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180年の歴史と
地元の魅力を伝える老舗醤油蔵
徳島・福寿醤油

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.016

posted:2014.11.1   from:徳島県鳴門市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

徳島で選ばれ続ける醤油

初めて電話をかけると、心地のいい声が返ってきた。
これまでの蔵人は口べたな人が多く、そんならしさのある対応も好きだけど、
福寿醤油の9代目の松浦亘修さんの声は、一瞬で心を許してしまう。
きっと福寿醤油はただ伝統を守るだけじゃない。
創業文政九年。180年以上も続く老舗醤油屋への期待が、電話1本で膨らんだ。

180年以上続く貫禄ある蔵。増築や改装の形跡が年輪のように刻まれている。

誇りに思う蔵で感動を与える若き蔵人

どっしりとした伝統美ある立派な建物。
目の前に広がる福寿醤油の風格に背筋が伸びる。
そしていざ中に進むと、建物とは裏腹に
肩肘張らない朗らかな若いお兄さんが明るい声で迎えてくれた。
この方が松浦亘修さん。ざっくばらんに挨拶を交わすと、
醤油の造り方や蔵の概要をわかりやすくまとめた資料を渡してくれ、
「じゃあ、ご案内します」と蔵の中を案内してくれました。

若い社員がせっせと動き、風情ある蔵の中の道具から湯気が立ち上っていく。
そんな情緒あるなかで「中に入っている麹がこんなふうに変化するんですよ」と
時々iPadが登場するのが面白い。そして相手が、わぁ!と笑顔になって見ると
「そうなんですよ!」と嬉しそうに言葉を添えていき、
踏み込んだ質問を受けると「僕もまだまだ勉強中の身なんですが……」と言って、
醤油のことを知らない人でもわかりやすく楽しめるくらい上手に伝えてくれます。
「この代々受け継いだ建物と道具を使って、
きちんと造っていることを伝えたいですから。少しでも感動してもらえたらいいなって。
僕は専務という立派な肩書というよりも『広報部長』のようなものなんですよ」
と松浦さんは生き生きと話しました。

麹が成長する過程など、見学している工程の前後をiPadでフォロー。

見学の予約は随時受け付けている。年間200組くらい来ているという。

実はこのときの松浦さんは、蔵に帰ってまだ1年余。
それまではまったく畑違いで高級新築マンションの営業をしていました。
「30歳というきりのいい年になって、ふとそろそろだなと思ったんです」
そして帰って始めたことがPR。
「この建物もいい。お客様もおいしいと喜んでいる。
帰ると一段と良さが見えてきました。
ただ、父は根っからの製造の人間で口べたな人。
口を開いても上手は言わない人なので、これまでPRはしてこなかったんです」

さらに成長させたいと思った時に思い出したのが
「感動させろ」という、以前の職場の先輩から何度も言われた言葉。
「製造は父で広報は僕。お互いの得意分野をいかし合えばいいと思って」
そんな松浦さんの醤油の知識量と蔵の理解度は
1年余と思えないほどしっかりとしていて、いかに蔵に向き合ってきたかが伝わります。

麹の生育を温度計も使って管理。福寿醤油では2月~5月15日の間、毎日麹を造る。

従業員10人のうち、若い蔵人も数人いる。

地元を愛し、愛され続けて180年余

「見学の後は、味見をしてもらっているんですよ。
どれでも味見できるので言ってくださいね」
ぐるりと見渡すとさまざまな種類の醤油が。
定番の濃口と再仕込醤油を数種リクエストし、手に取りました。
香りにも味にもふわりとした柔らかさと落ち着きが。特に「2年熟成醤油」は
そこに素材を邪魔しない程度の絶妙な深みが加わっていいバランス。
「福寿醤油さんの醤油は料理人泣かせの味。
もう僕の技術がなくても食材と醤油だけでおいしくなるよ」
と料理人から言われたこともあるとか。

実際に私が家で使ったときもとにかく使いやすく、
煮物でもかけ醤油でも何でも合います。
主張することなく、瀬戸内の白身魚や野菜の繊細な風味もいかします。
さらに本醸造がメインの大阪と、甘口の混合醤油がメインの
四国の食文化が混じる徳島らしく、混合醤油は他県と比べて甘さ控えめ。
そして添加物のない本醸造にも力を入れています。

すべて天然醸造仕込。桶で仕込むものには丸大豆を使う。

丁寧に積み重ねられ、じわりじわりと醤油が搾られていく。

「これらの醤油を徳島県内ならどこにでもトラックで届けますよ」
という松浦さんのひと言に驚き。徳島県といっても広いのに! 
実はこれが180年以上支持されている理由のひとつ。
「戦争中は醤油製造を続けることが大変で、醤油を切らす蔵元も多かったんです。
でもうちはなんとかお醤油を切らさずに造り続け、
結果的に顧客獲得に繋がったんですよ」と松浦さん。
以来続く信頼を象徴するように、瓶詰め場には
地元で昔から使われてきた大きなサイズ「一升瓶」がずらりと並びます。
小さなサイズも用意していながら、いまなお売り上げの6割以上がこの一升瓶だそう。

代々、徳島の人々に手渡ししてきた一升瓶の醤油。徳島県内全区域にトラックで届ける。

醤油は一升瓶にペットボトル、少量の瓶などとお客様の要望に合ったかたちで買えるようにしている。

「時間があれば、ここ鳴門のレンコン畑や大谷焼、お酒も楽しんでいってくださいね。
この辺りは食という切り口でも面白いところですし、
例えばレンコン畑が広がるようすなど、景色としてもいいんですよ」
と、付近の情報をまとめた冊子を見せてくれました。その中には福寿醤油も。
「商工会青年部の大半がひとつ上と下の学年で構成されていて、すごく仲がいいんです。
そこで、みんなのいろんな食の現場を連携して体験できる仕組みをつくったんです」
と楽しげに話します。そういえばお醤油の味利きの時に合わせる食材も
なんと地元名物の希少な「生ワカメ」。
しかもそのとき、醤油より熱心にワカメの話をしていました(笑)。
話を聞けば聞くほど地元を大切にし、
松浦さん自身も楽しもうという気持ちがじっくりと伝わります。

見学の後は、好きな醤油の味利きができる。

徳島名産の生ワカメで味利き。「この生ワカメのおいしさを知ってもらいたくて」と、地元をPR。

いい醤油を造る社長に、人を繋ぎ広報ができる息子。鬼に金棒となった福寿醤油。
そしていかし甲斐のある魅力ある鳴門のまち。これからが楽しみです。

information


map

福寿醤油

住所:徳島県鳴門市大麻町池谷大石8
TEL:088-689-1008
http://www.fukujyu1826.com/

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