楽しみながら体験できる「醤遊王国」 埼玉・弓削多醤油

埼玉で選ばれるいい蔵元

その名も「醤遊王国」。
聞くだけで惹かれる王国が埼玉の弓削多(ゆげた)醤油にあるという。
「醤油の楽しみが一部屋にぎゅっと詰め込まれていた!」
「社長さんが人当たりのいい誠実な人で、すっかりファンになって使い続けているよ」
という声を、何人の主婦から聞いてきたことか。
醤油業界でも自然食品関係者のあいだでも
弓削多醤油社長・弓削多洋一さんの名前はよく挙がる。
マイナスなことは一度も耳にしたことがない。
何度も聞く好評から、自然と湧いてくる親しみを胸に
「醤遊王国」という王国を訪ねました。

「醤遊王国」では無料で木桶で仕込んだもろみを搾る体験ができ、有料で搾った醤油を持ち帰ることができる。(写真提供:弓削多醤油)

兄弟二人三脚で造る

「蔵人」というより「紳士」。
「人当たりのいい誠実な人」という噂に、
一目で納得する弓削多さんが爽やかに迎えてくれました。
「王国」の名にふさわしい気品あふれる方で
てっきり営業や経営を専任しているかと思いきや
「たしかに営業や経営は僕がやっていますが、麹造りも僕が担当しています。
麹の様子を見ながら、小麦粉が降りかかっている電話に出ていますよ」
というのだから驚き。
経営しながら汚れる製造現場も担っているとは。

50石(1石=1000合)の桶を15本。30石の桶を14本。
業界全体から見ると桶で造る醤油の量だけで多いと言えるところ
「桶はわずかで多くはタンクで仕込んでいます」というのだから相当生産量があります。
造り酒屋の「オーナー杜氏」のように、社長が冬は麹造りに専念し、
夏に営業に打ち込む態勢ならわかるけれど、
「1年中麹を造っています」というのだから、休む間もないに違いありません。
それでも「造りをやっていたほうが、人と話す時に伝わりますから」と
醤油造りにおいて最も重要といわれる工程「麹造り」を社長自ら担っているのです。

このような態勢ができているのは、支える社員あってのことですが、
なかでも弟・真寿さんの存在が大きい。
「品質を弟さんが見てくれていますから」
社員が話す言葉は真寿さんへの信頼を物語っています。
「いい麹あってのいい醤油です」と、真寿さんは兄を立てつつ
日々いい製造ができているかを見定め、対応していることで、
満足のいく醤油ができているのです。

麹は社長自らが責任を持って造る。

「地元で育った材料が、地元の人の体にも合うと思いますから」と、地元の材料も積極的に使う。

お兄さんの弓削多洋一さん(右)と、弟の真寿さん(左)。二人三脚で醤油を造る。

人との絆を育む「醤遊王国」

こうしてできたいい醤油を、一般の人でも気軽に楽しく体験できる場が「醤遊王国」。
一部屋に醤油を楽しめる要素を盛り込んでいます。
ガラス越しに見える木桶で仕込んだもろみを搾って味わい、
さらに持ち帰ることができるという、まさにここに来ないとできない
体験や味わいがあったり、醤油を使った食事やスイーツも堪能できます。
「関東の蔵元から視察も多いですよ」というほどの注目度。

また「醤遊王国」は現場に来ないと体験できないことにこだわっています。
行かないと手に入らない「しぼりたて生醤油」は、
その名の通りまさにもろみを搾ったばかりのもの。
加熱もろ過もされておらず、流通に出せないレアなものです。
「澱(おり)」という大豆や小麦から出る、醤油にならない固形物も入っていて
これがおいしさの要素になっているのは新鮮。ほかの蔵でも見たことがないです。

「目指すのは、埼玉でいい醤油について思い巡らせたときに選ばれること。
昔もいまもお客様の多くが地元の人です。
地元の食に根ざしているので、造る醤油の9割9分が濃口醤油。
お米と合う味わいの深い醤油だと言われます」
長年地元の人に愛される醤油屋としてきてやってきて、
9年前から一段と、人との絆を大切にしようと、
気軽に見学・体験ができる「醤遊王国」を開設したのです。
社員の蔵案内は、蔵見学に慣れた私でも満足できるほど熟練されたもの。
「来た人の口コミで広がっています」という弓削多さんの言葉にも納得します。

卵かけご飯の食べ方を豊かなバリエーションで紹介。

醤油ソフトクリーム。関東で初めてつくったのが弓削多醤油。

売店からガラス越しで醤油が造られている様子が見える。手前のボタンは見たい桶を照らすもの。

「しぼりたての生醤油」はなんと澱まで入っている。ここまでの搾りたてを販売している蔵元はほかに知らない。

まだ菌の生きている醤油を販売

家に帰って、搾ってから加熱もろ過もしていない、
菌が住んでいる醤油「吟醸純生しょうゆ」を楽しみました。
醤油業界では通常、ろ過をした醤油を流通させます。
生きた醤油の菌がいると品質が変化しやすく、
また醤油が発酵して蓋が飛ぶ恐れがあるためです。
しかしながら「抗生物質耐性菌から身を守る方法として、
菌が生きている醤油を日常的に使用したい」というお客様の要望に応えて、
業界では極めて珍しく菌の生きている醤油の販売に力を入れています。
健康面から、そしておいしさからもそんな要望があるといいます。

醤油を味わうと、すっと塩味が効いた後に、濃厚な甘みと旨みが広がります。
かけると優しく甘さが包み込み、火にかけると
一段と食欲をそそる香りを高く出してくれます。
この味わいや香りは一般に流通する醤油ではなかなかなく、
料理をつくった翌日は、今度は何をつくろうかという楽しみが湧きます。
色も品があり、きれいな仕上がりに。

まさにホスピタリティ溢れた社長から出た醤油だな、と調理しながら実感。
弓削多さんの人柄、そして「醤遊王国」の内容、出てくる醤油。
すべてが一貫して気持ちよく楽しませてくれるもの。
使えば使うほど、弓削多さんを好きになる。
リピートしたくなる主婦の気持ちが、使っていてわかりました。

菌の生きている醤油「吟醸純生しょうゆ」が要冷蔵で販売されている。有機JAS認証の材料で仕込む「有機しょうゆ」も弓削多醤油を代表する醤油。

白菜の浅漬けにひとかけ。甘味がぐっと引き立ちます。

いままでで一番おいしい炊き込みご飯が炊けました! お出汁の香りも食材の繊細な風味も色もいかしてくれます。

information


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弓削多醤油株式会社

住所:埼玉県坂戸市多和目475
TEL:049-286-0811
http://yugeta.com/

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醤遊王国

住所:埼玉県日高市田波目804-1
TEL:042-985-8011
営業時間:9:00〜17:00
http://yugeta.com/oukoku/

島ぐらし体験、小豆島でのリアルな暮らしを知る

交流しながら小豆島を知ってもらう。

小豆島では、移住を考えている方を対象に「島ぐらし体験」ツアーを実施しています。
今年も10月と11月に開催されました。

島ぐらし体験ツアーは、1泊2日のおためし移住体験ツアー。
ハローワークでの就労相談や、空き家物件見学、すでに移住した人との交流会など、
普通の観光ツアーとはまったく異なる内容。
実際に小豆島でどんな暮らし方ができるか。
どんな働き方ができて、どんな家に住めるのか、
そのほか子育てや地域の人との関わり方など、
そういう移住のリアルな部分を知ることができるとても貴重なツアーです。

今年のツアー2日目は、HOMEMAKERSカフェでお茶を飲みながら、
移住者との交流会。
こんなふうにカフェを使ってもらえるのは、私たちにとってすごく嬉しいこと。
少しでもいい時間にしてもらいたいなと思いセッティングしました。

11月はオリーブ収穫シーズン。小豆島らしい風景のひとつ。

移住者との交流会をオリーブ畑で。

オリーブ畑にテントを張って、温かいコーヒーと焼き菓子を用意。

11月のツアーは、友人であるイズライフさんのオリーブ収穫祭と同じ日。
それならば、会場をカフェじゃなくてオリーブ畑にしようということで、出張カフェ。

朝いちばんでオリーブ畑に行き、さっそく準備。
きれいに手入れされたオリーブの木々の間にテーブルをセッティング。
そして、温かいコーヒーと焼き菓子を用意。

参加者の方々が到着し、さっそく交流会スタート。
この日は天気もとてもよく暖かくて、最高のオリーブ畑日和。
小豆島らしい風景の中で、小豆島町、土庄(とのしょう)町の移住担当の方と
移住者、移住に興味がある方々がここでの暮らしのことを思い思いに話されていました。

家族で島ぐらし体験に参加された方。お子さんと一緒にオリーブ収穫。

イズライフさんのオリーブ畑はほんとにきれいです。

移住者であり地域おこし協力隊の向井くん。というより農家のせがれの雰囲気(笑)。移住に関するいろいろな話をしてくれます。

役場の方の話によると、去年1年で小豆島には200人近くのIターンがあったそうです。
ここでのIターンというのは、小豆島出身でない人が
都会から小豆島へ引っ越してくること(転勤は除く)。
人口約3万人の島にそれだけの人が、転勤でなく、
自分たちで選択して引っ越してくるのはすごいことだなと思います。
それでも小豆島の人口は毎年約500人ずつ減少しています。

小豆島へ視察に来られた広島県・世羅町の皆様に、小豆島、土庄町の移住担当者の方からいろいろな取り組みについての話(島ぐらし体験とは別イベントです)。

小豆島にあるふたつの自治体、小豆島町、土庄町では、
平成19年度から小豆島移住交流推進協議会を運営し、
香川県とも連携して移住者の受け入れを促進しているそうです。
この島ぐらし体験ツアーのほかにも、移住希望者に賃貸・売買できる
空き家の情報を提供する「空き家バンク制度」や
比較的低予算で長期滞在できる「島ぐらし体験の家」などの施策を行っています。

小豆島で暮らす。
そのリアルな部分を事前に知ることで、
不安が取り除かれ移住につながればすごくいいし、
もしかしたらその人には島での暮らしは合わずに、
移住しないという結果になってもいいんだと思う。
そのきっかけとして、今回みたいなツアーは
今後も継続して行われるといいなと思います。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

米専門店「スズノブ」西島豊造さん

米づくりの独自プロジェクトを展開。

東京都目黒区の都立大学駅のそばで米店「スズノブ」を営みながら、
五ツ星お米マイスターとして全国を駆け回る西島豊造さん。
これまでさまざまなお米のブランド化を手がけてきたお米のスペシャリストで、
現在もあちこちの産地から声がかかる。
「ふつうの米屋がやる領域ではないことをやってるからね。
すでにブランドとなったお米に対して
拡販できるお米屋さんやマイスターはいるけれど、
ブランドづくりの1から100まで全部やっているのは、私だけなんじゃないかな」
と西島さん。

西島さんは北里大学で畜産土木を学び、土質や生態系について勉強した。
環境保全に興味があり、卒業後は北海道で2年半、農業土木の設計者として働き、
水田の用排水路、区画整理や農道などの設計の仕事に携わる。
そこで培われた土木の知識や技術が、米づくりにおける土づくり、
水田づくりに生かされているのだ。
「土のことをよく知っていて、農業土木の設計ができて、
河川などの構造設計に関する知識もあって、データ分析が得意。
そういう技術を持って、地域の活性化、ブランド化をしていきます」

西島さんが手がけたブランドのひとつ「ディスカバー農村漁村(むら)の宝 土佐天空の郷ひのひかり」は、高知県長岡郡本山町で弥生時代から残る棚田で栽培されている。

西島さんは「SPR(Suzunobu Project Rice)」という
独自のお米のブランド化のプロジェクトを展開している。
ブランド化したいという生産者や地域の要望があると、
まず現地に赴き、実際に水田を見ながら、地力があるかどうか
全体的な環境なども調べ、技術者がどういう意識を持っているかを確認する。
さらに、20数項目にわたるチェック項目を確認しながら、
どれくらい将来性があるか見極める。
それからようやくブランド化が始まっていく。

「ふつうブランド化というと1本の柱でつくっていくことが多い。
でも自分のプロジェクトでは複数の柱を持っていて、さらに枝分かれしています。
トンネルではパイロットと言いますが、本線を掘るときに、
土質やいろいろな環境を調べながら、脇にもうひとつ穴を掘っていくんです。
だからたとえば日照が足りなかったり、水害があったりと、
何かがあったときにでも修正できるように、
ブランド化が止まらないようなしくみをつくっています」
地域や生産者のリスクを回避するプログラムを組み、
綿密なブランド化計画が練られている。
豊作でも不作でも、ブランド化のスピードが鈍らず
成立できるようなしくみをつくっているのだという。

また、特徴的なのは、土地柄や気候をいかした米づくりをするということ。
「その土地に合わせたやり方で米づくりをしていく。
土についてよく知っているから、お米の特徴を出しやすいんです。
この品種がこの産地だったらこういうお米になるということが想像できるし、
こう変えることができるというのも想像がつく。
それによって、より個性のあるお米をつくることができるんです」
地元の人たちだけでは気づかないこと、わからないことを、
お米のスペシャリストの視点から導いていくような仕事だ。
「生産者も、自分たちがつくっているお米のレベルがわからないし、
何をしていいかわからないんですね。そのときに、外から来た人間が、
ここがプラスだよ、ここがマイナスだよということを教えてあげて、
どういう可能性があるかを教えていく。
本当にいいものを持っていても世の中に出られない産地を、
どんどん引き出すことができると思っています」

