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主婦の視線から生まれた
「有機こいくちしょうゆ」
和歌山・藤野醤油醸造元

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.010

posted:2014.6.30   from:和歌山県東牟婁郡那智勝浦町  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

大半の参拝者が目に留めるに違いない。
そう思わせるほど、威風堂々と佇む醤油蔵「藤野醤油」。
世界遺産「熊野古道」を通って向かう熊野三山のひとつ「熊野那智大社」の傍で、
藤野醤油は原材料・伝統の技・清潔に力を入れて醤油を造ります。

添加物なしでおいしい料理ができあがる。それに越したことはない。

「主婦の視線で醤油を追求しようって決めたんです。
家の掃除を毎日していたから、蔵の掃除も当然毎日して清潔を保ってきたし、
料理好きな私にとって醤油のいちばんの役割は
『香り』とずっと感じているから、香りを追求しています」
と話すのは藤野醤油社長・那須 矩三世さん。
あたたかく気さくに話してくれるお言葉には、
一生懸命に探求と実行を重ねてきたことを物語る厚みがあり、
微笑む目にも芯の強さがありました。

「醤油は辛いからいい。酢は酸っぱいからいい。そう思うようになったんです。
グルタミン酸(旨味)や甘味料を入れたら、
醤油をなめたときにはまろやかな味になるけれど、料理としては香りが悪くなる。
きちんととった出汁で料理をしたら添加物がなくても
ちゃんと味のバランスはとれますし、いい香りがします。
食材も新鮮だったら、適量の醤油でバランスのとれたおいしさに仕上がります。
添加物なしでおいしい料理ができあがる。それに越したことはない」
と、那須さんは力強く話してくれました。

工場内は薬品を使わずに蒸気で洗浄する。

社員全員が自ら掃除を徹底して行う。

香り良く、安心・安全の醤油を目指し、有機JAS認定工場へ。

実は那須さんは、18年前に旦那様が亡くなるまで、旦那様のサポートに徹してきました。
「30年も前かしら、世の中の醤油のほとんどの醤油が脱脂加工大豆を使い、
アミノ酸液を入れていた時代に、先駆けて国産丸大豆を使い、
添加物を入れない醤油を造るって主人が決めました。
さらに体に影響のない醤油を目指して無農薬の材料を使った醤油も造り始めました。
すぐに地元の人に受け入れられる商品ではなかったから、
都市の百貨店に売り込みに行って徐々に広めてね、
いまでは地元の健康を重視する人や、添加物への意識がある方も
買ってくれるようになりました。
主人はまじめな人でね、おかげで信頼を得ることができました。
主人が開発してくれた商品は大切な遺産です。
お父さんが道をつけてくれたおかげで、いま働かせてもらっているんです」
と話す言葉には、旦那様への愛情が溢れていました。
しかし、サポート役から経営者へと立場が変わるのは大きな変化。

「主人が亡くなってから、悩みに悩みました。
はじめはなんだか試練が与えられているような気持ちになりました。
判断することがいっぱいで、経営の本もいっぱい読みました。
主婦の視線で追求しよう! と決めて、清潔・衛生を一段と徹底するにも、
『掃除をしなさい』と口で言うのではやる気が出ないでしょ。
会社を成長させるためにも『有機JAS認定』を取ることにしました。
厳しい検査が入るから、蔵を皆で整えていかなきゃいけない。
みんなも目標をもって掃除に力を入れてくれて次第に習慣になり、
周りからは『きれいな醤油屋』と認識されるようになりました。
醤油の香りも良くなって、多くのお客様から
『藤野さんの醤油を使うと料理の香りが良くなる』と言われるようになりました。
特に、温度があがって香りが立つ煮炊きのときにわかってもらえるようです。
素材がいいからか、素材由来の甘味も増しましたよ」と話す那須さん。
私もいますぐ藤野醤油さんのお醤油でお鍋をコトコトいわせて、
いい香りに包まれたくなりました。

「かっこいいでしょ」と見せてくれたご主人様。

いちばん右の「有機こいくちしょうゆ」は「有機JAS認定」圃場(ほじょう)で契約栽培された国内産大豆と小麦を100%使用。左側に並ぶのが那須さんのご主人が開発した商品。

何十年と使われている大豆を蒸す機械(NK缶)も丁寧に手入れされている。

家族代々、そして社員も一丸となって「藤野醤油」の味と香りを生む。

蔵の中は、どこを見ても理にかなった効率のいい配置になっていて、
衛生面を徹底してきただけあってとてもきれい。
数十年使っている道具もここ数年内に買ったかのように見え、
ゆったりと落ち着いた香りが広がります。
そして、いちばん惹かれたのが生き生きと動く社員。
「うちの社員は誰もが20年選手。高齢で引退した方はいるけれど、
それ以外で辞めた人は誰もいないの。みんな頑張っていて誠実よ」
と嬉しそうに話します。

そして那須さんは、飾ってあった写真に目をやり
「初代の勇吉さん。私は勇吉さんからいろいろ教えてもらいました。
厳しいけれど情のある人よ。唇を噛む想いをしたこともいっぱいあるけれど、
いまとなっては気持ちがわかるの」と勇吉さんを見つめます。
「私は無農薬で野菜を育てたりするのも、園芸をするのも大好き!
パワーをもらうの。でも、皆からは
『醤油蔵にいるときがいちばん元気ね』って言われるの。
たしかに、この蔵にいると先代が守ってくれている気がするんです。
病気もしないですし、頑張らないと! って気持ちにさせてくれるんです。
まだまだ活動しなきゃ。思いやりをもって、頭を働かせて動かなくちゃ。
商売は毎日の努力のみ」と話す言葉には、
家族や社員への愛情と意思の強さが溢れていました。

初代の那須 勇吉さん。

那須 矩三世さんらしい教訓。「これ、好きなの」と那須さん。

家に帰って、さっそく父が育てた無農薬の新じゃがと新玉ねぎを、
那須さんの「有機こいくちしょうゆ」で味つけして作った肉じゃがは、
ほっとする柔らかな香り。醤油が主張することなく、
そっと食材の持ち味を引き立て、優しい味わいに仕上がりました。
まるで、那須さんの丁寧であたたかい人柄が料理の味わいに出ているかのよう。
感謝の気持ちに溢れ、まっすぐと誠実に芯をしっかり持って
しなやかに挑み続ける那須さんを思い出し、心もあたたかくなりました。

社長・那須 矩三世さん。

information

map

藤野醤油醸造元

住所 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町天満1573
TEL 0735-52-0277
http://fujino-syouyu.jp/

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