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The End of the World

マチスタ・ラプソディー
vol.049

posted:2013.7.29   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

ついに、閉店の日を迎えて。

その寿司店は中目黒の高架下にあった。
カウンターだけの小さな店で、
60歳を過ぎたご主人が奥さんとふたりで30年近く切り盛りしていた。
その店のシステムとして、お酒を飲む飲まないに拘らず、
まず最初に3品ほど酒の肴が出る。
すべてその朝仕入れた魚介類で、煮物が多かったように思う
(春によく出たマテ貝、絶品だったなあ)。
それからの握りもすべてネタはおまかせ。
マグロの漬け、ヒラメの昆布じめ、あなご、カマトロの炙り、芽ネギなどなど、
それぞれ丁寧な仕事がほどこされたこぶりな寿司が約10貫、
タイミングよく出てくる。料金も実に良心的だった。
ご主人の誠実さと寿司への情熱がひしひしと伝わる名店で、
お連れした魚好きの友人・知人は数知れない。
しかし、ある日突然、ご主人から店を閉めると聞かされた。
それから閉店までの約1か月、ほとんど予約がとれない状態が続いた。
やっとの思いでとれた最後の席、
ご主人がいかにも冗談めいた口調で笑いながら言った。
「毎日この半分でも入ってくれていれば、閉めることもなかったんだけどね」
ぼくはといえば気の利いた言葉ひとつ返すこともできず、
笑顔を浮かべるので精一杯だった。
それにしても世の中というのは世知辛い、そして皮肉だ。

マチスタの閉店駆け込みバブルは、週が明けた火曜日から始まった。
のーちゃんの突然の発熱による病欠もあって、
まさに目が回るような思いの1週間だった。
そして迎えた最終営業日の日曜日。
ラッシュは開店の11時とほぼ同時に始まった。
最後だからというので、複数注文したり、帰り際に豆を買ったりして、
客単価が跳ね上がってくれるのは嬉しいんだけど、とにかくやたら忙しい。
午後からは常連のシノちゃんが助っ人に来てくれた。
同じく常連のタナカさんから、
「赤星クンが大変なことになってる、手伝ってやってくれ」
と緊急の連絡が入ったのだと言う。夕方からは甥っ子まで手伝いに来てくれた。
まったく手がすくということがなかった。
Tシャツは汗でぐっしょりだけど、着替える暇がない。
家を出る前に「さて、今日はどれをかけようか」なんて
悠長にセレクトしてきた4枚のCDも、バッグから出すこともままならず、
店内には前日からデッキに入っていた80年代のコンピレーションアルバムが
エンドレスで流れていた。

ようやくひと息つくことができたのは、陽も暮れかかった頃だった。
外の空気を求めてよろよろと店を出ると、
ジローちゃんが歩道のベンチに座ってギターを弾きながら歌っていた。
ジローちゃんはぼくが20代の頃に世田谷の植木屋で働いていたときの先輩の職人。
マチスタの閉店記念イベントは、
ジローちゃんによるレゲエのひとり弾き語りアンプラグド・ナイトだ。
しばらくして店内に場所を移し、
ジローちゃんはオリジナルを交えて15曲ほど歌ってくれた。
歌っている間、ぼくは作業台の内側に立ってアイスコーヒーを淹れていた。
不思議とさっきまでのカラダの重さはなく、疲れているわりに気分も軽かった。
ジローちゃんはアンコールにスキータ・デイヴィスの『The End of the World』を歌った。
愛が終わり、世界は終わっても人は生きなきゃいけないという、
だいたいそんな歌詞の曲だったと思う。
ジローちゃんのお気に入りに違いなく、前回のライブでもこれを歌っていた。
「Don’t they know it’s the end of the world」のフレーズ、
ほんのり切ないメロディとあいまって胸に響く。この夜はとくに滲みた。
ジローちゃん、じんと滲みた。

かくしてマチスタの営業が終了した。時間は夜の12時近く。
宴の名残をほとんどそのままにして消灯、外に出た。
入り口の鍵を閉めて、ガラス越しに暗くなった店内を眺めた。
もうここでぼくがコーヒーを淹れることはない、
お客さんがコーヒーを飲むこともない。
頭をよぎるのは作業台の向こうから見えたお客さんの笑顔だ。
でも、そこで感傷に浸るようなことはなかった。
そして自然と「どうもありがとうございました」と口から出た。
あの中目黒の寿司屋のご主人も、
最後に店を閉めたときはきっとこんな感じだったかもしれない。
じめっとした感じがまったくない。むしろ淡々としているのだ。
淡々として、清々しくて。

マチスタ・コーヒーに一度でも足を運んでくれた人たちには、
この場をかりてありがとうと言いたい。
来ることはできなかったけど、この連載を読んでくれていたり、
あるいは噂に聞いたりして少しでも思いを巡らせていただいた方々にも、
同じようにありがとうと言いたい。心からの、最大級の感謝だ。

そして、自分の責任はこの際すべて棚に上げておいてだ。
マチスタを許容できなかったこの世知辛い世の中には「バカヤロー!」と叫びたい。

(いかにも最終回の雰囲気を漂わせているけど、
この『マチスタ・ラプソディー』、実はもう少しつづく。あと、2回ぐらい?)

ルイジアナから夏休みで一時帰国している甥っ子のショーンも手伝いに来てくれた。この日の助っ人たち、ホント助かった。サンキュウ、みんな!

ジローちゃんのライブ終了直後の光景。ジローちゃんのギター1本のライブで締めくくるなんて、いかにもマチスタらしい最後を演出できたかなと。

深夜の閉店直前の光景。この夜、ぼくのたってのリクエストでDJ.TANAKAが80年代の音楽を実に気の利いたセレクトで回してくれた。サンクス!

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)
※7/21をもって閉店

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