奥村文絵、福田里香らの トークセッションも。富士吉田市で 「富士山の水を味わう夕べ」

地域と都市部をつなぐフードデザイナーたちが
取り組んでいるNPOフードデザイナーズネットワーク
食と地域に関わる優れたコミュニティづくりや
デザインに取り組む方を招き、そのお話を聞きながら、
実際に食べて感じることのできるイベント
「ネットワークミーティング」を定期的に開催しています。
今回は、富士山のめぐみである「湧水」を
テーマにしたイベントが、10月19日に富士吉田市で開催されます。

イベントのタイトルは、
「富士山の水を味わう夕べ@ネットワークミーティングex.」
富士山のめぐみである「湧水」をテーマにした、
トークセッション&ディナーとパネル展を行うイベントです。
会場は、道の駅でありながら、休憩やお買物、カフェや
食事もできる複合観光施設「ふじやまビール館PLATZ」です。

トークセッションに登場するのは、食と農業に関連した3人。
ひとり目は、「食をデザインする」をテーマに、日本の食文化に根ざした
商品開発やブランディングを行うフードディレクターの奥村文絵(Foodelco 代表)。
ふたり目は、有機農業×人材教育という視点でビジネスを展開する
石井 宏治(農業生産法人㈱オーガニックネットワーク代表)。
そして3人目は、レシピの開発や本の刊行だけでなく、フードコラムなど
幅広い食分野で活躍するお菓子研究家の福田里香。

ほか、会場では富士吉田の湧水を使った地ビールや、
ケータリングチーム「キュール」による、
地元の旬の食材と水を使った一晩限りのフードをご提供!
慶應義塾大学と富士吉田市の連携プロジェクトによる、
湧水の調査研究の発表も行われます。
参加費は3,000円(フード&ドリンク付き)。
当日は、電車でお越しの方も日帰りできるように、
最終電車とバスに間に合うよう送迎バスも用意されています。

食と地域に関わる優れたコミュニティづくりや
デザイン、そして水について、
楽しみながら考える夕べになるでしょう。

富士山の水を味わう夕べ@ネットワークミーティングex.

最終回:青春よ、サヨウナラ

これまでのこと、これからのこと、家族のこと。

最近なにかと『Krash japan』づいてる。
トークイベントやセミナーで話をしたり、
小林エリカの新著で再録された彼女の連載マンガを見たりで
(『忘れられないの』青土社刊/これ実にいい本です!)。
前にも触れたと思うが、
『Krash japan』は2005年から2010年にかけてぼくが発行した
全10号のフリーマガジンである。
いろんな意味でハチャメチャな雑誌だった。
毎号倉敷をテーマに作っているんだけど、
配布はロンドンやレイキャビク、パリ、ニューヨークなど海外に重点を置いていた。
内容もやっぱり変で、
たとえば倉敷にある一軒の大衆食堂で30ページの特集を組んだかと思えば、
同じ号の第二特集は舞台がメキシコとマカオだったりする。
とにかくお金は惜しみなく使った。10号でおよそ3000万円のお金を集め、
制作と配布で4000万円以上使った
(マイナス分は借金と労働で補填、もちろんぼくの人件費は含まず)。
思い返せば、あの5年はまさに狂気の沙汰だった。
全身の穴という穴から血を垂れ出し、
でもおそろしく楽しげに笑いながら全力疾走している、というのが
あの5年間のぼく自身のイメージだ。
つまるところ、底抜け楽しかったのだ。
終始、しびれるような疾走感と高揚感があった。
そしてマチスタをやっていたときにも、似たような感覚があった。

正直、前半の経営に徹した期間は苦しいことの方が多かった。
一転、俄然楽しくなったのは、年が明けて自分で店に立つようになってからだった。
ぼくが店に時間をとられることで会社全体の経営がさらに厳しくなって、
おかげで我が家の家計なんか目もあてられない始末だったけど、
それでも楽しかった。突然地面が抜け落ちて暗闇にストーンと落ちたかと思えば、
そこにほんのかすかな光を見て天にも昇るような気持ちになったり。
いつも肌がヒリヒリするような感じがあった。脈打つものが常に内にあった。
生きてるって感じがした。
(言葉にするとこっ恥ずかしいことこのうえないのだが)ぼくは五十にしてなお
青春のなかにいたんじゃないかと思う。

ここしばらく、ぼくが考えなければならなかった、
どう現実と気持ちの折り合いをつけるかはカタがついた。
マチスタの終焉とともに、「青春よ、サヨウナラ」だ。
これからはそうそう生身をさらけ出すような無茶はしない。
「地道に生きます」とか、そんな殊勝なことを言うつもりはないんだけど、
まずはチコリを、家族のことを一番に考えようと思う。
チコリを見ていると、ぼくの青春だとかつくづくアホらしくなってくる。
理想やスタイルなんてものもどうでもよくなってくる。
チコリがいつも笑っていられるような環境を与えてやりたい、
心からそう思うのだ。
はた目、『いちご白書をもう一度』的なぼくの変わりように、
倉敷の〈shuby〉のシミちゃんから「笑えないっスよ」と悲しげな顔で言われたとして、
今度はこう言い返せたらと思っている。
「期待を裏切ったとしたらゴメン。
でもなあシミちゃん、やっぱりオレには家族が大事だ」

来月ふたりめの子どもが産まれる。ふたりめも女の子だ。
名前はまだ決めていない。

フォトいばらき 2013年秋季号

茨城県『フォトいばらき』 
発行/茨城県

田園地帯から研究学園都市へと発展した「つくば」。1963(昭和38)年に国家プロジェクトとして、研究学園都市の建設が閣議了解されてから今年でちょうど50年、科学技術中枢拠点都市として発展してきた「つくば」の歩みを振り返るとともに、新しい未来に向けた取り組みも紹介していきます。

フォトいばらき
http://www.pref.ibaraki.jp/photoiba/

発行日/2013.9

地域のみんなでつくった写真展「小豆島の顔」

地域の人たちと一緒につくりあげるプロジェクト。

いよいよ、10月5日(土)より
瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の秋会期が始まりました。
各地でオープニングイベントが開催され、これから1か月、
また島が賑やかになりそうです。

そして以前この連載でも紹介したプロジェクト「小豆島の顔」も、
予定通り展示スタートです!

「小豆島の顔」のポスターには、カッコイイ馬木、肥土山のおっちゃんの顔。

「小豆島の顔」は、小豆島で暮らすおっちゃん、おばちゃんたちのお顔の写真を撮影し、
その写真を小豆島の風景の中に展示するプロジェクト。
写真家のMOTOKOさんと「小豆島カタチラボ」というプロジェクトを展開している
大阪のgraf(グラフ)さん、島のメンバー何人かが中心になって進めてきました。

今年に入ってからぼちぼちと企画打合せをスタート。
ちなみに、打合せはSkypeやGoogle+ ハングアウトなどのインターネット電話で。
東京、大阪、小豆島という離れた拠点でも、
顔を見ながら複数のメンバーで話をできるこのツールは、
今回のプロジェクトでは欠かせないものでした。

そして7月から本格的に撮影スタート。
醤油蔵が建ち並ぶ小豆島町馬木(うまき)地区と、
田園が広がる土庄町肥土山(ひとやま)地区を拠点に、
両地区で暮らす合計225人のおっちゃん、おばちゃんのお顔を撮影。
撮影が終わったのが8月末、これで一段落と思ったのはその時だけで、
そこから約1か月、撮影した写真の現像からプリント、展示の準備など、
ひたすら「小豆島の顔」な日々でした。

行政の方々と展示方法の打合せ。行政の方々のご協力のおかげで無事に展示できました。

展示会場の視察。何度も足を運びました。

展示する場所の採寸。どういうふうに写真を並べるか図面をひきながら。

肥土山地区の設営。写真のモデルになったおばちゃんたちが様子を見に来てくれました。

今回のプロジェクトは、誰かから依頼されたものではないので、
給料なんてありません。島のメンバーの本職は別の仕事。
みんな、仕事の合間をぬって、有志で展示の準備を進めてきました。

お金はもらえないけど、お金はかかる。
写真のプリント代や展示材料費、交通費や滞在費など。
行政や地元の企業、カメラ関連の企業にプロジェクトの趣旨をお伝えして、
後援、協賛を募る部分も自分たちで。

前日にお願いして急きょ手伝ってくれた島の友人たち。

こちらの御仁は、馬木地区にお住まいの浜本弘さん。ポスターのモデルのみならず、会場となる石井邸の施行をしてくださいました。浜本さん、ありがとうございました!

