あなたの地域にはある? 和製ハロウィンな伝統行事 「お月見どろぼう」

旧暦8月15日の「十五夜」に、ススキや萩を飾って、
お団子や栗などを食べながら中秋の名月を眺める伝統行事「お月見」。
今年は9月19日(木)にやってきます。

地域によって、お月見のしかたもいろいろですが、
「お月見どろぼう」という面白い風習が行われる地域もあるそうです。

「お月見泥棒」イメージ写真

「お月見どろぼう」とは聞きなれない方も多いと思いますが、
いわば日本版ハロウィンのような行事。
福島県や茨城県、千葉県、東京都の多摩地区、
山梨県、愛知県、三重県、奈良県などの一部で行われているところがあります。

その内容は、軒先や玄関に月見団子やお菓子を置いて
子どもたちが自由に食べたり、
子どもたちが民家を訪ねて住民にお菓子をねだったり、
地域によってやり方は様々です。

ちょっと似ているのが、大阪府岸和田市の風習で、
軒先に吊るされた団子を子どもたちが竹や木の棒で突いて、
もらっては食べるというもの。
ただ、近年ではこどもの安全などの観点から
こうした風習はなくなりつつあるようです。
個人的には、こどもの頃に体験してみたかったなと思います。

・写真:レポドラ日記さん

農業を生業にするということ

リアルな私たちの暮らしのこと。

9月に入り、少し落ち着いた小豆島。
ここしばらく、瀬戸内国際芸術祭や関連するイベントのことばかり書いていたので、
ここでちょっと私たちの暮らしのことを書こうかと。

小豆島に引越してきてから、10か月が経ちました。
気づけば、もうすぐ1年。
あっという間なんだけど、いろいろなことがありすぎて
引っ越してきたのがずっと昔のように感じます。

私たちは、こっちに来てからいわゆる“サラリーマン”をしてません。
自分たちで仕事をつくっていこう、
生きること自体を働くことにしよう、そんな思いで移住。
日々考えながら迷いながら、いまは自分たちが思い描いている生き方を
実現できるよう、ひとつずつ組み立てている感じです。

そのひとつであり、私たちの暮らしのベースでもあるのが「農業」。
引っ越してからすぐに見よう見まねで畑を耕し、
苗を植え、草をむしり、肥料をあげて、収穫。
とにかくやってみています。

今年の春の畑。引っ越してきてすぐ植えた玉ねぎを収穫。(撮影:大塚一歩)

ミントやレモンバームなどのハーブも栽培。

自宅のすぐ横にある畑。

6月からは少しずつ育てた野菜を販売。
旬の野菜を詰めあわせたセットの宅配販売。
マルシェに出店して販売。
島のお店に直接販売。
など、まだまだ本当に小さな売上ですが、いろいろな方法を試しています。

収穫した野菜を何品かのセットにして宅配販売。

島外に向けても、梱包してクール便で発送。

お誕生日プレゼントに旬のお野菜を! ギフトとしてお野菜を贈ってもらえるように。

そういうふうにひとつずつ自分たちでやってみることで、
いろいろなことがリアルにわかってくる。
良いことも悪いことも。

野菜は本当に単価が安い、というのを改めて実感。
それこそ汗水たらして育てたきゅうり3本、200円。
それを1000セット売っても20万円。
経費を引けば、利益は本当に少ない。
価格的にも保存期間的にも生野菜の販売だけでは成り立たない、
ジャムやシロップなどに加工して販売したらどうだろ。
加工する場所、販売の許可が必要じゃないかな。
考えることもやることもてんこ盛り。

高松市内のマルシェに出店。野菜だけでなく野菜を加工したフレッシュジュースも販売。

島外でお野菜を販売する場合、往復のフェリー代だけで結構な経費がかかる。

果たしてこの生き方は成り立つのか。
壮大な挑戦だなとよく思います(笑)。

ここで移住のリアルな話をひとつ。
私たちの暮らしはもちろんまだ赤字です。
移住するまでに貯めた貯蓄を切り崩して生活している状態。
亡くなった祖父の家で暮らしているので家賃ゼロ、それでも日々お金が出ていく。

貯えにも限りがあるわけで。
タイムリミットまでになんとか暮らしを成り立たせねば(笑)。

さて、秋冬野菜の苗作りと収穫に行かないと。

秋冬野菜の苗作り。

ツヤツヤのナス。最近我が家の定番メニューはこのナスの揚げびたし。

マチスタの最後の置き土産

マチスタ閉店から1か月。

マチスタを閉めた翌日、若い登山家の講演を聞きに行った。
あらましいい話だった。締めくくりに、「夢は叶う」と彼は言った。
彼の話を聞いていると、本当に夢が叶うんじゃないかと思えてきたんだけど、
でもそのわりにいまひとつこっちの気分が上がってこない。
そこで、いまのぼくに夢らしきものがないことに思いあたった。
これまでも夢なんてなかったように思う。
そもそも夢ってなんだ? 希望や願望との境界線は? 
去年の夏、タカコさんが貯金していた失業保険のお金で沖縄に行った。
生まれて初めての沖縄は、生まれて初めての家族旅行でもあった。
初日から家族での旅行がこんなに楽しいものかと目から鱗が落ちる思いがした。
いきおい、今帰仁(なきじん)の浜辺でタカコさんとチコリに
「毎年、沖縄に連れて行く!」と約束した。
しかし、その約束は1年目にして早くも破られることになる。
今年、沖縄の代わりとして連れて行ったのは鳥取砂丘だった。
しかも泊まりは鳥取駅前のビジネスホテル(それなりに楽しい旅だったのですが)。
毎年家族旅行で沖縄に行きたい————。さて、これは夢のうちに入るんだろうか?
東京にいた頃、同業の友人のなかにわりと普通にこなしていたのが何人もいたけど。

マチスタを閉めて1か月が経った。
いまもっていろんな人から「おつかれさま」と声をかけられる。
それに対してぼくは、「お世話になりました」とか
「ありがとうございました」とごくごく普通に返している。
この1か月で何度繰り返されたかわからないこのやりとり。
そこに少々の違和感を感じないではいられない。
理由はわかっているのだ。
このやりとりに、まるでマチスタがあたかもぼくが進めたプロジェクトのひとつであり、
しかもわりとスマートにやり遂げたかのようなニュアンスを感じてしまうのである。
万事めでたく、事もなくという感じで。
しかし実際のところは真逆で、ぼくはまさしく事業に失敗したわけだ。
そして、その手の人間にふりかかる現実がやさしいわけがない。

この夏、ヒトミちゃんが会社を辞めた。「辞めた」というと誤解が生じる。
給与の未払いが生じる前に辞めてもらった、それが正しい。
ヒトミちゃんには本当に悪いことをした。
彼女は頭がいいし事情もわかっているから、もちろん責めるようなことはせず、
いつものようにぼくに冗談も言いながら、最後の日まで淡々と仕事をこなした。
ぼくも弁解しなかった。謝りもしなかった。
ただ何事もなかったように日々を過ごし、ひと月はあっという間に過ぎていった。

これはマチスタを閉めるちょっと前のこと。倉敷のクラブに顔を出した。
たぶん3年ぶりだ。
3年も経つと、この手の店は客の顔ぶれががらりと変わるのかもしれない。
見事なまでに見知った顔がなかった。
おかげで友人の定例のイベントというのに、
入った瞬間から頭にあるのは帰るタイミングのことだけ。
明らかに所在無さげだったであろうぼくを見かねて、
オーナーのシミちゃんが近づいて来て声をかけてくれた。
「赤星さん、久しぶりっス。最近どうスか?」
シミちゃんは倉敷に戻ってわりと早いうちにできた友人のひとりだ。
「オレが岡山で店やってるの、知ってる?」
「マチスタでしょ?」
「そう。あの店、もうすぐ閉めるんだ」
「え、マジっスか?」
「マジっス」
「で、どうするんですか?」
「なんにもしないよ、ちゃんと子どもを育てるよ。
最近ようやくわかってきたんだ。
賢いヤツははなから公務員かサラリーマンになってるね。
子どもを育てるにはやっぱり安定した収入があると安心なんだよ。
オレもいまからでも公務員になれないかなんて本気で思ってる」
見ると、シミちゃんはなんともいえない悲しそうな笑みをたたえていた。
「赤星さん、笑えないっスよ」
ひと言そう言って、シミちゃんはその場を去って行った。
このシミちゃんの返しは、不意にチンをかすめたフックだった。
ぼくは何が起こったかわからないまま前のめりに膝を折ってへたり込み、
いまもって立ち上がれないでいる。

