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お手本としている神山町。
小さなまちから学んだ地域のあり方を
鹿児島県・川辺に生かす

坂口修一郎の「文化の地産地消を目指して」
vol.011

posted:2021.2.24   from:徳島県名西郡神山町  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  音楽家である坂口修一郎さんは、フェスの運営やコミュニティづくりのために、
東京と鹿児島、さらには日本のローカルを移動し続けています。
坂口さんが体現している新しい働き方やまちづくりを綴ってもらいました。

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Shuichiro Sakaguchi

坂口修一郎

さかぐち・しゅういちろう●BAGN Inc.代表/一般社団法人リバーバンク代表理事
音楽家/プロデューサー。1971年鹿児島生まれ。93年より無国籍楽団〈ダブルフェイマス〉のメンバーとして音楽活動を続ける。2010年から野外イベント〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉を主宰。企画/ディレクションカンパニー〈BAGN Inc.(BE A GOOD NEIGHBOR)〉を設立。東京と鹿児島を拠点に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら多くのプレイスメイキングを行っている。2018年、鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクト〈一般社団法人リバーバンク〉の代表理事に就任。

鹿児島県・川辺と徳島県・神山の共通点

今回はこれまでの連載「文化の地産地消を目指して」で
ずっと書いてきた鹿児島県南九州市川辺町から少し離れて、
僕らがシンパシーを感じるもうひとつのローカルについて書いてみたいと思います。

ミュージシャンとして活動していると、
いろんなまちに演奏に出かける機会があります。
長年そういう暮らしをしていると、1度だけじゃなく何度も訪れるまちが出てくる。
何度も手招きされて訪れているうちに友人も増え、
そのうちふらっと訪れても顔見知りにばったり会って
「おかえり」なんていわれるようになる。そんな気の合うまちというのができてきます。
そうやって地域と人は精神的な距離を縮め、
物理的な距離のハードルが低くなり関係人口化していくのだと思います。
関係人口はまず「歓迎人口」から。

そのなかで僕らがベースにしている鹿児島の川辺町と同じくらいの規模感で、
なにかと気になってお手本としているのが徳島県の神山町です。
このふたつの小さなまちにはいくつかの共通点があります。

まず、近隣の中心市街地から車でだいたい40〜50分の位置にあること。
中山間地域で豊かな里山はあるものの、特別目立った観光資源があるわけではないこと。
古くから農業と林業で成り立ってきたということ。
それぞれ過疎化と少子高齢化に悩む地域であるということ、などなどです。

山あいの神山の風景。

山あいの神山の風景。

こうした地域課題は全国どこでも見られるものではありますが、
特に神山町はその課題解決の先進地として有名なので、
地域の課題に関心のある人にとってはよく知られたまちでもあります。

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刺激的なことは東京にしかないのか?

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神山に興味を持つきっかけ

そもそも僕が神山町に興味を持ったきっかけは、
〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉というフェスを鹿児島で始めて数年経った頃、
周りの親しい人たちの間で神山がすごい、とざわざわし始めたことにありました。
特に目立ったイベントがあるわけでもなさそうでしたが、
その後、東京にいた友人たちが次々と吸い込まれるように移住していく。
それで徳島のほかのまちに住む友人に
神山というまちが気になるのだけど何があるのかと尋ねてみても、
「あんなところに何があるのか?」と首をかしげるばかり。

神山では、まちのあちこちでアート作品が突然現れる。これはベノワ・マーブリーの「カラオケ鳥居」というアート作品。ブルートゥース接続することで、実際に音楽を流すことができる。現在は倒壊し、復旧準備中。

神山では、まちのあちこちでアート作品が突然現れる。これはベノワ・マーブリーの「カラオケ鳥居」というアート作品。ブルートゥース接続することで、実際に音楽を流すことができる。現在は倒壊し、復旧準備中

地域外に噂や情報が届いているけど近隣のエリアにはまったく響いていないというのは、
僕らのグッドネイバーズ・ジャンボリーも同じだし、
ほかの地域でも同じような話はよく聞きます。
往々にしてそういうところのほうがおもしろいことになっている。

神山の情報発信拠点〈神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス〉。

神山の情報発信拠点〈神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス〉。

これはおもしろいことや新しいこと、刺激的なことは「都会にしかない」、
もしくは常に「都会から発信される」と思い込んでいる僕らのマインドセットが生む、
情報のギャップです。
発信しているもののエッジが立っていればいるほど、光が強ければ強いほど、
足元は暗くなり、あるはずの情報をスルーしてしまう。

地元の素材を生かしたクラフトビールの醸造所。

地元の素材を生かしたクラフトビールの醸造所。

当時は神山のまちづくりについて書かれた書籍もあまりなく、
イン神山〉というウェブサイトがあるくらいでした。
ただこのサイトがよくできていて、
情報サイトなのに情報が多すぎず、シンプルなつくりなのがまた想像力をかきたてる。
心地良い風が吹いてくる感じというか、いい匂いみたいなものを感じていました。

このサイトをディレクションしたのがプランニングディレクターであり
「働き方研究家」と名乗っていた西村佳哲さんだということもわかって、
これはなんとしても一度足を運んでみないと、と思ったのでした。

