連載
posted:2013.9.4 from:岡山県岡山市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!?
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
マチスタを閉めた翌日、若い登山家の講演を聞きに行った。
あらましいい話だった。締めくくりに、「夢は叶う」と彼は言った。
彼の話を聞いていると、本当に夢が叶うんじゃないかと思えてきたんだけど、
でもそのわりにいまひとつこっちの気分が上がってこない。
そこで、いまのぼくに夢らしきものがないことに思いあたった。
これまでも夢なんてなかったように思う。
そもそも夢ってなんだ? 希望や願望との境界線は?
去年の夏、タカコさんが貯金していた失業保険のお金で沖縄に行った。
生まれて初めての沖縄は、生まれて初めての家族旅行でもあった。
初日から家族での旅行がこんなに楽しいものかと目から鱗が落ちる思いがした。
いきおい、今帰仁(なきじん)の浜辺でタカコさんとチコリに
「毎年、沖縄に連れて行く!」と約束した。
しかし、その約束は1年目にして早くも破られることになる。
今年、沖縄の代わりとして連れて行ったのは鳥取砂丘だった。
しかも泊まりは鳥取駅前のビジネスホテル(それなりに楽しい旅だったのですが)。
毎年家族旅行で沖縄に行きたい————。さて、これは夢のうちに入るんだろうか?
東京にいた頃、同業の友人のなかにわりと普通にこなしていたのが何人もいたけど。
マチスタを閉めて1か月が経った。
いまもっていろんな人から「おつかれさま」と声をかけられる。
それに対してぼくは、「お世話になりました」とか
「ありがとうございました」とごくごく普通に返している。
この1か月で何度繰り返されたかわからないこのやりとり。
そこに少々の違和感を感じないではいられない。
理由はわかっているのだ。
このやりとりに、まるでマチスタがあたかもぼくが進めたプロジェクトのひとつであり、
しかもわりとスマートにやり遂げたかのようなニュアンスを感じてしまうのである。
万事めでたく、事もなくという感じで。
しかし実際のところは真逆で、ぼくはまさしく事業に失敗したわけだ。
そして、その手の人間にふりかかる現実がやさしいわけがない。
この夏、ヒトミちゃんが会社を辞めた。「辞めた」というと誤解が生じる。
給与の未払いが生じる前に辞めてもらった、それが正しい。
ヒトミちゃんには本当に悪いことをした。
彼女は頭がいいし事情もわかっているから、もちろん責めるようなことはせず、
いつものようにぼくに冗談も言いながら、最後の日まで淡々と仕事をこなした。
ぼくも弁解しなかった。謝りもしなかった。
ただ何事もなかったように日々を過ごし、ひと月はあっという間に過ぎていった。
これはマチスタを閉めるちょっと前のこと。倉敷のクラブに顔を出した。
たぶん3年ぶりだ。
3年も経つと、この手の店は客の顔ぶれががらりと変わるのかもしれない。
見事なまでに見知った顔がなかった。
おかげで友人の定例のイベントというのに、
入った瞬間から頭にあるのは帰るタイミングのことだけ。
明らかに所在無さげだったであろうぼくを見かねて、
オーナーのシミちゃんが近づいて来て声をかけてくれた。
「赤星さん、久しぶりっス。最近どうスか?」
シミちゃんは倉敷に戻ってわりと早いうちにできた友人のひとりだ。
「オレが岡山で店やってるの、知ってる?」
「マチスタでしょ?」
「そう。あの店、もうすぐ閉めるんだ」
「え、マジっスか?」
「マジっス」
「で、どうするんですか?」
「なんにもしないよ、ちゃんと子どもを育てるよ。
最近ようやくわかってきたんだ。
賢いヤツははなから公務員かサラリーマンになってるね。
子どもを育てるにはやっぱり安定した収入があると安心なんだよ。
オレもいまからでも公務員になれないかなんて本気で思ってる」
見ると、シミちゃんはなんともいえない悲しそうな笑みをたたえていた。
「赤星さん、笑えないっスよ」
ひと言そう言って、シミちゃんはその場を去って行った。
このシミちゃんの返しは、不意にチンをかすめたフックだった。
ぼくは何が起こったかわからないまま前のめりに膝を折ってへたり込み、
いまもって立ち上がれないでいる。
冴えない気分が長くつづくときは、これまではギャンブルに没頭した。
あるいはひとりになってひたすらマンガを読むか映画を観つづけるか。
手がかかる子どもがいるうえに親までいる現在の状況では、
到底そんなことはできないし、今回はそうしないことにした。
気持ちのうえで迎撃することに決めたのだ。
そこはかとないわびしさ、むなしさ、やるせなさ。
マチスタを閉めると決めて以来、いまもって次から次に襲ってくるそういった類のもの、
これまで気配がしただけで背を向けて絶対目を合わそうとしなかったそれらの感情に、
今回はカルテを作るがごとく正面から向き合うことにした。
マチスタの最後の置き土産みたいなものだ。
というわけで、ぼくのマチスタはもう少しだけつづく。
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