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前橋〈白井屋ホテル〉で
建築とアートを堪能。
まちづくりの新拠点となる!

Local Action
vol.165

posted:2021.2.19   from:群馬県前橋市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer

Kenji Nakata

中田健司

世界的アーティストが集結し、ローカルの拠点となるホテル

創業300年を超える〈白井屋旅館〉。
1975年にホテル業態に変更したものの、2008年に惜しまれつつ廃館してしまった。
群馬県前橋市民にとっては馴染みのあるこの跡地に、
何ができるのか? どうなるのか?
市民が興味深く見守っていたところ、2020年12月12日、
前橋の地域創生に深く関わってきたアイウエアブランド〈JINS〉の代表、
田中仁さんが引き継ぐかたちで〈白井屋ホテル〉として再生。
コミュニティの拠点となる宿泊業態がまちからひとつ減ることを免れ、
結果として、新しいまちづくりの拠点ができた。
白井屋ホテルと田中さんによる、前橋を盛り上がる挑戦のひとつである。

かつてと同じ宿泊施設ではあるが、その様相は大きく異なる。
国道50号沿いを歩いていると、突然、ホテルのポップな看板が現れる。
ニューヨークの作家、ローレンス・ウィナーさんによるタイポグラフィだ。

無機質な国道沿いのビルの並びのなかに、異質なサイン。(写真提供:木暮伸也)

無機質な国道沿いのビルの並びのなかに、異質なサイン。(写真提供:木暮伸也)

これ以外にも、エントランスからロビー、各部屋にいたるまで、
アートがあふれる空間になっている。
象徴的なのが、ロビーの吹き抜けスペースにあるレアンドロ・エルリッヒさんの作品。
まるで水道の配管のように設置された「ライティング・パイプ」には
LEDライトが仕込まれていて、季節や時間帯によってさまざまな表情を見せてくれる。

さらにアーティストがまるごとプロデュースを手がけた
4部屋のスペシャルルームがかなり豪華だ。

まずひとりめは上述のアルゼンチンの作家、レアンドロ・エルリッヒさん。
ロビーと同様のライティング・パイプが部屋では金属製に変わり、
天井に張り巡らされている。
それほど広くない部屋なのでパイプの密度を高く感じ、「アートを体感」できる部屋だ。

次にイタリアの建築家、ミケーレ・デ・ルッキさん。
本来は外装に用いるような板葺きで部屋の内壁を覆った部屋。
合計2725枚の板からできている。
やわらかな表層を生み出す伝統的な技法から着想され、
日本の雪国の雰囲気もあり、板から漏れ落ちる光がとても美しい。
落ち着いた気分になれそう。

ロンドンのプロダクトデザイナー、ジャスパー・モリソンさんが手がけたのは、
木製の箱に入ったかのような部屋。
床も木なので素足が気持ちいい(ちなみにこの部屋は土足禁止)。
日本らしいヒノキの浴槽も、彼のオリジナルデザインである。
広い部屋にポンとベッドが置いてあり、
空間の余白を生かしたミニマルなつくりになっている。

最後にホテルの全体設計を担当している建築家の藤本壮介さんの部屋だ。
LEDライトに照らされた植物により、
前橋のまちづくりコンセプトである「めぶく。」が表現されている。
絨毯は、壁や天井などの打ちっ放しのコンクリートを模した柄で、
藤本壮介さんのオリジナルデザイン。
これは館内のほかの客室にも一部採用されている。

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すべてのアートを制覇するには何泊かかるのか?

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1度や2度の宿泊では間に合わないアート三昧ホテル

〈白井屋ホテル〉は元旅館スペースを改築した「ヘリテージタワー」と、
隣接エリアに新築された「グリーンタワー」があり、
趣は異なるがどちらも藤本壮介さんによる建築だ。

グリーンタワーを上部から。秋にはとんぼも飛ぶという。(写真提供:木暮伸也)

グリーンタワーを上部から。秋にはとんぼも飛ぶという。(写真提供:木暮伸也)

ヘリテージタワーは、最上階まで大きく吹き抜けにし、
客室数を大幅に減らし、17室へダウンサイズさせた贅沢なつくり。
グリーンタワーは裏にある小さな馬場川の「土手」というイメージで、
コンクリートの上に発砲スチロールを重ね、さらにクヌギの皮を堆肥にして芝生を育てた。
今ではいろいろな種子も飛んできて、さまざまな植物が育っている。
それを抜くことはせずにそのまま生育させている。
これも「めぶく。」に呼応したものになっている。

ほかにもホテルがまるで美術館状態である。
名前だけ羅列するとリアム・ギリックさん、ライアン・ガンダーさん、白川昌生さん、
武田鉄平さん、宮島達男さん、杉本博司さん、安東陽子さんなどの作品を
館内で見ることができる。