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夜道を歩きながら、一方的に話を聞いてもらった

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西村佳哲さんとの出会い

僕がグッドネイバーズ・ジャンボリーを始める前、
ぼんやりと自分の故郷で何かできないかと考えてはいましたが、
東京で音楽にまつわることを仕事にしていた自分に、
鹿児島から「発注」されるような仕事はほとんどない。
自分で始められることといっても、
すでにその地域にある仕事に割り込んでしまうと、椅子取りゲームになってしまう。
ただでさえ少ない地域の誰かの居場所を奪ってしまうことにもなりかねない。

だったらその場所にない仕事を自分でつくるしかない。
自分の居場所は自分でつくらなければ故郷に戻るところはないと思って
グッドネイバーズ・ジャンボリーを始めたのは、
西村さんの『自分の仕事をつくる』という本を読んだことがきっかけのひとつ。
だからいつか会ってみたいと思っていました。

西村佳哲さんの著作『自分の仕事をつくる』。

西村佳哲さんの著作『自分の仕事をつくる』。

西村さんに最初に会ったのは10年以上前。僕が東京と鹿児島の2拠点暮らしを始めた頃です。
当時〈シブヤ大学〉の鹿児島ローカル版である〈サクラ島大学〉という団体を立ち上げた
デザイナーの久保雄太君が、鹿児島で主催したイベントで西村さんを呼んで、
そこで出会いました。

僕が所属する会社〈BAGN Inc.〉メンバーと西村さんのワークショップ。

僕が所属する会社〈BAGN Inc.〉メンバーと西村さんのワークショップ。

西村さんは東京の出身ですが、鹿児島にもルーツがあったということで
鹿児島に少なからずシンパシーがあったのだろうと思うし、
その頃は東日本大震災の後でいろいろな人が地方に移動していた時期でもありました。
その後西村さんは、神山に家族で移住することになります。
それからもグッドネイバーズ・ジャンボリーにふらっと遊びに来てくれたり、
逆に西村さんが主宰するイベントに参加させてもらったり、
一緒にあちこち旅をしたりという関係が続いています。

昨年行われたオンラインでのトークイベント。

会いたいと思っている人が向こうからやってきてくれるのは、
鹿児島くらいの規模のまちだとしょっちゅう起こります。
東京では人が多すぎて近くにいてもしっかりアポを取らないと
なかなか会いたい人にも会えませんが、
60万人以下のまちだとセレンディピティが起きやすい。

それから数年。僕が〈リバーバンク〉を立ち上げるときにも、
神山まで行って西村さんに話を聞いてもらいました。

神山のまちを歩く。

神山のまちを歩く。

特に具体的なことを話したわけではないのですが、
まちで唯一の遅くまでやっているレストランから泊まっていた宿まで、
月明かりのなかをとぼとぼ30分くらい歩きながら一方的に僕の話を聞いてもらいました。
答えは特になし。
でもなぜか僕はすっきりした気分で鹿児島に帰り、
リバーバンクを立ち上げることを決めました。
西村さんと話すときはだいたいいつもそんな感じ。
西村さんがいろいろと質問をしてくれて
僕はそれに一生懸命答えているうちに不思議と自分の頭のなかが整理されてくる。

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芋づる式に友人が増える場所

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どんどん人とつながっていく神山

最初に訪れたときは、
神山を一躍有名にしたサテライトオフィスの〈えんがわオフィス〉で食事会が開かれていて、
招かれてもいないのにせっかく来たから食べていけばということで参加することに。

神山のへそともいえるえんがわオフィス。

神山のへそともいえるえんがわオフィス。

そこで出会ったのが神山をいまのような開かれたまちにした第一人者である
NPO法人グリーンバレー〉の大南信也さんでした。
どこのだれかもよくわからない僕を気さくに受け入れてくれ、
すぐにいろいろな人を紹介してくれました。
東京や大阪から移住してきた人や、
日本全国のあちこちの地域で活動している人などが自然とそこに集まって賑わっていました。

みんないろいろな切り口で興味を持って神山に集まってきていたと思います。

そのなかには僕が所属している〈ダブルフェイマス〉というバンドのメンバーで、
長野県の小谷村で古民家を改築して〈十三月〉というカフェを営んでいる高木二郎くんと、
同じ地域で親しく活動しているという人もいたりして、
まさに類友というしかない心地よい世界の狭さがありました。
それから四国方面に出かける用事があるたびに、
なんだかんだと口実をつくっては神山に足を運び、芋づる式に友人が増えています。

〈神山フードハブ〉のメンバーが”地産地食”をテーマに参加してくれた鹿児島のグッドネイバーズ・ジャンボリー。

〈神山フードハブ〉のメンバーが”地産地食”をテーマに参加してくれた鹿児島のグッドネイバーズ・ジャンボリー。

その数年後には、やはり東京で知り合った友人の真鍋太一くんが神山に移住し
神山フードハブ〉というプロジェクトを立ち上げ、
神山にレストランや農産物の加工所、パン工房などをつくります。
このレストランには僕らのグループであるランドスケープ・プロダクツもデザインで参加。
またフードハブのチームでグッドネイバーズ・ジャンボリーに参加してくれて、
食のイベントを一緒に行いました。

神山のシェフと鹿児島のシェフが協働して開催したグッドネイバーズ・ジャンボリー前夜祭の食事会風景。

神山のシェフと鹿児島のシェフが協働して開催したグッドネイバーズ・ジャンボリー前夜祭の食事会風景。

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小さな成果が生まれ続ける生態系とは?

