〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
前回の出張以来、すっかり山形ファンになってしまった。
銀座にある山形アンテナショップ「おいしい山形プラザ」に立ち寄り、
からから煎餅や、ずんだ餅など、あれやこれやと物色。
ふと、以前行ったことのある山形料理屋が近くにあったことを思い出し、立ち寄ってみた。
銀座一丁目にある「おば古」。
日替わりランチを注文する。
まず出されるのが、名物「むき蕎麦」。
そばの実をむいて茹でたものに、ダシ汁をかけて食べる酒田地方の郷土料理。
プチプチの蕎麦の実と、ひんやり冷たいだしが心地よく、癖になる美味しさ。
その後、焼き魚をメインとした定食が運ばれて来る。
量、質、ともに充実の内容。
建物が古いためか、ほの暗い店内は妙に居心地が良い。
店を切り盛りしている女将さん、糊のぴしっと利いた真っ白い割烹着をまとい、
テキパキと持ち場をこなす。
壁にかかっているメニューに目を通すと、聞いたことのない名前がずらり。
きもと? 田毎むし? べんけいめし?
山形郷土料理、どうやら奥が深そう。
そこで女将さんにお願いをしてみた。
「山形料理のことや、もし思い出の郷土料理などあれば伺えないでしょうか」
女将さん、「はい」とひと言、承諾してくれた。
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後日、改めて話を伺いに出かけた。
暖簾をくぐり、玄関を開けると、女将さんが笑顔で出迎えてくれた。
このお店を始めたのは、女将さんのご両親。
昭和27年、山形から東京に上京したご両親が開業した。
お店の切り盛りで忙しかったご両親に代わり、おばあちゃんが女将さんを育ててくれた。
そのおばあちゃん、明治生まれでとっても粋な女性だったそう。
ぴしっとした着物姿に、キュッと結った三つ編みがトレードマーク。
「男性と食事するときのために」と、
小学生の女将さんに、ナイフとフォークの使い方を伝授してくれた。
食事のマナー、挨拶など、しつけにはとても厳しかったおばあちゃん。
「こんなに厳しいおばあちゃんが世の中にいるんだ~っ、ていうくらい厳しかったよね~。
でも、そう、その反面、絶対的な優しさと包容力があったな~」
おばあちゃんの話になると、女将さんの表情がゆるみ、ほわっと笑みがこぼれた。
そのおばあちゃんが、毎日欠かさず作ってくれたのが「弁慶飯」。
山形庄内地方の郷土料理で、おにぎりに味噌をつけ焼いたもの。
学校から帰ると、いつもちゃぶ台の上に用意してあったという、女将さんの思い出の味。
「外では泣いちゃいけない!」と教えを受けていた女将さん、
どんなに辛いことがあっても、涙をぐっとこらえて帰宅した。
そんな小さい女将さんを、玄関でいつもおばあちゃんが迎えてくれた。
「ただいまー」と言ったとたん、こらえていた涙がバァっと一気に流れ落ちる。
ちゃぶ台を囲み、弁慶飯を頬ばりながら、さらに涙がこぼれる。
おばあちゃんは何を言うでもなく、ただ横に座り頷いていてくれた。
「もう、食べながら泣きながら食べながらで(笑)
祖母はただただ、聞いてくれてたよね~」
そんな思い出を語る女将さんの目に、涙が浮かんでいた。
とてつもなく温かく、深く、大切な思い出。
涙の温度が、じんと伝わってくる。
そのおばあちゃんを一目拝見したいと、写真を見せていただけないかお願いしてみた。
すると女将さん、
「うん、ダメ」
「うん、誰にも見せないの」
おどけたように、柔らかく微笑む。
女将さんも4人のお子さんを育て上げた。
子育ての上で肝に銘じていたことがあるそう。
「子どもが帰って来るときは必ず家にいて、“お帰んなさい”って言ってあげること。
ひとりで食事を食べさせない、必ずそばについていること」
それは、女将さんがおばあちゃんにしてもらった大切なこと。
「自分にとって、欠かせないことだったんでしょうね、
だから私も子どもたちにしてあげたいって思ったのかな」
「おばあちゃんから受け継いだものって、何か残っていますか?」
という問いに、
「うーん、全部かな。
ことあるごとに思い出すのよね、あのときこうしてたな~とかね。
そういうことが私に脈々と受け継がれてるからね、全部かもね」
清々しい表情で答える女将さん、その姿がとっても粋だった。
撮影終了後、
女将「弁慶飯、食べてみたら?」
テツ「はい! そのつもりでお腹を空かせて来ました」
カリッと香ばしく、優しい甘みがほわっと拡がる。
うーーーん、美味しい。
女将「味噌とご飯、これはやっぱし、ほっとする日本の味だよねー」
★弁慶飯とは
由来については諸説あり、その中の一説。
「奥州平泉へ逃げていた義経と弁慶が、食糧調達に困っていた。
それを見た村人が、味噌をつけておにぎりを渡してあげたのがその呼び名」
地域によって、青菜で巻いたりもする(鶴岡など)。
参考「i山形」
★弁慶飯の作り方
1. 熱々のご飯でおにぎりを作る。
2. 熱した焼き網で一度焼く。
3. だし汁で溶いた合わせ味噌を塗り、再度焼く。
味噌が乾いてきたら網から上げる。
出来上がり。
Information
おば古
住所:東京都中央区銀座1-4-10
TEL:03-3561-6466
営業時間:11:30 ~ 14:00、17:00 ~ 22:30 (土曜 12:00 ~ 14:30、17:00 ~ 21:00)
定休日:日曜休
ランチ 1500円(おかず5品、ご飯、みそ汁、香の物)
夜のコース 3500円~(一階席のみ)、座敷個室1万円~
弁慶飯 700円(夜のみ)
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