〈TRIP BASE COCONEEL〉
松田寛之さん
美祢の観光体験を
1軒のゲストハウスから変える
日本最大級のカルスト台地・秋吉台。
春や夏は石灰岩が降り積もってできた台地に緑が生い茂る。
秋には枯れて黄金色になり、すすきが風にそよぐ。
地下には、日本最大規模の鍾乳洞・秋芳洞など400以上の洞窟が広がっている。
自然の力と雄大さを感じられるこの地で、
ゲストハウス〈TRIP BASE COCONEEL〉を営んでいるのが、松田寛之さん。
秋吉台のある美祢(みね)市で生まれ育ち、
東京での暮らしを経て、2019年4月にUターンした。

54平方キロメートルもの面積を誇る秋吉台。毎年2月には山焼きが行われる。一年を通して、さまざまな景色を見せてくれる。
宿泊業はほぼ未経験ながら、ゲストハウスを開業。
以来、外からの観光客はもちろん、地元の人たちのたまり場としても親しまれている。
周りに「何もない場所」といわれた美祢を
「観光地として成立する」と言い切る松田さん。
一度美祢を出たからこそわかる地域の魅力や、観光のバリエーションを増やす取り組み、
ゲストハウスの役割について聞いた。
ゲストハウスの経営なら美祢で生活できる
美祢市で生まれ育ち、バンド活動のために22歳で上京。
アルバイトなどをしながら12年間活動したが、30代半ばで方向展開。
結婚を機にシステムエンジニアとして都内の企業に勤めた。
「上京するときから、いずれ美祢に戻りたいという気持ちがありました。
バンドを諦めてからは、特に東京にいる必要もないし、
都会のあわただしさから逃れたいと思っていましたね」

一度外に出たぶん、美祢への思いは強い。上京するきっかけになったロックバンドでは、ギターを担当していた。
思いは日に日に強くなり、2018年12月にUターンを決意。
奥さんは「もっと先のことだと思っていた。30代半ばでの移住は早いのでは」
と渋ったという。
ネックのひとつは、働く場所や職種が限られていて、
平均賃金も決して高いとはいえないことだった。
移住を諦めたくなかった松田さんは、美祢市について調べ、妻にプレゼンを重ねていく。
そのうちに、美祢市は年間の観光客数が130万人を超えているにもかかわらず、
秋吉台周辺には宿泊施設がほとんどないことに気づいた。
需要が見込める宿泊業をやることで、妻が懸念している課題を解消できるのではないか。
なにより、自分は人とコミュニケーションを取るのが好きだから、
それを生かす仕事がしたい。
ゲストハウスをやろう。決めてからの行動は早かった。
さっそく2019年の1月から宿泊業の認可を取るための講習などを受け始めた。
ロンドンパブへのあこがれを表現したゲストハウス&パブ
場所は、祖父母がかつて経営していた定食屋を改装することに決め、
2019年4月にUターン。
以降、オープンまでの5か月は父親とひたすらDIYで改装を行った。

秋吉台から車で10分足らずのところにあるTRIP BASE COCONEEL。周囲には、田畑が広がっている。天気がいい日はテラス席でくつろぐ人も。
「内装は、かっこよくビールを飲める、をコンセプトにしました。
パブで立ったままビールをラッパ飲みするの、いいなって。
本当はロンドンパブのようにしたかったのですが、
結果としていろんな要素が混じっていますね。
木の感じが好きなので、前面に出しています」



店内は、写真のフラッグのほか、だるまやオーディオセットなどが混在している。「僕が好きなものを集めていったらこうなりました。いずれいい味が出てくるといいな」と松田さん。
「みんながフラッと立ち寄ってくれる、かっこいい酒場のような場所にしたい」
そんな思いとこだわりを込めた改装は終わり、
2019年9月にTRIP BASE COCONEELはオープンした。
もっとディープに美祢観光するための拠点に
オープン直後から、インターネットで調べてきた観光客や友人が訪ねてきて、
スムーズな滑り出しになった。
「宿があれば、ここを拠点に秋吉台や秋芳洞以外の観光地にも足を延ばせる。
食事をしたり、温泉に浸かったりとまちに出やすくなりますから」
美祢市の主な観光地は秋吉台と秋芳洞などの鍾乳洞だが、
実は温泉施設が4つ、道の駅がふたつ、
〈秋吉台自然動物公園サファリランド〉まであって見どころはたくさん。
市内を1周するのに丸1日かかる。ゆっくり旅行するのに向いている土地だ。

