いろんな人が集まり、学ぶ場所に

島でのフラワーワークショップ。

先日、HOMEMAKERSでお花のワークショップが開かれました。
小豆島の花屋、pensée(パンセ)さんのオープン2周年企画。

小豆島にはお花屋さんが何軒かあります。
パンセさんはそのうちのひとつで、東京出身で島に移住された
西脇美津江さんが2年前にオープンしたお店。
いつもとても素敵なお花や植物を届けてくれます。

この日はいろは(娘)もフラワーワークショップに参加。優しい眼差しで教えてくれてるのが、西脇美津江さん。

この日のレッスン主担当は、パンセスタッフの吉冨寛子さん(写真左上)。

島でフラワーワークショップ。はたしてどれくらいの人が
来てくれるのかなと少し不安でしたが、定員を超える申込み。
基本的には島内の人、それにたまたま島外から遊びに来ていた方も
参加してくださいました。

ワークショップスタート。皆さま集中。とても真剣で静かでした。

プリザーブド加工してあるバラにラメを。いろんなアレンジを教えてくれる。

当日はいつものHOMEMAKERSとは少し違う雰囲気。
パンセさんの用意してくださったプリザーブドフラワーと花器を使ってアレンジメント。
こんなふうに花について学べる時間が小豆島でもつくれるんだなあと、
また新しい島の魅力を発見したような気がします。

できあがった作品。店内のいろんなところに置いて撮影されてました。

いろはのアレンジメントも教えてもらいながらなんとか完成。

パッケージング。あっというまの1時間半でした。

ワークショップ後のお茶タイム。

私たちがこの場所を開いて半年。
自分たちの暮らす家であり、お野菜を販売するお店であり、カフェでもある。
そして、いろんな人が何かを学べる場になるといいなという思いもありました。

カメラやレンズ、写真の撮り方について学ぶ。
ウェブサイトやSNSでの情報発信について学ぶ。
旬のお野菜を使った料理を学ぶ。
おいしいコーヒーの淹れ方を学ぶ。
古い家の改修について学ぶ。

今回は思いもかけず、お花の扱い方、飾り方を学ぶ会を開くことができました。
ひとつひとつのそういう時間を通して、
島での暮らしがより楽しく豊かになればいいなと。
さて、次回の学びの場はどんなものになるのか、毎回楽しみです。

家庭料理の おいしさを支える醤油 大崎上島・岡本醤油醸造場

すっきりとして、とてもやわらか。
すっと体に馴染み、奥には食材の風味を引き出す謙虚さと力強さがある。
香りをかぎ、味わい、まさに私が思い描く理想の醤油の香りと味だと思った。
お野菜を主役にしたり、だしを利かせた料理が好きな私にぴったり。
出会えた喜びに包まれました。

手がけているのは、広島県大崎上島の唯一の蔵元「岡本醤油醸造場」。
75歳の岡本義弘さんと奥さん、そしてふたりの息子さんが、
毎日の「おいしい」を支えるべく、
大崎上島で生まれる四季折々の食材や、家庭ごとの味付け、
そしてひとりひとりの体調にもすっと馴染む醤油を造り続けています。

材料や微生物そのものが持つ力を支える

心地よい海風に誘われながら広島の竹原港からフェリーに乗ること30分。
初めての場所なのに懐かしさを感じるのどかな大崎上島に到着しました。

広島の竹原港からフェリーで30分。

港から5分ほど歩いて岡本醤油醸造場へ。
中では仕込みを行っており、岡本さんが大豆を蒸すNK缶の蓋を開けると、
熱気と高い香りが一気に立ちあがりました。
ある程度冷ましてNK管をひっくり返し、勢いよく出てくる材料を
弟の哲也さんがザッとショベルですくい、お兄さんの康史さんが容器で受け止めて
室(むろ)までかけ足で運んでバサッと入れる。
それが何度も繰り返されます。

蒸し上がったほくほくの大豆をNK缶から取り出し、味見をさせてくれた。

材料を室(むろ)の中に運び込む。力のいる作業を何度も繰り返す。

その様子を、お父さんの義弘さんがじっと見つめていました。
室に材料を入れ終わると
「醸造では寝かせることが大切なんだ。僕はすべての工程で寝かせる。
大豆を仕入れたら1年蔵の中に置く。
大豆を寝かせるとたんぱく質の成分が出る気がするんだよ。
煎った小麦も1日寝かせる。こうやって材料を室に入れてからも、
ひと晩寝かせると、ちゃんと自分の力で麹菌が動き始める。
すぐに人が手を入れちゃいけない。
材料や微生物そのものが持つ力を支えることが大切なんだよ」と話してくれました。

そして、材料や素材そのものの味を1年以上かけて引き出し続けてできた醤油は
「さまざまな料理や食材をおいしくする醤油になる。
季節ごとの食材や料理、そして家庭の好みや体調。
そういった繊細な違いにも対応する醤油になるんだ」と話します。

室に入れられた材料。「醸造では寝かせることが大切」という。

このような義弘さんの醤油造りに対する考えは、家庭料理が要。
「島に帰ってきたばかりの頃は、各家庭に醤油を配達していたんだ。
このことはすごく勉強になったよ。当時はうちだけじゃなく、
他の醤油屋もこぞって醤油を置きにいっていたんだ。
選ばれなきゃ! 使ってほしい! と思いながら巡っていると、
料理をしている家から香りがしてきて『うちの醤油の香りだ!』とわかるんだ。
この家では煮しめに、あの家では煮魚にうちの醤油を使ってくれているって。
その瞬間が嬉しくてね。
届けに行くと、天ぷらをうちの醤油でつくったつゆにつけて渡してくれたり、
分葱なますとかを食べさせてくれることもよくあった。
味わいやアレンジの仕方が家によって少しずつ違っていて、
こんな風に使ってくれているんだと思うと嬉しかったよ。
その時『家庭料理っていいなぁ』って思ったんだ」と、嬉しそうに話します。

愛情いっぱい醤油造りに対する考えを伝えてくれる社長・義弘さん。子供の頃からおじいさんに寄り添い、好んで蔵の中にいた。

「帰ってきた頃はまだ若かったから、
いろいろ珍しい醤油を造りたいって思っていたんだけど、家庭を巡って思ったんだ。
どの家庭で使ってもおいしく楽しめる醤油がいいって。醤油の味もぶれてはいけない。
冬の根、春の菜、夏の茎、秋の実もおいしくする醤油を造ろうって」
義弘さんの言葉は、確固たる信念に満ちていました。

できあがった麹。菌糸が伸び、黄色い胞子にびっしりと包まれている。

こうした家庭料理を想った醤油造りは、体や食卓と重ね合わせて考えられていて
「蔵は人間の体と同じだから常に清潔じゃないといけない。
体の中が汚れて不調になるとうまく消化や吸収ができなくなる」と清潔を保ち、
「すべてを肌で感じることが大切。
うちはもろみを櫂棒(もろみを混ぜる棒)で混ぜる。
手で混ぜながら、もろみと会話することが大切なんだよ。
料理も買ったものを食べたり、だし醤油を使って調理するより、
手を使ってだしをとって料理をするのがいい。
食卓を囲む相手を傍で見てわかって、おいしく感じるように味付けをする。
それが大切なんだよ」と話します。

もろみはすべて櫂棒で混ぜる。混ぜるときは、櫂棒をもろみの表面から上に持ち上げることなく、桶の中のもろみを対流させるように混ぜる。長年考えて生まれた方法。

さらに「うちの蔵は、醤油を造るのに適した蔵なんだ。
光合成でできた空気を含む山風や海風が通る場所を選んで蔵を建て、
蔵の中に風が通るつくりになっている。水質もいい。
こうして大崎上島の自然の恵みを得ながら造るから、
大崎上島でとれる食材にも合うし、体にも合う」と話します。

蔵の中は常に換気し、山から海へ、海から山へと流れるきれいな空気を通す。先祖が自然の恵みを得やすい場所を選んで蔵を建てたそうだ。

シンプルな商品ラインナップ。価格がお手頃。

家庭料理を大切にし、目に見えない微生物や自然の恵みに心を寄せて生まれた
岡本さんの醤油は、煮炊きに使っても、野菜や豆腐にかけても、
すっと食材と馴染んで繊細な風味を引き立ててくれる。
なんて使いやすい醤油なんだろう。

岡本さんの醤油で味付けしただし茶漬け。

頬張っているいまも、きっと岡本さんは気を緩めることなく
純粋無垢に素材や微生物を見守り、素材や微生物の持つ力を引き出し続けている。
これからも、ずっと。

帰りは見えなくなるまでずっと見送ってくれた。

小豆島カメラ写真展「見たい 食べたい 会いたい」スタート!

みんなでつくり上げる展示。

7月27日、この日私たちは朝から小豆島ジャンボフェリーに乗り込み、写真展の設営。
いよいよその翌日の28日から、オリーブナビ小豆島と小豆島ジャンボフェリーで
写真展「見たい 食べたい 会いたい」のスタートということで、
数日間準備に追われていました。

小豆島カメラは、ウェブサイトや雑誌媒体、写真展などを通じて
全国に小豆島の魅力を発信する「地方×カメラ」のプロジェクト。
本格的に活動を始めたのが今年4月、ウェブサイトで毎日写真を更新スタート。
そして、夏には写真展&写真ツアーをやろうと計画。
ほんとに実現できるのかなと思いながら、
みんな仕事や家事の合間をぬって、打ち合わせをしたり準備をしたり。

展示で使うガーランドづくり。

島内島外の方々が端切れを提供してくれました。ありがとうございました。

子どもたちもお手伝い。ガーランドワークショップみたいになってました。

展示写真はA3も印刷できるプリンターEPSON EP-976A3で、写真用紙クリスピア(高光沢)にプリント。きれいにプリントされた写真を見るとテンションあがります。

あれよあれよと7月も後半。
連日夜遅くまで東京メンバーとテレビ電話で打ち合わせ、
メッセンジャーは常に誰かからピコピコ通知が来る状態(笑)。
掲示物を作成し、写真をプリントし。
なんとか会場に搬入できる状態に。

そして27日の朝、いよいよ設営開始。
まずは小豆島ジャンボフェリーの船内。
小豆島から高松への航海中にまず1そう目のこんぴら号。
そして船を乗り換え、高松から小豆島への帰路で2そう目のりつりん号。
動く船の中での設営。
写真の水平とれてるのかなとか思いつつ、なんとか完了。

小豆島ジャンボフェリーでの設営。オリンパスでフォトチューターをされているクキモトノリコさん(写真右)が助っ人に。

みんなでつくったガーランドを飾り付けるとすごく楽しげに。

ジャンボフェリーの展示では、船員さんたちの写真も展示。

なんとか設営完了。ここは小豆島ジャンボフェリー3階のロビーの展示です。

小豆島に着いた頃にはすっかり夕暮れとなり、今度はオリーブナビ小豆島での設営。
明日の朝までに間に合うかな、朝までコースかなと思いながら作業をしていると、
島の友人たちがわらわらと手伝いに来てくれました。

オリーブナビ小豆島での設営。ガーランドの飾り付け準備。

みんなでつくり上げる。

写真の展示順決め。水平を測って貼り付け、スポットライト合わせ。

それぞれのセンスがとてもいい感じ。ガーランドの麻ひもをクルッと巻いてとめる。

こういうみんなで一緒に何かをつくり上げる時間というのはほんとにたまらない。
たくさんの人が見に来てくれるといいなと思いながら、それぞれがいい感じで作業。
日が変わる前にはほぼ設営完了。
予定通り7月28日から島の中、船の中で写真展のスタートです。

今回の展示はほんとにみんなでつくり上げたもの。
東京・大阪メンバーのサポートはもちろん、メーカー、自治体、島の友人。
みんなのサポートがなければスタートできなかった。
いろいろな人の支えがあって無事に開催できた展覧会。

まだまだ始まったばかりの小豆島カメラプロジェクト。
地方と都会がつながりながら、この夏まだまだ活動します。

information

小豆島カメラ写真展
「見たい 食べたい 会いたい」

2014年7月15日~8月24日 graf(大阪)
2014年7月28日~9月15日 小豆島ジャンボフェリー船内
2014年7月28日~8月7日 オリーブナビ小豆島(小豆島)
2014年8月13日~8月31日 迷路のまち・石奉行陣屋跡(小豆島)
2014年10月24日~11月6日 オリンパスプラザ大阪(大阪)
お問い合わせ 小豆島観光協会 0879-82-1775(坊野)
http://shodoshima-camera.tumblr.com/

information


map

HOMEMAKERS

住所 香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間 金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

色とりどりの夏野菜

鮮やかで美しく、おいしい夏の野菜たち。

7月末、1年で最も暑い時期。
雨がほとんど降らなかった梅雨が終わり、はっと気づいたらもう夏真っ盛りです。

小豆島の夏はもちろん暑いけれど、都会の夏とは違う暑さ。
陽射しは半端なく強いけど、アスファルトの地面からの
モワモワとした熱気は少なく、海からの風が通り抜けることも。
田んぼの鮮やかな緑と空の青さがたまらない、ザ・日本の夏です。

この時期の田んぼは青々としてほんとに美しい。手前のひまわりの花の黄色も元気になる。

今年6月に収穫して漬けておいた梅の土用干し。紫蘇の色がしっかり入った。

そして私たちの畑もしっかり夏モード。
7月上旬くらいから、トマト、ピーマン、ナス、オクラ、ズッキーニなどの夏野菜を収穫。
夏野菜の色は鮮やかで美しく、ほんとに見ているだけで元気になります。

