いま、小豆島で すごい人たちに出会える!

刺激的な人たちに、近い距離で出会う。

先週水曜の朝、島の友人から、
「今日の夜すごい人たちが来るらしいから、坂手に行かない?」
と電話がかかってきた。
何やら、森美術館の館長さんなどが来るらしい。

調べてみると、わぉ! ほんとにすごい。
「小豆島で、海とアートとテクノロジーについて語る」
と題した飲み会&トークイベント。
Creator In Residence「ei」で滞在制作している
クリエイティブユニット「ovaqe」の松倉早星さんと、
醤の郷+坂手港プロジェクト」の一環「未来の学校」プロジェクトを展開する
「ロフトワーク」の林 千晶さんが企画。
そして、スペシャルゲストがほんとにスペシャル!

伊藤穰一さん(MITメディアラボ所長)
南條史生さん(森美術館館長)
松山大耕さん(妙心寺退蔵院副住職)

理屈抜きで行ってみたいと思い、参加することに。

Creator In Residence「ei」の2階にあるスタジオ。夜8時半をまわり、続々と人が集まり始める。

待ちに待ったスペシャルゲスト登場。

小豆島に引越してきて約10か月。
今年は瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)ということもあり、
本当にいろんな人々に出会います。
瀬戸芸に参加しているアーティスト。
島に取材に来ているライターやカメラマン。
瀬戸芸を見に来ているトラベラー。
とにかく、いままで出会わなかったような人たちに出会う機会がとても多い。
そして、何より距離が近い。
遠くから見たじゃなくて、お話をしたり、一緒にご飯を食べたり、
しっかり時間を共有できる。

この日も、とてもゲストとの距離が近かった。
その近さの中で聞けた刺激的なお話。
今回のトークイベントはテーマの幅が広かったので、
皆さんが自由にお話してくださった。
禅について、アーティストとデザイナーの違いについて、
ゲスト同士の繋がりについてなど。

「小豆島で、海とアートとテクノロジーについて語る」と題してトーク。

MITメディアラボ所長の伊藤穰一さん(左)、小豆島町町長・塩田幸雄さん(中)、森美術館館長の南條史生さん(右)。

今回のトークイベントの企画者、ロフトワーク代表の林 千晶さん。ロフトワークはさまざまなクリエイターとのネットワークからウェブ、映像、プロダクトなどを企画・制作する会社。

小豆島で暮らしていて、こんな場に参加できるとは思ってもいなかった。
きっとそのまま名古屋で暮らしていたら、一生出会うことがなかったであろう人たち。
ほんとにワクワクする時間だった。

島は狭く、体験できることも限られている。
外に出なければ、ここでの文化、働き方しか知らずに生きていくことになる。

でも、いまの小豆島はとにかく刺激的で、面白い人たちが外からやって来てくれる。
小豆島にいながら世界に触れることができる。
そういう機会があふれている。

そしてまたとても楽しそうなイベントがあります。
その名も「小豆島建築ミーティング」。
国内の建築家10人ほどが集まって、それぞれの作品やアイディアをプレゼンし、
建築のこれからを考えるイベント。
馬木地区にある瀬戸芸作品「Umaki Camp」で行われます。

8月18日(日)18:30からUmaki Campで行われる「小豆島建築ミーティング」のポスター。

地方で暮らしながら、外の文化に触れ、考える機会があること。
島の人と外の人との出会い。
出会うことによって、そのままでは消えてしまうかもしれない
集落や文化、風景が残り続けるかもしれない。

動き出した地方、小豆島はいまこんな感じです。
瀬戸芸の期間も折り返しとなり、残り約50日。
まだまだ盛り上がりそうです。

47都道府県のワーストを アプリで解決(したい)! 第22回:岩手

第22回:「日本一キス好きな岩手県だじぇ ('j')」

どっどど どどうど どどうど どどう 
青いくるみも吹きとばせ 
すっぱいかりんも吹きとばせ 
どっどど どどうど どどうど どどう..

……すいません。

しょっぱなから、風をふかしてしまいましたが、
宮沢賢治の『風の又三郎』の冒頭の文です。

宮沢賢治といえば、岩手です。「えっ? そうなの?」と思った方、
よく覚えておいてください。

宮沢賢治記念館は、岩手県花巻市にあります。
注文の多い料理店こと、山猫軒もありますぜ。

そんな岩手県ですが、ワーストが、けっこう豊富です。

★岩手県の主なワースト

タイ(鯛)消費量

「住んでみたい」と思われている地域(1位は京都)

水洗便所のある住宅比率ランキング

単独世帯の割合

信号機設置数

主要道路舗装率

消防機関出動回数

携帯電話契約数

育メン率

横断歩道の数

そのほかにも、

言いすぎて後悔することがある1位

転職をしたい1位

不倫をしたことがある1位

不倫は許す1位

なんて、データも。

ちなみに「キスが好き1位」という情報もありましたが、
ワースト解決アイデアいってみましょう!

会話のキャッチボールがうまくなる「菊池養成」

言いすぎて後悔することがある1位。
それは、つまり、コミュニケーションがヘタクソということです。

そこで、
岩手県出身でライオンズのエース菊池雄星投手風の
コーチが、優れた会話術を養成してくれるアプリ。

たとえば、味方のエラーで試合に負けてしまった。
こんなとき、彼になんて声をかければいいのか?

「おまえは誰よりもがんばっていた。」
「負けたことがいつか財産になる日が来るさ。」
「気にすんな。人間には、エラーがつきものだ。」

なかなかむつかしいですね。
こんなときにも、ふだんから「菊池養成」を使っていれば、
ファインプレー級のすぐれた会話術が実践できるようになるのです。

大リーグ養成ギブスのように、会話術を繰り返し練習することで、
会話の大魔神になれるのです。

タイが食べたくなる「宮沢賢治と食べタイ」

みたい。ききたい。うたいたい。かんじたい。
のりたい。そりたい。やせたい。おおきくなりたい。
人は、いろんな「たい」を抱えて生きています。

その中でも「食べたい」は、誰もが毎日思い浮かべる欲望なのではないでしょうか。
そんな人間の根源的な欲望を使って、タイ(鯛)消費量ランキングワーストを
解決するアプリが、「宮沢賢治と食べタイ」です。

ふだんの生活の中で、○○食べたいなぁと思ったら、
食べたいノートにメモをします。すると、

「そういうあなたと わたしは食べたい」

と宮沢賢治っぽい声で再生されます。
そして、美味しそうなタイの写真もいっしょに表示します。
これで、タイを食べたいと思うはず。

「じぇじぇジェネレーター」

岩手は、日本一ロックな県だじぇ! だって、“岩”手だじぇ!

でも、「住んでみたい」と思われている地域ワーストなんだじぇー。。。
つまり、住みたくない県ってことだじぇ。

ま、この語尾を見てわかるように、
いま岩手ブームが、じぇじぇじぇっと来てるんだじぇ!

しかし、岩手では「じぇじぇじぇ」ではなく、
「じゃじゃじゃ」と使うことのほうが多いそうだじぇ。
TVと現実の間にギャップがあることは、
しばしば指摘されますが、まさにそのケース。

だから、岩手に「生じぇじぇ」を聴きに来た人も、
「じゃじゃじゃ」を目の当たりにしてショックを受け、「じゃ」とサヨナラしてしまい、
住んでみたくはないなぁと思ってしまうのでしょう。

これを解決するのが、「じぇじぇジェネレーター」。
1日数回、いきなりスマホから「じぇじぇじぇ!!!( ' jjj ' )」と
岩手出身の音楽評論家で、ラジオDJの伊藤政則さんの声が再生されます。

このアプリで、じぇじぇがジョジョに浸透していけば、
生じぇじぇを聴きに来た人も、「あぁ~これが本場のじぇじぇか~」
「住んでみたいなぁ」ときっと思ってくれるはず。

ちなみに、ローマ字で「jejeje(jajaja)」は、
主にスペイン語圏で使われる「www」「笑」という意味なんだそうだじぇwww

そうだ、次回は、京都へ行こう!

いやぁ~暑い。。。
涼しいとかいってる人もいるけど、やはり、夏は暑い。。。

ということで、次回は、年間猛暑日数が最も多い京都!
日本で一番熱い日が多い県です。あ、府ですね。
次回も、お楽しみに。

岩手大仏の大仏訓

若手と岩手は、にている。

YCAM10周年記念祭 「LIFE by MEDIA」

生活のなかで、メディアを捉え直す。

山口市にある山口情報芸術センター、通称「YCAM(ワイカム)」が
開館10周年を迎え、「YCAM10周年記念祭」が開催されている。
YCAMはメディアアートという言葉が浸透する以前から、
テクノロジーやメディアを使ったアート作品をいち早く紹介してきた、
公共の文化施設としては日本で唯一のメディアアートセンター。
多様な作品に対応できるように設計され、専門の制作技術チームが常駐し、
音響なども世界のアーティストたちが認めるすばらしい設備を誇る。

10周年記念祭は、アーティスティックディレクターに音楽家の坂本龍一氏を迎え、
展示やパフォーマンス、参加型作品など、多彩なプログラムが二期にわたって開催される。
YCAMは市立中央図書館を併設し、多くの市民が訪れる場所になっているが、
今回の10周年記念祭では、YCAMを飛び出し、まちなかでの展示プログラムもある。
公募企画「LIFE by MEDIA」は、山口駅にほど近い山口市中心商店街で
3つのプロジェクトが展開されている。
企画したYCAMの田中みゆきさんは
「館内だけではなくまちに出て行って、市民にYCAMが扱う
メディアという概念に触れてもらうことが大事だと考えました」と話す。

商店街でメディアを使って何ができるか。
作品を募集するにあたり、「メディア」について考える
きっかけになるような作品を集めたいと田中さんは考えた。
「メディアといっても、必ずしもパソコンを使わないとダメということではなく、
もう少し一般的に開かれたメディアというものを考えました。
自分を伝えるためのメディア、たとえば看板をどう置くのか、
どう振る舞うのかというのもメディアのひとつ。
そうやってメディアというものをもう一度捉え直してほしいと思いました」

「メディアによるこれからの生き方、暮らし方の提案」というテーマを設定し、
作品を公募。欧米やアジアなど10か国以上の国からさまざまなプランが寄せられ、
坂本龍一、建築家の青木淳、メディアアーティストの江渡浩一郎、
ファッションデザイナーの津村耕祐、コミュニティデザイナーの山崎亮、
「greenz」編集長の兼松佳宏の各氏が審査を務め、3つのプロジェクトが選ばれた。

「LIFE by MEDIA」の会場となっている商店街。市民の日常生活のなかに展示スペースが。

「PUBROBE」のレイアウトの方法はナイロビのマーケットからヒントを得た。

「PUBROBE(パブローブ)」は、個人の衣服や靴などの服飾品を集め、
誰もが利用可能な公共の「たんす」をつくり出すというプロジェクト。
東京とナイロビを拠点に活動するアーティストの西尾美也(よしなり)さんが、
ナイロビのマーケットに着想を得て考案した。
商店街のアーケードにある、広場のように少し開けた屋外のスペースが会場。
市内から集められた大量の古着が整然と並べられ、
その様子は一見するとフリーマーケット。
だがここは売買する場ではなく、気に入ったものがあればその場で着替え、
レンタルできるというスペース。
また洗濯機も用意され、洗濯して干したり、修繕できるスペースもある。
つまり服飾品が媒介となってさまざまなコミュニケーションが生まれる。

「実際に商店街を歩く人が、“なんだろう?”と近寄ってきてくれて、
“これいくら?”という言葉からコミュニケーションが始まることが多いです。
その場で服を着替えると本人の気分も変わりますし、まわりの人が
“お似合いですね”とか“これも試してみたら”などと声をかけるだけで
楽しい雰囲気になります。そうやって人が作品の一部になって
まちに帰っていくというだけで面白い」

西尾さんはこれまでも装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目し、
服に関するアートプロジェクトを発表してきたが、
服がここまで実用的に人に使われるというのは初めての試み。
「もともとアートに感心のない人も巻き込みたいという思いがあって、
服を使って作品をつくってきましたが、
いちばんいろいろな人を巻き込める方法論が今回のプロジェクト。
人々の新しい“当たり前”になって広まっていったらいいなと思います」

単なるしくみではなく、見た目の美しさや面白さがポイント。古着は市報などで募集し、1~2か月で約2万点が集まった。

その場で着替えてもらうことで、作品の一部になってもらう。実際に全身コーディネートを楽しむ人も出てきた。

西尾さんは東京とナイロビを拠点に活動。2011年にはファッションブランド「FORM ON WORDS」を設立。

「スポーツタイムマシン」は、映像データベースに保存された
さまざまな人とかけっこ競争ができる装置。
登録されているデータから誰かを選ぶと、記録されたその影がスクリーンに投影され、
並んで走ることができるというもの。もちろん自分の姿も記録される。
商店街の奥行きのある広い空きスペースに設置され、連日子どもたちでにぎわっている。
制作したのはゲームクリエイターの犬飼博士さんと空間デザイナーの安藤僚子さん。
ふたりの仕事の領域は異なるが、日本科学未来館に2011年から常設されている
「アナグラのうた 消えた博士と残された装置」という空間情報科学に関する展示でも、
ふたりは共同でコンテンツディレクションを手がけている。

犬飼さんはゲームといっても
「eスポーツ(=エレクトリックスポーツ)」をテーマに活動する。
「コンピューターゲームをスポーツの歴史のなかで捉えています。
コンピューターゲームも遊びだし、スポーツも遊び。
スポーツがつくりたいと日々考えているんです」
スポーツタイムマシンは情報技術を駆使したものだが、
実際にからだを動かすフィジカルな運動でもある。
そこでポイントなのは、投影される映像が1分の1スケールだということ。
「情報科学をわかりやすく市民のみなさんに使ってもらうコツとして、
ライフサイズ=等倍ということが大事だと思っています」と犬飼さん。
小さな画面のなかでゲームをするのではなく、
等倍にすることで身体性をともない、わかりやすくなる。

データベースには、あらかじめ動物や地元のサッカー選手のデータなども用意して、
かけっこができるように準備していたが、意外と同じクラスの子や
身近な人のデータを見つけて一緒に走る子どもが多いという。
安藤さんは「放課後にほぼ毎日のように来る子もいます。
こっそりクラスの好きな子と走ったりとか(笑)。
より具体的でリアルな人の情報を選んでいるのが面白い。
まさにライフサイズのメディアになっています」と話す。

また「タイムマシン」というところにもポイントがある。
つまりいま一緒に走っているのは、過去に走った誰かの記録。
このデータが時間をかけて蓄積されていくと、
ここにしかない新しいアーカイブとなり、
たとえば10年後、20年後に、過去の自分と走ることもできる。
「お母さんが子どもに向かって、
“大きくなってこのデータと一緒に走れるといいね”
と言っているのを聞いて、まさにそれ! と思いました」と犬飼さん。
プロジェクトが作家たちの手を離れ、やがて市民のものになっていく。
山口で生まれたこのスポーツタイムマシンを、
何らかのかたちで山口に残せたら、とふたりは考えている。

過去の誰かと一緒にかけっこ競争ができる「スポーツタイムマシン」は子どもたちに大人気。

データが記録されたカードが壁一面に貼られ、参加者はこの中から選んだ相手と走ることができる。ここでいろいろな人がつながって情報が増えていくのは、まるでSNSのよう。