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期待感を育む仕組みのデザイン

2020年には僕らBAGN Inc.のメンバー全員とリバーバンクのメンバー、
そして南九州市の役所の人たちも合わせて神山を訪れ、
先進的なまちの取り組みを学ぶことで行き来が生まれ、つながりが強くなっていきました。

ランドスケープ・プロダクツがデザインを担当した神山フードハブ。

ランドスケープ・プロダクツがデザインを担当した神山フードハブ。

地形や地理的な状況は似ているとはいえ、
神山は空き家対策や移住者、いま話題のワーケーションなどの先進地。
僕らのリバーバンクや川辺町は、そういった意味ではまだまだこれからの地域です。
だから川辺の役所の人たちにも、ぜひ神山の状況を見てもらいたいと思っていました。

神山の取り組みを現地のプレイヤーから直に学ぶ。

神山の取り組みを現地のプレイヤーから直に学ぶ。

神山では西村さんや青木将幸さん、
町の行政職員や移住してスモールビジネスを始めた人たちによる
セミナーやワークショップを、朝からみっちり行いました。
合間には神山のまちをみんなで歩いて巡り、
ここで活動している人たちはどういった考え方で、
アイデアをどのようにかたちにしていったのかということを学びました。

神山の行政の仕組みのなかにいる人々の話を聞いて、
あらためておもしろいと思ったことは、プロジェクトの運営はできるだけ民間にまかせて、
ゆるやかに参入のハードルを下げるように徹底していること。
スモールスタートアップを促す制度があったり、
銀行や創業支援など役所の担当官も地域に出張所を設置するという
バックアップ体制も同時につくって足腰を強くしていること。
それと並行して、何かが生まれる期待感を育むデザイン感度の高さ、
イノベーティブな建築や仕組みのデザインがすぐれているということでした。

デザインされた宿〈WEEK神山〉。

デザインされた宿〈WEEK神山〉。

そしてなにより、ゆるやかにつながれる機会と押しつけ合わない関係性があること。
僕らが神山で学んだことは、地元自治体や地域コミュニティの壁を低く薄くして
多様な人が集まり、「何か」を始めやすくする空気づくりという点でした。

まずはやってみる。やらせてみる。
やりたいことを持っている人の背中を押す仕組みづくりと
小さな成果が生まれ続ける生態系をつくっていました。

神山のメンバーとゆるやかにつながる場、〈WORK101〉。

神山のメンバーとゆるやかにつながる場、〈WORK101〉。

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はたして「合意形成」は必要なのだろうか?

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神山から学んだことを次へ伝えるために

こうしたことが具体的な施策の方向性をつくる
「神山マインド」とでもいうべきものだと思います。
グリーンバレーの大南さんや西村さんはじめ、
フードハブのみんなやそれを支えている役所の人たちの視線が揃っていないと
簡単にできることではない。

地域の活動などではよく「合意形成」という言葉が出てきます。
しかし、さまざまな利害関係があるなかで、
100%の合意を形成するというのはほぼ無理です。
それはまちの規模が大きくなればなるほど難しく、どんどん政治的になっていきます。

フードハブでは天気が良ければ外が一番いい席に。

フードハブでは天気が良ければ外が一番いい席に。

神山のすごいところは、合意なんてものを形成することは
最初から諦めているように見えることです。
ある方向に向けてまず歩き始めてみる。
その後にできた道をいろんな意見や、利害がある人が一緒に歩いてみる。

もしかすると利害は対立しているかもしれないし、合意なんて取れていないかもしれない。
この道をあっちの方向に歩け、と指図するわけでもなく、
ただ「あっちに行ったらええんちゃう?」という雰囲気をつくる。
途中で脇道にそれる人や逆走する人がいても、そんなに気にしない。
楽しい話もきびしい話もわいわい言い合える心理的な安全性がまちにある。
それが神山マインドの本質のようにも思いました。

ミーティングの途中でもコーヒーブレイクは野点で。

ミーティングの途中でもコーヒーブレイクは野点で。

これが僕が神山というまちを外から眺めて学んだことです。
リバーバンクを立ち上げるかどうかで悩んで、
神山の暗い月夜の道を誘われるでもなく、なんとなく西村さんと一緒に歩いたときに、
この道を歩いていくと川辺に通じると思いました。
そして川辺に通じた道は、再び神山に戻り、また川辺へ。
このループのなかで、今も僕らは神山から多くのものを学んでいます。

そしてこれからは、受け取ったものを神山に返すというよりも、
次の地域や新しく活動を始める人に渡していきたい。
そうなれるように、僕らも自分たちの地域の活動を深化させていきたいと思っています。

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