連載
〈 この連載・企画は… 〉
伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:イマデラガク
伝統と歴史に裏打ちされた焼き物として全国的に名が知られている、
石川県を産地とする九谷焼。
幅広いうつわの種類がある一方で、往年の形式に固執してしまったり、
現代では使いにくいデザインになってしまっている側面もある。
そんな九谷焼をいろいろな角度から知ってもらおうと、
2019年に立ち上げられた複合型文化施設が
〈九谷セラミック・ラボラトリー(通称・セラボクタニ)〉である。
この場所は、もともと「花坂陶石」という石から粘土をつくる製土所があった場所で、
建物の老朽化に伴い、〈セラボクタニ〉として生まれ変わった。
それゆえ、現役で製土所としての機能を果たしながらギャラリーや体験工房、
アトリエなどを持ち、九谷焼を多角的に体感できる施設となっている。
セラボクタニの2周年となる今年5月、
新商品開発プロジェクト〈セラボラボ〉が立ち上がり、
第1弾として〈福LUCKY〉と〈ETHNI9(エスニック)〉という
ふたつのブランドが発表された。
「この場所が立ち上がった当時から、オリジナル商品開発の話はありましたが、
2年越しに実現しました。
これまでは窯元や作家さんから商品を預かって販売していましたが、
それに加えてここにしかない商品をつくりたかった」と開発経緯を教えてくれたのは、
セラボクタニを実際に運営している小松市地域おこし協力隊のひとり、緒方康浩さん。
コロナ禍で生み出された「ニューノーマル」を目指す九谷焼は一体、
どんな焼き物になったのだろうか。
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〈福LUCKY〉は、これまでの九谷焼でもよくモチーフにされていた縁起物を
アップデートして、かわいいキャラクターに仕上げたシリーズ。
イラストを担当したのは、石川県かほく市在住の饅頭ベリーマッチさんだ。
「古典的な模様などをいろいろリサーチしてみたら、
これまでは目に入ってこなかった“ひょうたん”が愛くるしく見えてきて。
これを派生させていけば、楽しい縁起物になるんじゃないかと思いました」
と言う饅頭ベリーマッチさん。
犬と散歩していたり、逆立ちしていたり、
ゆるいシルエットのひょうたんが憎めないキャラクターになっている。
普段、キャラクターグッズを多数製作している饅頭さんらしいハッピーなイラストだ。
白で統一し、施されたイラストには
「九谷五彩(赤・黄・紺青・青[緑]・紫の5色の絵の具)」を採用した
カラフルな仕様もある。
「無病息災」や「三拍子」など、
ひょうたんの「ひょう」にかけた饅頭さんのポジティブなメッセージが伝わってくる。
石川県出身の饅頭さんによると
「九谷焼は多くの家庭で玄関や床の間に飾られている」という。
「小さい醤油皿などは、
引き出物や贈答品などで必ず家庭に何セットもあって実際によく使われています。
子どもが使って楽しい九谷焼があったらいいな、とは思っていました」
「古九谷」のような伝統的価値の高いうつわもあるが、
一般ユーザーにとって使い勝手のいい、転写シートなどを用いた小皿など、
九谷焼は石川県民の暮らしに当たり前に浸透している。
「当たり前」には功罪があるだろう。生活に浸透しているのはすばらしいことだが、
逆に自分の使っているものに対して「無自覚」になってしまうというデメリットもある。
「もうすこし、九谷焼を認識するようになってほしい。
昔ながらの柄だけではなくて、さまざまな色や形があります。
私自身、このプロジェクトに関わるようになってから、
これまで知らなかった九谷焼にたくさん出合いました。
単純に、知らないより、知ってよかったと思っています」と、
石川出身の饅頭さんも驚くくらい九谷焼には幅の広さがあるようだ。
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一方で、抑えた色みで高級感のある〈ETHNI9〉もリリース。
こちらは小松市では中華料理が盛ん(塩焼きそば発祥の地)ということから、
ラーメン鉢、八角(チャーハン)皿、餃子皿、タレ皿と、
中華料理用のうつわを4パターン制作した。
デザインしたのは東京在住のデザイナー、黒野真吾さん。
中華料理が大好きだという黒野さんは、小松市に通っている制作期間中、
1日3食、中華料理を食べに行ったという。
そんなところからも影響を受け、高台つきに挑戦した。
「コロナ禍で家で料理する機会が増えたと思います。
そんなとき、本格的な中華料理気分で食卓を盛り上げられたら」と話す黒野さん。
ちなみに家で餃子を焼くときに、フライパンにお皿を逆さまに置いて、