「隠岐世界ジオパーク 島の香り隠岐藻塩米コシヒカリ」は、島根県隠岐の島で、荒布(あらめ)という海藻をじっくり煮詰めてつくる藻塩を水田に散布してつくったお米。

エイリアンの画期的な発想。

米屋としてはかなり異色の西島さんについたあだ名は「エイリアン」。
米屋が自分でひとつの産地や地域のお米をブランド化して販売するということは、
昔は考えられなかった。平成7年から施行された食糧法以前は、
食糧管理法によって、米の流通には厳しい制約があり、
問屋を通さなければお米を仕入れることもできなかったのだ。
時代が西島さんに追いついてきたともいえる。
自分でブランド化したお米は米屋のみにしか流通させていないものもあり、
スズノブにはかなり貴重なお米が揃っている。
「エイリアンって外部からやってきた存在。
つまり、同じような人間の発想では何も生まれない。
そこからどれだけずれていくか、どれだけ画期的な発想を持てるか。
その発想が奇抜であればあるほど、エイリアンと言われてしまうけど(笑)」

スズノブにはいまのところ後継者がいないので、自分の代で終わると
西島さんは話す。けれど、その先のことも考えている。
「このプロジェクトでは最終的に、
地域でお米が販売できるようなしくみを考えています。
お米屋さんも今後減ってしまうかもしれない。
そうするといまお米屋さん限定で売っているお米は売り場がなくなってしまいます。
TPPのこともありますし、5年後、10年後を考えて、
そのなかで戦えるブランドをつくっていく。
生産者や農業公社、農協が直接海外に販売していけるように、
いまから仕掛けていきます」

「高度クリーン栽培 畦畔香るななつぼし」は、北海道芦別の山間の水田で、手間ひまかけてつくられるお米。農薬75%減というクリーン栽培。

西島さんは、地域におけるファシリテーターのような存在だ。
あくまで助言をする立場で、地元の人たちが自分たちで
プロジェクトを動かしていく力が大切だと話す。
「お米の表現やブランド化に関しても、農家さんに勉強してもらいます。
私が1から10まで全部教えるのではなく、自分たちだったらどう仕掛けるのか、
何が必要なのか、考えてもらいながらやっていきます。
かなり厳しいと思いますが、そうしなければ、何も生まれてこない。
自分たちで自分たちの地元を知ることが大切です。
自分たちのがそのブランドを将来どう動かしていきたいのか、
どういうポジションにしたいのかという意思がないと、ブランドは育ちません。
私はヒント、きっかけ、チャンスはどんどんあげるけど、
最終的にコントロールしていくのは地元。
そうやって意識が変わっていった地域のブランドはちゃんと残っていますよ」

西島さんのプロジェクトは、これからもさまざまな土地で続いていく。
「このプロジェクトのお米の流通価格は少し高いと思いますが、
それは農家の生産、将来、生活を守っているから。
それでもすごく高い評価をもらっていますし、ファンがつくお米です。
スーパーで売っているようなお米と同じお米をつくっても意味がない。
日本は土地によって気候と風土がまるで違うので、土地柄で全然味が違ってきます。
その土地にしか出ない特徴を引き出して、個性の強いお米をつくる。
100種類あったら100種類違う味のお米をつくりたい。
ほかの人がつくったお米とは違う、
個性だらけのブランドをつくっていきたいと思っています」

スズノブにはさまざまな産地の選び抜かれたお米がある。いろいろなお米を知り、自分に合ったお米を選んでほしいと西島さん。精米したてがおいしいので、まとめて大量に買うよりも1週間くらいで食べきれる量を買うのがおすすめ。

コロカル商店では、西島さんがブランド化を手がけたお米3種類を
コロカルオリジナル食べ比べセットとして販売中。
「もちもちごはん」=「ディスカバー農村漁村(むら)の宝 土佐天空の郷ひのひかり」
「おにぎりにぴったり」=「隠岐世界ジオパーク 島の香り隠岐藻塩米コシヒカリ」
「冷めてもおいしい」=「高度クリーン栽培 畦畔香るななつぼし」の3種類です。
詳しくはこちらから。

information


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スズノブ

住所:東京都目黒区中根2-1-15
TEL:03-3717-5059
営業時間:8:30〜18:30
http://www.suzunobu.com/

profile

TOYOZO NISHIJIMA
西島豊造

1962年東京都生まれ。北里大学卒業後、農業土木コンサルタントの仕事を経て、1988年に家業の「株式会社スズノブ」を継ぐ。五ツ星お米マイスターとして各地の生産者とともにブランディングを手がけ、講演会などにも多数出演。著書に『今日はこの米! コシヒカリの子孫たち』『お米の達人が教える ごはん基本帳』(飛田和緒と共著)など。

収穫まで2年、原木しいたけができるまで

初めてのしいたけ作り。

「しいたけ、できてるー!!」
11月半ば、雑木林に並べておいた“ほだ木”の様子を見に行くと、
なんとしいたけができていました。
クヌギの木を伐採するところから始めて収穫まで実に2年。
この秋、やっと自分たちが育てたしいたけを食べることができました。

2012年10月に小豆島に移住してきて、見よう見まねで始めた農業。
農業経験ゼロだった私たちは、島のおっちゃん、おばちゃんたちに教えてもらいながら、
苗を植えたり、堆肥作りをしたり、ひとつずつ挑戦していました。
年が明けて2013年、普段からいろいろ教えてもらっていた
コスモイン有機園の旦那さんとおかみさんに
「原木しいたけ作らないか」と誘われ、そこから原木しいたけ作りがスタート。

まずは、ほだ木となるクヌギの伐採から。
ほだ木とは、しいたけを栽培するために菌を植えつける原木のこと。
オリーブ畑にするために切り開かれる雑木林があり、
許可を得てそこからクヌギの木を伐採。
直径が10〜15cmくらいの、なるべく真っ直ぐな幹を探して、
チェンソーとのこぎりでカット。
道のない森に入っていき、クヌギを探し、木に登り、カットして運び出す。
いろんなことが初体験すぎる(笑)。

オリーブ畑にするために切り開かれる雑木林、そこからクヌギの木を探して切ります。

持ち帰ってきたクヌギの木。しばらく乾燥させます。

そして次は、切ったクヌギの木にきのこの種菌の駒を打ち込みます。
ドリルで穴を空けて、木槌でコンコン。
これでほだ木の完成です。

きのこの菌の駒を打ち込むための穴をドリルであける。

いろはもお手伝い。木槌で種菌を打ち込みます。

コスモイン有機園に滞在中のウーファー(食事や宿泊場所を提供してもらうかわりに農業などの仕事を手伝う人)さんたちと一緒に作業。

さて、このほだ木をどこに並べようか。
直射日光のあたらない、雨のあたる、風通しのいい場所……がいいらしい。
考えた結果、家の裏にある山というか雑木林となっている土地を借りて、
そこに並べることに。
これまた大変な作業。
スペースを作り、棚を組んで、ほだ木を立てかける。
あとは自然にまかせ、1〜2年待ちます。

手伝いに来てくれていた父と一緒にほだ木を並べる。

ほだ木の設置完了。あとは自然にまかせて待ちます。

ひとつひとつの作業が、なんとなくは知っていても、やったことのないことばかり。
そして、こういうことをするためにはほんとに駆動力がいる。
まず軽トラックは必須(笑)。
チェンソーやのこぎり、木槌などの道具。
そして何より、作業する仲間。
ひとりでは到底できない作業、まさにみんなで力をあわせて作ります。

2014年11月、自分たちで育てた原木しいたけがやっとできました。
しいたけを見つけた瞬間の「わぁ!!」という気持ちの高揚感、
野菜もそうだけど、できたものを見るといつもこういう気持ちになります。
ほんとに美しくて、毎度感動する。

ほだ木設置から1年ちょっと。もうそろそろかなと様子を見に行く。

おぉぉ! なんとしいたけができてました。

2年越しの原木しいたけ。さっそくいただきました。

さてさて収穫したしいたけは、オリーブオイルをかけてオーブンで焼き、
小豆島産のお醤油と柑橘の絞り汁をかけてさっそく今晩のおかずに。
おいしすぎる!
この島は、やっぱりおいしいものだらけ、そう感じた夜でした。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
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海あり山あり小豆島、全力で遊ぶ子どもたち

秋の景色の中、海へ、山へ。

11月、小豆島はこれから紅葉の季節です。
あちこちの山が赤や黄色に色づき始めています。

この季節の小豆島は、観光シーズンまっさかり。
過ごしやすい気候、美しい紅葉、澄んだ空気、外で過ごすには最高の季節です。

そんな11月の最初の週末に、島外から友人家族が遊びに来てくれました。
まちで暮らしている子どもたちが、
“田舎のばあちゃんち”ならぬ“田舎のいろはちゃんち”へ。

子どもたちはどんなところへ行くと喜ぶかな。
と考えながら、まずは腹ごしらえをして、海へ!

旧戸形小学校のグラウンド。すぐ目の前が海。

戸形崎の海岸で見つけた貝やシーグラス。

島の西端にある戸形崎。
ここには、約10年前まで戸形小学校がありました。
いまは、建物や運動場はほぼそのままで、戸形公民館として使われています。

車を停めてドアを開けた途端、みな一目散に海へと駆けていきました。
走りだしたその瞬間から、子どもたちの表情は
ほんとに生き生きとしていて、心から楽しそう。
何にもなさそうな海岸、でもよく見るとそこには子どもたちの遊び道具がいっぱい。
何度も打ち寄せる波、砂浜に落ちている貝がら、石、流木。
何も用意されていないほうが、かえって自由に遊べるのかも。

流木でチャンバラごっこ。

貝拾い。夢中になって探す。

こんなところも遊び場に。ほんとにどこでも遊べる。

そして、まだまだ遊び足りない子どもたちを連れて、今度は山へ!
小豆島のいいところは、何の装備もなくても気軽に行ける海と山が近いこと。
じゃ、海行こか。じゃ、山行こか。
と、その日の気分で行き先決定。
もちろん準備すればもっと本格的に楽しむこともできる、
その幅の広さがまた魅力なのかも。

戸形崎から車で走ること約30分。
銚子渓(ちょうしけい)を経由して、寒霞渓(かんかけい)へ。
標高が高くなるにつれて、道路脇の木々がどんどん色づいていきます。

11月上旬、四方指展望台から見た木々。紅葉し始めといった感じ。

寒霞渓に到着し、車を停めて山道を歩くこと5分。
この木々の中を歩く時間がまたいい。
さっきまで海にいたのに、もういまは山の中。
そしてついた先は、鷹取展望台。
海と家々を標高約600メートルから眺める。

さっきまで海で遊んでいたのに、今度は山道。

鷹取展望台からの眺め。標高約600メートルから海と家々を眺める。

海あり山あり小豆島。
子どもたちが夢中になって遊べる場所がここにはたくさんあります。

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小豆島カメラのこれからのこと

この活動を継続していくために。

10月下旬、大阪。
その日は、オリンパスプラザ大阪にて小豆島カメラのトークイベント。
朝一で島を出て、大阪までやってきました。

「見たい 食べたい 会いたい」小豆島カメラ写真展、
7月のgrafでの展示から始まり、今年最後の展示がオリンパスプラザ大阪。
その展示と合わせて、今回トークイベントの機会をつくっていただきました。
この日のイベントには、なんとオリンパスイメージング株式会社の小川治男社長や、
FM802の土井コマキさんにもご参加いただきました。
こんな日が来るとは!

