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〈きときと果樹園〉田中友和さん
大好きだった観光農園を受け継ぎ、
20品種以上のぶどう狩りを実現

新しい働き方がつなげる、やまぐち暮らし
vol.011

posted:2021.3.9   from:山口県周南市  genre:暮らしと移住 / 食・グルメ

PR 山口県

〈 この連載・企画は… 〉  山口県で思い出すものといえば、錦帯橋、松下村塾、ふぐ、秋吉台など。自然や文化遺産、
おいしい食まで、さまざまな魅力が揃っています。そんな山口県には、移住して、新しい働き方を実践している人たちがいます。
「UJIターン」し、仕事と働き方に新しい価値を見いだしている人たちは、みんなワイワイと楽しそう。
仕事がかたちづくる、山口県での生き方と暮らしをうかがいます。

writer profile

Yuriko Tateno

立野由利子

たての・ゆりこ●福岡の制作会社に勤める傍ら、フリーランスのライターとして活動中。取材記事からパンフレットまで幅広く執筆。アイドル、ZARD、給水塔を愛する95年生まれのみずがめ座。

photographer profile

Yousuke Yamamoto

山本陽介

やまもと・ようすけ●山本写真機店店主。まちの写真屋としての撮影業務に加え、プロアマ問わず全国からフィルムスキャニングの依頼を受けるラボマンとして活躍中。
http://yamamotocamera.jp/

周南市の中心部から車で40分ほど走ったところに、
15の農家が集まってできた〈須金フルーツランド〉がある。
標高200メートルの盆地に果樹園が広がり、
50年ほど前から梨、ぶどうの産地として知られ、
毎年秋には、フルーツ狩りに訪れる多くの人で賑わう。

その入り口から3キロほど奥に進んだところに、
須金フルーツランドに所属する農園のひとつ〈きときと果樹園〉が見えてくる。
田中友和さん、和歌子さん夫妻が20種類ほどのぶどうを育てている果樹園だ。

ふたりとも、もともと果樹栽培はまったくの未経験。
先代から農園を承継するために、一家そろって須金に引っ越し、
2017年12月にきときと果樹園をオープンした。

「ずっと農業をやりたかったから承継を決意した」と話す友和さんだが、
その道のりは決して平坦ではなかった。
「辞めたいと思ったこともある」というが、やり遂げられたのはなぜなのだろうか。

須金の中でも奥まった場所にあるため果樹園の入り口を示す看板をつくった。必要なものはできる限り自分たちの手でつくっている。

須金の中でも奥まった場所にあるため果樹園の入り口を示す看板をつくった。必要なものはできる限り自分たちの手でつくっている。

山の中に広がる1.2ヘクタールのぶどう園

きときと果樹園のある須金は、山と川に囲まれ、昼夜の寒暖差が大きい地区。
果樹の栽培に適した環境で、ぶどうは日の光を多く浴びながら育てられる。

桜が咲く時期のきときと果樹園。1.2ヘクタールのぶどう園のすぐ後ろに山がある、のどかな土地だ。(写真提供:きときと果樹園)

桜が咲く時期のきときと果樹園。1.2ヘクタールのぶどう園のすぐ後ろに山がある、のどかな土地だ。(写真提供:きときと果樹園)

取材で訪れた1月は収穫期を終えたオフシーズン。
それでも、田中さん夫妻は忙しく働いていた。この日行っていたのは、ぶどうの木の剪定。
樹形を整えることは、作業の効率を高めるうえで欠かせない作業だそう。

慣れた手つきで枝を剪定していく友和さんと和歌子さん。自分の背よりも高い枝を切ることもある、なかなか大変な作業だ。

慣れた手つきで枝を剪定していく友和さんと和歌子さん。自分の背よりも高い枝を切ることもある、なかなか大変な作業だ。

ほかにも、古くなったぶどう棚の修理やぶどう狩りの時期に
お客さんを迎え入れるスペースの整備もこの時期の仕事だ。

一年中ほぼ休みなく働きながら、3人の子どもの子育ても行っている田中さん夫妻。
それでも、いまの生活は充実していて、移住にまったく後悔はないという。
その根底には、「ずっとやりたかった農業をできている」という田中さんの思いがあった。