ゲームクリエイターの犬飼さんと空間デザイナーの安藤さん。デジタルとフィジカルなものが融合した作品になった。

そしてもうひとつは「とくいの銀行 山口」。
この「銀行」が扱うのはお金ではなく、人の「とくい」。
自分の得意とすることを預け、人の得意なことを引き出すことができるというもの。
たとえば、歌の上手な人がそれを預けておき、
それが誰かによって引き出されると、引き出した人のために歌を歌う、
というように、貨幣価値とは違う価値の交換が生まれる。
アーティストの深澤孝史さんが、茨城県の取手アートプロジェクトの一環として
取手市井野団地で展開した「とくいの銀行」を発展させたプロジェクトだ。
取手では団地という限られたコミュニティでの展開だったが、
今回はもっと開かれた、しかもお金で物が売買される
商店街という場所で展開するというのも面白い。

「これはあるしくみではあるんですが、僕はしくみそのものよりも
人の特性とか、クセとか、性格みたいなところに興味があるんですよね」と深澤さん。
実際に地域の人やYCAMのサポートスタッフのなかにも
いろいろな「とくい」を預ける人がいて、意外な一面を知ることも多いのだという。

昨年、深澤さんは浜松市のまちなかで、
参加者がさまざまなミッションをクリアしながら
ゴールをめざすという「しょうがいぶつマラソン」を行った。
そこでもまちや人の個性が浮き彫りになっていった。
「アーティストってしっかりした作家性を求められることが多いと思うんですけど、
僕はその逆で、作家性が前に出ていくよりは、
ほかの人が舞台に上がっていけるようなしかけをつくったり、
人を巻き込んでいくようなことがやりたいんです」

また、この商店街が7つに分かれていることにちなんで「ななつぼし商店街」と銘打ち、
お店の「とくい」を紹介するマップを制作中。
このお店ではこんなことを教えてくれるとか、
このお店の人は実はこんなこともできるといった、
本来のお店の業態とは別の、もうひとつの商店街。
約1か月このまちに滞在するという深澤さんは、
もうすっかりまちに溶け込んでいるようだった。

手づくりの「とくいの銀行」ATM。掲示板では預けられた「ちょとく」が見られるようになっている。奇しくも、この向い側には本物の銀行が。

コーラの一気飲みという「とくい」を引き出した人がちょうど誕生日だったので、「コーラいっきのみ大会」というユニークな誕生日会に。

山口の伝統工芸である「大内人形」の職人さんが、くす玉に大内人形を描いてくれた。残念ながらうまく割れなかったが、まちの人たちの「とくい」がいろいろなかたちで表れていく。

「LIFE by MEDIA」の審査員でもある坂本さんは、
実際に展示を見て回って、まちの印象を新たにしたと話す。
「日本各地、また海外にもアートフェスはありますが、
その楽しみのひとつは、地図を片手にあちこちの会場をめぐり歩くということ。
そのあいだにまちの様子を見たり、地元の人と話をしたりする。
まちなかにこういう場所があると、またYCAMへの親しみ方も
変わるのではないかと思います」

田中さんは「まさに“ライフ”という展示になったと思います。
10周年祭のコンセプトとして、多様性を採り入れ、
作品の見方が変わるようなことを目指していますが、
このプロジェクトはそれを体現しているのではと思います。
究極の目標としては、それぞれのプロジェクトを
市民の方たちが自ら継続したいと思ってもらえれば」
実は少しずつそんな声も聞かれ始めている。
会期中、時間の経過とともに、また市民が関わることによって
プロジェクトが変容していく。
「LIFE by MEDIA」は、そんな生きたプロジェクトだ。

肥土山農村歌舞伎舞台で台湾の伝統的パントマイム

馴染み深い場所が、新しいイベントの舞台に。

夏の小豆島は、あちこちでお祭りがあります。
各地域ごとに地元の夏祭りや盆踊りがあって、
通りに提灯が飾られたりしていて、それだけでちょっとワクワク。
そして今年は、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)のイベントも
日々行われていて、本当に賑やかな夏です。

今回の瀬戸芸は展示作品だけでなく、
パフォーミングアーツやイベントもたくさん展開されています。
音楽や演劇、ライブペインティングなどさまざま。
イベントの日にちが決まっているため、
タイミングを合わせて行くのはなかなか難しいかもしれないですが、
あえてその日にあわせて瀬戸芸旅行の計画をたてるのもありかなと。

瀬戸芸のパフォーミング・アーツ/イベントプログラムのパンフレット。夏、秋とイベント盛りだくさん。

私たちが暮らす小豆島の肥土山(ひとやま)でも瀬戸芸のイベントが行われています。
先日は、農村歌舞伎や虫送りなど、
この「小豆島日記」にも何かと登場する肥土山農村歌舞伎舞台で、
台湾のアーティストらによる『国境を越えて・海』というイベントがありました。

台湾人アーティスト、リン・シュンロンさんと
「ツァイスー劇団」団長ジョン・チャウさんによるプロジェクト。
彼らの作品、海を漂う植物「ゴバンノアシ(碁盤の脚)」の種を模した巨大な船は、
豊島(てしま)に展示されていて、その豊島からスタートし、
女木島(めぎじま)、大島、小豆島と
野外演劇やパレード、太極拳ワークショップを展開。
台湾と日本の住民が共に参加する活動を通して、人と人の感情の結びつきを築きあげる。

肥土山農村歌舞伎舞台で、『国境を越えて・海』のイベント。

台湾の「ツァイスー劇団」のみなさん。青い生地には瀬戸内の12の島々。

台湾の伝統的パントマイム『老夫老妻』。舞台を飛び出し、観客とも絡みながら。

大道具は農村歌舞伎でも使われているもの。

当日は、地元のおっちゃんおばちゃん、子どもたちも見に来ていました。
肥土山で暮らす人にとって、農村歌舞伎の舞台はとても馴染み深い場所。
普通なら地元の人たちが歌舞伎を演ずる場所で、海外のアーティストたちが
その国の伝統的な演奏やパントマイムをするのを見るのは、とても新鮮で面白かった。
そして嬉しくもあったんじゃないかと思う。
「あの大道具って歌舞伎で実際に使ってるもの?」
「そうそう、奥行きがあってやっぱりいいねえ」
なんて話しながら、楽しみました。

パントマイムの後は、お隣の集落、中山にある同じく台湾のアーティスト、
ワン・ウェンチーさんの作品「小豆島の光」までパレード。
皆で一緒に田んぼのあぜ道や森の中を20分ほど歩きました。
そして、小豆島の光の中で台湾の南管(なんかん)という弦楽器を使った演奏会。
子どもたちも一緒に踊りました。

中山の「小豆島の光」までパレード。田んぼのあぜ道や森の中を歩きます。

ツァイスー劇団団長ジョン・チャウさん(左)と台湾人アーティストのリン・シュンロンさん(右)。

劇団の方と一緒に南管の演奏にあわせて踊るいろは(右)と友だちのはるくん(左)。

肥土山農村歌舞伎舞台での瀬戸芸イベントは、8月16日にもう一度あります。
今度は『キネマと音楽の夕べ in 瀬戸内』と題して、
お盆の農村歌舞伎舞台で夕暮れコンサートと星空の下の無声映画ショー。
アーティストは、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽を演奏している音楽家、
鈴木広志さん、大口俊輔さん、小林武文さんと、活動弁士の坂本頼光さん。

8月16日に肥土山農村歌舞伎で行われるイベント『キネマと音楽の夕べ in 瀬戸内』。

何百年も大事にされ続けている農村歌舞伎舞台で、新しいイベントが繰り広げられている。
瀬戸芸だけでなく、その後もこういう動きがどんどん広がっていくと面白いなと思う。
伝統芸能と新しいアート、日本とアジアの国々、
小さな田舎でいろんな人・ことが交じり合い、ワクワクする時間が生まれています。

滞在型アートスペース「クマグスク」

アートを味わえる、新しいかたちの宿。

昔から観光地の小豆島には、たくさんの宿があります。
リゾートホテル、ロッジ、旅館、民宿、ユースホステルなど
いろいろな種類の宿がありますが、7月20日にまたひとつ面白い宿がオープンしました。
滞在型のアートスペース「kumagusuku クマグスク」です。

クマグスクは、美術家の矢津吉隆さんと井上大輔さんによるプロジェクト。
小豆島の坂手港からすぐの観音寺宿坊を、アートを鑑賞できる滞在施設として改装。
瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏、秋会期のタイミングに合わせ、
2013年7月20日(土)~11月4日(月・祝)までの108日間限定でオープンしています。

屋根越しに坂手港を眺められるクマグスクのテラスにて。クマグスク代表の矢津吉隆さん(右)とたくちゃん(左)。

玄関を抜けて、作品が展示されている浴室へのアプローチ。

美術館やギャラリーで、作品をただ鑑賞するというような従来のかたちではなく、
滞在して美術作品と向き合うことで、より濃厚な“体験”あるいは“経験”として、
深く味わうことができる施設。矢津さんはそんなアートと宿が合体した
「滞在型アートスペース」を作ろうと考えていたそう。
場所を探していたときに、瀬戸芸で小豆島に来ているアーティストたちに話をしたところ、
それなら小豆島で! という話になり、小豆島町や地元自治会とも話し合い、
使われていなかった観音寺の宿坊を改装することに。

この観音寺の立地がこれまた最高で、
坂手港から集落の中の坂を5分ほど登って行くとあります。
お寺の境内からは坂手の集落越しに坂手港を望むことができる。

坂手の集落の中を坂手港から5分ほど歩くと観音寺が見えてくる。

観音寺の境内からの眺め。坂手港を一望。

クマグスクは境内の奥のほうにあり、本堂と白い壁の間を抜けると玄関があります。
作品を鑑賞する人は、玄関からまっすぐ展示室へ。
滞在する人は、中庭横の廊下を抜けて滞在室へ。

本堂と白い壁の間を抜けると、クマグスクの玄関が現れる。

玄関のカウンター。奥に進むと作品が展示されている浴室が。

中庭の横を抜けて滞在室へ。

第1回目の展示は、土屋信子さんの作品。
島で廃棄された廃材を使用した作品で、
なんと浴室(シャワールーム)に展示されています。
普通に鑑賞することもできますが、一般のお客さんがいなくなる17時以降は、
滞在者は脱衣室で服を脱ぎ、裸でシャワーを浴びながら作品を鑑賞できるそう。
これはなかなかできない濃厚な体験(笑)。

この浴室の中に、土屋信子さんの作品が展示されています。

滞在施設は、家族での利用が便利な和室タイプとドミトリータイプの2種類。
15畳の大きな和室を、あえて小さく仕切ってドミトリーに。
一泊5500円で利用できます。

和室タイプの部屋。冷房設備もあり快適。

15畳の大きな和室をあえて仕切ってドミトリータイプに。最大8人滞在可能。

奥の洗面所を抜けるとテラスが。
後ろに洞雲山、屋根越しに坂手港を眺められるロケーション。
作品を裸で鑑賞した後に、ここで一杯やりながら、
あーだこーだと話すのはとても楽しいかも。

洗面所の先に自由に使えるテラスがある。

観音寺本堂とクマグスクのテラス。その向こうに坂手港が広がる。

設備や食事などのサービスが充実した宿を求めるなら、ここはちょっと違う。
でも、面白い体験をしたい、瀬戸芸を思う存分楽しみたいという人には、
もってこいの滞在施設。
新しいかたちの宿であり、新しいかたちのアート作品でもあるクマグスク。
朝から晩まで瀬戸芸を楽しめて、小豆島を深く味わえる、
そんな旅ができそうな場所です。

augment5 Inc 井野英隆さん

地域の生の魅力を、デジタルメディアで伝える。

デジタルコンテンツの制作やメディア事業コンサルティングを手がける
「augment5 Inc(オーギュメントファイブ株式会社)」。
2009年に創業したばかりの小さな会社だが、デザイナーやプログラマーや
ディレクターなど、プロジェクトに応じてメンバーが集まり、
現在オフィスには常に10名前後のスタッフがいるという。
「会社なんですけど、“集団”と言ったほうがいいかもしれないですね」と語るのは、
経営者でありプロデューサーの井野英隆さん。

もともと上場企業を対象にインターネット事業のコンサルティングをしていたが、
クライアントが求めるような短期的な収益モデルをつくって儲けるだけではなく、
長期的に価値を残せるようなモデルをつくりたいと考えていた。
「インターネットはバーチャルだなどと言われますが、実態としては
あらゆる仕事や生活の局面に必要な技術、情報源として根づいています。
インターネットそのものが水道や電気と同じように
ビジネスやライフスタイルのプラットフォームになっただけで、
そこで何かを生産したり、消費しているのも当然、人間ですよね。
ただ、まったく新しい領域なので、
コンテンツ制作者にはもともとプロフェッショナルがいなかったり、
国を超えた競争に巻き込まれるリスクも大きく、プレイヤーの変動も激しい。
だから10年、20年を見据えて、戦略や覚悟をもって取り組む人が
とても少ないように感じていました。
きちんと時間をかけてつくって、それが20年後、30年後、そしてもっと先の未来まで
“いいもの”として残るようなウェブのコンテンツやサービス。
巨大なデータベースを永続的にストックできるという
デジタルの本当の強みはそこにあると思っています」

Kusatsu Oct 26, 2011

2009年に仲間たちとaugment5を立ち上げ、
これまでさまざまなコンテンツを制作してきた。
今年に入り、ディレクターの柘植泰人さんと組んで制作を進めてきた、
日本の地域にある風景を切りとったショートムービーがネットで話題をよんだ。
無駄のない動きで和紙を漉く職人、立ちのぼる温泉の湯気、空、光、緑、人々の笑顔。
何の説明もないが、その場所にあるいいものが映し出され、行ってみたくなる。
そして、日本にはこういう風景がまだ無数に残っているんだろうなということに
気づかされる。

Mino Aug 1, 2012

これらの映像は、クライアントから依頼されてつくったわけではない。
それまでも日本のよさを伝えたいと感じていた井野さんが、
たびたび仕事で海外に行くようになり、よりその想いを強くしたのだという。
「東京にいるとなかなか気づけないですが、特に地方に行くたびに、
素朴な暮らし方、風景、初めて会う人との会話など、
一見ありふれたような部分がとてもいいなと思うんです。
たとえば美濃では、渓流で釣った鮎を、その場で炭をおこし、塩焼きにして食べる。
それがシンプルなのに驚くほどおいしかったりする。
その映像を見た、まったくその地域に関心のなかった若者や、
六本木や浅草を決まったように案内されていた外国人観光客が、
美濃に行ってどうしても鮎の塩焼きを食べたい! と思うかもしれない。
これまでの観光業や地域活性として取り組んできた手法と異なるアプローチをすることで
日本のさまざまな地域の可能性を引き出すことができるかもしれません」

Lake Shikotsu Feb 8, 2012

映像はある紹介記事をきっかけにFacebookなどSNSで話題になり、
150か国以上の人々に閲覧され、記事ページは2万以上の「いいね!」を集めた。
映像を見て旅に出たいと思う人もいれば、
カメラを買って自分も撮影をしてみようと思う人、音楽を気に入って、
このアーティストのライブに行ってみようと思う人もいるかもしれない。
見た人がそれぞれ自由に楽しんでくれればいい。
実際にいろいろな反応が起き、その大多数がポジティブな評価であったことは、
自信になったという。
そして、まだまだ自分たちにできることがあるということも確信した。

「日本の地域って観光業が発展した分、
見えなくなってきたところがたくさんあると思います。
でも日本中どこに行っても、地域で毎日、丁寧にものをつくっている人がいて、
おいしいものもある。過疎化の問題や農業の問題もいろいろありますが、
地域の価値や資源が、あまりうまく伝わっていないんじゃないか。
でもいまのテクノロジーを駆使してできることがまだまだあると思うし、
僕らが発信することで伝わることもあるんじゃないかと思います」

会いたい人に会いに行き、そこで出会った人に、地元で食べるべきものを聞き、
ひとりになりたいときに行く場所を聞いて、連れて行ってもらう。
そんなふうにして、そこでしか生まれ得ないものをすくいとり、映像に落とし込んでいく。
そのあとの編集作業や音楽も、ディレクターの柘植さんを中心に
時間をかけて丁寧に仕上げていく。そのクオリティは、映像を見れば一目瞭然だ。

