連載
posted:2021.2.10 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルで暮らすことや移住することを選択し、独自のライフスタイルを切り開いている人がいます。
地域で暮らすことで見えてくる、日本のローカルのおもしろさと上質な生活について。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
photographer profile
Eriko Kaji
加治枝里子
かじ・えりこ●写真家。神戸出身・鎌倉在住。幼少期はニューヨーク州北部の湖や森に囲まれ、その後は神戸の海辺で育つ。2006年に渡仏しパリで独立。2010年東京に拠点を移し、日本各地の魅力を紹介する撮影を多く手がける。現在は保護者たちで運営する“森のようちえん”のような「青空自主保育でんでんむし」に4歳の娘と所属し、鎌倉の海や山で子どもたちと思いっきり遊びながら、写真制作も続けている。2020年夏、鎌倉材木座で写真展「黒い庭」を開催。
@erikokaji
真鶴半島のとある場所で海釣りに興じているのは、山本海人さん。
アパレルブランド〈SON OF THE CHEESE〉やサンドイッチ店〈BUY ME STAND〉、
蕎麦とバーが融合した〈Sober〉などを手がけているクリエイターだ。
ここには東京から遊びに来たわけではない。彼は真鶴半島の高台、
しかも半島の両側の海を見下ろせる最高のローケーションの家に住んでいる。
現在は、もともと住んでいた東京の家と真鶴の家を往復する2拠点生活を送っている。
きっかけはライススタイルの変化だった。
「2年前に、家から家具が全部なくなっちゃったんですよね。
ベッドひとつと犬2匹というミニマルアーティストみたいな暮らしになっちゃって。
その頃、なんとなく東京に居心地の悪さも感じて、真鶴に来てみました。
住民票も会社の登記もすぐに真鶴に移しましたよ」
こうして山本さんが移住してきたのは2018年。実は現在住んでいるこの家は、
山本さんの両親が5年ほど前に建て、別荘として使っていた家。
そこに居を移したのだ。
「最初は東京には一切行かずに、真鶴にいながら東京の会社をコントロールしました。
でも100%リモートというのはコントロールが難しくなって、
いまは半分ずつの生活に落ち着いています」
現在は新型コロナウイルス感染症の影響もあって、両親も真鶴を中心に生活している。
ローコストでつくることをテーマにした家だというが、
「古い物を寄せ集めて置いている」という家具も含め、
瀟洒なデザインの部屋がお父さんのセンスをうかがわせる。
テラスからは真鶴半島の西海岸を眺めることができ、
犬が快適に過ごせそうな広い庭からは反対側の漁港周辺を見下ろすことができる。
スペインや南仏あたりのリゾートを思わせる雰囲気だ。
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積極的に真鶴という地を選びとったわけではないが、
とても気に入っているという山本さん。特に真鶴に来てからハマったものが釣り。
曰く「潮の流れとともに生活している」という。
「潮が動いている朝と夕。1日2回の“まずめ時”に必ず釣りに行きます。
僕は釣れないと止められない(笑)。
くやしくて、東京から日帰りで釣りだけしに来たりすることもあります。
実は今日まで12日連続で釣れていなかったんですよ。
今日は朝まずめに2匹釣れてよかった」
朝まずめ、夕まずめ。釣りが好きならそわそわする時間帯は必ず釣りに行く。
それは必然的に、1日の移り変わりを感じながら生活していることになる。
この日はアカハタが釣れた。このあたりでは、イカやメジナが釣れるらしい。
山本さんがこのようなライフスタイルを選んだのにはワケがある。
実は脳腫瘍を患い、手術で一命をとりとめた経験があるのだ。
「死んでもおかしくない状況だったので、とてもラッキーでした。
当時は、東京でめちゃくちゃ働いていたんです。
病気になったことをきっかけに、働きすぎることよりも
ゆるめに暮らして病気にならないほうがいいと思うようになりました。
お金なんて“あっち”に持っていけませんし。
そのおかげで子どもたちと接する時間も増えました」
体調に気をつけて働くということは、すごく当たり前のことのようでありながらも、
日常生活のなかでつい忘れてしまいがち。特に仕事に熱中しているとなおさらである。
釣りにハマったのは真鶴に来てから。
もともとスケートボードが好きで趣味にしていたが、
病気のあと、滑ることが難しくなった。