株式会社アスカネットさんにご協力いただいて制作した「小豆島の顔」写真集。すばらしいできあがりに一同びっくり。

そして、地元の人たち、写真のモデルのおっちゃん、おばちゃんとも
何度も会って話をしてきました。
どこに展示したらいいか、どういうふうに展示しようか、
一緒に決めて、設営も一緒にしました。
まさに地域のみんなでつくった作品です。

すごいチームワーク! 馬木地区の設営は、内海庁舎の職員のみなさんにご協力いただいてあっという間に終了。

肥土山地区の展示は、主に自治会のみなさんにご協力いただきました。みなさん、写真のモデルでもあります。

実は昨年9月、自分たちも今年の瀬戸芸で何かしたいと思い、
作品の一般公募に応募しました。
「肥土山アートプロジェクト」として、肥土山を舞台に
地域のみんなで秋の数日、屋根の上に風船を掲げようというもの。
「僕らはここにいるよ」をコンセプトに。
その作品は、残念ながら落選……。

でも、こんなかたちで地域の人たちと一緒にすばらしい作品をつくることができました。
作品のかたちは違うけれど、1年前にやりたいと考えていたことと同じ。
小豆島の馬木、肥土山という集落、風景、文化をつくってきた人々の顔を
その場所に展示する。
移住して1年後に、こんなことができるとは夢にも思っていませんでした。

「小豆島の顔」は、馬木地区は、旧醤油会館、石井邸倉庫の2か所、
肥土山地区は、肥土山離宮八幡神社が展示会場になっています。
秋の小豆島は本当に気持ちがいいです。
ぜひ島に遊びに来ていただき、ぶらぶらとまち歩き、
作品めぐりを楽しんでいただければと!

旧醤油会館会場。馬木地区の新生会のみなさまの顔。(撮影:松木宏祐)

石井邸倉庫会場。馬木地区の心友会、むつみ会、みつわ会のみなさまの顔。(撮影:松木宏祐)

肥土山離宮八幡神社境内会場。肥土山地区に住む60代以上の102名の方々の顔。

移住のきっかけは、瀬戸内国際芸術祭

今年もやってきた、気持ちのいい季節。

季節はすっかり秋。
田んぼのあぜ道では、彼岸花がにょきにょきと芽を出し、
キレイな赤い花を咲かせています。

まだここに移住する前、3年前のこの季節にも小豆島に遊びに来ました。
もともと祖父の家があったので、たくちゃん(夫)は小さい頃から何度も来ていたし、
私も結婚してから何度か遊びに来ていた小豆島。
その年は、瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)が行われているのを知って、
タイミングを合わせて初めて秋に来島。

秋の小豆島は、空気が本当にすがすがしく、空が青く、風が気持ちいい。
ちょうどいまがその季節ですが、当時の感覚をよく思い出します。

3年前の秋、彼岸花とコスモスなど畑のお花を集めて、おじいちゃんのお墓参りへ。

あちこちでコスモスが咲いています。

柿も緑から美味しそうな橙色に。

いつもは祖父の家に行って帰るだけだったけど、
その時は瀬戸芸の作品を見てまわろうと、家の近くとお隣の島、豊島(てしま)へ。
何もきっかけがなければ行かない場所へ、瀬戸芸の作品は足を運ばせてくれる。

小豆島のお隣の島、豊島(てしま)へ。穏やかな秋の海。

風景の中にある瀬戸芸作品。作品だけじゃなくて、その場所自体を楽しめる。

収穫の終わった稲わらを素材につくられた「わらアート」を見に近所の田んぼへ。
すぐ近くなのに行ったことがなかったその場所は、本当に気持ちのいい場所だった。
秋のやわらかい陽射しと、心地良い風。
肥土山っていいところなんだなと素直に感じました。

そして、たくさんの人がいた。
普段は誰もいない田んぼのあぜ道を、楽しそうに歩いている人たち。
船にも人がいっぱい。
賑やかなその雰囲気は、とてもワクワクするものでした。

田んぼのど真ん中にある「わらアート」。

普段は誰もいない田んぼのあぜ道が、この日はとても賑やかだった。

小豆島から豊島に渡るフェリー。人が通路にもいっぱい。

当時は小豆島で暮らすなんて考えてもいませんでしたが、
この時感じた「ここいいなー」という思いが、
結果としては移住するきっかけのひとつになりました。
その1年後の秋に移住を決めて、さらにその1年後の秋に移住。
そして、いまが3年後の秋。
3年経って2回目の瀬戸芸がやってきたというわけです。

いよいよ今週末10月5日(土)から、瀬戸内国際芸術祭2013の秋会期が始まります。
肥土山では「わらアート」の準備が進んでいます。
個人的には秋の瀬戸芸が一番オススメ。
心地良い秋の空気の中で、作品とあわせて島自体も楽しみに来ていただければ!

そしてまた、瀬戸芸が誰かの人生を変えるきっかけになったりして。

地元のおっちゃんたちがアーティストと一緒に「わらアート」を制作。

「わらアート」を通して風景を楽しむ。

島暮らし、すぐそばに海がある

いろいろな表情を持つ、小豆島の海。

小豆島は瀬戸内海で2番目に大きい島。
たぶん多くの人が思っているよりも大きくて、
旅行で来ても車や自転車など、なんらかの足がないとまわれない広さ。
いくつかの港、いくつかの集落があって、エリアごとに景色が全然違います。

私たちが暮らしているのは、その島の真ん中あたりにある
肥土山(ひとやま)という集落。
多くの集落が海岸沿いにあるけれど、
肥土山とお隣の中山というふたつの集落は海に面していない。
山に囲まれた谷あいにあり、島っぽくないエリア(笑)。

実は、私たちが小豆島への移住を決めたきっかけのひとつは、ある雑誌だったりする。
「BRUTUS」の島暮らし特集。
表紙の写真と文章、
「たとえば、いま、あなたが都会を離れて島で暮らすとしたら。」
にやられて、中身を読みながら、とにかくいいなあと。
すぐそばに海がある暮らし、島暮らし、
それってやっぱり多くの人が直感的に憧れる暮らしなんだと思います。

夕焼けで真っ赤に染まる空と海。

土庄東港から眺める余島。

フェリーの窓から眺める瀬戸内海の夕暮れ。

肥土山での暮らしは、普段はどちらかというと山暮らしですが、やっぱりここは島!
暮らしの中に、海があります。

車で10分も走れば海がある。
海に行こう! と思わなくても、買い物に行く通り道から海が見える。
遊びに来た友人や家族を迎えに行くのは、駅じゃなくて港。

ばあちゃんをお迎えに坂手港へ。おーーい、ばぁちゃーーーん!

美しいエンジェルロード、買い物に行く通り道にあります。

買い物帰りに、土庄東港で釣り。

そして、海岸線約120キロの小豆島にはいろいろな表情の海がある。
北にある静かな集落の海。
南にある賑やかなまちの海。
東にある水がとてもキレイな海。
西にあるごま油の香りが漂う港の海。

島の北側にある大部港の風景。日本海の集落に雰囲気が似ている。

島のラーメン屋さんからの景色。

三都半島の蒲野の浜。本当に穏やかでキレイな海。

西の港、土庄港にはごま油の香りが漂う。

そういういろいろな海がひとつの島にあるのは、
小豆島ならではの魅力なんじゃないかなと思います。

まだまだ行ったことがない海がたくさんある。
これからも少しずつ島のいろいろな海、海がある風景を探してみようと思います。

古い家を直して暮らす

代々暮らしてきた農村民家をリノベーション。

いま、私たちが暮らしている家は、築120年ほどの農村民家です。
もともとたくちゃん(夫)の父、祖父、曽祖父と代々暮らしてきた家。
そこに去年の10月帰ってきました。

築120年の我が家。畑から撮影。

細い坂道を登っていくと我が家の石垣が見えてきます。道の両脇には柿の木が。(撮影:大塚一歩)

由緒ある立派な古民家とかではなくて、うちは農村にある本当に普通の民家。
でも、この家から眺める風景は普通じゃない(と思ってます)。
少し高台にあるので、肥土山の集落を見渡すことができ、そのすぐ向こうに山がある。
きれいだなーと毎朝のように思います。

庭からの風景。肥土山の集落と山々。

幼稚園からの帰り道。写真左奥に見えるのが我が家。

この家を直して、ここで暮らし、ここで働こう。
引っ越して来る前からそう決めていました。

こっちに来てからは、まずとにかく掃除。
いらないものを処分、掃く、拭く、その繰り返し。
ネズミの巣ががいたるところにあって、時々途方に暮れたり。
古い家で暮らすというのはこういうことなんだなと。

引っ越して早々、まずは掃除。とにかく掃除。

継ぎ足された柱。床や壁、天井なども継ぎ接ぎしながら代々暮らしてきた。

そして掃除と並行して、どうやってこの家をリノベーションするか、
そのプランを作っていきました。
暮らすための住居スペース、働くためのカフェスペース、
農作業スペース、それらを配置していきます。

家の寸法を測り、図面をおこし、それをベースに改修プランを考え、
模型を作ってイメージを固める。
引っ越して4か月後の今年2月に、地元の同世代の大工さんに施工を依頼。
自分たちで家を直していこうかとも思ったけど、
子どもを育てながら、農業をしながら、家も自分たちで直していたら、
時間がかかりすぎると判断し、大工さんに依頼することに。

家の簡易模型。模型を作ることで空間をより立体的にイメージできる。

見積もりなどなんだかんだとあり、7月から本格的に工事が始まりました。
思ったよりも基礎部分の傷みが激しく、結局ほとんどの基礎を作りなおし。
そしてただいま、工事40日目あたり。
いよいよ工事も佳境となり、カフェスペースの天井を抜き、床を削る。
美しい木造の小屋組(屋根の構造)が現れ、大興奮!
この屋根の下に、家族や友人知人など、いろんな人が集まる場を作れたらいいなと。