Kyoto Nov 4-5, 2011

日本のいいところを海外に向けて発信したいと考える井野さんは、
同時に、いかに自分が日本のことを知らないかということも痛感するという。
だから、時間とお金と仲間を見つけては、
今後もこうした地域の映像をつくっていくつもりだ。
「まず自分たちがいちばん楽しんでますからね。
いつもすごくリッチな体験をして帰ってきています」

最後に、これから映像に取り組みたいという人たちに向けて、思いを語ってくれた。
「僕とディレクターの柘植は、10年くらい前からこうした映像を撮り始めていましたが、
いまはデジタル一眼カメラで、プロ顔負けの画質でHD映像を撮ることができます。
これは当たり前の状況ですが、映像をつくりたい人にとって、とても大きなチャンス。
とにかく思いたったら、撮りまくって、WEBにアップする。
そうすると僕らのように必ず反響が返ってきます。
感性の若いうちにどんどん世の中にメッセージを投げ、僕らの映像よりもっといい作品が
日本各地からバンバン出てくるようになるといいですね。
そんな、地域と人とデジタルとの可能性に、いまはとてもワクワクしています」

瀬戸内国際芸術祭2013、あつい夏会期始まる

肥土山で展開するふたつの作品。

いよいよ先週末から夏休み。
そして、瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏会期が始まりました。
気候的にも気分的にも“あつい”1か月半の始まりです。

今年の瀬戸芸は、春夏秋と3つの会期に分けて開催。
3会期を通して展開される作品やイベントもありますが、
春会期で終わってしまったエリアや作品、逆に夏会期から新たに加わるものもあります。
小豆島での瀬戸芸は、夏会期から新たに福田地区が加わり、各作品もパワーアップ。
夏休みはもともと観光シーズンということもあり、たくさんの人が島を訪れそうです。

まぶしいほどの青い空と緑の田んぼが広がる夏の肥土山地区。

私の暮らす肥土山(ひとやま)地区の夏会期は、
ニューヨーク在住の長澤伸穂さんの「うみのうつわ」と、
岐阜県の大学の先生でもある齋藤正人さんの「猪鹿垣の島」の2作品が展開。
両作品とも春会期からかたちを変え、さらに面白いものになっています。

「うみのうつわ」は、全長約4メートルの大きな船が登場。
ステンレスワイヤーとメッシュでフレームワークが作られ、
タペストリーのように織られた光ファイバーが船体に施されています。
この船、実際にひとりずつ乗れます。
天井から吊るされた船に乗ると、揺り籠のようにゆらゆらとし、
その動きに合わせるかのように光も白から紺碧色へとゆっくりと変化します。

真っ暗な室内に浮かぶ光る船。
海に浮かんでいるような、お母さんのお腹の中にいるような、
そんな不思議な感覚を楽しめます。

船体に施された光ファイバーによって美しく光る「うみのうつわ」。

船のドローイングも展示されています。

アーティストの長澤伸穂さんと。こんなふうに作家さんとの距離が近いことは瀬戸芸の嬉しいところ。

「うみのうつわ」が展示されている旧JA(農業協同組合)の倉庫。

そして、うみのうつわが展示されている旧JA(農業協同組合)の倉庫から
歩いて5分ほどのところにある「猪鹿垣の島」。
小豆島には、約200年前に築かれたとされる猪鹿垣(ししがき)が各地に残っています。
その文字の通り、猪と鹿から畑の農作物を守るために築かれた“山の防波堤”。
当時は全島をほぼ一周する約120キロの猪鹿垣があったそうです。
現在は、崩落したり、ダム建設により消滅したりしていますが、
その復興をねらい、修復をしつつ、道祖神や魔よけを組み入れたり、
陶の作品を展示したりするのが、この「猪鹿垣の島」という作品。

夏会期からは、瓦を使った猪鹿垣が新たに作られています。
この瓦は古い民家の瓦を一軒分すべて使用したそう。
うちの隣の家から、保存されていた瓦が運び出されていました。
こういう地域に眠っている資産を使って作る作品はなんだか嬉しい。

夏会期から新たに作られた瓦を使った猪鹿垣。

田んぼから眺める「猪鹿垣の島」。山と里との境界。

この「猪鹿垣の島」の奥に小さな展望台が作られているのですが、
ここからの風景がとても美しい。
猪鹿垣から集落を眺める。
猪や鹿は、猪鹿垣の山側からこんなふうに集落を見ているのかな。

「猪鹿垣の島」の奥にある展望台から眺める肥土山集落。

「猪鹿垣の島」近くの田んぼのあぜ道を歩く。作品とあわせて肥土山の風景も楽しめる。

夏会期、本当にいろんな意味であついです。
気候的な暑さに対しては十分対策が必要。
外を歩くことが多いので、帽子や日傘などは必須です。
それと、都会のようにすぐコンビニやカフェがあるわけではないので、
水分は常に携行しておいたほうがいいですね。

そして、気分的な熱さ!
こっちについてはテンションあげて、
瀬戸芸夏会期&島の夏を思う存分楽しめればと思います。

瀬戸内国際芸術祭2013、 いよいよ夏会期

新しく動き出す福田地区。

梅雨明けして、夏真っ盛りの小豆島。
照りつける太陽の陽射し、止まらない汗、セミの鳴き声、まさに夏(笑)。
本当に暑い日が続いています。

そして今週末7月20日(土)から、いよいよ
瀬戸内国際芸術祭2013(以下、瀬戸芸)の夏会期。
開幕直前の小豆島では、会場や作品の準備が各地で行われています。

小豆島には、夏会期から新たに加わるエリアがあります。
島の北東にある「福田(ふくだ)地区」。
人口約900人ほどの海に面する集落で、福田港という港があり、
本州の姫路とを結ぶフェリーが往来しています。
かつては石の産地として栄えていたそうです。
この福田も人口の減少により、4年前の2009年3月に
地元の福田小学校が廃校になりました。

海に面する福田地区。そしてすぐ後ろに山々。

道の向こうに海。こういう風景があちらこちらに。

集落の中にある葺田八幡神社の鳥居。

今回、その旧福田小学校も瀬戸芸の舞台となります。
今も毎日授業が行われているかのごとく、そのままの状態の教室、体育館。
隣には葺田(ふきた)八幡神社があり、そして周囲は力強い岩肌の山々。
視察に来られた北川フラム総合ディレターと福武總一郎総合プロデューサーは、
旧福田小学校を「福武ハウス」の場所として即断されたそうです。

葺田八幡神社。背後には山々がそびえ立つ。

校舎から眺める風景。子どもたちにとっては当たり前だったのだろうな。

そのまんまの教室。各教室内に作家さんたちのアートが展開されます。

音楽室。当時の楽器たちがそのまま置かれていました。

既存の状態をかなり残した校舎と体育館が、会期中は福武ハウスとなるそうです。
香港、韓国、タイ、シンガポール、インドネシア、オーストラリアなどの
アジアのアーティストさんたちが、各教室で作品を展開。
壁にはかつての張り紙が残されたまま。
そこに新たなアートが入り込んできて、小学校が再び動き出したような感じ。
すごく懐かしくて、でも新しくて楽しい。

Wei Lin Yangさん(台湾)の作品は、石などをみがく布を使ったオブジェ。

校舎エントランスから音楽室までの壁に絵を描くBo Lawさん(香港)。

陳斯恩さん(中央、シンガポール)と小豆島町の瀬戸芸担当の皆さん。皆で一緒に作品を作ります。

校舎のエントランスのオブジェ。西沢立衛さんの設計。

そして体育館と葺田八幡神社境内との間に新たにできる「葺田パヴィリオン」。
豊島美術館を設計された建築家、西沢立衛さんが設計。
何本もの大木が生えるその場所は、木陰と吹き抜ける風がとても心地良い。
その木々の間に大きな2枚の鉄の板が設置され、
その間にできる空間がカフェ(レストラン)スペースとなる予定。
このパヴィリオン横の屋外と体育館で、アジア参加国の料理が提供されるそう。

西沢立衛さん設計の「葺田パヴィリオン」。まるで船のよう。

大木に囲まれたこの場所は、木陰と風がとても気持ちいい。

福田地区は、小豆島町からも土庄町からも
中心地から少し離れた場所(車で30~40分)にあるため、
島に住んでいてもなかなか足を運ぶ機会がない。
でもこれからは少し変わりそう。
この福武ハウスや葺田パヴィリオンは、瀬戸芸期間中だけでなく、
その後も存在し続け、地元の自治会を中心に運用されていくそう。
7月20日から始まる瀬戸芸で盛り上がることは間違いなさそうだけど、
その後も含めて福田がどんな場所になっていくのかとても楽しみです。

江戸時代から続く伝統行事、虫送り

350年続く、幻想的な光景。

小豆島の肥土山に引っ越してきて、この地域の人として参加するのを
とても楽しみにしていた行事がふたつあります。
ひとつめは5月に行われた「肥土山農村歌舞伎」。
そしてもうひとつが「虫送り」です。

半夏生(はんげしょう)の日にあたる7月2日の夕方、
1661年から続いている伝統行事、虫送りが肥土山でありました。
映画『八日目の蝉』にも出てくる、とても幻想的な光景の行事です。
地域の子どもたちが、火手(ほて)と呼ばれる竹で作った松明を
田んぼにかざしながら、列を作って虫を追い払います。

肥土山の田んぼの中を火手を持って列になって歩いていきます。

火手の火は思ったよりも大きく危ないため、小さい子どもたちは大人と一緒に。

半夏生とは、雑節(季節の移り変わりをつかむために設けられた暦日)のひとつで、
夏至から数えて11日目頃の日。
昔は、夏至からこの半夏生の頃までに田植えをしていたそうで、
田植えが無事に終わったこの時期に、虫よけと豊作を祈願して
行われるようになったそう。

私たち家族は、今回初めて虫送りに参加。
まずは、火手づくりから。

実はこの火手、各家庭で作って当日持参します。
「うちはじいちゃんが孫の火手を作っとるよー」という感じ。
用意してもらえるものだと勝手に思っていたので、これには結構驚きました。
地元の子ども会が「いっしょに自分の火手を作りませんか?」
という機会を設けてくれたので、それに参加してマイ火手づくり。
基本的にどうやって作るのかは自由。
約1キロ歩く間に火が消えないようにするため、
パワーアップした火手を作る家族もあって面白い。
うちは初回ということもありオーソドックスな火手に。

お母さんと一緒に自分の火手づくり。木を挟んだ竹の先端を針金でぐるぐる。

ボロ布と木を束ねて針金でとめます。これが燃える部分。

竹の先端を割きます。この割いた部分にボロ布と木を入れます。

そして、当日。
地元のお寺、多聞寺で虫よけ、五穀豊穣を祈願、虫塚で稲の虫の供養を行い、
本尊に供えてある火を提灯に移して、出発場所の肥土山離宮八幡神社へ移動します。
子どもたちも夕方6時を過ぎると、みな火手を持って出発場所に向かいます。
出発前に、地元のお米農家さんから虫送りの目的や歴史のお話。

多聞寺のおじゅっさんが、虫塚で稲の虫の供養。

子どもたちは肥土山離宮八幡神社に集合。火手の持ち方などを聞く。

地元のお米農家さんから、虫送りの目的や歴史のお話を聞きます。

いよいよスタート。
ひとりずつ火手に火をつけてもらって、田んぼのあぜ道を歩きます。
約1キロ、次の集落との境目の蓬莱橋(ほうらいばし)まで。
暮れゆく中、約200人が火手を持って歩いていく様子は本当に幻想的で美しかった。
作られたお話ではなく、現実に存在している行事で、それに参加している。
ただただ感動。

虫送りの出発地。これからいよいよ虫送りのスタート。

小さい子から順番に火をつけてもらって出発。

地元のたくさんの方々が火をつけたり、警備をしてくださったりします。

ちなみに昔は、農村地帯が続く中山、肥土山、黒岩地区へと火をリレーして、
虫を海まで追い出していたそう。現在は肥土山単独で行われており、
海に繋がる伝法川の蓬莱橋から火手を川に落として、虫送り終了。

列になって歩く様子は本当に美しい。

伝法川の蓬莱橋から火手を川に投げて、虫送り終了。

350年以上も変わらないかたちで続いているというのは、本当にすごいことだと思う。
じいちゃんのじいちゃんもそのまたじいちゃんも
何世代にもわたって、ここで虫送りが行われてきた。
そして何より稲が育てられ続けている。
農のある暮らしがずっと続いている。

伝統行事の多くは、農のある暮らしがきっとそのベースにあるんだと思う。
だから多くの人が農から離れてしまったいま、
行事は消滅したり、形式的なものになりつつある。
目的やその精神も残し続けることは本当に難しいことだと思う。
それでも、この美しい行事や農のある風景が、途絶えることなく続いていくことを願い、
私たち家族も関わっていければと思う。

「本当のいやげ物」 結果発表第4弾

これは、欲しくない。

誰も欲しがらない、何の役にもたたない「いやげ物」。
そんな埋もれている「いやげ物」を発掘していこうじゃありませんか。
では、みうら所長の講評です。

ギガ次郎さんの投稿
これはメモ帳ですが、タオルやクリアファイルなど、いろいろありました!
個人的にはしばかれたくありません。痛そうだし。
産地:大阪

みうら:コワイ人ばっかりじゃないと思うよ大阪。
なにわリズムって言われても困るよね。

渡部優子さんの投稿
自分で買ったものの、ホテルの部屋で広げた瞬間「しまった」と思いました。
翌日の東京は雨でしたが、意地でもさしませんでした。
産地:東京

みうら:雨が降らなきゃいいね。
傘さしてる人は優勝もしてないしね。
オレ、やっぱ濡れて帰るわ。

yotecoさんの投稿
収集してるたぬきグッズの中の最もいらないものです。
この文化、どうやら全国の土産物にあるようですね……。
産地不明

みうら:うーん、これは欲しくなくていいね。
“いやげ物”とは、そもそもこの手のモノだから。
使えないうえに、置き場もないってね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

みうら所長より
尿瓶、買ってみたよ、シビン。
2000円からのオークションだったけど、2100円でオレが落札した。
問題なのは、使用済みか、否か。一応、新品って書いてあったけどよく分からない。
商品名「昭和レトロ 尿瓶」、レトロってこんなものにも付くのね。
いまの尿瓶って、プラスティック製なんだね。とんと入院してないから知らなかった。
で、オレの買ったのはガラス製。ラムネの瓶にカンジが似てる。
高校生のとき、入院してた病院でもこれ。とてもなつかしい。
気泡がボディ全体に入っていて、これにラムネ入れたら飲めそう。
仕事場の机の上に置いて、毎日見てるんだ。
これからはさ、介護もあるでしょ。親とか、自分とかさ。
突然だと慌てるから徐々に揃えていくのもいいと思って。
やっぱ、そのときは見た目にもグッとくるデザインじゃなきゃ。
また、オークション見てたら今度は大正時代の尿瓶が出てた。モロ、渋い壺でさ。
どうする? 買っとく? なんて、思ったけど、今度はハッキリ“使用済み”とある。
うーん、徐々にいくか、シビン・ワールド。

編集部より
奥深い世界がいろいろとあるものですね。
レトロ感漂ういやげ物、フィギュ和、海女グッズもお待ちしております。

募集は終了しました。たくさんのご応募ありがとうございました。

「美術館ロッジ」作戦3

アーティスト鴻池朋子さんが中心となって、
秋田の山小屋に作品を設置するプロジェクト「美術館ロッジ」。
その全容を、プロジェクトスタッフの一員でもある
黒田由美さんのレポートで3回にわたりお届けします。