夏モードの畑。ズッキーニはこんなふうにできます。

ナスとピーマンの列。友人に畑作業を手伝ってもらってます。

うちでは、トマトとひと言でいってもいろんな種類のトマトを育てています。

ブラックチェリートマト
チャドウィックチェリートマト
ゴールデンクィーントマト
グリーンゼブラトマト

などなど。
トマトを描いてと言われれば、赤で塗ってしまいそうだけど、
黄色もあれば緑がかったものもあり、
赤でも深い黒っぽい赤から朱色のような赤までさまざま。

赤、黄、緑、いろんな色のトマトたち。

パッケージングするとこれまたかわいい。

ピーマンは緑?
緑なんだけど、黄色っぽい明るい緑から、深い緑まであって、1色では描けない。

ピーマンとズッキーニのいろんな緑。何色使えばこの絵を描けるかな。

赤オクラ。生のママ薄く輪切りにして醤油をちょっとたらすだけでうまい。

インゲン豆。緑だけじゃなくて、黄色や紫も。

自分たちで野菜を育てるようになり、
野菜はこんなに色とりどりなんだなとよく感じます。
その色はどれも本当に美しく、これが自然にできるんだからすごい。

この色とりどりの野菜を使ったサラダがまたすごく美しい。
思わず、わあーっと言ってしまう。

色とりどりのサラダ。食卓がにぎやかになる。

食べることを楽しむために、色とりどりの野菜を育てる。
まだしばらく夏野菜のサラダを楽しめそうです。

小豆島ジャンボフェリーで写真展、 働く人たちを撮る

身近なフェリーで、写真展を開く。

小豆島と神戸とをつなぐ船「小豆島ジャンボフェリー」。
私たち家族もたびたびお世話になっています。

そんなジャンボフェリーで働く人たちの姿を
小豆島カメラ」のメンバーが撮影しに行ってきました。
はじまりは、小豆島カメラの写真展をジャンボフェリーでやりたい! 
とご相談したことから。
「写真展やりましょう! 小豆島の写真と合わせて、
ジャンボフェリーやそこで働く人たちの姿も展示しましょう!」
ということで、お仕事中の皆さんを撮らせていただけることになりました。

撮影当日、小豆島の坂手港からジャンボフェリーに乗り込み、まずは神戸へ。
他メンバーと合流して、いよいよ撮影。
神戸14:00出港に向けての準備風景から撮影スタート。

なんというかそのポーズだけでかっこいい。やっぱり働くお父さんはすてきです。

「NEVER STOP SAILING」

あちらにもこちらにも働く姿が。いつもは見過ごしてしまうようなシーン。

ジャンボフェリーへようこそ。チケットを確認する船員さん。

この日の運航スタッフは11人。
その名の通りジャンボな船を、ひとりが何役かこなしながら運航。
すごいです。

掃除中の船内や、貨物トラックが船に入るところなどを間近で撮影。
普段は入れない、エンジン室や操舵室、乗組員休憩室などにも潜入。

エンジン室に潜入。普段は入れない場所。(撮影:竹中あゆみ)

貨物トラックの固定も大事な仕事。間近で撮影。(撮影:kaoru kuwajima)

ふと、映画『天空の城ラピュタ』を思い出した。
ひとつの船をチームで動かして、目的地に向かって進んでいく。
操舵室には船長がいて、エンジン室で機械をメンテナンスしてるおっちゃんがいて、
厨房では船員たちのごはんを用意してくれる料理人がいて。
船で働く仲間というのはなんだかすてきだなと思いました。

小豆島ジャンボフェリー船長と船員の皆さん。

料理を作ってるのはチケットを確認していた船員さん。ひとり何役もこなす。

いろんなお仕事があります。うどん販売と船内アナウンスを担当。

今回のジャンボフェリーの撮影の様子は、
「地域×写真」をテーマにした無料のフォトマガジン
Have a nice PHOTO!」(7月21日発刊)でも紹介されます。
一部の駅や写真関連施設で配布されています。

今回ジャンボフェリーの撮影を担当した小豆島カメラのメンバー。左から坊野美絵、大川佳奈子、太田有紀。(撮影:kaoru kuwajima)

夕景の中のジャンボフェリー。また神戸へと向かいます。

そして7月28日(月)から、小豆島ジャンボフェリー船内で
見たい 食べたい 会いたい」と題して小豆島カメラの写真展を開催します。
旅行雑誌に載っている小豆島とはちょっと違う、暮らす場所としての小豆島の写真。
そんな写真を見ながら小豆島巡りの計画を立てていただければと思います。
今回撮影したジャンボフェリーで働く皆さんの姿ももちろん展示します。

小豆島カメラ写真展「見たい 食べたい 会いたい」、小豆島・ジャンボフェリー・大阪にて開催されます。

この夏、ジャンボフェリーに乗って、小豆島へ!

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小豆島カメラ写真展
「見たい 食べたい 会いたい」

2014年7月15日~8月24日 graf(大阪)
2014年7月28日~9月15日 小豆島ジャンボフェリー船内
2014年7月28日~8月7日 オリーブナビ小豆島(小豆島)
2014年8月13日~8月31日 迷路のまち・石奉行陣屋跡(小豆島)
2014年10月24日~11月6日 オリンパスプラザ大阪(大阪)
お問い合わせ 小豆島観光協会 0879-82-1775(坊野)
http://shodoshima-camera.tumblr.com/

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HOMEMAKERS

住所 香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間 金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

ビルススタジオ vol.09: MET不動産部のコト

ビルススタジオ vol.09
地方で生きていくということ。

さて、これまでは当社が関わったリノベーション事例を紹介してきましたが
今回は当社のいち部門である
MET不動産部」について。

当社を立ち上げる前、私は
建築家さんの主宰するアトリエ系設計事務所、
何100人もいる組織系設計事務所、
さらには地方の設計事務所と渡り歩いてきました。
独立するにあたり、あたりまえのように設計事務所としてスタートしようとしました。
設計事務所の仕事は通常、敷地や建物(改装の場合)、
予算や使い道があらかじめ決まったところから始まります。
もちろんその中で自分なりの答えを見つけ出すことが仕事だし、その楽しみもあります。

しかし、これまで渡り歩いた中で共通して疑問に思っていたことがあります。
「果たしてその敷地がふさわしいのか?」
「その建物で理想の環境が手に入るのか?」
「工事などにかける予算はそれが妥当なのか?」
「この立地にその用途は必要あるのか?」
「その施設の認知のされ方はそれでいいのか?」
などなど、設計事務所では、期待される、
そしてできる業務の範囲が限られてしまっていることから
生まれる疑問が積み重なっていました。

せっかく独立するならこれらが決まる前からプロジェクトに関わりたい。
もっともっと広範囲にそして深くお客さんに、その場所づくりに関係したい。
そのほうが絶対楽しく仕事ができる。
そのためにどうすればいいのか。
 1、敷地や建物を探す際に求められる立場・・・不動産
 2、予算作成や調達に関わる立場・・・コンサルタント、金融機関
 3、その場所の使い道を考えることから関わる立場・・・プロデュース、企画主体
こうみると、3はとにかく経験。そしてお客さんとの信頼関係。
2は加えて金融機関との関係づくり。
しかし1については資格はもちろん、
お客さんが「さて、物件を探そう」と思い立った際に
まず思い起こしてもらえる不動産屋にならないといけない。
しかも自分が楽しく続けられることでそれをしたい。
それでMET不動産部を始めました。

山ひとつが物件。その中にお城が……。

倉庫は自由度と天井が高くて好きです。

リノベーション済みの物件もチラホラ。

簡単に紹介すると、ここで掲載している物件たちの選考基準はふたつ。
・ひとつでも図抜けた特徴を持っていること。
・当社のだれかが強烈にその物件を好きであること。
これだけです。

例えばこんな物件がありました。
※ほんとは全部の物件について何時間でも話せる程の思い入れがあるんですが……。

1、庭(家付き)(入居済)

宇都宮市の中心部にほど近い住宅街に佇む、庭をメインとした物件です。
庭の広さはもちろん、とにかく「庭とのつながり」が考えられたつくりになっています。
広々とした広縁からの圧倒的な景色はもちろん、
広間、奥の間。障子を開けたり閉めたたりと
庭との絶妙な距離感、そして入り込む光をコントロール。
気持ちよくって内見の度に数時間……いくらでも居られる場所です。

2、大谷ポテンシャル(入居済)

宇都宮市は言わずとしれた大谷石の産地。
栃木県内には大谷石組積造の蔵が数多くありますので
県民にとっては当たり前の存在です。
しかしこれは家として造られたもの。蔵のような閉塞感はありません。
しかも川沿いのこのロケーション。
素材感。開放感。そして未開の大谷地域。こりゃあ堪りません。

3、富士エリア前ピンポイント(入居済)

自衛隊基地に面した物件。
そう、窓を開ければ大好きな航空機を存分に眺められる家です。こりゃすごい。
もちろん騒音はついてきますが……。

4、天保名主のお館(入居済)

竣工はなんと天保2年! この地域の名主の家でした。
敷地内には母屋、離れ、蔵、長屋門などなど。もう何も言うことはできません。
そして家賃は月3万!
これは持ち主さんの気持ち。
補修費用も持ちつつ、この建物を、地域を受け継いでくれる方のみのご提供です。

5、裏庭へようこそ

建物自体は古めかしい店舗住居。しかし中に入り勝手口を出ると、
そこには43坪もの裏庭が広がっていました。
こんだけあればガーデンでも畑で秘密のパーティー会場にでも?!
大家さんにとっては死に地。
でも入居者にとってはここがメインといっても良い物件です。
ともかく「裏庭」という淫靡な響きにぐっときます。

6、うなぎ置場(入居済)

特徴があれば、土地も取り扱います。
ここは間口5メートルそして奥行き35メートルのとってもバランス悪い敷地。
しかも前面道路幅が最小2メートルあるかないか。
主にそのせいで、市場的には人気のない物件となっていました。
おかげで価格もだだ下がり。
しかしこの土地のバランスは設計をやる人間にとっては好奇心をかき立てられます。
ここでしかできない建物が、ここでしかできない生活スタイルができるんじゃないか。
その想いを共有できる人がたったひとり現れれば、それで充分。
そして安い土地価格。浮いた分でsmartなぞ買えば道路幅問題は解決しちゃいます。

7、もみじの集積(シリーズ)

このシリーズは物件そのものの特徴ではなく、界隈のちからで紹介しているもの。
この連載でも取りあげた界隈「もみじ通り」の物件たちです。
面白い人たちが店を出し、住み、働き始めている、
そういう“動きある界隈”に入居してみませんか? というもの。
実際にこれまで入居された方々はピンポイントにこの物件! という決め方ではなく、
もみじ通りのなかでいくつか見て、規模価格の比較的見合う物件に落ち着く、
という人が多いです。
まわりの既に入居しているお店が好きで、そこに居る人が好きで決めてくれている。
このまちで生活したい、という想いが決め手になるという、
今では珍しい物件の探し方かもしれません。
でも当シリーズに限らず、MET不動産部では界隈の使い倒し方、
その物件とその界隈を含めたライフスタイルを重視しています。
当たり前のことのハズです。

——やはり止まらなくなるので、この辺にしておきます。

2007年から始めたMET不動産部。
いい物件を見つけた時しか更新されないものの、細々と続けています。
これまでに紹介した事例を含め、
幸いたくさんの入居者たちや面白がってくれる人たちにも恵まれています。
初めて会った人でも「あの物件のココが好きで……」みたいに言ってくれると
「あのバンドのこの曲のこの部分が好き」「あの娘のここが好き」
という話のように盛り上がったりします。まぁ、フェチに近い気がします。
人見知りな自分にとって、出会いから共通の話題があることはとても助かりますし、
そうして出会い、話した人とは不思議と信頼感が生まれています。
なんなんですかね、これ。

「物件好きの物件好きによる物件好きの為のパーティ」と銘打ち、物件情報を肴にお酒を呑む。そんな夜会を開きました。

好きな物件。
知らない人に使われて、その後関係が持てなくなってしまうのはとても嫌なんです。
じゃあ当社で取扱い、入居付けをしてしまおう。
「共通の好き」を持つ入居者と友だちなってしまおう。
そしてその後も関係を持てるようにしてしまおう。

ともかく、「共通の好き」を持つ人と出会うことはとても楽しい。
それをなんとか仕事にしていることで、
自分がこのまちに居る理由をつくっているのかもしれません。

P.S.
そんな株式会社ビルススタジオ、現在「設計スタッフ募集中」です。
興味ある方は連絡ください。

information


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ビルススタジオ

住所 栃木県宇都宮市西2-2-24
電話 028-636-5136

日曜のお昼、お弁当持って海へ

行き先も決めず、ドライブに出発。

ある日曜日のお昼、お弁当を持ってピクニックに行くことに。
「島の中でどこかいい場所ないかな。木陰があって、風の気持ちのいいところ」

具体的な場所が決まらず、とりあえずお弁当を持って出発。
お弁当といっても、おにぎりと卵サラダとお茶とおやつのみ(笑)。
どこか途中で商店でも寄ってお惣菜を買っていこうと。

家から車で10分ほどの商店に立ち寄ると、偶然友人が。
どこかいい場所ないかなと聞くと「それなら白浜(しらはま)がいいよ」と。
「じゃあ、白浜に行こう!」というわけで、行き先決定。

白浜は、小豆島の真ん中あたりにある三都(みと)半島の先っぽにある砂浜。
この海岸から眺める夕陽はとてもきれいらしく
一度行きたいなと思っていたけど、なかなか行けず。
小豆島で暮らしていても、まだまだ行ったことないところだらけなのです。

三都半島はその大部分が山で、半島の付け根から先端まで約30分くらいの大きさ。
海岸線沿いにぽつぽつと集落があり、通過しながらドライブ。
このドライブがまた気持ちいい。

三都(みと)半島をドライブ。海岸沿いの道から見える景色。

三都半島の海岸沿いにはいくつかの集落がある。浜辺でそら豆やスナップエンドウを栽培。

白浜に着くと、砂浜のすぐ隣りに「釈迦ヶ鼻(しゃかがはな)園地」という
きれいな広場があり、そこでさっそくお弁当。
思った以上の場所。
木陰があって、海からの風が気持ちよくて、行き交う船が見えるところ。

砂浜のすぐ隣にある釈迦ヶ鼻園地からの眺め。船がすぐ近くを行き交う。

木陰で海を眺めながらお弁当。

砂浜へ抜ける緑のトンネル。こういうワイルドな感じがたまらない。

島の海は、凪いでいる(波が静かな)ところが多いのだけど、
白浜は少し雰囲気が違って、波がザブンザブンと打ち寄せる浜。
すぐ近くを大きな船が行き交い、ボーボーと船笛が聞こえる。

砂浜にある岩場でシーグラス拾い。

愛犬も一緒に。見慣れたフェリーもいつもと違う場所で眺めると新鮮。

波がザブンザブンと打ち寄せる浜。瀬戸内海の凪いだ海とは少し違った雰囲気。

島で暮らしていると、ついつい島を楽しむことを忘れてしまいがち。
お店や公園は少ないし、遊園地や動物園なんてもちろんない。
でもすぐ近くにずっと居たくなるような最高の場所がたくさんある。
また今週の日曜日も、お弁当持ってどこか気持ちのいい場所を探そう。

