colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

地元の人に愛される甘口醤油
山口・桑田醤油

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.009

posted:2014.6.13   from:山口県防府市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

目指すは山口県で最も愛される醤油屋

現在、約1400社の蔵元が全国各地に点在し、郷土の味を支えています。
しかし、戦後の機械化や効率化、物流の発達、低価格化、過疎高齢化や
核家族化などにより、昨今は地域に根づく蔵元から苦しい声が上がり、
年々蔵数が減っているのも事実。
そんななか、山口県防府市の桑田醤油は年々2〜3%売り上げを伸ばし、
社長・桑田浩志さんがfacebookに投稿すれば、約500もの「いいね!」がつきます。
どんな人が「いいね!」を押しているのかと思えば、ほとんどが山口県の人。
なんて地元から愛されている蔵元なんだろう。そう、心惹かれて訪ねました。

トラックに醤油を積み、地元の人たちに醤油を手渡しするのが原点

「明日はどこにいくん?」
取材前夜に、桑田醤油から27キロほど離れた
山口県の飲食店で尋ねられ、防府市の醤油屋と答えると
「お! 桑田醤油か? あそこはよぉ頑張っちょる! テレビにもよく出ちょる」
と満面の笑みになる地元の人。
早くも支持する地元の声に触れ、期待が膨らみます。

そして翌日
「駅前にある地元の料理屋さんのほとんどが桑田醤油を使っていますよ」
と桑田さん。さらに
「防府市の小中学校のほとんどが桑田醤油を学校給食で使っていますし、
主だった病院などの施設の多くも桑田醤油を使ってくれているので、
防府市民ならどこかで桑田醤油で味つけされた料理を食べたことがあるはずです」
というのだから驚き。
そして蔵の中を見せていただいて納得。
製造態勢、材料、人柄、すべてが人を納得させるもの。
蔵の中に並ぶ21本の木桶は、山口県で最も多い桶所有本数。
そして山口県産の丸大豆と小麦を積極的に取り入れ、地産地消にも取り組みます。
「山口県の四季の中で、山口県の材料を、山口県で仕込む。
山口県でしか醸せない、桑田醤油でしか再現できない醤油を造っていきたいんです」
と桑田さん。

「醸造屋が一から造らなかったら胸をはって醸造屋を名乗れない」というお父さんの想いを引き継ぎ、麹から手がける。

防府市の自然の中で、じっくりと時をかけて熟成されたもろみ。

しかし、同じ取り組みをしたところで、数字はなかなか上がるものではありません。
地元の人々の心を惹きつける最大の魅力は、
桑田夫婦の地元の人に寄り添う姿勢にありました。
「配達がすべての原点です」
と、桑田さんがトラックで醤油を配達している映像を見せてくれました。
桑田醤油は、代々地元の人たちの家を訪ねて醤油を手渡ししてきた蔵元。
「そろそろ醤油がないやろ?」
「そーやったっけ? あ、ほんまじゃ」
と、各家庭の醤油の減り具合が家の人よりわかってしまう。
そして、映像に出てくるおじちゃんやおばあちゃんを見ては、
夫婦で思い出話をしみじみと続けます。
ある退院したばかりのおじいちゃんを見て
「病気で僕のことがわからなくなっちゃって。
どうしても思い出してもらいたくて、元気になってもらいたくて、
4か月に1回行けばいいのに、1か月に1回会いに行きましたよ。
そしたら思い出してくれたんです!」
と笑顔で話してくれました。

道も醤油の減りも知る桑田さんは、午前中だけで70軒もの家に醤油を届ける日がある。

配達時に体の調子を崩していたおばあちゃんの調子が良くなっていることを聞いてほっとする桑田さん。

僕がやめてしまっては、求められている味が再現できなくなる

実は桑田さん夫婦は約10年前までリクルートに勤め、
桑田さんは高い数字を出す営業マンでした。
お父さんの呼びかけで帰ったものの、決算書を見て愕然。
最初は困惑し、長靴を履くのも軽トラを運転するのも嫌だったと話します。
そんな桑田さんの考えを変えたのは、配達先の地元の人たちの反応。
「うちの醤油じゃないとダメって言うんですよ」

地元の人が求める桑田さんの醤油は甘口のもの。
「江戸時代に山口県柳井市で濃厚な『甘露醤油(再仕込醤油)』が発祥しました。
そして同時期に、お隣の九州で砂糖が豊富に流通。
このふたつが合わさって、甘く濃厚な醤油が造られ、好まれ、
山口県に定着したという説があります」と桑田さんが教えてくれました。

桑田醤油が揃える甘口の醤油の中で、最も人気が高いのは「うまくち」という商品。
「山口県では『煮物用』『さしみ用』といった感じで、
2種類の醤油を使い分ける家庭が多いのですが、
この『うまくち』は煮物に使っても、直接料理にかけても
おいしいバランスのとれた醤油です。
甘さがあるので、丼物や焼き鳥のたれなどを作る際にも重宝するのですが、
お客様からいちばん好まれるのは、やはり家庭でよく作られる魚の煮物や肉じゃがです。
『桑田さんの醤油じゃないと、料理が落ち着かん』
『関東に移り住んだ娘が、醤油がなくなりそうになると、送って、と電話してくる』と。
若い方には『塩コショウで軽く味つけしたお肉にかけると最高!』
と言われることも多いです」と桑田さん。
おいしそう! 聞いているだけで、口の中にじわぁ〜とよだれが広がります。
さらに、食卓の笑顔や賑やかな話し声が目に浮かび、心があったかくなりました。

桑田醤油さんの醤油を使う「割烹 いちはな」のランチ。

「僕がやめて、醤油蔵を潰してしまったら、
地元で愛されてきたこの醤油の味を再現できなくなる。
山口県の木桶仕込みの醤油文化を守り、後世に伝えていくのが
僕の使命だと思っています。だから続けなきゃいけないんです。
県外に広げたいという気持ちも、醤油の味を変える気もまったくないです。
これまで地元の人のおかげでやってきていますから、
求められる甘口の醤油を、山口県の人たちに届けていきます」
と、力強く生き生きとした目で伝えてくれました。

防府市ならではのおいしさは、桑田さんと地元の人のあたたかな関係があってこそ。
「元気しちょる?」
桑田さんは、これからも防府市の家庭に、
お腹も心も満たしてくれる醤油を届けていきます。

家族の一面をカメラでとらえ、facebookやブログで伝える奥様・麻衣子さん。

仲のいい桑田さん家族。

information

map

桑田醤油

住所 山口県防府市松崎町8-11
TEL 0835-22-0386
http://sugidaru-shouyu.com/

Feature  特集記事&おすすめ記事

Tags  この記事のタグ