なぜ雪山にアートを運んだのか。

さて、今回はいよいよ一連の「作戦」のクライマックス、
リサーチを経て実際に創り上げられた鴻池さんのアート作品を、
標高1275メートルの森吉神社避難小屋に設置する「作戦3」のレポートです。

「どうして山小屋にアート作品なの?」という質問に即答できなかった私ですが、
「なぜわざわざ雪山に作品を設置しに登ったの?」という疑問には、
「そこに雪山があるから」
いえ、「雪山でないと、作品を頂上近くまで運べないから」と答えられます。

つまり、鴻池さんの作品を梱包した巨大なハコはゴンドラに乗りきれず、
そうするとピラミッドを建築したがごとく、
人力で運び上げるしかなくなるのですが、それはあまりにも非効率です。
が、雪が登山道はおろかアオモリトドマツをはじめ、
すべてを覆い尽くした雪山ではすべてがフラットになり、
巨大なハコもスノーモービルで一気に頂上近くまで運び上げることが可能になるのです。
南国育ちの私にとっては、世界がひっくり返るような大胆な作戦です。
そういえば、福井出身の同僚から
「冬は雪に埋まって道がなくなるから、小学校までまっすぐ最短距離で行ける」と聞き、
「よくわかんないけど雪国って、ある意味自由で革命的だな」と思った覚えがあります。
不自由さばかりが強調される豪雪ですが、
私はそこに別な可能性が開ける「フリー」を感じました。

雪山だから運ぶのです。

が、難関はやはりあります。
避難小屋はある程度雪が少なくなった作戦決行の3月でも、
搬入口の1階の入り口は雪に埋まっています。
新秋田県立美術館の会議室で、インストーラーの大森興太さんと打ち合わせをしながら
「これは6m ×6m ×6mは掘らないと無理ですね」
「つまり、この会議室くらい雪かきしないとダメってことですか?」
「そうですね……」
私たちは、無言で自分たちがいる会議室の広がりを天井まで見回しました。

標高1275メートルの雪山で「誰が雪かきをするのか」が大問題でしたが、
そこはなんと阿仁スキー場の頼もしいスタッフの方々が名乗りをあげてくださいました。
スノーモービルも阿仁スキー場の吉田茂彦さんに、何から何までお世話になりました。
そして今回の作戦3の、2013年3月12日から17日まで6日間にわたる山岳ガイドは、
前半は作戦2の福士功治さん、そして後半はなんと森吉山山岳会の会長、
森川鉄雄さんみずから務めてくださることになりました。もったいなや。

いま振り返ると、阿仁スキー場や森吉山山岳会の方たちが
参加してくださっているからこそ、山の神様は、
私たちの「美術館ロッジ」作戦を成功させてくれたのかな、と思います。
それほど、幸運に恵まれていたと言えますし、
何かを掛け違えただけで、絶対に実現できなかったプロジェクトでした。
この場を借りて、関係者のすべての方々に御礼申し上げます。

あ、ここでシめてはダメですね。まだこの項は始まったばかりでした。

雪かきの図。雪に埋まった避難小屋を発掘するイメージです。

そして、舟は山に登る。

いきなり、ネタばれしてますが、
鴻池さんがひとり埼玉の高麗のスタジオで制作していた作品は「舟」でした。
大きな惑星がその底にがっしりと喰いついた“飛ぶ舟”には、
女の子がオオカミらしき獣とともに乗りこんでいるようです。
“惑星”は作戦2で森吉山に登る前には出現していなかったらしいので、
「山組」のメンバーのあいだでは
「あれは“だまこ鍋”の“だまこ”の化身なのでは」とささやかれています。

この「舟」が、縦3メートル近くのハコに厳重に梱包されて
470キロの距離をトラックで運ばれ、阿仁スキー場のゴンドラ乗り場に到着したのが、
2013年3月14日。食堂横で一晩過ごし、鴻池さんの森吉山入りを待って
森吉神社避難小屋へ一気に運び上げます。

一方、あやぶまれていた「6m ×6m ×6m」の雪かきは、好天に恵まれ、
なんと3月12日の午前中だけですべてが完了してしまいました。
インストーラーの大森さんの報告によると
「まさかの1時間で開門状態に。今日がいかにコンディションが良かったか、
こんな日はまれだとみなで話し合いました」

そして、この「好天」は鴻池さん到着の15日まで続きました。
お山の上はまさに成層圏! 
スノーモービルはあっという間に森吉神社避難小屋近くまで
鴻池さんと作品を運び上げましたが、最後は人力となります。
スタッフのほかに、阿仁スキー場のツイッターを見たご夫婦が
わざわざ駆けつけてくださいました。
その光景は、まるで村のみんなで大量の収穫を祝うような、
あるいは王様の棺を天近くまで運び上げるような、
祝祭とも鎮魂とも言える不思議な様相を見せていました。

作品とともにスノーモービルに乗り込んだ鴻池さん。下向きなのでものすごく楽しかったそうです。

阿仁スキー場ゴンドラ乗り場を出発。ブリューゲルの絵みたいです。

一面真っ白。スノーモービルで一気に上ったあとは、みんなで運びます。

搬入時の森吉神社と冠岩。1275メートルだけど、成層圏みたいです。

このように非常に多くの方々に助けられて
無事、森吉神社避難小屋に届けられた作品ですが、
いよいよ設置作業が行われる3月16日はなんと再び雪。
新秋田県立美術館の林栄美子さん、VOLCANOISEの坂本里英子さん、
そして私はこの日から合流。「誰が雪女?」と軽口をたたいていられたのも最初だけ。
阿仁ゴンドラを降りると、そこは12月と同じような視界5メートルの真っ白な世界です。
森吉山山岳会の会長、森川さんを先頭にして粉雪の舞う中、
黙々と1時間半の道のりを歩きます。

後に5月3日の山開きにあたって、山岳ガイドの福士さんに
「作品を見に行く時のアドバイスをください」とお願いしたところ、
「天候が変わりやすいので、必ず雨具の準備を」とのことでした。
クマについてはほとんど心配することはないけれど、
天候だけには気をつけてほしい、それがいちばん重要なことだそうです。
この時も前日の真っ青に晴れ渡った山の景色がまるで別の時代のことのように、
灰色の空の下、雪が風をともなって横殴りに吹きつけてきました。

翌日は一転して雪模様。あまりに違い過ぎる森吉神社と避難小屋。やはり山はあなどれません。

冠岩と鴻池さん。

「舟」を飛ばす準備中の鴻池さんとインストーラーの大森興太さんと田沼智史さん。息が白いです。

森吉山山岳会会長の森川さんと、作品の一部となるオオカミ。

たどりつけない美術館。

余談ですが、この5月3日の山開きに設営時のカメラマン長谷川拓郎さんと
森吉神社避難小屋まで行こうとしましたが、季節外れの吹雪で果たせませんでした。
再会した森川会長も、「こんなことは経験したことがない」とおっしゃるほど、
まれなことだそうです。ひょっとして私が雪女? って話でもありますが、
それほど、人間の意志とは関係ない不確定要素が大きいということでもあります。
東京から新幹線で4時間、秋田市からさらに1時間半、それでもたどりつけない。

たどりつけない場所もあるということ、
それを自覚するのは大切なことなんじゃないかと思います。
「ああ、今回は見られなかったな」
そんな、七夕みたいな美術館が世界にひとつくらいあってもいい。

私は搬入時に実際の作品を細部まで見ていますが、
ゴウゴウ鳴る吹雪とマイナス5度の冷気の中を飛んで行った「舟」。
それは私の心の中ではまだその世界を飛び続けています。
ここにないけど、そこにあるもの。

飛んでいるかのような「舟」。

私の話を聞いて「雪山に登って作品を見たい」という
酔狂な方もいらっしゃるかもしれませんが、
山岳ガイドの方といっしょでない限り、絶対におすすめしません。
「帰るまでがアート」なので、必ず現実世界に生きて戻って来てください。
そしてこれから森吉山に行ってみたいという方、
夏と秋は本当に誰でも登れるやさしい山に変貌しますので、
ぜひ雨具持参でチャレンジしていただきたいです。

最後になりましたが、「どうして山小屋にアート作品なの?」という疑問に、
鴻池朋子さんがじきじきにお答えいたします。
かなり無茶ぶりですけれど。で、どうして山小屋なんですか?

「わしゃようわからん! というのが正直な気持ちかな。
結果がわかっていたらやりませんし。ただ、人は山に行って、
そしてまた家に帰って来るためなんだろうなということは感じました。
行って、ある地点を境に、再び帰って来る。
その折り返し地点に何かあるんでしょうね。
それについては、あと何回か、何年か、このプロジェクトが
時間をかけて続いていった先に、見えてくることなんだと思います。
でも、こんなに果てしなく、目的も見えず、貨幣価値での採算もとれない遊びを、
みんなが協力して興味を持って真剣にやる。
そういう自然な集まりこそ重要だと思います」

「わしゃようわからん」
秋田美人がだいなしです。
やはり山の獣、いえ、山の神が一部降りてきていらっしゃるのでしょうか。

この秋には、美大の学生たちの野外授業が、森吉山と阿仁周辺で行われるそうです。
また、森吉山をはじめ、秋田や東北の山々で、来年以降の「美術館ロッジ」も計画中です。

どうして山小屋にアート作品があるのか。
その答えは、月並みですが、あなた自身で見つけてみてください。
鬼が出るか蛇が出るか。
ちょうど今年の半分、半夏生の森吉山は、美しい花でいっぱいです。

こちらはヒナザクラ。森吉山は夏と秋は誰でも登れる山です。ぜひ、美術館ロッジへ。

前橋 Part4 リユースとリサイクルのあいだに。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
前橋編・目次

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今回、山崎さんが注目したのは、産業廃棄物にあたらしい命を吹き込む
「モノ:ファクトリー」を展開している株式会社ナカダイ。
1日約50トンも運び込まれる廃棄物を「素材」さらに、「ソーシャルマテリアル」
と言い換えてみれば、リサイクルのあたらしい方法だけでなく、
これからのわたしたちの生き方までもが見えてきそうです。
そんな “リマーケティングビジネス” の仕掛人とも言える、中台澄之さんを訪ねました。

“廃棄物” を言い訳にしないデザイン。

山崎

9月に予定されている「産廃サミット(*1)」も、俄然興味がわいてきました。
もう3回目の開催なんですね。

中台

個人、団体を公募して、ナカダイのマテリアルを用いた作品展示を中心に、
ワークショップの開催、マテリアルの販売やリユース、リサイクルの流れなど、
さまざまな“使い方”を提案してもらう場です。

山崎

コンセプトが、“廃棄物を言い訳にしない”デザイン!

中台

です(笑)。
「廃棄物だからこれしかできないよ」もNGだし、
「廃棄物だからエコ」的なのもどっちもNG。
そうすると、これやっておもしろいなあと思うのは、
実績をもってるプロダクトデザイナーほど頭を悩ますお題だということ。
学生なんかのほうが、直感で動けるというか、自由度が高いですね。

山崎

かもしれませんね。建築でも、たとえば一般的に
既製品を使うのはあまりかっこよくないとされていて、
「いかに特注品をつくらせたか」が一流の証、ステイタスなんですよね。
ぼくはそこにずっと違和感をもっていた気がするんです。
でも、あるとき書店で、クラウス・エン・カーン
(アムステルダムの建築設計事務所)が既製品だけでつくった
建築物の写真集『ビルディングス』っていうのを見つけたんです。
これが、かっこいい。しかも、アーキテクチャー(建築物)じゃなくて、
ビルディングス(建物たち)って言ってしまってるタイトルが
また力が抜けてていい(笑)。既製品だけで、めちゃくちゃかっこいい、
オリジナリティのあるものができてしまっている。
これってどういうことかというと、つまり、彼らは「編集」しているんですよね。

*1 産廃サミット:“廃棄物を言い訳にしない”をキーワードとして、さまざまなモノの使い方を創造することにより、リマーケティングビジネスの可能性を表現するイベント。ナカダイのマテリアルを用いた作品展示を中心に、ワークショップの開催、マテリアルの販売やリユース、リサイクルの流れなど、さまざまな“使い方”が提案される。次回は2013年9月7日(土)~15日(日)にプラス株式会社 赤坂ショールーム「+プラス」にて開催。

ナカダイ前橋支店に併設された「モノ:ファクトリー」

ナカダイ前橋支店に併設された「モノ:ファクトリー」。大迫力の鉄の棚に、気になる「廃棄物、改め、マテリアル」がずらりと並ぶ。

中台澄之さん

「まだまだうまくことばにできないことも多いんだけど」。新しいモノの流れと産業をつくる“リマーケティングビジネス”に挑戦する中台さん。

“使う” と “捨てる” をつなぐビジネス。

中台

以前はほかとの差別化という部分で
「ナカダイならではの独自性」みたいなことを言いがちだったんですけれど、
そうじゃないなってわかってきたんです。ゴミに優劣はないですからね。

山崎

そりゃあそうです。

中台

そこをつき詰めていくと、お客さん、つまりうちに廃棄物を出してくださっている
企業様の「気づかない価値」を提案することが重要なんだな、と。
それを実行するのはうちじゃなくて、ナカダイが縁を取りもつ
アーティストやデザイナー、建築家や学生たちで、
リサイクル率の高さだけでなく、彼らが見いだす「あたらしい価値観」が、
廃棄物を出す企業にとってのCSRになるようなビジネスケースをつくりたいんです。

山崎

社会貢献だけど、ちゃんとビジネスになってると。

中台

はい。うちにとってはビジネスとして成立しなければならない。
ただ、リーマンショック後のいまは、利益ではなく、
「理念」で社員をひっぱっていくべきなんだと思っています。
企業のトップとして「コミュニティを活性化させるためのビジネスができますよ」
と提案し、ビジネスを創出していくひとりのアーティストであるべきだと。

山崎

「ビジネスアーティスト」という肩書きの所以ですね。

中台

はい。
山崎さんの「コミュニティデザイナー」に触発されて、名づけてみました(笑)。
まだまだうまく言語化できない思いも多いのですが、
多様化する社会のニーズにあうコミュニティデザインを、
ビジネスとして提案できればと考えています。

山崎

そのなかで「モノ:ファクトリー」の位置づけは?

中台

リユースとリサイクルのあいだを埋める「場」ですね。
中間処理場じゃなくても、この機能だけ全国に展開していっても
おもしろいんじゃないかと思ってるんですが。

山崎

フランチャイズ展開! うん、おもしろそうですね!