オリンパスプラザ大阪でのトークイベント。

オリンパスイメージング株式会社の小川治男社長から、小豆島カメラのご紹介。

ひとつひとつの写真にはストーリーがあって、それを紹介。

新大坂駅で少し時間があったので、カフェでひと仕事。
そこで、たまたまこんな記事を読みました。
秋田県庁が発行するフリーペーパー『のんびり』の編集長、藤本智士さんのお話。
秋田県『のんびり』 地方の時代をつくる「編集」の力」というタイトル。

なんとなくその記事の内容が頭に残ったまま、いざ会場へ。
この日はトークイベントの前に、来年どうやって
小豆島カメラの活動をしていこうかという打ち合わせも。

grafの服部滋樹さん(写真左)と小豆島町役場の相原さん(写真右)にもご参加いただき、今後の小豆島カメラについて打ち合わせ。

写真家MOTOKOさんが撮影した小豆島のイメージ映像を見ながら。

小豆島カメラはこの1年、スタートの勢いとまわりの方々の力によって、
いろんな活動をしてきました。
島のことをよく知っていて、その写真を撮るのは島のメンバーだけれども、
カメラやレンズの提供、カメラ講習の実施、ツアーや写真展の段取りなど、
ほんとに多くのことをいろんな方にサポートしてもらっています。
そのサポートがなければ、ここまでやってこられなかったし、
いまの私たちもなかったと思います。

ふと思い出したのが、朝読んだ藤本智士さんの記事中の一文、
「地元のクリエイターを育てることが、僕の役割。
編集の力でできることはたくさんあるのに、
地方のクリエイターはそのことを知らない」
都会から来ている藤本さんたちのチームと地元の編集チーム、
そして行政が意見を出し合い、ともに活動することを通して、
地元の人たちの編集力、発信力を育てる。

私たちもまさにいま育ててもらっています。
写真家のMOTOKOさんやカメラメーカーのオリンパスさん、
写真雑誌「PHaT PHOTO」を出版するシー・エム・エスさん、
その他たくさんの人たちに。
外に対して小豆島での暮らしを伝えていくのに、どんなふうにすればいいのか、
ひとつひとつ具体的な経験を通して、教えてもらってるんだなと。

最新のPEN Lite E-PL7で、小川社長とみんなで自撮り。

カメラや撮影について直接話せるとても貴重な時間。

今回トークイベントに参加してくださったFM802の土井コマキさん(写真左)、いつもイベントを見にきてくれてアドバイスをしてくれるカメラマンの桑島薫さん(写真中)、小豆島カメラのロゴやTシャツをつくってくれているイラストレーターのCHO-CHAN(写真右)。

来年、再来年、そして5年後と、
小豆島カメラという活動を継続して自分たちでやっていくためには、
まだまだ身につけなければいけないことがたくさんあります。
伝える技術や方法だけじゃなくて、運営していくためのお金やチームづくりのことも。
これは、触れたくないけど、実はいちばん大切なことだったりするかもしれない。

小豆島カメラ2年目の活動は、継続できる仕組みづくりをすること。
自分の仕事とは別に、地域のことを仲間と一緒にしていく。
その仕組みができれば、もっとパワーアップできるんじゃないかなと。

そして、2016年は第3回目の瀬戸内国際芸術祭。
たくさんの人が小豆島にやってきます。
そのタイミングにあわせて私たちも何かできるように
準備を進めていきたいなと思っています。

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住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
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180年の歴史と 地元の魅力を伝える老舗醤油蔵 徳島・福寿醤油

徳島で選ばれ続ける醤油

初めて電話をかけると、心地のいい声が返ってきた。
これまでの蔵人は口べたな人が多く、そんならしさのある対応も好きだけど、
福寿醤油の9代目の松浦亘修さんの声は、一瞬で心を許してしまう。
きっと福寿醤油はただ伝統を守るだけじゃない。
創業文政九年。180年以上も続く老舗醤油屋への期待が、電話1本で膨らんだ。

180年以上続く貫禄ある蔵。増築や改装の形跡が年輪のように刻まれている。

誇りに思う蔵で感動を与える若き蔵人

どっしりとした伝統美ある立派な建物。
目の前に広がる福寿醤油の風格に背筋が伸びる。
そしていざ中に進むと、建物とは裏腹に
肩肘張らない朗らかな若いお兄さんが明るい声で迎えてくれた。
この方が松浦亘修さん。ざっくばらんに挨拶を交わすと、
醤油の造り方や蔵の概要をわかりやすくまとめた資料を渡してくれ、
「じゃあ、ご案内します」と蔵の中を案内してくれました。

若い社員がせっせと動き、風情ある蔵の中の道具から湯気が立ち上っていく。
そんな情緒あるなかで「中に入っている麹がこんなふうに変化するんですよ」と
時々iPadが登場するのが面白い。そして相手が、わぁ!と笑顔になって見ると
「そうなんですよ!」と嬉しそうに言葉を添えていき、
踏み込んだ質問を受けると「僕もまだまだ勉強中の身なんですが……」と言って、
醤油のことを知らない人でもわかりやすく楽しめるくらい上手に伝えてくれます。
「この代々受け継いだ建物と道具を使って、
きちんと造っていることを伝えたいですから。少しでも感動してもらえたらいいなって。
僕は専務という立派な肩書というよりも『広報部長』のようなものなんですよ」
と松浦さんは生き生きと話しました。

麹が成長する過程など、見学している工程の前後をiPadでフォロー。

見学の予約は随時受け付けている。年間200組くらい来ているという。

実はこのときの松浦さんは、蔵に帰ってまだ1年余。
それまではまったく畑違いで高級新築マンションの営業をしていました。
「30歳というきりのいい年になって、ふとそろそろだなと思ったんです」
そして帰って始めたことがPR。
「この建物もいい。お客様もおいしいと喜んでいる。
帰ると一段と良さが見えてきました。
ただ、父は根っからの製造の人間で口べたな人。
口を開いても上手は言わない人なので、これまでPRはしてこなかったんです」

さらに成長させたいと思った時に思い出したのが
「感動させろ」という、以前の職場の先輩から何度も言われた言葉。
「製造は父で広報は僕。お互いの得意分野をいかし合えばいいと思って」
そんな松浦さんの醤油の知識量と蔵の理解度は
1年余と思えないほどしっかりとしていて、いかに蔵に向き合ってきたかが伝わります。

麹の生育を温度計も使って管理。福寿醤油では2月~5月15日の間、毎日麹を造る。

従業員10人のうち、若い蔵人も数人いる。

地元を愛し、愛され続けて180年余

「見学の後は、味見をしてもらっているんですよ。
どれでも味見できるので言ってくださいね」
ぐるりと見渡すとさまざまな種類の醤油が。
定番の濃口と再仕込醤油を数種リクエストし、手に取りました。
香りにも味にもふわりとした柔らかさと落ち着きが。特に「2年熟成醤油」は
そこに素材を邪魔しない程度の絶妙な深みが加わっていいバランス。
「福寿醤油さんの醤油は料理人泣かせの味。
もう僕の技術がなくても食材と醤油だけでおいしくなるよ」
と料理人から言われたこともあるとか。

実際に私が家で使ったときもとにかく使いやすく、
煮物でもかけ醤油でも何でも合います。
主張することなく、瀬戸内の白身魚や野菜の繊細な風味もいかします。
さらに本醸造がメインの大阪と、甘口の混合醤油がメインの
四国の食文化が混じる徳島らしく、混合醤油は他県と比べて甘さ控えめ。
そして添加物のない本醸造にも力を入れています。

すべて天然醸造仕込。桶で仕込むものには丸大豆を使う。

丁寧に積み重ねられ、じわりじわりと醤油が搾られていく。

「これらの醤油を徳島県内ならどこにでもトラックで届けますよ」
という松浦さんのひと言に驚き。徳島県といっても広いのに! 
実はこれが180年以上支持されている理由のひとつ。
「戦争中は醤油製造を続けることが大変で、醤油を切らす蔵元も多かったんです。
でもうちはなんとかお醤油を切らさずに造り続け、
結果的に顧客獲得に繋がったんですよ」と松浦さん。
以来続く信頼を象徴するように、瓶詰め場には
地元で昔から使われてきた大きなサイズ「一升瓶」がずらりと並びます。
小さなサイズも用意していながら、いまなお売り上げの6割以上がこの一升瓶だそう。

代々、徳島の人々に手渡ししてきた一升瓶の醤油。徳島県内全区域にトラックで届ける。

醤油は一升瓶にペットボトル、少量の瓶などとお客様の要望に合ったかたちで買えるようにしている。

「時間があれば、ここ鳴門のレンコン畑や大谷焼、お酒も楽しんでいってくださいね。
この辺りは食という切り口でも面白いところですし、
例えばレンコン畑が広がるようすなど、景色としてもいいんですよ」
と、付近の情報をまとめた冊子を見せてくれました。その中には福寿醤油も。
「商工会青年部の大半がひとつ上と下の学年で構成されていて、すごく仲がいいんです。
そこで、みんなのいろんな食の現場を連携して体験できる仕組みをつくったんです」
と楽しげに話します。そういえばお醤油の味利きの時に合わせる食材も
なんと地元名物の希少な「生ワカメ」。
しかもそのとき、醤油より熱心にワカメの話をしていました(笑)。
話を聞けば聞くほど地元を大切にし、
松浦さん自身も楽しもうという気持ちがじっくりと伝わります。

見学の後は、好きな醤油の味利きができる。

徳島名産の生ワカメで味利き。「この生ワカメのおいしさを知ってもらいたくて」と、地元をPR。

いい醤油を造る社長に、人を繋ぎ広報ができる息子。鬼に金棒となった福寿醤油。
そしていかし甲斐のある魅力ある鳴門のまち。これからが楽しみです。

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福寿醤油

住所:徳島県鳴門市大麻町池谷大石8
TEL:088-689-1008
http://www.fukujyu1826.com/

オリーブ収穫とオイルづくりから始まった 小豆島暮らし

2年前、初めてつくったオリーブオイル。

10月31日、2年前のこの日に私たちは小豆島に引っ越してきました。
もう2年、というよりまだ2年ですが、この2年はほんとに濃密で、
日々いろんなことが起こり、引っ越してきたのがもうずっと昔のことのようです。

朝晩が寒くなり始めるこの季節、小豆島ではオリーブの収穫が始まります。
オリーブは春に花が咲き、秋に大きくなった実を収穫します。
まさにこの季節に私たちは小豆島で暮らし始めました。

10月、島のあちこちでオリーブの収穫が始まります。

色づき始めたオリーブの実。緑から赤紫に変わっていきます。

当時は片づけに追われる日々でしたが、引っ越して2週間後、
小豆島に来る前から繋がりのあったオリーブ農家の友人(イズライフの堤祐也さん)に
オリーブ収穫祭(という名の本格的な収穫作業、笑)来ない? と誘われ、
それは楽しそうだと参加させていただきました。
もう引っ越してきた当時のことはだいぶ忘れてしまいましたが、
このオリーブ収穫体験のことはとてもよく覚えています。

3日間くらいがっつり参加。
たしか初日は雨でレインコートを着て収穫した気が。
後半2日は暖かくいい天気で、オリーブ畑で過ごす時間は最高に気持ちよく、
時おり休憩しながら家族で収穫を楽しみました。
その3日間は、オリーブに関する本も読んだり、
実体験と本からいろんなことを学びました。
そもそも、オリーブオイルが実をしぼってできるものだと知らなかったし、
品種もルッカやミッションなど何種類もあるということを初めて知りました。

小豆島に引っ越してきて半月後、オリーブ収穫。

この季節のオリーブ畑は、日中は暖かくとても気持ちいい。

収穫したオリーブの実。

その読んだ本の中に、たまたまオリーブオイルのつくり方の記事。
これは、つくってみるしかない、きっといましかつくれない。
と思いたち、オリーブの実を少しだけ分けてもらって、人生初のオリーブオイルづくり。

家に持ち帰ってすぐにオリーブオイルづくり開始。
オリーブを洗う、選別する。
ビニール袋に入れてモミモミ。
つぶしたオリーブの実をキッチンペーパーとペットボトルを使ってろ過。
一滴一滴落ちるのをひたすら待つ。
そして落ちたオイルをスポイトで吸い取る。

自宅の庭でオリーブオイルづくり。まずは洗って選別。

袋に入れてとにかく潰す。果汁と油がでてきます。

ペットボトルとキッチンペーパーでつくった手づくりのろ過装置。ポトポトとオイルと果汁が落ちます。

ろ過された果汁とオイル。上のオイルの部分をスポイトで吸い取ります。

台所中いたるところが油まみれ。
丸2日くらいかけて、なんとか1本半のオイルが完成しました。

手づくりのオリーブオイル。ピリッとワイルドな味でした。

私たちの小豆島暮らしは、まさにこのオリーブ収穫と
オリーブオイルづくりから始まりました。
あれから2年。
ぽん酢、ジンジャーシロップ、栗の渋皮煮、イチゴジャム、梅干し……などなど、
とにかく自分たちの手でつくれるものはいろいろ挑戦しています。

これからも私たちの暮らしのベースは、この“つくる”ということ。
まだまだ挑戦したいことだらけです。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

島中のお父ちゃんがかっこいい日、 小豆島の秋まつり

男の人が1年でいちばん、かっこよく見える日。

またこの季節がやって来ました。
1年に1度、島の男衆たちがとてもとてもかっこよく見える日。
小豆島の秋まつりです。

小豆島の秋まつりは、豊作を感謝する秋のお祭り。
小豆島にある6つの八幡神社で行われます。
今年は10月11日の葺田八幡神社から始まり、
13日の伊喜末八幡神社のお祭りは残念ながら台風で中止。
続いて、土庄八幡、内海八幡、富丘八幡、池田亀山八幡さんと
約1週間かけて開催されました。

お祭り前日は、宵まつり。
太鼓台を押して地元地区をまわります。
もうすぐ来るかねーと、近所のおばちゃんたちと一緒に家の前で太鼓台を待ちました。

宵まつりの日。肥土山離宮八幡神社を出発し、太鼓台を押して地区内を歩きます。

家々のあいだの狭い道を太鼓台があがってきてくれます。

10月に入ってからこの日のために太鼓の練習をしてきた地元の中学生の子たち。

私たちが暮らす肥土山地区は、富丘八幡神社に奉納します。
同じく富岡八幡さんに奉納する渕崎地区では、
お祭り前夜に「ぼんぼり祭り」が行われます。
太鼓台に提灯をつけて、暮れゆくまちの中を歩きます。
翌日の祭り本番に向けて、テンションがグッと上がります。

海と夕焼けをバックにぼんぼり祭りのスタートを待つ男衆。

明かりが灯った提灯。

暮れゆくまちの中を提灯をつけた太鼓台が通ります。

そして、お祭り当日。
今年は最高の天気。
晴れ渡る空の下、朝一番でたくちゃん(夫)は足袋を履き、法被を着て出発。
「お父ちゃん、いってらっしゃーい。」
さてさて私たちも準備をして、いざお祭りへ出発です。

祭り当日、足袋を履いて法被を着ていざ出発。

富丘八幡神社に到着すると、すでに始まってる、始まってる。
小太鼓から順番に鳥居をくぐって宮入りです。
続いて大太鼓。
鳥居の前にある一本松のまわりで、長さ20メートル近くもある各地区の大太鼓が
「えいしゃーしゃーげっ!」と持ち上げられます。
すぐ目の前でかつがれる太鼓の迫力に圧倒されます。

まずは小太鼓から。富丘八幡神社前の一本松のまわりで。

この日はほんとにいい天気でした。お神輿も宮入り。

大太鼓のど太い丸太。これを地区の皆で持ち上げます。

宮入り後、今度は馬場(神社の広場)で太鼓のかきくらべ。
どこの地区の太鼓がいちばん高くきれいに上がるかを競います。
それを私たち家族は桟敷から応援。

桟敷からの景色。

友人の家の桟敷におじゃまして割子弁当をいただきました。みんなでお弁当食べながら飲みながら祭りを楽しみます。

お父ちゃんやお祖父ちゃん、旦那さんや息子さん、そして友人。
この日は男の人たちがほんとに男らしい、力強くたくましい姿を見せてくれる。
そんな姿を見ることができるから、尊敬したり憧れたり素敵だなと思える。
こういう日があることはとても大切なんじゃないかな。

お父ちゃんの後ろ姿がかっこいい。

肥土山の太鼓台はとてもきれいに上がっていて、担ぎ手の手が丸太から離れるほど。

各地区ごとに太鼓のかきくらべ。うちんとこがいちばんかっこいいで!

