連載
posted:2014.10.11 from:山口県山口市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都出身。小柄ですが、よく食べます。お酒は飲めませんが、お酒に合う食べ物が好きで酒飲みと思われがちです。美術と映画とサッカーが好き。
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写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
山口情報芸術センター[YCAM]で開催されていた
「地域に潜るアジア:参加するオープンラボラトリー」で、
最も長い期間、山口に滞在していたアーティストが
「竹のラボラトリー」のヴェンザ・クリスト。
彼はインドネシアで「HONF Foundation」というコミュニティを立ち上げ、
さまざまな活動を展開している。
「MICRONATION / MACRONATION(ミクロネーション/マクロネーション)」
というプロジェクトは、アーティストをはじめ、科学者、ハッカー、
活動家、学生、農家など、多様な人たちがそれぞれの専門知識を生かし、
新しい農村運営モデルをつくっていくというもので、
実際に100人ほどの人が暮らす規模の農村をつくり上げた。
「自分の仕事は、さまざまな専門性や職業を持った人々を集め、
ビジョンを共有すること。集まることで、
自分たちだけでは実現できないことも実現可能になる」と話していたという。
今回のラボラトリーも、まず課題を共有することからスタートさせようと考えたようだ。
まずヴェンザは山口に入る前に、リサーチのために岡山県の美作市上山地区を訪れた。
限界集落での棚田の再生活動など、山間地域の再生の成功例として知られている地域だ。
そこで耕作放棄地などの問題に触れ、山林にあふれる竹の問題に目を向ける。
ヴェンザは、それが日本の山間部の状況を最も端的に示す題材だと考えたようだ。
そして山口市の阿東地区へ。
YCAMから車で1時間ほどの阿東は、豊かな自然が広がる農村地帯。
米作や酪農も行われてきた資源の多い土地である一方、
美作と同じように竹が田畑や森林を浸食しているという問題を抱えていた。
そこで、竹という自然資源をキーワードに、
地域の人たちと話し合いながら、課題を浮き彫りにしていった。
そのなかで出会ったのが、さまざまな知識と経験を持つ、地域のキーパーソンたち。
「私たちが一方的にワークショップや活動を行うというより、
こういう方々の知識や経験を取り込み、私たちが得意とすることとかけ合わせていく、
ハイブリットな知性をつくっていけないかという考えが根幹にありました。
そこにはヴェンザのような、海外からの他者の視点というものも、
重要な役割を果たせるのではないかと思いました」
と、今回の展覧会を企画したYCAMの井高久美子さん。
ヴェンザや井高さんたちは、アーティストによるエイリアン(異国人)としての視点が、
日本の地域を俯瞰するうえで重要なのかもしれないと考えたのだ。
ヴェンザと地域の人たちはとりわけ農業の問題について議論を重ね、
ヴェンザは、農業を若い人たちにとってセクシーな(魅力的でかっこいい)
ものにすることが重要だと話していたという。
また、7月の下旬から約3週間にわたり、
阿東の旧亀山小学校で出張ラボラトリーを展開。
YCAMにあるレーザーカッターや3Dプリンターなどのデジタル工作機材を、
バスを改造したモバイルミュージアム「MOBIUM」に積み込み、
週末にはワークショップを開催した。阿東で伐採した竹を使って
楽器をつくるワークショップなどにたくさんの人が参加し、
イベント以外の日は、地元の人たちが自由に使える
ものづくりのための実験工房として機能した。
この運営の中心を担ったのが、阿東に暮らす明日香健輔さん。
明日香さんは、MOBIUMが置かれた旧亀山小学校内の私設図書館
「阿東文庫」の運営にも携わっている。明日香さんが中心となりながら、
YCAMと、今回の展覧会に共同リサーチ・プランニングとして関わる
大阪の「ファブラボ北加賀屋」のメンバーたちが、技術的にサポートした。
ヴェンザは、YCAMで行われた最後のミーティングで
「日本の中山間地域で、さまざまな専門的知識と経験を持った人たちとの対話が、
大きな収穫だった」と話していたという。
インドネシアに帰国してからも竹のプロジェクトを行っており、
山口での経験がまた別の場所で生かされそうだ。
今回の阿東地区での活動においてキーパーソンとなった明日香さんに話を聞いた。
明日香さんは、大阪出身のIターン者で、8年ほど前に阿東に移り住み、
IT関連会社を経営する傍ら、阿東文庫の運営に携わっている。
明日香さんは個人的に、ものづくりの世界的なネットワークである
ファブラボに興味を持っていたという。
「ものすごいムーブメントが起きているということは、
本やウェブなどを通じて感じていました。
それで1年半くらい前に、全国のファブラボを見て回ったんです。
これは面白い、と感じました。阿東にみんなが来て楽しめるような
ものづくりの拠点ができたら。ぜひここでやってみたいと思っていました」
