〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Yamaguchi
山口徹花
やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
郷土料理が好きです。
母から子へ受け継がれたもの、という温かい空気が落ち着きます。
そうえば、以前友人に連れられて占いに行くと、
「あなたには、伝統、文化、料理、の星があります。それも強いパワーです」
と言われた。
その星というもののせいか否か、郷土料理の世界に強く惹かれるもので、
心の赴くままに、あれやこれや試作しています。
レシピ通りに作って上手くいくものもあるのですが、
中には「ハテ?」という仕上がりのものも。
その一つが千葉の太巻き寿司。
お花の絵柄にトンボやパンダ、そう、あのド派手な太巻きです。
これに出会った時、何ともチャーミングなその姿に、それはそれは胸が高鳴りました。
さっそく作ってみようと巻いてみたのですが、これがなかなか難儀で。
すし飯の量、具の配置がとても難しく、
お花の絵柄になるはずの断面が、ただのマダラな太巻きに。
これは自力ではいかんともし難い……。
ならば、現地に出向いて教えてもらおう! と、リサーチを開始。
すると「千葉自然学校」というNPO法人が目に留まり、電話をしてみた。
電話口に出てくれた女性は千葉自然学校事務局長の遠藤さん。
聞けば遠藤さん、千葉の郷土料理にかなり通じている人物。
千葉全域の郷土料理を研究調査し、ひとつの資料にまとめるなど、
ふるさとの料理を絶やさずに継承していこうと活動されている方なのだ。
なんて運のよいことか、そんな素敵な方に出会ってしまった。
太巻きにまつわる歴史や背景などを丁寧に教えていただいた後、
「私の知り合いで、太巻き作れる方いますよ、作りましょうか?」と。
なーんと有り難いお言葉。
思ってもいなかったこの展開に、胸が躍る。
テツ「ぜひ! お願いします!」
ということで、千葉自然学校の遠藤さんのお力をお借りすることに。
テツ「あの、、、太巻き以外にも何かお願いできません、、か?」
すると、
「鯵がおいしいですよ~、今時期は」
とのご回答。
ア、、、ジ~~~♡
千葉へ、いざ行かん。
東京駅から1時間半、南房総の平久里へ到着。
ここに「ろくすけ」という立派な茅葺き屋根の古民家がある。
目の前に広がる里山の風景ともったりした夏の空気に、体が溶けていく。
ここ「ろくすけ」は、廃屋となっていた築180年の古民家を、
千葉自然学校が整備し再生させた建物。
千葉自然学校は、自然活動を通して、千葉の里山里海を活性化させようと活動している。
この「ろくすけ」もその活動拠点のひとつ。
かつて「里山100選」にも選ばれた、美しい景色が広がるこの平久里地区。
昨今では高齢過疎化が進み、その状況は深刻だそう。
そこで、外部からの人の流れを作り、住民たちとの交流によって
地域を元気にしようと試みている。
例えば、美しいナメ床の川を散策したあと、
この「ろくすけ」に宿泊する体験ツアーなどもあり、
地域の住民たちと共に、たき火や夕食作りが体験できる。
Page 2
ガラリと戸を開け、
「こんにちは~、はじめまして~」
遠藤さんのほかに、3人の方が出迎えてくれた。
笑顔のお出迎えに、ほっと胸を撫で下ろす。
ちゃぶ台を囲みながら一服。
電話で話した時の印象通り、スマートな大人の女性。
天然石のアクセサリーがお洒落な遠藤さん。
エキゾチックなお顔立ちに、派手なエプロンがよくお似合い、
鈴木さんの持っているおおらかな空気が、場を和ませてくれる。
つやっとした健康美肌と、
パッと花が咲いたような笑顔で周囲を照らしてくれる、黒川さん。
てきぱきとした動きに、ゆっくりとしたしゃべり方、
この方に委ねておけば大丈夫、頼もしい吉野さん。
古民家が醸し出す「おばあちゃんの家」感のせいか、のんびりとした空気が流れる。
太巻き寿司についていろいろと聞いてみた。
テツ「どんな時に食べていたんですか?」
黒川「昔は重箱に詰めて、学芸会に持って行ったりしたよね」
鈴木「そうそう、重箱のぞき合ってね、みんなで分け合って食べたりしてね、
おいしい、おいしいってね」
黒川「私らが小さい頃は、チューリップぐらいしかなかったよねぇ」
吉野「うん、チューリップはよく作ってくれたねー、あれは簡単だから」
ここで、太巻き寿司の歩みを少々。
太巻き寿司の歴史は400年とも言われています。
その始まりには諸説あり、
おむすびだけでは物足りないと、ずいきの煮付けを芯にして
海苔で巻いたというのがその一説。
これに模様をつけ始め、まずはチューリップなどの簡単な模様が構築されていったそう。