シャンデリアのパーツ

「モノ:ファクトリー」内でマテリアルとして販売されているシャンデリアのパーツ。「それが何だったか」を考えるのもたのしいけれど、ただ「キラキラしてきれいなもの」として愛でるのもまた一興。一部はオンラインで購入も可。https://monofactory.nakadai.co.jp/store/

ワークショップで作られるアクセサリー

ナカダイ前橋支店に併設された「モノ:ファクトリー」では、マテリアルを使ったものづくりワークショップも行われる。

information

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株式会社ナカダイ

再生資源、中間処理、廃棄物コンサルティングなどを行う会社。中間処理場である前橋支店での取扱量は1000t/月程度で、リサイクル率は95%を超える。粕川工場では、リユースを目的とした中古家具をオークションする市場、“MRC(マテリアル・リバース・センター)”を運営、その他、工場やオフィスビルの管理や廃棄物削減などのコンサルティングなども行う。2010年より、新しいモノの流れと産業を創る“リマーケティングビジネス”を展開。前橋支店内に、“発想はモノから生まれる”をコンセプトにした、「モノ:ファクトリー」を併設し、様々な“マテリアル”を発見できる「マテリアルライブラリー」、そこから生まれた商品や作品などを販売する「ストア」、ワークショップのできる「工房」を整備。工場見学やリサイクル体験プログラムなども随時受け付けている。

ナカダイ前橋支店

住所:群馬県前橋市駒形町1326

TEL:027-266-5103

Web:http://monofactory.nakadai.co.jp/

profile

SUMIYUKI NAKADAI 
中台澄之

1972年生まれ。ビジネスアーティスト/株式会社ナカダイ前橋支店支店長/モノ:ファクトリー代表。東京理科大学理学部卒業、証券会社勤務を経て、ナカダイに入社。ISO14001の認証取得や中古品オークションを行う市場の立ち上げなど、総合リサイクル業として事業を拡大。“リマーケティングビジネス”を考案し、“発想はモノから生まれる”をコンセプトに、モノ:ファクトリーを創設。使い方を創造し、捨て方をデザインするビジネスアーティストとして、さまざまな研修やイベントなどの企画、運営を行っている。

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

田舎で子どもを育てる

田んぼで力いっぱい遊ぶ子どもたち。

梅雨らしい天気が数日続いている小豆島。
梅雨というより夏の豪雨のような雨が降り続け、
田んぼの稲も、畑の野菜や雑草もぐんっと大きくなった。
緑が一層濃くなり、いよいよ夏がそこまで来ているのを感じます。

私たちが暮らしている小豆島の肥土山(ひとやま)というところには、
小さな田んぼがあちこちにあります。
小さなといってもそれなりの面積はあり、
なんというか田舎スケールで考えた時の“小さな”田んぼです。
大きな米農家さんがどーんと広大な田んぼで米を育てて販売するというより、
それぞれの家が田んぼを所有をしていて、
自分の家や知り合いの分のお米を育てるという感じ。
家のすぐそばにも田んぼ、幼稚園に歩いて行く時にも田んぼ。
いまの時期は青々とした田んぼがとても美しい。
そして、子どもたちは毎日のように田んぼでカエル探しをしています(笑)。

あちこちにある田んぼ。青々としたその様がとても美しい。

夕方、近所の友だちとカエル探し。毎日毎日飽きずによく探します。

その肥土山の田んぼで、先日「どろんこ遊び」がありました。
「美水(みみず)くらぶ」さんが主催してくださるイベントで、
島中の幼稚園児や小学生たちがやってきます。

美水くらぶさん主催のどろんこ遊び。幼稚園から手をつないで歩いたきた子どもたち。

美水くらぶさんは、9年前から活動されている地域の人たちのグループ。
小豆島肥土山で昔ながらの農法でお米作りをしており、
子どもたちにいろいろな体験をさせてくれます。
春のどろんこ遊びから始まり、田植え、草抜き、
秋には稲刈り・はざかけ、脱穀、そして餅つき。
1年を通して、お米を作ることがどんなことなのか、楽しみながら教えてくれます。

私たちが肥土山に引っ越してきたのは去年の10月末だったので、もう稲刈り後。
なので今年は初めてこの1年を通したイベントに参加できます。
実は親の私が一番ワクワクしているのかも(笑)。

どろんこ遊びの日は、晴れ渡った気持ちのいい日でした。
砂場のどろんこ遊びとは迫力が違って、とにかく本気。
子どもたちの表情や動きが本当に楽しそうで、見ているこっちまで興奮しました。
田んぼで駆けっこをしたり、綱引きをしたり、体全体を使って楽しむ。
遊ぶってこういうことなんだなと。

田んぼで駆けっこ。力いっぱい走ってました。

田んぼで綱引き。この風景の中で遊ぶというのはとても贅沢だなと思う。

顔まで泥んこ。

体全体を使って遊ぶ姿は本当に楽しそうでした。

そしてそれをただ見守るだけでなく、
美水くらぶの皆さんや幼稚園の先生たちも一緒に遊ぶ。
一緒に遊びながら、子どもの遊び方の幅を広げる、
さりげなくフォローする大人たちの姿がとてもかっこ良かった。

美水くらぶさんたちも一緒に綱引き。遊び方を教えてくれる。

面白い遊び道具がたくさん。黒い浮き輪みたいなものは、トラックのタイヤから抜き取ったチューブにタライをはめた手作りの遊び道具。

この日は、久々に心が震える風景を見た気がした。
大げさかもしれないけど、それくらい素敵なイベントでした。

田舎で子どもを育てるということは、いいことばかりではない。
素晴らしいこともある反面で、そもそも子どもの数が少ない、
そして教育レベルについてもよく指摘される。
そういうことはやっぱりちゃんと意識して、何らか工夫しないといけない。

それでも、いまの私たちが選んだ子育ての場所はここ。
家で働きながら、子どもとともにどう暮らしていくか、
まだまだ模索中というところかな。

「美術館ロッジ」作戦2

アーティスト鴻池朋子さんが中心となって、

秋田の山小屋に作品を設置するプロジェクト「美術館ロッジ」。

その全容を、プロジェクトスタッフの一員でもある

黒田由美さんのレポートで3回にわたりお届けします。

作品は山にあり、旅人は村をゆく。

山小屋にアート作品を設置する「美術館ロッジ」プロジェクト。
前回は、北秋田市の森吉山標高1275メートル付近で展開された
作品設置のための「山組」のリサーチ「作戦1」のレポートをお届けしましたが、
今回は同日(2012年12月18日)その森吉山のおひざ元、阿仁地区と
秋田内陸縦貫鉄道沿線で繰り広げられた「村組」のリサーチ「作戦2」を振り返ります。

「村組」メンバーは、VOLCANOISEの坂本里英子さんは
東京からのわかりやすい「旅人」ですが、
他のメンバーもほとんどが県庁所在地の秋田市から集まった「旅人」です。
同じ秋田県内ですが、この地域に足を運んだことがない人ばかり。

よく「帰るまでが遠足です」と言いますが、
「帰るまでがアートです」と私は言いたいです。
鴻池朋子さんの個展「インタートラベラー 神話と遊ぶ人」を見るために
鹿児島の霧島アートの森に行きましたが、鹿児島空港に着いたら
1時間に1本しかないバスは行ったばかり、仕方ないので旅館の人に電話すると
「タクシーで最寄りのJRの駅まで連れて行ってもらえ」と教えてもらい
偶然連れて行かれた駅が、実は100年の歴史を持つ有名な嘉例川駅(かれいがわえき)で
1日に2本しか通らない特急「はやとの風」を目撃し(ちなみに私は鉄子ではありません)
最初のがっかり感から一転、非常にトクした気持ちになったことや、
宿泊した栗野岳温泉の南洲館の裏にある
モウモウと蒸気が立つ地獄みたいな源泉の原っぱの光景と、たちこめるイオウの匂い、
夜鳴いている何者かの声(ヨダカだと聞いた気がします)、
そんなゴタゴタした一連の記憶の数々と、私の中に残された芸術の体験は渾然一体です。
「アース・ベイビー」は先だって展示された東京オペラシティで見るよりも、
火山の力をそのまま感じる鹿児島の大地の方がふさわしいなぁ、と
勝手に思ったりもしました。

あ、鹿児島ではなくて、秋田の話でした。

というわけで前置きが長くなりましたが、
「美術館ロッジ」に至るために避けては通れない阿仁のまちと
秋田内陸縦貫鉄道沿線地域を、「村組」はリサーチすることになりました。
森吉山山頂に決して負けない、雪が降りしきる中!
私も同行したかったのですが「作戦1」で山に登っていたので
生き霊を飛ばすわけにもいかず、「村組」サブリーダーの坂本里英子さんに
その日の模様を思い出してもらったものを再構成しようと思います。

角館と鷹巣を結ぶ秋田内陸縦貫鉄道。森吉山まではこの阿仁合駅からゴンドラへ。

「山の学校」藤原先生とのふたり旅。

「あきた山の學校」代表の藤原優太郎さんは、実は「山組」の隊長となる予定でした。
しかし、あろうことか、作戦実行の直前に足を骨折されてしまったのです。
いつも登っている標高1000メートル級の山ではなく、ご自宅の裏山で……。

「骨折!」
一瞬「美術館ロッジ」プロジェクトのスタッフの間に緊張が走りましたが、
そこはぬかりなく「山組」には藤原先生の愛弟子である
山岳ガイドの福士功治さんが送り込まれ、先生は「麓サポーター」として、
「村組」と行動を共にされることとなりました。
藤原先生は山に詳しいのはもちろんですが、
奥州街道と並ぶ東北二大街道として発展した羽州街道の著書などもあり、
秋田の歴史にも精通されています。
坂本さんが藤原先生に最初に案内されたのは「西根打刃物製作所」。
マタギ専用の刃物を作っていたところです。

Wikipediaによると——
マタギは、東北地方・北海道で古い方法を用いて集団で狩猟を行う者の集団。
一般にはクマ獲り猟師として知られるが獲物はクマだけではない。

「クマだけではない」と言っていますがクマは阿仁のキーワードです。
あらゆるところにクマが出没します。
まず、阿仁合駅の中に「こんな山奥になぜ!」というくらいおいしいランチが出る
「こぐま亭」があります。クマじゃなくてウマのカレーが出てきます。
そして除雪された道路を見ると、マンホールはクマの親子です。
こんなに可愛い母子グマですが、
子グマを連れた母グマほど危険なものはないと聞きます。

「おじいさんがマタギ」という秋田内陸縦貫鉄道の齊藤伸一さんによると
「クマがすんでるところにまちがあるからね」ということでした。そういうことか。

こぐま亭の馬肉カレー。某有名店で修行したシェフの一品。

かつて見たことがないほど可愛すぎるマンホール。

夏の写真ですが、熊がきます。

西根打刃物製作所の話に戻ると、店主で職人の西根 稔さんは
既に亡くなられており、奥様にいろいろお話を伺いました。
ナガサはマタギである人でなければ作ってはいけないと、
ご主人の西根さんは考えていらっしゃったそう。

そして「マタギ資料館」で、現役のマタギである鈴木英雄さんのお話を聞きました。
鈴木家は代々マタギで、英雄さんの祖父の「ヒマラヤ辰五郎」こと鈴木辰五郎さんは、
ヒマラヤの雪男探検隊に阿仁マタギのほかの4人と一緒に加わったこともあるという
マタギの中のマタギです。

当時(昭和49年)の秋田県の広報誌によると――
マタギ5人の“サムライ”たちは、足跡さえ発見できれば
マタギ猟法「ふぎりの作戦」(足跡をたどっていけば見失ってしまうので、
足跡を中心に先回りして包囲態勢をとる)で絶対に発見してみせると自信満々。
しかしこれには「マタギはみんな高山病になって帰って来た」という
後日談がついているそうです。
クマや雪男はこわくないけど、高い山には勝てなかったというお話。

マタギの語源には諸説あるそうですが、
「特殊な山言葉を使い、人間の恐れる(鬼のような)獣に向かっていくことから
『又鬼』という」というのが藤原先生から聞いた説。
確かに不思議な文字です。伝奇小説の題材になりそう。

この日はほかに、黒文字で「かんじき」を作るお宅を訪問して終了。
藤原先生との歴史探訪のかたわらで、坂本さんは
お会いした方々の顔をずっと見ているうちに、その土地とぐんぐんつながって
「新しい物語」が生まれていく感覚を覚えたそうです。

「叉鬼山刀(マタギナガサ)」は、足元の邪魔な下草などを刈りながら進むための道具だということ。

「あきた山の學校」代表でもある藤原先生。西根打刃物製作所の奥様から、思わぬ鎌のプレゼント。

特殊な山言葉を使っていたというマタギ。確かに、読めません。

人間が生活するまちとしての阿仁。

翌日の12月19日は、下山した「山組」と昨日リサーチを終えた「村組」とで
合同報告会を行いました。
阿仁はクマとマタギばかりのまちというわけでは決してなく、
明治時代までは鉱山で栄えた北秋田随一の人口を誇るまちだったとのこと。
「村組」メンバーの郷土史研究家の小松和彦さんによると、
大きな遊郭が4軒も隆盛を競っていたそうです。
前の晩は遊郭跡のすし屋さんに出かけて往時を偲んだとか。

ココラボラトリーの佐々木陽子さんは、阿仁の食についてリサーチ。
宿泊した駅前の宮越旅館の厨房に入って、「馬肉のぜんまい、ブナカヌカの煮込み」
「だまこ」「こはぜジャム」などの作り方を習いました。
また、給食センターでは「地産地消」のメニューを体験。
そのひとつ「伏影りんご」のジュースは私も道の駅で買いました。
寒暖の差が大きく味の良いりんごが獲れるとのことで、コクがあっておいしかったです。

デザイナーの後藤仁さんは、いまではほとんど残っていない活版印刷の印刷所へ、
そして「村組」リーダーで秋田市のギャラリー、
ココラボラトリーのオーナーでもある笹尾千草さんは、
まちの中でひっそりと美しいアートをつくり続ける女性たちを訪ねました。
秋田で手芸教室を主宰する東海林裕子さんは、「秋田女性チャレンジ」で起業した、
阿仁合駅前のアンテナショップ「ひまわり」を経営する清水テイ子さんを訪問。
いずれもエネルギーにあふれる方たちばかりで、
現在を生きているまちの方々と、貴重な交流を果たすことができました。

「村組」報告会の様子。マタギとクマの話のほかに、鉱山町だった阿仁の歴史や、郷土料理など、紹介しきれなかった報告が盛りだくさんでした。

「村組」のデザイナーの後藤さんが発掘してきた品。

再びクマと野生について。

一方、報告会が行われている最中にも、クマにとり憑かれた(?)坂本さんは、
クマの獣医でもあり北秋田市の職員でもある小松武志さんを単独で訪問。

小松さんはクマと人間との境界について考え中とのこと。
クマと人間との関係は、東京にいても
「山菜採りで山に入った人がクマに襲われる」とか
「市街地にクマの親子が出没」など
ニュースを聞いていれば危機的状況にあることがよくわかります。
でも「クマがすんでいるところにまちがある」というこの阿仁地区に実際に行ってみると、
なんだかそんな「棲み分け方」で片づけられる単純な話ではない気がしてきました。

私たちが話を伺った人たちが偏っているのかもしれませんが、
「おじいさんがマタギ」だとか
「鈴木という普通の名前の人がマタギには多すぎる」とか
「全員がマタギ一族なんじゃないか」と思うくらい、
このまちには「マタギの気配」があふれている気がしました。
というか、クマ博士の小松さんだってこのまちの出身ではないし、
出身の問題ではないのかもしれません。

坂本さんが小松さんのフィールドワークの話の中でいちばん気になった言葉。

「クマの足跡を追っていくと、自分がクマになったような気がする」

これは、神話や童話の世界ではよく語られている話と同じかもしれません。
先史時代の人間は、クマも人間も平等で、
お互いが行き来できる存在だと考えていたと言われています。
クマが人間になり、人間がクマになることが人間の心の中では常に起こっていた。
そういった動物も植物も鉱物も水も風も、森羅万象が
ひとつの全体性として認識されている世界が確かにあったように思います。

私自身は「自分がクマになったような」体験をしたことはありませんが、
坂本さんはこんなことを話してくれました。
「『東北を開く神話』展の会場前に設置した『リングワンデルング』(雪の中の迷路)で
鴻池さんのあとを追っていったら、自分がクマになった気持ちがした」

キツネやタヌキに化かされる場合もあります。

リングワンデルングを歩く鴻池さん。小道を歩いているうちに獣になっている可能性大です。

ということは、鴻池さんはクマなのか。
その時間帯はもしかしたら、人間と獣の間にいたのか。
少なくとも坂本さんはそう感じたわけです。
秋田市街のど真ん中でありながら、人工的に作られた雪山の迷路の装置の中で。
私が前回のレポートの最後で
「翌朝さらにひどくなったブリザードの中を、
再び5人(と1匹。いえ、鴻池さん)とともに道のない森吉山を降りて行きました」
と結んだのは、なんとなくそう書いたほうが自分の気持ちにふさわしかったからです。
あの山小屋という異質な環境で、鴻池さんは半分獣になっていたのかも。
そしてほかの5人のスタッフも、3分の1くらい獣になっていたのかもしれません。