県庁マンとして農家をサポートする日々

須金に移住する前、友和さんは福岡県庁に勤める農業系の技師だった。
大学では農学を専攻し、就職のタイミングで農家になることも考えていたが、
技師の採用試験に合格したためそちらに進んだ。
以降は、農道の整備やため池づくりなど農家をサポートする仕事を15年ほど続けてきた。

他県に単身赴任していた和歌子さんが山口に転勤になったのをきっかけに、
山口県の中央に位置していた小郡町(おごおりちょう。現在は山口市)に引っ越した。
その頃から、休日は和歌子さんや子どもと山口県内の観光農園によく出かけるようになる。

観光農園で目にしたのは、自分の手で果物をもいでおいしそうにほおばる子どもの表情や、
そんなお客さんを見てよろこぶ園主たちの姿。

早生のブラックビート。(写真提供:きときと果樹園)

早生のブラックビート。(写真提供:きときと果樹園)

「いいなあ、自分もやっぱり農業をやりたいなという気持ちが強くなっていきました。
特に、観光農園はお客さんと直接話せることが魅力的でしたね」

そう思っていた友和さんに、ある日大きな転機が訪れた。

剪定した枝は一輪車に乗せて運んでいる。枝の向きを揃えているところに和歌子さんの丁寧な姿勢がうかがえる。

剪定した枝は一輪車に乗せて運んでいる。枝の向きを揃えているところに和歌子さんの丁寧な姿勢がうかがえる。

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念願の果樹園承継は困難ばかり……

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待ちに待った農家への道のりが開けた瞬間

「須金のぶどう園が後継者を探している」

2015年の夏に、友和さんが農業会議所のホームページで見つけたのはそんな募集だった。
県庁マンとして働きながら、ときどき事業承継希望者のリストをチェックしていた友和さん。
なかなか自分の思う条件に合わない募集が多かったが、
須金の募集は見つけたとたんに「ここでやりたい」と思えた。

最近では、家族や従業員ではなく、赤の他人が事業を受け継ぐ
「事業承継」が注目されている。
地域にとっては馴染みのある事業が継続することになり、
受け継ぐ人にとってもあらたに開業するよりベースができている分、
参入がしやすいというメリットがある。

建物をリノベーションして使ったり、
不要なものを新しいものとして価値をつける
アップサイクルなどの文化と共鳴するようなものだ。
なによりも、せっかくのいいものを失うことなく、
受け継ぐ人による新しい価値創造もできる。
しかしもともと知らない人同士。
コミュニケーション不足などでうまくいかないケースも多いというが、
田中さんはそれを乗り越えて実現させたのだ。

「実は、前の年に家族で須金の別の観光農園に遊びに行っていたんです。
そこの園主の方が楽しく働いていた印象があり、
農園としてもきちんとおいしいぶどうを育てているすてきなところでした」

ぶどう、梨園が集まっている須金エリアには好印象を持っており、
すでに就農で移住していた同世代の人がいると聞いていたことも
精神面で大きな後押しになった。

とはいえ、和歌子さんはすぐに頷いてくれなかった。
農業は経験がないうえに、収入も公務員と比べるとずっと不安定。
もちろん和歌子さんも仕事を辞めてぶどう園に従事する必要がある。
これから大きくなっていく子ども3人を育てられるのかが、大きな懸念点になっていた。

きときと果樹園のそばを流れる錦川。

きときと果樹園のそばを流れる錦川。

妻としての反対理由はごもっとも。だけど、このチャンスを逃したくない。
友和さんは、農家の収益がわかる統計資料や先代の確定申告書の数字をもとに説得。
結婚当初から「いずれは農業をやりたい」と言い続けていた友和さんの熱意が伝わり、
和歌子さんの承諾を得ることができた。

2015年の夏から翌年の春先まで10回ほどボランティアとしてぶどうの栽培や収穫、
園の整備を経験したのち、2016年の春から一家揃って須金に移住。
ぶどう園の承継者としての研修が始まった。

