連載
posted:2021.5.11 from:兵庫県神戸市垂水区塩屋町 genre:エンタメ・お楽しみ
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Yusuke Nakamura
中村悠介
なかむら・ゆうすけ●編集者。京都市在住。このところのルーティンはクラシックな銭湯巡り。サウナではなく銭湯派。
https://happenings.cc/
photographer profile
Shinryo Saeki
佐伯慎亮
広島出身、写真家。関西を拠点に雑誌、広告などのカメラマンとして活動。淡路島と大阪の2拠点生活が始まり、淡路の草刈りのことばかり考えている。おもな書籍に『挨拶』『リバーサイド』(赤々舎)などがある。
http://www.saekishinryo.com/
神戸駅から電車で15分、潮風薫る静かな海辺のまち・塩屋。
このまちの名物建築、築100年以上の洋館を舞台にした
映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』が公開される。
この映画は、音楽ライブや結婚式などが開催される〈旧グッゲンハイム邸〉の本館、
そしてその裏に佇む長屋の住人たちの物語。
ストーリーには大きなアクションや派手な演出があるわけではなく、
ひとつのテーブルをみんなで囲む朝ごはんのシーンから、その住人たちによる会話劇、
というより、限りなく日常に近い“おしゃべり”で暮らしの風景が描かれていく。
ドキュメンタリーではなく脚本がある、けれどキャストは(撮影時の)実際の住人たち。
ひとつ屋根の下で暮らす間柄だからこそ伝わってくる生活感と親しみ。
むしろプロの役者では演じられないようなアットホームさ、
いうなれば普段着のユルいムードの輪に引き込まれてしまう62分だ。
鑑賞後、この塩屋の長屋で暮らしてみたい、という人がいるのも納得できる。
旧グッゲンハイム邸は明治41年に建てられた(と推測されている)
木造2階建てのコロニアルスタイルの洋館で、
阪神大震災後も変わらない塩屋の風景のひとつ。
そのロケーションから、数多くの映画・ドラマ作品の舞台となり、
最近では黒沢清監督の『スパイの妻』にも使用されている。
すでに「第6回賢島映画祭特別賞」、
そして「第21回TAMA NEW WAVE特別賞」を受賞しており、
初の劇場公開が〈シネ・リーブル神戸〉にて決定した。
(※新型コロナウイルスの影響により、公開日調整中)
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本作が劇場公開作のデビューとなる前田実香監督、
そして劇中では旧グッゲンハイム邸の管理人役で、
実際に管理人である森本アリさんに裏長屋の共有スペースで話を聞く。
前田監督も撮影時を含め、8年間この長屋に住んでいたそうだ。
「私は神戸出身なんですけど、塩屋のことはまったく知らなかったんです。
だから初めて来たときに、ここは神戸なのか? って驚いて」と前田監督。
たしかに三宮や元町などと比べて、塩屋は人情溢れる小さな商店が多く、
谷間にこぢんまりとまとまっている。
「その当時から建築物としての旧グッゲンハイム邸自体を撮りたい、と思っていました」
しかし自身が住むにつれ、この長屋生活の魅力を知り、
撮りたい対象が少しずつ「暮らし」へと移っていったという。
「海が近くて山があって、坂道も多い塩屋のまちや、
長屋に住んでいる人たちに愛着が出てきて、映像で残したいと思うようになりました。
でもずーっと撮れずに、ふわふわしていて。
というのも、お金もないし、機材もないし、スタッフもいない。
だから、まぁ写真を撮るだけでもいいか? って思ったり」
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なかなか重い腰があがらなかった前田監督だが、
「いろいろなきっかけが重なって」今から2年前に少しずつ撮り始めた。
そのきっかけのひとつが、この映画にメインキャストとして登場する淸造理英子さんだ。
彼女が「ずーっと撮れず」だった監督の背中を押し続けていたという。
「まるで大学の卒業制作のときみたいに焦らされて」と監督。
当初は役者を入れて撮るつもりだったそうだが、予算の都合で断念。
よく考え直せば、長屋が舞台の映画を撮るうえでそれは必然ではなかった。
つまりカメラに収めたいのは、日常の生活。
そこで長屋の住人たちにこの計画を話すと
「意外にも、みんな出演する気まんまん(笑)」だった。
撮影の際には、出演だけでなく「ごはんの差し入れ」から撮影補助まで
さまざまな協力をしてくれたという。
塩屋の生活のムードを収めるには
「ドキュメンタリーもありかな、と思ってはいたんですけど、
もともと大学で映画制作を学んでいたので、
物語としてつくろうと思って」脚本を練り始めた。
脚本は彼女の恩師であり、
『狂い咲きサンダーロード』や『パンク侍、斬られて候』などの映画監督・石井岳龍さんからアドバイスももらったという。
「最初はいろいろなキャラクターが出てきて、ドラマチックな展開で。
というストーリーを考えていたんですけど、
やっぱり、ほぼそのままの長屋での生活を撮ればおもしろいかも、と思い直しました。
だから脚本のセリフ以外に、みんなのアドリブの会話も多くて。
もう撮影中は笑いをこらえるのに必死でしたね。
でも、私にはおもしろいけど、内輪のノリにしか見えないかな?