天井をはがすと現れた美しい木造の小屋組。

地元の左官さんが漆喰塗り。実は遠戚のおっちゃん。

想像していたよりずっと高かった屋根。この屋根の下に、皆が集まる場所を作りたい。

こんな田舎に誰が来るの? とよく言われます。
確かにどうなるかわからない。
でも、この連載を読んで遊びに来てくれた方、Facebookを見て来てくれた方、
昔からの友人知人、この夏にはたくさんの方々が家に遊びに来てくれました。
やらずに後悔するよりも、やって後悔するほうがいいかなと。

「小豆島日記」を読んで遊びに来てくださったご家族。

寒くなる前にまずはカフェオープンを目指して、もうひと踏ん張り。

あなたの地域にはある? 和製ハロウィンな伝統行事 「お月見どろぼう」

旧暦8月15日の「十五夜」に、ススキや萩を飾って、
お団子や栗などを食べながら中秋の名月を眺める伝統行事「お月見」。
今年は9月19日(木)にやってきます。

地域によって、お月見のしかたもいろいろですが、
「お月見どろぼう」という面白い風習が行われる地域もあるそうです。

「お月見泥棒」イメージ写真

「お月見どろぼう」とは聞きなれない方も多いと思いますが、
いわば日本版ハロウィンのような行事。
福島県や茨城県、千葉県、東京都の多摩地区、
山梨県、愛知県、三重県、奈良県などの一部で行われているところがあります。

その内容は、軒先や玄関に月見団子やお菓子を置いて
子どもたちが自由に食べたり、
子どもたちが民家を訪ねて住民にお菓子をねだったり、
地域によってやり方は様々です。

ちょっと似ているのが、大阪府岸和田市の風習で、
軒先に吊るされた団子を子どもたちが竹や木の棒で突いて、
もらっては食べるというもの。
ただ、近年ではこどもの安全などの観点から
こうした風習はなくなりつつあるようです。
個人的には、こどもの頃に体験してみたかったなと思います。

・写真:レポドラ日記さん

農業を生業にするということ

リアルな私たちの暮らしのこと。

9月に入り、少し落ち着いた小豆島。
ここしばらく、瀬戸内国際芸術祭や関連するイベントのことばかり書いていたので、
ここでちょっと私たちの暮らしのことを書こうかと。

小豆島に引越してきてから、10か月が経ちました。
気づけば、もうすぐ1年。
あっという間なんだけど、いろいろなことがありすぎて
引っ越してきたのがずっと昔のように感じます。

私たちは、こっちに来てからいわゆる“サラリーマン”をしてません。
自分たちで仕事をつくっていこう、
生きること自体を働くことにしよう、そんな思いで移住。
日々考えながら迷いながら、いまは自分たちが思い描いている生き方を
実現できるよう、ひとつずつ組み立てている感じです。

そのひとつであり、私たちの暮らしのベースでもあるのが「農業」。
引っ越してからすぐに見よう見まねで畑を耕し、
苗を植え、草をむしり、肥料をあげて、収穫。
とにかくやってみています。

今年の春の畑。引っ越してきてすぐ植えた玉ねぎを収穫。(撮影:大塚一歩)

ミントやレモンバームなどのハーブも栽培。

自宅のすぐ横にある畑。

6月からは少しずつ育てた野菜を販売。
旬の野菜を詰めあわせたセットの宅配販売。
マルシェに出店して販売。
島のお店に直接販売。
など、まだまだ本当に小さな売上ですが、いろいろな方法を試しています。

収穫した野菜を何品かのセットにして宅配販売。

島外に向けても、梱包してクール便で発送。

お誕生日プレゼントに旬のお野菜を! ギフトとしてお野菜を贈ってもらえるように。

そういうふうにひとつずつ自分たちでやってみることで、
いろいろなことがリアルにわかってくる。
良いことも悪いことも。

野菜は本当に単価が安い、というのを改めて実感。
それこそ汗水たらして育てたきゅうり3本、200円。
それを1000セット売っても20万円。
経費を引けば、利益は本当に少ない。
価格的にも保存期間的にも生野菜の販売だけでは成り立たない、
ジャムやシロップなどに加工して販売したらどうだろ。
加工する場所、販売の許可が必要じゃないかな。
考えることもやることもてんこ盛り。

高松市内のマルシェに出店。野菜だけでなく野菜を加工したフレッシュジュースも販売。

島外でお野菜を販売する場合、往復のフェリー代だけで結構な経費がかかる。

果たしてこの生き方は成り立つのか。
壮大な挑戦だなとよく思います(笑)。

ここで移住のリアルな話をひとつ。
私たちの暮らしはもちろんまだ赤字です。
移住するまでに貯めた貯蓄を切り崩して生活している状態。
亡くなった祖父の家で暮らしているので家賃ゼロ、それでも日々お金が出ていく。

貯えにも限りがあるわけで。
タイムリミットまでになんとか暮らしを成り立たせねば(笑)。

さて、秋冬野菜の苗作りと収穫に行かないと。

秋冬野菜の苗作り。

ツヤツヤのナス。最近我が家の定番メニューはこのナスの揚げびたし。

マチスタの最後の置き土産

マチスタ閉店から1か月。

マチスタを閉めた翌日、若い登山家の講演を聞きに行った。
あらましいい話だった。締めくくりに、「夢は叶う」と彼は言った。
彼の話を聞いていると、本当に夢が叶うんじゃないかと思えてきたんだけど、
でもそのわりにいまひとつこっちの気分が上がってこない。
そこで、いまのぼくに夢らしきものがないことに思いあたった。
これまでも夢なんてなかったように思う。
そもそも夢ってなんだ? 希望や願望との境界線は? 
去年の夏、タカコさんが貯金していた失業保険のお金で沖縄に行った。
生まれて初めての沖縄は、生まれて初めての家族旅行でもあった。
初日から家族での旅行がこんなに楽しいものかと目から鱗が落ちる思いがした。
いきおい、今帰仁(なきじん)の浜辺でタカコさんとチコリに
「毎年、沖縄に連れて行く!」と約束した。
しかし、その約束は1年目にして早くも破られることになる。
今年、沖縄の代わりとして連れて行ったのは鳥取砂丘だった。
しかも泊まりは鳥取駅前のビジネスホテル(それなりに楽しい旅だったのですが)。
毎年家族旅行で沖縄に行きたい————。さて、これは夢のうちに入るんだろうか?
東京にいた頃、同業の友人のなかにわりと普通にこなしていたのが何人もいたけど。

マチスタを閉めて1か月が経った。
いまもっていろんな人から「おつかれさま」と声をかけられる。
それに対してぼくは、「お世話になりました」とか
「ありがとうございました」とごくごく普通に返している。
この1か月で何度繰り返されたかわからないこのやりとり。
そこに少々の違和感を感じないではいられない。
理由はわかっているのだ。
このやりとりに、まるでマチスタがあたかもぼくが進めたプロジェクトのひとつであり、
しかもわりとスマートにやり遂げたかのようなニュアンスを感じてしまうのである。
万事めでたく、事もなくという感じで。
しかし実際のところは真逆で、ぼくはまさしく事業に失敗したわけだ。
そして、その手の人間にふりかかる現実がやさしいわけがない。

この夏、ヒトミちゃんが会社を辞めた。「辞めた」というと誤解が生じる。
給与の未払いが生じる前に辞めてもらった、それが正しい。
ヒトミちゃんには本当に悪いことをした。
彼女は頭がいいし事情もわかっているから、もちろん責めるようなことはせず、
いつものようにぼくに冗談も言いながら、最後の日まで淡々と仕事をこなした。
ぼくも弁解しなかった。謝りもしなかった。
ただ何事もなかったように日々を過ごし、ひと月はあっという間に過ぎていった。

これはマチスタを閉めるちょっと前のこと。倉敷のクラブに顔を出した。
たぶん3年ぶりだ。
3年も経つと、この手の店は客の顔ぶれががらりと変わるのかもしれない。
見事なまでに見知った顔がなかった。
おかげで友人の定例のイベントというのに、
入った瞬間から頭にあるのは帰るタイミングのことだけ。
明らかに所在無さげだったであろうぼくを見かねて、
オーナーのシミちゃんが近づいて来て声をかけてくれた。
「赤星さん、久しぶりっス。最近どうスか?」
シミちゃんは倉敷に戻ってわりと早いうちにできた友人のひとりだ。
「オレが岡山で店やってるの、知ってる?」
「マチスタでしょ?」
「そう。あの店、もうすぐ閉めるんだ」
「え、マジっスか?」
「マジっス」
「で、どうするんですか?」
「なんにもしないよ、ちゃんと子どもを育てるよ。
最近ようやくわかってきたんだ。
賢いヤツははなから公務員かサラリーマンになってるね。
子どもを育てるにはやっぱり安定した収入があると安心なんだよ。
オレもいまからでも公務員になれないかなんて本気で思ってる」
見ると、シミちゃんはなんともいえない悲しそうな笑みをたたえていた。
「赤星さん、笑えないっスよ」
ひと言そう言って、シミちゃんはその場を去って行った。
このシミちゃんの返しは、不意にチンをかすめたフックだった。
ぼくは何が起こったかわからないまま前のめりに膝を折ってへたり込み、
いまもって立ち上がれないでいる。

