連載
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
writer profile
Akiko Sato
佐藤晶子
さとうあきこ●企画・編集・執筆。出版社で雑誌、書籍の編集を経て独立。2011年、結婚を機に帰郷。
photographer profile
Koga Mihoko
古賀美穂子(EARS編集室)
こがみほこ●福岡県大川市出身。徳島の出版社で6年間勤務後、独立。取材、撮影、記事制作と広く手がける。
過疎のまちに移住する————。
そう聞くと、地域活性化に貢献したいとか、
これまでの働き方を見直して地域に関わりながら起業したいとか、
何か志を持って移住する人たちを思い浮かべるかもしれない。
でも、「景色のいいところに住みたかった」というシンプルな思いから
移住する人たちもいる。
徳島県西部にある美馬市。
県内過疎地域に指定され、見渡せば大自然が広がるのどかな地域だ。
古い家が建ち並ぶ旧道沿いの一角、
周囲に溶け込むようにスリランカカレーの店〈白草社〉はある。
一見どころか、よくよく見てもその外観にカレー店の手がかりはないが、
今年2021年6月22日に3周年を迎えた。
店を営むのはともに大阪出身の乾亮太さんと、その妻・歩希(あき)さん。
亮太さんは地元、大阪で雑誌の編集者をしていた。
一度は地方で暮らしてみたいと、2015年8月に徳島市内の出版社に転職。
徳島を選んだのは、両親のふるさとで多少はなじみがあったから。
当時、つき合っていた歩希さんも体を壊すほど激務だった仕事に区切りをつけ、
2か月遅れで徳島へ移り住んだ。
「ただ、引っ越して来た当初から飲食か小売りなのかわからないけれども、
将来的には自営業をしたいねって、話をしていました」(歩希さん)
最初にふたりが暮らしたのは徳島市内の比較的若い世代が多く、利便性の高い地区。
「最初は徳島での新しい出会いにワクワクして結構飲み屋にも行ったんですけれど、
なかなかなじめなくて。それに大阪にいたときよりも仕事が忙しいことや、
地方に来たのにまちなかで暮らしていることなど、
当時の状況にだんだんと疑問を抱くようになって……」と亮太さん。
そして2年が過ぎた頃、
ふたりのなかで飲食店をやりたいという思いがいよいよ大きく膨らんだ。
「徳島のことがなんとなくわかってきて、ここで小売りは難しそうだなって思ったんです。
となると、飲食。ふたりともカレーが好きでよくつくっていたので、
すんなりカレー屋だって決まりましたね」(亮太さん)
ここからの動きが早い。歩希さんは飲食の仕事に切り替え、
2017年冬、物件探しをスタート。早い段階で美馬市に絞ったという。
その理由は大きく3つ。
1.きれいな川が近くにあって、景色がよかったから
2.空き家バンク制度が整っていたから
3.移住者の起業に対する支援制度があったから
「たくさん稼ぎたいわけではなかったんです。
僕たちと飼い犬1匹が暮らしていけるくらいの収入があれば十分だと思っていたから、
まちなかに住むというこだわりはなかったですね。
むしろふたりとも川が好きなので、歩いてすぐ川に行けるところが理想でした。
特に水がきれいな穴吹川はいいなあと思っていて。
しかも、『美馬市空き家バンク』という行政主体のサイトが
民間の不動産情報サイトみたいによくできていたから物件を探しやすかったですね。
年明け2018年1月に数件を内見し、ここに決めました」(亮太さん)
店舗スペースつきの大きな家。元お好み焼き屋だったその場所は状態もよく、
少し手を加えるだけですぐお店が始められそうだと思ったことが
大きな決め手になったという。
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そして6月22日。
4月の引っ越し&退社から3か月も経たないうちに店をオープンさせた。
ちなみにその日の営業終了後、役所に婚姻届も提出した。
3年目を迎えた現在(2021年6月時点)、
メニューはスリランカカレーの「カーラヤカリヤ」のみ。
「スリランカではどのお店に入ってもこういう料理が出てきます」とのこと。
つくり方は本場にならっているけれど、
「この土地にはいい食材がたくさんあるから」と地元や近隣のもの、
旬の野菜を積極的に使う。
「ふしめん(半田そうめんをつくる過程でできるそうめんの端っこ)だったり、
いりこで出汁をとったり。
あと、この辺りで夏から秋にかけて出回る『みまから』という生の青唐辛子も。
ストレートな辛さとうまみがおいしくて炒め物やカレーに使っています。
冬にはこの辺りでとれたイノシシも使います」(亮太さん)
オープンから1年、店は軌道に乗り始めた。
美馬市は徳島市と香川県高松市、どちらからも車で1時間程度。
地の利もあって徳島市内や近県の常連さんが多いという。
カレーは評判を呼び、徳島市内や香川県丸亀市、大分県別府市など、
各地のイベント主催者から出店のリクエストもかかるようになった。
しかし、昨年には新型コロナウイルスの影響が出始めた。
「オープン2年目はコロナど真んなか。キツかったけれど、
常連さんがテイクアウトやスパイスキットを買いに来てくれたのがありがたかったです」