たとえホテルに泊まらなくても、
1階のラウンジでお茶したり、レストランで食事をすれば館内のアート鑑賞が可能だ。

グリーンタワー頂上にある小屋の外壁に設置された宮島達男さんのデジタルカウンターの作品は、自由に鑑賞可能。小屋内部にある作品は宿泊者のみ鑑賞できる。

グリーンタワー頂上にある小屋の外壁に設置された宮島達男さんのデジタルカウンターの作品は、自由に鑑賞可能。小屋内部にある作品は宿泊者のみ鑑賞できる。

さらにすべての部屋にアート作品があり、小野田賢三さん、廣瀬智央さん、
鈴木ヒラクさん、竹村京さん、鬼頭健吾さんなどの作品がある。
これらの部屋は指定ができないので、どの作家の部屋にあたるかは当日のお楽しみ。
何度もリピートして、コンプリートしてみたいものだ。

エントランス脇にあるリアム・ギリックさんの作品。

エントランス脇にあるリアム・ギリックさんの作品。

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田中社長が前橋のまちづくりを考え始めたきっかけとは?

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JINSではできない、ホテルづくりからまちづくりへ

なぜ、建築やアートにこだわったのか? そして地域にどう根ざしていくのか?
その答えは、このホテルをつくったJINSの田中仁社長にある。

〈JINS〉の田中仁社長。エルリッヒさんの作品をバックに。

〈JINS〉の田中仁社長。エルリッヒさんの作品をバックに。

田中さんは前橋出身。JINSを立ち上げ、40歳頃までは前橋を拠点にしていた。

「当時は自分の事業に一生懸命で、地域のことを考える余裕はありませんでした。
しかも会社が成長するにしたがって、
どんどん気持ちが東京に向いていきました」と語る田中さん。

地域のことを考える気づきを与えてくれたのは、世界の起業家だった。

「2011年に〈アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー〉という起業家の世界大会に
日本代表として参加しました。
現地で交流するなかで、個人的な社会貢献をしている起業家が多くいることを知りました。
一方で自分は何もやっていない。
そこで自分でも地域活動を起こしてみようと思い、立ち上げたのが
〈群馬イノベーションアワード〉と〈群馬イノベーションスクール〉です」

田中さんは、地域には優秀な人もお金持ちもいるが、
自分で動くプレイヤーが少ないと感じていた。それがアワードやスクールにつながる。
曰く「起業家が生まれる土地には元気がある」。

最後の最後までこだわったというラウンジのソファにて。ほかにもかなり細かい設備まで田中さんが選んでいる。

最後の最後までこだわったというラウンジのソファにて。ほかにもかなり細かい設備まで田中さんが選んでいる。

この当時、県庁所在地がある都市で前橋の地価が最下位であったり、
前橋の商店街が「シャッター通り商店街」の代表例として教科書に載ったり
というようなことを目の当たりにしていた。
しかしこうした活動を通して地域を見つめたことで、
まちで奮闘する若手やフリーランスが活動している現状も知り、
交流が生まれるようになっていった。

アワードやスクールは「人を見つける・育てる」ことが主目的だが、
田中さん自身が直接まちづくりに参画するようになるきっかけはこのホテルだった。

あるとき、廃業した白井屋旅館跡地がこのままだとどうなるかわからないと感じた
〈一般社団法人 前橋まちなかエージェンシー〉の橋本薫さんから、
「このホテルをどうにかしてほしい」という相談を受けた。
実は同時期に、橋本さん以外からもホテル再生の話をもらっていたという。

「まちの若者たちの熱意に心を動かされ、ホテルを購入することになってしまった」と
当時を振り返る田中さん。
もちろんホテル業の経験がない田中さんは、
ホテルのコンサルや運営会社などに相談を持ちかけるが、答えはすべてNO。

「そのとき、“ホテルが人を呼ぶわけではない。
人がいるところにホテルを建てるべきだ”と言われたことが印象に残っています。
たしかに前橋にビジネスホテル以外のものを建てるのは、集客面を考えるとリスクが高い。
それであれば、人を呼べるホテルをつくればいいと思ったんです」

ないならつくる、自分の手で。とても起業家精神にあふれた回答だ。

ロビーにある武田鉄平さんの作品。

ロビーにある武田鉄平さんの作品。

まずは「自分が泊まりたいホテル」というのが基本。
建築が好きだった田中さんは、全体設計を建築家の藤本壮介さんにお願いすることにした。
さらにはJINSの仕事で交流のあったジャスパー・モリソンさんや
ミケーレ・デ・ルッキさん、レアンドロ・エルリッヒさんなども、
コンセプトに賛同して応援してくれることになった。

「藤本さんを中心にして、みんなでつくりあげたという感覚があります」

ホテル経営の経験がないからこそ、
そして地元・前橋に貢献したいという思いがあるからこそ、
みんなで応援し、意見し、作品を提供する。
その結果、みんなの思いがたくさん詰めこまれた共作になっていったのだろう。

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田中さんの「本気」に、周囲が動く!