また来年。
そのかっこいい姿を見られることを楽しみに。

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自分たちの手で、自分たちの地域のことを

「小豆島カメラ」の活動で学ぶこと。

私たちはいま、小豆島で暮らす7人のメンバーで
小豆島カメラ」という活動をしています。
自分たちが暮らしている小豆島で、日々の暮らしの中で出会うシーンを撮り、発信する。
写真を通して小豆島のことを知ってもらおう、そして来てもらおう、
さらに住んでもらおう、そんなプロジェクトです。

このプロジェクトは島のメンバーだけでなく、カメラメーカーのオリンパスさん、
写真雑誌「PHaT PHOTO」を出版するシー・エム・エスさん、
写真家MOTOKOさんと共同で進めています。
去年9月、オリンパスのミラーレス一眼カメラ OM-D E-M5で小豆島を撮り始めました。
初めて使うカメラに戸惑いながら、まずは撮ってみる。
そして11月、オリンパスさん、シー・エム・エスさん、
MOTOKOさん、島のメンバーと顔合わせ。
ここからいろんなことが動き出しました。

去年のいまごろ。小豆島で東京のメンバーと顔合わせしました。welcome to 小豆島!

MOTOKOさんの写真展「小豆島の顔」。この展示からすでに小豆島カメラの活動が始まっていたように思います。

あれから1年。
4月からは1日1枚、写真をWebサイトで発信し、
すでに200枚もの毎日の小豆島が蓄積されています。
夏には「見たい 食べたい 会いたい」と題した写真展を島内、島外で開催し、
小豆島を撮影しながらまわる1泊2日の写真ツアーも行いました。

小豆島カメラ写真展「見たい 食べたい 会いたい」。大阪のgrafさんでも展示していただきました。

大阪での展示に続き島内でも。初めて自分たちで設営しました。

島内2か所目の展示は古い建物で。自分たちで掃除から始めて、楽しい展示になりました。

この活動を通して、本当にいろんなことを学んでいます。
自分たちで撮りながら学ぶこともあれば、島でカメラの講習をしていただくことも。
先日はカメラマンの田川梨絵さんが島に来てくださり、
展示写真の選び方、組み方を学びました。
今月24日よりオリンパスプラザ大阪のオープンフォトスペースで開催する
写真展の写真選びです。
小豆島での暮らしを伝えるのにどんな写真がいいのか。
そもそも何を伝えたいのか。
そんなふうに考えることが、小豆島を見つめ直すことにつながってるんだと思います。

田川梨絵さんと写真講習。島でこんな勉強会をできるなんて思ってもみなかった。

10月24日よりオリンパスプラザ大阪で展示する写真セレクト。写真選びはほんとに難しい。

そして最近では外でお話させていただく機会もできました。
9月に開催されたシー・エム・エスさん主催の「御苗場vol.15関西」では、
「地域の魅力を写真で発信すること」と題して写真家MOTOKOさんとトークショー。
私たちの活動を通してどんなことを伝えられるか、
そして来てくださる方はどんなことを知りたいのか。
話す内容を考えることで、自分たちの活動の意味や
これからどんなことをすべきかを考えたり。

御苗場vol.15関西にて「地域の魅力を写真で発信すること」と題してトークショー。(撮影:yuki kitamori)

来てくださった皆さんと。いろんな地域から聞きに来てくれて嬉しかった。(撮影:MOTOKO)

御苗場では小豆島の写真も展示させていただきました。(撮影:yuki kitamori)

地方創世、最近ニュースでこの言葉をよく耳にします。
外の人たちに全部やってもらうのではなくて、自分たちの手で、
自分たちが暮らす地域をこれからも楽しく暮らせる場所にしていきたい。
でも自分たちの力や知識ではやりきれない、そんな時に
外の人たちと共に活動することでできないことも実現できたりする。
活動を続けていく中で、学びながら、少しずつ
自分たちでできることを増やしていけたらいいなと思います。

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YCAM「地域に潜るアジア:参加するオープン・ラボラトリー」後編

地域にやって来たエイリアンとして。

山口情報芸術センター[YCAM]で開催されていた
「地域に潜るアジア:参加するオープンラボラトリー」で、
最も長い期間、山口に滞在していたアーティストが
「竹のラボラトリー」のヴェンザ・クリスト。
彼はインドネシアで「HONF Foundation」というコミュニティを立ち上げ、
さまざまな活動を展開している。

「MICRONATION / MACRONATION(ミクロネーション/マクロネーション)」
というプロジェクトは、アーティストをはじめ、科学者、ハッカー、
活動家、学生、農家など、多様な人たちがそれぞれの専門知識を生かし、
新しい農村運営モデルをつくっていくというもので、
実際に100人ほどの人が暮らす規模の農村をつくり上げた。
「自分の仕事は、さまざまな専門性や職業を持った人々を集め、
ビジョンを共有すること。集まることで、
自分たちだけでは実現できないことも実現可能になる」と話していたという。

今回のラボラトリーも、まず課題を共有することからスタートさせようと考えたようだ。
まずヴェンザは山口に入る前に、リサーチのために岡山県の美作市上山地区を訪れた。
限界集落での棚田の再生活動など、山間地域の再生の成功例として知られている地域だ。
そこで耕作放棄地などの問題に触れ、山林にあふれる竹の問題に目を向ける。
ヴェンザは、それが日本の山間部の状況を最も端的に示す題材だと考えたようだ。

阿東文庫の音楽室にて、自身のプロジェクトを説明するヴェンザ・クリスト(右)。

公開ミーティングに集まった阿東地区の人々。

そして山口市の阿東地区へ。
YCAMから車で1時間ほどの阿東は、豊かな自然が広がる農村地帯。
米作や酪農も行われてきた資源の多い土地である一方、
美作と同じように竹が田畑や森林を浸食しているという問題を抱えていた。
そこで、竹という自然資源をキーワードに、
地域の人たちと話し合いながら、課題を浮き彫りにしていった。
そのなかで出会ったのが、さまざまな知識と経験を持つ、地域のキーパーソンたち。

「私たちが一方的にワークショップや活動を行うというより、
こういう方々の知識や経験を取り込み、私たちが得意とすることとかけ合わせていく、
ハイブリットな知性をつくっていけないかという考えが根幹にありました。
そこにはヴェンザのような、海外からの他者の視点というものも、
重要な役割を果たせるのではないかと思いました」
と、今回の展覧会を企画したYCAMの井高久美子さん。
ヴェンザや井高さんたちは、アーティストによるエイリアン(異国人)としての視点が、
日本の地域を俯瞰するうえで重要なのかもしれないと考えたのだ。
ヴェンザと地域の人たちはとりわけ農業の問題について議論を重ね、
ヴェンザは、農業を若い人たちにとってセクシーな(魅力的でかっこいい)
ものにすることが重要だと話していたという。

また、7月の下旬から約3週間にわたり、
阿東の旧亀山小学校で出張ラボラトリーを展開。
YCAMにあるレーザーカッターや3Dプリンターなどのデジタル工作機材を、
バスを改造したモバイルミュージアム「MOBIUM」に積み込み、
週末にはワークショップを開催した。阿東で伐採した竹を使って
楽器をつくるワークショップなどにたくさんの人が参加し、
イベント以外の日は、地元の人たちが自由に使える
ものづくりのための実験工房として機能した。

この運営の中心を担ったのが、阿東に暮らす明日香健輔さん。
明日香さんは、MOBIUMが置かれた旧亀山小学校内の私設図書館
「阿東文庫」の運営にも携わっている。明日香さんが中心となりながら、
YCAMと、今回の展覧会に共同リサーチ・プランニングとして関わる
大阪の「ファブラボ北加賀屋」のメンバーたちが、技術的にサポートした。

7月21日にファブラボ北加賀屋が行った「竹楽器をつくろうワークショップ」の様子。地元の竹細工の名人の技術と、デジタル工作機器の技術の双方を使って新しい竹楽器をつくっていく。

3Dプリンターやレーザーカッター、カッティングプロッターなどを搭載したバス内部。

ヴェンザは、YCAMで行われた最後のミーティングで
「日本の中山間地域で、さまざまな専門的知識と経験を持った人たちとの対話が、
大きな収穫だった」と話していたという。
インドネシアに帰国してからも竹のプロジェクトを行っており、
山口での経験がまた別の場所で生かされそうだ。

「阿東文庫」が秘める可能性。

今回の阿東地区での活動においてキーパーソンとなった明日香さんに話を聞いた。
明日香さんは、大阪出身のIターン者で、8年ほど前に阿東に移り住み、
IT関連会社を経営する傍ら、阿東文庫の運営に携わっている。
明日香さんは個人的に、ものづくりの世界的なネットワークである
ファブラボに興味を持っていたという。

「ものすごいムーブメントが起きているということは、
本やウェブなどを通じて感じていました。
それで1年半くらい前に、全国のファブラボを見て回ったんです。
これは面白い、と感じました。阿東にみんなが来て楽しめるような
ものづくりの拠点ができたら。ぜひここでやってみたいと思っていました」

いろいろなところにかけ合ってみたがなかなか実現のめどがたたず、
もう自分で3Dプリンターを買って始めようかと思っていたところへ、
ひょんなことからYCAMの企画チームとつながり、今回の活動に発展していった。
ファブラボは現在日本でも広まりつつあるが、多くは都市部にある。
中山間地域であるこの阿東に、移動式のファブラボが出現したのは面白い現象だ。
期間中は阿東文庫にさまざまな人たちが訪れ、ものづくりを楽しめる場となった。

たとえば「こんな表札がほしい」とパソコンで作成したデータを持参した女性が、
3Dプリンターで表札をつくり、喜んで帰っていったそう。
「意外と女性が積極的に来てくれました。若いお母さんがお子さんと一緒に来たり。
みなさん楽しそうにつくっているので、手伝うほうも
一緒になってわいわいやって、とても楽しかったです」

全国のファブラボを見て回っているなかで、
老若男女に偏ることなく利用者がいるということに、
明日香さんは可能性を感じていたそうだ。

「このあたりでは3世代で同居している世帯も多いですが、
実は世代間で分断が起きていることが多い。
でも、ものづくりがきっかけになって会話が生まれる。
たとえば孫が70代のおじいちゃんに3Dプリンターの使い方を教えたり、
その逆のことも起きたりする。そういう光景を目の当たりにして、
こういうことがこれからの地域に必要なんじゃないかと直感的に感じたんです。
ものづくりは集落や世代を超えていく。
ここに、これからの地域再生のヒントがあるんじゃないかと思いました」

「阿東文庫」の可能性について語る代表の吉見正孝さん(左)と、明日香健輔さん(右)。

阿東文庫内の様子。

今回の活動がYCAMを飛び出し、阿東地区の、しかも阿東文庫という場所で
行われたことには、大きな意義があるように思われる。
阿東文庫という場所が、大きな可能性を秘めている場所だからだ。
もともと阿東文庫は、現在代表を務める吉見正孝さんが、
8年ほど前から地域で捨てられる本を集めるようになったことから始まった。
当時清掃業に携わっていた吉見さんは、
毎日いい本がたくさん捨てられていくのを見かねて
その一部を集めていたが、さすがに置き場所に困った。
そのうち、休校して使われなくなった旧亀山小学校の一室に置かせてもらうように。
4年ほど前から有志を募って本を整理するようになり、地域の人たちに開架している。