冴えない気分が長くつづくときは、これまではギャンブルに没頭した。
あるいはひとりになってひたすらマンガを読むか映画を観つづけるか。
手がかかる子どもがいるうえに親までいる現在の状況では、
到底そんなことはできないし、今回はそうしないことにした。
気持ちのうえで迎撃することに決めたのだ。
そこはかとないわびしさ、むなしさ、やるせなさ。
マチスタを閉めると決めて以来、いまもって次から次に襲ってくるそういった類のもの、
これまで気配がしただけで背を向けて絶対目を合わそうとしなかったそれらの感情に、
今回はカルテを作るがごとく正面から向き合うことにした。
マチスタの最後の置き土産みたいなものだ。
というわけで、ぼくのマチスタはもう少しだけつづく。

児島のオフィス、ブロック塀の際のところで去年にひきつづき今年もテッポウユリが咲いた。コンクリートの側溝に自然とたまった、ほんのわずかな土の上での見事な咲きっぷり。

千葉・やん米

やん米、くいくい。

前回、千葉は南房総にて、[ff_textlink_by_slug slug="tpc-foo-tasty-004"]「太巻き寿司」と「鯵料理」[/ff_textlink_by_slug]を教えて頂きました。
引き続き、まだまだお邪魔しております、真夏の千葉、古民家「ろくすけ」に。
初めて知ったのですが、古民家ってとっても涼しいんですね。
開けっ放しにした縁側から、すーーーっと風が抜けていく。
あんまり気持ちがよくて、畳の上に大の字になって寝そべりたくなる。
そんな気持ちをこらえて、今回は伝統料理「やん米(ごめ)」について伺いました。

初めて耳にする、という方もいらっしゃると思うのですが、私もそのひとりで。
実際目にするまでは、どんな様子のものかまったく想像がつきませんでした。
事前に下調べをと思い、ネットで「やん米」とか「やん米 千葉」と検索してみましたが、
「米やん」という愛称で親しまれた評論家、などがヒットし、実態にたどり着けず。
ならば、しつこく調べるのはやめにして、ここは丸腰でいこう! と当日を迎えました。

そうして、ちゃぶ台の上にある「やん米」らしきものと対面を果たしたわけですが、
これが「やん米」なのか? と判断がつかず。
不思議な、いや、不思議といっては失礼ですが、
完成形なのか? まだ途中の段階なのか?
見た目はパラッと乾燥気味のお赤飯。
ぼたもちとかお饅頭の形状を想像していたので、それとはかなりかけ離れている。
そしてその量がすごい。
これ、何人前!!! という超ド迫力。

「やん米」「やき米」「やーごめ」「えいごめ」など、
地域によってその呼び方もさまざま。
お盆のみならず、田植えどきの晴れの日や、豊作祈願の縁起物としての役割など、
昔から行事食や晴れ食として地域に根づいている。

やん米を作ってくださった鈴木俊子さんに伺ってみた。

テツ「これが、例のその、やん米ですか?」

鈴木「そうですそうです、時間がかかるので作っておきました。
うまくいったかどうか、お口に合うかどうか」

照れくさそうに微笑む鈴木さん。

鈴木「まずは食べてみたら? どうぞどうぞ」

ありがとうございます! 
いっただっきまーす!

「さぁ、召し上がれ~」

「小豆島の顔」プロジェクト、 美しい田園の中に225人の顔を飾る

島の人たちと一緒につくる写真展。

8月末の雨によって、嘘みたいに気候が変わってしまった。
暑くて暑くてひぃひぃ言っていた夏がどこかに行ってしまい、
小豆島はすっかり秋の気配。
あちこちの田んぼで稲刈りが行われています。

先週末で、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏会期も終わりました。
ほっとひと息かと思いきや、すでに10月5日からの秋会期の準備が始まっています。
肥土山(ひとやま)では、秋会期から武蔵野美術大学わらアートチームによる
巨大な「わらアート」が登場。
収穫の終わった稲わらを素材に、巨大オブジェが制作され、
刈り入れ後の田んぼに展示されます。
肥土山の美しい風景の中に展示される、とても楽しみな作品のひとつです。

3年前の瀬戸芸の「わらアート」。秋の空気の中、たくさんの人が田んぼのあぜ道を歩いていた。

田んぼに浮かぶ巨大くじら。

そして、私たちもこの秋に向けて「小豆島の顔」というプロジェクトを進行中。
小豆島の顔」は、小豆島で暮らすおっちゃん、おばちゃんたちのお顔の写真を撮影し、
その写真を小豆島の風景の中に展示するプロジェクト。
写真家のMOTOKOさん、「小豆島カタチラボ」というプロジェクトを展開している
大阪のgraf(グラフ)さん、島の友人たちと一緒に進めています。

「小豆島の顔」プロジェクト。おっちゃんたち本当にかっこいい。

プロジェクトの仲間。肥土山の農村歌舞伎にて。(撮影:MOTOKO)

MOTOKOさんのことは、ある雑誌の記事で知りました。
ただ写真を撮るだけじゃなく、写真を通して社会的な活動をしている写真家。
すごくカッコイイなと思い、Facebookで友だち申請。
そしてそのMOTOKOさんが瀬戸芸の関連で小豆島に来ることを知り、
これは会いたい! と連絡をとったのが始まりで、いろんなことが動き始めました。
実はこのコロカルでの連載も、MOTOKOさんがつながりを作ってくださったもの。

そんなご縁で始まった「小豆島の顔」プロジェクト。
今年に入ってから何度か打ち合わせを行い、7月から本格的に撮影スタート。
醤油蔵が建ち並ぶ馬木(うまき)地区と、田園が広がる肥土山地区を拠点に、
両地区で暮らす合計225人のおっちゃん、おばちゃんのお顔を撮影しました。

馬木地区での撮影。地域の皆さんとワイワイしながら。(撮影:高見知香)

白い布を持ち運んで、あちこちで撮影。(撮影:高見知香)

馬木の皆さんと一緒に。(撮影:高見知香)

肥土山では、事前に日時を決めておいて、公民館や集会所などに集まっていただき撮影。
お茶を飲みながら、ちょっとしたサロンみたいな雰囲気で。
わいわいといろんな話をする中で、
「この写真を遺影にするわー(笑)」
と、半分本気で話すおばちゃんもいるほど。

肥土山での撮影。自治会長さんもモデルとして参加してくれました。

お茶を飲みながら撮影待ち。撮影はとても楽しい時間だった。

本当に元気なおばあちゃんたち。ふたりで漫才してました。ナイスコンビ!(撮影:MOTOKO)

地元の人と一緒に何かをする。
そうやって簡単に書いてしまえるけど、
実はそれはいくつもの段階を経てやっと実現できるもの。
今回も、何度も自治会長さんなどと打ち合わせを重ね、
なんとか225人の撮影をすることができました。

10月からの展示に向けて、ここから1か月間は展示の準備。
展示場所の視察に行ったり、具体的な展示方法をgrafの服部滋樹さんと相談したりして、
少しずつかたちが見えてきました。

展示場所の視察。肥土山地区はこの田園の中に展示したいと計画中。(撮影:MOTOKO)

展示場所候補地。馬木地区にあるひまわりの花畑。馬木の皆さんが大事に育てています。(撮影:高見知香)

grafの服部さんによる展示スケッチ。美しい風景の中に、100人の顔写真が並ぶ。

「小豆島の顔」は、2013年10月5日~11月4日までの30日間、
馬木・肥土山の両地区で展示予定です。
瀬戸芸秋会期と合わせて、小豆島に遊びに来ていただけると嬉しいです。

テッテーテキにミドリ!  寒霞渓でみどり色のクレヨンを作る

豊かな緑をみんなで作る。

小豆島には、日本三大渓谷美のひとつとして知られる
寒霞渓(かんかけい)という渓谷があります。
島で一番高い標高817メートルの星ヶ城山と美しの原高原の間にあり、
大渓谷と海、まち並みを望める景勝地。
とくに、秋の紅葉の季節は山全体が燃えるように染まり、
その色彩の鮮やかさは感動モノ。

先日、この寒霞渓で「テッテーテキにミドリ!」と題したワークショップが行われました。
新緑や夏の緑も、秋に負けないくらい元気いっぱいの寒霞渓。
そんな緑豊かな森を見つめ、自分の好きなみどり色を探して、
その色のクレヨンを作ろう! というワークショップ。

ロープウェイから眺める渓谷の緑。

寒霞渓山頂駅のメイプルという施設でワークショップ。

講師は、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)参加アーティストの吉田夏奈さん。
吉田さんは、2011年に小豆島アーティスト・イン・レジデンスに
参加したことをきっかけに小豆島に移住。
現在は小豆島で暮らしながら作品を制作している作家さんです。

ワークショップの講師は、瀬戸芸アーティストの吉田夏奈さん。

今回の瀬戸芸では、「花寿波島(はなすわじま)の秘密」という作品を
小豆島ふるさと村で展示されています。
瀬戸芸の小豆島・豊島版のポスターやパンフレットにも吉田さんの絵が使われていて、
島のいたるところで彼女の絵を目にします。

吉田さんの作品「花寿波島の秘密」。いろははウニが何個あるか数えてました(笑)。

作品を一生懸命鑑賞する親子。この逆円錐型の内側に美しい景色が広がっている。

吉田さんがクレヨンで描く山や森の絵の中には、ほんとうにいろんなみどり色がある。
普段何気なく見ている緑の山、
実はこんなにたくさんの色でできているんだなと気づかせてくれます。

今回のワークショップは、そんないろんなみどり色を自分たちで作ろうというもの。
窓から見える寒霞渓の緑から、どんなみどり色にしようかイメージ。
用意されたクレヨンから何色か選ぶ。
選んだクレヨンをぽきぽき折って、湯煎にかけてチョコレートみたいに混ぜて溶かす。
それを型に流しこんで、固まればオリジナルのみどり色クレヨンの完成!

