移住。
そこから20年も、この川辺という地域で家族と暮らしています。
民俗学の研究の仕事では、宮本常一の『忘れられた日本人』を英訳してアメリカで出版。
鹿児島国際大学で教鞭を執りながら多くの著作もあります。

そんな彼が廃校のすぐ近くにある土喰(つちくれ)という小さな集落の
小組合長をしていた経験をもとに、地域の暮らしについて書いた本を読んで、
僕は頬をひっぱたかれるような衝撃を受けたのでした。

すぐに友人経由でジェフリーさんに連絡を取り
(こういうとき、人が少ない地域だとすぐにつながれていいのです)、
どんなかたちでもいいからこの活動に関わってほしいとお願いしに行きました。
そして僕が本を読んで考えたこと、これからやろうとしていることなど語り合いました。

意気投合して何時間も話し込んだ。

意気投合して何時間も話し込んだ。

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活性化とは異なる、ジェフリーさんの地域論とは?

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僕はそれまで、この地域で廃校を維持して
どうやって自走運営していくかということばかり考えていました。
自走するということは稼がなければいけません。
できるだけたくさんの人にこの地域に足を運んでもらって
「活性化」させなければいけない。
活性化、活性化と念仏のように唱えながら、
そのためにはなにが足りないのか、どうすればいいのか、
そんなことばかり考えていたように思います。

しかし、ジェフリーさんの書いた『幸せに暮らす集落』という本には、
それとはある意味、真逆のことが書いてありました。
しかもそれは〈かわなべ森の学校〉の地域の話なのです。

少し長いですが、途中略しながら引用します。

(土喰集落に)残った住民は集落の将来について驚くべき選択をした。
新たな住人を招いて存続するのではなく、徐々に消滅していく道だ。
それは村と住民が運命を共にすることを意味する。

私自身は、土喰集落のような住み心地の良い場所がなくなっていくのは寂しい。
半面、ひとりの人間が亡くなるのと一緒で、
ひとつの集落がなくなることはとても自然なことでもあると、
日々自分らしく過ごしている集落仲間を見て最近思うようになった。

集落をなんとか活性化しようと躍起になり
「人工呼吸器」をつけて生かそうとするのも不自然なこと。

土喰の人たちはこうした「村おこし」を諦めており、
静かに滅び行く集落でにこやかに暮らしている。
大事なことは集落に明るい空気を作り続けること。

ここには、古き良き日本の生活が残っており、お互いを気遣い支え合う、
昔ながらの“結いの心”が息づいている。
その結いの心こそ、人を幸せにする人類共通の価値観だ。

『幸せに暮らす集落』(ジェフリー・アイリッシュ著)より

どうやって活性化すればいいかわからない

人間に寿命があるように、集落にもまた寿命がある。
この本にはそれを静かに受け入れながら、明るく暮らす人たちがたくさん登場します。
アメリカ人であるジェフリーさん自らもここで暮らし、
彼らに寄り添いながらその哲学的な暮らしを丹念に描写しています。

実は過疎地域に人が押し寄せて活性化するのがいいのか、
という問いは自分のなかでずっと引っかかっていました。
周囲に家がほぼ1軒もない珍しい廃校があるというだけで、商店もほとんどないなかで、
どう活性化したものだかわからない。
年に1回ならまだしも、
まさか何千人も集めるようなフェスティバルを毎日やるというわけにもいかない。
仮にそれができたとしても、それが本当に地域のためになるのだろうか。

周囲に1軒の家もないかわなべ森の学校。

周囲に1軒の家もないかわなべ森の学校。

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効率よく都市化することが正しいのか?

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モヤモヤとくすぶっていた疑問には、
この本の最後に書かれた一節を読んで、光が見えた気がしました。
同時にものすごく気負ってかたくなっていた肩の力が、すーっと軽くなりました。

ややもすると地域の活性化は単に来訪者が増え、
お金を落として帰るというところだけがクローズアップされるように思います。
それが全部悪いわけではないですが、
その意味の活性化とは「効率よく都市化すること」とニアリーイコールです。
その究極のかたちは東京のような都会になるということ。
明治以降の日本はそれを目指して首都圏にすべてを一極集中させ、
中央集権化を進めました。効率化を図るために、
地方も中核市にその機能を担わせてフラクタルな構造をつくってきました。

都心の高層ビルから東京を眺めた。

都心の高層ビルから東京を眺めた。

しかし、そもそもこの地域は観光地でもないですし、
「人がいなくて静かである」というところが一番の魅力です。
そこに活性化という名目でやたらと人が押し寄せてしまっては、
一番の良いところがなくなってしまう。

とはいうものの、このまま人口が都市部に流出して減少が続くだけでは、
税収も減り、交通やライフラインなどのインフラも衰退して
暮らしていくことすら難しくなってしまう。
活性化と地域の暮らしのバランスをどうとっていけばいいのか。
これは日本中すべての過疎地域が直面している大問題です。

しかしジェフリーさんとの対話で、この活動が目指すべきところは、
一方では滅びを受け入れ健やかに看取ることと、
それまでは可能な限り暮らしの選択肢を維持し続けること。
そのバランスではないか、ということに思いいたりました。

田園風景が広がる集落。

田園風景が広がる集落。

そもそも、中山間地域が存在する意味は都市との関係性にあります。
戦争のようなときも食糧を都市に供給し、攻撃される都市部から子どもを疎開させ、
命をつないだのもこうした地域です。
いまはいきなり戦争などにはならないでしょうが、
昨今の新型コロナウイルスの問題でもやはり都市部に人が集中しすぎているということが
問題のひとつになっています。
社会的な距離を保ちながら暮らすことができる中山間地域は、
やはり存在し続ける必要があるのだと思います。

ローカルに暮らす人たちがまずは明るく元気に

そこから、この活動が目指す方向は量より質の活性化だと考えるようになりました。
量の活性化が、
観光地化し一過性のインバウンドの呼び込みで客の数を稼ぐものだとすると、
質の活性化とは、まずは地域に暮らし続けてきた人たちが明るく幸せに暮らすこと。

地域の卒業生は今でも学校に足を運ぶ。

地域の卒業生は今でも学校に足を運ぶ。

地域外から関わる人は一過性の滞在ではなく、地域の人たちと関係性を育てていくこと。
地域の人たちは、外部の人びとがもたらすアイデアを受け入れ、
手を取り合って暮らしの選択肢をつないでいくこと。

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活動の3つの軸とは?