図書館のようだが、公共の図書館と違うのは、
有志が残していきたいということから始まっていること。
市立の図書館は、市民が読みたい本を揃えなければならないため、
専門性は低くなってしまいがちだという。
蔵書の数やスペースにも限りがあり、残したくても残せない本が出てくる。
阿東文庫では、亡くなった方の遺品整理に困った遺族が寄贈したり、
退官する大学教授が大学図書館では引き取ってもらえないからと譲ってもらうこともあり、
その結果、個人の趣味や研究が色濃く出るような本が集まってきた。

「会ったことがない人でも、こんな本を読んでいたのか
ということがわかることによって、その人の人となりや、
阿東でこういう生活をしていたんだろうなということが、うっすら見えてきます。
この地域で生きてきた人たちの歴史や情報が凝縮されている。
それに感動することがあるんです。ここでどんな人が生きて、
どんな生活をしていたかを残していくというのは、
地域としては大きな財産になるんじゃないか。
こういう地域の歴史の残し方は、新しいのではないかと思うのです」

明日香さんは、地域には自分たちがやっていくことを考えるための
シンクタンクが必要だと、以前から考えていたという。
「自分たちの地域に誇りを持って生きていくために、
何を残したり、何をやっていかなくてはいけないか。
自分たちの足で自立して考えていくためには、
ここに本があるというのは大きな意義があると思います。
実は地域のことについて、地域の人がいちばん無関心だったりする。
それでは地域はよくならない」

地域には、明日香さんのようなIターンの目線が必要なのかもしれない。
それはまた、今回アジアに潜ったアーティストたちのエイリアン的な視線とも重なる。
今後はもっと地元の人にたくさん阿東文庫を利用してほしいと語る明日香さん。
そして、阿東文庫が単なる本を集めた場所以上の場になることを考えている。

「この場所を、これからの中山間地域をどうしていこうかということを考えられて、
実践していける場所にしていきたいと思っています。
東京も50年後には、65歳以上の高齢者の占める割合が、現在の中山間地域と
同じくらいの比率となる時代を迎えるといわれていますが、
そう考えるとここは最先端(笑)。ここで起こるいろいろな問題を
どう解決するかというノウハウが、指標になる可能性が大いにあると思っています」

YCAMがあり、阿東文庫があり、そういうハブがいくつもできてきて、
それらがつながっていけば、地域は少し変わっていくかもしれない。
阿東文庫はそんな希望が持てる場所だった。

「地域に潜るアジア」展は、何か目標が達成されたり、
完成された作品が展示されるような展覧会ではないが、
地域でいろいろなことが行われ、考えられるような状況を育んでいる。
今回の展覧会は、そのきっかけにすぎないのだ。

丸大豆・本醸造・天然醸造 でつくる醤油 奈良・片上醤油

愛情いっぱい進化する昔ながらの醤油

醤油の蔵人の兄貴分。奈良にある「片上(かたかみ)醤油」はそんな頼りにされる蔵元。
兵庫や京都などの蔵元を巡っているときも、片上さんに考えを聞いたという蔵元も多く、
取材当日も奈良の蔵元が話を聞きに訪ねていました。
聞きたくなるのもわかる。片上醤油の片上裕之社長の醤油の話はとにかく面白い。
愛情いっぱい醤油造りを語る表情を見ていると、聞いている側も笑顔になる。
しかも考えに偏りがなく、知識と経験と見識の深さがあるので信頼性が高い。
私もついつい何時間も醤油談議をしたくなります。

「酵母菌は体がでかくてよく食べる弟のように……」と、身振り手振り楽しそうに、わかりやすく伝えてくれる。

丸大豆・本醸造・天然醸造の走り

片上裕之さんが醤油造りを始めたのは31年前。
造り手の多くを出す東京農業大学を卒業後、
祖父がやっていた「片上醤油」を継ぎました。
「帰ってきたときは、うちも外国産の脱脂加工大豆を使って
混合醤油を造っていました。それが普通の時代でしたから」
しかし片上さんは帰ると造りを変えました。
脱脂加工大豆を丸大豆に、混合だったのを本醸造に。
「タイミングが良かったんです」

ちょうど片上さんが帰った頃は丸大豆が見直されてきたとき。
「そのタイミングより前だと『いける』と思わなかったし、
後だったらほかにいっぱいあるから面白いと感じることもなかったと思います」
丸大豆とはその名前のとおり、収穫されたときの丸い形の大豆。
戦前までは日本全体で丸大豆を使うことが当たり前でしたが、
戦後の食糧難を機に丸大豆から大豆油をとった後の「脱脂加工大豆」を
醤油造りに使おうと国を上げて取り組みました。
また、アミノ酸や甘味料を入れた「混合醤油」にシフトせざるを得なくなりました。

「帰ったとき、奈良でも2軒だけ丸大豆・本醸造の醤油を始めた蔵があって、
その醤油がほかの醤油の2倍の値で売れていたので、面白いなと思いました。
しかも僕は大学の卒論で本醸造の研究をしていたんです。
正確に言うとアミノ酸などの変化について調べていたのですが、
その研究は本醸造でないとできなかったのです。
いまでも当時の研究は役に立っていますよ」

片上醤油の大豆を蒸す機械は、脱脂加工大豆には対応しない、丸大豆専用のもの。

黄色くしっかりと醸された醤油麹。

とはいえ、いざ理想の丸大豆で本醸造の醤油を造るには試行錯誤の連続でした。
「まずは濃口醤油を造り始めたのですが、味が安定するまでは何年もかかりましたよ。
仕込む水の割合が多過ぎると薄っぺらくなり、少な過ぎるとたまり醤油のようになる。
大豆55:小麦45など、業界で言われる割合があるけれど、
必ずしもベストの割合とも限らないので、いろいろ試してみました。
少し割合が違うだけでだいぶ味が変わりますよ。
最初は毎年違う味の醤油になっていました。よくそれでも買い続けてくれたもんですよ。
当時は珍しかったし、若かったから応援してくれていたのでしょう」

違う割合で試すと言っても、片上さんの醤油造りは四季の温度変化をいかして造る
「天然醸造」のため、試せるタイミングは年に一度。
それも大量の醤油ができるから簡単な話ではありません。
やっと濃口醤油の風味が決まっても
「その後に淡口醤油、そしてたまり醤油、再仕込醤油の順で造っていきました。
淡口醤油なんて難しくて、いまでも微調整して質を上げようとしています。
どのタイミングで乳酸菌や酵母菌が理想的な働きをするかを逆算して
仕込み時期を変えてみたりね」と楽しげに話します。

桶や蔵の特徴をすべて把握して、適材適所に仕込んでいく。

じっくり搾り、油が出始めたらそれ以上は意味がないからと圧搾を止める。搾った醤油は希釈することなく、そのままを出す。

底尽きぬ醤油造りへの愛情が、醤油好きのファンを呼ぶ

小さな蔵元がさまざまな種類の醤油を造ることは珍しいこと。
「いろいろ造りたくなったんですよ(笑)。
そもそも歴史は誰かがつくったものでしょ。だから僕も石をひとつ積みたいんです。
醤油造りはすでに確立されているように言われるけれど、
やってないことがまだあるんじゃないかと思っています。
最近の材料や道具だからできることがあるんじゃないだろうか? とか。
だからうちの再仕込みも普通じゃないんですよ。
通常、再仕込みを造るときは、一度できた醤油を薄めて、その中に麹を仕込みます。
そうでないと濃過ぎて発酵しないから。でも、あえて薄めずに仕込んでみたら
発酵して、すっごく濃厚な再仕込醤油ができたんです。
それはたまたまうちに浸透圧に強い菌がいたというだけなんですが、
できちゃったんですよね。
たまり醤油だってそう。本家本元のたまり醤油は、
混ぜることなく石を積んで対流させて造るけれど、
あえて混ぜたらどうなるんだろうって思って造り始めました。
これがとんでもなく大変な造りだって後で思い知らされることになるんですが(笑)。
でももう始めたから続けています」

それほど長年かけて積んだ独自のノウハウならば、出し惜しみするかと思いきや
「頑張っている蔵元には具体的な仕込みや原料の割合なども教えますよ。
いろいろ試みてきた蔵元は隠したってわかるんだから、言ったもん勝ちですよ」
とやっぱり楽しげに話します。

そんな片上さんの醤油を買うのは、
「いわゆる『醤油好き』な人が多いですね。
ソースではなく、なんでも醤油をかけたい人とか、
ついつい両面に醤油をつけちゃう人とか。
うちに来たお客様が、たまたま来た別のお客様に
うちの醤油造りを僕より上手に教えていることもよくあるし、
材料を持ち込んで『これで醤油を造って!』と言われることもあります。
そんな醤油好きな人が口コミで広げてくれています」

「うちの再仕込みは通常の再仕込みより濃いのでエッセンスに使うのがおすすめ」と片上さん。トマトソースに混ぜると少し和風になり、コクと深みが増します。

「再仕込みをお吸い物に入れるのがお気に入り」と奥様。深みが増していつもと違うおいしさを楽しめます。

片上さんの目標は、祖父と一緒に初めて仕込んだ醤油の香りを超える醤油を造ること。
まだ何も知らない大学卒業したてのときに仕込んだのに、
とても香りのいい醤油ができ、その香りを超える醤油が未だできないという。
「しかも、あのときは脱脂加工大豆で仕込んだんですよ。皮肉な話ですよね(笑)。
だから、脱脂加工大豆をダメだとは思っていないんです。
丸大豆・本醸造・天然醸造で仕込んできましたが、
それ故に大変な経験もいっぱいしてきましたから、
醤油造りに関するいろいろなことに対して否定する気持ちもなくなります。
ただ、ここまできたら丸大豆・本醸造・天然醸造だからできる
おいしい醤油を追求し続けますよ」
片上さんの愛情いっぱいの挑戦は、終わることを知りません。

材料を持って来て「これを仕込んで」と依頼されることも。気持ちに感謝して丁寧に仕込む。

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片上醤油

住所:奈良県御所市大字森脇329
TEL:0745-66-0033
http://www.asm.ne.jp/~soy/

畑から始まるひと皿のサラダ

自分たちが育てた野菜で、メニューをつくる。

小豆島でカフェをオープンして半年が過ぎました。
半年といっても、お店を開けているのは週に2回、金曜と土曜だけなので、
まだ50日くらいしか営業してないですが(笑)。
それでも毎週新しいメニューを考えたり、ディスプレイを変えたりして、
少しずつお店のイメージというか雰囲気ができてきました。

カフェには地元のおばあちゃんたちも来てくれます。ゲートボール後にお茶しに。

野菜の販売スペースも少しずつ拡充。野菜の販売は毎日したいなと。

私たちは、小豆島の肥土山(ひとやま)という農村で、
農業をしながらカフェを営業しています。
月曜〜木曜は畑作業、金曜、土曜はカフェ営業、
そして日曜は予備日(休んだり、たまった仕事をしたり)。
何してる人? と聞かれたら
「農家です。週末だけカフェを営業しています」という感じです。

カフェのメニューは、ざっくり言うと、カレーと焼き菓子と飲み物。
ごはんメニューはサラダがセットになったカレー2種のみ!
メニューを増やしたいねえと言いつつ、いまのところ具体的な予定なし(笑)。

肥土山産のイチゴを使ったマフィン。

夏の間は、焼き菓子のほかに冷たいデザートも。こちらも肥土山産のマスカットを使って。

カフェをオープンした頃は、ほとんどの野菜を仕入れていました。
もちろん畑で育てた野菜を使うけれど、それだけじゃ量も種類も足りないので、
知り合いの農家さんから購入したり。

自分たちが育てた野菜でカフェのメニューをつくる!
そう思いながら始めたカフェ。
それって実はとても大変で、それこそ野菜をつくるところから
カフェのメニューづくりが始まる。
春になる前に仕込み始めた春夏野菜が5月頃からようやく収穫できるようになり、
やっとこの夏くらいから野菜を外から仕入れずに、
カレーやサラダをつくれるようになりました。

畑での収穫作業。すでにサラダづくりが始まってます。

コルノデトーロピーマン。手のひらよりも大きなピーマンです。

収穫した季節の野菜を使って、サラダやカレーをつくります。

カレーは玉ねぎ、ジャガイモ、ニンニクなどを使ったシンプルなもの。
実は、そのカレーにセットでついてくるサラダのほうが季節ごとの野菜を楽しめます。

長なすの揚げびたし。

四葉(すうよう)キュウリ。輪切りにしてサラダに添えます。

ジャガイモはふかしてポテトサラダにしたり。

この日のサラダの具の一部。ひと皿のサラダに6〜10種類ほどの野菜を使っています。

ひと皿のサラダをつくるのに、畑から考えると約4か月。
そこにはいろんなストーリーが詰め込まれています。

ある日のサラダ。日ごとにちょっとずつ野菜の種類や料理の仕方が変わります。

カフェの料理はたくちゃん(夫)担当。
畑で野菜を育て、収穫しながら、
今週のサラダは何にしようかと想像したりしてるんだと思います。
野菜をつくる人と料理する人が一緒だからこそできるメニュー。
そういうメニューを出せるカフェでありたいなと思います。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

