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お父さんとマチスタ

マチスタ・ラプソディー
vol.048

posted:2013.7.18   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

閉店まであと3日——————

わたしの名前はチコリ。としは2歳半、今年の春から保育園に通ってる。
保育園が好きかどうかはちょっと微妙。
先生はすごく好きだし、水遊びとか盆踊りの練習は楽しいんだけど、
わたし、言葉があまりうまくないから。
クラスのほかの子は結構おしゃべりができて、先生ともよくお話ししてる。
でも、わたしはできない。家にいるみたいに話せない。
話しかけられても、いつも黙ってるだけ。
だから、保育園が好きかどうかは微妙で、
ときどきむしょうに行きたくなくなる。今朝がそれだった。
起きてから、わけもなく何回も泣いた。
こんなにアピールしているのに、お母さんは、わたしの頭が臭いと言って、
泣いているわたしを無理にお風呂に入れた。
お風呂のドアの外で、お父さんの「行ってくるね」という声が聞こえたから、
もっと大声で泣いた。
それでもお父さんは行っちゃうし、お母さんといったらさらに容赦ない。
わたしのカラダを洗い終わったと思ったら、
泣きわめいているわたしの頭にシャワー攻撃だ。頭を洗うのいやだ! 
保育園いやだ、もうなにもかもいやだ! 
そのとき、玄関のあたりでがちゃがちゃ音がして、お風呂のドアが開いた。
さっき出かけたはずのお父さんが立っていた。どうしたの、とお母さん。
「チコリの泣き声が100メートル先まで聞こえた」
「………?」
「チコリを連れて行こうか」
「……大丈夫?」
「うん、あと残り1週間だし」
「そうだね」
「チコリ、行くか?」
のどの奥の方がけいれんして苦しい。言葉にならない。
「チコリ、とうと(お父さん)と一緒にマチスタ行くか?」
マチスタ行く! そう答えようとしたけど、また言葉にならなかった。

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五十も近くにもなって初めて子どもをもったからだと思う。
どういうわけでこの子が我が子として目の前に存在しているのかを
わりと頻繁に考えていた。
そして考えるたび、なんの答えも出ないままに、
疑問はいつもチコリへの感謝の気持ちにすり替わる。
どういうわけで我が子どもとして目の前に存在しているのかわからないんだけど、
とにかくオレのところに生まれてきてくれてありがとうな、という具合だ。
チコリが1歳3か月のときのことだ。
井原市にあるカフェに行った帰り道、
ぼくは車の後部座席で例の「この子がどういうわけで————」を考えていた。
チコリはぼくの隣でカラダをあずけるようにしてすやすや眠っていた。
そして例のごとく、チコリへの感謝の気持ちにたどり着いたわけだが、
そのときは思わずそのまま口にした。
眠っている1歳のチコリに向かって、
「オレのところに生まれてきてくれてありがとう」と言ったのだ。
それからの数秒の出来事は、現実にそれが起こったのか、
あるいは夢を見ていたのかはっきりとしない。
ぼくの言葉が終わるとほぼ同時だった。
眠っていたはずのチコリがぱっと目を覚ました。
そして、座席の上にすっくと立ち上がったかと思うと、
無言のままぼくのカラダに両腕を回して唇にキスをした。
チコリは唇を離すと、またぼくの隣に腰を下ろし、
さっきまでと同じ姿勢で眠りはじめた。
あれ以来だ、チコリがどういうわけで我が子として存在しているかの理由を
考えるのをやめたのは。

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マチスタには何回も行ったことがあるけど、
お父さんとふたり電車に乗って行くのは初めて。
お父さんは電車が好きなわたしのために、
普段は乗らない路面電車にも乗せてくれた。
マチスタは久しぶりだった。
お父さんは掃除が終わってしばらくして、アイスココアをつくってくれた。
お父さん、こぼすなよとか、ちゃんと両手でとか、いちいちうるさい。
あんまりうるさいものだから緊張してココアをこぼした。
でも大丈夫、デイパックに着替えが入ってるから。
新しいワンピースに着替えたら、お父さんといつものマチスタごっこ。
レジの前に座るのはわたし。家にあるおもちゃのレジより断然こっちの方がいい。
キーをたたいても音は出ないし、お金も出てこないけど、
やっぱり本物は気分があがる。
お父さんは、なんだかなあといつものようにつぶやきながらも、
いつものようにお客さん役をやってくれた。
「じゃあ、マチスタブレンドをひとつと、バナナジュースをください。
あ、バナナジュースはテイクアウトでお願いします」
「はーい!」
「それから、深煎りの豆を100グラム、豆のままでいいです」
「はーい!」
今日はお昼までマチスタにいたけど、お客さんがほとんど来なかった。
正確にいうとふたりだけ。
でも、お父さんは迎えに来たお母さんに「かえってよかった」と言っていた。
どういう意味か、わたしにはわからない。
お父さん、今度はいつマチスタに連れていってくれるかな。

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マチスタ閉店の日まであと3日。
この日曜日に裏のおばあちゃんの家に行って閉店を伝えたら、
「さびしくなるじゃないの」と言われた。

岡電の路面電車に乗ってマチスタまで。電車は見るのも好きだけど、乗るのはもっと好き。

本物のレジはやっぱりいい。この場所に座ったらいつも30分は動かない。しまいにはお父さんが「お願いします!」と言って懇願する。

お父さんがエプロンをしてくれた。「コーヒー屋のエプロンはやっぱり黒だ!」と言うお父さんはいつも白のエプロンをしてる。

Shop Information

map

マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)

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