冠婚葬祭のごちそうとして昔から欠かすことのできない太巻き寿司だったが、
戦後、巻き手が少なくなり、その技が消えそうになっていた。
そこで立ち上がったのが農家の女性たち。
この自慢の伝統料理を、きちんと後世に受け継いでいきたいと
「太巻き寿司研究会」を発足。
婦人会や講習会などを開き、太巻き寿司の技を伝授していった。
そうしてまた、太巻き寿司が千葉全域に普及されていき、ふるさとの味として定着した。
時代とともに使用する材料や模様なども変化。
現在、その模様の数は200種類以上ともいわれていて、
今なお、新たな模様が次々と生まれている。
テツ「自分で作ってみたんですけど、ひどい仕上がりで」
吉野「慣れれば大丈夫! できます!できます!」
と、歯切れの良い黒川さんのかけ声とともに、調理スタート。
今回教えていただくのは、夏の風物詩「ひまわり」。
まずは、すし飯の炊き方から。
★すし飯
材料 お米:2合 米酢:50ml 砂糖:大さじ1 塩:小さじ1
1. お米2合を研ぎ、昆布と酒少々を入れ、少なめの水加減で炊く。
2. すし酢の材料を合わせ、鍋で一度煮立たせてから冷ましておく。
3. 炊きあがったお米にすし酢を回しかけ、練らないように大きく混ぜ、冷ます。
すし飯ができたら、いよいよ太巻きづくり。
★太巻き
材料
すし飯(白):200g
すし飯(ピンク):80g 桜でんぶで、もしくは梅酢で色づけ。
すし飯(黄):270g ゆで卵の黄身2個分を細かくし、すし飯に混ぜる。
卵焼き:1枚(卵:5個 砂糖:大さじ2 酒・塩:少々 ※海苔でも代用可能)
干瓢:1本 塩でもみ、流水で洗う。鍋に干瓢とかぶるくらいの水を入れ、柔らかく煮えたら一度水洗いし、水、砂糖、塩で煮る。
きゅうり:1/4本 縦半分に切り、塩で板ずりしたら水気を拭き取る。
海苔:2枚
お次は鯵と参りましょう。
今が旬の鯵、これを3段活用していただく。
「たたき→なめろう→さんが焼き」。
さばき方から教わります。
あまりの手際のよさに、撮影が追いつかない。
テツ「すみません! あの、早すぎて、あの、」
吉野「はははー! 慣れてると早いよね~」
テツ「魚をさばいて、かれこれ何年ですか?」
黒川「えーーー、何年だろ?
や、そんなでもないですよ、お嫁に来てからだから、ふふっ。
嫁に来る前は、箸より重いもん持ったことなかったからねーーー、あははー!」
雑談を楽しみながらも、調理は手際よく進んでいく。
★鯵のたたき・なめろう・さんが焼き
材料
鯵:各料理2尾
味噌:適量 生姜:適量(みじん切り) 長ネギ:適量(みじん切り)
大葉:みじん切り適量(タタキ・なめろう用)
大葉:10枚(さんが焼き用 ※お好みで)
恵まれた漁場が広がる千葉では、鯵を始めたくさんの魚が豊富に採れる。
それをまず、お刺身やたたきでいただく。
翌日になると、焼いたり、お酢に漬けたりなどの工夫をこらしてさらに楽しむ。
黒川「捨てるのはもったいないもんね、もったいない料理だよねー」
「もったいない料理」なんかいいな、その感じ。
先日取材した世田谷の農家さんも口にしていた、もったいない料理。
ブロッコリーを収穫する際に、茎の部分がかなり大量に破棄されてしまう。
それをもったいないので酢漬けにしていただくとか。
「もったいない料理」
いいな、そのスピリット、一冊作れそうだな、なんて。
ではでは、食卓を囲みましょう。
太巻きどーん、鯵がツヤツヤ、素敵すぎるこの景色。
では、全員で、「いただきまーす!」
まずは鯵のたたきから。
ブリブリの鯵がゴロゴロ、たっぷりめの大葉と生姜が爽やか。
全身に海が広がる~。
続いてなめろう。
トゥルンとした舌触りが滑らでうまい!
お酒にはたたきよりも断然こちら、チビチビとつまみながら冷えた日本酒をぜひ。
3段目、さんが焼き。
「お弁当にいいよね!」というお味。
ギュッと凝縮された鯵の旨味、これ美味しい~。
そして、太巻きを、
「いっただっきまーす」
厚めの卵焼きがどっしり、お米がぎっしり、見た目に違わぬずっしり感。
ときどきあたる、キュウリや干瓢の変化が楽しく、卵と相まって美味しい。
太巻き、美味しくて楽しい、幸せを運んでくれる食べ物だ。
ただ、かなり満腹指数高め。
女性は1人1個、男性でも2個かな~、というところ。
鈴木「もっと食べなさい、遠慮しないで、どうぞ! どうぞ!」
太巻きを2個いただき、鯵もたんまり。
「あ~~~~、千葉に来てよかった~~」
帰宅後、自力で作ってみました。
……ひまわりには見えないけれど、花には見える?
一歩前進、でしょうか。
次回は千葉伝統料理「やん米」をお届けします。
Information
自然の宿 くすの木
Feature 特集記事&おすすめ記事