YCAM「地域に潜るアジア:参加するオープン・ラボラトリー」前編

「場」を見せる、という展覧会。

山口市にある山口情報芸術センター[YCAM]では、7月5日から9月28日まで、
展覧会「MEDIA/ART KITCHEN YAMAGUCHIー地域に潜るアジア:
参加するオープン・ラボラトリー」が開催された。
これは、東南アジア4か国で開催された国際交流基金主催の展覧会の
山口版ともいえる展覧会で、アジアからやって来たアーティストたちが
山口の各地域に潜り、さまざまなフィールドワークをもとに、
地域の人たちとつくり上げるような展覧会だ。
展覧会といっても、ふつうの展覧会と少し違うのは、
会場に行っても完成された作品が展示してあるわけではなく、
そこにあるのは「場」でしかない。
タイトルにもあるように、ラボラトリー、つまり作業場のようなスペースがあり、
アイデアや活動が生まれていく場が開かれている、という企画展なのだ。

会場には5つのラボラトリーが開設された。
「竹のラボラトリー」では、ヴェンザ・クリストとユディ・アスモロという
インドネシアのアーティストが活動。
彼らはインドネシアのジョグジャカルタで、
テクノロジーとアートのためのラボ「HONF Foundation」を設立していて、
アーティストと専門家や学生などによる緩やかなコミュニティが、
地域課題に取り組むプロジェクトを展開している。
インドネシアでは建材として利用されている竹が、
山口ではほとんど利用されていないという現状に目を向けたヴェンザたちは、
地域の人たちと一緒に竹の問題について考えていった。
またそこから、大阪の建築グループ「ドットアーキテクツ」による
会場デザインのアイデアも生まれ、実際に竹を利用したラボラトリーが会場に出現した。
今回ヴェンザが潜った山口市の阿東地区での展開については、
後編で詳しく紹介していく。

今年3月に山口市の阿東地区の農家、吉松敬祐さんを訪問するヴェンザ・クリスト(写真左)。活動に共通点が多く、話が盛り上がるふたり。

「食物のラボラトリー」では、マレーシアのリム・コクヨンとヤップ・ソービンによる
「オペラシ・キャッサバ」というプロジェクトが展開。
キャッサバは、タピオカの原料としても知られる南米原産の作物で、
東南アジアでは一般的な食べ物のひとつ。
第二次大戦下に、旧日本軍が主食である米を独占してしまったために、
現地では重要な食糧となって一般的に定着したという経緯がある。
オペラシ・キャッサバは、キャッサバを通して
マレーシアの文化的アイデンティティを探るプロジェクトとして、
キャッサバにまつわる記憶やレシピを投稿できる「キャッサバ・ミュージアム」を、
2012年にインターネット上に立ち上げた。
今回はキャッサバ・ミュージアムのYCAM版を制作したほか、
実際にYCAM内に小さな畑をつくり、キャッサバを栽培している。
また、山口市で食文化について考える活動を展開する
津田多江子さんによるワークショップも開催された。
実際にキャッサバを調理し、リム・コクヨンのおばあさんのレシピを再現することで、
個人の記憶を追体験するようなワークショップになった。

YCAM内の中庭にキャッサバ畑が出現。

会期直後に開催されたワークショップ。キャッサバを調理するヤップ・ソービン(写真右)とリム・コクヨン(写真左奥)。

「穴のラボラトリー」は、田村友一郞による「話」のラボラトリー。
人の口から耳へ、そしてまたその人の口から別の人の耳へと
「穴」を通して話が広がっていくことをイメージしている。
館内ツアー「Y市の出来事」では、普段よりYCAMの展覧会ナビゲーターを務める
サポートスタッフと呼ばれる女性たちが案内人となり、
来場者から山口にまつわるさまざまな話を、日々聴取している。
ツアーの導入では、田村自身が取材した、日本で唯一、民間で継承されている
山口鷺流狂言にまつわる話を紹介しながら、来場者から話を引き出している。
ツアーを介して、サポートスタッフの女性たちにより集められた話は160話にのぼり、
経過報告会「名勝 Y市の穴巡り」の中で、
女性たちのドキュメント映像とともに、一部の話が公開された。

「Y市の出来事」経過報告会「名勝 Y市の穴巡り」の様子。

「名勝 Y市の出来事」で公開された、集められた話の一部。

「音のラボラトリー」では、山口にまつわる音源が公開されていた。
ひとつは山口市在住の民謡研究家、伊藤武さんが
山口県の各地で録音、保存してきた「作業歌」。
作業歌とは、昔の人が農作業などさまざまな作業をしながら
作業効率を上げるために歌っていた歌で、
山間部では農業や林業にまつわるものが多く、
沿岸部では塩や石材産業にまつわる歌が多い。
いまではほとんど失われてしまった作業歌を、50年にわたり、
伊藤さんが歌い手を訪ねて録音、収集したこのライブラリーは、とても貴重なものだ。
もうひとつは、YCAMと坂本龍一のワークショップ
「walking around surroundー山口の音に耳を傾ける」のために、
2012年に山口市の小学生たちが行ったフィールドレコーディングの音源で、
現代の山口市のさまざまな風景が音によって浮かび上がってくる。
これらの音源を参照しながら、シンガポールのミュージシャン、
バニ・ハイカルが地域に潜り、音という切り口でフィールドワークを行った。

8月2日、3日に開催された大友良英FENオーケストラでのバニ・ハイカル。

そして5つ目のラボラトリーが
「メディア・テクノロジーと地域をつなぐラボラトリー」。
担当するのは「YCAM地域開発ラボ」だ。
YCAMが培ってきた技術やノウハウを、「地域」を通じて考え、
応用していくためのラボラトリー。
会場内に何でも投函できるポストを設置して、
地域の人たちから寄せられた課題や生活の知恵を貼り出し、
まずその共有からスタートして、人々がアイデアを交わしたり、
話し合ったりできる場を提供している。

5つのラボラトリーのひとつである「地域開発ラボ」。

竹筒でできた何でも投函ポストは、山口市の形になっている。

「YCAM地域開発ラボ」がめざすこと。

最後に紹介したラボが、実は現在の、そしてこれからのYCAMの姿勢を象徴している。
昨年10周年を迎えたYCAMで、11年目の今年、「地域開発ラボ」が発足した。
といっても、それはゼロからのスタートではなく、
YCAMがこれまでも教育普及プログラムなどを通じて
地域と関わってきたなかでやってきたこと。
YCAMの持つ技術や蓄積を地域社会に還元していくことに、
より力を入れていくということだ。ひとつの決意表明にもとれる。
まずは異なる地域、分野、年代の幅広い人材が、YCAMを介して関係性が持てるような、
いい意味で混沌としたプラットフォームづくりが大事だと、
地域開発ラボの菅沼聖さんは話す。

「今回の展示でもその姿勢を表しています。
ポストに山口の人たちが持っている地域の知恵を投函してもらう。
もしかするとそれはYCAMにとって新鮮な“知識”や“アイデアの種”になるかもしれません。
異なる分野の知識を集めて、生活や地域に根づく“知恵”をつくっていく、
YCAMはそんな場所になれる可能性を秘めていると思います」

「YCAM!知恵袋」に投稿された内容について、寄り合い形式で話し合うワークショップ。

たとえばこんなものがほしいとか、これをつくってほしいというような声に対して、
全部打ち返すことが正解ではない。地域課題に対して、
YCAMの技術で解決できるとしても、安易にそうしてしまうことが
必ずしも地域に貢献することにはならないと、菅沼さんは考えている。

「ひと言で地域課題といっても、その内容は多種多様。
当事者が高いモチベーションを持って原動力とならなければ、
解決することも、持続することも難しいと思います。
YCAMができることは、当事者とのコラボレーションが起きやすい
環境づくりに専念すること。地域、職業といった隔たりを超えて、
アイデアや課題を共有できる場所になれればと思います」

キッズ向けのものづくりワークショップも定期的に開催。

YCAMが以前から取り組んでいることのひとつに、
プロジェクトのオープンソース化がある。
坂本龍一と共同制作した「フォレストシンフォニー」は、
木の生体電位を採取してそれを音に変換するというものだが、
その制作に使ったハードウェア、ソフトウェア共に
インターネット上で公開して世界に発信している。
これは別の分野の人、たとえば農業に従事している人が知識としてとりこんだ場合、
まったく違う発想になるかもしれない。
また、プロジェクトのオープンソース化と同様に、
共同研開発の契約書までもオープンにしているのだという。
そのように活動を世界に発信したりオープンにしていくことは、
YCAMが培った技術や知恵が世界のどこかで有効利用され、
さまざまな可能性を生むことにつながる。

「地域課題というと内向きの印象を受けますが、
似たような課題を抱える地域は世界中に多く存在します。
世界規模で連鎖的に知識の応用が行われた結果、
地域の知恵がポンと生み出されるような事例をYCAMでつくりたいですね。
今後も公共文化施設と地域との新しい関係性を模索し、その手法が他施設のモデルとして
参照されていくような試行錯誤を続けていきたいと思います」

11年目から決意も新たにスタートした「YCAM地域開発ラボ」。
今回の展示に限らず、その可能性に今後とも注目していきたい。

農と食がつながる暮らし、栗拾いと栗ご飯

栗を拾って、食べるまで。

実りの秋、小豆島はまさにいまそんなシーズン。
イチジクから始まり、ぶどう、栗、そしてもう少ししたら柿、みかんなど、
いたるところでおいしいものが実っています。

私たちが暮らす肥土山では、そういった果物を育てている家がたくさんあります。
家の畑にイチジクの木が2、3本植わっていたり、小さなぶどう棚があったり。
自分たちの家で食べたり、まわりの人におすそ分けしたり、
毎年収穫の時期を楽しみに果物を身近で育てています。

私たちの家の庭にも、サクランボ、イチジク、柿、レモンの木があります。
少し離れた畑には、ビワ、栗、梅、金柑など。
お祖父ちゃんがたくさんの果樹を残してくれました。

そしてつい先日、みんなで栗拾いをしました。
去年の秋も小豆島で暮らしていたのですが、
なんとなくタイミングを逃してしまい、小豆島で初めての栗拾い。
子どものときに実家の近くで栗拾いして以来だから、実に25年ぶりくらい。

まさに大きな栗の木の下で〜♪ 栗拾い。

どうやったらイガイガに刺されずに栗を取り出せるか。そんなことも子どもにとっては挑戦。(撮影:牧浦知子)

大人のほうが興奮。手袋二重にして必死で拾いました(笑)。(撮影:牧浦知子)

いやー、興奮するする(笑)。
実を採るっていうのは、ほんとにいくつになってもワクワクします。
割れたイガイガの間から見えるツヤツヤの栗。
それを見て嬉しくなりながら、足でイガイガをどけて栗ゲット。
時間を忘れて拾い続けました。

ほんとにツヤツヤの栗。こんなにもキレイなんだなーと見とれてしまうほど。

長靴でイガイガをよけて、中身を取り出します。

今年の栗はでっかい!

そしてたくさん拾ったはいいものの、どうしよか(笑)。
鬼皮と渋皮にしっかり守られた栗。
これをおいしく食べるために、ここからがひと苦労。

一緒に栗拾いした友人と、翌日の夜それぞれの家で栗ご飯にすることを約束。
いつもの私ならその面倒くささにくじけてしまうのですが、今回はその約束もあって、
鬼皮、渋皮と地道にむいて、無事に栗ご飯までたどりつきました(笑)。

栗拾いから栗ご飯まで無事つながりました。栗いっぱいのリッチな栗ご飯。

昔はこうやって畑や山から採ってきた実を、お母さんやおばあちゃんが調理して、
毎日のごはんで食べていたんだなぁと。
いまは、その多くの部分が暮らしの外に出てしまい、
皮のむかれた栗を買って栗ご飯にしたり、加工された栗ご飯を買って食べたり。
手間が少なくなり、そのかわりにお金を払うように。

何が豊かかはその人しだい。
手間が少なくなって、暮らしが楽になったというのも豊かさのひとつだと思うし。

ただ、みんなでワイワイと栗を拾う時間はとても楽しいし、
もくもくと栗の皮をむく時間も心地いい。
そして自分たちの手で自然からいただいたものが、
おいしいごはんになるというのはけっこう感動する。

栗ゲット! やっぱり実を収穫するって子どもも大人も楽しい。

収穫した栗を水につけて皮をやわらかくします。このあと鬼皮と渋皮をむきむき。

農と食が近くにある、農と食がつながってる暮らし。
これってほんとに豊かだなと、栗ご飯を食べながらあらためて思いました。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

福田アジアンバザール、小豆島でアジアな1日

ちょっと離れた集落で、イベントに参加。

9月に入り、小豆島は晴れの日が続いています。
8月の長雨のせいか、地面や空気の温度はさがり、朝夕はすっかり秋。
でも日中はまだまだ太陽の陽射しが暑い毎日です。

そんな9月の日曜日。
小豆島・福田(ふくだ)地区で、「福田アジアンバザール」が開催されました。

福田は、島の北東にある海に面した集落。
ここはかつて石の産地として栄えたそうです。
現在は900人ほどの人々が暮らしていますが、町の合併などにより、
5年前に地元の福田小学校は閉校になってしまいました。

そして、その閉校になってしまった福田小学校が、
去年の瀬戸内国際芸術祭2013の際にリノベーションされ、
いまは「福武ハウス」として開かれています。(小豆島日記 #014
現在「福武ハウス―アジア・アート・プラットフォーム2014」として、
アート作品の展示、福田とアジアの食や文化、歴史を通した交流、
そして福田とアジアにまつわるイベントを展開。