剪定は枝が傷まないように丁寧に行う。

剪定は枝が傷まないように丁寧に行う。

投げ出しそうになった心を留めた家族への想い

40年以上自分でぶどう園を切り盛りしてきた園主は、田中さん夫妻にやさしく接してくれた。
ただ、仕事については職人気質で厳しかった。
男性はなるべく力仕事をやる、という方針もあったのか、
数か月間延々と農園の草刈りをやったことも。
研修中の賃金は決して高いとはいえず、覚悟していたとはいえ不安も感じた。
研修中に辞めたいと思ったことは、何度もあるという。
就農することが、頭で思っていたよりも実際はずっと大変であることを、
肌で感じたのだろう。

「園主とは年齢も離れているし、経験もまったく違う。
意思疎通が難しいと感じることもありましたが、
『絶対にこちらからはコミュニケーションを諦めない』という気持ちで接していました。
辞めたいと思ったときに踏み止まれたのは、家族がいたから。
妻も仕事を辞めて、子どもも通い慣れた学校を離れて、須金に移住してくれた。
僕のわがままで引っ越しや転職を重ねることはよくないのではないかと感じていました」

栽培技術などを学んだ時間は本当に楽しかったという友和さん。自分がやりたいことをやるための苦労はいとわない度量を持つ人物だ。

栽培技術などを学んだ時間は本当に楽しかったという友和さん。自分がやりたいことをやるための苦労はいとわない度量を持つ人物だ。

違う道を歩んできた人が引き継ぐのが事業承継の難しさ。
コミュニケーション不足などでうまくいかないケースも多い。
だが、何がなんでもここで踏ん張る。
気持ちを強く持ち直した友和さんは、辛いこともポジティブに捉えるように心がけた。
例えば市場への配達は自腹を切って行っていたが、
配達先の人と知り合うきっかけになると前向きにとらえた。
実際に、引き継いでからのやり取りが非常にスムーズだったという。

先代のつくるぶどうは品質が良く、ぶどう狩りの常連ができるほど。
それはひとえに丁寧な作業に裏打ちされている。
例えば粒を間引く摘粒(てきりゅう)。
もっとも時間がかかる繊細な作業で、ぶどうの全形が決まってしまう。
ほかには発芽、開花前の花穂整形、種抜き、袋かけ、
成長に合わせて適期を逃さない作業管理など、
栽培に必要なことをすべて教えてもらった。

毎日土を踏みしめながら働いているが、長靴も作業着も常にきれいにすることを心がけている。

毎日土を踏みしめながら働いているが、長靴も作業着も常にきれいにすることを心がけている。

大変に思うことも視点を変えてみると、良い面が見えてくる。
それを実行できるからこそ、
友和さんは就農へ向かう苦労にもへこたれることがなかったのだろう。
こうして、1年7か月の研修を無事に終えることができた。

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きときとってどんな意味?

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「きときと」に果樹や土地への願いと愛情を込めた

研修を終えた田中さん夫妻は、2017年12月にきときと果樹園をオープン。
きときと、という語には3つの意味が含まれている。

ひとつ目は、山登りで富山を訪れたときに知った「新鮮」という意味の方言「きときと」。
ふたつ目は、果樹園が山の中、つまり「木と木の間」にあること。
3つ目は、果樹園がある朴(ほおのき)地区の、
朴の字を左右に分けると「木ト」と読めること。

果樹園や果物にまつわる思いを込めて名づけた果樹園には、
先代の頃から毎年やってくるお客さんや、メディアで田中さんのことを知った人も訪れる。

ぶどう狩りシーズンのきときと果樹園。つやのある大きな粒が房になっている光景は、田中さん夫妻にとって1年間の作業が報われるものでもある。(写真提供:きときと果樹園)

ぶどう狩りシーズンのきときと果樹園。つやのある大きな粒が房になっている光景は、田中さん夫妻にとって1年間の作業が報われるものでもある。(写真提供:きときと果樹園)

「収穫期は、畑仕事に加えて、市場やオンラインで販売するぶどうの出荷作業、
観光案内などもあり、忙しい。日の出から夜遅くまで働いています。
それでもお客さんの顔を直接見たくて観光農園を引き継いだので、
やりがいを感じられる楽しい時期。
前と変わらずおいしいね、と言ってもらえるのが一番うれしいですね。
品質にこだわり、お客さんに忠実な先代だったので」