いろいろなところにかけ合ってみたがなかなか実現のめどがたたず、
もう自分で3Dプリンターを買って始めようかと思っていたところへ、
ひょんなことからYCAMの企画チームとつながり、今回の活動に発展していった。
ファブラボは現在日本でも広まりつつあるが、多くは都市部にある。
中山間地域であるこの阿東に、移動式のファブラボが出現したのは面白い現象だ。
期間中は阿東文庫にさまざまな人たちが訪れ、ものづくりを楽しめる場となった。
たとえば「こんな表札がほしい」とパソコンで作成したデータを持参した女性が、
3Dプリンターで表札をつくり、喜んで帰っていったそう。
「意外と女性が積極的に来てくれました。若いお母さんがお子さんと一緒に来たり。
みなさん楽しそうにつくっているので、手伝うほうも
一緒になってわいわいやって、とても楽しかったです」
全国のファブラボを見て回っているなかで、
老若男女に偏ることなく利用者がいるということに、
明日香さんは可能性を感じていたそうだ。
「このあたりでは3世代で同居している世帯も多いですが、
実は世代間で分断が起きていることが多い。
でも、ものづくりがきっかけになって会話が生まれる。
たとえば孫が70代のおじいちゃんに3Dプリンターの使い方を教えたり、
その逆のことも起きたりする。そういう光景を目の当たりにして、
こういうことがこれからの地域に必要なんじゃないかと直感的に感じたんです。
ものづくりは集落や世代を超えていく。
ここに、これからの地域再生のヒントがあるんじゃないかと思いました」
今回の活動がYCAMを飛び出し、阿東地区の、しかも阿東文庫という場所で
行われたことには、大きな意義があるように思われる。
阿東文庫という場所が、大きな可能性を秘めている場所だからだ。
もともと阿東文庫は、現在代表を務める吉見正孝さんが、
8年ほど前から地域で捨てられる本を集めるようになったことから始まった。
当時清掃業に携わっていた吉見さんは、
毎日いい本がたくさん捨てられていくのを見かねて
その一部を集めていたが、さすがに置き場所に困った。
そのうち、休校して使われなくなった旧亀山小学校の一室に置かせてもらうように。
4年ほど前から有志を募って本を整理するようになり、地域の人たちに開架している。
図書館のようだが、公共の図書館と違うのは、
有志が残していきたいということから始まっていること。
市立の図書館は、市民が読みたい本を揃えなければならないため、
専門性は低くなってしまいがちだという。
蔵書の数やスペースにも限りがあり、残したくても残せない本が出てくる。
阿東文庫では、亡くなった方の遺品整理に困った遺族が寄贈したり、
退官する大学教授が大学図書館では引き取ってもらえないからと譲ってもらうこともあり、
その結果、個人の趣味や研究が色濃く出るような本が集まってきた。
「会ったことがない人でも、こんな本を読んでいたのか
ということがわかることによって、その人の人となりや、
阿東でこういう生活をしていたんだろうなということが、うっすら見えてきます。
この地域で生きてきた人たちの歴史や情報が凝縮されている。
それに感動することがあるんです。ここでどんな人が生きて、
どんな生活をしていたかを残していくというのは、
地域としては大きな財産になるんじゃないか。
こういう地域の歴史の残し方は、新しいのではないかと思うのです」
明日香さんは、地域には自分たちがやっていくことを考えるための
シンクタンクが必要だと、以前から考えていたという。
「自分たちの地域に誇りを持って生きていくために、
何を残したり、何をやっていかなくてはいけないか。
自分たちの足で自立して考えていくためには、
ここに本があるというのは大きな意義があると思います。
実は地域のことについて、地域の人がいちばん無関心だったりする。
それでは地域はよくならない」
地域には、明日香さんのようなIターンの目線が必要なのかもしれない。
それはまた、今回アジアに潜ったアーティストたちのエイリアン的な視線とも重なる。
今後はもっと地元の人にたくさん阿東文庫を利用してほしいと語る明日香さん。
そして、阿東文庫が単なる本を集めた場所以上の場になることを考えている。
「この場所を、これからの中山間地域をどうしていこうかということを考えられて、
実践していける場所にしていきたいと思っています。
東京も50年後には、65歳以上の高齢者の占める割合が、現在の中山間地域と
同じくらいの比率となる時代を迎えるといわれていますが、
そう考えるとここは最先端(笑)。ここで起こるいろいろな問題を
どう解決するかというノウハウが、指標になる可能性が大いにあると思っています」
YCAMがあり、阿東文庫があり、そういうハブがいくつもできてきて、
それらがつながっていけば、地域は少し変わっていくかもしれない。
阿東文庫はそんな希望が持てる場所だった。
「地域に潜るアジア」展は、何か目標が達成されたり、
完成された作品が展示されるような展覧会ではないが、
地域でいろいろなことが行われ、考えられるような状況を育んでいる。
今回の展覧会は、そのきっかけにすぎないのだ。
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