連載
posted:2021.3.8 from:島根県浜田市 genre:暮らしと移住 / 食・グルメ
PR 島根県
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルで暮らすことや移住することを選択し、独自のライフスタイルを切り開いている人がいます。
地域で暮らすことで見えてくる、日本のローカルのおもしろさと上質な生活について。
writer profile
Chizuru Asahina
朝比奈千鶴
あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。北陸の国道沿いのまちで生まれ育ち、東京とバンコクを経由して相模湾に面した昭和の残り香ただようまちにたどり着きました。旅先では、細い路地と暮らしの風景に惹かれます。
photographer profile
Yayoi Sasaki
佐々木弥生
ささき・やよい●フォトグラファー。島根県浜田市生まれ。School of Visual Arts (NY) Photography修士課程中退。米国バージニア州の地方紙のカメラマンとて8年勤務した後帰郷。現在は〈有限会社写真の鮎川〉に勤務。フリーランスとしても活動。
内閣府が昨年5〜6月にかけて実施した
「新型コロナウイルス感染症の影響下における
生活意識・行動 の変化に関する調査」によると、
首都圏・中京圏・近畿圏の三大都市圏居住者のうち、
これまでに比べて15.0%ほど地方移住への
関心が高まったという結果が出ているという。
この先何を大切にして生きていくかという指標をある程度決めたなら、
住む場所、働くフィールドは環境によって柔軟に変化する、
そんな時代が到来している。
2018年、島根県浜田市にレストラン
〈Fathers my first hero〉をオープンし、昨秋にはナチュラルワイン専門店を新設した
岡本皓資(こうすけ)さん、誉至子(よしこ)さん夫妻も、
そんなふうに人生を歩んでいるふたりだ。
木の茂る丘を開墾した、まるで隠れ家のような佇まいの一軒家レストランは、
コロナ禍にあっても、地元の人たちにとっては非日常の体験ができる場所と評判だ。
浜田で不動産業を営む義父の紹介で、
まったく手のつけられていなかった雑木林のような場所を見つけた皓資さんは、
すぐに森や自然の中にポツンとある一軒家レストランのイメージが沸いたという。
「モダンでクリーン、清潔感のある場所にしたかったんです」
開放的な大きな窓から庭を楽しむというコンセプトを据え、
北欧など海外の若いシェフが働いているようなレストランを参考に資料を集めた。
心地よい空間の指標は、自分のポリシーでもある
「目障りなものは置かない」ということ。
デザイン事務所に勤務していた皓資さんは、店のイメージを自分で考えた。
2階分の高さを吹き抜ける天井部分も含めて
無垢材を使用した温かみのある空間だが、
特注の家具とコンクリートの床は硬質なものを選んでスタイリッシュに。
壁にかかったポップなアートや観葉植物のほか
視界に入るものは、庭の眺望以外は必要最低限。
シンプルな空間の中にゆとりが生まれ、
窓の外から差し込む太陽の光の移ろい、
風のゆらめき、星の瞬きなどが彩りを添える。
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学生時代から約20年のつき合いのあるふたりは、
あえて口に出さずともお互いの選択を理解できてしまう間柄だ。
実家が不動産業を営むことから、自らも東京で不動産関係の仕事に関わっていた
誉至子さんは出産を機に浜田に帰ることを希望したという。
結婚後、しばらくは子どもがいない生活が長かったふたりだが
いずれ、子どもに背中を見せられるような仕事をしたいと移住と独立を決意。
地方に住むならばどんなことをしたいかと考えたときに
まず頭に浮かんだのはこれまで携わってきたデザインの仕事を生かすこと、
もしくは何かお店をやりたいということだった。
とはいえ、デザインのプロダクトを仕入れて浜田で販売するのは無理がある。
そこで以前から好きな料理の腕を生かし、
カフェレストランを開こうと腹を決めた。
2015年春に誉至子さんが里帰り出産のためにまずは帰郷。
このタイミングで、開業準備のために夫婦は1年ほど別居し、
皓資さんは鎌倉のレストランの門を叩いた。
「飲食に関しては、今まで経験がなかったので
サービスのほうをメインに始めてお店をまわすノウハウを体感して学びました」
レストラン経営に関する大きな枠組みを掴み、2016年初夏には浜田へ。
開業準備を行いながら、期間限定でカレーとコーヒーの店を開いた。
「移住先に浜田を選んだ、というよりも、
妻の希望に沿ったところに住んだというのが大きいですね」
徳島県出身の皓資さんは、学生時代から神奈川に住んでいたため
特にUターン移住したいという考えはなかった。
「浜田に帰り、地元に根ざした暮らしをしたい」という
誉至子さんの強い思いを汲み、
皓資さんも、ちょうど子どもができたタイミングで
人生を方向転換することにしたのだ。
そこは皓資さんは、「一大決心だった」とは言わず、さらりと自然な流れのように話す。
「妻の実家が浜田ということで、
移住後の人間関係がイメージしやすかったのも良かったと思います」
誉至子さんがUターンを希望したきっかけのひとつに、