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白草社がある地区は昔から住んでいる人たちの多いところ。
ふたりはローカルになじもうと、当たり前のコミュニケーションをとってきた。
「もちろん引っ越して来たときに両隣と向かいの家には挨拶に行きました。
このまちのルールは守るし、町内会にも入っています。
関わりはそう多くはないけれど、毎日犬の散歩をしているので知り合いも増えてきたし、
でっかい声で挨拶をしているうちに世間話もするようになってきました」(亮太さん)
それでもローカルと移住者の距離感は、ふたりが思っていたより近かったようだ。
「オープンした頃は『家賃なんぼ?』『駐車場が遠すぎると流行らんぞ』とか、
いきなり言ってくる人がいて距離の詰め方が急だなと戸惑うこともありました。
今も慣れませんけれども(笑)」
都会暮らしが長い人には強烈に感じるコミュニケーションも、
新しい住民であるふたりに興味があるからこそなのだろう。
「地元の人たちからすると、僕らは“よそ者”。
昔から住んでいる人たちの生活圏にいきなり異物が入ってくるんだから
気になるのもわかるんです。相手の立場も想像できる。
悪意があるわけじゃないからあまり気にしていません。
バリアだけは張らないようにしていたら
よそよそしい眼差しから『あいつら、がんばってるな』というような視線へと
変化したことは感じますね(笑)」(亮太さん)
何を聞いても力みがなく、肩の力が抜けているふたり。
でも、“移住の幻想”に悩まされた時期もあったという。
「田舎への移住というと、地元のやさしい人たちに囲まれてお野菜もらったり、
志が同じ人たちと一緒に何かをしたりっていう、
“ローカルコミュニティありき”のイメージがありますよね。
でも、みんなががっつりコミュニティに属しているかというと、そういうわけでもなくて」
と歩希さん。
「ここにも地域を盛り上げたいと活動している同世代のコミュニティはあります。
最初、田舎に来たからには既存のコミュニティに入って友だちをつくらなきゃ、
みたいな焦りがあったけれど、そもそも僕らは地域を盛り上げにきたわけではありません。
ここで暮らしているのは大好きな川が近くにあるからというだけなんですよね。
しかも、僕たちは、どちらかといえば好きなことだけやって暮らしたい内向的なタイプ。
友だちづくりは自然な流れに任せたらいいんじゃないかと気づいて。
ただ、コミュニティに積極的に関わってなくても、
地元の人はやさしいので何かあれば声をかけてくれます」と亮太さん。
例えば、〈焼き鳥うだつ〉を営む青山重次さん・美恵子さん夫妻。
同じ美馬市内で21年間営業している自営業の先輩だ。
「この夫婦は熱心でまじめ。移住してきて店を始める若者もおるけど、
1、2年したらどこに行ったかわからんようになる人も多い。
数年で店の名前を売るのは難しいのにふたりはよう頑張っとる、
お客さんもついてるしなあ」と、ふたりを気にかけ、そして感心しているようだ。
亮太さんは店に立ちながら、地元の冊子や県内企業の仕事でライティングも手がけている。
求められればできるだけ応える。
自然と青山夫妻と仲良くなったように、周りといい距離感を保っている。
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大阪から徳島市内へ、さらに美馬市内へと2段階の移住。
前述のように、徳島市内に住んでいたときは、友だちがあまりできなかった。
美馬市に住む現在もその事実はそう変わらないが、意識が変わった。
「今は24時間ほぼ一緒にいるし、
ここだとそもそも出会いも少ないからなかなか友だちができなくても、
『あ、友だち、ここにおるやん』って開き直りました」と
亮太さんを見ながら笑う歩希さん。
にぎやかな徳島市内に住んでいたときのほうが寂しさを感じていたようだ。
1日の流れを聞くと、都会はもちろん、
まちの飲食店経営者には考えられないような時間軸で生活している。
「今、平日はランチタイムのみの営業です。
営業中に仕込みが終わってしまったら、片づけをしても15時。
ベランダに七輪を置いているので、16時くらいから夕食兼晩酌が始まります(笑)。
夏になったら歩いて穴吹川へ。きれいな川に浸かって山の緑を見てボーッと……。
この暮らしを満喫してますよ」(亮太さん)
健康的な生活になった亮太さんは、
「睡眠時間が3時間以上増えたし、
野菜が新鮮でおいしいのでめちゃ食べるようになりました。
周囲の店も早く閉まるから飲み歩く機会も減った」と笑う。
仕事、暮らし、そして自然。
この地で手に入れた、ふたりが理想とする生活のリズム&バランス。
「移住っていっても、僕たちは景色のいいところに
ふらっと引っ越してきたくらいの感覚なんですよね。
きれいな川がそばにあって一年中気持ちのいい景色が見られる、それで十分」と亮太さん。
ふたりは移住という言葉がもつ「幻想」から離れ、
過疎のまちで健やかに、軽やかに暮らしている。
information
白草社
*価格はすべて税込です。
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