冴えない気分が長くつづくときは、これまではギャンブルに没頭した。
あるいはひとりになってひたすらマンガを読むか映画を観つづけるか。
手がかかる子どもがいるうえに親までいる現在の状況では、
到底そんなことはできないし、今回はそうしないことにした。
気持ちのうえで迎撃することに決めたのだ。
そこはかとないわびしさ、むなしさ、やるせなさ。
マチスタを閉めると決めて以来、いまもって次から次に襲ってくるそういった類のもの、
これまで気配がしただけで背を向けて絶対目を合わそうとしなかったそれらの感情に、
今回はカルテを作るがごとく正面から向き合うことにした。
マチスタの最後の置き土産みたいなものだ。
というわけで、ぼくのマチスタはもう少しだけつづく。

児島のオフィス、ブロック塀の際のところで去年にひきつづき今年もテッポウユリが咲いた。コンクリートの側溝に自然とたまった、ほんのわずかな土の上での見事な咲きっぷり。

千葉・やん米

やん米、くいくい。

前回、千葉は南房総にて、[ff_textlink_by_slug slug="tpc-foo-tasty-004"]「太巻き寿司」と「鯵料理」[/ff_textlink_by_slug]を教えて頂きました。
引き続き、まだまだお邪魔しております、真夏の千葉、古民家「ろくすけ」に。
初めて知ったのですが、古民家ってとっても涼しいんですね。
開けっ放しにした縁側から、すーーーっと風が抜けていく。
あんまり気持ちがよくて、畳の上に大の字になって寝そべりたくなる。
そんな気持ちをこらえて、今回は伝統料理「やん米(ごめ)」について伺いました。

初めて耳にする、という方もいらっしゃると思うのですが、私もそのひとりで。
実際目にするまでは、どんな様子のものかまったく想像がつきませんでした。
事前に下調べをと思い、ネットで「やん米」とか「やん米 千葉」と検索してみましたが、
「米やん」という愛称で親しまれた評論家、などがヒットし、実態にたどり着けず。
ならば、しつこく調べるのはやめにして、ここは丸腰でいこう! と当日を迎えました。

そうして、ちゃぶ台の上にある「やん米」らしきものと対面を果たしたわけですが、
これが「やん米」なのか? と判断がつかず。
不思議な、いや、不思議といっては失礼ですが、
完成形なのか? まだ途中の段階なのか?
見た目はパラッと乾燥気味のお赤飯。
ぼたもちとかお饅頭の形状を想像していたので、それとはかなりかけ離れている。
そしてその量がすごい。
これ、何人前!!! という超ド迫力。

「やん米」「やき米」「やーごめ」「えいごめ」など、
地域によってその呼び方もさまざま。
お盆のみならず、田植えどきの晴れの日や、豊作祈願の縁起物としての役割など、
昔から行事食や晴れ食として地域に根づいている。

やん米を作ってくださった鈴木俊子さんに伺ってみた。

テツ「これが、例のその、やん米ですか?」

鈴木「そうですそうです、時間がかかるので作っておきました。
うまくいったかどうか、お口に合うかどうか」

照れくさそうに微笑む鈴木さん。

鈴木「まずは食べてみたら? どうぞどうぞ」

ありがとうございます! 
いっただっきまーす!

「さぁ、召し上がれ~」

「小豆島の顔」プロジェクト、 美しい田園の中に225人の顔を飾る

島の人たちと一緒につくる写真展。

8月末の雨によって、嘘みたいに気候が変わってしまった。
暑くて暑くてひぃひぃ言っていた夏がどこかに行ってしまい、
小豆島はすっかり秋の気配。
あちこちの田んぼで稲刈りが行われています。

先週末で、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏会期も終わりました。
ほっとひと息かと思いきや、すでに10月5日からの秋会期の準備が始まっています。
肥土山(ひとやま)では、秋会期から武蔵野美術大学わらアートチームによる
巨大な「わらアート」が登場。
収穫の終わった稲わらを素材に、巨大オブジェが制作され、
刈り入れ後の田んぼに展示されます。
肥土山の美しい風景の中に展示される、とても楽しみな作品のひとつです。

3年前の瀬戸芸の「わらアート」。秋の空気の中、たくさんの人が田んぼのあぜ道を歩いていた。

田んぼに浮かぶ巨大くじら。

そして、私たちもこの秋に向けて「小豆島の顔」というプロジェクトを進行中。
小豆島の顔」は、小豆島で暮らすおっちゃん、おばちゃんたちのお顔の写真を撮影し、
その写真を小豆島の風景の中に展示するプロジェクト。
写真家のMOTOKOさん、「小豆島カタチラボ」というプロジェクトを展開している
大阪のgraf(グラフ)さん、島の友人たちと一緒に進めています。

「小豆島の顔」プロジェクト。おっちゃんたち本当にかっこいい。

プロジェクトの仲間。肥土山の農村歌舞伎にて。(撮影:MOTOKO)

MOTOKOさんのことは、ある雑誌の記事で知りました。
ただ写真を撮るだけじゃなく、写真を通して社会的な活動をしている写真家。
すごくカッコイイなと思い、Facebookで友だち申請。
そしてそのMOTOKOさんが瀬戸芸の関連で小豆島に来ることを知り、
これは会いたい! と連絡をとったのが始まりで、いろんなことが動き始めました。
実はこのコロカルでの連載も、MOTOKOさんがつながりを作ってくださったもの。

そんなご縁で始まった「小豆島の顔」プロジェクト。
今年に入ってから何度か打ち合わせを行い、7月から本格的に撮影スタート。
醤油蔵が建ち並ぶ馬木(うまき)地区と、田園が広がる肥土山地区を拠点に、
両地区で暮らす合計225人のおっちゃん、おばちゃんのお顔を撮影しました。

馬木地区での撮影。地域の皆さんとワイワイしながら。(撮影:高見知香)

白い布を持ち運んで、あちこちで撮影。(撮影:高見知香)

馬木の皆さんと一緒に。(撮影:高見知香)

肥土山では、事前に日時を決めておいて、公民館や集会所などに集まっていただき撮影。
お茶を飲みながら、ちょっとしたサロンみたいな雰囲気で。
わいわいといろんな話をする中で、
「この写真を遺影にするわー(笑)」
と、半分本気で話すおばちゃんもいるほど。

肥土山での撮影。自治会長さんもモデルとして参加してくれました。

お茶を飲みながら撮影待ち。撮影はとても楽しい時間だった。

本当に元気なおばあちゃんたち。ふたりで漫才してました。ナイスコンビ!(撮影:MOTOKO)

地元の人と一緒に何かをする。
そうやって簡単に書いてしまえるけど、
実はそれはいくつもの段階を経てやっと実現できるもの。
今回も、何度も自治会長さんなどと打ち合わせを重ね、
なんとか225人の撮影をすることができました。

10月からの展示に向けて、ここから1か月間は展示の準備。
展示場所の視察に行ったり、具体的な展示方法をgrafの服部滋樹さんと相談したりして、
少しずつかたちが見えてきました。

展示場所の視察。肥土山地区はこの田園の中に展示したいと計画中。(撮影:MOTOKO)

展示場所候補地。馬木地区にあるひまわりの花畑。馬木の皆さんが大事に育てています。(撮影:高見知香)

grafの服部さんによる展示スケッチ。美しい風景の中に、100人の顔写真が並ぶ。

「小豆島の顔」は、2013年10月5日~11月4日までの30日間、
馬木・肥土山の両地区で展示予定です。
瀬戸芸秋会期と合わせて、小豆島に遊びに来ていただけると嬉しいです。

テッテーテキにミドリ!  寒霞渓でみどり色のクレヨンを作る

豊かな緑をみんなで作る。

小豆島には、日本三大渓谷美のひとつとして知られる
寒霞渓(かんかけい)という渓谷があります。
島で一番高い標高817メートルの星ヶ城山と美しの原高原の間にあり、
大渓谷と海、まち並みを望める景勝地。
とくに、秋の紅葉の季節は山全体が燃えるように染まり、
その色彩の鮮やかさは感動モノ。

先日、この寒霞渓で「テッテーテキにミドリ!」と題したワークショップが行われました。
新緑や夏の緑も、秋に負けないくらい元気いっぱいの寒霞渓。
そんな緑豊かな森を見つめ、自分の好きなみどり色を探して、
その色のクレヨンを作ろう! というワークショップ。

ロープウェイから眺める渓谷の緑。

寒霞渓山頂駅のメイプルという施設でワークショップ。

講師は、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)参加アーティストの吉田夏奈さん。
吉田さんは、2011年に小豆島アーティスト・イン・レジデンスに
参加したことをきっかけに小豆島に移住。
現在は小豆島で暮らしながら作品を制作している作家さんです。

ワークショップの講師は、瀬戸芸アーティストの吉田夏奈さん。

今回の瀬戸芸では、「花寿波島(はなすわじま)の秘密」という作品を
小豆島ふるさと村で展示されています。
瀬戸芸の小豆島・豊島版のポスターやパンフレットにも吉田さんの絵が使われていて、
島のいたるところで彼女の絵を目にします。

吉田さんの作品「花寿波島の秘密」。いろははウニが何個あるか数えてました(笑)。

作品を一生懸命鑑賞する親子。この逆円錐型の内側に美しい景色が広がっている。

吉田さんがクレヨンで描く山や森の絵の中には、ほんとうにいろんなみどり色がある。
普段何気なく見ている緑の山、
実はこんなにたくさんの色でできているんだなと気づかせてくれます。

今回のワークショップは、そんないろんなみどり色を自分たちで作ろうというもの。
窓から見える寒霞渓の緑から、どんなみどり色にしようかイメージ。
用意されたクレヨンから何色か選ぶ。
選んだクレヨンをぽきぽき折って、湯煎にかけてチョコレートみたいに混ぜて溶かす。
それを型に流しこんで、固まればオリジナルのみどり色クレヨンの完成!