東京の出版社が主催した地元島根での編集ワークショップへの参加もあった。
取材のフィールドワークを通して、
これまで知らなかった地元の農業や飲食業の従事者、
瓦職人などに出会い、いろんな人が浜田に住んでいることを知ったのだ。
同時に、すべての人たちと交流する術を持った。
のちに誉至子さんが運営することとなる
築80年の古民家を活用したシェアハウス〈さきや〉での
マルシェイベントなどの活動を通して、生産者やお客さんとの交流も生まれた。
「これまでネットなどで探していた食材の生産者に直接つながることができ、
価値観を共有する人たちが増えた時期でしたね」
と皓資さんは当時を振り返る。
日本海に面した浜田市は、海と山に囲まれている。
皓資さんは移住してからもしばらくは
浜田市に対する“思い”のようなものはなかったという。
生まれ育った徳島にも自然があったので
多くの移住者が挙げる豊かな自然が身近にあるということや
小さな生活圏内での暮らしやすさなどといったことを
土地の魅力として感じることもなかった。
「思ったよりもコンパクトなまちだな」
という印象を持っていたくらいだった。
移住して5年経った今では知り合いも増え、
まちの印象も変わってきたとか。
妻の実家があったこと、子どもの幼稚園で親同士のつながりができたことで
住みやすい環境が整っていった。
生産者やお客さんを通してのつき合いも広がっている。
「ありふれた言葉かもしれないけど、住みやすくなった理由は、人だと思います」
“住みやすくなる”ということは、
周囲とのいいつき合いが育まれているということだ。
「まちの印象を決めるのは、人ですね」(皓資さん)
「やはり、お店をするにしても子育てするというのも、
協力者が多いところのほうがやりやすいですよね」(誉至子さん)
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子どもにとってのヒーローでありたい、という願いを込め、
皓資さんはオープン当初、店名を〈Fathers my first hero〉と名づけた。
また、おいしい食材を届けてくれる生産者は
自分にとってヒーローである、という尊敬の念を込めている。
何よりも、“親になる”という気持ちが芽生えたとき、
子どもに背中を見せ、誇れる仕事をしたい、それが一番だった。
開放感あふれる気持ちのいい場所が完成し、2年経ったところで
コロナ禍となってしまったが、彼らはお店をリニューアルし、
新しくワインショップを併設、開店。
〈Garden Restaurant Fathers〉と名を改めた。2020年11月のことだ。
「ふたりとも、自然派ワインが大好きなんですよ」と微笑む誉至子さん。
ラインナップは約100種類。
フランス、イタリア、スペイン、オーストラリアのものを取り揃えている。
棚に並べる際、生産者の情報やブドウのことなど、
出合ったワインをより身近に感じてもらえるようなメモを1本ずつ添えている。
「どうせ住むんだったら、いいまちにしたいなという思いは
働き始めた時よりも強くなっているとは思います」
まずは自分や家族が一番。働くのはそのためでもある。
移住してしばらくは「浜田のために」とか
まちを良くしようという意思はなかったという皓資さんも
住んでいることで徐々に芽生えてきたという。
「この丘の環境をレストランのためだけに使うのはもったいないので、
ほかの事業をやっていきたいなと考えています」
今後、宿泊やウエディング、庭を使ったガーデニングに関するワークショップなどを
計画しているという皓資さん。
誉至子さんはこの場所の目的として、こんなことを語った。
「お店に関わってくれる人の生活を豊かにしたいんですよね。
生活圏においしいレストランがあり、
好みのワインが買えて気心の知れた友人たちとおしゃべりができるなら
私も楽しいし、これからはそういうのがいいんじゃないかと」
地元浜田で生まれ育ち、昔からの浜田の姿を知っているからこそ
今、このレストランがここにあることがうれしいという。
移住し、大きな一軒家のレストランをつくったにも関わらず、
ふたりには気負いは感じられない。
皓資さんは趣味の料理とワイン、デザイン、
誉至子さんはイベントを計画するなど、
お互いに特性や趣味を生かす場所をつくることが叶った。
大学の同級生で課題を一緒に取り組んできたことも
夫婦ふたりの一大プロジェクトをスムーズに進行できている背景にある。
何よりも、お子さんの存在や浜田に住む誉至子さんの家族の支えが大きい。
皓資さんは今後も浜田に住み続けるつもりだが、
あえて、ここにずっと住むとは言わない。
これから先、お互いの“いいね”を尊重していけば
きっと家族で助け合ってどこにいても、いい風に吹かれて生きていける、
そう、信じているからだ。
ふたりのあうんの呼吸と信頼関係が周囲に心地よく伝播し、
やわらかな交流の場所を生み出している。
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いいけん、島根県
島根県では、『いいけん、島根県』プロジェクトを実施中。
ふふふっと思わず笑みがこぼれるような、自分のサイズのヨロコビに満ちた生き方。
島根の暮らしを選んだみんなのリアルライフを、『いいけん、島根県』特設ウェブサイトで公開しています。
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