クレヨンをぽきぽき折ってアルミケースへ。どんな色になるかな。

湯煎してクレヨンを溶かします。だんだん色が混ざって一色になってくる。

オリジナルの型に流し込んで固まるのを待つ。同じ色を2本作って、1本はお持ち帰り。

微妙に色が違うみどり色のクレヨン。

子どもが楽しめるかなと参加したのに、自分が楽しい(笑)。
ぽきぽき折って、混ぜて、固めて、ひとりで5色制作。
作ったクレヨンで色を塗ってみると、クレヨン自体とは少し違う色になったりして、
これまた面白かった。

そして最後に自分が作った色に名前をつけて、色見本帳を作成。
全2回のワークショップで目標は300色のみどり!
たくさんの面白いみどり色が並んでいました。

自分で作った色に名前をつけて色見本帳を作成。

みんなが作ったみどり色がずらっと並ぶ。

ワークショップ後、寒霞渓の緑の中を散歩。
いろんなみどり色に囲まれた道を5分ほど歩いて、鷹取展望台へ。
あらためて、この場所の緑の豊かさ、自然の豊かさを感じた1日でした。

寒霞渓の緑。真夏だけど、標高が高いので爽やかな風が吹く。

鷹取展望台まで5分ほど歩く。いろんなみどり色のトンネルを抜けて。

鷹取展望台からの景色。渓谷と海とまち並みが見渡せる最高のスポット。

千葉・太巻き

郷土料理を習いに、真夏の千葉へ。

郷土料理が好きです。
母から子へ受け継がれたもの、という温かい空気が落ち着きます。
そうえば、以前友人に連れられて占いに行くと、
「あなたには、伝統、文化、料理、の星があります。それも強いパワーです」
と言われた。

その星というもののせいか否か、郷土料理の世界に強く惹かれるもので、
心の赴くままに、あれやこれや試作しています。
レシピ通りに作って上手くいくものもあるのですが、
中には「ハテ?」という仕上がりのものも。

その一つが千葉の太巻き寿司。
お花の絵柄にトンボやパンダ、そう、あのド派手な太巻きです。
これに出会った時、何ともチャーミングなその姿に、それはそれは胸が高鳴りました。
さっそく作ってみようと巻いてみたのですが、これがなかなか難儀で。
すし飯の量、具の配置がとても難しく、
お花の絵柄になるはずの断面が、ただのマダラな太巻きに。
これは自力ではいかんともし難い……。
ならば、現地に出向いて教えてもらおう! と、リサーチを開始。
すると「千葉自然学校」というNPO法人が目に留まり、電話をしてみた。

電話口に出てくれた女性は千葉自然学校事務局長の遠藤さん。
聞けば遠藤さん、千葉の郷土料理にかなり通じている人物。
千葉全域の郷土料理を研究調査し、ひとつの資料にまとめるなど、
ふるさとの料理を絶やさずに継承していこうと活動されている方なのだ。
なんて運のよいことか、そんな素敵な方に出会ってしまった。
太巻きにまつわる歴史や背景などを丁寧に教えていただいた後、

「私の知り合いで、太巻き作れる方いますよ、作りましょうか?」と。

なーんと有り難いお言葉。
思ってもいなかったこの展開に、胸が躍る。

テツ「ぜひ! お願いします!」

ということで、千葉自然学校の遠藤さんのお力をお借りすることに。

テツ「あの、、、太巻き以外にも何かお願いできません、、か?」

すると、

「鯵がおいしいですよ~、今時期は」

とのご回答。

ア、、、ジ~~~♡

千葉へ、いざ行かん。

東京駅から1時間半、南房総の平久里へ到着。
ここに「ろくすけ」という立派な茅葺き屋根の古民家がある。
目の前に広がる里山の風景ともったりした夏の空気に、体が溶けていく。

ここ「ろくすけ」は、廃屋となっていた築180年の古民家を、
千葉自然学校が整備し再生させた建物。
千葉自然学校は、自然活動を通して、千葉の里山里海を活性化させようと活動している。
この「ろくすけ」もその活動拠点のひとつ。
かつて「里山100選」にも選ばれた、美しい景色が広がるこの平久里地区。
昨今では高齢過疎化が進み、その状況は深刻だそう。
そこで、外部からの人の流れを作り、住民たちとの交流によって
地域を元気にしようと試みている。
例えば、美しいナメ床の川を散策したあと、
この「ろくすけ」に宿泊する体験ツアーなどもあり、
地域の住民たちと共に、たき火や夕食作りが体験できる。

瀬戸芸アーティストと一緒につくろう

作品に触れるだけでなく、みんなでつくる。

夏休みの小豆島、各施設で子ども向けのワークショップが開催されています。
今年の夏は、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の開催期間ということもあり、
瀬戸芸に参加しているアーティストたちによるワークショップもあちこちで。
娘のいろはが通う幼児園でも、夏休みの登園日に
「造形ワークショップ 小豆島の竜をつくろう!」が行われました。

園庭に張られたテントの下で、「造形ワークショップ 小豆島の竜をつくろう!」

このワークショップは、肥土山にある瀬戸芸作品
「猪鹿垣の島」の作家、斎藤正人さんによるもの。
斎藤さんは、岐阜聖徳学園大学の幼児教育学科の講師をされています。
今回は、ゼミ合宿の一環として、将来幼稚園や保育所の先生になることを目指している
斎藤ゼミの学生さんたちがメインでワークショップを行ってくれました。

「猪鹿垣の島」の作家、斎藤正人さん。

最初はお互いに緊張していた斎藤ゼミの学生さんと子どもたち。だんだんと和やかな雰囲気に。

実は、「猪鹿垣の島」は幼児園のすぐ近くにあって、
子どもたちは制作過程から作品を見ています。
全長70メートルの猪鹿垣は、細長い竜のよう。
そこで、今回のワークショップは、みんなで一緒に“なが~い”竜をつくることに。

まずは、長く伸ばしたロール紙に、
絵の具、はけ、ローラー、穴の空いたペットボトルを使ってアクションペイント。
子どもたちは、好きな色を選んで、真っ白な紙に勢い良く色をつけていきました。
大きな紙にいろんな方法で、描いていく。
暑さも忘れ、思い思いに。

暑さを忘れ、思い思いにペイントする子どもたち。

小さい子どもたちも。とても楽しそうに、ローラーをコロコロしながら色をつけていました。

ペットボトルに入った絵の具をマヨネーズみたいに。みんな絵の具だらけ。

そして、後半は、10メートルのビニール袋を膨らませ、
そこに竜のうろこや頭、手足、しっぽを貼りつけていきます。
先ほどペイントしたロール紙でうろこをつくる予定だったのですが、
絵の具を乾かす時間が足りなかったため、事前に用意しておいたうろこをペタペタ。

竜の本体になる赤いビニール袋。膨らませただけで、子どもたちは興奮(笑)。

学生さんと一緒に竜のパーツを貼りつけていきます。

竜の頭の貼りつけは、年長組の子どもたちが担当。

子どもたちの目線からみたら、ロール紙も竜の本体であるビニール袋も
きっととても大きくて長い。
そこに、ペイントしたり、うろこを貼りつけたり。
ふと離れて見てみると、いつのまにか“なが~い”竜だ!

“なが~い”竜の完成! お祭りみたいによいしょ、よいしょっと担ぐ。

島の子どもたちにとって、瀬戸芸の作品に触れる、
アーティストと共に何かをつくるということは、とても貴重な体験。
単純に楽しい! ということも大事だし、
ものをつくる、デザインするということが身近にあるのもいい。
そして何より、いろんなアーティストの人たちに出会うことで、
かっこいいな! と憧れたり、こんな生き方、働き方ができるんだという刺激を受けたり。

豊かな自然の中での経験と、アートやものづくりを通した経験。
子どもたちがそういう幅広い経験をたくさんできる島になるといいなと思います。

竹内まりやが 故郷への想いを綴った唱歌 「愛しきわが出雲」リリース

今年は、出雲大社で60年に一度の「本殿遷座祭」が執り行われた年。
これにちなみ、出雲に生まれ育ったシンガーソングライターの
竹内まりやさんが、故郷への想いを綴った
唱歌「愛しきわが出雲」を出雲市に提供しました。
出雲を舞台に、優しい故郷を詩的に歌い上げる優しいうたです。

作詞作曲は竹内さん、編曲は山下達郎さん、
オーケストラ・アレンジは服部隆之さんという豪華ぶり。
この楽曲を市内の99名の合唱団と竹内さん、  
出雲市出身の岩谷ホタルさんが歌った
音源などを収めたCDが8月10日に発売されました。

このCD製作にあたっては、
CDジャケットのベースとなる作品を公募。
全国各地から多数の応募があり、竹内まりやさんと出雲市にて選考された
作品がジャケットとして使われています。

こちらのCDは出雲市役所、出雲観光協会観光案内所、
道の駅、国民宿舎、書店、ファミリーセンターなど
市内のさまざまな場所で販売されるほか、
ワーナーミュージック・ダイレクトで通信販売も行われています。
地元の歌を一流ミュージシャンが作ってくれるなんてうらやましい
ですね。地元の方も遠方の方も、ぜひ聞いてみてください。

愛しきわが出雲

いま、小豆島で すごい人たちに出会える!