クレヨンをぽきぽき折ってアルミケースへ。どんな色になるかな。

湯煎してクレヨンを溶かします。だんだん色が混ざって一色になってくる。

オリジナルの型に流し込んで固まるのを待つ。同じ色を2本作って、1本はお持ち帰り。

微妙に色が違うみどり色のクレヨン。

子どもが楽しめるかなと参加したのに、自分が楽しい(笑)。
ぽきぽき折って、混ぜて、固めて、ひとりで5色制作。
作ったクレヨンで色を塗ってみると、クレヨン自体とは少し違う色になったりして、
これまた面白かった。

そして最後に自分が作った色に名前をつけて、色見本帳を作成。
全2回のワークショップで目標は300色のみどり!
たくさんの面白いみどり色が並んでいました。

自分で作った色に名前をつけて色見本帳を作成。

みんなが作ったみどり色がずらっと並ぶ。

ワークショップ後、寒霞渓の緑の中を散歩。
いろんなみどり色に囲まれた道を5分ほど歩いて、鷹取展望台へ。
あらためて、この場所の緑の豊かさ、自然の豊かさを感じた1日でした。

寒霞渓の緑。真夏だけど、標高が高いので爽やかな風が吹く。

鷹取展望台まで5分ほど歩く。いろんなみどり色のトンネルを抜けて。

鷹取展望台からの景色。渓谷と海とまち並みが見渡せる最高のスポット。

千葉・太巻き

郷土料理を習いに、真夏の千葉へ。

郷土料理が好きです。
母から子へ受け継がれたもの、という温かい空気が落ち着きます。
そうえば、以前友人に連れられて占いに行くと、
「あなたには、伝統、文化、料理、の星があります。それも強いパワーです」
と言われた。

その星というもののせいか否か、郷土料理の世界に強く惹かれるもので、
心の赴くままに、あれやこれや試作しています。
レシピ通りに作って上手くいくものもあるのですが、
中には「ハテ?」という仕上がりのものも。

その一つが千葉の太巻き寿司。
お花の絵柄にトンボやパンダ、そう、あのド派手な太巻きです。
これに出会った時、何ともチャーミングなその姿に、それはそれは胸が高鳴りました。
さっそく作ってみようと巻いてみたのですが、これがなかなか難儀で。
すし飯の量、具の配置がとても難しく、
お花の絵柄になるはずの断面が、ただのマダラな太巻きに。
これは自力ではいかんともし難い……。
ならば、現地に出向いて教えてもらおう! と、リサーチを開始。
すると「千葉自然学校」というNPO法人が目に留まり、電話をしてみた。

電話口に出てくれた女性は千葉自然学校事務局長の遠藤さん。
聞けば遠藤さん、千葉の郷土料理にかなり通じている人物。
千葉全域の郷土料理を研究調査し、ひとつの資料にまとめるなど、
ふるさとの料理を絶やさずに継承していこうと活動されている方なのだ。
なんて運のよいことか、そんな素敵な方に出会ってしまった。
太巻きにまつわる歴史や背景などを丁寧に教えていただいた後、

「私の知り合いで、太巻き作れる方いますよ、作りましょうか?」と。

なーんと有り難いお言葉。
思ってもいなかったこの展開に、胸が躍る。

テツ「ぜひ! お願いします!」

ということで、千葉自然学校の遠藤さんのお力をお借りすることに。

テツ「あの、、、太巻き以外にも何かお願いできません、、か?」

すると、

「鯵がおいしいですよ~、今時期は」

とのご回答。

ア、、、ジ~~~♡

千葉へ、いざ行かん。

東京駅から1時間半、南房総の平久里へ到着。
ここに「ろくすけ」という立派な茅葺き屋根の古民家がある。
目の前に広がる里山の風景ともったりした夏の空気に、体が溶けていく。

ここ「ろくすけ」は、廃屋となっていた築180年の古民家を、
千葉自然学校が整備し再生させた建物。
千葉自然学校は、自然活動を通して、千葉の里山里海を活性化させようと活動している。
この「ろくすけ」もその活動拠点のひとつ。
かつて「里山100選」にも選ばれた、美しい景色が広がるこの平久里地区。
昨今では高齢過疎化が進み、その状況は深刻だそう。
そこで、外部からの人の流れを作り、住民たちとの交流によって
地域を元気にしようと試みている。
例えば、美しいナメ床の川を散策したあと、
この「ろくすけ」に宿泊する体験ツアーなどもあり、
地域の住民たちと共に、たき火や夕食作りが体験できる。

瀬戸芸アーティストと一緒につくろう

作品に触れるだけでなく、みんなでつくる。

夏休みの小豆島、各施設で子ども向けのワークショップが開催されています。
今年の夏は、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の開催期間ということもあり、
瀬戸芸に参加しているアーティストたちによるワークショップもあちこちで。
娘のいろはが通う幼児園でも、夏休みの登園日に
「造形ワークショップ 小豆島の竜をつくろう!」が行われました。

園庭に張られたテントの下で、「造形ワークショップ 小豆島の竜をつくろう!」

このワークショップは、肥土山にある瀬戸芸作品
「猪鹿垣の島」の作家、斎藤正人さんによるもの。
斎藤さんは、岐阜聖徳学園大学の幼児教育学科の講師をされています。
今回は、ゼミ合宿の一環として、将来幼稚園や保育所の先生になることを目指している
斎藤ゼミの学生さんたちがメインでワークショップを行ってくれました。

「猪鹿垣の島」の作家、斎藤正人さん。

最初はお互いに緊張していた斎藤ゼミの学生さんと子どもたち。だんだんと和やかな雰囲気に。

実は、「猪鹿垣の島」は幼児園のすぐ近くにあって、
子どもたちは制作過程から作品を見ています。
全長70メートルの猪鹿垣は、細長い竜のよう。
そこで、今回のワークショップは、みんなで一緒に“なが~い”竜をつくることに。

まずは、長く伸ばしたロール紙に、
絵の具、はけ、ローラー、穴の空いたペットボトルを使ってアクションペイント。
子どもたちは、好きな色を選んで、真っ白な紙に勢い良く色をつけていきました。
大きな紙にいろんな方法で、描いていく。
暑さも忘れ、思い思いに。

暑さを忘れ、思い思いにペイントする子どもたち。

小さい子どもたちも。とても楽しそうに、ローラーをコロコロしながら色をつけていました。

ペットボトルに入った絵の具をマヨネーズみたいに。みんな絵の具だらけ。

そして、後半は、10メートルのビニール袋を膨らませ、
そこに竜のうろこや頭、手足、しっぽを貼りつけていきます。
先ほどペイントしたロール紙でうろこをつくる予定だったのですが、
絵の具を乾かす時間が足りなかったため、事前に用意しておいたうろこをペタペタ。

竜の本体になる赤いビニール袋。膨らませただけで、子どもたちは興奮(笑)。

学生さんと一緒に竜のパーツを貼りつけていきます。

竜の頭の貼りつけは、年長組の子どもたちが担当。

子どもたちの目線からみたら、ロール紙も竜の本体であるビニール袋も
きっととても大きくて長い。
そこに、ペイントしたり、うろこを貼りつけたり。
ふと離れて見てみると、いつのまにか“なが~い”竜だ!