今回の福田アジアンバザールはそのイベントのひとつ。
私たちHOMEMAKERSは、タイやミャンマー、台湾料理と並んで、
ドリンクとして出店させていただきました。

この日はドリンク屋さんとして出店。青みかんや小夏かんなど小豆島の柑橘を使ったソーダを販売しました。

小豆島で暮らしていても、福田にはなかなか行く機会がありません。
小豆島は多くの人が思っているよりもずっと広く、いろんな地区があります。
うちから福田までは車で40分。
ちょっとしたドライブです。

この日はほんとにいい天気で、島の北側を走りながら眺める海は最高。
空気が澄んでいて、遠くに明石海峡大橋も見えたり。
島の北側の静かで穏やかな雰囲気ってやっぱりいいなあと思いながら、
北浦、大部、小部といった北側の集落を通過し、ワクワクしながら福田へ。

島の北側は海岸ギリギリまで山が迫っている感じ。静かで穏やかでいい。

会場に到着すると、運動場はいつもと違って、賑やかなお祭りモード。
楽しそうな雰囲気が始まる前からすでに漂っていました。

地元福田地区の人たちによる農産物の販売。新米、たまご、野菜など。準備完了。

アジア各国のグッズ販売も。

11時、福田アジアンバザールスタート。
スタートと同時にほんっとにたくさんの方がみえて、どこの屋台もずっと行列。
石のお宝探しや石の工作ブースも子どもたちでいっぱい。
音楽ステージもたくさんの方で賑わっていました。

ほんとにたくさんの方が見えてました。大漁旗がまた気分をもりあげる。

お客さんで賑わう農産物のお店。

サザエや小エビも! こういうのが海辺の集落らしくていい。

アジア各国の楽器を使った演奏も。

この日はなんと2000人近い人が来場されたとか。
私がいままで小豆島で参加したイベントの中で
最大規模だったんじゃないかなと思います。

福田って面白い場所だなとあらためて思いました。
福武ハウス、旧小学校体育館を利用した「福田アジア食堂」、
もともと郵便局だった古家を改修した「福田『家プロジェクト』」、
建築家西沢立衛さんによる葺田パヴィリオン、
そんな新しいものも生まれ、そして何よりもここには福田という集落がある。
集落の中の小道を歩いたり、海で釣りをしたり、1日楽しめる場所。
元気なおっちゃんおばちゃんたちがきっと迎えてくれると思います。

「福武ハウス―アジア・アート・プラットフォーム2014」は、
11月3日まで開催(土日祝のみ開館)。
秋の気持ちのいい週末に、ぜひ訪れてみてください。

オーガニックたまり醤油を海外へ 愛知・丸又商店

丸又商店は、たまり醤油の代表産地、愛知県「武豊町」にある1軒。
原材料は丸大豆と塩のみ。
そしてすべて木桶でたまり醤油を造り続け、約30年前からは、
有機やオーガニック認証の大豆で仕込んだものが9割となりました。
そのうち多くを海外に輸出するなど、約20年前から世界各国に輸出を進めています。

有機JAS認定「オーガニックたまり」。

昔ながらの造りだから出せる、地元で愛されてきた味を造る

「最近は地元の人もたまり醤油を使わなくなってきましたし、
小麦を使って濃口醤油の風味に近づけたたまり醤油が増えました。
うちみたいに、大豆だけで造るたまり醤油はもう少ないですよ」
丸又商店の出口智康社長は静かな口調で話してくれました。

濃口醤油は大豆と小麦をおおよそ半分ずつ使って仕込むのに対し、
たまり醤油は主に大豆を使います。
もともとは大豆だけで仕込んでいたけれど、
最近は小麦の割合も少しずつ増えてきたようです。
「戦前までは、愛知の醤油といえばたまり醤油で、
何にでもたまり醤油を使ってきました。
僕はいまでもすべての料理にたまりを使います。
やっぱりたまり醤油を使うと、おいしいんですよね」
そう話す表情を見るだけでお腹がなりそうになります。
たまり醤油が身近にない私にとって、
何にでもたまり醤油を使う愛知らしい食卓に心惹かれます。

桶底の呑み口からわずかにとれた希少価値の高い「生引き」でとれたたまり醤油。有機JAS認定「オーガニックたまり」は、この製法のもの。

「僕などんな料理にもたまり醤油を使います」と出口智康社長。

出口さんの案内のもと蔵の中に入ると、70本もの木桶が出迎えてくれました。
木桶が並ぶ部屋の扉の向こうにまた木桶がずらり。
桶屋が言うには、150年経っているのもあるとか。
桶の上には丸い石が重ねられ、「汲みかけ」という、
もろみから染み出てきた醤油を柄杓で汲んで
もろみにかけるための丸い筒が出ています。まさに昔ながらのかたち。
「戦後トヨタを中心に、人や物の動きが大きくなり
関東・関西からもいろんな醤油が愛知県に入るようになって、
濃口も入ってくるようになりました。さらに価格競争が起きて、
ついには1リットルあたりの単価が全国でいちばん低くなりました」
醤油の中で最も価格の高いたまり醤油は、価格の面でも消費者が離れやすく、
濃口醤油に慣れた人がたまり醤油に戻るのは少ないもの。
それでも丸又商店では、手間ひまのかかる昔ながらの製法で造り続けます。

「昔の人が考える造りは理にかなっていると思うんです。
木桶には蔵の菌が過ごしやすいですし、
桶は環境にも優しくてタンクよりも長く200年ほど使い続けられます。
自然のサイクルにも合っています。林業の人が森に入って桶用の杉を育て、
その木で桶がつくられ、自然の力を借りて醤油が造られる。
そして、できた醤油は力強さがあっておいしい」
15年造り続けるほどに実感が深まっていると、出口さんは言います。

オーガニックのたまり醤油を仕込む木桶。 蔵の中には70本もの木桶がずらりと並ぶ。

昔ながらに、木桶の中にもろみを入れ、石を乗せ、汲みかけして造る。

海外で支持される

丸又商店の輸出を後押しする要因のひとつが「グルテンフリー」。
海外では小麦アレルギーの人が多いため、
「大豆100%。小麦は使わない」にこだわる丸又商店のたまり醤油は喜ばれます。
ただし、最近は大手による安いグルテンフリーの醤油が海外で出回り、
放射能や円高の影響も受けて大変なのだそう。
それでも価値の高い丸又商店さんの醤油は差別化できています。
「大豆に水をつける工程が、まず最初に重要なポイント。
漬け過ぎるとべちょっとした麹になるし、足りなければ中まできちんと蒸せない。
もう5分で蒸しが全然違うから、最後の10分くらいは細かくチェックしています」
などと蔵の中を歩きながら静かに出てくる出口さんの言葉には、
長年理想のたまりを追い求めて実直に造り続けてきた深さがありました。
消費者が現場を見ることもない、遥か離れた海外でも選ばれているのは、
大豆100%へのこだわりと、木桶で昔ながらの造りを
丁寧にしているから出せるおいしさゆえ。

搾りたてのたまり醤油。

「濃口醤油に少し足す」がおいしさのポイント

丸又商店のたまり醤油は、日本では加工食品の会社や飲食店で使われることが多い。
大豆から生まれた濃厚な旨味と食欲をそそる濃い赤色を生かして、
佃煮や総菜、名古屋のひつまぶしや焼き肉に使われているのだそう。
その多くは「濃口醤油に少し足す」という使い方。
コクや甘味や照りが出るという。これは実践してみなければ!

と、早速白米を使った「おやき」を作ってみると、想像以上に違いました。
濃口醤油を使ったおやきより、たまり醤油を使ったおやきのほうが断然食べ応えがある。
香りも味も奥行きがあり、力強さを感じます。
調理している時から、「あ、これはおいしいわ」と、香りで実感がわくほど。
家族に食べてもらっても、たまり醤油を使ったほうがすぐになくなりました。

外国で評価されているのも嬉しいけれど、まずは日本人である私が楽しんでみよう。
豊かな旨味を口の中で楽しみながら次の料理への想像が膨らみ続けます。

白米を使ったおやき。左がたまり醤油、右が濃口醤油を使ったもの。たまり醤油を使ったほうが味わい深く、照りもいい。

小豆島を写真の島に! 初の撮影ツアー開催

充実の1泊2日ツアー。

小豆島で暮らし始めてもうすぐ2年。
ここで暮らすようになり、ほんとにたくさんの写真を撮るようになりました。

もともと写真が好きで、旅の写真とか家族の写真をよく撮っていたけれど、
小豆島に来てからはとにかく日常の暮らしの中で出会うものをよく撮るように。
美しい風景はもちろん、昔から残るまち並み、おいしいごはん、
季節を感じる自然、子どもたちの表情、暮らす人たちの日々の営み……。
畑作業をする時も、スーパーに買物に行く時も、犬の散歩をする時も、
いつもカメラを持つようになりました。

そんな小豆島の日常の写真を発信していこうと島の友人たち、オリンパス、
写真雑誌「PHaT PHOTO」、写真家MOTOKOとともに始めた「 小豆島カメラ 」の活動。
メンバーそれぞれがいいなと感じた暮らしの中の瞬間をカメラで切り取り、
1日1枚のペースで小豆島カメラの公式Webサイトで発信しています。
この夏は、Webサイトでの発信だけでなく、
「見たい 会いたい 食べたい」と題して写真展も開催。
島内でも2か所で展示を行い、小豆島で暮らす人々にも
私たちの活動を知ってもらえたんじゃないかなと思います。

そして、この夏のもうひとつの大きな企画が小豆島撮影ツアー。
8月最後の週末に1泊2日で開催されました。
今回のツアーは、PHaT PHOTOが主催。
私たちはアテンドということで、一緒に島内をまわりました。

神戸港からジャンボフェリーで。船内でさっそくカメラ講習など。

ツアーの2日間はほんとにいい天気で、最高のカメラ日和。

馬木のまち並みを歩く。参加者のみなさんと一緒に島内をまわりました。

正金醤油さんの醤油蔵で話を聞きながら撮影。
オリーブのリーゼントでリーゼントのかつらをかぶって撮影。
碁石山から最高に美しい夕景を撮影。
稲刈りをする中山のおっちゃんを撮影。

正金醤油さんの醤油蔵。生産者さんのお話を聞きながら。

馬木地区にあるオリーブのリーゼント。リーゼントのかつらをかぶって記念撮影。

今回の撮影ツアーの講師、神島美明先生。碁石山からの景色を撮ります。

稲の収穫が始まった中山地区。作業中の風景を撮らせてもらいます。

20人以上もの方々がツアーに参加してくださり、小豆島らしい美しい風景から
島で暮らす人々の営みまで、オリンパスのカメラで撮影。
天気にも恵まれ、充実の2日間だったと思います。

馬木で暮らす岩ちゃんと。オリーブのリーゼントに行くとだいたい出会えます。

ツアーのアドバイザー、台所研究家の中村優さん(写真右)。無印良品・暮らしの良品研究所の「これからの田舎と都会」のコーナーで小豆島を取り上げています。

一緒に島をまわった小豆島カメラメンバー。

小豆島に来てくれること。
それはいまの私たちにとっていちばんうれしいこと。
来てくれることで、出会いが生まれる。
その出会いによって、たとえばこの先ずっと小豆島のお醤油を使い続けてくれたり。
もしかしたら、小豆島で暮らすことを選んでくれる人がいたりするかもしれない。

写真をきっかけに小豆島に来てくれる人がひとりでも増えれば。
小豆島を写真の島に!
そんな企みをもちつつ、今後も活動を続けていこうと思います。

まだまだ知らない野菜のこと

野菜を作りながら、野菜について知る。

青々としていた田んぼが黄色になり、8月末から稲刈りが始まっています。
私たちが暮らしている小豆島・肥土山(ひとやま)地区では
毎年この時期が米の収穫シーズン。

青々としていた田んぼが黄色に。米の収穫シーズンです。

近くに寄ってみると、垂れ下がった稲穂が。新米が楽しみです。

そして、畑でも秋冬野菜の準備が始まっています。
ブロッコリーやキャベツ、レタスなどの秋冬野菜の苗作り。
人参や大根の種まき、そしてジャガイモの植付けも。

長年、田んぼや畑をしているおっちゃんおばちゃんたちは、
当たり前のように毎年こうして同じ時期に同じ作業をしています。
一方、私たちは小豆島に来てから2回目の秋冬野菜準備。
日々の作業に追われつつ、
「人参の種まかなきゃ」
「うね立てしなきゃ」
と、バタバタと準備(笑)。

秋冬野菜の準備。ブロッコリーの苗。

秋冬野菜の準備をする一方で、畑ではまだまだ夏野菜が元気です。
今年はピーマンが豊作。
そして、ナスも長雨のおかげなのか暑さが落ち着いたせいなのか、
葉っぱがいきいきとしています。
キュウリやオクラ、トマト、ズッキーニももうしばらく収穫できそうな感じです。

長なす。皮が薄く身も柔らかく、揚げなすにすると最高においしい。

ブラックチェリートマト。長雨で今年はトマトがすぐに腐ってしまいます。

四葉きゅうり。暑さが落ち着き少し元気を取り戻しました。

大葉の花。大葉はこのままにしておくと種が落ちて来年自然と生えてきます。

私たちは、育てた野菜数種類を「HOMEMAKERSの旬野菜セット」として
ダンボールにつめあわせて販売しています。
その際に、お野菜説明書を一緒に入れていて、
そのお野菜の特徴やどうやったらおいしく食べられるのかを紹介しています。
まだまだ野菜に関しての知識が乏しいので、本やインターネットで調べたり、
実際に調理してみたり、とにかく日々勉強と試行錯誤。