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私財を投げ打つ覚悟を

この白井屋ホテルは、田中さん個人から資金が拠出されている。
私財を投げ打ってまで、このホテルを手がけた理由もまた、ローカルへの思いがあった。

「儲けようと思ったらできません。お金は返ってこないつもりでやっています。
JINSは上場企業なので、こんなことはできない。
でも、東京で大豪邸に住むより、ローカルにお金を入れたほうがおもしろい。
半分は苦しいですけど、楽しんでやっています」

難しいことに挑んでいく姿が、やはり起業家らしい。
結果を出すためには中途半端ではダメ。
特にローカルにおいては私財を投げ打つ覚悟でないと、周囲が信用してくれない。

こうして田中さんが本気で取り組んでいることを知り、
前橋市や商工会議所なども協力してくれるようになった。
白井屋ホテルをきっかけにして、
みんなのまちへの思いがだんだんとひとつになっていったのだ。

ほとんどの群馬県民が覚えているという「上毛かるた」が必ず各部屋に置いてある。

ほとんどの群馬県民が覚えているという「上毛かるた」が必ず各部屋に置いてある。

「儲ける気はない」と言いつつも、それでは継続性がなくなってしまう。
田中さんは「つくりっぱなしではなく、アイデアや工夫をもって繁盛させたい」とも言う。
当然、継続性がないとホテルは潰れてしまうし、同じことの繰り返しになってしまう。

「通常は回収の計画があって投資金額が決まるのですが、ここはそうではない。
そんなことができるのかどうか、それもチャレンジですね」

捨てるのではなく、「捨てる気でやる」ということだろう。

ホテルと同時に動き始めていたまちづくり

白井屋ホテルは、構想を含め、開業までに6年間を要している。
ホテル業に対して門外漢であったこと、途中で隣接する土地も買収できたこと、
多くのクリエイターが関わっていることなど、複数の要因がからみあい時間がかかった。

白井屋ホテル自体には時間がかかってしまったが、
その間、ホテルやまちづくりのビジョンに共感する仲間たちが増えた。
そんな彼らが、田中さんが地域社会の発展のために創設した
田中仁財団などから支援を受けるかたちで、
周辺に新しいお店や施設が続々オープンしている。

前橋中央通り商店街でにぎわいを見せる。

前橋中央通り商店街でにぎわいを見せる。

例えばホテルから徒歩1分の前橋中央通り商店街の一角に並んでいる3店舗。
「前橋デザインプロジェクト」の一環で、
レンガなどの共通した素材がデザインに用いられている。

〈GRASSA(グラッサ)〉はポートランド仕込みの
“ハンドクラフトパスタ(手づくり生パスタ)”店。店舗設計は中村竜治さん。
〈なか又〉はデザイン事務所が手がける和菓子店で、店舗設計は長坂常さん。
〈つじ半〉は東京・日本橋にある海鮮丼のお店。店舗設計は高濱史子さんだ。
いずれも注目の建築家が手がけている。

GRASSAの「群馬の苺と黒トリュフのクリームチーズソース」(1400円・税別)

GRASSAの「群馬の苺と黒トリュフのクリームチーズソース」(1400円・税別)

なか又の「ふわふわわぬき」(右)いちご(450円・税別)/(左)あんクリーム(290円・税別)

なか又の「ふわふわわぬき」(右)いちご(450円・税別)/(左)あんクリーム(290円・税別)

つじ半のせいたく丼(竹)(1500円・税込)

つじ半のせいたく丼(竹)(1500円・税込)

これら店舗も建築やデザインにこだわり、
前橋の「個性」を「まちなか」から生みだすように心がけている。

前橋のまちづくりは、ホテルと並行して、むしろ先んじて動き始めていた。

3店舗は裏手に広場スペースを共有することで導線をつくり、人の集まりを生みだそうとしている。

3店舗は裏手に広場スペースを共有することで導線をつくり、人の集まりを生みだそうとしている。

白井屋ホテルの2軒隣にある和風住宅が、
谷尻誠さんのリノベーションによりJINSのサテライトオフィスになる予定もあるという。

「関わってくれる人も増えると思いますし、
あと5年もすると、まちは結構変わってくると思います」

白井屋ホテルからムーブメントが波及して、
目的地となるまちに変貌する日は近いかもしれない。
白井屋ホテルは、前橋が盛り上がるというチャレンジ、
そのきっかけであり、象徴ともいえるのだ。

information

map

SHIROIYA HOTEL 
白井屋ホテル

住所:群馬県前橋市本町2-2-15

TEL:027-231-4618

1泊料金:25,000円から

Web:白井屋ホテル

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