フライパンごとひっくり返す人も多いだろう。
そんなとき、高台がついていると持ちやすい。
「そんな話をすると、窯元の職人さんたちも、いいねと言ってくれました。
つまり、生活で感じている使い勝手のポイントは同じなんです」
伝統のある九谷焼、しかも東京からということで、
緊張してやってきた黒野さんだったが、
実際に顔を合わせてみれば使用方法に求めるものはそう変わらなかった。
それであれば九谷焼でも「いまの暮らしに合うもの」をつくればいいのだと気づいた。
実際の作陶は、〈九谷窯元工業協同組合〉に参画するいくつかの窯元が担当している。
まず黒野さんが図面を描いて、職人に送った。
初めて打ち合わせに行ったときにはもうサンプルができあがっていた。
さすが仕事が早い。
当然、見た目の意匠だけでなく、実際に使用するときの重さ、
バランスなどは職人がしっかり調整する。
そのサンプルをもとに、シルエットを微調整。
そして黒野さんは柄はナシで、ややざらっとした釉薬を用いた。
あまり九谷焼では使われないものだという。
「昔はもう少し室内も暗かったので、派手な柄が良かったのかもしれません。
しかし今はそんなことはない。
見せ方や時代、使われる環境や状況によって変わるということです」
自分が使っているうつわを、産地まではっきり意識して買っている人ばかりではない。
そうしたなか「まずは手に取ってもらいたい」と黒野さん。
「こういう九谷焼もいいね、これも九谷焼なんだよと意識してもらいたい。
そこから、ほかにも絵付けがきれいな九谷焼もあると、
この商品が入り口になることができれば」
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一見、伝統のある九谷焼とは噛み合うことがないように思われる
“キャラクターもの”や“モダンなデザイン”。
そのふたつを組み合わせ、スムーズにプロジェクトを進められたのは、
前述のセラボクタニ=小松市地域おこし協力隊の3人の力が大きい。
あくまで外からの視点を持ちながら、しっかりと産地に入り込み、
窯元や職人たちとクリエイターとの連携をとっていった。
福LUCKYとETHNI9という両極端なブランドにしたのも、戦略ありき。
「九谷焼に対しては、同じ石川県民でもさまざまな意見がありました。
“こうでなければいけない”という人もいれば、
“もっと自由でいい”という人もいて」という緒方さん。
作家性の強いものから、汎用性の高いうつわまで。どれも九谷焼。
特に、産地から一歩外に出てしまうと、
九谷焼のイメージは、派手な絵付けで、ある種の高い骨董品になってしまう。
全国各地の産地と同様のそうした課題を、九谷焼も抱えている。
「かつては問屋さんを中心にしてものづくりをしてきた窯元・職人でしたが、
現在はECの影響もあってそれだけでは立ち行かなくなっています。
自分たちでブランディングしていかなくてはならない時代ですが、
これまでやったことのないことだけに、
なかなかうまくいかない歯がゆい状況だと思います」と語るのは、
セラボクタニ設立当初から参加している
小松市地域おこし協力隊のメンバー、吉田良晴さん。
さらに跡継ぎ不足の問題も加わる。
「技術を持っている職人さんが廃業してしまうと、
その技術はそのまま失われてしまいます。
20代くらいの若い職人は増えてきているのですが、
40代くらいの中間層が抜けています」(吉田さん)
これまで当主であった60〜70代が
自分の子どもたちに跡を継がせたくないという思いがあり、
それに呼応して子どもたちは東京に出るなど、ほかの仕事についてしまっているからだ。
この背景には、自分たちの商品が売れない、地域文化への誇りを持てないなど、
ネガティブな思いを持ってしまっていることがある。
「職人さんたちは、“大したことないよ”なんて言うんですけど、
僕たちから見たらすばらしい技術です。当然、今でも売れるものもたくさんあります。
そういう技法や文化をどうポジティブに転換していくか。
3人でよく“産地の温度を1度あげたい”と話しているんです」(緒方さん)
伝統工芸を継続させていく手段はさまざまあるだろうが、
縛られるのではなく、伝統だからこそ進化していく。
そんな姿勢がセラボクタニから感じられた。
外からの視点を持った地域おこし協力隊たちが、
九谷焼の産地とつくり手、消費者、そして新・旧をつなぎ直していく。
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九谷セラミック・ラボラトリー(セラボクタニ)
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