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山形・想耕庵 その2

美味しいアルバム
vol.002

posted:2013.4.19   from:山形県上山市  genre:暮らしと移住 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。

text & photograph

Tetsuka Yamaguchi
山口徹花

やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。

朝ごはん、だけのつもりが。

迎えた翌朝。
窓の外を見ると、あたり一面すっぽりと雪に覆われている。
これぞ雪国! という景色。
足下が悪いので、山形駅からタクシーで向かうことにした。
山形の朝食、いざ行かん。

山形駅からタクシーで20分ほど。道中、期待と不安が入り交じる。

「どんな朝ごはんが食べられるのかな、ワクワク」

「昨日はOKしてくれたけれど、今日になって面倒に思っているのではないかな……」

「勢いでお願いしてしまったけれど、厚かましいよな〜」

ぶつぶつ……。
20分ほどで到着。
タクシーから降りると、ご主人が玄関先で出迎えてくれた。

— 7:40 —

「おはようございます!」

「あ、どおも~」

丁寧なお辞儀と、微笑を少し。
終止柔らかい口調のご主人、どうやら歓迎ムード、よかった。

「こちらにどうぞ」

居間に通していただいた。

正面にどんと据えられたテレビからは、NHKニュースが流れている。
やかんからの湯気と、雪に反射した柔らかい日差しとが相まって、
部屋の中はなんだかとっても心地よい。
そしてちゃぶ台の上には、すでにおかずが何品か並んでいる、美味しそ~。

そこへ女将さんが登場。

「おはようございます! ほんとうに来ちゃいました、すみません」

「あは~、たいしたもんじゃないよ~、ほんと」

台所と居間を行ったり来たり、てきぱきと朝食の支度を整える女将さん。
それをお手伝いするご主人。

— 8:00 —

「♫~♫〜」

テレビから朝ドラの主題歌が流れる。

「おかあさん! おかあさん!」ご主人が叫ぶ。

どうやら「集合!」ということらしい。
ご夫婦とも着席、ジャスト8時。

揃ったところで、おふたりの写真を撮らせていただこう。

「いやーーー、わたしは、ほんっとにいいよー、写真は、ほんとに」

と、女将さんが手で顔を覆い、照れまくる。
それでも何枚か撮影させていただき、さて、では、いただきます!

照れまくる女将さんをなんとか誘い、パチリ!「あっ、ドア開いてたね、丸見えだね〜、あははは」と女将さん。

今朝のメニュー
☆もってのほか(菊の花びらと大根おろしを和えたもの)
☆大根の皮のきんぴら
☆赤大根の酢漬け
☆白菜の蒸し煮
☆五月菜の煮浸し(山形では菜の花を「五月菜」とか「くきだち」と呼ぶ)
☆かぼちゃの煮物
☆アジの干物
☆ごはん
☆昨日のお鍋の残りみそ汁
☆ヨーグルト

品数も量もずっしり。
ごはんも、山盛り!
うむ、食べきれるかしら……。

Page 2

「夜はあんまし食べないで、朝はしっかりね。
夜食べ過ぎると、体調も良くないし、朝ごはんも美味しく食べられないでしょ。
朝ごはんは一日の始まりだから、これから働くための原動力だからね~」

繁忙期になると早朝3時半に起床、4時から畑に出て農作業、その後お店を商う。
多忙を極める体には、毎朝のしっかりとしたエネルギー補給が欠かせない。

「なんにしたって、体が一番だからね~」と女将さん。

— 9:20 —

鉢巻をギュッと締め、身支度を整えたご主人。
真剣な眼差しで蕎麦を打ち始める。
作業場はほの暗く、手入れの行き届いた道具が鎮座している。

「トン、トン、トン」

包丁を落とし、リズミカルに切っていく。
秩序正しく並んだお蕎麦、美しい。

幼少期、父親に連れられて山形の蕎麦屋へ。「いつか自分もやりたいな〜」と、ずっと思っていたそう。始業して10年目を迎える。「まだまだだよ〜」とご主人。

— 10:00 —

厨房で女将さんが小鉢の用意をしている。
「もってのほか」用の大根を、大量にすり下ろす。

「シャリシャリシャリシャリ……」

「夏の忙しい時期なんかはね、いくら時間があっても足りないくらい、
ほんっとに大変なんだよね。
でも、畑に行って土をいじると良い氣をもらえるんだよね。
作物が採れると嬉しいし、好きなんだよね、けっきょく」

女将さんはバンダナを、ご主人は鉢巻をしばり、気合いを入れて仕事に向かう。厨房は特に寒い。大根をおろすのも大変な作業だ。

畑を始めて10年。
その間、たくさんの失敗があったそう。
植える時期が早くても遅くても、作物は育たない。
水が多くても少なくても、うまくならない。
そういう経験を何度も繰り返した女将さん。

「もうそりゃ、すっごい落ち込むよ~。
でも、もう何ともならねえっし、いつまでも嘆いてても仕方ねえもん。
でもね、そっからまた、めげずにあがきます!
もう一回蒔く、もう一回タネを蒔く。
でも、出ないものは出ない」

悔しい思いをずいぶんしたという。
そうした経験を思い返しているのだろうか、
窓から見える雪景色を、遠い目で見つめている。

「シャリシャリシャリシャリ……」

しばらくの沈黙のあと、女将さんが力強い口調で話し始めた。

「だからね、思い立ったらやる!
今日やろうと思ったら今日やる!
明日に先延ばししない。
人の話に惑わされず、自分を信じてやる!
それしかないんだよね~」

畑から学んだ哲学なのだろうか。
畑もやり、蕎麦屋も商う女将さん。
息つく暇もない日が、毎日続く。
そんな女将さんの楽しみは?