自社醸造を 復活させて生まれた「生成り、」 福岡・ミツル醤油醸造元

2013年2月末。
福岡県糸島市のミツル醤油が濃口醤油「生成り、」を発売し、
日本各地から賞賛の声があがりました。
造ったのは、当時弱冠28歳の城 慶典さん。
実は、ミツル醤油は昭和40年代に自社で仕込みから醤油を造るのを一度止めています。
そして約40年の歳月を経て、城さんが醸造技術を身につけ、
仕込み道具を揃え、夢に見た醤油造りをみごと復活させました。
「生成り、」ができると、全国各地の蔵人や料理人やバイヤーやメディアの人が、
“素晴らしい醤油が誕生した!”
“城さんすごい!”と褒めては喜び、いまなお城さんを応援する声が、
波紋のように広がっているのを感じています。

実験を繰り返す蔵。

少しずつ春の暖かさを感じ始めた4月下旬、
2年目の「生成り、」を発売したばかりの城さんを訪ねました。
「あの桶はオリゼ、その桶はソーヤ、そしてこの桶はオリゼとソーヤ両方を使っています」
まだ新しい板張りのもろみ蔵に並ぶ木桶を順々に指差し、
静かな口調で違いを話してくれました。

「オリゼ」「ソーヤ」とは、醤油の麹を造るときに「種」として加える「種麹」の名前。
「うちの仕込みでは、複数の種麹を使っています。
メーカーもいろいろありますし、醤油用のオリゼでも何種類もあり、
ソーヤも何種類もあります。
なので、毎回メーカーや種類が異なる種麹を使っています」
以前城さんがブログに書いていたことを思い出しました。
通常、醤油蔵で使う種麹は固定されており、
実験的に変えるにしても、すべての桶が違うということはまずないこと。
けれどミツル醤油では、桶ごとに種麹の種類や配合が違っています。

ほかにも「この桶では地元の友人に無農薬の小麦を育ててもらって仕込みました」
「この大きさの麹箱(麹を入れる容器)は少ないと思います。
でも、ひとりで均一に麹の温度管理をするのにはちょうどいいんです」
などと、蔵中の道具の種類や配置、原材料や仕込み方、
ありとあらゆることに、考え抜かれた工夫と理由が刻まれていました。
奥を見つめるような目で製造工程を静かに話す姿からは、
生粋の職人気質を感じ、しっかりと未来を見つめる熱い志には、
ワクワクドキドキさせられました。

城さんがつくった麹部屋。壁に板を貼り、城さんの理想の麹造りに合う「麹箱」を用意する。

「それぞれ味が違うんですよ」と仕込み方を変えた桶ごとの風味を味わわせてくれた。

醤油造りを復活させると、心に決める。

復活するまでの経緯を尋ねると
「家業を継ぐのだろうと子どもの頃から思っていました。
そして、真剣に後を継ぐことを考えた高校生のときに、
醤油を仕込んでいないことがひっかかって『継ぐのだったら、仕込みたい』と、
醤油造りを復活させることにしました」と、城さん。

そして東京農大に進学。
「大学生のときに家の蔵の柱を削って酵母を取っておいたり、
4年生のときには微生物の培養に打ち込みました」
と、大学の施設を活用しました。さらに
「学生だからできると、全国各地の蔵元7か所に修業に行きました。
各蔵ごとに学ぶことはたくさんありました。
例えば奈良の片上醤油さんが、小さい規模ながら原料や醸造方法の違いで
さまざまな種類の醤油を仕込まれていることに感動し、
僕も醸造の技術でいろいろな醤油を造り分けたいと思っています。
和歌山県の三ツ星醤油さんの昔ながらの麹造りは、
醤油造りを再開するにあたり、いちばん参考にさせてもらいました。
卒業後には1年間、広島の岡本醤油醸造場さんに行ったのですが、
桶にビニールを張って産膜酵母を防ぐ方法は、いまも取り入れていますし、
1年の流れがつかめてよかったです」と話します。

各地の蔵人が城さんを応援しているのは、この修業が理由のひとつ。
珍しいからか、これまで各地の醤油蔵で
「福岡県の糸島市に城君という子がいてね」と、
蔵人から話題が出ることが何度もありました。そして
「いやぁ、謙虚で熱心でいい子だよ」と、自分の子どものように
愛おしそうに城さんのことを話すのです。

さらに、25歳でミツル醤油に戻る前
「醤油の周りのことも知っておかないと、と思い
24歳のときにフードコーディネータの学校に1年行きました。
その1年は時間的にもゆとりがあったので、いろいろなところに顔を出して、
自分がこれからやりたいことをひとりでも多くの人に伝えられるように動いていました。
あの1年で出会った人たちが、いまでもたくさんの繋がりや
チャンスをつくってくれて、応援してくれています」

広島県の岡本醤油醸造所さんから得たもろみの管理方法を、城さんも実践する。

もろみを見守りながら、適切に混ぜて育てていく。

「仕込みを復活させる」ということ。

こうして各地の人々が応援する理由は、
城さんの謙虚で熱心な姿勢と行動もさることながら、
仕込みを復活させることが、極めて珍しいことも理由にあります。
城さんに復活させるときにいちばん大変だったことを尋ねると
「お金や道具を集めること」

そもそも、昭和40年代にミツル醤油が仕込みを止めたのは、
昭和38年に早急な近代化を目指して
「中小企業近代化促進法」が制定されたことがきっかけになります。
近代化が求められた醤油製造業も国が資金面で支援し、
各地域は組合などを設立して近代的な設備を導入。
加盟した蔵々は、原材料処理から圧搾までにかかる手間と
費用を省くことができるようになりました。
いまでは仕込みから行う醤油蔵は1割程度と言われています。

このことに対し
「私は必然の流れだったと思います。
現にこの促進法が制定された10年後の昭和48年には、
醤油の出荷量が過去最高の129.4万キロリットルに達し、
日本の発展途上の真っただ中であったことがうかがえます。
協業化したからこそ、今日1600軒(いまは約1400軒)もの醤油屋さんが
営みを続けられているのだと思います。
まぁ、このような歴史を踏まえて、再び醸造業として
本来の姿に戻っていこうという一歩が、『仕込みを復活させる』ということです」
と、城さんらしい考えを4年前に記しています。

仕込みを復活させることは、省かれていた原材料処理から
圧搾までにかかる手間と費用を担うことになるうえに、
蔵によっては設備を整え直す費用がかさみます。
売り上げを保つことすら大変な醤油業界では、減価償却が難しいと、
復活に挑む人がなかなか現れないのが現実です。

桶には柿渋を塗って状態を保つ。

これまで重ねてきた工夫を、静かに話す城さん。ひとつひとつの言葉が深くてずっしりとくる。

だからこそ、城さんは学び、考え、挑みます。
「道具集めの基準は、いまの建物の中で造りやすいかどうかということ。
一気に土地を用意して建物を専用に建てて道具を揃えるとなると、
費用もかかりますし、その設備の中でやるしかなくなります。
それよりも、いまの身丈にあった道具を揃え、
醤油造りをしながらベストな製造態勢を見つけていって、
20年~30年後にもっと造りやすい態勢に変えようと思っています。
さらに、醤油ができるまでは時間がかかるもの。
まずは売らないと、と、醤油ができる前に、ポン酢など
醤油以外の8つの商品を開発して地元の自然食品のお店に売ってきました。
ここで自然食品の販売先と繋がったことで『生成り、』ができたときも、
すぐに店頭に並べることができました。

僕が造る醤油は添加物を入れない天然醸造の醤油。
地元の九州では甘い醤油が根づいていますが、
せっかく造るのに添加物は入れたくないです。
幸い無添加の醤油を好む地元の方もいて、
初めてできた『生成り、』濃口 2010もほとんどが福岡で売れました。
いまはまだ始めたばかり。だからこそ毎年試し、実験を繰り返して、
もっとこうしたいという理想像に近づけていきます」

すでに「おいしい!」と、ファンのついている城さんの醤油は、
これからも毎年成長を重ねていく。
その変化も、城さんを応援し、使っていく人にとっての楽しみ。
来年は、どんな味や香りになるのだろう。
そして、30年後にはどんな蔵になっているのだろう。
思い浮かべるたびに、胸の鼓動はワクワクドキドキと高まるばかり。
これからも、心から応援しています。

スタート段階の道具は、いまの身丈にあったものを整えた。醤油造りを重ねながら、さらにいい製造態勢を整えていく。

暮らしの中にある伝統行事「虫送り」

長く続く地域の行事に、今年も参加。

今年もまた7月2日がやってきました。
半夏生(はんげしょう)のこの日、
私たちの暮らす肥土山地区で「虫送り」が行われました。

半夏生とは、夏至から数えて11日目頃の日。
昔は、夏至からこの半夏生の頃までに田植えをしていたそうで、
田植えが無事に終わったこの時期に、虫よけと豊作を祈願して
虫送りが行われるようになったそう。
ちなみに最近は5月上旬頃に田植えが行われます。

江戸時代から続いてきて、かれこれ350年以上。
私たち家族が参加するのは、今年で2回目です。

今年も去年と同じように、6月末に地元の子ども会で集まって火手(ほて)作り。
火手は竹で作った松明で、基本形は竹の先端に
小さく切った木片とボロ布を詰め込んで針金でぐるぐる巻きに。
親と子で一緒に作るのですが、虫送りの最後まで火が消えないようにするために、
皆、一生懸命工夫しながら作ります。

地元子ども会で火手づくり。

基本の火手の作り方。

親子で一緒に作ります。

火手の先端に詰め込む木片とボロ布をぐるぐる巻いて。

完成した火手。これを自分の家に持って帰って虫送りの日を待ちます。

当日は、家からマイ火手を持って、歩いて肥土山離宮八幡神社へ。
暮れゆく田園の中、ぞろぞろと地域の皆が八幡さんに集まる様は、
ほんとにワクワクします。

虫送り当日、マイ火手を持って家を出発。

多聞寺さんから運んできた火を持って八幡さんへ。

八幡さんへ向かって田んぼのあぜ道をぞろぞろと。

午後7時、いよいよ虫送りスタートです。
小さい子たちから順番に火をつけてもらって出発。
お父さんやお母さんと1本の火手を一緒に持って、田んぼのあぜ道を歩いていきます。

火手作りから始まって、当日の虫送りまで、
特別な行事だけど地域の皆の日々の暮らしの中にある。
こんなに美しい行事が日常の中にあり、それに家族そろって参加できること。
なんとも幸せだなと。

同級生の友人たちと。

火手に火をつけてもらっていよいよ出発。

あぜ道を列になって歩いていきます。

また来年の7月2日も、家族と友人と一緒に火手を持って田んぼを歩こう。
虫送り、これから先10年、20年、100年と続いていくことを願います。

主婦の視線から生まれた 「有機こいくちしょうゆ」 和歌山・藤野醤油醸造元

大半の参拝者が目に留めるに違いない。
そう思わせるほど、威風堂々と佇む醤油蔵「藤野醤油」。
世界遺産「熊野古道」を通って向かう熊野三山のひとつ「熊野那智大社」の傍で、
藤野醤油は原材料・伝統の技・清潔に力を入れて醤油を造ります。

添加物なしでおいしい料理ができあがる。それに越したことはない。

「主婦の視線で醤油を追求しようって決めたんです。
家の掃除を毎日していたから、蔵の掃除も当然毎日して清潔を保ってきたし、
料理好きな私にとって醤油のいちばんの役割は
『香り』とずっと感じているから、香りを追求しています」
と話すのは藤野醤油社長・那須 矩三世さん。
あたたかく気さくに話してくれるお言葉には、
一生懸命に探求と実行を重ねてきたことを物語る厚みがあり、
微笑む目にも芯の強さがありました。

「醤油は辛いからいい。酢は酸っぱいからいい。そう思うようになったんです。
グルタミン酸(旨味)や甘味料を入れたら、
醤油をなめたときにはまろやかな味になるけれど、料理としては香りが悪くなる。
きちんととった出汁で料理をしたら添加物がなくても
ちゃんと味のバランスはとれますし、いい香りがします。
食材も新鮮だったら、適量の醤油でバランスのとれたおいしさに仕上がります。
添加物なしでおいしい料理ができあがる。それに越したことはない」
と、那須さんは力強く話してくれました。

工場内は薬品を使わずに蒸気で洗浄する。

社員全員が自ら掃除を徹底して行う。

香り良く、安心・安全の醤油を目指し、有機JAS認定工場へ。

実は那須さんは、18年前に旦那様が亡くなるまで、旦那様のサポートに徹してきました。
「30年も前かしら、世の中の醤油のほとんどの醤油が脱脂加工大豆を使い、
アミノ酸液を入れていた時代に、先駆けて国産丸大豆を使い、
添加物を入れない醤油を造るって主人が決めました。
さらに体に影響のない醤油を目指して無農薬の材料を使った醤油も造り始めました。
すぐに地元の人に受け入れられる商品ではなかったから、
都市の百貨店に売り込みに行って徐々に広めてね、
いまでは地元の健康を重視する人や、添加物への意識がある方も
買ってくれるようになりました。
主人はまじめな人でね、おかげで信頼を得ることができました。
主人が開発してくれた商品は大切な遺産です。
お父さんが道をつけてくれたおかげで、いま働かせてもらっているんです」
と話す言葉には、旦那様への愛情が溢れていました。
しかし、サポート役から経営者へと立場が変わるのは大きな変化。

「主人が亡くなってから、悩みに悩みました。
はじめはなんだか試練が与えられているような気持ちになりました。
判断することがいっぱいで、経営の本もいっぱい読みました。
主婦の視線で追求しよう! と決めて、清潔・衛生を一段と徹底するにも、
『掃除をしなさい』と口で言うのではやる気が出ないでしょ。
会社を成長させるためにも『有機JAS認定』を取ることにしました。
厳しい検査が入るから、蔵を皆で整えていかなきゃいけない。
みんなも目標をもって掃除に力を入れてくれて次第に習慣になり、
周りからは『きれいな醤油屋』と認識されるようになりました。
醤油の香りも良くなって、多くのお客様から
『藤野さんの醤油を使うと料理の香りが良くなる』と言われるようになりました。
特に、温度があがって香りが立つ煮炊きのときにわかってもらえるようです。
素材がいいからか、素材由来の甘味も増しましたよ」と話す那須さん。
私もいますぐ藤野醤油さんのお醤油でお鍋をコトコトいわせて、
いい香りに包まれたくなりました。