山小屋は「野生と人間との『境』にあって時空間の媒介役をしており、
そこが私の作品設置場所となった」と、鴻池さんは
最近制作されたばかりのパブリックアートの作品集の序文で書いています。
クマを「野生」と置き換えると、何かのきっかけで、
野生と人間は行き来できるのかもしれません。

私たちの中に眠っている「クマ」的なもの、「マタギ」的なもの、
それは阿仁の人たちだけに受け継がれているのではなく、
旅人である私たちの中にも確かに存在するものであり、
それがたとえば「阿仁」なり「山小屋」なり「作品」なり、
その圏内に入ることでスイッチが入るのかもしれない、
と私は坂本さんの話を聞きながらぼんやりと考えたのでした。

(つづく)

小豆島のウラ名所、真砂喜之助製麺所

人と人が出会う場所。

小豆島は、年間約100万人が訪れる観光地です。
寒霞渓(かんかけい)や二十四の瞳映画村、エンジェルロード、醤の郷など
いわゆる観光スポットが数多くあります。
美しい景色、自然があふれ、美味しい食べものもたくさんある
とても魅力的な観光地だと思います。

それでも、観光客は年々減少。
ちなみに山陽新幹線が岡山まで開通した翌年、昭和48年には、
なんと154万人が小豆島を観光で訪れていたそうです。

そんな中、今年開催されている「瀬戸内国際芸術祭2013」。
そのプロジェクトのひとつである「小豆島 醤の郷 + 坂手港プロジェクト」では、
「観光から関係へ」とコンセプトをかかげ、
“名所をめぐるだけの一度限りの「観光」ではなく、
人と人とが出会うことで生まれる「関係」にこそ、
真の豊かさへのヒントがあるのではないでしょうか?”
として、さまざまな企画を展開しています。

まさにこの「人と人とが出会うことで関係を生みだしている場」が
島の中にはいくつかあります。
そのひとつが「真砂喜之助製麺所」さんです。

真砂喜之助製麺所のお素麺。細口、太口そうめんのほか、ふしめんもあります。お土産にちょうどいいサイズ。

この日は、こびきうどん(お素麺ほど伸ばさず、短くうどんのよう)の製造。つくる様子を見ることができます。

乾燥中のふしめん。お素麺を乾かす時にできる折り返しの部分。お吸い物に入れたりして使います。

お素麺は小豆島の特産品で、島のあちこちに製麺所があります。
ショップを併設した大きな製麺所から、家族で経営する小さな製麺所までさまざま。
真砂喜之助製麺所は家族で経営する、どちらかというと小さな製麺所。
「いらっしゃいませー」と迎えてくれるショップやカフェのような感じではなく、
お素麺をつくっているまさにその場所。
初めて訪れた時は、勝手に入っていいのかな、誰もいないのかなと
ちょっと戸惑いました(笑)。

いわゆる観光スポットでもないのに、真砂喜之助製麺所に行くと
高い確率で誰かと出会います。
それは知り合いだったり、以前から会いたいなと思っていた人だったり。
撮影に訪れたこの日も、すでにお客さんが。
そしてなんとずっとお会いしたかった人。
ここではこんなふうにしてリアルな関係が生まれています。

真砂喜之助製麺所でずっと会いたかった人に偶然遭遇。

さらにそういう関係から生まれたのが、お素麺の新しいパッケージ。
もともと真砂喜之助製麺所のお客さんだった
高松在住のイラストレーターであるオビカカズミさん。
1年ほど前に真砂さんのところを訪れ、
ちょうどパッケージを変えたいと思っていた真砂さんといろいろ話をしていくうちに、
新しいパッケージやリーフレットをデザインすることに。
いまではすっかりおなじみの真砂喜之助製麺所のパッケージですが、
リニューアルしたのはここ1年の話。
そしてオビカさんはこのお仕事をきっかけに、小豆島のお塩やオリーブなど
さまざまな商品パッケージをデザインするようになりました。
それまでは東京の人と仕事をする機会が多かったそうですが、
最近は小豆島に住んでるんじゃないかと思うほど、島にいます(笑)。

真砂さん(左)とオビカさん(右)。新しいパッケージの打ち合わせ。

去年リニューアルしたパッケージ。おしゃれで小分けにすることで、新しいお客さんが購入しやすいように。

オビカさんがデザインしたお素麺づくりの説明リーフレット。可愛いイラストでわかりやすく。

小豆島のウラ名所である真砂喜之助製麺所。
真砂さんのところでは、iPadでお素麺づくりやレシピの紹介をしてくれて、
タイミングがよければお素麺づくりの体験もできます。
建物の一角にある商品コーナーでお素麺やおつゆを買うことも可能。
そういういろんな仕掛けや工夫があって、人が集まる製麺所に。

そういう場所を巡り、人と出会い、新しい関係が生まれる。
これからの旅は、そんなスタイルが増えていくのかもしれませんね。

iPadでお素麺づくりについて説明。写真が多くて、面白いしわかりやすい。

お素麺の製造スペースの一角にある商品たち。お素麺のほか、お醤油やオリーブオイルも購入できる。

きたもとアトリエハウス

みんなでつくりあげていく場所。

埼玉県北本市。
北本自然観察公園という、公園というよりは森林といったほうがいいような、
自然豊かな公園に隣接する「きたもとアトリエハウス」。
一軒家を改装し、市民型アートプロジェクトの拠点、
またアーティストの滞在施設として、開かれた場所になっている。
ここで、人が集まる場所や空間をつくる活動をしているユニット
「L PACK」が中心となり、さまざまなアーティストや地域の人たちとともに
「OUR ATELIER HOUSE PROJECTS」が展開されている。

L PACKのふたりは、昨年の秋頃からこの場所に寝泊まりしながら改装を始め、
今年2月に完成。説明会を開いて改装を手伝ってくれる人を募集するなど、
つくりあげる過程からいろいろな人に関わってもらった。
「屋根裏にアライグマがいて、追い払ったこともありました。
朝は鳥のさえずりが聞こえたり、すごくいい環境です」と、L PACKの中嶋哲矢さん。

すぐ隣にある北本自然観察公園。うぐいすの鳴き声も聞こえた。

緑の中を抜けてアトリエハウスへ。

ここではイベントやワークショップのほか、
4月からコーヒーショップとマーケットを開いている。
もともとL PACKは、コーヒーを淹れることで
コミュニケーションを生み出す活動をしてきた。
「いろいろな人が簡単に使えたり、過ごしたりできる場所にしたかったんです。
まず僕らはコーヒーを淹れることができるから、カフェをやろうと思いました。
たとえばここでピザ窯をつくりたいという人がいれば、
その人が主導でつくってピザを出したらいいし、
お菓子をつくりたいという人がいれば、つくってもらいたい」

まずはコーヒーとフレッシュジュースでスタートしたコーヒーショップだが、
現在はメニューになるようなお菓子やスープの試作が行われている。
そうやっていろいろな人が参加しながら、少しずつかたちになっていく。
お客さんはまだそれほど多くはないが、ほぼ毎日来てくれる近所の人がいたり、
コーヒーを飲むだけでなく、話をしに立ち寄ってくれる人もいる。

マーケットでは、いろいろなものを売っている。
L PACKの友人の作家がつくったもの、近所の人が葡萄の木でつくったかご、
自分で組み立てることのできるオリジナルのスツールなどなど。
売りたいものがある人に、ものを持って来てもらう。
マーケットもみんなの手でつくりあげるスタイルだ。
季節ごとに入れ替えをする予定で、夏には「サマーマーケット」になる予定。

L PACKの中嶋哲矢さん。コーヒーショップのメニューは、コーヒー 320円、カフェオレ 370円、フレッシュジュース 350円など。

4月から開いている「SPRING MARKET」。積み重なっているのは組み立て式スツール「OUR CHAIR」。

この場所は、アーティストの滞在場所にもなっている。
取材時には、アーティストの狩野哲郎さんが滞在中だった。
このときはL PACKと長野で行う展示を控えており、打ち合わせも兼ねての滞在制作。
「こういう環境で長い時間を一緒に過ごせると、
形式的な打ち合わせでは出てこないアイデアも出てきます。
本を読んだり、散歩をしたり、本棚をつくったり、絵を描いたり。
描いた習作を壁に架けてみたり。半分展示のような環境で制作していると、
人に見せないで制作していたときとは明らかに違うものができますね」と狩野さん。

その狩野さんが滞在中、制作以外で力を入れていたというのが、料理。
その腕前は、中嶋さんが「リストランテ KANO」と絶賛するほど。
北本市には市内に80軒ほどの野菜の無人販売所があるといい、
きたもとアトリエハウスのすぐそばにある販売所で買った無農薬野菜で、
野菜のグリルなどをつくった。
こんなに楽しそうな滞在制作からは、きっと豊かなものが生まれるはずだ。

アーティストたちが作業したり食事をしたりするスペース。奥では狩野さんが制作中。

狩野さんが制作した作品をなんとなく仮展示。自作の本棚に、狩野さんがここで読むために持参した本が並ぶ。

動物を作品に取り入れることもある狩野さん。果物を設置すると鳥がついばんでいく。「インスタレーションまでいかなくても、作家がこういうふうに痕跡のようなものを残していってくれるのが面白い」と中嶋さん。(撮影:狩野哲郎)

ある日の夕食。柳宗悦の本を参考に、庭に食べられる草があるのを見つけて調理してみた。(撮影:狩野哲郎)

また取材時は不在だったが、食をテーマに活動するアーティスト、
EAT & ART TAROさんもここでプロジェクトを展開中。
参加者を募ってきたもとアトリエハウスの前にある畑に野菜を植え、
収穫できる頃には畑の畝をテーブルにして、
とれた野菜を畑で食べる「畑ダイニング」をつくろうとしている。
畑そのものが作品になってしまうというユニークな試みだ。

本格的な農業ではないけれど「畑ダイニング」の参加者たちは、このちょっと変わったプロジェクトを気軽に楽しんでいるよう。(写真提供:キタミン・ラボ舎)

作物に水をやるEAT & ART TAROさん。まずはここでビアガーデンを開くのが目標。(写真提供:キタミン・ラボ舎)

緩やかにつながるコミュニティ。

きたもとアトリエハウスを運営しているのが、北本市のNPO「キタミン・ラボ舎」。
越後妻有のような大型の芸術祭はできなくても、
アートによるまちづくりの取り組みであれば、
北本でも面白いことができるのではないかと、
2008年に「北本ビタミン」というアートプロジェクトが立ち上がり、
日比野克彦さんによる「明後日朝顔プロジェクト」や、
藤浩志さんによる「北本アーツキャンプ」、
市内に多く残る雑木林でのプロジェクトなどが行われた。
また「おもしろ不動産」というプロジェクトでは、古い空き家や空き店舗を、
活動の場を探している人に紹介し、面白い活動をする人をまちに呼び込んだ。
きたもとアトリエハウスの敷地内にある「ナヤノギャラリー」という
納屋を改装したギャラリーも、そのひとつだ。
このような活動のなかで、2009年にキタミン・ラボ舎が設立された。

きたもとアトリエハウスの敷地内にある「ナヤノギャラリー」は古い納屋を改装したもの。

取材時には展覧会は開催されていなかったが、これまで多くの作家たちが展示を行った。

キタミン・ラボ舎事務局長の五十殿(おむか)彩子さんは、
まずは北本を面白いと思ってくれる人が増えれば、と話す。
「北本市って埼玉県民にもあまり知られていなくて(笑)、
特に有名なものもないんですが、とてもいい景色や環境があります。
日本にはこういうまちのほうが多いと思うので、
ここで面白いアートプロジェクトができれば、日本中どこでもできるはず。
そういうモデルになれればと思っています」

大きい効果があるわけではないが、じわじわと手応えは感じている。
若いアーティストや面白い人たちがいるのを聞きつけ、
コミュニティを求めて、実際に北本市に引っ越してきた人もいるそうだ。
「こういうまちでは若い人が横のつながりをつくりづらい面があって、
なかなか地域とのつながりもなかったり、気軽に入れるコミュニティがないようです。
このきたもとアトリエハウスでは、いろいろな人が少しずつ関わっていけるような、
郊外ならではの緩やかなつながり方ができると思います。
そうやって少しずつ、滲むように広がっていくといいかなと。
これからもスクールやワークショップなどのイベントを、
いろいろなジャンルでやっていきたいです」
天気のいい日に散歩をしながら、ふらっとコーヒーを飲みに行く感覚で訪れてみてほしい。
面白いものや人に、出会えるかもしれない。

「日常ベースで面白いことが広がっていったり、アーティストとそうでない人の境目がなくなっていくような感じが面白いと思っています」と五十殿さん。

「僕らはホストでもあるけど、ゲストとしてここに来てみたい」(中嶋さん)
「ここは誰かの場所のようでもあるけど、よくわからない感じがいい。面白い関係が生まれると思う」(狩野さん)

information


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ATELIER HOUSE
きたもとアトリエハウス

埼玉県北本市荒井5-164
COFFEE SHOP / SPRING MARKET 10:00~18:00(不定期オープン)
http://atelierhouse.net/

profile

L PACK

小田桐 奨(おだぎりすすむ、1984 年青森県生まれ)と中嶋哲矢(なかじまてつや、1984 年静岡県生まれ)からなるユニット(2007年結成)。臨機応変な空間演出で「コーヒーのある風景」をつくり、まちの要素の一部となることを目指し活動を続ける。2010年秋より2012年春まで「竜宮美術旅館」(横浜)を運営。2013年はあいちトリエンナーレ期間中の長者町に、まちと共同で運営する「ビジターセンター&スタンドカフェ」をアーティスト青田真也と共にオープンさせる予定。
http://lpack.exblog.jp

profile

TETSURO KANO
狩野哲郎

1980年宮城県生まれ。植物や動物などの自然物と人工物を組み合わせたサイトスペシフィックなインスタレーション作品を多数発表。さまざまなマテリアルによるドローイングも制作する。2011年に狩猟免許取得。2013年7月26日より札幌、モエレ沼公園にて個展「ガラスのピラミッド開館10周年記念展 狩野哲郎『Abstract maps, Concrete territories /あいまいな地図、明確なテリトリー』」がオープン。プレ・イベントとしてL PACKとともにワークショップ「氷山・コーヒー」を札幌市円山動物園で開催。
http://www.tkano.com/

前橋 Part3 捨てるって、どういうことだろう?

山崎亮 ローカルデザインスタディ
前橋編・目次

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今回、山崎さんが注目したのは、産業廃棄物にあたらしい命を吹き込む
「モノ:ファクトリー」を展開している株式会社ナカダイ。
1日約50トンも運び込まれる廃棄物を「素材」さらに、「ソーシャルマテリアル」
と言い換えてみれば、リサイクルのあたらしい方法だけでなく、
これからのわたしたちの生き方までもが見えてきそうです。
そんな “リマーケティングビジネス” の仕掛人とも言える、中台澄之さんを訪ねました。

その場所に身をおいてみてはじめてわかること。

山崎

廃棄工場に来るというので、素人考えでなんとなく、
ある「ニオイ」のようなものを覚悟していたのですが……
ここはむしろ、工場全体がいい香りに包まれてますよね。

中台

いい香りでしょ? みなさんがよく知っている高級シャンプーの香りです(笑)。

山崎

シャンプー??