“なが~い”竜の完成! お祭りみたいによいしょ、よいしょっと担ぐ。

島の子どもたちにとって、瀬戸芸の作品に触れる、
アーティストと共に何かをつくるということは、とても貴重な体験。
単純に楽しい! ということも大事だし、
ものをつくる、デザインするということが身近にあるのもいい。
そして何より、いろんなアーティストの人たちに出会うことで、
かっこいいな! と憧れたり、こんな生き方、働き方ができるんだという刺激を受けたり。

豊かな自然の中での経験と、アートやものづくりを通した経験。
子どもたちがそういう幅広い経験をたくさんできる島になるといいなと思います。

竹内まりやが 故郷への想いを綴った唱歌 「愛しきわが出雲」リリース

今年は、出雲大社で60年に一度の「本殿遷座祭」が執り行われた年。
これにちなみ、出雲に生まれ育ったシンガーソングライターの
竹内まりやさんが、故郷への想いを綴った
唱歌「愛しきわが出雲」を出雲市に提供しました。
出雲を舞台に、優しい故郷を詩的に歌い上げる優しいうたです。

作詞作曲は竹内さん、編曲は山下達郎さん、
オーケストラ・アレンジは服部隆之さんという豪華ぶり。
この楽曲を市内の99名の合唱団と竹内さん、  
出雲市出身の岩谷ホタルさんが歌った
音源などを収めたCDが8月10日に発売されました。

このCD製作にあたっては、
CDジャケットのベースとなる作品を公募。
全国各地から多数の応募があり、竹内まりやさんと出雲市にて選考された
作品がジャケットとして使われています。

こちらのCDは出雲市役所、出雲観光協会観光案内所、
道の駅、国民宿舎、書店、ファミリーセンターなど
市内のさまざまな場所で販売されるほか、
ワーナーミュージック・ダイレクトで通信販売も行われています。
地元の歌を一流ミュージシャンが作ってくれるなんてうらやましい
ですね。地元の方も遠方の方も、ぜひ聞いてみてください。

愛しきわが出雲

いま、小豆島で すごい人たちに出会える!

刺激的な人たちに、近い距離で出会う。

先週水曜の朝、島の友人から、
「今日の夜すごい人たちが来るらしいから、坂手に行かない?」
と電話がかかってきた。
何やら、森美術館の館長さんなどが来るらしい。

調べてみると、わぉ! ほんとにすごい。
「小豆島で、海とアートとテクノロジーについて語る」
と題した飲み会&トークイベント。
Creator In Residence「ei」で滞在制作している
クリエイティブユニット「ovaqe」の松倉早星さんと、
醤の郷+坂手港プロジェクト」の一環「未来の学校」プロジェクトを展開する
「ロフトワーク」の林 千晶さんが企画。
そして、スペシャルゲストがほんとにスペシャル!

伊藤穰一さん(MITメディアラボ所長)
南條史生さん(森美術館館長)
松山大耕さん(妙心寺退蔵院副住職)

理屈抜きで行ってみたいと思い、参加することに。

Creator In Residence「ei」の2階にあるスタジオ。夜8時半をまわり、続々と人が集まり始める。

待ちに待ったスペシャルゲスト登場。

小豆島に引越してきて約10か月。
今年は瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)ということもあり、
本当にいろんな人々に出会います。
瀬戸芸に参加しているアーティスト。
島に取材に来ているライターやカメラマン。
瀬戸芸を見に来ているトラベラー。
とにかく、いままで出会わなかったような人たちに出会う機会がとても多い。
そして、何より距離が近い。
遠くから見たじゃなくて、お話をしたり、一緒にご飯を食べたり、
しっかり時間を共有できる。

この日も、とてもゲストとの距離が近かった。
その近さの中で聞けた刺激的なお話。
今回のトークイベントはテーマの幅が広かったので、
皆さんが自由にお話してくださった。
禅について、アーティストとデザイナーの違いについて、
ゲスト同士の繋がりについてなど。

「小豆島で、海とアートとテクノロジーについて語る」と題してトーク。

MITメディアラボ所長の伊藤穰一さん(左)、小豆島町町長・塩田幸雄さん(中)、森美術館館長の南條史生さん(右)。

今回のトークイベントの企画者、ロフトワーク代表の林 千晶さん。ロフトワークはさまざまなクリエイターとのネットワークからウェブ、映像、プロダクトなどを企画・制作する会社。

小豆島で暮らしていて、こんな場に参加できるとは思ってもいなかった。
きっとそのまま名古屋で暮らしていたら、一生出会うことがなかったであろう人たち。
ほんとにワクワクする時間だった。

島は狭く、体験できることも限られている。
外に出なければ、ここでの文化、働き方しか知らずに生きていくことになる。

でも、いまの小豆島はとにかく刺激的で、面白い人たちが外からやって来てくれる。
小豆島にいながら世界に触れることができる。
そういう機会があふれている。

そしてまたとても楽しそうなイベントがあります。
その名も「小豆島建築ミーティング」。
国内の建築家10人ほどが集まって、それぞれの作品やアイディアをプレゼンし、
建築のこれからを考えるイベント。
馬木地区にある瀬戸芸作品「Umaki Camp」で行われます。

8月18日(日)18:30からUmaki Campで行われる「小豆島建築ミーティング」のポスター。

地方で暮らしながら、外の文化に触れ、考える機会があること。
島の人と外の人との出会い。
出会うことによって、そのままでは消えてしまうかもしれない
集落や文化、風景が残り続けるかもしれない。

動き出した地方、小豆島はいまこんな感じです。
瀬戸芸の期間も折り返しとなり、残り約50日。
まだまだ盛り上がりそうです。

新潟県の関川村が作り上げた ギネス級祭「えちごせきかわ 大したもん蛇まつり」

これまでいろいろ珍しいお祭りを紹介してきましたが、
新潟県の関川村で開催されている
「えちごせきかわ大したもん蛇まつり」もかなり珍しいお祭りです。

このお祭りの主役は、メインイベントのパレードに登場する
長さ82.8m、重さ2tの大蛇。
住民が竹とワラで手作りした大蛇を頭上に掲げて、村じゅうを練り歩きます。
あたかも由緒ある伝説のお祭りのようですが、
実は昭和63年に始まった新しいお祭り。
昭和42年8月28日に発生した羽越大水害と、村に伝わる「大里峠」という
大蛇伝説をテーマに作られたものなのです。

なぜこのお祭りが作られたのか?
それは、関川村には各地区のお祭りはあっても、
全村民が参加して楽しむお祭りがなかったから。
そこで地元で結成された「せきかわふるさと塾」が母体となり、
実行委員会が組織されて企画されたのです。

祭りの目的は、関川村の良さを感じて、村に生きることの喜びと自信を持つこと。
大蛇は、竹とワラを材料に、関川村の54集落が分担して胴体を作り、
それらを繋ぎあわせて作ります。まさに村全体が力を合わせて出来るお祭りなんです。

その甲斐あって、2001年6月にはこの大蛇が
「竹とワラでつくられた世界一長い蛇」としてギネス認定を受けました。

お祭りでは、大蛇パレードのほかにも灯篭流し、花火大会、
盆踊り大会、喜っ喜大会(ジャンケン大会)、福まきなどが行われます。
今年の開催は8月23日(金)から25日(日)。
村じゅうが力を合わせて行う手作りのお祭り、
今年はどんなことが行われるのでしょうか?

えちごせきかわ大したもん蛇まつり

大したもん蛇まつりって!?

肥土山農村歌舞伎舞台で台湾の伝統的パントマイム

馴染み深い場所が、新しいイベントの舞台に。

夏の小豆島は、あちこちでお祭りがあります。
各地域ごとに地元の夏祭りや盆踊りがあって、
通りに提灯が飾られたりしていて、それだけでちょっとワクワク。
そして今年は、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)のイベントも
日々行われていて、本当に賑やかな夏です。

今回の瀬戸芸は展示作品だけでなく、
パフォーミングアーツやイベントもたくさん展開されています。
音楽や演劇、ライブペインティングなどさまざま。
イベントの日にちが決まっているため、
タイミングを合わせて行くのはなかなか難しいかもしれないですが、
あえてその日にあわせて瀬戸芸旅行の計画をたてるのもありかなと。

瀬戸芸のパフォーミング・アーツ/イベントプログラムのパンフレット。夏、秋とイベント盛りだくさん。

私たちが暮らす小豆島の肥土山(ひとやま)でも瀬戸芸のイベントが行われています。
先日は、農村歌舞伎や虫送りなど、
この「小豆島日記」にも何かと登場する肥土山農村歌舞伎舞台で、
台湾のアーティストらによる『国境を越えて・海』というイベントがありました。

台湾人アーティスト、リン・シュンロンさんと
「ツァイスー劇団」団長ジョン・チャウさんによるプロジェクト。
彼らの作品、海を漂う植物「ゴバンノアシ(碁盤の脚)」の種を模した巨大な船は、
豊島(てしま)に展示されていて、その豊島からスタートし、
女木島(めぎじま)、大島、小豆島と
野外演劇やパレード、太極拳ワークショップを展開。
台湾と日本の住民が共に参加する活動を通して、人と人の感情の結びつきを築きあげる。

肥土山農村歌舞伎舞台で、『国境を越えて・海』のイベント。

台湾の「ツァイスー劇団」のみなさん。青い生地には瀬戸内の12の島々。

台湾の伝統的パントマイム『老夫老妻』。舞台を飛び出し、観客とも絡みながら。

大道具は農村歌舞伎でも使われているもの。

当日は、地元のおっちゃんおばちゃん、子どもたちも見に来ていました。
肥土山で暮らす人にとって、農村歌舞伎の舞台はとても馴染み深い場所。
普通なら地元の人たちが歌舞伎を演ずる場所で、海外のアーティストたちが
その国の伝統的な演奏やパントマイムをするのを見るのは、とても新鮮で面白かった。
そして嬉しくもあったんじゃないかと思う。
「あの大道具って歌舞伎で実際に使ってるもの?」
「そうそう、奥行きがあってやっぱりいいねえ」
なんて話しながら、楽しみました。