「夜の晩酌、ふふっ」
小声で、照れくさそうに笑う。
なんだかとっても嬉しそう。

— 11:00 —

「風呂、入ってけばいいよ~」

厨房に戻って来たご主人が、声をかけてくれた。

突然の訪問で、まさかお風呂まで!
嬉しいけれど、申し訳ない……。

「タオル、脱衣所に用意しておいたから~、遠慮しないで、どうぞどうぞ~」

タオルまで……。
すみません、ではお言葉に甘えて!

こちら想耕庵には「龍王温泉」という日帰り湯が備わっている。
もともとはご主人のお父さんが始めた温泉旅館で、今は日帰り入浴のみ営業している。
お風呂場はこぢんまりとしていて、6人がリミットな大きさ。
お湯はぬるめで、長く浸かっていられる温度。
やはり雪国は寒い、芯まで冷えきっていた体がジワ〜っとほぐれる。

— 11:30 —

お風呂から上がり、お礼を伝えて出発の準備を始める。
そこへご主人がやって来た。

「お蕎麦、食べてけばいいよ~」

!!!

そんな、嬉しいけれど、申し訳ないような。
「すぐ茹でるから、あっちの部屋で待ってて~」
風呂上がりに打ちたて茹でたての蕎麦なんて、天国。

— 12:00 —

「これ、天ぷらもしたから」

ご主人が、こんもりした天ぷらと、ピチピチのお蕎麦を運んできてくれた。
天ぷらは、茄子、葱、椎茸、南瓜、ぎんなん、あけび。

「お父さん、これは何ですか?」

「あっ、それ干し柿」

初めて食べる干し柿の天ぷら、最高に美味。
サクッとした衣の中から、甘くてトローーーンとした干し柿がなだれ落ちてくる。

「お父さん! すっごい美味しいこれ! 衝撃です!」

「ふふふ、そうですか~」

嬉しそうに微笑んでくれた。

雪の下には大根や白菜が貯蔵されている。それを毎朝掘り起こし、お客さんに振る舞う。

熊のニット帽がとってもお似合い。

「これね」

とご主人が写真を持って来てくれた。
そこに写っているのはジャージ姿のご夫婦。

「これ、新聞に載ったんだよ」

最上三十三観音、すべてをジョギングで巡礼したという記事。
4年をかけ、315キロを夫婦ふたりで完走した。

「子どもがね、山形のフルマラソンに挑戦するっていうんでん、
ただ応援するんじゃつまらないって、じゃあ自分たちも走ろうかって。
それからふたりで走るようになって」

以来、夫婦でマラソンをするようになり、
那覇マラソン、ニューヨーク、ホノルルなど、
各地の大会をふたりで走った。

24時間いつも一緒にいるご夫婦、休みの日は?

「なーにしてっかな~。うーーーん。
その日ぐらいは別々に、って思うんだけど、やっぱし一緒にいるかな~。
映画見に行ったり、ごはん食べに行ったり、なんでだろうな〜」

— 14:00 —

「送って行こうか? 昨日の駅まで」

すっとご主人が声をかけてくれた。

「今日は? どこに帰るの? 山形に行くの?」

「いえ、東京に帰ります」

外を見ると大粒の牡丹雪が降り続いている。
せっかくだけれど、ここはやはりタクシーで帰ることに。
荷物をまとめて玄関へ向かう。

「これ、持って行って、野菜入れといたから」

大きいビニール袋が、玄関にふたつ並んでいる。
中には大根やら南瓜、竹の子の水煮など、いろんな物がぎっしりと。

「銀杏は好き? これも持って行ったらいいよ~」

さらに足してくれた。

「ほんとうにいろいろと、ありがとうございました。
なんか、ほんとうに、なんていうか、とても楽しくて」

「また遊びにきてください、ね、今度はご家族も一緒に」

柔らかいトーンで見送ってくれた。

では、と、袋を持ち上げようとするが、上がらない。
あれ、重い……。
その様子を見ていたタクシーの運転手さんがトランクに入れてくれた。
そこへ見送りに来てくれた女将さん、
「持って帰るの大変だよね~」とお父さんを一瞥。

深々と降り積もる雪のなか、女将さんが大きく手を振り見送ってくれた。
タクシーの窓から、こちらも大きく手を振り返す。

時計を見ると午後2時半。
あっという間に7時間が経過していた。
あまりに居心地がよかった、昨日出会ったばかりなのに。

次はいつ来れるかな。

— 14:40 —

「お蕎麦食べに行ったんですか?」

タクシーの運転手さんに聞かれ、あれやこれやと雑談。
聞けば運転手さん、想耕庵のファンだそうで。

「山形には美味しいお蕎麦屋さんたくさんあるけど、
なかでも美味しいですね、想耕庵さんは」

その褒め言葉が、なんだかとても嬉しかった。

満面の笑みで見送ってくれた女将さん。また遊びに行きます!

Information


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想耕庵

住所:山形県上山市金瓶字原150

TEL:023-673-3008

営業時間:11:00 〜 15:00 ※17:00以降は要予約

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