中台

うちで仕分けするのに大きさがちょうどいいから重宝している
四角いコンテナみたいなの、これ自体が廃棄物なんですよ。
シャンプーのタンク。海外のメーカーからこのタンク単位でやってきて、
本来は日本でボトルなどのパッケージに詰められて
商品として世に送り出されるはずだったものが、
しばらく倉庫に眠ったまま開封されることなく
何らかの理由で廃棄されて、うちに来るわけです。

山崎

在庫として抱えて高い倉庫代を支払うよりも、
廃棄したほうが安くつく、そういうパターンですね。
出版社の書籍なんかも、ある程度年数が経つと
そうやって廃棄処分されるって聞いたことがあります。

中台

ここへ来なくちゃわからないことってあるんです。ニオイも音も。
身を置いてみなくちゃわからない、「知らない環境」だから。
北海道の雪山や、沖縄の海と同じ。

山崎

ぼくもいま、それをまさに実感してます。

中台

何かをつくる工場、ものづくりの現場、つまり動脈側は
みなさんどこかで見たことがあると思うんです。
一方で静脈側はというと、一元的、効率的に処理をする
公共の巨大廃棄処理場くらいしか見ない。
だけど、きわめて一元的、合理的だから
「ああ、こうなってるんだ」「すごいね」で終わってしまう。
果たして、それでいいのかなって。

山崎

うーん……。

中台

でも、ここでは、「捨てるって、なんですか?」って問いかけたいんです。
それってどういうことだろう、って。

コンテナ代わりに使っている四角い容器

いい香りの原因は、コンテナ代わりに使っているこの四角い容器にあり。

ゴミは、格好のコミュニケーションツール!

山崎

ゴミ箱に捨てた=「捨てた」ことになるのか? って。
たしかに、ここに来たら「そうじゃない」ってことを改めて考えてみたくなります。

中台

うちで中間処理場としてやってる「分別」や「解体」「処理」って、
そう表現するとなんだか小難しいですが、蛍光灯を割りまくる! とか、
セラミックを壁に叩き付ける! とか、そんな作業なんです。
僕らがやれば一瞬で終わってしまいますが、
これを見学・体験に来た方にやってもらう。

山崎

ほかでやったら絶対怒られる類いのことばっかりだ(笑)。

中台

OLさんなんかは、ストレス発散になるって喜んでたりする(笑)。

山崎

たしかに!

中台

感じることは、なんだっていいんです。
でも、「壊す」行為を通して、廃棄物の山の間に身を置いて、
なにかを感じて、学び取ってほしいと思うんです。
そうすると、僕たちが何も言わなくても
「どうしてこんなにゴミが出たのか」
「これを使ってなにができるか」……
参加者の間から、自然とコミュニケーションが生まれる。

山崎

なるほど!

中台

捨てる側の企業とうちの関係もまた同じ。
ゴミを出すことをネガティブにとらえて、隠して燃やしちゃうより、
「こんなに出ちゃったゴミ」について一緒に考える
コミュニケーションを大事にしたい。

山崎

ゴミが、自然なコミュニケーションを生む環境をつくってくれるんですね。
興味深いなあ。

中台

あらかじめ正解の用意されていないことを考える。
これって、「冷蔵庫の残り物でなにを作るか」に似ていると思うんです。
誰かから見たら一貫性のない「残りもの」でしかないけれど、
ほかの誰かに託してみると、その素材がメチャクチャ旨い料理になる。
たしかに見た目は少々悪いかもしれないけれど、
オリジナリティがあって、ちゃんとおいしい。
そのクオリティの高さと、あらかじめ「何を何グラム」と
きっちり用意して作ることと、どっちがいいなんて、
いちがいに言えない時代なんじゃないかなって。

山崎

ブリコラージュが器用仕事って訳されるけど、
あれって「ありあわせ」ってことなのかもしれない。
そういった、ありあわせ料理的な感性が、
これまで日本の教育では大切にされてこなかったのかもしれませんね。

中台

そう感じています。
規格の素材を与えられて上手に作るということはやってきたけれど、
そこにまず環境がバーンとあってそれに対応するという応用力は
教育されてこなかった。
今回の東日本大震災でも、そのことを痛感せざるを得ません。

山崎

ぼくたちがやっているコミュニティデザインも、完全に「ありあわせ」でしかない。
毎回、現地へ入って、まず冷蔵庫を開けてみないと始まらない。
あらかじめ完成形を描いて一流の専門家をずらりと集めて
やるわけじゃないですからね。

中台

まったくおなじですね。

山崎

島にいる漁師さん、農家のおばあちゃん、廃屋……さてこれで何ができる? 
さらに、素材のよさを最大限に引き出すにはどうしたらいい? 
という順序で考えていくわけですから。
いや、ひとを人参や卵に例えるのは、大変失礼なんですけれどもね(笑)。

(……to be continued!)

基盤の廃棄物

生産や流通の過程で、さまざまな事情があって大量に廃棄されるモノたち。溶かしてリサイクルする以外に、なにか方法はないか?と考える。

工場で働く社員には、若い女性の姿も多い

工場で働く社員には、若い女性の姿も多い。ユンボや重機の操作もお手のもの。

蛍光灯は、専用の機械に差し込むようにして粉砕

蛍光灯は、専用の機械に差し込むようにして粉砕する。この作業も工場ツアーで体験させている。「壊す体験って、滅多にないでしょう。そこからなにかを感じてもらえたら」とナカダイさん。

information

map

株式会社ナカダイ

再生資源、中間処理、廃棄物コンサルティングなどを行う会社。中間処理場である前橋支店での取扱量は1000t/月程度で、リサイクル率は95%を超える。粕川工場では、リユースを目的とした中古家具をオークションする市場、“MRC(マテリアル・リバース・センター)”を運営、その他、工場やオフィスビルの管理や廃棄物削減などのコンサルティングなども行う。2010年より、新しいモノの流れと産業を創る“リマーケティングビジネス”を展開。前橋支店内に、“発想はモノから生まれる”をコンセプトにした、「モノ:ファクトリー」を併設し、様々な“マテリアル”を発見できる「マテリアルライブラリー」、そこから生まれた商品や作品などを販売する「ストア」、ワークショップのできる「工房」を整備。工場見学やリサイクル体験プログラムなども随時受け付けている。

ナカダイ前橋支店

住所:群馬県前橋市駒形町1326

TEL:027-266-5103

Web:http://monofactory.nakadai.co.jp/

profile

SUMIYUKI NAKADAI 
中台澄之

1972年生まれ。ビジネスアーティスト/株式会社ナカダイ前橋支店支店長/モノ:ファクトリー代表。東京理科大学理学部卒業、証券会社勤務を経て、ナカダイに入社。ISO14001の認証取得や中古品オークションを行う市場の立ち上げなど、総合リサイクル業として事業を拡大。“リマーケティングビジネス”を考案し、“発想はモノから生まれる”をコンセプトに、モノ:ファクトリーを創設。使い方を創造し、捨て方をデザインするビジネスアーティストとして、さまざまな研修やイベントなどの企画、運営を行っている。

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

「美術館ロッジ」作戦1

アーティスト鴻池朋子さんが中心となって、
秋田の山小屋に作品を設置するプロジェクト「美術館ロッジ」。
その全容を、プロジェクトスタッフの一員でもある
黒田由美さんのレポートで3回にわたりお届けします。

なぜ、山小屋にアートなのか。

「どうして山小屋にアート作品なの?」と、
ご自分でも山に登られる喫茶店のオーナーの方から、カウンター越しに尋ねられました。
ここは武家屋敷と桜で有名な秋田県の角館。
春まだ遠い2012年12月、すっぽりと雪に覆われた角館の駅前で、
私たちは秋田内陸縦貫鉄道から秋田新幹線への乗り継ぎを待って
コーヒーを飲んでいるところでした。

「美術館ロッジ」作戦1・2を終えてホッとしていた私と
企画元のVOLCANOISEの坂本里英子さんは、この誰もが抱くであろう疑問に対して
「どうやったらズバリ説明できるのか」と一瞬躊躇し、緊張し、そして呆然としました。
ひと言ではうまく説明できなかったのです。

私もスタッフとして参加している「美術館ロッジ」は、
アーティストの鴻池朋子さんを中心に、秋田の山々にある山小屋に作品を設置し、
その場所にひとつの美術館という機能を持たせることによって、自然と人間のあり方や、
「なぜ人間はものをつくるのか」という根本的な謎を、それぞれの風土から探ってゆく、
まったく新しい「美術館」をつくりだすためのプロジェクトです。

1997年から絵画、彫刻、アニメ、絵本などさまざまな手法で、
現代の神話を物語るような作品を発表している鴻池さんは、
日本や海外で個展やグループ展に出品し続けているうちに、
いわゆる「美術館」というハコの中にだけ自分の作品を展示することに
疑問を持ち始めていました。
作品とその周縁の場に起こる雑音や匂い、
気配や神秘性などを感じる感覚が無視されていることや、
ハコによって作品が無意識に擁護され、
何か重要な強度が失われてゆくことに気づいていたのです。

同時に、東北という未知の領域に、
表現のフィールドとして、太古の血が騒ぐような、直感的な興味を抱いていました。
自身の中にある「観客」の存在を常に意識している鴻池さんは、
作品に出会う過程である「旅」、
そして作品に出会ったときに個人の中に生まれる何ものか、
そのこと自体を尊重したいと考えています。

2009年の大規模個展「インタートラベラー 神話と遊ぶ人」は、観客が想像力を働かせ、地球の中心へと旅するような展覧会でした。神話のような世界のクライマックスで《アースベイビー》に出会います。

2012、13年の2回にわたり、あきたアートプロジェクト「東北を開く神話」展が開催されました。そのもようは「ローカルアートレポート 東北を開く神話」でも掲載。

「美術館ロッジ」作戦1・2は、そんな新しい「美術館」をつくりだすための第一歩。
2012年12月18、19日にかけて、秋田県北秋田市の森吉山、
標高1275メートルにある山小屋、森吉神社避難小屋を美術館に定め、
作品制作から設置までを担当する作戦1の「山組」、
山麓の内陸線一帯を新たな視点で探索する作戦2の「村組」に分かれて、
その一部始終をツイッターとフェイスブックにより
リアルタイムで中継しました(その中継が私の役割のひとつでもあります)。

私は「山組」のひとりとして、積雪80センチを超える森吉山に登り、
猛烈なブリザードの中、マイナス15度になる森吉神社避難小屋で
鴻池さんや5人のスタッフとともに一夜を明かしました。
まだ、作品が生まれる前のことです。
この体験を抜きにして、おそらくこの「美術館ロッジ」を語ることはできません。
そして角館でぬくぬくとコーヒーを飲んでいたその時の私は、
その前日の経験が生々しすぎて「なぜ山小屋なのか」への答えも
体内でただゴウゴウと白く渦巻くばかりでした。

いまなら多少、整理してお話しすることができるかもしれません。
しばし、おつきあいくださいませ。

積雪量、山頂80cm! ツイッターで見ていたら、前夜の積雪が全国1位でした。そんな日にわざわざ登山。何かを持っている。

もともとが「異界」だった、森吉神社避難小屋。

その年(2012年)9月にも、鴻池さん、新秋田県立美術館の林栄美子さん、
VOLCANOISEの坂本さん、そして私の4人は夏の森吉山に登っています。
山小屋の中に作品を設置できるのかどうか、下見に出かけたのです。
スキー場のゴンドラが山頂近くまで設置されている森吉山は、
小学校のキャンプ以来1000メートル級の山に登っていない私にも、
いったんゴンドラで上がってしまえば、「ハイキング気分で楽しめる」優しい山です。
「花の百名山」に入っているほど、さまざまな美しい高山植物が咲き乱れ、
アオモリトドマツの森はまるで北欧にいるみたいに(行ったことないのですが)
ロマンチックな気持ちにさせてくれます。

しかし、山頂近く、ゆったりとした尾根の向こうに姿を現した
森吉神社避難小屋の風景は、私の想像をはるかに超えていました。
だって、小屋の隣には屋根の高さほどそびえる巨大な岩があるのです。

「この光景は見たことある!」

私の胸は高鳴りました。
実は私は「聖地」マニアなのです。神社があれば、必ず立ち寄ります。
開けた本殿のはるか奥にある「本宮」を訪ねて険しい山道を登ります。
はるばるフランスの山の中、ル・ピュイというスペインへの巡礼の出発地まで、
電車とバスを乗り継いでひとりで行ったことがあります。
そしてそこの教会は、巨大な岩の真上に建てられていました。
上か隣にあるかの違いだけで、「巨岩と聖地」の関係としては、
みごとに森吉山と同じ構造でした。
ここは本物の聖地だ。それは本当にうれしい発見でした。

(そもそも、鴻池さんがこの山小屋に作品を設置しようとした理由も、
数年前にこの地でみずから不思議な体験をしたことにあります。
そのお話はまた別の機会に……)

森吉神社避難小屋は、白木で作られたごくシンプルなログハウスでした。
隣には神社と巨岩がありますが、小屋自体は1階と2階に分かれて
のんびり休憩ができる、調度も何もないからっぽの小屋です。
ここに鴻池さんの作品が設置される。
まわりの空はあくまでも青く、深い緑の中を風が渡っていくだけで、
何の予感もおとずれません。ただ幸福な感触だけが、ただよっていました。

夏の森吉神社避難小屋と冠岩。

森吉神社避難小屋と鳥居、神社。

リンドウが咲いていました。

「山組」の冒険。

それからほぼ4か月後。
真冬の森吉山は、夏とはまったく違った様相を見せていました。
山岳ガイドの福士功治さんがいなければ、どこに進んでよいのか、
道すら見つけられません。
長靴にスノーシューをつけ、新雪にひざまで埋もれながらラッセルして進みます。
寝袋や一泊分の荷物をすきまなくパッキングしたリュックはずっしり肩に食い込みます。
が、そんなことを気にするひまもなく、ただただ遅れないようにと歩を進めます。
途中何枚か写真を撮りますが、iPhoneのバッテリーが
寒さのせいで何度も落ちてしまいます。

アオモリトドマツは凍りついた雪で覆われ、
よく蔵王の写真で見るような氷のモンスターの風情です。
学生時代スキーで遊んでて良かった、と心から思いました。
山頂で日が暮れかかって、泣く思いでひとりコブの斜面を
滑って行ったことなどが走馬灯のようによみがえります。
1時間ちょっとかけてようやくたどり着いた避難小屋は、
1階は完全に埋まっていました。神社の鳥居も、ほぼ雪の中です。
夏にははるか上方に見えた2階の窓から、ひとりずつ、
まるで茶室のにじり口から席入りするように、からだひとつで入っていきます。
地上の世界とはこれでお別れです。

阿仁スキー場のゴンドラ乗り場に向かう「山組」の5人のスタッフと鴻池さん。

ゴンドラはスイス製で可愛い。

アオモリトドマツとたわむれる鴻池さん。

鳥居が埋まっています!