秋吉台からCOCONEELに行く途中の道。美祢は「移住、Uターンする人に対して開放的な土地」と話してくれた。
「開業前、美祢の人からは『秋吉台以外なんもないよ』と言われました。
だけど、僕は一度外に出たからこそ美祢の魅力やありがたみがわかる。
ここから美祢の魅力を伝えていきたい」
美祢を「外からの目」で見られるからこそ、
しっかりとした動機を持ってゲストハウスを営むことができている。
ルイーダの酒場のように人と情報が集まる
あるとき、泊まりに来たお客さんに
「ルイーダの酒場(テレビゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズに出てくる宿屋兼酒場)
みたいな場所」と言われた。
「確かにそうかもしれないですね。宿泊しているお客さんはもちろん、
旅人がフラッと来て『どこかいいスポットない?』と聞くこともあります。
僕もガイドブックに載っていないお店やスポット、地元の雰囲気を話せるから。
主人公がゲームの序盤で立ち寄って力をつける場所に例えられるのはうれしいですね」
美祢市に移住したい、と相談に来て、その後実際に越してきた人もいる。

パブの一角にて。イギリス、アイルランドなど海外のビールや山口の地ビールなど10種類ほどを提供している。松田さん自身も大のビール好き。
ゲストハウスだからこそ生まれるドラマが楽しい
地元の人も毎日のように遊びに来る。
打ち合わせで使ったり、松田さんとおしゃべりしに来たり。
なかには、マジックの練習をしに来る方も。
「マジックの練習をしているのは70代のおじいちゃんですが、
練習中に宿泊客がやってきたら、披露していることもあるんです。
これまでになかった交流が生み出せていることに、とてもやりがいを感じます」
また、初対面の宿泊者同士が同じ部屋になるときは、
パブで顔合わせと簡単な紹介を取り持つ。
「ときどき、初めて会った人同士なのにすごく仲良くなって、
次の日に『これから一緒に観光してきます』ということも。
ここに泊まったからこその旅の思い出ができていたらうれしいです」
お客さんとの会話は何よりのやりがいだ。
「いろいろな人が泊まりに来るから、話しているだけで楽しいですね。
『どこから来たの?』『地元のおすすめのスポットは?』から始まって、
どんな生き方をしているのかという話もします。
次は、〇〇に行くんですというお客さんに、
ほかのお客さんから聞いたその土地の話をできることもある。
人はつながっているんだな、と実感しますね」
「全人類がここにいたらいいのに」という思いで、
COCONEEL(ここにいる)と名づけた店名。
休日を使った国内観光客、インバウンドの客、ずっと旅をしているバックパッカー、
地元の人……実にさまざまな人がCOCONEELを訪れ、旅立っていく。

真っ暗な洞窟を探検し、秋吉台を原付バイクで駆け抜ける
美祢市の一番の魅力は、スケールの大きな自然の美しさ。
せっかくならば、従来とは違ったかたちで楽しんでほしい。
そう思い、昨年から始めたのが洞窟探検のガイドを行う
「秋吉台アドベンチャーツアーズ」とのコラボ。
秋吉台の地下には普段は入ることのできない洞窟が400以上広がっている。
その整備されていない洞窟内を進み、探検できるツアーだ。
主宰兼ケイビングガイドと連携し、TRIP BASE COCONEELに泊まった人は
ツアー料金が低くなるというパックの販売を始めた。
「僕も家族や友人と行きましたが、
足場はドロドロで、すぐそこをコウモリが飛んでいる。
狭い通路を身をかがめて通り抜ける場所もあって、本当の探検みたいでした。
ロマンを感じて、大好きです」