パントマイムの後は、お隣の集落、中山にある同じく台湾のアーティスト、
ワン・ウェンチーさんの作品「小豆島の光」までパレード。
皆で一緒に田んぼのあぜ道や森の中を20分ほど歩きました。
そして、小豆島の光の中で台湾の南管(なんかん)という弦楽器を使った演奏会。
子どもたちも一緒に踊りました。

中山の「小豆島の光」までパレード。田んぼのあぜ道や森の中を歩きます。

ツァイスー劇団団長ジョン・チャウさん(左)と台湾人アーティストのリン・シュンロンさん(右)。

劇団の方と一緒に南管の演奏にあわせて踊るいろは(右)と友だちのはるくん(左)。

肥土山農村歌舞伎舞台での瀬戸芸イベントは、8月16日にもう一度あります。
今度は『キネマと音楽の夕べ in 瀬戸内』と題して、
お盆の農村歌舞伎舞台で夕暮れコンサートと星空の下の無声映画ショー。
アーティストは、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽を演奏している音楽家、
鈴木広志さん、大口俊輔さん、小林武文さんと、活動弁士の坂本頼光さん。

8月16日に肥土山農村歌舞伎で行われるイベント『キネマと音楽の夕べ in 瀬戸内』。

何百年も大事にされ続けている農村歌舞伎舞台で、新しいイベントが繰り広げられている。
瀬戸芸だけでなく、その後もこういう動きがどんどん広がっていくと面白いなと思う。
伝統芸能と新しいアート、日本とアジアの国々、
小さな田舎でいろんな人・ことが交じり合い、ワクワクする時間が生まれています。

高知に伝わる宴会ゲーム 「箸拳」とは? 須崎市で「子ども箸拳大会」

「箸拳(はしけん)」ってご存知ですか?
高知県に伝わる、箸を使って数を当てあうゲームです。
「酒国・土佐」と呼ばれるくらい、老若男女問わずお酒好きが多い
高知の酒文化のひとつで、高知県宿毛市が発祥の地と言われています。

遊び方は、二人向い合って座り、袖元に箸を隠して、
差し出されるお互いの箸の合計数を当てるというシンプルなもの。
ただし、そのゲームに負けたほうはお酒を飲まなければなりません。
高知では段位もあり、毎年10月1日には「箸拳大会」が行われているほど。

この箸拳の伝承を残すため、8月2~4日に開かれる
須崎市の「第55回須崎まつり」において「子ども箸拳大会」が開催されます。
※子どもの場合はお酒はありません
対象は小学生以下、参加は無料。須崎のキャラクター「しんじょう君」と
鍋焼きラーメンのキャラクター「なべラーマン」が拳士役を務めます。
伝承のゲームを残そうとする心意気が素敵です。

子ども箸拳大会

The End of the World

ついに、閉店の日を迎えて。

その寿司店は中目黒の高架下にあった。
カウンターだけの小さな店で、
60歳を過ぎたご主人が奥さんとふたりで30年近く切り盛りしていた。
その店のシステムとして、お酒を飲む飲まないに拘らず、
まず最初に3品ほど酒の肴が出る。
すべてその朝仕入れた魚介類で、煮物が多かったように思う
(春によく出たマテ貝、絶品だったなあ)。
それからの握りもすべてネタはおまかせ。
マグロの漬け、ヒラメの昆布じめ、あなご、カマトロの炙り、芽ネギなどなど、
それぞれ丁寧な仕事がほどこされたこぶりな寿司が約10貫、
タイミングよく出てくる。料金も実に良心的だった。
ご主人の誠実さと寿司への情熱がひしひしと伝わる名店で、
お連れした魚好きの友人・知人は数知れない。
しかし、ある日突然、ご主人から店を閉めると聞かされた。
それから閉店までの約1か月、ほとんど予約がとれない状態が続いた。
やっとの思いでとれた最後の席、
ご主人がいかにも冗談めいた口調で笑いながら言った。
「毎日この半分でも入ってくれていれば、閉めることもなかったんだけどね」
ぼくはといえば気の利いた言葉ひとつ返すこともできず、
笑顔を浮かべるので精一杯だった。
それにしても世の中というのは世知辛い、そして皮肉だ。

マチスタの閉店駆け込みバブルは、週が明けた火曜日から始まった。
のーちゃんの突然の発熱による病欠もあって、
まさに目が回るような思いの1週間だった。
そして迎えた最終営業日の日曜日。
ラッシュは開店の11時とほぼ同時に始まった。
最後だからというので、複数注文したり、帰り際に豆を買ったりして、
客単価が跳ね上がってくれるのは嬉しいんだけど、とにかくやたら忙しい。
午後からは常連のシノちゃんが助っ人に来てくれた。
同じく常連のタナカさんから、
「赤星クンが大変なことになってる、手伝ってやってくれ」
と緊急の連絡が入ったのだと言う。夕方からは甥っ子まで手伝いに来てくれた。
まったく手がすくということがなかった。
Tシャツは汗でぐっしょりだけど、着替える暇がない。
家を出る前に「さて、今日はどれをかけようか」なんて
悠長にセレクトしてきた4枚のCDも、バッグから出すこともままならず、
店内には前日からデッキに入っていた80年代のコンピレーションアルバムが
エンドレスで流れていた。

ようやくひと息つくことができたのは、陽も暮れかかった頃だった。
外の空気を求めてよろよろと店を出ると、
ジローちゃんが歩道のベンチに座ってギターを弾きながら歌っていた。
ジローちゃんはぼくが20代の頃に世田谷の植木屋で働いていたときの先輩の職人。
マチスタの閉店記念イベントは、
ジローちゃんによるレゲエのひとり弾き語りアンプラグド・ナイトだ。
しばらくして店内に場所を移し、
ジローちゃんはオリジナルを交えて15曲ほど歌ってくれた。
歌っている間、ぼくは作業台の内側に立ってアイスコーヒーを淹れていた。
不思議とさっきまでのカラダの重さはなく、疲れているわりに気分も軽かった。
ジローちゃんはアンコールにスキータ・デイヴィスの『The End of the World』を歌った。
愛が終わり、世界は終わっても人は生きなきゃいけないという、
だいたいそんな歌詞の曲だったと思う。
ジローちゃんのお気に入りに違いなく、前回のライブでもこれを歌っていた。
「Don’t they know it’s the end of the world」のフレーズ、
ほんのり切ないメロディとあいまって胸に響く。この夜はとくに滲みた。
ジローちゃん、じんと滲みた。

かくしてマチスタの営業が終了した。時間は夜の12時近く。
宴の名残をほとんどそのままにして消灯、外に出た。
入り口の鍵を閉めて、ガラス越しに暗くなった店内を眺めた。
もうここでぼくがコーヒーを淹れることはない、
お客さんがコーヒーを飲むこともない。
頭をよぎるのは作業台の向こうから見えたお客さんの笑顔だ。
でも、そこで感傷に浸るようなことはなかった。
そして自然と「どうもありがとうございました」と口から出た。
あの中目黒の寿司屋のご主人も、
最後に店を閉めたときはきっとこんな感じだったかもしれない。
じめっとした感じがまったくない。むしろ淡々としているのだ。
淡々として、清々しくて。

マチスタ・コーヒーに一度でも足を運んでくれた人たちには、
この場をかりてありがとうと言いたい。
来ることはできなかったけど、この連載を読んでくれていたり、
あるいは噂に聞いたりして少しでも思いを巡らせていただいた方々にも、
同じようにありがとうと言いたい。心からの、最大級の感謝だ。

そして、自分の責任はこの際すべて棚に上げておいてだ。
マチスタを許容できなかったこの世知辛い世の中には「バカヤロー!」と叫びたい。

(いかにも最終回の雰囲気を漂わせているけど、
この『マチスタ・ラプソディー』、実はもう少しつづく。あと、2回ぐらい?)

ルイジアナから夏休みで一時帰国している甥っ子のショーンも手伝いに来てくれた。この日の助っ人たち、ホント助かった。サンキュウ、みんな!

ジローちゃんのライブ終了直後の光景。ジローちゃんのギター1本のライブで締めくくるなんて、いかにもマチスタらしい最後を演出できたかなと。

深夜の閉店直前の光景。この夜、ぼくのたってのリクエストでDJ.TANAKAが80年代の音楽を実に気の利いたセレクトで回してくれた。サンクス!