「かっこいいでしょ」と見せてくれたご主人様。

いちばん右の「有機こいくちしょうゆ」は「有機JAS認定」圃場(ほじょう)で契約栽培された国内産大豆と小麦を100%使用。左側に並ぶのが那須さんのご主人が開発した商品。

何十年と使われている大豆を蒸す機械(NK缶)も丁寧に手入れされている。

家族代々、そして社員も一丸となって「藤野醤油」の味と香りを生む。

蔵の中は、どこを見ても理にかなった効率のいい配置になっていて、
衛生面を徹底してきただけあってとてもきれい。
数十年使っている道具もここ数年内に買ったかのように見え、
ゆったりと落ち着いた香りが広がります。
そして、いちばん惹かれたのが生き生きと動く社員。
「うちの社員は誰もが20年選手。高齢で引退した方はいるけれど、
それ以外で辞めた人は誰もいないの。みんな頑張っていて誠実よ」
と嬉しそうに話します。

そして那須さんは、飾ってあった写真に目をやり
「初代の勇吉さん。私は勇吉さんからいろいろ教えてもらいました。
厳しいけれど情のある人よ。唇を噛む想いをしたこともいっぱいあるけれど、
いまとなっては気持ちがわかるの」と勇吉さんを見つめます。
「私は無農薬で野菜を育てたりするのも、園芸をするのも大好き!
パワーをもらうの。でも、皆からは
『醤油蔵にいるときがいちばん元気ね』って言われるの。
たしかに、この蔵にいると先代が守ってくれている気がするんです。
病気もしないですし、頑張らないと! って気持ちにさせてくれるんです。
まだまだ活動しなきゃ。思いやりをもって、頭を働かせて動かなくちゃ。
商売は毎日の努力のみ」と話す言葉には、
家族や社員への愛情と意思の強さが溢れていました。

初代の那須 勇吉さん。

那須 矩三世さんらしい教訓。「これ、好きなの」と那須さん。

家に帰って、さっそく父が育てた無農薬の新じゃがと新玉ねぎを、
那須さんの「有機こいくちしょうゆ」で味つけして作った肉じゃがは、
ほっとする柔らかな香り。醤油が主張することなく、
そっと食材の持ち味を引き立て、優しい味わいに仕上がりました。
まるで、那須さんの丁寧であたたかい人柄が料理の味わいに出ているかのよう。
感謝の気持ちに溢れ、まっすぐと誠実に芯をしっかり持って
しなやかに挑み続ける那須さんを思い出し、心もあたたかくなりました。

社長・那須 矩三世さん。

小豆島カメラ、みんなで活動するということ

生い立ちも暮らし方も違う、7人のメンバーたち。

6月下旬のある晴れた日「小豆島カメラ」のメンバーが集まって、
集合写真を撮影しました。

小豆島カメラは、小豆島で暮らす女性7人と、
オリンパス、写真雑誌「PHaT PHOTO」を出版するCMS(株式会社シー・エム・エス)、
写真家MOTOKOが一緒になって進めている地方×カメラプロジェクト。
私たち島のメンバーが、それぞれの日常の暮らしの中で出会うシーンを
オリンパスのカメラで撮影し、Webサイトや雑誌などで発信しています。
夏には写真展と小豆島への写真ツアーを開催予定です。

去年末にメンバーが決まって、4月からはWebサイトFacebookページ
1日1枚写真を公開。
3か月が過ぎ、すでに100枚近い小豆島の毎日を写した写真が公開されています。

どんなメンバーがこの活動に取り組んでいるのかわかるように、
7人の集合写真を撮ろうと言い始めてかれこれ数か月。
島メンバー7人は、役場やホテルに勤めていたり、
フリーで仕事をしていたり、主婦だったり。
日中に全員が集まれる日はなかなかなく、活動し始めてから半年経って
やっと集合写真を撮影できました。

当日は朝から坂手港に集合。
梅雨時期ですが、見事な晴れ!
海、山、オリーブの木、小豆島の雰囲気が伝えられる場所を探して撮影しました。

坂手港にある岡村美紀さんが描いた壁画の前で。虹が最高。

海と空をバックに。

なんとこの日のために「小豆島カメラTシャツ」を制作。
イラストレーターのCHO-CHAN(チョーチャン)に描いてもらった“CAMERA”の絵。
小豆島の爽やかさ、みんなで活動する楽しさを感じさせてくれる、
着てるだけでとにかく元気になるTシャツ。
みんなかなりテンション高めでした。

集合写真を撮影してくれたのは、grafの小坂逸雄さん。夏のgrafさんでの写真展の打合せ&インタビューも。

Tシャツとあわせて、缶バッジとシールもCHO-CHANデザインで制作。缶バッジは、青(海)、緑(オリーブ)、茶(醤油)、黄(レモン)と、小豆島をイメージする色。

その日は集合写真の撮影とあわせて、とあるインタビューがあったのですが、
それぞれのメンバーの生い立ちや考えてることを改めて知る機会となりました。
私たち7人のうち3人は、小豆島で生まれ育ち、
大学進学などを機に一度島を出て再び帰ってきたメンバー。
残りの4人は、いろんな縁があって小豆島に移り住むことになったメンバー。
生い立ちも違えば、いまの暮らし方も違う
ほんとにバリエーション豊かなメンバーですが、
共通してるのは、いま小豆島で暮らしていること、
女性であること、島のことを何かしら考えていること。
そして写真が好きなこと。

みんなで集まって活動することで、より大きなパワーが生まれ、
遠くまで小豆島のことを届けられる。
もちろん島メンバーだけでなく、それをサポートしてくれる都会のメンバーもいるから。
ひとりじゃないことのすごさ、楽しさを感じた1日でした。

CHO-CHANにデザインしてもらった小豆島カメラTシャツを着て撮影。(撮影:牧浦知子)

オリーブの木の下で撮影した写真をチェック。(撮影:牧浦知子)

撮影終了後、坂手港近くの食堂「大阪屋」さんでみんなでごはん。

この夏、大阪、小豆島、それをつなぐフェリーで写真展を開催予定です。
そして8月末には、小豆島を撮影してまわる写真ツアーも。
今はその準備の真っ最中。
ぜひ、夏の小豆島へ遊びに来てくださいね。

梅収穫、梅仕事、豊かな里山の時間

今年も採れたきれいな梅たち。

6月上旬、梅の季節です。
今年も友人たちに手伝ってもらって梅の収穫作業をしました。

うちの畑には、お祖父ちゃんの残してくれた梅の木があります。
狭い段々畑の中に、ダイダイやキンカンなどの柑橘と一緒に梅やスモモの木が数本。
これはほんとにありがたいことで、果樹は実をつけるようになるまで時間がかかる。
それこそ「桃栗三年、柿八年」というように数年単位。
実をつける果樹がすでにあるってことはとてもありがたく、
里山にとって貴重な資産なんじゃないかなとよく思う。

段々畑にある梅の木。手入れしないとすぐに雑草だらけになる。

段々畑からの眺め。肥土山の集落が木々の間に見える。

去年は私たちにとっても初めての収穫作業だったので、
友人たち数人を誘って「梅の収穫祭」という感じでワイワイ収穫。
今年もそんなふうにやりたかったのですが、天気と他の畑作業との関係で断念。
雨の中でのガチの収穫作業となりました(笑)。

去年の梅収穫。友人たちと一緒にワイワイ。

いろはも一緒に梅収穫。木登りしたり半分遊び。

まだ青い梅。
うちでは完熟まで待たずにこの青い状態で収穫。
遠くからみると実と葉の色が一緒でたくさんついているようには見えないけど、
いざ近寄って見てみるとあるある!
葉っぱの中にわさわさなってる。

ニヤニヤしながらひとつずつ収穫。
実を採るっていうのはほんとに幸せで没頭する作業。
オリーブ収穫のときにも感じたけど、
子どもの頃にどんぐりを拾い集めたときの気持ちと似てる。

よーく見ると青い梅がたくさん。

収穫した梅たち。実を採る作業はなんとも楽しい。

収穫後は傷がついているものをよけて、サイズを分けて出荷の準備。
これまたありがたいことに、たくさんの友人や知人が梅を楽しみにしてくれてる。
ダンボールに詰めて発送した梅ちゃんたち。
届いた梅をさっそく皆が梅干しや梅酒、梅シロップに加工し、
その写真をFacebookなどにあげてくれる。
その写真を見ると、なんとも言えないうれしい気持ちになる。

出荷準備。傷がついてるものをよけてサイズを分ける。

とてもきれいな青梅ちゃん。今年はサイズも大きくきれいな梅が多かった。

私たちも残った梅を使って、家やカフェ用に梅の仕込み。
丁寧に洗って、拭いて、乾かして、ヘタを取って。
以前の私はこういう作業が苦手だったし、そういう時間を作ろうともしなかったけど、
いまはこういう作業がたまらなくいい。
いろは(娘)も一緒に黙々と梅仕事。

いろはは梅のヘタ取りが大好きで、黙々と作業。

梅干しづくり。収穫後、追熟させて黄色くなった梅を使って。

梅ジャムづくり。傷んだ梅もジャムにできる。

梅のコンポート。どんなふうに使おうか楽しみ。

という感じで今年の梅収穫は終わり、梅仕事も終盤。
来年は皆を呼んで、ワイワイと梅収穫と梅仕事ができるといいなと思います。

島のレモンで新しい商品をつくる

新たな名産品が生まれるまで。

小豆島で暮らすようになって嬉しいなと思うことのひとつ、
それは国産のレモンが身近にあること。
国産というか庭産というか(笑)。
うちの庭にもお祖父ちゃんが残してくれたレモンの木があって、
引っ越してきた秋にはすでにレモンがなっていました。

小豆島は本当に柑橘が豊富。
レモンの木が普通に道端に植えられてたりして、思わず採りたくなる。
近所の人からもレモンをおすそ分けしてもらったり。
それくらいレモンは身近な存在。
雨が少なく日照時間の多い島の気候は、柑橘が育つのに適してるんだろうな。

黄色く色づいたレモン。小豆島には大きなレモン畑は少ないけど、畑の隅などにぽつぽつとレモンの木が植えられている。防腐剤などを使ってないものは皮まで安心して使える。

そんなレモンを使って、いま新たな商品をつくろうとしているのが、
友人の「i's Life」の堤祐也さん。
小豆島で栽培しているレモンを使って新たな調味料を試作。
先日、うちで島の友人たちと試食会をしました。

小豆島産のレモンを使った新商品の試食会。

試食会の準備。

i's Lifeの堤さん(右から2番目)。今回つくった加工品の説明など。

露地で栽培しているレモンが収穫できるのは、
小豆島では12月頃から5月頃までの約半年間。
農作物の難しいところは、工業製品みたいに通年同じように生産できるわけじゃなくて、
限られたシーズンしかつくれない。
さらに収穫したあとは長くもたないものが多く、販売できる期間が限られる。
だからこうやって加工することで、育てたレモンを無駄なくいかすことができて、
収穫シーズン以外でも販売できるようになる。

試食会では、肉料理、魚料理、サラダ、お素麺などいろんなものにかけて味をみました。
試食会という名のおいしい小豆島ごはん会だったような気も(笑)。
食べながらあーだこーだと意見を言い合い、もう少し改良することに。

AとBの2種類の試作品。味の違いをみながら。

鶏肉のソテーとズッキーニ。いろんなものにかけてみる。

瀬戸内海産のスズキ。試食会だけど、地元産の食材豊か。

新しい商品をつくるのにはとても時間がかかる。
食品ならその味はもちろん、使う食材、保存期間のことも考えないといけない。
そして、中身が完成してもパッケージや売り方までやることはたくさんある。
大変だけど、この過程はとても楽しくワクワクする。
自分たちの手で新しい商品を生み出してる感がたまらない。

この新たなレモンの加工品が商品になるかどうかはまだわかりません。
近いうちにどこかのお店で見かけることを楽しみにしています。

地元の人に愛される甘口醤油 山口・桑田醤油

目指すは山口県で最も愛される醤油屋

現在、約1400社の蔵元が全国各地に点在し、郷土の味を支えています。
しかし、戦後の機械化や効率化、物流の発達、低価格化、過疎高齢化や
核家族化などにより、昨今は地域に根づく蔵元から苦しい声が上がり、
年々蔵数が減っているのも事実。
そんななか、山口県防府市の桑田醤油は年々2〜3%売り上げを伸ばし、
社長・桑田浩志さんがfacebookに投稿すれば、約500もの「いいね!」がつきます。
どんな人が「いいね!」を押しているのかと思えば、ほとんどが山口県の人。
なんて地元から愛されている蔵元なんだろう。そう、心惹かれて訪ねました。

トラックに醤油を積み、地元の人たちに醤油を手渡しするのが原点

「明日はどこにいくん?」
取材前夜に、桑田醤油から27キロほど離れた
山口県の飲食店で尋ねられ、防府市の醤油屋と答えると
「お! 桑田醤油か? あそこはよぉ頑張っちょる! テレビにもよく出ちょる」
と満面の笑みになる地元の人。
早くも支持する地元の声に触れ、期待が膨らみます。

そして翌日
「駅前にある地元の料理屋さんのほとんどが桑田醤油を使っていますよ」
と桑田さん。さらに
「防府市の小中学校のほとんどが桑田醤油を学校給食で使っていますし、
主だった病院などの施設の多くも桑田醤油を使ってくれているので、
防府市民ならどこかで桑田醤油で味つけされた料理を食べたことがあるはずです」
というのだから驚き。
そして蔵の中を見せていただいて納得。
製造態勢、材料、人柄、すべてが人を納得させるもの。
蔵の中に並ぶ21本の木桶は、山口県で最も多い桶所有本数。
そして山口県産の丸大豆と小麦を積極的に取り入れ、地産地消にも取り組みます。
「山口県の四季の中で、山口県の材料を、山口県で仕込む。
山口県でしか醸せない、桑田醤油でしか再現できない醤油を造っていきたいんです」
と桑田さん。