農園横の作業所に泊まり込むこともある収穫期は、友和さんが農園の仕事を多めに、
和歌子さんが家庭のことを重点的にという配分で、農業と子育てを分担している。

日の光が差し込む1月中旬のぶどう畑。取材日の数日前には、畑の水の流れを良くするちょっとした工事を自力で行ったという。

日の光が差し込む1月中旬のぶどう畑。取材日の数日前には、畑の水の流れを良くするちょっとした工事を自力で行ったという。

名前も知らないぶどうを食べてほしいから

先代から引き継いだぶどうの品質や、販売価格は変えない一方で、
新品種の栽培には積極的に取り組んでいる。

「ぶどうは世界でも品種が多い果物のひとつ。
毎年、多くの新品種が生まれています。育つのも早い。
果樹園に遊びに来た人がたくさんの種類のぶどうを食べ比べられるようにしたいんです」

きときと果樹園で栽培されているぶどう、サニールージュ。ルビーのような赤い実と、強い甘みが特徴。実と皮がするっと離れるので、子どもでも食べやすい。(写真提供:きときと果樹園)

きときと果樹園で栽培されているぶどう、サニールージュ。ルビーのような赤い実と、強い甘みが特徴。実と皮がするっと離れるので、子どもでも食べやすい。(写真提供:きときと果樹園)

現在は、20種類ほどを栽培している。
育てやすさは品種によってそれぞれだが、
生じた問題を克服していくのも農業の楽しさだと、笑顔で言い切る。
農園ごと引き継いでいるので、
研修中に農園の地形やクセを学びながら2回の収穫シーズンを経験できたのが
なにより大きなアドバンテージとなっている。

シャインマスカットやデラウェアなど、人気の品種も栽培している。

シャインマスカットやデラウェアなど、人気の品種も栽培している。

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移住者に対する須金の反応は?

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家族とともに須金で農園を営んでいきたい

ぶどうの粒をイメージしたきときと果樹園のロゴマーク。素朴なイラストと文字が、田中さんご夫妻の人柄とも重なる。

ぶどうの粒をイメージしたきときと果樹園のロゴマーク。素朴なイラストと文字が、田中さんご夫妻の人柄とも重なる。

きときと果樹園は4年目に入り、須金での生活にもずいぶん慣れた。

「須金は移住者に対してウェルカムな土地です。
寄り合いなどでも、若い世代だから、移住者だからという理由で、
意見をはねのけることもない。むしろ、よく耳を傾けてもらっています」

同じようにぶどうの栽培を行っている同世代の仲間たちとは、
公私を問わずいろんな話ができる。
同年代が少ない須金にとまどっていた子どもは、
学校行事で堂々とスピーチができるまでに成長した。
家族5人、須金で生きてきたことで、それぞれが得られた糧があった。

田中さん夫妻と自然豊かな須金でのびのびと育っている子どもたち。家族がいるから、慣れない須金での暮らしや研修中の生活も踏ん張りながら続けてこられた。(写真提供:きときと果樹園)

田中さん夫妻と自然豊かな須金でのびのびと育っている子どもたち。家族がいるから、慣れない須金での暮らしや研修中の生活も踏ん張りながら続けてこられた。(写真提供:きときと果樹園)

ぶどうの栽培も観光農園のあり方としても、まだまだやれることはたくさんある。

「ぶどう狩りに来た人や、市場やオンラインで購入した人が
『またあそこのぶどうが食べたい』と思ってくれるように、
ぶどうの栽培は決して手を抜かず、新品種にも積極的に挑戦したい。
農園の整備も引き続き行っていきます」

安定した地位を捨てて農業という未経験の世界に飛び込んだ数年前。
もちろん、困難に直面することもあったが、夢を諦めず、
いつも前向きに物事に向き合ってきたからこそ、今の幸せな毎日がある。
このまま未来に向かって歩み続けた先に、
きときと果樹園の新しい可能性が、さらに大きく広がっているはずだ。

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きときと果樹園

住所:山口県周南市須金3301

TEL:0834-86-2610

開園時期:8月25日〜10月中旬(ぶどうがなくなり次第終了)

営業時間:9:00〜17:00(シーズン中のみ開園)

料金:入園無料。もぎとったぶどうは量り売り1188〜2160円/キロ

Web:きときと果樹園

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