刺激的な人たちに、近い距離で出会う。

先週水曜の朝、島の友人から、
「今日の夜すごい人たちが来るらしいから、坂手に行かない?」
と電話がかかってきた。
何やら、森美術館の館長さんなどが来るらしい。

調べてみると、わぉ! ほんとにすごい。
「小豆島で、海とアートとテクノロジーについて語る」
と題した飲み会&トークイベント。
Creator In Residence「ei」で滞在制作している
クリエイティブユニット「ovaqe」の松倉早星さんと、
醤の郷+坂手港プロジェクト」の一環「未来の学校」プロジェクトを展開する
「ロフトワーク」の林 千晶さんが企画。
そして、スペシャルゲストがほんとにスペシャル!

伊藤穰一さん(MITメディアラボ所長)
南條史生さん(森美術館館長)
松山大耕さん(妙心寺退蔵院副住職)

理屈抜きで行ってみたいと思い、参加することに。

Creator In Residence「ei」の2階にあるスタジオ。夜8時半をまわり、続々と人が集まり始める。

待ちに待ったスペシャルゲスト登場。

小豆島に引越してきて約10か月。
今年は瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)ということもあり、
本当にいろんな人々に出会います。
瀬戸芸に参加しているアーティスト。
島に取材に来ているライターやカメラマン。
瀬戸芸を見に来ているトラベラー。
とにかく、いままで出会わなかったような人たちに出会う機会がとても多い。
そして、何より距離が近い。
遠くから見たじゃなくて、お話をしたり、一緒にご飯を食べたり、
しっかり時間を共有できる。

この日も、とてもゲストとの距離が近かった。
その近さの中で聞けた刺激的なお話。
今回のトークイベントはテーマの幅が広かったので、
皆さんが自由にお話してくださった。
禅について、アーティストとデザイナーの違いについて、
ゲスト同士の繋がりについてなど。

「小豆島で、海とアートとテクノロジーについて語る」と題してトーク。

MITメディアラボ所長の伊藤穰一さん(左)、小豆島町町長・塩田幸雄さん(中)、森美術館館長の南條史生さん(右)。

今回のトークイベントの企画者、ロフトワーク代表の林 千晶さん。ロフトワークはさまざまなクリエイターとのネットワークからウェブ、映像、プロダクトなどを企画・制作する会社。

小豆島で暮らしていて、こんな場に参加できるとは思ってもいなかった。
きっとそのまま名古屋で暮らしていたら、一生出会うことがなかったであろう人たち。
ほんとにワクワクする時間だった。

島は狭く、体験できることも限られている。
外に出なければ、ここでの文化、働き方しか知らずに生きていくことになる。

でも、いまの小豆島はとにかく刺激的で、面白い人たちが外からやって来てくれる。
小豆島にいながら世界に触れることができる。
そういう機会があふれている。

そしてまたとても楽しそうなイベントがあります。
その名も「小豆島建築ミーティング」。
国内の建築家10人ほどが集まって、それぞれの作品やアイディアをプレゼンし、
建築のこれからを考えるイベント。
馬木地区にある瀬戸芸作品「Umaki Camp」で行われます。

8月18日(日)18:30からUmaki Campで行われる「小豆島建築ミーティング」のポスター。

地方で暮らしながら、外の文化に触れ、考える機会があること。
島の人と外の人との出会い。
出会うことによって、そのままでは消えてしまうかもしれない
集落や文化、風景が残り続けるかもしれない。

動き出した地方、小豆島はいまこんな感じです。
瀬戸芸の期間も折り返しとなり、残り約50日。
まだまだ盛り上がりそうです。

新潟県の関川村が作り上げた ギネス級祭「えちごせきかわ 大したもん蛇まつり」

これまでいろいろ珍しいお祭りを紹介してきましたが、
新潟県の関川村で開催されている
「えちごせきかわ大したもん蛇まつり」もかなり珍しいお祭りです。

このお祭りの主役は、メインイベントのパレードに登場する
長さ82.8m、重さ2tの大蛇。
住民が竹とワラで手作りした大蛇を頭上に掲げて、村じゅうを練り歩きます。
あたかも由緒ある伝説のお祭りのようですが、
実は昭和63年に始まった新しいお祭り。
昭和42年8月28日に発生した羽越大水害と、村に伝わる「大里峠」という
大蛇伝説をテーマに作られたものなのです。

なぜこのお祭りが作られたのか?
それは、関川村には各地区のお祭りはあっても、
全村民が参加して楽しむお祭りがなかったから。
そこで地元で結成された「せきかわふるさと塾」が母体となり、
実行委員会が組織されて企画されたのです。

祭りの目的は、関川村の良さを感じて、村に生きることの喜びと自信を持つこと。
大蛇は、竹とワラを材料に、関川村の54集落が分担して胴体を作り、
それらを繋ぎあわせて作ります。まさに村全体が力を合わせて出来るお祭りなんです。

その甲斐あって、2001年6月にはこの大蛇が
「竹とワラでつくられた世界一長い蛇」としてギネス認定を受けました。

お祭りでは、大蛇パレードのほかにも灯篭流し、花火大会、
盆踊り大会、喜っ喜大会(ジャンケン大会)、福まきなどが行われます。
今年の開催は8月23日(金)から25日(日)。
村じゅうが力を合わせて行う手作りのお祭り、
今年はどんなことが行われるのでしょうか?

えちごせきかわ大したもん蛇まつり

大したもん蛇まつりって!?

肥土山農村歌舞伎舞台で台湾の伝統的パントマイム

馴染み深い場所が、新しいイベントの舞台に。

夏の小豆島は、あちこちでお祭りがあります。
各地域ごとに地元の夏祭りや盆踊りがあって、
通りに提灯が飾られたりしていて、それだけでちょっとワクワク。
そして今年は、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)のイベントも
日々行われていて、本当に賑やかな夏です。

今回の瀬戸芸は展示作品だけでなく、
パフォーミングアーツやイベントもたくさん展開されています。
音楽や演劇、ライブペインティングなどさまざま。
イベントの日にちが決まっているため、
タイミングを合わせて行くのはなかなか難しいかもしれないですが、
あえてその日にあわせて瀬戸芸旅行の計画をたてるのもありかなと。

瀬戸芸のパフォーミング・アーツ/イベントプログラムのパンフレット。夏、秋とイベント盛りだくさん。

私たちが暮らす小豆島の肥土山(ひとやま)でも瀬戸芸のイベントが行われています。
先日は、農村歌舞伎や虫送りなど、
この「小豆島日記」にも何かと登場する肥土山農村歌舞伎舞台で、
台湾のアーティストらによる『国境を越えて・海』というイベントがありました。

台湾人アーティスト、リン・シュンロンさんと
「ツァイスー劇団」団長ジョン・チャウさんによるプロジェクト。
彼らの作品、海を漂う植物「ゴバンノアシ(碁盤の脚)」の種を模した巨大な船は、
豊島(てしま)に展示されていて、その豊島からスタートし、
女木島(めぎじま)、大島、小豆島と
野外演劇やパレード、太極拳ワークショップを展開。
台湾と日本の住民が共に参加する活動を通して、人と人の感情の結びつきを築きあげる。

肥土山農村歌舞伎舞台で、『国境を越えて・海』のイベント。

台湾の「ツァイスー劇団」のみなさん。青い生地には瀬戸内の12の島々。

台湾の伝統的パントマイム『老夫老妻』。舞台を飛び出し、観客とも絡みながら。

大道具は農村歌舞伎でも使われているもの。

当日は、地元のおっちゃんおばちゃん、子どもたちも見に来ていました。
肥土山で暮らす人にとって、農村歌舞伎の舞台はとても馴染み深い場所。
普通なら地元の人たちが歌舞伎を演ずる場所で、海外のアーティストたちが
その国の伝統的な演奏やパントマイムをするのを見るのは、とても新鮮で面白かった。
そして嬉しくもあったんじゃないかと思う。
「あの大道具って歌舞伎で実際に使ってるもの?」
「そうそう、奥行きがあってやっぱりいいねえ」
なんて話しながら、楽しみました。

パントマイムの後は、お隣の集落、中山にある同じく台湾のアーティスト、
ワン・ウェンチーさんの作品「小豆島の光」までパレード。
皆で一緒に田んぼのあぜ道や森の中を20分ほど歩きました。
そして、小豆島の光の中で台湾の南管(なんかん)という弦楽器を使った演奏会。
子どもたちも一緒に踊りました。