「醸造屋が一から造らなかったら胸をはって醸造屋を名乗れない」というお父さんの想いを引き継ぎ、麹から手がける。

防府市の自然の中で、じっくりと時をかけて熟成されたもろみ。

しかし、同じ取り組みをしたところで、数字はなかなか上がるものではありません。
地元の人々の心を惹きつける最大の魅力は、
桑田夫婦の地元の人に寄り添う姿勢にありました。
「配達がすべての原点です」
と、桑田さんがトラックで醤油を配達している映像を見せてくれました。
桑田醤油は、代々地元の人たちの家を訪ねて醤油を手渡ししてきた蔵元。
「そろそろ醤油がないやろ?」
「そーやったっけ? あ、ほんまじゃ」
と、各家庭の醤油の減り具合が家の人よりわかってしまう。
そして、映像に出てくるおじちゃんやおばあちゃんを見ては、
夫婦で思い出話をしみじみと続けます。
ある退院したばかりのおじいちゃんを見て
「病気で僕のことがわからなくなっちゃって。
どうしても思い出してもらいたくて、元気になってもらいたくて、
4か月に1回行けばいいのに、1か月に1回会いに行きましたよ。
そしたら思い出してくれたんです!」
と笑顔で話してくれました。

道も醤油の減りも知る桑田さんは、午前中だけで70軒もの家に醤油を届ける日がある。

配達時に体の調子を崩していたおばあちゃんの調子が良くなっていることを聞いてほっとする桑田さん。

僕がやめてしまっては、求められている味が再現できなくなる

実は桑田さん夫婦は約10年前までリクルートに勤め、
桑田さんは高い数字を出す営業マンでした。
お父さんの呼びかけで帰ったものの、決算書を見て愕然。
最初は困惑し、長靴を履くのも軽トラを運転するのも嫌だったと話します。
そんな桑田さんの考えを変えたのは、配達先の地元の人たちの反応。
「うちの醤油じゃないとダメって言うんですよ」

地元の人が求める桑田さんの醤油は甘口のもの。
「江戸時代に山口県柳井市で濃厚な『甘露醤油(再仕込醤油)』が発祥しました。
そして同時期に、お隣の九州で砂糖が豊富に流通。
このふたつが合わさって、甘く濃厚な醤油が造られ、好まれ、
山口県に定着したという説があります」と桑田さんが教えてくれました。

桑田醤油が揃える甘口の醤油の中で、最も人気が高いのは「うまくち」という商品。
「山口県では『煮物用』『さしみ用』といった感じで、
2種類の醤油を使い分ける家庭が多いのですが、
この『うまくち』は煮物に使っても、直接料理にかけても
おいしいバランスのとれた醤油です。
甘さがあるので、丼物や焼き鳥のたれなどを作る際にも重宝するのですが、
お客様からいちばん好まれるのは、やはり家庭でよく作られる魚の煮物や肉じゃがです。
『桑田さんの醤油じゃないと、料理が落ち着かん』
『関東に移り住んだ娘が、醤油がなくなりそうになると、送って、と電話してくる』と。
若い方には『塩コショウで軽く味つけしたお肉にかけると最高!』
と言われることも多いです」と桑田さん。
おいしそう! 聞いているだけで、口の中にじわぁ〜とよだれが広がります。
さらに、食卓の笑顔や賑やかな話し声が目に浮かび、心があったかくなりました。

桑田醤油さんの醤油を使う「割烹 いちはな」のランチ。

「僕がやめて、醤油蔵を潰してしまったら、
地元で愛されてきたこの醤油の味を再現できなくなる。
山口県の木桶仕込みの醤油文化を守り、後世に伝えていくのが
僕の使命だと思っています。だから続けなきゃいけないんです。
県外に広げたいという気持ちも、醤油の味を変える気もまったくないです。
これまで地元の人のおかげでやってきていますから、
求められる甘口の醤油を、山口県の人たちに届けていきます」
と、力強く生き生きとした目で伝えてくれました。

防府市ならではのおいしさは、桑田さんと地元の人のあたたかな関係があってこそ。
「元気しちょる?」
桑田さんは、これからも防府市の家庭に、
お腹も心も満たしてくれる醤油を届けていきます。

渡船に乗って、沖ノ島で親子自然観察会

近くの島の自然に触れる。

小豆島、この場所自体が「島」なのですが、
この島のまわりにも小さな島がいくつかあります。
島から島へ船で渡る。
というわけで、先日小豆島の南西にある
沖ノ島(おきのしま)という小さな島に行ってきました。

沖ノ島は、約80人が暮らす小さな島。
多くの人は漁業に携わり、また島のあちこちには当たり前のように畑がある。
いわゆるお店や学校はなくて、何か用があるときは船に乗って小豆島本島へ出かける。
そんなふうにしてここでは暮らしが営まれています。

小豆島本島から見た沖ノ島。島同士をつなぐ渡船。

漁業を営むご夫婦。イカをさばいていました。

堤防に干された玉ねぎ。島のあちこちに畑が。

小豆島で暮らしていても、なかなかこの沖ノ島に行く機会はない。
なんだけど、最近雑誌やWebの記事で沖ノ島をよく見かけて、気になっていた場所。
そんなときに「春の親子自然観察会 渡船に乗って、沖ノ島の自然を観察しよう!」
という絶好の機会。
これは行くしかない! と思い、友人家族も誘って皆で沖ノ島へ。

沖ノ島へは、小豆島本島の小江(おえ)という地区にある
渡船のりばから10人程度が乗れる船に乗って渡ります。
船に乗って海を渡って降りて、全部で3分くらいなんじゃないかという距離。
たったこれだけの距離を移動しただけなのに、
島というのは不思議で、なんとなく雰囲気が違う。
陸がつながっていないのはやっぱり大きくて、
独特の暮らし方だったり文化が残ってるんだろうなと思う。

小江(おえ)にある渡船のりば。

渡船の時刻表。噂では、港に誰か来たら時刻表と関係なく運航してくれるとか。

屋根付きの小さな船は乗るのもワクワクします。

てくてくと歩きながら、普段見過ごしてしまっているものを
丁寧にひとつずつ見たり触ったり。
ところてんをつくるために干してあるテングサ。
畑の肥料にするために干してあるヒトデ。
海岸に流れ着いた銃みたいな形の流木。
浜辺に咲くハマヒルガオやハマダイコン。
望遠鏡の先に見えるカワウ。

堤防に干されたテングサ。これでところてんを手づくりします。

乾燥させたヒトデ。畑の肥料になるそう。

流木っていろんな形があって面白い。ついつい持って帰りたくなる。

浜辺に咲くハマヒルガオ。小さな花がいくつも咲いていました。

望遠鏡の先にはカワウが見えます。思ったよりずっと大きく見える。

今回この企画をしてくださったのは「小豆島自然観察会」の皆さん。
小豆島の自然の中で自然観察しながら、
親子でふれ合う「親子自然観察会」を春夏秋冬の年4回開催しています。
沖ノ島も小豆島本島も、本当に自然が豊かなんだけど、
なかなか深くじっくり入り込めない。
それは私たちが自然との接し方をあまりよく知らないから。
だから、自然への入り方や、自然の楽しみ方を教えてくれる
こういうイベントはとても大切で素敵だと思う。

岩場で貝を探したり。磯にはいろんな生き物がいる。

この日のおやつはサクランボ。大人にも子どもにも大人気。

お母さんと手をつないで堤防散歩。

豊かな自然がある。
それを楽しむ方法を教えてくれる人たちがいる。
沖ノ島も小豆島もそんな場所であり続けてほしいなと思います。

いろんな種類の野菜をつくる

待ちに待った野菜たち。

ここ最近、天気予報を見ていると30度越えの日が!
まだまだ春かと思いきや、季節は確実に夏に向かいつつあり、
畑で作業をしていると汗ばみます。

陽射しが強くなってきた小豆島。田植えも終わり、稲の緑が力強くなる季節。

この季節は、ひと雨ごとに植物がぐんぐん育っていきます。
野菜も雑草も。
畑はどんどん緑の面積を増していく。

花咲くじゃがいも。6月中旬頃収穫予定です。

フェンネル。イタリア野菜です。独特の香りがたまらない。

トマト。どんどん大きくなります。実がなるのはもう少し先。

シスコ(結球レタス)。シャキシャキの葉。

そしてようやく春夏野菜を収穫できるようになってきました。
玉ねぎ、赤たまねぎ、ズッキーニ、そしてもう少しすると
じゃがいも、ニンニク、いんげん豆。
待ちに待ったお野菜たちです。

畑では、収穫できる野菜の種類が少ない
「端境期(はざかいき)」という期間があります。
地域によっても異なりますが、冬野菜と春野菜の間に起こる
冬の端境期は、2月から4月にかけて。
私たちは何種類かの旬野菜をセットにして販売しているので、
この時期はどうしてもそのセットをつくるのが難しい。

野菜は収穫するまでだいたい2、3か月。
12月から2月頃までは寒さが厳しく、
露地栽培(ビニールハウスなどは使わず野外で野菜を育てる方法)では
種をまいても芽が出ない。
なので、その2、3か月後の2月から4月にかけては
収穫できる野菜が少ない端境期となる。

この端境期を通り越して、春夏野菜が収穫できるようになるこの時期は
本当にワクワクします。
旬野菜のセットも再び販売できるようになりました。

ベビー人参。生で食べられます。

収穫が始まったズッキーニ。

去年の10月に種まきした赤玉ねぎと玉ねぎ。やっと収穫。

そして収穫しつつ、次は夏秋にむけて、生姜やサツマイモなどの植つけ作業。
季節のいろんな野菜をつくっていくということは、
土づくり、植つけ、手入れ、収穫を時期をずらして繰り返していくということ。
次から次へと作業があって、最近はやりきれていない部分も結構ある。
それでも、何種類かの旬のお野菜をつくるのは飽きないし、
自分たちの食にも繋がってる。

収穫作業。丁寧に1本ずつ抜きます。

生姜の植つけ準備。友人に手伝ってもらって。

旬野菜セットとして販売する野菜6〜8種類を収穫します。

もうすぐ梅雨。
そしてあと2か月もしたら1年でいちばん暑い季節がやってきます。
キュウリ、ピーマン、ナス、トマト、収穫できることを楽しみに日々作業です。

漁師の娘から生まれた 「きびなご魚醤」 高知・土佐佐賀産直出荷組合

愛情いっぱいに「きびなご魚醤」のことを話す浜町明恵さんに惹かれ、
初めてお会してから1分で現場を訪ねさせてもらえないか交渉。
「どうぞ来てください!」と、社交辞令とは思えない気持ちのいい言葉に甘え、
浜町さんが運営する「土佐佐賀産直出荷組合」がある高知県幡多郡黒潮町を訪ねました。

主婦たちが地魚を使って商品開発

力強い光にまばゆく輝く海。
そして太陽に誘われて生き生きと伸びる樹々が迎える道を、車で数時間走ると到着。
黒潮町は漁業が盛んで、特にカツオ漁の漁獲量は日本一。天日塩の生産も盛んです。
ここで、浜町さんは日本でも特に高知で漁獲される「きびなご」を
黒潮町産の天日塩で漬け込んで「きびなご魚醤」にするなど、
地元で水揚げされた水産物を新鮮なうちに加工し、販売しています。

魚醤とは、魚でつくるお醤油のこと。
通常の醤油は大豆と小麦を麹にして塩水に仕込むのに対し、
魚醤は大豆や小麦を使わず、魚と塩でつくります。
漬け込んだ魚が年月をかけ分解されて液状になるのです。

「私の家族は代々漁師で、昔から漁師に囲まれて生活してきました。
毎晩集まっては『売れん』と愚痴を言っていたし、
子どもには『絶対漁師になんかなるな』と言っていました。
なんで売れんの? 東京ではなかなか手に入らん質の高い魚ばかりなのに……。
そう昔から思っていたことが原点です」
海から民家へと目を向け、浜町さんが話してくれました。

「地元でとれる安全な魚を新鮮なうちにフライ加工をして販売したい」
そう長年夢を描き、約12年前に「土佐佐賀産直出荷組合」をたったひとりで立ち上げ。
次第に浜町さんの考えに共感した主婦がひとり、ふたり、3人と加わり、
「家族に安心して食べさせられるもの」を軸に、
アイデアを出し合いながら商品開発が行われました。
こうして高知県産のきびなごを黒潮町産の天日塩で漬けた「きびなごフィレ」が、
東京で開催された新商品開発の「グルメ&ダイニングスタイルショー」で
フード部門の大賞を受賞。次いで「きびなご魚醤」が生み出されました。

フィレも魚醤も、地元では誰もつくり方を知らなかったもの。
生み出すのは大変だったのでは? と尋ねると
「楽しかったですよ! たしかに、きびなご魚醤をつくるにも、
最初はきびなごが真っ赤になってすごく臭くなったりして、
開発するのに3年かかりました。
でもみんなと塩の量や種類や仕込む時期を変えながら試行錯誤している時間が
一番好きなんです」とハツラツと答えてくれました。

いろんな地魚を新鮮なうちに加工し、販売している。

きびなご魚醤の前身「きびなごフィレ」が漬けられている。

1年以上漬け込んだきびなご。自然に分解されている。

いいものをシンプルに

加工場に入ると、たくさんのお母さんたちがテキパキと手を動かしていました。
その速さと丁寧さにびっくり。手さばきに見とれているうちに、
何十、何百もの魚が次々とおいしそうな商品になっていきます。
「きびなご魚醤はこれです」と浜町さんに言われ、
大きな容器をのぞくと、ぎっしりときびなごが。
「最初に混ぜ、1年以上静かに置きます。そしてゆっくり搾ったら完成。
それ以外は何も手を加えません。加水もしません。
最近は酵母を入れて短期間で魚醤をつくるところが全国各地に増えていますが、
私はここの豊かな自然ときびなごと塩、この3つに委ねてじっくりと分解させたいんです」
そう話す浜町さんの言葉には、生まれ育った土地の恵みや食、
人に対する愛情が溢れていました。

見とれるほどテキパキと丁寧に魚を加工していく土佐佐賀産直出荷組合のみなさん。いまでは社員が11人に。

「この塩じゃないと」と、きびなご魚醤の要となる塩の生産現場にも案内してくれました。
そこで迎えてくれたのは高知のキラッと光る海のイメージにぴったりな浜田哲男さん。
高知の光と風を使い、火は使わずに塩にします。
「しっかり時間をかけて管理をしているんですよ」と浜町さん。
「粒になるときに手でほぐしたり、小さなゴミを取り除いたりと、手間がかかる。
自然相手やからなるようにしかならん。だから、精一杯やるしかない」
と浜田さんが力強く言い切ります。
「だから、ミネラルが多くて粒揃いの塩ができるんです。
おいしさに欠かせず、使いやすさも兼ね備えています」
と浜町さんが誇らしく話します。

降り注ぐ太陽の光と風を利用し、時間をかけて塩をつくる。

塩をつくる浜田哲男さん(左)と浜町明恵さん(右)。

これまで、きびなご魚醤やきびなごフィレを使った
さまざまなおいしそうなレシピを紹介している浜町さん。
なかでも浜町さんのお気に入りは何ですか? と尋ねると
「きびなご醤油は野菜炒めや卵焼きや卵かけご飯に入れたりと、
シンプルに使うこと。魚の旨味でおいしくなります。
特にきびなご魚醤は魚醤特有の癖が主張しないので合いますよ。
きびなごフィレのお気に入りは、冷や奴の上に載せて、
漬けてあるオリーブオイルをかけること」と教えてくれました。
これまで魚醤をかけ醤油として使ったことがなかったので、
さっそく卵かけご飯にひとかけ。まず気づいたのは、色がきれい! 
卵の輝かしい黄色を楽しむことができます。そして味もびっくり。
卵や米の甘味や旨味がぐっと引き出されています。う~ん、もう一杯!