最近知ったびっくりなこと。
それは、緑色のピーマンと赤色のピーマンのこと。
ピーマンは、木にそのままつけておくと、赤くなったりオレンジ色になったりします。
それってもう赤くなっちゃったから食べられないなー、じゃなくて、
実はピーマンが完熟したもの。
スーパーなどによく売っている緑色のピーマンは、実は成長途中で収穫したもの。

そして驚きなのは、完熟するとビタミンA、C、Eなどの栄養価が
緑のピーマンの3~4倍になるそう。
糖度も高くなり(甘みが増す)、ピーマン独特の臭いも薄くなります。

完熟させてから収穫すると、木に負担がかかり、収穫できる量が減ってしまう。
流通の過程で傷みやすかったり、お店に並んでからの日持ちが悪かったり。
そんな理由もあり、一般的には緑色のピーマンが多く出回るそう。

いろんな色の実をつけるバナナピーマン。バナナというかニンジンだ。

緑色、赤色のトマトフルーツピーマン。野菜は収穫のタイミングによっていろんな色になる。

どうお野菜を売るかは、農家さんのやり方次第だし、
どうお野菜を選んで食べるかは、好みもあるしそれぞれだと思う。
ただピーマンひとつにしても、そんなことを知ってるのと知らないのでは、
売り方も食べ方も変わるなあと。
うちみたいな小さな農家では、量は少なくても完熟ピーマンの価値を伝えて、
普通より少し高い値段で販売するという方法もあるのかもしれない。

完熟したピーマンは甘い。生でサラダとして食べられます。

まだまだ知らない野菜のこと。
日々新しい発見であふれています。

小豆島の夏が終わり、また秋が来る

夏のイベント、あれこれ。

せわしなかった8月が終わり、いよいよ9月。
今年の小豆島の夏はほとんど曇りか雨だったような気がします。
8月前半の台風通過から始まり、それ以後カラッと晴れた日はほんの数日。
心地良い風が恋しいです。

この夏、小豆島ではほんとにたくさんのイベントが開催されていました。
面白いのはそれが同じ場所に集中していないこと。
土庄町・迷路のまち、三都半島、醤の郷・坂手、福田など島内各地で毎週末イベント。
去年の瀬戸内国際芸術祭でつくられた作品や拠点も引き続き公開、
島外からアーティストの方々も再び訪れ、ワイワイと賑わっていました。

私たちが参加できたイベントはほんのわずか。
7月末、坂手港のエイカフェ - ei CAFEにて開催された
ドッペルツィマー 小豆島ライブ」。
その日は、料理人の今井義浩さんが私たちの育てた野菜を使って
ピザを焼いてくれました。
やさしい音楽とおいしいごはん、そして美しすぎる夕焼け。
夏の始まりの最高の夜でした。

ドッペルツィマーのおふたり。普段は閉まっているエイカフェですが、時々こういうイベントが開催されます。

料理人の今井義浩さんがピザを焼いてくれました。

トマトやオクラ、ナス、ズッキーニ、季節の野菜を使います。

私たちが育てた野菜がおいしいピザになるなんて、とてもうれしい。

この日の坂手港の夕景はたまらなかった。夕焼け色に染まる空と海。

そして、島の各地で夏祭り。
私たちの暮らす肥土山(ひとやま)でも毎年恒例の盆踊り。
まさに地元の人の地元の人による地元の人のための祭り。
2年前にコンドルズの近藤良平さんが肥土山の農村歌舞伎で
ワークショップ形式でつくった踊り「瀬戸内の踊り」も加わり、
「船こいで船こいでかーぶーきっ!」
と地元のおばちゃんの何とも言えない歌声にあわせて、
住んでる人、地元に帰ってきてる人、みんなで大きな輪をつくり踊りました。

肥土山の盆踊りは、入場から始まります! 地区内のエリアごとに分かれて踊りながら入場。

山々に囲まれた広場で盆踊りスタート。

みんなで踊った瀬戸内の踊り。地元のおばちゃんの歌声にあわせて。

あっという間に8月末、醤の郷地区にある馬木キャンプで
「旅するスパイス料理教室 in 小豆島」。
東京スカイツリーのお膝元、押上にあるスパイスカフェのシェフ伊藤一城さんが、
スパイスの種類、使い方を教えてくださり、実際にチキンカレーを作りました。
作ったカレーを囲んでみんなでいただきます!
馬木キャンプがスパイスの香りに包まれた夜でした。

スパイスカフェの伊藤一城さん。スパイスの使い方についていろいろ教えてくださいました。

実際にスパイスを使ってチキンカレー作り。

伊藤さんが作ってくれたカレーと食べ比べ。スパイスを使ったサラダも絶品。

みんなでいただきます!

都会で暮らしていたときよりも、
イベントやワークショップによく参加するようになりました。
それは、そういう機会がすごく身近にあるからなのかな。
島外の人との出会いがあったり、島の人と新たなつながりが生まれたり、
イベントは日常の暮らしに刺激を与えてくれるまさにスパイスのような存在。

田舎に暮らしていながらこういう経験ができる、いまの小豆島ってそんな場所。
9月もまだまだイベントが続きます。

小豆島でカメラを通して人とつながる

写真展でのトークショーに参加。

写真を通して小豆島のいまを伝えるプロジェクト「小豆島カメラ」。
本格的な活動をスタートしてもうすぐ半年になります。

たった半年ですが、この活動を通してたくさんの人と知り合いました。
Tシャツやカメラストラップを制作するにあたって知り合った
島外のイラストレーターさんやデザイナーさん。
撮影をしていて仲良くなった地元のおっちゃんやおばちゃん。
カメラを通してほんとにいろんな人とつながっていきます。

現在開催中の小豆島カメラ写真展。土庄町の迷路のまち・陣屋跡で。見に来てくれた地元の方と地元ネタで盛りあがる。

迷路のまち・陣屋跡は、西光寺の参道沿いにあります。ふらっと立ち寄ったり、外の展示を見たり。

そして今回もまた嬉しいご縁。
東京を拠点に活動するフォトジャーナリストであり
ライターであるエバレット・ブラウンさん。
エバレットさんは現在小豆島のMeiPAM 02というギャラリーで
時代を超える情景」と題した企画展を開催しています。
その会場でのエバレットさんのトークショーに
小豆島カメラも参加させていただきました。

エバレット・ブラウンさん(写真左)は、千葉県いすみ市で古民家を再生させ、宿泊施設やカフェを併設する「ブラウンズフィールド」を主宰していらっしゃいます。

小豆島在住の妖怪絵師、柳生忠平さん(左から3番目)もエバレットさんと一緒にトークショーに参加。

約25年前から日本で暮らしているエバレットさんは、
日本の生活や風習、その根底にある自然や風土、精神性などについて考え、
その風景や人々の暮らしをカメラに収められています。
今回の企画展にあわせて小豆島にも数日間滞在され、
祭りや古民具を撮影されていました。

今回トークショーでは、カメラを通してどう小豆島を見るのか、
そしてどう切り取るか。そんなことを話しました。
エバレットさんは、湿板カメラという昔のカメラで、
時代を超えて存在し続ける風景や文化を。
私たち小豆島カメラは、ミラーレス一眼カメラという現代のカメラで、
いまの小豆島を。
その写真の雰囲気や切り取り方は違えど、
「小豆島では伝統や文化が非日常的なものでなく、
日常の暮らしの中に自然と残り続けている」
そう感じるのは同じでした。

エバレットさんは、11歳の頃に家族旅行で写真係となったことがカメラとの出会いだそう。

島内の写真好きの方々、島外からエバレットさんに会いに来られた方などたくさんの方がいらっしゃいました。

「農村歌舞伎は非日常的なものでなく、演者も友だちのお父さんだったりすごく身近なもの」と話す小豆島カメラの古川絵里子さん。

「まずは1日1枚の写真更新を1年間続けます。その積み重ねが将来的にはアーカイブとして残れば」と話す太田有紀さん。

エバレットさんの写真展「時代を超える情景」は、2014年10月13日(月)まで開催中です。

カメラを通して、世界のいろんな人たちと繋がっていく。
そこでまた新たな刺激をもらい、
自分たちの暮らし方、暮らす場所を見つめなおし、その写真を撮る。
また撮りたい小豆島が増えました。

さて、今日もカメラを持って小豆島のいまを撮りに行ってきます。

information


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MeiPAM

住所 香川県小豆郡土庄町甲405
TEL 0879-62-0221
開館時間 10:00~18:00(水曜休館)
http://meipam.net/

information


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HOMEMAKERS

住所 香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間 金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

日本の オーガニック醤油の先駆け 小豆島・ヤマヒサ

原材料がいちばん大切

「原材料がいちばん大切です」
醤油を造る工程の中でいちばん醤油に影響するのは? と尋ねると
そう答えが返ってきました。
同じ質問をほかの蔵元に尋ねると、多くは原材料ではなく
麹造りやもろみの混ぜ方など、製造工程を挙げるもの。
「そりゃ醤油屋としては、加工する技について語るのがもっともらしいと思います。
でも、材料がいちばん大切です。材料を超えることはできないですから」
会長の植松勝太郎さんに聞いても社長の植松勝久さんに聞いても、
当然と言わんばかりの表情で同じ答えを出しました。

「材料がいちばん大切」と語る社長の植松勝久さん。

有機認証の原材料を使った醤油は味がしっかりしている

ヤマヒサは、日本で初めてオーガニックの醤油を輸出した醤油蔵のひとつ。
1987年から有機の醤油製造を始め、
1989年にOCIAのオーガニック認証を得て輸出を始めました。
いまは日本のJONA、アメリカのOCIA、ヨーロッパのECOCERTの3つで認証を受け、
それぞれの認証を受けた原材料をすべて木桶に入れて造り、
世界各地の自然食を大切にする人に届けています。

原材料を大切にする姿勢は、オーガニックという単語からもイメージが湧く。
しかし、どのような原材料がいいかという考えは蔵元によって違うもの。
特に多いのは大豆や小麦は醤油の旨味のもとになる
“窒素が多いものが良し”という考え。そんななか
「単純に窒素の高い醤油がおいしいというわけではない」と植松さんは考えます。
「僕がヤマヒサに帰って来たばかりの頃は、
まだ外国産の窒素の高い大豆を一部使っていたけれど、おいしくない。
一方で有機認証の原材料を使った醤油は味がしっかりしている印象がありました」
と、数字では出ない原材料の持ち味の大切さを実感してきました。

有機・オーガニック認証を受けた原材料。

選び抜いた大豆が入る。宝石のようにつやつやしてきれい。製造工程の中で一番気を使う「製麹」は、弟であり専務の植松隆二郎さんが担当する。

原材料は等級の高いものから購入し、生産者の顔がわかるものを使う。
特に有機認証の原材料は、どこでどのようにつくられているかが
細かく記録してあるからいい。
「食べ物ですから。料理する時だって、よくわからない材料を使うよりも、
いいって思う材料を使うほうがいいでしょう」

ただ料理と違う点は、醤油は人間の手だけで造るのではないこと。
「醤油は蔵に住む菌が造ります。
食材そのもののおいしさを、菌が醤油の色や味や香りにしていくのです。
人間ができることは菌の手助けだけ。僕らは職人じゃなく菌の飼育係です」
だからこそ、原材料は価格ではなく品質を基準にして購入し、麹から手がけ、
1年以上菌に寄り添って、じっくりと発酵や熟成させていきます。

1年以上かけてゆっくり育てる。ヤマヒサは木桶所有本数は約170本、醤油蔵の中で全国3番目に多く所有する蔵元だ。

丁寧に搾り出していく。

自分たちが食べたいものをつくる

そんなヤマヒサには長年変わらない信念があります。
「自分たちが食べたいものをつくる」

利益以前に、自分たちが心からいいと思う醤油を追求してきました。
「安い原材料を買うとか、外から醤油を買ってその醤油を売るとか、
簡単にする方法はいくつもあるけれど、したくない」
と、原材料調達から販売までのひとつひとつを責任持ってすべて行っていきます。

この信念のもとできたヤマヒサの醤油は、香り高く、力強い味。
まるで原材料そのものの力がみなぎっているかのよう。

特に濃厚な旨味と香りがある素材と相性がいい。
先日、ネギトロを9種類の醤油で味比べをしたところ、
全員一致でヤマヒサの醤油が合うと選びました。
マグロの濃厚な旨味を引き締めてより味わい深くなり、
香りはすっきりとまとまり、心地いい余韻が続きます。

ヤマヒサの醤油は主に自然食品のお店に並びます。
食品の市場全体に対する有機食品の市場は、農林水産省の統計情報によると、
欧米では2割だけれど、日本ではたった0.2%以下。
わずかの市場ながら、これまで自然食品を選ぶ何人もの人から
「醤油はヤマヒサさんじゃないといけない」という言葉をいただいてきました。
何度も良さをしっかりと感じてきたのだろう。
その言葉はどの人も力強く、表情は生き生きとしていました。