公開したときにどう思われるかな? って不安だったんです。
でも『映画祭TAMA CINEMA FORUM』で上映されたときに
客席から笑いが起きていたので安心しました」
ある住人の旅立ち。遠距離恋愛での失恋。
食卓での会話が楽器のセッションになっていくさま。
住人同士の塩屋の海を望む登山散歩。イギリス人留学生との淡い交流。
旧グッゲンハイム邸で行われた実際の結婚式や音楽ライブの模様、
そんな非日常と隣り合わせの長屋の日常。
それらのシーンは、ほぼこの長屋の生活から生まれた
リアルなエピソードが元になっている。
そこに加えて、遊びに来た友人たちが口を揃える「洋館って夜、怖くない?」などの
客観的なイメージも脚本に加えられているという。
森本アリさんは、撮影中もこの映画制作を内輪のノリだと思い
「正直、ぜんぜん期待していなかった(笑)」そう。
だが、本編を観て「びっくりした」という。
「この長屋の空気感をちゃんと捉えていて。
特にみんなで楽器を演奏するシーン、あれはいわゆる映画的な演出ではあるけれど、
ここに住んでいるみんなだから撮れた自然なシーンだと思う。
住人の関係性があるからこそ。あんなシーンがよく撮れたなあ」
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取材を続けていると、映画の出演者で元・長屋の住人たちが
続々と共有スペースに集まってきた。淸造さんが炒飯を食べている姿、
そして制作裏話や後日談を話してくれた彼女たちを目の前にすると、
まるで『旧グッゲンハイム邸裏長屋』の続編を観ているような気分になった。
みなさんに映画、そして塩屋のことについて聞いてみる。
「この映画はここに一緒に住んでいたからからこそ完成した」
「撮影中もいつもと同じでまったく緊張しなかった」
「今、住んでいる人たちで撮るとまた違うエピソードが入ってくると思う」
「長屋に住んでいると塩屋の情報がどんどん入ってくる、新しいお店ができた、とか」
「普段、仕事で三宮や大阪に出かけているけど、塩屋に帰ってくると
潮風の匂いでホッとする。その雰囲気は映画のなかでも伝わると思う」
本作は長屋での共同生活、
そしてその角度から塩屋のまちの機微を捉えた「記録」だといえるかもしれない。
シェアハウス生活、という人生の中継点(アリさんいわく「モラトリアム」?)での
出会いと別れ、それを繰り返しても
「この長屋の空気感がずっと変わらないところがおもしろい」と前田監督は話す。
「私が8年間住んでいる間にも、たくさんの住人が入れ替わったんですけど、
人が変わっても、この長屋自体のムードはずっと引き継がれているのが不思議で。
それもこの映画で記録しておきたかった」
旧グッゲンハイム邸本館は100年以上も地域の人たちに守られ続けている。
この長屋で引き継がれるムードも、それに引き寄せられているのではないだろうか。
アリさんに聞けば、実はこの長屋の住人は“卒業”しても塩屋に愛着が生まれ、
「みんなここを出て行ってもご近所さんになる。
ここから徒歩10分以内の場所に引っ越している」そうだ。
旧グッゲンハイム邸の裏長屋から出発した塩屋のコミュニティが今、
ゆっくりとこのまちで拡大している。
その理由は、この映画で描かれた、
なんでもないけど愛おしい生活を観ているとわかる気がする。
information
『旧グッゲンハイム邸裏長屋』
出演=淸造 理英子、門田 敏子、川瀬 葉月、藤原 亜紀、谷 謙作、平野 拓也、今村 優花、ガブリエル・スティーブンス、エミ、渡邉 彬之、有井 大智、津田 翔志朗、山本 信記(popo)、森本 アリ、ほか
監督・脚本=前田 実香
撮影=岡山 佳弘
録音=趙 拿榮
編集=武田 峻彦
音楽=popo
2020年/日本/62分/カラー/1:1.85/ステレオ/G ©ミカタフィルム
シネ・リーブル神戸にて6月25日(金)より公開
6月26日(土)、27日(日)に、前田実香監督、他出演者(予定)による舞台挨拶が決定!
※上映時間、登壇者詳細については映画公式SNSをご確認ください。
Web:旧グッゲンハイム邸裏長屋
旧グッゲンハイム邸
住所:兵庫県神戸市垂水区塩屋町3-5-17
Tel:078-220-3924
Web:旧グッゲンハイム邸
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