料理を邪魔しないきれいな色。

きびなご醤油をかけた卵かけご飯。かける前とほとんど色が変わらず、きれいな黄色のまま。

シンプルなのにおいしい。いや、すべてがシンプルだからおいしいんだ。
漁業が盛んなまちで漁師に囲まれて育った女性が、
出会った塩と魚だけを使い、自然に委ねて魚醤を造る。
それだけのことを、愛情いっぱいで気っ風のいい浜町さんがするからおいしい。
卵かけご飯を頬張りながら
「ここで生まれ、漁師に囲まれて育った私だからこそできることがあるんです」
と、生き生きと伝えてくれた浜町さんを思い出しました。

いちはらHOMEROOM通信 vol.5

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

ホームルームを無事終えて。

こんにちは、中崎です。早いもので、寒空のもとで準備を始めた
中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」は、
のんびりとした初夏の日差しの中で無事閉幕しました。
この52日間で9本のイベントと、2本のレジデンス、
自分の展示作品も含めると12本の企画を担当させていただき、
なんとか事故もなく終えることができて正直なところホッとしています。
成功かどうか、まあ、何を持って成功とするかというのは難しいところですが、
現場での感触としてはなかなか好評だったようで、
関わってくださったアーティスト、スタッフ、サポーターのみなさん、
足を運んでくださったみなさん、本当にありがとうございます。

とりあえず、終盤のホームルームのレポートを。

GWの4連休、前半の5月3日、4日は
藤井光さんのワークショップ「校内暴力のハードコア」。
タイトルやアーティストの作成した広報イメージから、
だいぶ過激なものを想像したりもしましたが、
丁寧な映像に関するレクチャーに始まり、途中野外に場所を移して撮影に入ったり、
終始穏やかな空気でワークショップは進んでいきました。
映像制作のワークショップには手慣れている藤井さんですが、
今回は参加者を受講生といった立場ではなく、
共同制作者に近い立ち位置で関わるための枠組みを試したい、ということで
お互い手探りで進む部分も多く、リラックスしながらも緊張感のある有意義な時間でした。

藤井さんの制作した広報イメージ。

1日目の演出編、体育館裏の草むらでカメラをまわします。
それぞれが過去の体験談を話したりするなか、
藤井さんのいくつかの言葉で場の空気がその都度変化します。

藤井さんの架空(?)の体験談、その言葉によって起こった場の空気の変化について、演出的視点で最後に種明かしが……。

2日目の編集編、しばらく使われていないプールサイドで、
編集後の映像のイメージを意識しながら撮影に入ります。
アイデア出しを重ね、最終的にひとりの体験談をもとに
複数の人間がその出来事について話す、といった撮影方法を選択しました。

アイデア出しの過程で、体験談を本人が話す、第三者が話す、といったことを撮影し比較したのですが、他人の言葉のほうが意外とはっきりと情報が頭に入ってきたりして、いろいろ考えさせられました。

トークでは、この夏に公開を予定している、藤井さんの監督した
南相馬の映画館をモチーフにしたドキュメンタリー映画『ASAHIZA』の話を中心に、
東日本大震災の以前以後の活動を紹介していただきました。
今回の「校内暴力」というキーワードは、
たぶん「校内暴力」自体を問題としているわけではなく、
そこにまつわる個人の体験、記憶といったものを、
映像という技法を用いて、どう定着させ、どう他者と共有し、普遍化しうるか、
といった問題と向き合うためのきっかけであり、
震災以降、被災地で多くの個人へのインタビューを重ねていったなかで、
いま現在も藤井さんが試行錯誤していることの一部分に、
少し触らせてもらうような機会となっていた気がします。

4連休後半、5月5日、6日は、珍しいキノコ舞踊団のワークショップ
「カラダと遊ぶ! ダンスの状態で楽しむ!」。
今回は主宰の伊藤千枝さんを含め、6人のダンサーがやって来てくれた
超豪華ワークショップでした。
絶賛運動不足真っ盛りの私、中崎も両日参加させていただいたのですが、
楽しくてハード。普段意識しない身体の部分をたくさん発見しました。
伊藤さんの進行もすばらしく、ゆっくりとしたウォーミングアップのつもりが
いつの間にか面白おかしく過酷なポーズをとらされていたりしました。
離れて様子を見ていたスタッフの話だと、それ自体がダンス公演のようにも見える、
といった感じで、子どもから年配の方まで心地よい汗をかきました。

©MATSUMOTO Mieko

©MATSUMOTO Mieko

ワークショップ前の呼び込みダンスも披露していただきました!!

おまけにこのダンス、3月に行われた本公演『金色時間、フェスティバルの最中。』のテーマ曲だったりしていて、始まる前からうきうきする時間でした。©MATSUMOTO Mieko

ワークショップ後に開催された20分ほどのショーイング。
さっきまで一緒にワークショップをしていたダンサーの皆さんが、
プロフェッショナルの舞台を見せてくれました。
本当にすばらしくて、両日100人前後の方が楽しみました。
演出で一部参加者が乱入してみんなで一緒に踊るシーンがあったり、
体育館ステージの緞帳が上がり伊藤さんのソロシーンがあったり、
20分と思えない濃密な時間となりました。

©MATSUMOTO Mieko

最終の週末、5月10日は辺口芳典さんのワークショップ「ヒップホップな作文の時間」。
約1時間のワークショップを3時間で3回り立て続けに開催、
そのたびに最後には辺口さんの新作の詩が披露されるという、
なかなかハードで贅沢なワークショップでした。

タイトルで掲げた「ヒップホップ」という言葉は、
いわゆるみんながパッと想像する「ヒッピホップ」のことを指すのではなく、
何もないなかで、それでも身の回りにある一見なんでもないものを使って、工夫して、
それを面白がる、身体を使って生まれてきたカルチャーであること、
そのなかでも今回は、サンプリングやリミックス、といった作法を詩に応用して
遊んでみること、自身の生い立ちも含めて熱血レクチャーから始まりました。

里見小学校に残されていた本を題材に、そこから気になる言葉を集めて繋いでみる。不思議と意味が繋がったりちぐはぐだったり、でもなんだかその人それぞれの色が出てしまって、なんだか面白かったです。

奇遇にも会場となったスペースに設置された中崎の作品も、
里見小にあった一冊の本『モモ』から引用したテキストでつくられており、
せっかくなので、ということで最初の練習用のテキストとして『モモ』の
あとがきの部分を使用してくださったりして、ちょっとしたコラボレーションも。
最後にはそれぞれ制作した詩を朗読して発表する場面も。
何気なく選んだだけの言葉が、声に出してみるとその人だけの詩になってしまう、
そんなことに、朗読する本人が声に出してみて初めて気がついて戸惑う、
みたいなことも何度かあったりして、僕自身も発見の多いワークショップでした。

というかんじでホームルームのプログラムも終わり、
翌日の最終日の閉会式ではIAAESの校庭に350人ほどが集まり、
各会場のメンバーがアトラクションを披露したり、
市長や北川フラムさんからのスピーチがあったり、
なんだかんだで深夜まで打ち上がったりしました。
みなさん、本当にお疲れ様でした!!

種をまいた、第一回目の芸術祭。

さて、そんなこんなで撤収も終わり、水戸に戻ってきたわけなんですが、
芸術祭やホームルームを振り返って少し書いておこうと思います。

会期中、滞在している時間が長かったので、
展示だけでなく公演やイベント、飲食だったり、全部は網羅できていないながらも、
ほかの作家と比べて芸術祭のいろいろな部分を見て回ることができたのですが、
正直なところ、なかなかよくできた芸術祭だと思いました。

僕たちの関わったIAAESは比較的準備期間が短く、
メイン会場のひとつとしてほかの会場よりも
たくさんの観客が足を運ぶエリアだったこともあり、
地元の方だったり、顔が見える限られた人たちと深くコミットする状況というのは
あまりなかったなあ、という印象なんですが、
会場やプロジェクトごとに役割や色があるように、各会場や作品のなかで、
アーティストが地元の人たちと長い時間をかけて一緒につくることを楽しみながら
進めている様子をあちこちで見かけて、なんだかいいバランスだなと感じました。

岩間賢/月出校舎(旧月出小学校)

指輪ホテル『あんなに愛し合ったのに〜中房総小湊鐵道篇〜』の公演のラストシーンを電車内から見守る観客たち。

もちろん、運営なども含めていいことばかりではありませんが、
この地域での初めての芸術祭ということもあり、準備不足もあれば、
一体どんなことをするんだろう、と手探りなことも多かったし、
問題はいろいろなところでたくさんありつつも、それが一回目というやつで、
今回の開催があったことで、なるほど、こういうことか、と
だいたいのイメージを共有した人が、地元でどういう関わり方にしろ
何百人、何千人とできたということが大事なことであり、
それはよく思う人もいれば悪く思う人もいて、
でもだからこそ現実的な議論を始めることができるのではないかなと思います。

内田未来楽校(旧内田小学校)

僕たちアーティストの立場からすると、たいてい地域の方には最初、
偉い芸術家の先生、もしくはわけわからんニーチャン、といった
どちらかに見られることが多いんですが、それってどちらも意外とやりにくくて、
でもだんだん顔なじみになってきて、
よくわかんないけど金なさそうな若いやつ、もしくは中年が一生懸命何かやってんな、
これ、うちで採れた野菜だけど食うか、そうかうまいか、
お、意外と面白いことやってるじゃねえか、
みたいなことがよくあります。
それはなんだかいい流れで、芸術かどうかはよくわからないけど、
そういうやつらがまたやってくるのは別に悪い気はしないな、
という空気感みたいなもの。そういうものが会期の終わり頃にあちこちで漂っていて、
それはアーティストはじめそれぞれの現場に関わった人たちが、
丁寧な仕事と地域への接し方をしたからなんだろうと思いました。

滞在先の月崎荘での多くのアーティストやサポーターの方々との出会いや過ごした時間は、楽しくも貴重なものでした。

先日、芸術祭の動員数が8万7000人と発表されました。
目標動員数を20万人と設定していたので、大きく下回ったようです。
ですが、その数とは別なところで地域にとって開催の意義というか
得たものは大きかったようで、実行委員長であった市長は、
次回開催に向けて意欲的である、といった記事が出ていました。

芸術祭の評価というとき、目に見える数字として
動員数はひとつの基準とされるのですが、
実のところその数は実際の内容というより広報戦略に左右されることが多く、
そんなにあてにならないな、という印象を僕個人は持っています。
一方で、そのような数字になりにくいような出来事が、
ここ中房総では本当にいろいろな場面で多数起こっていました。
これからそういった出来事を誰がどのように評価し、
さらにはその種を拾い上げて育てていくなかで、
また数年後にこの中房総で開催されるであろう芸術祭に
どのように繋がっていくのか、とても楽しみです。

ということで、「いちはらHOMEROOM通信」もこれが最終回となります。
僕たち自身、試行錯誤しながら企画を進めていくなかで、
寄稿するためにその都度言葉にしていくことで
思考や実践を整理するいい機会となりました。
みなさま、お付き合いいただきありがとうございます。

information


map

IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
Vol.1 山城大督《映像芸術実験室〜時間を操ろう〜》
Vol.2 テニスコーツ&YOK.《School PICNIC》
Vol.3 下道基行《撃つか撃たれるか/Dead or alive》
Vol.4 遠藤知絵×木下真理子《あてはまらないところで、自分らしく生きてみる》
Vol.5 アサノコウタ《教室のなかのちいさな教室》
Vol.6 環ROY×蓮沼執太×U-zhaan《体育館ライブ》
Vol.7 藤井光《校内暴力のハードコア》
Vol.8 珍しいキノコ舞踊団《カラダと遊ぶ! ダンスの状態で楽しむ!》
Vol.9 辺口芳典《ヒップホップな作文の時間》
◎「HOMEROOM/After school プログラム」
Vol.1 友枝望
Vol.2 松本美枝子
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

information

ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

老若男女が集う新しい公共空間、Umaki camp

いろいろな人をつなぐ場所。

小豆島には「馬木(うまき)」という地区があります。
お醤油蔵が立ち並び、「醤の郷(ひしおのさと)」という
観光エリアにもなっているところ。

そのエリアの住宅地のど真ん中に、Umaki camp(以下、馬木キャンプ)があります。
馬木キャンプは、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の作品として、
大阪を拠点に活動されている「ドットアーキテクツ」さんの
設計・施工によってつくられました。

瀬戸芸の会期終了後も、地域の人たちが集まったり、
イベントの会場として使われたり、公共空間として地域に開かれている場所。
ひとことでは説明できないこの空間は、ヤギと遊べる公園でもあるし、
おいしいものが食べられるキッチンでもあるし、ライブ会場でもある。
使う人と使われ方によって、ほんとにいろんな表情をする。

