連載
posted:2014.10.9 from:奈良県御所市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer's profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。
醤油の蔵人の兄貴分。奈良にある「片上(かたかみ)醤油」はそんな頼りにされる蔵元。
兵庫や京都などの蔵元を巡っているときも、片上さんに考えを聞いたという蔵元も多く、
取材当日も奈良の蔵元が話を聞きに訪ねていました。
聞きたくなるのもわかる。片上醤油の片上裕之社長の醤油の話はとにかく面白い。
愛情いっぱい醤油造りを語る表情を見ていると、聞いている側も笑顔になる。
しかも考えに偏りがなく、知識と経験と見識の深さがあるので信頼性が高い。
私もついつい何時間も醤油談議をしたくなります。
「酵母菌は体がでかくてよく食べる弟のように……」と、身振り手振り楽しそうに、わかりやすく伝えてくれる。
片上裕之さんが醤油造りを始めたのは31年前。
造り手の多くを出す東京農業大学を卒業後、
祖父がやっていた「片上醤油」を継ぎました。
「帰ってきたときは、うちも外国産の脱脂加工大豆を使って
混合醤油を造っていました。それが普通の時代でしたから」
しかし片上さんは帰ると造りを変えました。
脱脂加工大豆を丸大豆に、混合だったのを本醸造に。
「タイミングが良かったんです」
ちょうど片上さんが帰った頃は丸大豆が見直されてきたとき。
「そのタイミングより前だと『いける』と思わなかったし、
後だったらほかにいっぱいあるから面白いと感じることもなかったと思います」
丸大豆とはその名前のとおり、収穫されたときの丸い形の大豆。
戦前までは日本全体で丸大豆を使うことが当たり前でしたが、
戦後の食糧難を機に丸大豆から大豆油をとった後の「脱脂加工大豆」を
醤油造りに使おうと国を上げて取り組みました。
また、アミノ酸や甘味料を入れた「混合醤油」にシフトせざるを得なくなりました。
「帰ったとき、奈良でも2軒だけ丸大豆・本醸造の醤油を始めた蔵があって、
その醤油がほかの醤油の2倍の値で売れていたので、面白いなと思いました。
しかも僕は大学の卒論で本醸造の研究をしていたんです。
正確に言うとアミノ酸などの変化について調べていたのですが、
その研究は本醸造でないとできなかったのです。
いまでも当時の研究は役に立っていますよ」
片上醤油の大豆を蒸す機械は、脱脂加工大豆には対応しない、丸大豆専用のもの。
黄色くしっかりと醸された醤油麹。
とはいえ、いざ理想の丸大豆で本醸造の醤油を造るには試行錯誤の連続でした。
「まずは濃口醤油を造り始めたのですが、味が安定するまでは何年もかかりましたよ。
仕込む水の割合が多過ぎると薄っぺらくなり、少な過ぎるとたまり醤油のようになる。
大豆55:小麦45など、業界で言われる割合があるけれど、
必ずしもベストの割合とも限らないので、いろいろ試してみました。
少し割合が違うだけでだいぶ味が変わりますよ。
最初は毎年違う味の醤油になっていました。よくそれでも買い続けてくれたもんですよ。
当時は珍しかったし、若かったから応援してくれていたのでしょう」
違う割合で試すと言っても、片上さんの醤油造りは四季の温度変化をいかして造る
「天然醸造」のため、試せるタイミングは年に一度。
それも大量の醤油ができるから簡単な話ではありません。
やっと濃口醤油の風味が決まっても
「その後に淡口醤油、そしてたまり醤油、再仕込醤油の順で造っていきました。
淡口醤油なんて難しくて、いまでも微調整して質を上げようとしています。
どのタイミングで乳酸菌や酵母菌が理想的な働きをするかを逆算して
仕込み時期を変えてみたりね」と楽しげに話します。
桶や蔵の特徴をすべて把握して、適材適所に仕込んでいく。
じっくり搾り、油が出始めたらそれ以上は意味がないからと圧搾を止める。搾った醤油は希釈することなく、そのままを出す。
小さな蔵元がさまざまな種類の醤油を造ることは珍しいこと。
「いろいろ造りたくなったんですよ(笑)。
そもそも歴史は誰かがつくったものでしょ。だから僕も石をひとつ積みたいんです。
醤油造りはすでに確立されているように言われるけれど、
やってないことがまだあるんじゃないかと思っています。
最近の材料や道具だからできることがあるんじゃないだろうか? とか。
だからうちの再仕込みも普通じゃないんですよ。
通常、再仕込みを造るときは、一度できた醤油を薄めて、その中に麹を仕込みます。
そうでないと濃過ぎて発酵しないから。でも、あえて薄めずに仕込んでみたら
発酵して、すっごく濃厚な再仕込醤油ができたんです。
それはたまたまうちに浸透圧に強い菌がいたというだけなんですが、
できちゃったんですよね。
たまり醤油だってそう。本家本元のたまり醤油は、
混ぜることなく石を積んで対流させて造るけれど、
あえて混ぜたらどうなるんだろうって思って造り始めました。
これがとんでもなく大変な造りだって後で思い知らされることになるんですが(笑)。
でももう始めたから続けています」
それほど長年かけて積んだ独自のノウハウならば、出し惜しみするかと思いきや
「頑張っている蔵元には具体的な仕込みや原料の割合なども教えますよ。
いろいろ試みてきた蔵元は隠したってわかるんだから、言ったもん勝ちですよ」
とやっぱり楽しげに話します。
そんな片上さんの醤油を買うのは、
「いわゆる『醤油好き』な人が多いですね。
ソースではなく、なんでも醤油をかけたい人とか、
ついつい両面に醤油をつけちゃう人とか。
うちに来たお客様が、たまたま来た別のお客様に
うちの醤油造りを僕より上手に教えていることもよくあるし、
材料を持ち込んで『これで醤油を造って!』と言われることもあります。
そんな醤油好きな人が口コミで広げてくれています」
「うちの再仕込みは通常の再仕込みより濃いのでエッセンスに使うのがおすすめ」と片上さん。トマトソースに混ぜると少し和風になり、コクと深みが増します。
「再仕込みをお吸い物に入れるのがお気に入り」と奥様。深みが増していつもと違うおいしさを楽しめます。
片上さんの目標は、祖父と一緒に初めて仕込んだ醤油の香りを超える醤油を造ること。
まだ何も知らない大学卒業したてのときに仕込んだのに、
とても香りのいい醤油ができ、その香りを超える醤油が未だできないという。
「しかも、あのときは脱脂加工大豆で仕込んだんですよ。皮肉な話ですよね(笑)。
だから、脱脂加工大豆をダメだとは思っていないんです。
丸大豆・本醸造・天然醸造で仕込んできましたが、
それ故に大変な経験もいっぱいしてきましたから、
醤油造りに関するいろいろなことに対して否定する気持ちもなくなります。
ただ、ここまできたら丸大豆・本醸造・天然醸造だからできる
おいしい醤油を追求し続けますよ」
片上さんの愛情いっぱいの挑戦は、終わることを知りません。
材料を持って来て「これを仕込んで」と依頼されることも。気持ちに感謝して丁寧に仕込む。
information
片上醤油
住所:奈良県御所市大字森脇329
TEL:0745-66-0033
http://www.asm.ne.jp/~soy/
Feature 特集記事&おすすめ記事