滞在型アートスペース「クマグスク」

アートを味わえる、新しいかたちの宿。

昔から観光地の小豆島には、たくさんの宿があります。
リゾートホテル、ロッジ、旅館、民宿、ユースホステルなど
いろいろな種類の宿がありますが、7月20日にまたひとつ面白い宿がオープンしました。
滞在型のアートスペース「kumagusuku クマグスク」です。

クマグスクは、美術家の矢津吉隆さんと井上大輔さんによるプロジェクト。
小豆島の坂手港からすぐの観音寺宿坊を、アートを鑑賞できる滞在施設として改装。
瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏、秋会期のタイミングに合わせ、
2013年7月20日(土)~11月4日(月・祝)までの108日間限定でオープンしています。

屋根越しに坂手港を眺められるクマグスクのテラスにて。クマグスク代表の矢津吉隆さん(右)とたくちゃん(左)。

玄関を抜けて、作品が展示されている浴室へのアプローチ。

美術館やギャラリーで、作品をただ鑑賞するというような従来のかたちではなく、
滞在して美術作品と向き合うことで、より濃厚な“体験”あるいは“経験”として、
深く味わうことができる施設。矢津さんはそんなアートと宿が合体した
「滞在型アートスペース」を作ろうと考えていたそう。
場所を探していたときに、瀬戸芸で小豆島に来ているアーティストたちに話をしたところ、
それなら小豆島で! という話になり、小豆島町や地元自治会とも話し合い、
使われていなかった観音寺の宿坊を改装することに。

この観音寺の立地がこれまた最高で、
坂手港から集落の中の坂を5分ほど登って行くとあります。
お寺の境内からは坂手の集落越しに坂手港を望むことができる。

坂手の集落の中を坂手港から5分ほど歩くと観音寺が見えてくる。

観音寺の境内からの眺め。坂手港を一望。

クマグスクは境内の奥のほうにあり、本堂と白い壁の間を抜けると玄関があります。
作品を鑑賞する人は、玄関からまっすぐ展示室へ。
滞在する人は、中庭横の廊下を抜けて滞在室へ。

本堂と白い壁の間を抜けると、クマグスクの玄関が現れる。

玄関のカウンター。奥に進むと作品が展示されている浴室が。

中庭の横を抜けて滞在室へ。

第1回目の展示は、土屋信子さんの作品。
島で廃棄された廃材を使用した作品で、
なんと浴室(シャワールーム)に展示されています。
普通に鑑賞することもできますが、一般のお客さんがいなくなる17時以降は、
滞在者は脱衣室で服を脱ぎ、裸でシャワーを浴びながら作品を鑑賞できるそう。
これはなかなかできない濃厚な体験(笑)。

この浴室の中に、土屋信子さんの作品が展示されています。

滞在施設は、家族での利用が便利な和室タイプとドミトリータイプの2種類。
15畳の大きな和室を、あえて小さく仕切ってドミトリーに。
一泊5500円で利用できます。

和室タイプの部屋。冷房設備もあり快適。

15畳の大きな和室をあえて仕切ってドミトリータイプに。最大8人滞在可能。

奥の洗面所を抜けるとテラスが。
後ろに洞雲山、屋根越しに坂手港を眺められるロケーション。
作品を裸で鑑賞した後に、ここで一杯やりながら、
あーだこーだと話すのはとても楽しいかも。

洗面所の先に自由に使えるテラスがある。

観音寺本堂とクマグスクのテラス。その向こうに坂手港が広がる。

設備や食事などのサービスが充実した宿を求めるなら、ここはちょっと違う。
でも、面白い体験をしたい、瀬戸芸を思う存分楽しみたいという人には、
もってこいの滞在施設。
新しいかたちの宿であり、新しいかたちのアート作品でもあるクマグスク。
朝から晩まで瀬戸芸を楽しめて、小豆島を深く味わえる、
そんな旅ができそうな場所です。

augment5 Inc 井野英隆さん

地域の生の魅力を、デジタルメディアで伝える。

デジタルコンテンツの制作やメディア事業コンサルティングを手がける
「augment5 Inc(オーギュメントファイブ株式会社)」。
2009年に創業したばかりの小さな会社だが、デザイナーやプログラマーや
ディレクターなど、プロジェクトに応じてメンバーが集まり、
現在オフィスには常に10名前後のスタッフがいるという。
「会社なんですけど、“集団”と言ったほうがいいかもしれないですね」と語るのは、
経営者でありプロデューサーの井野英隆さん。

もともと上場企業を対象にインターネット事業のコンサルティングをしていたが、
クライアントが求めるような短期的な収益モデルをつくって儲けるだけではなく、
長期的に価値を残せるようなモデルをつくりたいと考えていた。
「インターネットはバーチャルだなどと言われますが、実態としては
あらゆる仕事や生活の局面に必要な技術、情報源として根づいています。
インターネットそのものが水道や電気と同じように
ビジネスやライフスタイルのプラットフォームになっただけで、
そこで何かを生産したり、消費しているのも当然、人間ですよね。
ただ、まったく新しい領域なので、
コンテンツ制作者にはもともとプロフェッショナルがいなかったり、
国を超えた競争に巻き込まれるリスクも大きく、プレイヤーの変動も激しい。
だから10年、20年を見据えて、戦略や覚悟をもって取り組む人が
とても少ないように感じていました。
きちんと時間をかけてつくって、それが20年後、30年後、そしてもっと先の未来まで
“いいもの”として残るようなウェブのコンテンツやサービス。
巨大なデータベースを永続的にストックできるという
デジタルの本当の強みはそこにあると思っています」

Kusatsu Oct 26, 2011

2009年に仲間たちとaugment5を立ち上げ、
これまでさまざまなコンテンツを制作してきた。
今年に入り、ディレクターの柘植泰人さんと組んで制作を進めてきた、
日本の地域にある風景を切りとったショートムービーがネットで話題をよんだ。
無駄のない動きで和紙を漉く職人、立ちのぼる温泉の湯気、空、光、緑、人々の笑顔。
何の説明もないが、その場所にあるいいものが映し出され、行ってみたくなる。
そして、日本にはこういう風景がまだ無数に残っているんだろうなということに
気づかされる。

Mino Aug 1, 2012

これらの映像は、クライアントから依頼されてつくったわけではない。
それまでも日本のよさを伝えたいと感じていた井野さんが、
たびたび仕事で海外に行くようになり、よりその想いを強くしたのだという。
「東京にいるとなかなか気づけないですが、特に地方に行くたびに、
素朴な暮らし方、風景、初めて会う人との会話など、
一見ありふれたような部分がとてもいいなと思うんです。
たとえば美濃では、渓流で釣った鮎を、その場で炭をおこし、塩焼きにして食べる。
それがシンプルなのに驚くほどおいしかったりする。
その映像を見た、まったくその地域に関心のなかった若者や、
六本木や浅草を決まったように案内されていた外国人観光客が、
美濃に行ってどうしても鮎の塩焼きを食べたい! と思うかもしれない。
これまでの観光業や地域活性として取り組んできた手法と異なるアプローチをすることで
日本のさまざまな地域の可能性を引き出すことができるかもしれません」

Lake Shikotsu Feb 8, 2012

映像はある紹介記事をきっかけにFacebookなどSNSで話題になり、
150か国以上の人々に閲覧され、記事ページは2万以上の「いいね!」を集めた。
映像を見て旅に出たいと思う人もいれば、
カメラを買って自分も撮影をしてみようと思う人、音楽を気に入って、
このアーティストのライブに行ってみようと思う人もいるかもしれない。
見た人がそれぞれ自由に楽しんでくれればいい。
実際にいろいろな反応が起き、その大多数がポジティブな評価であったことは、
自信になったという。
そして、まだまだ自分たちにできることがあるということも確信した。

「日本の地域って観光業が発展した分、
見えなくなってきたところがたくさんあると思います。
でも日本中どこに行っても、地域で毎日、丁寧にものをつくっている人がいて、
おいしいものもある。過疎化の問題や農業の問題もいろいろありますが、
地域の価値や資源が、あまりうまく伝わっていないんじゃないか。
でもいまのテクノロジーを駆使してできることがまだまだあると思うし、
僕らが発信することで伝わることもあるんじゃないかと思います」

会いたい人に会いに行き、そこで出会った人に、地元で食べるべきものを聞き、
ひとりになりたいときに行く場所を聞いて、連れて行ってもらう。
そんなふうにして、そこでしか生まれ得ないものをすくいとり、映像に落とし込んでいく。
そのあとの編集作業や音楽も、ディレクターの柘植さんを中心に
時間をかけて丁寧に仕上げていく。そのクオリティは、映像を見れば一目瞭然だ。

Kyoto Nov 4-5, 2011

日本のいいところを海外に向けて発信したいと考える井野さんは、
同時に、いかに自分が日本のことを知らないかということも痛感するという。
だから、時間とお金と仲間を見つけては、
今後もこうした地域の映像をつくっていくつもりだ。
「まず自分たちがいちばん楽しんでますからね。
いつもすごくリッチな体験をして帰ってきています」