松田さんが探検した洞窟。ライトを当てると透き通る石や地上とはまったく異なる響きの声や音など、ワクワクするものがたくさん。(写真提供:秋吉台アドベンチャーツアーズ)
そして、2020年11月から始めたのが原付旅を楽しめる「乗旅」。
COCONEELから原付を借りて、観光地を回ることができる。
萩市のバイク屋から企画を持ちかけられ、すぐに合意した。
「せっかくだから秋吉台から離れたところにある
別府弁天池などにも行ってほしいですし、
自然の雄大さやその場の風をダイレクトに感じてほしい。
徒歩だと大変だし、車だと体で受け取れる情報が減ってしまうので、
原付は交通手段としてちょうどいいんです」

鮮やかな黄色とぽってりしたフォルムがかわいい原付。料金は時間制で、丸1日借りても6200円(税込)。松田さんが丁寧に乗り方などを教えてくれるので、初心者も安心。
美祢市の飲食店やお土産物屋にも協力してもらい、
この原付で訪れた人には割引などのサービスを行うことにした。
店選びはすべて松田さんが行い、
協力してもらうにあたっての説明や交渉もほぼすべて担った。
直接的な宿経営以外にも、周辺観光に関わる松田さん。
観光の可能性を積極的に広げている。
いつでもフラットでいることの強さ
2020年春からは、新型コロナウイルスの流行の影響も受け、宿泊客も減少した。
それでも松田さんは「誰がどこから来てもフラットでいる」ことを大切にしている。

仕事に疲れたときは合間を縫って秋吉台に行き、気分転換をする。人も物も多く、ごちゃごちゃとしていた都会で暮らしたからこそ、今の環境に幸せを感じている。
「例えば感染者数の多い県外から来たお客さんか、
とこちらが身構えてしまうとお客さんが申し訳ない気持ちになる。
せっかく来てくれたのだから美祢を楽しんでもらえるようにいつも通り対応しています」
一方で、感染対策はかなり気をつけている。
清掃や消毒は以前よりいっそう入念にやるようになった。
いつだってやるべきこと、それ以上のことをやってきた。
毎日、当たり前のことを積み重ねてきた。だから非常時にも揺るがない。
次はどんな人が美祢に来るのか楽しみ
オープン以来、ゲストハウスの運営と美祢の新しい観光の取り組みを行ってきた。
現在、秋吉台の商店街に2軒目のゲストハウスをオープンする計画をしている。
「商店街でお店をやられている方が、店を畳みたいというのを聞いたので、
そこを借りようと思っています」
規模を広げる理由のひとつは、現状のままでは受け入れられるお客さんの数や
美祢への経済面での還元に限りがあること。
「創業する前から、オープンして3、4年目には店舗を増やすと決めていました。
いまは美祢にほんのちょっとしか経済面での還元ができていないので、
その規模を大きくしていきたいんです」

「TRIP BASE」の語は「ここを拠点に山口観光へ」という思いでつけた。美祢観光の次の日に萩や下関へ旅立つお客さんもいる。
「ワーケーションで泊まりに来てもらってもいいですね。
wi-fiも電源も完備しているし、息抜きしたくなったら秋吉台に行ける。
僕も、美祢に戻ってきてからは自然に囲まれて、
のびのびとした気持ちで生活しています。地元の人ともいい関係を築いてこれました。
これからも、美祢の雄大さ、心地良さを感じてもらえるように
この場所でできることをやっていきたいです」
コロナ禍の影響はまだ完全になくなったわけではない。
それでも、COCONEELを続けていくことに迷いはない。
次はどんな人が泊まりに来るだろうか。どんな言葉を交わすのだろうか。
いつも変わらぬ心で、美祢を訪れる人を待っている。
information
TRIP BASE COCONEEL
トリップベース ここにいる
住所:山口県美祢市秋芳町秋吉2943-1
TEL:090-5263-1017
営業時間:9:00〜22:00
1泊料金:男女混合ドミトリー3500円(1名)、女性専用ドミトリー3500円(1名)、4人部屋14000円、3人部屋12000円、2人部屋10000円、1人部屋5800円(すべて税込)
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