馬木地区にある馬木キャンプ。住宅地のど真ん中にあります。

馬木キャンプのキッチン。外に対してとてもオープン。

そんな馬木キャンプで、先日「SASAKLA Live in 小豆島」が開催されました。
SASAKLAさんは去年も小豆島でライブをされているミュージシャン。
今回はスピーカーなしで、私たちのとてもとても近くで
ギターを弾きながら歌ってくれました。

「SASAKLA Live in 小豆島」スタート。最初は屋内で。

接する道路からの眺め。こんなふうに明かりと音が漏れてくる。

ライブは平日の夜6時半からスタート。
まずは腹ごしらえと、無料で振る舞われたカレーをいただきました。
実は馬木キャンプには最近ピザ窯がつくられて、
その窯で焼かれたパンやチャパティ(インドの薄焼きパン)も振る舞われました。
まさに焼き立て、最高の晩ごはんです。

この日はカレーやご飯などが無料で振る舞われました。

カレー大盛り(笑)。

ピザ窯でパンを焼いてくれる友人のちほちゃん。焼き立て最高。

少しずつ暗くなる中、SASAKLAさんの歌声が優しく響く馬木キャンプ。
後半は、外で焚き火を囲んで。
子どもも大人もみんながその場の雰囲気を楽しんでいました。

馬木キャンプの前の広場で焚き火を囲んでSASAKLAさんの歌。

子どもも大人もみんな一緒に。

そのライブには、島のエリアを越えて、世代を超えて、
ほんとにいろんな人たちが来ていました。
地域の人だけじゃなくて、その外の人も一緒に。
若者だけじゃなくて、子どもも年配の方も一緒に。
そういうさまざまな人が集まる場。

馬木キャンプは、まさにそのコンセプトである
「このエリアに暮らす人たちと、ここを訪れた人々をつなぐ仕組みをつくり出す」
そんな場所になりつつあるんあだなと感じました。
まだまだ続くこれからこの空間で起こることがとても楽しみです。

島に眠っている資産、ワクワクする古い家

ここでの暮らしを想像しながら。

先日、私たちが運営しているHOMEMAKERSのFacebookページに
1件の問い合わせがありました。

震災後、ライフスタイルについて考えるようになり、海外の農場へ研修に。
そこで体験したようなライフスタイルに少しずつシフトしていきたい。
家族がかつて小豆島で暮らしていて、現在は誰も住んでいない家と畑が残っている。
その小豆島で農業をしている私たちのことを偶然知り、一度お話したい。

そんな内容のものでした。
その誰も住んでいない家と畑は、私たちの家から車で10分ほどの場所に。
すごく近くなのに行ったことのない集落で、
前々から一度行ってみたいなと思っていたので、
ぜひそこを見に行ってみたいとお返事して、
その2週間後にさっそくお会いする約束をしました。

せわしないゴールデンウィークが終わり、ほっとひと息のその日。
通ったことがない道を走り、ワクワクしながら現地に向かいました。
1年半住んでいても、まだまだ小豆島には行ったことがないところがたくさんあります。

ご連絡をくださった方と挨拶をして、さっそく敷地内へ。
家のまわりは植物が成長し、まさに映画『天空の城ラピュタ』のように
植物が建物をとりまいているような感じ。
植物をかき分け、家の中へ。

ご挨拶をしてさっそく敷地へ。お隣には棚田が。

植物が行く手をさえぎる(笑)。かき分けて中へ進みます。

玄関にもツタが。

植物の力はほんとにすごい。すぐに家を飲み込んでしまいそう。

築80年のその家は立派な材でつくられていて、すごく味がある。
特に小屋組(木造建物の屋根部分の骨組み)は見上げると、おぉっとなります。
一方で、床が腐っていたり、家自体が多少歪んで窓がちゃんと閉まらなかったり。
直さないと住めないなあと思う部分はありましたが、
ここをこんなふうに直して、あそこの壁は抜いて……なんて
勝手に想像しながら終始ワクワクしていました。

立派な梁が。木造建築の小屋組は本当に美しい。

床を直して、この壁は抜いて、など妄想。

家のまわりには大きな木が。ハンモックやブランコを吊るして、と想像するとワクワクする。

タバコの葉の乾燥部屋も。

そして、家の外の畑へ。
なんと、畑からは海が見える!
「子どもの頃に見たこの景色がずっと頭の中に残っていて」
とその方は何度もおっしゃっていましたが、確かにこの景色はたまらないなあ。
しばし、その畑で海を眺めながら立ち話。
どうやったら家を直せるか、ここでどんなふうに暮らすことができるのか。

畑からの風景。山と山の間に瀬戸内海が見えます。

どうやって家を直すか、ここでどんな暮らしができるか畑で立ち話。

この古い家の窓が開いて、明かりが灯され、
誰かが暮らす日が来るかどうかはまだわかりません。
眠っている古い家に手を入れて、直して暮らす。
そこには便利さや快適さは少ないけれど、
それでも暮らしたいと思わせる何かがあるんだなと思います。

肥土山農村歌舞伎、みんなで作る割子弁当

一緒に作って食べる、楽しい時間。

5月3日、毎年この日に肥土山農村歌舞伎が開催されます。
肥土山農村歌舞伎は、300年以上途絶えることなく続いている地元の伝統行事。
ここで暮らす人々自身が役者であり、大道具、衣装、舞台の準備なども
すべて自分たちの手で行っています。

はじまりは江戸時代。
当時、水不足で苦しんでいた農家を救うために、
この地の庄屋、太田典徳さんが私財を投じて蛙子池(ため池)を造成。
その完成のお祝いに、農民たちが小屋を建てて芝居をしたそうです。

300年以上続く肥土山農村歌舞伎。毎年5月3日に開催。

快晴。この季節は本当に気持ちがいい。歌舞伎に出演した地元の子どもたちが控室の窓から。

この歌舞伎の楽しみのひとつが、割子弁当(わりごべんとう)。
大きな木箱の中に、20人分の小さなお弁当が入っています。
これを昔は各家庭ごとに作り、親戚や知人たちと一緒に食べながら
歌舞伎を鑑賞したそうです。
いまでは、大家族が減ってしまったためか、
割子弁当を持ってきている家庭はとても少なくなりました。

そして今年は、その割子弁当を友人たちとみんなで作って
持っていこうということで、午前中からうちに集まって割子弁当作り。
お弁当の作り手は、20〜30代の女子7人。
それぞれ、お弁当に詰める一品を担当。

割子弁当。地元で共有で管理しているものをお借りしました。

みんなで一緒に料理。教えたり、教えてもらったりしながら。

巻き寿司作り。ワイワイ言いながら作るのはほんとに楽しい。

みんなでワイワイ言いながら、巻き寿司を作ったり、夏みかんの皮をむいたり。
それそれは楽しい時間だった。
婦人会のおばちゃんたちが、地域の行事などで
お弁当を作ったりするときの雰囲気はきっとこんな感じなんだろうなと。
20人分のお弁当を私ひとりで作るとしたら、
それはすごくプレッシャーで大変だけど(というか作れない、笑)、
みんなで集まって料理をすれば、それ自体が楽しい時間になる。

畑で採れたスナップエンドウの和え物、掘りたてタケノコの醤油漬けなど。
地元の食材も使って、なんともおいしそうな割子弁当の完成。

それぞれが作った一品。これを割子弁当に詰めます。

おいしくみえるように割子弁当に詰める。これを20人分作ります。

木箱に収納。この大きな木箱を抱えて歌舞伎舞台まで行きます。

木箱に入れて、いざ歌舞伎舞台へ。
最高の天気の中、子どもたちと一緒に、水の張られた田んぼの横を歩いて行きました。

水の張られた田んぼの横を通って歌舞伎舞台へ。

みんなで作った割子弁当や持ち寄ったおやつを食べながら、
お酒を飲みながら、みんなで一緒に歌舞伎を見る。
出てくる役者は地元のよく知った人たちで、
あの人が演じてるんだなと思いながら見る。
それがこの農村歌舞伎の楽しみ方なのかなと。

木箱の中からじゃーん! さぁ食べよう。

友人、知人にふるまって、みんなで一緒に食べました。

来年は私たちの組が歌舞伎の当番(肥土山地区には6つの組があって、
交代で歌舞伎の準備、運営をしています)。
たくちゃん(夫)といろは(娘)も出演予定。
これまた楽しみです。

いちはらHOMEROOM通信 vol.4

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

はじめまして、「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」スタッフの里村です。
桜の頃も過ぎ、渡る風も爽やかな季節になりました。
「いちはらアート×ミックス」が開催されている南市原でも、
水の張られた田んぼは空の雲を映し、若々しい苗がちょこんと顔を出しています。
芸術祭に来られるお客さんも増え、里山に人の行き交う風景が見られる今日この頃。
ここでは芸術とともに日常や毎日の生活が続いています。

芸術祭に限りませんが、私自身、旅先でその地の暮らしに触れたり、
そこで暮らす人に出会ったりすることで、
その地に培われてきた時間や人の痕跡を感じることに幸せを感じます。
それぞれの人がひとりひとり、作品やその土地との出会い方を見つけられること。
芸術祭の面白さは、ここを訪れた人の数だけあると思うのです。
ですので、この連載がそんな出会いのヒントになることを願いつつ、
芸術祭の会場やその地域のことを少し紹介したいと思います。

しゃわしゃわと鳴くカエルの合唱をBGMに、IAAESを飛び出して、まずは養老渓谷へ!
NAKAZAKI Tohru HOMEROOMのメンバーも登場します~。

養老渓谷エリア

養老渓谷は、紅葉狩りで賑わう観光地。
それがこの土地の「オン」だとしたら、「オフ」の時間もとってもいいのです。
「オフ」とされてきた時間を「オン」に転換したり、
あるいは「オフ」のまま触れられるようにするのが芸術祭かなと思います。

養老渓谷駅裏手の坂を上ると、かつて小学校の校庭だった気持ちのいい広場が現れます。
いまは、ゲートボール場などがある住民の憩いの場所になっています。
一画には、キャベツが芽を出している小さな畑の下にモグラも暮らしているとか。
ん? モグラ?

開発好明「モグラTV」。会期中毎日(木曜休み)13:00〜14:00に日替わりのゲストを招いて、ustream番組「モグラTV」を生放送。これまでの放送もアーカイブされています。芸術祭参加アーティスト、地域のお父さん、市長までさまざまな方をお迎えしての放送は必見。

坂を下りて、崖に寄り添うように家が並ぶ道を抜けて鉄橋を渡ると、
「アートハウスあそうばらの谷」に辿り着きます。

HOMEROOMスタッフの林暁甫さんからの推薦の辞!

「アートハウスあそうばらの谷」は、
「いちはらアート×ミックス」に来たならば忘れずに立ち寄りたいところ。
ここには、大巻伸嗣さんの作品「おおきな家」が展示されており、
これがすばらしいのです。まっさらな気持ちで作品と出会ってほしいので、
敢えて画像や内容は紹介しません。
特に最後の作品は時間をかけてじっくり丁寧に体験してほしい。
その価値は保証します。(林)

作品鑑賞後は同じ敷地内にある「山覚俵家」で、腹ごしらえをオススメします。地域で採れた野菜とご飯を混ぜる「混ぜご飯」は、アートをめぐる旅にはうってつけです。

月崎エリア

月崎駅の詰所だった建物を苔で覆い、「森ラジオステーション」として
生まれ変わらせた木村崇人さんの作品に入ってみましょう。
扉を開いて中へ入ると、晴れの日には空間いっぱいに
木漏れ日と森の匂いが満ちています。木漏れ日の暖かさに包まれ、
いつしか森に溶け出していくような時間を過ごせると思います。

木村崇人「森ラジオステーション」。森との接点を思い出すきっかけがいま本当に必要だと思っているんだ、という木村さんのお話が印象的でした。

月崎駅を背に左へずっと進んでいくと「いちはら市民の森」があります。
その入口にある藁の家、ここが岩田草平×プロマイノリティ「サンタルの食堂」。
中は想像以上に広い快適な空間になっていて、藁のいいにおいに満ちていて気持ちいい!

「サンタルの食堂」サンタルカレーセット。

「サンタルの食堂」では、チキン、野菜、フィッシュの3種のカレーを味わえます。
個人的にフィッシュのサンタルカレーがお気に入りです。
ほかにも、サリーを着たり、「村民証」をつくったりする体験プログラムもありますよ。
村民証で使っている紙は、インドから持ってきたものだそう。紙マニアは要チェック!