最後に、これから映像に取り組みたいという人たちに向けて、思いを語ってくれた。
「僕とディレクターの柘植は、10年くらい前からこうした映像を撮り始めていましたが、
いまはデジタル一眼カメラで、プロ顔負けの画質でHD映像を撮ることができます。
これは当たり前の状況ですが、映像をつくりたい人にとって、とても大きなチャンス。
とにかく思いたったら、撮りまくって、WEBにアップする。
そうすると僕らのように必ず反響が返ってきます。
感性の若いうちにどんどん世の中にメッセージを投げ、僕らの映像よりもっといい作品が
日本各地からバンバン出てくるようになるといいですね。
そんな、地域と人とデジタルとの可能性に、いまはとてもワクワクしています」

フォトいばらき 2013年夏季号

茨城県『フォトいばらき』 
発行/茨城県

徳川光圀によって始められ、約250年の歳月を経て完成した大歴史書。徳川光圀が編さんを指示した『大日本史』は、多くの人たちに受け継がれ、明治39年に全てが完成するという、実に壮大な過程を経て完結した歴史書です。これまでの日本の歴史をまとめ上げ、のちの歴史学や幕末の尊王思想にも影響を与えた大歴史書と、その完成を夢見た光圃の思いを解き明かします。

フォトいばらき
http://www.pref.ibaraki.jp/photoiba/

発行日/2013.7

瀬戸内国際芸術祭2013、あつい夏会期始まる

肥土山で展開するふたつの作品。

いよいよ先週末から夏休み。
そして、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏会期が始まりました。
気候的にも気分的にも“あつい”1か月半の始まりです。

今年の瀬戸芸は、春夏秋と3つの会期に分けて開催。
3会期を通して展開される作品やイベントもありますが、
春会期で終わってしまったエリアや作品、逆に夏会期から新たに加わるものもあります。
小豆島での瀬戸芸は、夏会期から新たに福田地区が加わり、各作品もパワーアップ。
夏休みはもともと観光シーズンということもあり、たくさんの人が島を訪れそうです。

まぶしいほどの青い空と緑の田んぼが広がる夏の肥土山地区。

私の暮らす肥土山(ひとやま)地区の夏会期は、
ニューヨーク在住の長澤伸穂さんの「うみのうつわ」と、
岐阜県の大学の先生でもある齋藤正人さんの「猪鹿垣の島」の2作品が展開。
両作品とも春会期からかたちを変え、さらに面白いものになっています。

「うみのうつわ」は、全長約4メートルの大きな船が登場。
ステンレスワイヤーとメッシュでフレームワークが作られ、
タペストリーのように織られた光ファイバーが船体に施されています。
この船、実際にひとりずつ乗れます。
天井から吊るされた船に乗ると、揺り籠のようにゆらゆらとし、
その動きに合わせるかのように光も白から紺碧色へとゆっくりと変化します。

真っ暗な室内に浮かぶ光る船。
海に浮かんでいるような、お母さんのお腹の中にいるような、
そんな不思議な感覚を楽しめます。

船体に施された光ファイバーによって美しく光る「うみのうつわ」。

船のドローイングも展示されています。

アーティストの長澤伸穂さんと。こんなふうに作家さんとの距離が近いことは瀬戸芸の嬉しいところ。

「うみのうつわ」が展示されている旧JA(農業協同組合)の倉庫。

そして、うみのうつわが展示されている旧JA(農業協同組合)の倉庫から
歩いて5分ほどのところにある「猪鹿垣の島」。
小豆島には、約200年前に築かれたとされる猪鹿垣(ししがき)が各地に残っています。
その文字の通り、猪と鹿から畑の農作物を守るために築かれた“山の防波堤”。
当時は全島をほぼ一周する約120キロの猪鹿垣があったそうです。
現在は、崩落したり、ダム建設により消滅したりしていますが、
その復興をねらい、修復をしつつ、道祖神や魔よけを組み入れたり、
陶の作品を展示したりするのが、この「猪鹿垣の島」という作品。

夏会期からは、瓦を使った猪鹿垣が新たに作られています。
この瓦は古い民家の瓦を一軒分すべて使用したそう。
うちの隣の家から、保存されていた瓦が運び出されていました。
こういう地域に眠っている資産を使って作る作品はなんだか嬉しい。

夏会期から新たに作られた瓦を使った猪鹿垣。

田んぼから眺める「猪鹿垣の島」。山と里との境界。

この「猪鹿垣の島」の奥に小さな展望台が作られているのですが、
ここからの風景がとても美しい。
猪鹿垣から集落を眺める。
猪や鹿は、猪鹿垣の山側からこんなふうに集落を見ているのかな。

「猪鹿垣の島」の奥にある展望台から眺める肥土山集落。

「猪鹿垣の島」近くの田んぼのあぜ道を歩く。作品とあわせて肥土山の風景も楽しめる。

夏会期、本当にいろんな意味であついです。
気候的な暑さに対しては十分対策が必要。
外を歩くことが多いので、帽子や日傘などは必須です。
それと、都会のようにすぐコンビニやカフェがあるわけではないので、
水分は常に携行しておいたほうがいいですね。

そして、気分的な熱さ!
こっちについてはテンションあげて、
瀬戸芸夏会期&島の夏を思う存分楽しめればと思います。

テーマパークのような 札幌「真駒内滝野霊園」。 京都・三十三間堂のモアイ像版!

いま北海道を旅している、ラジオパーソナリティの石澤のりこさんから
タレコミ情報を頂きました。

モアイ像といえば、チリ領のイースター島にある巨大な彫刻ですが、
なんと札幌にもあるそうです!

その場所は真駒内にある墓地、滝野霊園。
「三十三モアイ地蔵」として、正面入口に33基のモアイ像が立ち並んでいます。
大きいものは高さ9.5m重さ120tにも及ぶビッグスケール。
京都の三十三間堂とモアイがミックスされたのでしょう。

滝野霊園さんいわく、このモアイ像が建設されたのには
「モアイの「モ」には未来「アイ」には生きるという意味があり、
皆様の生きた証を後世へ永遠に伝承できるように建てられました」
という理由があるそうです。

霊園内には、他にも鎌倉大仏やイギリスの遺跡「ストーンヘンジ」のレプリカがあります。
おもしろテーマパークとしても楽しめそうな霊園なのです。

真駒内滝野霊園

イタコに会える!現世と来世をつなぐ青森県むつ市の「恐山大祭」

青森県の「恐山」で、夏の一大イベント「恐山大祭」が始まりました。
比叡山、高野山とともに日本三大霊山に数えられる恐山。
大祭では三途の川から僧侶たちが
古式ゆかしい駕籠行列を行う「上山式」や、
「大般若祈祷」、「大施餓鬼法要」などの儀式が行われ、
たくさんの人が訪れます。

大祭の中でも一番人気は、死者の霊を呼び起こし、
故人と対話が出来るというご存知「イタコの口寄せ」。
大祭のために、青森じゅうのイタコが恐山に集結します。
境内にはイタコ小屋が立ち並び、ときには5〜6時間の待ち時間もあるとか。
いまでは、恐山においてはこの大祭の時でないとイタコの口寄せが
行われないのだそうです。
恐山大祭、ちょっと気になるお祭りです。

恐山大祭

お父さんとマチスタ

閉店まであと3日——————

わたしの名前はチコリ。としは2歳半、今年の春から保育園に通ってる。
保育園が好きかどうかはちょっと微妙。
先生はすごく好きだし、水遊びとか盆踊りの練習は楽しいんだけど、
わたし、言葉があまりうまくないから。
クラスのほかの子は結構おしゃべりができて、先生ともよくお話ししてる。
でも、わたしはできない。家にいるみたいに話せない。
話しかけられても、いつも黙ってるだけ。
だから、保育園が好きかどうかは微妙で、
ときどきむしょうに行きたくなくなる。今朝がそれだった。
起きてから、わけもなく何回も泣いた。
こんなにアピールしているのに、お母さんは、わたしの頭が臭いと言って、
泣いているわたしを無理にお風呂に入れた。
お風呂のドアの外で、お父さんの「行ってくるね」という声が聞こえたから、
もっと大声で泣いた。
それでもお父さんは行っちゃうし、お母さんといったらさらに容赦ない。
わたしのカラダを洗い終わったと思ったら、
泣きわめいているわたしの頭にシャワー攻撃だ。頭を洗うのいやだ! 
保育園いやだ、もうなにもかもいやだ! 
そのとき、玄関のあたりでがちゃがちゃ音がして、お風呂のドアが開いた。
さっき出かけたはずのお父さんが立っていた。どうしたの、とお母さん。
「チコリの泣き声が100メートル先まで聞こえた」
「………?」
「チコリを連れて行こうか」
「……大丈夫?」
「うん、あと残り1週間だし」
「そうだね」
「チコリ、行くか?」
のどの奥の方がけいれんして苦しい。言葉にならない。
「チコリ、とうと(お父さん)と一緒にマチスタ行くか?」
マチスタ行く! そう答えようとしたけど、また言葉にならなかった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