中山の「小豆島の光」までパレード。田んぼのあぜ道や森の中を歩きます。

ツァイスー劇団団長ジョン・チャウさん(左)と台湾人アーティストのリン・シュンロンさん(右)。

劇団の方と一緒に南管の演奏にあわせて踊るいろは(右)と友だちのはるくん(左)。

肥土山農村歌舞伎舞台での瀬戸芸イベントは、8月16日にもう一度あります。
今度は『キネマと音楽の夕べ in 瀬戸内』と題して、
お盆の農村歌舞伎舞台で夕暮れコンサートと星空の下の無声映画ショー。
アーティストは、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽を演奏している音楽家、
鈴木広志さん、大口俊輔さん、小林武文さんと、活動弁士の坂本頼光さん。

8月16日に肥土山農村歌舞伎で行われるイベント『キネマと音楽の夕べ in 瀬戸内』。

何百年も大事にされ続けている農村歌舞伎舞台で、新しいイベントが繰り広げられている。
瀬戸芸だけでなく、その後もこういう動きがどんどん広がっていくと面白いなと思う。
伝統芸能と新しいアート、日本とアジアの国々、
小さな田舎でいろんな人・ことが交じり合い、ワクワクする時間が生まれています。

高知に伝わる宴会ゲーム 「箸拳」とは? 須崎市で「子ども箸拳大会」

「箸拳(はしけん)」ってご存知ですか?
高知県に伝わる、箸を使って数を当てあうゲームです。
「酒国・土佐」と呼ばれるくらい、老若男女問わずお酒好きが多い
高知の酒文化のひとつで、高知県宿毛市が発祥の地と言われています。

遊び方は、二人向い合って座り、袖元に箸を隠して、
差し出されるお互いの箸の合計数を当てるというシンプルなもの。
ただし、そのゲームに負けたほうはお酒を飲まなければなりません。
高知では段位もあり、毎年10月1日には「箸拳大会」が行われているほど。

この箸拳の伝承を残すため、8月2~4日に開かれる
須崎市の「第55回須崎まつり」において「子ども箸拳大会」が開催されます。
※子どもの場合はお酒はありません
対象は小学生以下、参加は無料。須崎のキャラクター「しんじょう君」と
鍋焼きラーメンのキャラクター「なべラーマン」が拳士役を務めます。
伝承のゲームを残そうとする心意気が素敵です。

子ども箸拳大会

The End of the World

ついに、閉店の日を迎えて。

その寿司店は中目黒の高架下にあった。
カウンターだけの小さな店で、
60歳を過ぎたご主人が奥さんとふたりで30年近く切り盛りしていた。
その店のシステムとして、お酒を飲む飲まないに拘らず、
まず最初に3品ほど酒の肴が出る。
すべてその朝仕入れた魚介類で、煮物が多かったように思う
(春によく出たマテ貝、絶品だったなあ)。
それからの握りもすべてネタはおまかせ。
マグロの漬け、ヒラメの昆布じめ、あなご、カマトロの炙り、芽ネギなどなど、
それぞれ丁寧な仕事がほどこされたこぶりな寿司が約10貫、
タイミングよく出てくる。料金も実に良心的だった。
ご主人の誠実さと寿司への情熱がひしひしと伝わる名店で、
お連れした魚好きの友人・知人は数知れない。
しかし、ある日突然、ご主人から店を閉めると聞かされた。
それから閉店までの約1か月、ほとんど予約がとれない状態が続いた。
やっとの思いでとれた最後の席、
ご主人がいかにも冗談めいた口調で笑いながら言った。
「毎日この半分でも入ってくれていれば、閉めることもなかったんだけどね」
ぼくはといえば気の利いた言葉ひとつ返すこともできず、
笑顔を浮かべるので精一杯だった。
それにしても世の中というのは世知辛い、そして皮肉だ。

マチスタの閉店駆け込みバブルは、週が明けた火曜日から始まった。
のーちゃんの突然の発熱による病欠もあって、
まさに目が回るような思いの1週間だった。
そして迎えた最終営業日の日曜日。
ラッシュは開店の11時とほぼ同時に始まった。
最後だからというので、複数注文したり、帰り際に豆を買ったりして、
客単価が跳ね上がってくれるのは嬉しいんだけど、とにかくやたら忙しい。
午後からは常連のシノちゃんが助っ人に来てくれた。
同じく常連のタナカさんから、
「赤星クンが大変なことになってる、手伝ってやってくれ」
と緊急の連絡が入ったのだと言う。夕方からは甥っ子まで手伝いに来てくれた。
まったく手がすくということがなかった。
Tシャツは汗でぐっしょりだけど、着替える暇がない。
家を出る前に「さて、今日はどれをかけようか」なんて
悠長にセレクトしてきた4枚のCDも、バッグから出すこともままならず、
店内には前日からデッキに入っていた80年代のコンピレーションアルバムが
エンドレスで流れていた。

ようやくひと息つくことができたのは、陽も暮れかかった頃だった。
外の空気を求めてよろよろと店を出ると、
ジローちゃんが歩道のベンチに座ってギターを弾きながら歌っていた。
ジローちゃんはぼくが20代の頃に世田谷の植木屋で働いていたときの先輩の職人。
マチスタの閉店記念イベントは、
ジローちゃんによるレゲエのひとり弾き語りアンプラグド・ナイトだ。
しばらくして店内に場所を移し、
ジローちゃんはオリジナルを交えて15曲ほど歌ってくれた。
歌っている間、ぼくは作業台の内側に立ってアイスコーヒーを淹れていた。
不思議とさっきまでのカラダの重さはなく、疲れているわりに気分も軽かった。
ジローちゃんはアンコールにスキータ・デイヴィスの『The End of the World』を歌った。
愛が終わり、世界は終わっても人は生きなきゃいけないという、
だいたいそんな歌詞の曲だったと思う。
ジローちゃんのお気に入りに違いなく、前回のライブでもこれを歌っていた。
「Don’t they know it’s the end of the world」のフレーズ、
ほんのり切ないメロディとあいまって胸に響く。この夜はとくに滲みた。
ジローちゃん、じんと滲みた。

かくしてマチスタの営業が終了した。時間は夜の12時近く。
宴の名残をほとんどそのままにして消灯、外に出た。
入り口の鍵を閉めて、ガラス越しに暗くなった店内を眺めた。
もうここでぼくがコーヒーを淹れることはない、
お客さんがコーヒーを飲むこともない。
頭をよぎるのは作業台の向こうから見えたお客さんの笑顔だ。
でも、そこで感傷に浸るようなことはなかった。
そして自然と「どうもありがとうございました」と口から出た。
あの中目黒の寿司屋のご主人も、
最後に店を閉めたときはきっとこんな感じだったかもしれない。
じめっとした感じがまったくない。むしろ淡々としているのだ。
淡々として、清々しくて。

マチスタ・コーヒーに一度でも足を運んでくれた人たちには、
この場をかりてありがとうと言いたい。
来ることはできなかったけど、この連載を読んでくれていたり、
あるいは噂に聞いたりして少しでも思いを巡らせていただいた方々にも、
同じようにありがとうと言いたい。心からの、最大級の感謝だ。

そして、自分の責任はこの際すべて棚に上げておいてだ。
マチスタを許容できなかったこの世知辛い世の中には「バカヤロー!」と叫びたい。

(いかにも最終回の雰囲気を漂わせているけど、
この『マチスタ・ラプソディー』、実はもう少しつづく。あと、2回ぐらい?)

ルイジアナから夏休みで一時帰国している甥っ子のショーンも手伝いに来てくれた。この日の助っ人たち、ホント助かった。サンキュウ、みんな!

ジローちゃんのライブ終了直後の光景。ジローちゃんのギター1本のライブで締めくくるなんて、いかにもマチスタらしい最後を演出できたかなと。

深夜の閉店直前の光景。この夜、ぼくのたってのリクエストでDJ.TANAKAが80年代の音楽を実に気の利いたセレクトで回してくれた。サンクス!