月崎駅から市民の森への道中、チェーンソーアートを見ることができます。
チェーンソーアートのご紹介は、中崎先生にお願いしました。

市原市在住のチェーンソーアーティストの栗田宏武さんの呼びかけで
3月後半にチェーンソーアート大会を開催。
そのときに全国から集まった達人たちによる
数時間で制作されたチェーンソー彫刻がいくつも並びます。すごいです。
なお、栗田さんの出品作品は高滝エリアの「やもかのなかま」に設置されています。
大会のためにやってきたカーバー(チェーンソーカービングをする人)のみなさんが
我々と同じ宿舎だったので、交流ができて楽しい夜を過ごしました。(中崎)

チェーンソーアートをレポートする、きじとらさんのブログはこちら

月崎駅を背にして右へ進むと「山登里(やまどり)食堂」があります。
竹で組まれたテラスに、屋根から大根が干されて風に揺れているのが目印。
ユニット「とぬま」のおふたりと、シェフのルミちゃんが切り盛りする
アットホームなカフェです。

閉店した食堂「山登里」を改装したこともあり、ご近所さんが親しみを持って訪れたり、お仕事途中に寄った背広姿の人、作業着の人、さまざまな方が立ち寄るオープンな場所になっています。

地場産の食材を生かし、昼はサンドイッチやカレーなど、夜はイタリアンメニューがラインナップ。自家製果実酒や、生姜たっぷりのジンジャーエールなどドリンクも丁寧に作られていて、とにかく全部おいしい! 山登里『夜』食堂は、金土日祝限定。

月崎エリア・番外編

月崎駅周辺は人の手が入ったことで自然を感じられる場所がいくつもあります。
駅の近くの道の脇にふと現れる「素掘りのトンネル」。
壁面から浮かび上がる凹凸に、道を通すことの執念を感じたり、
人間は移動する動物だなあなんて思ったり。
トンネルをくぐって先へ進むと、静かな山の中に佇むことになり、
タイムスリップしたような錯覚に襲われたり。トンネルはみごとな舞台装置です。

里見、月崎、養老渓谷付近は街道を一歩入ると、変化にとんだ地形に寄り添いながら
工夫を重ねてきた集落に出会うことができます。
小高い丘から見下ろすと、この地は箱庭みたい。
時間があったら自転車に乗って、ときに道に迷ったりしながら、
複数の風景と出会ってほしいと思います。

いかがでしたか?
それでは後半戦に入ってきたホームルームのようすをダイジェストで。

まだまだ続くホームルーム

4月26日(土)、27日(日)には福島市を拠点に活動する建築家、
アサノコウタさんによるワークショップ「教室のなかのちいさな教室」と
トークを開催しました。

学校らしい「鉛筆」と「消しゴム」というシンプルな素材を使って、教室の中にコンパクトな教室を出現させました。

鉛筆と消しゴムで組む立方体は案外ユラユラして、
ワークショップ中に何度も崩壊の危機を迎えたりもしたのですが、
それが偶然に会場で出会った人たちを結びつけるきっかけとなったり。
「いままででいちばん楽しい」と一日中黙々と立方体をつくり続けた男の子や、
アサノさんのアシスタントとしてパーツの鉛筆をどんどん削り出してくれる女の子など、
みんなを主役にしてくれるアサノさんの人柄と、
部屋をつくるという人間の本能をくすぐられて(?)
一日中賑やかなワークショップでした。

トークでは「建築以下の設計」をコンセプトに活動する
アサノさんの仕事を紹介していただくとともに、
聞き手の中崎先生とも一緒に関わっている「プロジェクト FUKUSHIMA!」についても
面白く、ときにはシリアスにお話いただきました。

©MATSUMOTO Mieko

©MATSUMOTO Mieko

4月29日には、体育館を会場に環ROYさん、蓮沼執太さん、U-zhaanさんによる、
フリーセッションの1時間半、「体育館ライブ」を開催!!

左から、環ROY、U-zhaan、蓮沼執太。©MATSUMOTO Mieko

ラップ、シンセサイザー、タブラの異色の組み合せで、
即興でリリックを紡ぎ出していく環さんと、
寄り添いながらも音楽をつくっていく蓮沼さん、U-zhaanさん。
音楽もMCもみごとな駆け引きでかっこ良くも伸びやか、
クールでありつつアットホーム。
中崎先生の絶妙な空間づくりもあって最高に心地いい時間でした。
体育館の壁面にかかっている里見小学校校歌を即興で歌ったり、
なんと、お客さんの中に里見小学校の卒業生がいて実際の校歌が判明したり。
小さいお子さんから年配の方まで、学校という会場ならではの幅広い年齢層のお客さんが、
本当に楽しそうにしていたのがとても嬉しいライブでした。

©MATSUMOTO Mieko

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それではみなさん、ゴールデンウィークは市原で会いましょう!!

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IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
◎Vol.7 藤井光《校内暴力のハードコア》
5月3日(土)13:00~16:00 ワークショップ
5月4日(日)13:00~16:00 ワークショップ、16:30~18:00 トーク
◎Vol.8 珍しいキノコ舞踊団《カラダと遊ぶ!ダンスの状態で楽しむ!》
5月5日(月・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
5月6日(火・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
◎Vol.9 辺口芳典《ヒップホップな作文の時間》
5月10日(土)13:00~16:00
◎「HOMEROOM/After school プログラム」Vol.2
松本美枝子《スライド》
4月19日(土)~5月11日(日)9:30~17:00
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

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ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

いちはらHOMEROOM通信 vol.3

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

風景を見つめ直す。

こんにちは。写真家の松本美枝子です。
私は今回、中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」の
メイン会場のひとつであるIAAES(旧里見小学校)で行われている
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」のレジデンスプログララム、
「HOMEROOM/After school プログラム」のレジデンスアーティストとして、
滞在制作と展示を行いました。
現在この会場にて、写真と文章による新作のインスタレーション
《スライド》を5月11日(日)まで展示中です。
ここでの滞在制作と生活についてお話ししたいと思います。

「HOMEROOM/After school プログラム」は会期を前後期に分けて、
ふたりのアーティストがそれぞれ約3週間滞在し、作品制作と展示を行いました。
前期は広島在住の美術家・友枝望さん、後期は私。

まだ寒さの残る3月末、ちょうど友枝さんの展示が完成した頃に、
私は市原のIAAESへとやって来ました。
以前に下見には来ていましたが、この日から本格的な制作に入るため、
まずは友枝さんから制作拠点となるレジデンススタジオの引き継ぎ。
4台のカメラとそのほか多くの写真器材などを持ち込み、
水戸にある自分のスタジオ(「水戸のキワマリ荘」といいます)と同じように
仕事ができるようにしました。

スタジオと展示スペースは、教室だった部屋を半分に仕切ってつくっています。
廃校になった小学校の元の雰囲気をいかしたIAAES会場内において、
私たちが展示するこのスペースだけが、完全なホワイトキューブです。

私は一貫して、日常をテーマに人物を中心とした写真と文章で
作品を制作しています。そこでは時間をかけた、
人と人とのやり取りのうえでしか成立しえない写真を、作品の核としています。
しかし今回の滞在制作では、3週間という短期滞在を通して見えた情景だけを
作品化しようと考えていました。
短い時間の中でどれだけのものを見て、自分が反応できるのか、
不安もありましたが、まずは毎日この周辺を歩き回り、
ここの環境を見つめ直すことから始めました。

©HOMEROOM

「いちはらアート×ミックス」の会場は、
市原市内を走る小湊鉄道沿線を中心に点在しています。
私たちの会場IAAESがある里見エリアは、
養老渓谷の麓の風光明媚な里山ではあるけれど、
確実に高齢化、過疎化が進んでいる地域でもあります。

私が来たときはちょうど桜と菜の花が同時に咲きみだれる、最もいい季節でした。
ローカル鉄道が走る里山にアマチュアカメラマンたちの活気が溢れ、
典型的な日本の春の理想の風景とも言えました。
その誰もが美しいと思える景色の中で、
少し視線をずらして風景を見つめ直すことが、今回の私の作品のテーマです。
自分たちが生活する空間の中にいつでも存在するにもかかわらず、
見過ごしているもの。決してドラマチックではないそんな光景を
独立して立ち上がらせることはできないだろうか、という試みです。

撮影はIAAESから歩いて1時間以内で行ける範囲を中心に、
幹線道路から一本奥に入った脇道、
観光客が集まる景色の裏側や足下といったところを狙って行いました。
細い道を分け入ると、渓谷に点在する人々の暮らしが見えてきます。
撮影中は築百年の家に住んでいる地元のおじいさんに
湧き水やセリの自生地を教えてもらったり。
一方、養老渓谷一帯で行われている、
廃棄物の不法投棄の実体も目の当たりにしました。

今回展示した作品のタイトルである『スライド』という言葉は英語ですが、
ズレるという意味と、時間などが過ぎるというふたつの意味があり、
そして写真の「スライドショー」という言葉の通り、
映像そのものに関する言葉でもあります。
春の華やかな美しさではなく、季節の変わり目の
(あるいは地域のあり方の変わり目とも言える時代なのかもしれない)
何とはなしに不安でぼんやりとした光景が映し出せればと思っています。

合宿のような生活。

ちょっとだけ制作中の生活の裏話を。
「いちはら×アートミックス」に参加しているアーティストや
スタッフ、サポーターの人たちは、「月崎荘」と呼ばれる
元国民宿舎で寝起きを共にしています。
そこでは施設を管理している地元のお母さんたちが
お掃除や、ときには食事の差し入れなどをサポートしてくださり、
私たちの生活を支えてくれています。

©HOMEROOM

月崎荘では各プロジェクトのチームで共同生活していますが、
その枠を超えて、夜はほかのアーティストたちとごはんを食べたり、
ときにはお酒を飲みながら、それぞれの作品や芸術祭について突っ込んだ話をしたり。
特に会期折り返しを前に「山登里食堂」で行った中締め会には、
たくさんのアーティストとスタッフが集まり、とても楽しい夜を過ごしました。

「いちはらアート×ミックス」食のプロジェクトに参加している「山登里食堂」。閉店した食堂をカフェとして改装し、みんなが集う場所となっている。©HOMEROOM

制作に煮詰まったときは、ほかのアーティストの作品を見に行くこともありました。
私がみなさんに特にお勧めしたいのは、小湊鉄道を貸し切って上演される
指輪ホテルの演劇「あんなに愛しあったのに~中房総小湊鐵道篇」。
神話のようなセリフと、電車が進むにつれ物語にぐっと入り込んでくる市原の風景。
物語が終わるとき、乗客もいつの間にか
演劇にとりこまれていたのだということに気づく、
ドラマと現実の境目のなさが絶妙で、本当に夢のような一時間でした。

撮影:野村佐紀子

撮影:野村佐紀子

それぞれが限られた時間と空間の中でプロジェクトを完成させるために、
忙しい毎日なのですが、毎日が宿泊学習のようで楽しく、刺激的でもありました。
いまは会期も折り返し、この合宿のような生活もそろそろ終わりに近づいているのかな、
と思うとちょっぴり寂しくもあります。

さて、今日は近所の小学生(市原市立加茂学園5年生)の団体が
鑑賞にやってきました。IAAES担当である市原市の飯高さんに
「松本さん、子どもたちに作品の説明をしてみませんか」と言われて、
急遽、アーティストトークを開催することに!

©HOMEROOM

20人ほどの子どもたちは、写真を見て興味津々な様子。
自分たちの住む地域を写した写真でありながら、どこだかよくわからない光景をみて、
「どうしてこれを撮ったのですか?」という質問の手がどんどん挙がります。
作品のテーマを説明しながら、ひとつひとつ質問に答えていきます。
子どもたちは私の回答に納得するときもあれば、不思議そうな顔をするときも。
小学生には少し難しかったかもしれませんが、いわゆる「写真らしい写真」ではない、
ということは何となく伝わったようです。

今日のこのトークがきっかけで、滞在中、展示室内で
不定期にアーティストトークを行うことに決めました。
主に今回の作品について、そして自分にとって写真とは何かについて話す予定です。
小学生とお話することで、その率直な視点に気づかされることが多々ありました。
今日のようにさまざまなお客さんと作品を介して話し合うことで、
お互いが何か見つけられたらいいなと思っています。

NAKAZAKI Tohru HOMEROOMでは、会期終了まで
4本のワークショップ、トーク、ライブと展示を予定しています。
詳細は下記インフォメーション、HPをご参照ください。

それではみなさん、「いちはらアート×ミックス」でお会いしましょう!

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IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
◎Vol.6 環ROY×蓮沼執太×U-zhaan《体育館ライブ》
4月29日(火・祝)15:30~17:00
◎Vol.7 藤井光《校内暴力のハードコア》
5月3日(土)13:00~16:00 ワークショップ
5月4日(日)13:00~16:00 ワークショップ、16:30~18:00 トーク
◎Vol.8 珍しいキノコ舞踊団《カラダと遊ぶ!ダンスの状態で楽しむ!》
5月5日(月・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
5月6日(火・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
◎Vol.9 辺口芳典《ヒップホップな作文の時間》
5月10日(土)13:00~16:00
◎「HOMEROOM/After school プログラム」Vol.2
松本美枝子《スライド》
4月19日(土)~5月11日(日)9:30~17:00
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

information

ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

田舎に人が来る場所をつくる

ここでいろいろな人と、いろいろな出会い。

カフェをオープンしてから2か月が経ちました。
2か月といっても、週に2日の営業なので
まだ10日くらいしかお店を開けていませんが(笑)。
季節はすっかり冬から春になり、まわりの山々がどんどん緑になっていきます。

それにしてもこの2か月、いろは(娘)の卒園、1か月もの春休み、
そして入学、慣れないカフェの営業、夏に向けた畑作業、
振り返る余裕などまったくないほどにバタバタ。
毎週あっという間にカフェの営業日が来て、終わって、
また1週間過ぎてという感じでした。
最近ようやく平日の畑作業、週末のカフェ営業のリズムができてきて、
少しだけ落ち着いたような気がします。

ずっと手入れしたかった庭の工事をスタート。カフェの外席も作る予定。

カフェの営業中は、収穫したお野菜を販売しています。

少しだけ余裕ができたので、メニューの改良や新しいメニュの追加も。

カフェとして週に2日家を開けるようになって、
本当にいろいろな方々が来てくれています。
そもそもこんな田舎のさらに奥のほうまでお客さんは来てくれるのだろうか、
そしてどんな人が来てくれるのか。
ワクワクと少しの不安でオープンしましたが、
いまのところそこそこ順調に営業中です。

11時にお店を開けても1時間くらい誰もお客さんが来ない日もあるし、
1日の売上が1万円に届かない日もあったり。
それでも、近所のおばちゃんグループのお茶会の場になったり、
島で暮らす同世代の人たちがカレーを食べにきてくれたり、
友人が友人を連れてきてくれたり。
いろいろな人が来てくれて、いろいろな出会いがあります。

この連載を読んで、わざわざ東京から来てくれる方も。
移住の相談に来られたり、自分たちの結婚式でうちのお野菜を使いたいと来てくれたり。
本当にありがたく、嬉しいな、楽しいなと思う瞬間がよくあります。

前日に偶然出会った東京からのおふたり。畑作業を一緒にしました。

島の友人たちとその友人。カウンターで討論したり、世間話したり。

カフェの営業時間以外にも、何か使ってもらえたらいいなと
ひそかに思っていたのですが、先日は、オリンパスの方に来ていただいて、
「小豆島カメラ」プロジェクトの一環でカメラの使い方講座を開催してもらいました。
まさにこんなふうに人が集う場所になるといいなと思い描いていた感じ。

オリンパスの菅野さんによるカメラの使い方講座を開催。

お昼はカフェ、夜は勉強会。こんなふうに使ってもらえてほんとにありがたい。

いまの私たちにとって一番嬉しいことは、ここに人が来てくれること。
カフェだけじゃなくて、畑作業を一緒にしたり、宿泊したり、勉強会をしたり、
いろんなかたちでここで過ごしてもらえたらいいなと思っています。
まだまだワクワクとバタバタが続いていきそうです。