五十も近くにもなって初めて子どもをもったからだと思う。
どういうわけでこの子が我が子として目の前に存在しているのかを
わりと頻繁に考えていた。
そして考えるたび、なんの答えも出ないままに、
疑問はいつもチコリへの感謝の気持ちにすり替わる。
どういうわけで我が子どもとして目の前に存在しているのかわからないんだけど、
とにかくオレのところに生まれてきてくれてありがとうな、という具合だ。
チコリが1歳3か月のときのことだ。
井原市にあるカフェに行った帰り道、
ぼくは車の後部座席で例の「この子がどういうわけで————」を考えていた。
チコリはぼくの隣でカラダをあずけるようにしてすやすや眠っていた。
そして例のごとく、チコリへの感謝の気持ちにたどり着いたわけだが、
そのときは思わずそのまま口にした。
眠っている1歳のチコリに向かって、
「オレのところに生まれてきてくれてありがとう」と言ったのだ。
それからの数秒の出来事は、現実にそれが起こったのか、
あるいは夢を見ていたのかはっきりとしない。
ぼくの言葉が終わるとほぼ同時だった。
眠っていたはずのチコリがぱっと目を覚ました。
そして、座席の上にすっくと立ち上がったかと思うと、
無言のままぼくのカラダに両腕を回して唇にキスをした。
チコリは唇を離すと、またぼくの隣に腰を下ろし、
さっきまでと同じ姿勢で眠りはじめた。
あれ以来だ、チコリがどういうわけで我が子として存在しているかの理由を
考えるのをやめたのは。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

マチスタには何回も行ったことがあるけど、
お父さんとふたり電車に乗って行くのは初めて。
お父さんは電車が好きなわたしのために、
普段は乗らない路面電車にも乗せてくれた。
マチスタは久しぶりだった。
お父さんは掃除が終わってしばらくして、アイスココアをつくってくれた。
お父さん、こぼすなよとか、ちゃんと両手でとか、いちいちうるさい。
あんまりうるさいものだから緊張してココアをこぼした。
でも大丈夫、デイパックに着替えが入ってるから。
新しいワンピースに着替えたら、お父さんといつものマチスタごっこ。
レジの前に座るのはわたし。家にあるおもちゃのレジより断然こっちの方がいい。
キーをたたいても音は出ないし、お金も出てこないけど、
やっぱり本物は気分があがる。
お父さんは、なんだかなあといつものようにつぶやきながらも、
いつものようにお客さん役をやってくれた。
「じゃあ、マチスタブレンドをひとつと、バナナジュースをください。
あ、バナナジュースはテイクアウトでお願いします」
「はーい!」
「それから、深煎りの豆を100グラム、豆のままでいいです」
「はーい!」
今日はお昼までマチスタにいたけど、お客さんがほとんど来なかった。
正確にいうとふたりだけ。
でも、お父さんは迎えに来たお母さんに「かえってよかった」と言っていた。
どういう意味か、わたしにはわからない。
お父さん、今度はいつマチスタに連れていってくれるかな。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

マチスタ閉店の日まであと3日。
この日曜日に裏のおばあちゃんの家に行って閉店を伝えたら、
「さびしくなるじゃないの」と言われた。

岡電の路面電車に乗ってマチスタまで。電車は見るのも好きだけど、乗るのはもっと好き。

本物のレジはやっぱりいい。この場所に座ったらいつも30分は動かない。しまいにはお父さんが「お願いします!」と言って懇願する。

お父さんがエプロンをしてくれた。「コーヒー屋のエプロンはやっぱり黒だ!」と言うお父さんはいつも白のエプロンをしてる。

栃木県宇都宮市にもシェアハウスブーム到来?釜川エリアのリビング「KAMAGAWA LIVING」

新しいスタイルとして東京を中心とした都市圏で定着しつつある、
仲間と住居をシェアする「シェアハウス」。

このたび、栃木県宇都宮市の釜川エリアにあたらしい
シェアハウス「KAMAGAWA LIVING」が誕生します。

シェアハウスでは、リビング、キッチン、バス・トイレなど
を共用し、各々の個室があるのが基本のスタイル。
仲間と一緒に料理をしたり、映画を見るなど楽しい時間を過ごすのと、
プライベートに過ごせる個人の部屋があり、
一人暮らしより住居費も抑えられるのがシェアハウスのいいところです。

「KAMAGAWA LIVING」には、約60帖ものリビングがあります。
釜川エリアのリビングの様に人が集まる場所にしたいという想いが
込められているそうです。入居の詳細については
下記Webサイトをご参照ください。

KAMAGAWA LIVING

太古の自然が残る、 北海道鹿追町の湖畔に出現。 なかなか見られない唇山とは?

北海道の真ん中にある、鹿追町(しかおいちょう)。

日本一広い十勝平野を一望し、
森と湖や珍しい動植物を擁する北欧風の環境のまちです。
この鹿追町には、原生林におおわれた幻想的な「然別湖」があるのですが、
稀に湖上に唇山(くちびるやま)と呼ばれる
湖のシンボルが出現することがあります。

唇山が出現するのは、然別湖がまったく無風になり、
湖の表面にさざなみが立たない時だけ。
湖の東にある天望山の姿とその影が映しだされて、
セクシーなくちびるが現れ、その姿が唇山と呼ばれているのです。

冬は湖が凍ってしまうので見ることはできず、
なかなかレアな出現度となっております。

然別湖

写真:総支配人の部屋さん

瀬戸内国際芸術祭2013、 いよいよ夏会期

新しく動き出す福田地区。

梅雨明けして、夏真っ盛りの小豆島。
照りつける太陽の陽射し、止まらない汗、セミの鳴き声、まさに夏(笑)。
本当に暑い日が続いています。

そして今週末7月20日(土)から、いよいよ
瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏会期。
開幕直前の小豆島では、会場や作品の準備が各地で行われています。

小豆島には、夏会期から新たに加わるエリアがあります。
島の北東にある「福田(ふくだ)地区」。
人口約900人ほどの海に面する集落で、福田港という港があり、
本州の姫路とを結ぶフェリーが往来しています。
かつては石の産地として栄えていたそうです。
この福田も人口の減少により、4年前の2009年3月に
地元の福田小学校が廃校になりました。

海に面する福田地区。そしてすぐ後ろに山々。

道の向こうに海。こういう風景があちらこちらに。

集落の中にある葺田八幡神社の鳥居。

今回、その旧福田小学校も瀬戸芸の舞台となります。
今も毎日授業が行われているかのごとく、そのままの状態の教室、体育館。
隣には葺田(ふきた)八幡神社があり、そして周囲は力強い岩肌の山々。
視察に来られた北川フラム総合ディレターと福武總一郎総合プロデューサーは、
旧福田小学校を「福武ハウス」の場所として即断されたそうです。

葺田八幡神社。背後には山々がそびえ立つ。

校舎から眺める風景。子どもたちにとっては当たり前だったのだろうな。

そのまんまの教室。各教室内に作家さんたちのアートが展開されます。

音楽室。当時の楽器たちがそのまま置かれていました。

既存の状態をかなり残した校舎と体育館が、会期中は福武ハウスとなるそうです。
香港、韓国、タイ、シンガポール、インドネシア、オーストラリアなどの
アジアのアーティストさんたちが、各教室で作品を展開。
壁にはかつての張り紙が残されたまま。
そこに新たなアートが入り込んできて、小学校が再び動き出したような感じ。
すごく懐かしくて、でも新しくて楽しい。

Wei Lin Yangさん(台湾)の作品は、石などをみがく布を使ったオブジェ。

校舎エントランスから音楽室までの壁に絵を描くBo Lawさん(香港)。

陳斯恩さん(中央、シンガポール)と小豆島町の瀬戸芸担当の皆さん。皆で一緒に作品を作ります。

校舎のエントランスのオブジェ。西沢立衛さんの設計。

そして体育館と葺田八幡神社境内との間に新たにできる「葺田パヴィリオン」。
豊島美術館を設計された建築家、西沢立衛さんが設計。
何本もの大木が生えるその場所は、木陰と吹き抜ける風がとても心地良い。
その木々の間に大きな2枚の鉄の板が設置され、
その間にできる空間がカフェ(レストラン)スペースとなる予定。
このパヴィリオン横の屋外と体育館で、アジア参加国の料理が提供されるそう。

西沢立衛さん設計の「葺田パヴィリオン」。まるで船のよう。

大木に囲まれたこの場所は、木陰と風がとても気持ちいい。

福田地区は、小豆島町からも土庄町からも
中心地から少し離れた場所(車で30~40分)にあるため、
島に住んでいてもなかなか足を運ぶ機会がない。
でもこれからは少し変わりそう。
この福武ハウスや葺田パヴィリオンは、瀬戸芸期間中だけでなく、
その後も存在し続け、地元の自治会を中心に運用されていくそう。
7月20日から始まる瀬戸芸で盛り上がることは間違いなさそうだけど、
その後も含めて福田がどんな場所になっていくのかとても楽しみです。