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こうした対話を続けるうちに、
地域からは長老たちだけでなく若い世代のメンバーも集まってきました。
メンバーが固まってきたところで、活動の具体的な方針を決めていくにあたっては、
何度も地域の公民館に集まっては長時間話し合いました。
この地域の良さはどこにあるのか。この団体はどこを目指して活動するのか。

かわなべ森の学校で話し合う。

かわなべ森の学校で話し合う。

その議論のなかから、この団体は活動の軸を3つに定めることにしました。

①森の学校の再生〜古き良き風景を維持する:
交付金を得て、廃校を、学びをテーマにした複合体験施設へ再生。
日本の教育の原風景である昭和初期の学校校舎を使い続けることで、
地域の魅力を維持し、高めます。

②空き古民家の発掘と改修〜住み続けられる環境をつくる:
これはもともとジェフリーさんが自主的に始めていた
ジェフリー不動産」という活動です。

③地域資源の発掘と再生〜地域の文化を次世代に残す:
石切りや仏壇などの職人文化を発掘、保存して磨きます。

「かわなべ」という地名に蓄積されたもの

ここまできて、団体の名前をどうするかという
もうひとつの大きな問題にぶつかりました。
団体の活動は、すでにこれまでも地域で行われてきた活動に外からの光を当て、
連携して発展させていくというかたちが見えています。
それをひと言で表現するようなコンセプトとネーミングが必要です。

この地域は森に囲まれ、「川辺」という地名からもわかるとおり、
水脈が豊富な場所です。
それで当初は「森と水の暮らしプロジェクト(仮)」と名乗っていました。
しかし、森だらけだけれど、
残念ながらほとんどは人工林で世界遺産になるようなものではない。
湧き水も豊富でこの地域の水は本当においしい。
しかし水系の途中には農地や工場もできたりして、こちらも世界一というほどでもない。
「森と水〜」というにはちょっと大げさというか恥ずかしいという意見が、
メンバーのなかから出てきました。実に控えめなところがまたこの地域らしい。

森の学校に流れる小川とリバーバンクの森。

森の学校に流れる小川とリバーバンクの森。

体を表す名を決めるのにまた何十時間も費やし、議論しアイデアを絞りましたが、
なかなか決まらない。

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リバーサイドか? リバーバンクか?

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さんざん悩んだ挙げ句、毎回、会議に出席してくれているジェフリーさんに
「川辺」という地名を英語にするとどうなるか聞いてみました。するとひとこと。

「リバーサイドか、リバーバンクだね」

ここは日本中どこにでもある「忘れられた」地域かもしれない。
けれど、ここには固有の名前があり、ここにしかない独特な人のつながりがある。
この地域で何百年も使われてきた「かわなべ」という地名。
呼び続けられてきた地名には意味があります。
それを何代も暮らしてきた人と移住者や外部の人間とで、ちょっと違った視点で眺める。
そんな意味も出てきそうだということになりました。

生活のなかに水が豊富な集落の風景。

生活のなかに水が豊富な集落の風景。

「リバーサイドだとホテルみたいだから(古!)、リバーバンクでいこう!
なんかかっこいいし(笑)。ロゴの入ったTシャツとかつくろう!」と
若いメンバーも含めたそのときの盛り上がりは忘れられません。

だんだん組織の方向性が見えてきた頃。

だんだん組織の方向性が見えてきた頃。

地域でいまも古くからの暮らしを続けている人たちに若い世代は学び、
また古い世代も新しいアイデアを学び合う。
手を取り合ってつくる未来のことはどうなるかわからないけれど、
だからこそわくわくするしすばらしい。そんな意味合いで、

「昔をまなぶ、今をまなぶ、未来のことはわからない!」

という活動のコンセプトのタグラインも生まれました。

タグラインはNO FUTURE!

タグラインはNO FUTURE!

地域の長老からは、「リバー……バンク? なんだ、お金も貸すの?」とか、
「未来のことがわからないって認知症のことけ?」なんて
本気なのか冗談なのかわからない意見もありましたが(笑)、
わいわい笑いながらみんなで決めた名前とコンセプトです。

みんなで決めたリバーバンクのロゴマーク。

みんなで決めたリバーバンクのロゴマーク。

川辺という漢字をグラフィカルに処理したロゴは、
リバーバンクが改修した空き家に移住してきてくれた
グラフィックデザイナーの前迫昇吾くんが、
みんなのアイデアもふまえてつくってくれました。

いつも笑いが絶えない会議の光景。

いつも笑いが絶えない会議の光景。

そして、さまざまな可能性を検討したうえで、
団体代表は東京と地域を行き来している人がいいだろうということで、
地域の発起人のみなさんから委任されるというかたちで、
僕は〈一般社団法人リバーバンク〉の代表理事ということになりました。

地元の自治会のようなレガシー・コミュニティと、
地域外〜全国に広がる〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉のような
ビジョン型コミュニティの間にできた、第3のコミュニティ。
いよいよ本格的に活動開始です。

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