滞在型アートスペース「クマグスク」

アートを味わえる、新しいかたちの宿。

昔から観光地の小豆島には、たくさんの宿があります。
リゾートホテル、ロッジ、旅館、民宿、ユースホステルなど
いろいろな種類の宿がありますが、7月20日にまたひとつ面白い宿がオープンしました。
滞在型のアートスペース「kumagusuku クマグスク」です。

クマグスクは、美術家の矢津吉隆さんと井上大輔さんによるプロジェクト。
小豆島の坂手港からすぐの観音寺宿坊を、アートを鑑賞できる滞在施設として改装。
瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏、秋会期のタイミングに合わせ、
2013年7月20日(土)~11月4日(月・祝)までの108日間限定でオープンしています。

屋根越しに坂手港を眺められるクマグスクのテラスにて。クマグスク代表の矢津吉隆さん(右)とたくちゃん(左)。

玄関を抜けて、作品が展示されている浴室へのアプローチ。

美術館やギャラリーで、作品をただ鑑賞するというような従来のかたちではなく、
滞在して美術作品と向き合うことで、より濃厚な“体験”あるいは“経験”として、
深く味わうことができる施設。矢津さんはそんなアートと宿が合体した
「滞在型アートスペース」を作ろうと考えていたそう。
場所を探していたときに、瀬戸芸で小豆島に来ているアーティストたちに話をしたところ、
それなら小豆島で! という話になり、小豆島町や地元自治会とも話し合い、
使われていなかった観音寺の宿坊を改装することに。

この観音寺の立地がこれまた最高で、
坂手港から集落の中の坂を5分ほど登って行くとあります。
お寺の境内からは坂手の集落越しに坂手港を望むことができる。

坂手の集落の中を坂手港から5分ほど歩くと観音寺が見えてくる。

観音寺の境内からの眺め。坂手港を一望。

クマグスクは境内の奥のほうにあり、本堂と白い壁の間を抜けると玄関があります。
作品を鑑賞する人は、玄関からまっすぐ展示室へ。
滞在する人は、中庭横の廊下を抜けて滞在室へ。

本堂と白い壁の間を抜けると、クマグスクの玄関が現れる。

玄関のカウンター。奥に進むと作品が展示されている浴室が。

中庭の横を抜けて滞在室へ。

第1回目の展示は、土屋信子さんの作品。
島で廃棄された廃材を使用した作品で、
なんと浴室(シャワールーム)に展示されています。
普通に鑑賞することもできますが、一般のお客さんがいなくなる17時以降は、
滞在者は脱衣室で服を脱ぎ、裸でシャワーを浴びながら作品を鑑賞できるそう。
これはなかなかできない濃厚な体験(笑)。

この浴室の中に、土屋信子さんの作品が展示されています。

滞在施設は、家族での利用が便利な和室タイプとドミトリータイプの2種類。
15畳の大きな和室を、あえて小さく仕切ってドミトリーに。
一泊5500円で利用できます。

和室タイプの部屋。冷房設備もあり快適。

15畳の大きな和室をあえて仕切ってドミトリータイプに。最大8人滞在可能。

奥の洗面所を抜けるとテラスが。
後ろに洞雲山、屋根越しに坂手港を眺められるロケーション。
作品を裸で鑑賞した後に、ここで一杯やりながら、
あーだこーだと話すのはとても楽しいかも。

洗面所の先に自由に使えるテラスがある。

観音寺本堂とクマグスクのテラス。その向こうに坂手港が広がる。

設備や食事などのサービスが充実した宿を求めるなら、ここはちょっと違う。
でも、面白い体験をしたい、瀬戸芸を思う存分楽しみたいという人には、
もってこいの滞在施設。
新しいかたちの宿であり、新しいかたちのアート作品でもあるクマグスク。
朝から晩まで瀬戸芸を楽しめて、小豆島を深く味わえる、
そんな旅ができそうな場所です。

augment5 Inc 井野英隆さん

地域の生の魅力を、デジタルメディアで伝える。

デジタルコンテンツの制作やメディア事業コンサルティングを手がける
「augment5 Inc(オーギュメントファイブ株式会社)」。
2009年に創業したばかりの小さな会社だが、デザイナーやプログラマーや
ディレクターなど、プロジェクトに応じてメンバーが集まり、
現在オフィスには常に10名前後のスタッフがいるという。
「会社なんですけど、“集団”と言ったほうがいいかもしれないですね」と語るのは、
経営者でありプロデューサーの井野英隆さん。

もともと上場企業を対象にインターネット事業のコンサルティングをしていたが、
クライアントが求めるような短期的な収益モデルをつくって儲けるだけではなく、
長期的に価値を残せるようなモデルをつくりたいと考えていた。
「インターネットはバーチャルだなどと言われますが、実態としては
あらゆる仕事や生活の局面に必要な技術、情報源として根づいています。
インターネットそのものが水道や電気と同じように
ビジネスやライフスタイルのプラットフォームになっただけで、
そこで何かを生産したり、消費しているのも当然、人間ですよね。
ただ、まったく新しい領域なので、
コンテンツ制作者にはもともとプロフェッショナルがいなかったり、
国を超えた競争に巻き込まれるリスクも大きく、プレイヤーの変動も激しい。
だから10年、20年を見据えて、戦略や覚悟をもって取り組む人が
とても少ないように感じていました。
きちんと時間をかけてつくって、それが20年後、30年後、そしてもっと先の未来まで
“いいもの”として残るようなウェブのコンテンツやサービス。
巨大なデータベースを永続的にストックできるという
デジタルの本当の強みはそこにあると思っています」

Kusatsu Oct 26, 2011

2009年に仲間たちとaugment5を立ち上げ、
これまでさまざまなコンテンツを制作してきた。
今年に入り、ディレクターの柘植泰人さんと組んで制作を進めてきた、
日本の地域にある風景を切りとったショートムービーがネットで話題をよんだ。
無駄のない動きで和紙を漉く職人、立ちのぼる温泉の湯気、空、光、緑、人々の笑顔。
何の説明もないが、その場所にあるいいものが映し出され、行ってみたくなる。
そして、日本にはこういう風景がまだ無数に残っているんだろうなということに
気づかされる。

Mino Aug 1, 2012

これらの映像は、クライアントから依頼されてつくったわけではない。
それまでも日本のよさを伝えたいと感じていた井野さんが、
たびたび仕事で海外に行くようになり、よりその想いを強くしたのだという。
「東京にいるとなかなか気づけないですが、特に地方に行くたびに、
素朴な暮らし方、風景、初めて会う人との会話など、
一見ありふれたような部分がとてもいいなと思うんです。
たとえば美濃では、渓流で釣った鮎を、その場で炭をおこし、塩焼きにして食べる。
それがシンプルなのに驚くほどおいしかったりする。
その映像を見た、まったくその地域に関心のなかった若者や、
六本木や浅草を決まったように案内されていた外国人観光客が、
美濃に行ってどうしても鮎の塩焼きを食べたい! と思うかもしれない。
これまでの観光業や地域活性として取り組んできた手法と異なるアプローチをすることで
日本のさまざまな地域の可能性を引き出すことができるかもしれません」

Lake Shikotsu Feb 8, 2012

映像はある紹介記事をきっかけにFacebookなどSNSで話題になり、
150か国以上の人々に閲覧され、記事ページは2万以上の「いいね!」を集めた。
映像を見て旅に出たいと思う人もいれば、
カメラを買って自分も撮影をしてみようと思う人、音楽を気に入って、
このアーティストのライブに行ってみようと思う人もいるかもしれない。
見た人がそれぞれ自由に楽しんでくれればいい。
実際にいろいろな反応が起き、その大多数がポジティブな評価であったことは、
自信になったという。
そして、まだまだ自分たちにできることがあるということも確信した。

「日本の地域って観光業が発展した分、
見えなくなってきたところがたくさんあると思います。
でも日本中どこに行っても、地域で毎日、丁寧にものをつくっている人がいて、
おいしいものもある。過疎化の問題や農業の問題もいろいろありますが、
地域の価値や資源が、あまりうまく伝わっていないんじゃないか。
でもいまのテクノロジーを駆使してできることがまだまだあると思うし、
僕らが発信することで伝わることもあるんじゃないかと思います」

会いたい人に会いに行き、そこで出会った人に、地元で食べるべきものを聞き、
ひとりになりたいときに行く場所を聞いて、連れて行ってもらう。
そんなふうにして、そこでしか生まれ得ないものをすくいとり、映像に落とし込んでいく。
そのあとの編集作業や音楽も、ディレクターの柘植さんを中心に
時間をかけて丁寧に仕上げていく。そのクオリティは、映像を見れば一目瞭然だ。

Kyoto Nov 4-5, 2011

日本のいいところを海外に向けて発信したいと考える井野さんは、
同時に、いかに自分が日本のことを知らないかということも痛感するという。
だから、時間とお金と仲間を見つけては、
今後もこうした地域の映像をつくっていくつもりだ。
「まず自分たちがいちばん楽しんでますからね。
いつもすごくリッチな体験をして帰ってきています」

最後に、これから映像に取り組みたいという人たちに向けて、思いを語ってくれた。
「僕とディレクターの柘植は、10年くらい前からこうした映像を撮り始めていましたが、
いまはデジタル一眼カメラで、プロ顔負けの画質でHD映像を撮ることができます。
これは当たり前の状況ですが、映像をつくりたい人にとって、とても大きなチャンス。
とにかく思いたったら、撮りまくって、WEBにアップする。
そうすると僕らのように必ず反響が返ってきます。
感性の若いうちにどんどん世の中にメッセージを投げ、僕らの映像よりもっといい作品が
日本各地からバンバン出てくるようになるといいですね。
そんな、地域と人とデジタルとの可能性に、いまはとてもワクワクしています」

フォトいばらき 2013年夏季号

茨城県『フォトいばらき』 
発行/茨城県

徳川光圀によって始められ、約250年の歳月を経て完成した大歴史書。徳川光圀が編さんを指示した『大日本史』は、多くの人たちに受け継がれ、明治39年に全てが完成するという、実に壮大な過程を経て完結した歴史書です。これまでの日本の歴史をまとめ上げ、のちの歴史学や幕末の尊王思想にも影響を与えた大歴史書と、その完成を夢見た光圃の思いを解き明かします。

フォトいばらき
http://www.pref.ibaraki.jp/photoiba/

発行日/2013.7