「当初は左手がしびれていたり、目もピントが合いにくくて。
スケボーは難しいけど、釣りがいいリハビリにもなっています。
糸を結んだり、メディテーションみたいな感覚もあります」
東京とは異なる、暮らしのメリハリもできた。
「東京にいると24時間仕事モードなんです。
呑んでいるときも人づきあいなので結局仕事だし、
朝食はほかのサンドイッチ屋さんをチェックしたり。
こっちにいたら、選択肢はカレーかラーメン、それか釣った魚」と笑う。
釣りを中心に真鶴にすっかり溶け込み、暮らしを存分に楽しんでいる山本さん。
コロナ禍で移住者がとても増えている現状もあり、移住先としておすすめしたいという。
「真鶴の家賃が東京の3分の1くらいだとすれば、
極論でいえば、3分の1しか働かなくていいわけです。
それがいいか悪いかというよりは、選択肢のひとつではありますよね」
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真鶴と2拠点生活をしながら、東京の現場を動かしている。
SON OF THE CHEESEやBUY ME STAND、Soberのほかに、
手がけているバーやレストランなどの飲食店が多数ある。
それは渋谷や新宿周辺にあるので、いわゆる「トレンド商売」といってもいいだろう。
「こういう職業だから、“都落ち”みたいにいわれることもあります。
“アイツは終わった”みたいな(笑)
でも真鶴にいながら、歌舞伎町にお店をオープンさせていますからね」
少し前であれば「都落ち」だったかもしれないが、
地方にいながら都心部で仕掛けるなんて、今はむしろ最先端だ。
とはいえ、真鶴でも活動はしている。
タレントのデビット伊藤さんが行っているまちづくり活動を手伝っている。
「東京とはまったく違う仕事ですね。
自分が持っているネットワークをいかして映画の撮影を手伝ったり。
東京ではものをつくったり、食材を仕入れて売ったりという掛け売りが多いけど、
東京ではすでに枠がない仕事が、ローカルにはまだまだ残っていると思います」
都会の真ん中、代官山にBUY ME STANDがあり、そして全国展開もしている。
さまざまな場所を知っている山本さんにとって、
ローカルである真鶴にはどんな思いがあるのだろうか。
「自分がいる場所に還元したいですね。
ローカルだと、課題がわかっていてもなかなか動けない人が多いので、
それを変えていきたい。ただそれが、どんなかたちになってもいい。
どこに落とし込んでもいいと思います。そこに関わっている人次第で変化していける。
いまは種を植えている段階ですね」
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この日は取材後に夕方から新しいプロジェクトの打ち合わせがあるという。
実は一緒に釣りをしているのは、その建築士チームなのだ。
「せっかくこっちまで来てもらうので、釣りを楽しんでもらいたいなと思って」という。
取材陣にも、周辺のオススメのお店を教えてくれたり、ランチもともにした。
山本さんの高いホスピタリティがうかがえる。
また、取材中に訪れてきた近所の植木屋さんとも、
今日釣った魚の話をして「あとで見せますよ」とフランクに声をかける。
人と話し、もてなすことが自然と身についているのだろう。
だから当然、真鶴にもすんなりフィットしていく。
山本さんは、「ほしいもの・やりたいこと」をビジネスにするのが基本スタンス。
アパレルから始まり、サンドイッチ店、蕎麦バーなど。
であれば、次は釣り具かもしれない。
そして釣りのあとによく行くという「温泉」も
視野に入っているかもしれない(伊豆、熱海周辺のおすすめ温泉も“熱く”教えてくれた)。
結局、どこまでいっても仕掛けが好きで、
仕事をどんどん生み出していくというスタンスは変わらないのだろう。
ただし、「1週間東京にいると息が詰まる」というように、
その舞台はローカルに移り変わっていくのかもしれない。
そうすることで、釣りという自然とともにある趣味と、
その正反対ともいえる都会のきらびやかな仕事。
ふたつを共存できる暮らしが可能になったのだ。
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SON OF THE CHEESE
サノバチーズ
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BUY ME STAND
バイミースタンド
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