小屋の中は、凍っていました。

不思議な夜でした。
「この小屋はきっと飛んでいるよ」
鴻池さんのそんな言葉が、信じられました。
福士さんが事前に運び上げてくれた石油のおかげで、ストーブの火は赤々と燃え、
ログビルダーの小野修生さんが兵士のようにかついできた大鍋の中で
秋田名物「だまこなべ」がぐつぐつと煮えていました。
外は完璧なホワイトアウト。
パウダースノーが横なぐりに舞い、風の音がゴーゴーと鳴っています。

外界と完璧に隔てられた小屋の中。
2階はあたたかですが、扉の底の地下ともいえる1階はマイナス15度。
複数の世界が併存し、ときには浸食しあう真冬の山の夜。

私は子どものころに読んだ童話『森は生きている』を思い出していました。
ロシアの真冬、継母に言いつけられて春に咲く待雪草を探していた少女は、
「12月の精たち」12人が集うたき火へと誘われます。
そこは時の存在しない世界。
吹雪の中の山小屋も、完璧に時空の外にあるように思えました。

この山小屋に、春になる頃、鴻池朋子さんの作品が設置されます。
この夜を体験したことによって、私の中にも何かの種がまかれました。
この山小屋で鴻池さんの作品と対峙するとき、いったい何が私の中に芽生えるのか。
非常に楽しみに思いながら、翌朝さらにひどくなったブリザードの中を、
再び5人(と1匹。いえ、鴻池さん)とともに道のない森吉山を降りて行きました。

(つづく)

ヘッドランプをつけて秋田名物「だまこ鍋」を囲む図。

一夜明けて、サラダ菜を「花」に見立てて「とらや」のようかんで山小屋茶会をやりました。

ゴンドラ乗り場まで降りてきてほっこりしてる図。

小豆島女子へんろ、ふたつの山越え15km歩く

島の自然や景色を楽しみながら。

「お遍路」といえば四国が一番有名だと思いますが、
実は小豆島にも「小豆島八十八ヶ所」があり、
白衣(びゃくえ)を着て歩くお遍路さんをよく見かけます。
小豆島八十八ヶ所は、四国八十八ヶ所に比べて距離が短く(約10分の1)、
海や山など美しい自然に囲まれた霊場が多いことから、
景色を楽しみながら徒歩でまわるお遍路さんも多いそう。
距離が短いといっても、全行程約150km。
さすがに1日で全部をまわることはできず、車でも2~3泊、徒歩なら7~8泊のコース。

山道を歩いていると福田の集落と海を見渡せる場所が。こういう景色が遍路の途中あちこちにある。

紫陽花が綺麗な時期。季節の花を楽しみながら歩くのもいい。

小豆島で暮らしているからには、一度はお遍路してみたいなと思いつつ、
何を準備したらいいのか、どうやってまわったらいいのか、わからないことだらけ。
ひとりで始めるにはかなりハードルが高い。

そんな時、島の友人に誘われたのが「小豆島女子へんろ」。
ショウドシマ・クリエイティブさんの企画で、参加者を女性に限定し、
和気あいあいと楽しく無理なく小豆島の霊場を歩き遍路するイベント。
「へんろ」とあえてひらがな表記にしているのは、お遍路の制約からちょっと離れて、
ぐっと敷居を低くした初心者のためのへんろだから。
白衣や金剛杖、経本、念珠といった遍路用品も参加費に含まれていて、
何も持たずにとりあえず小豆島に来れば参加可能!
ただ、結構本気で歩くので、山道を歩く体力とへこたれない気持ちは必要かも。

バスでスタート地点まで移動。常光寺の副住職である大林慈空さんよりへんろについてのお話。

第4回小豆島女子へんろ巡礼冊子。白衣や金剛杖、輪袈裟(わげさ)などを貸してくれます。

今回私が参加したのは、第4回目の小豆島女子へんろ。
なんと約30名の女性が参加。そのうち約半数が島外からの方。
回を重ねるほどに参加者が増えているそうです。

今回集まった女性約30名。出発前に皆でストレッチ。

最初に輪になって自己紹介。今回はテレビ局の取材の方も来ていました。

今回のコースは、小豆島の北東部、小部(こべ)という集落から
吉田、福田を通過して当浜(あてはま)までの約15km。
ちなみに小豆島八十八ヶ所の全行程が約150kmだから、
女子へんろに10回参加すればコンプリートできそうですね。

巡礼冊子には地図も載っていました。小部からスタートして86番当浜庵までの15km。

コース途中には、豆坂峠(まめざかとうげ)という
小豆島霊場の中で最も長い遍路道(徒歩約2時間)がありました。
その昔はこの峠を越えるしか吉田集落に行く方法はなく、ここを歩いて越えると
足の裏に豆ができるほどということから、その名前になったそう。
この日は曇り空で強い陽射しはなかったものの、山道を10分も登ると汗が吹き出し、
和気あいあいというより修行のような区間も(笑)。

豆坂峠を列になって歩く。全コースの半分くらいがこうした山道でした。

遍路の途中でこうした看板がいくつもありました。裏には次の霊場までの距離が書かれています。

吉田ダムに到着。ここのところ雨が全然降っていなくて、ダムの水もかなり少なめ。

こうやって集落から集落へ歩いていく。
そしてお寺や庵で参拝し、お経を唱える。
その途中、山の中の腐葉土の匂いや栗の花の香り、
海からの心地良い風など小豆島の自然を贅沢に感じる。
お遍路というのはそんなに堅苦しいものではないんだなと思った。
気持ちのいい季節に、その土地を歩くことを楽しむ。
そんなスタイルのお遍路もありなのかなと。

83番福田庵で参拝。お賽銭と願いを書いた御札を入れてお参りします。

お昼ごはんは82番吉田庵で。小豆島の伝統料理「石切り寿司」をいただきます。

かつて大阪城築城のために小豆島から多くの石を切り出しており、その時に石工たちに振舞われたのが石切り寿司の始まりと言われています。それ以来、島の北部では祭りや法要などのハレ食に欠かせないものとされているそうです。

84番雲海寺。海と福田の集落を見渡せる最高の場所にあります。

次回の小豆島女子へんろは、2013年12月の予定だそうです。
お遍路をしたいという方だけでなく、小豆島の自然を歩きながら楽しみたい、
そんな方にもちょうどいい企画だと思います。

小豆島女子へんろ、小豆島の新しい魅力と楽しみ方を発見できた充実の1日でした。

前橋 Part2 ゴミだって、地産地消。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
前橋編・目次

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今回、山崎さんが注目したのは、産業廃棄物にあたらしい命を吹き込む
「モノ:ファクトリー」を展開している株式会社ナカダイ。
1日約50トンも運び込まれる廃棄物を「素材」さらに、「ソーシャルマテリアル」
と言い換えてみれば、リサイクルのあたらしい方法だけでなく、
これからのわたしたちの生き方までもが見えてきそうです。
そんな “リマーケティングビジネス” の仕掛人とも言える、中台澄之さんを訪ねました。

「処理する」から「生産する」と言い換えてみた。

山崎

ひとくちにプラスティックといっても実はそれだけたくさんの種類があって、
だからこそ、産業廃棄物をリサイクルするための分別の質の高さが、
ナカダイの強みになっていくわけですね。

中台

それまでは鉄だけだったのに入ってくるゴミの種類は増えるわ、
匂いを嗅げ、こまかく計れと言われて、社員も相当混乱したと思います。
それで同時に、お客さんのところでの分別も徹底してもらう方法を考えました。
たとえば、生産ラインの終着点ではなく、途中に逐一ゴミ箱を置く。
プラスティックも種類がわからないのは当たり前だから、
色で分けてくださいとお願いしてみる……。そんな具合に。

山崎

そうやって、少しずつ方法が構築されていくんですね。

中台

もちろん、それだけでは十分でないとわかってはいながら、
そこそこ会社も順調だったのでなかなか着手できずにいたんです。
ところが、リーマンショックで月1000万の売上げが100万円にダウン。
ほんと瞬時に、ですよ。同じクオリティのしごとをしているのに、
これでは社員が雇えない。さすがに尻に火がついて、
なんとかしなくちゃとトヨタの生産方式を取り入れたんです。

山崎

廃棄物なのに、生産方式?

中台

ええ。当初は全く根拠もないままに(笑)。
とにかくぼくらのしごとを「廃棄物を処理する」のではなく
「解体・分別して素材を生産する」と言い直してみたんです。
で、このコンセプトに基づいたワークアウトを社員全員で行うようになりました。

山崎

社員のみなさん、よくついてこられましたね。

中台

最近では、工場見学なども行っているので、
ぼくらのしごとにたくさんの方が興味を持ってくださっていることが
目に見えてわかる。時には、彼らにとってあたり前のユンボの運転や
機械の操作を「すごーい!」ってほめられたりしますしね(笑)。
みんな、じぶんのしごとに自信をもって、ほんといい顔で働いてくれています。

ナカダイの工場に運び込まれた「ゴミ」

ナカダイの工場に運び込まれた「ゴミ」。素人目には、椅子は椅子に分別されているように思うが……脚の部分(木)、釘などの留め金(金属)、中材(ウレタン)、座面(木綿や麻など)、それに外を包むビニール(!)と、まだまだこれから手間をかけてこまかに分けなければリサイクルできない状態。

ナカダイ前橋支店では、工場見学(予約制)を受け入れている

ナカダイ前橋支店では、工場見学(予約制)を受け入れている。「見られる」ことが刺激になって、社員さんたちの姿も生き生きとしているみたい。

食べ物と同じで、廃棄物だって地産地消。

中台

入社した当初からジレンマに思っていたのは、
「ゴミゼロの社会」だと我々の業界は困るということ。
リーマンショック後、多くの工場が海外移転したことは、ぼくらにとっては
イコール「ゴミが減る」、イコール売上げが減る、なんです。

山崎

なるほど。ナカダイから最終処分場にいくときには減らすんだけど、
入ってくるものが減ると、しごとが成り立たくなる。

中台

そういうことです。うちに入ってくる廃棄物をスクラップとして、
またはリサイクル素材として出している限りは、限界がある。
それで、「廃棄物ってなんだろう?」ってことをつき詰めて、
分別を重ねていくうちに答えのようなものが見つかってきたというか。

山崎

見つかったんですか?

中台

わかったのは、廃棄物も地産地消だってことです。
たとえば、京都で出るゴミには、組ひもがたくさん出る。
うちは群馬で自動車製造業が多いから、エアバッグやシートベルトが出る。
組ひもなんて、絶対に出ない。
実際に見たことはないけど、もしかしたら亀山のゴミには
液晶がたくさん出てるんじゃないかな、と思うわけです。

山崎

なるほど。それはおもしろいなあ。

中台

地元の産業から出た廃棄物で、地元のクリエイターやこどもや市民が
再びなにかをつくるって、なんだか腑に落ちませんか? 
道の駅的というか。

山崎

うーん、道の駅的……。そう考えてみると、発想がひろがりますね。

中台

studio-Lが小豆島の町民のみなさんと取り組んでいらっしゃる
コミュニティアート「醤油の壁」も、その発想ですよね。

山崎

たしかに、発想としては近いのかもしれませんね。
ぼくらがぼんやり考えはじめていたことを、
もうすでに数千倍の規模でやっていらっしゃるということ、非常に興味深いです。

(……to be continued!)

プラスティック成型をする際の端材

プラスティック成型をする際の端材。某有名アクセサリーショップから「商品のディスプレイ台として使用したい」と申し出があり、中台さん自身もいい刺激を得たという。

雑誌『モノマガジン』とのコラボで生まれたトートバッグ

自動車のエアバッグというナカダイ前橋支店ならではの廃材を素材に、雑誌『モノマガジン』とのコラボで生まれたトートバッグ。

トートバッグを真剣に吟味する山崎亮さん

「これ、ほんとカッコイイなあ。欲しくなる」と、トートバッグを真剣に吟味する山崎さん。「でもまたエアバッグのゴミが出てこないとつくれないってことですよね!(笑)」

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map

株式会社ナカダイ

再生資源、中間処理、廃棄物コンサルティングなどを行う会社。中間処理場である前橋支店での取扱量は1000t/月程度で、リサイクル率は95%を超える。粕川工場では、リユースを目的とした中古家具をオークションする市場、“MRC(マテリアル・リバース・センター)”を運営、その他、工場やオフィスビルの管理や廃棄物削減などのコンサルティングなども行う。2010年より、新しいモノの流れと産業を創る“リマーケティングビジネス”を展開。前橋支店内に、“発想はモノから生まれる”をコンセプトにした、「モノ:ファクトリー」を併設し、様々な“マテリアル”を発見できる「マテリアルライブラリー」、そこから生まれた商品や作品などを販売する「ストア」、ワークショップのできる「工房」を整備。工場見学やリサイクル体験プログラムなども随時受け付けている。

ナカダイ前橋支店

住所:群馬県前橋市駒形町1326

TEL:027-266-5103

Web:http://monofactory.nakadai.co.jp/

profile

SUMIYUKI NAKADAI 
中台澄之

1972年生まれ。ビジネスアーティスト/株式会社ナカダイ前橋支店支店長/モノ:ファクトリー代表。東京理科大学理学部卒業、証券会社勤務を経て、ナカダイに入社。ISO14001の認証取得や中古品オークションを行う市場の立ち上げなど、総合リサイクル業として事業を拡大。“リマーケティングビジネス”を考案し、“発想はモノから生まれる”をコンセプトに、モノ:ファクトリーを創設。使い方を創造し、捨て方をデザインするビジネスアーティストとして、さまざまな研修やイベントなどの企画、運営を行っている。

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

島の野菜でお料理教室、重ね煮をつくろう

畑のそばで、料理して食べる。

梅雨入りしたにもかかわらず、ほとんど雨降らず。
今年は本当に雨が少ないらしく、断水になるかもという噂さえも。
農家は毎日水やりに追われる日々です。

そんな5月の下旬に、いつもお世話になっている
小豆島の宿 コスモイン有機園」さんで行われた料理教室へ。
実は人生初の料理教室(笑)。

有機園さんでは定期的に料理教室が開かれています。

有機園さんは、いろいろな種類の野菜を農薬や化成肥料を使わずに栽培されており、
農業体験できる宿も営まれています。
小豆島に移住したい人たちが島での暮らし体験や移住相談をしに来たり、
WWOOF(ウーフ)のホストでもあるので、
海外からも農業に興味のある人たちが来たりしています。
実は私たちも移住前に有機園さんに宿泊し、
移住後の暮らしについていろいろお話を聞かせてもらいました。
そしてこちらに来てからも、野菜作りについて教えてもらったり、
一緒に遊びに行ったり、週に1回はお会いしているような感じです。
そして今回も女将の今川早苗さんに誘われて、料理教室に参加させてもらいました。

ちょうど収穫時期の麦。麦秋色がとても美しい。

ミントやカモミールなどのハーブがあちこちに。いい香りがします。

大自然の中にある有機園さんの畑。ここでいろいろな種類のお野菜が作られています。

「こんにゃく芋は収穫に3年くらいかかるのよー」という話。早苗さんはお野菜のことをいろいろ教えてくれます。

料理教室のテーマは「野菜の重ね煮」。
重ね煮とは、切った野菜を鍋の中に決められた順番に重ねていき、
底と上に塩を振って蒸し煮する料理方法。
ナスやトマトなどの上に伸びる性質の野菜は鍋の下へ、
ニンジンやゴボウなど下に伸びる性質の野菜は鍋の上のほうへ、
そうすることでじわっと出てくる野菜の水分が水蒸気となってうまく対流し、
それぞれの野菜の力を引き出して旨みが出るそう。

今回の料理教室のテーマは「重ね煮」。お野菜とお塩だけで作ります。

重ね煮の一番上はニンジン。その上にお塩(波花堂さんの“御塩”)をふります。

有機園さんのロッジにある大きなテーブルを15人ほどで囲んで。
上は70代(たぶん)、下は20代と幅広い年齢層。
ちなみに最年少は我が娘5歳。
またドイツからWWOOFで来ていた子、
東京から1か月前に移住してきた子など出身もばらばら。
これだけさまざまな女性が参加する料理教室は珍しいんじゃないかな。
話す内容も幅広くとても面白い。

大きなテーブルを囲んでの料理教室は楽しい。

いろはも参加。包丁でニンジンを切ります。

そして料理の素材である野菜たちは、すぐ横の畑で採れたもの。
タマネギはちょうど収穫の時期、トマトやナスはもうちょっと収穫が先だねと、
野菜は年中収穫できるものじゃなくて、旬の時期があることを学びながら。
お塩やオリーブオイルなどの調味料も小豆島産のもの。
お塩は、小豆島の海水を使って作られた波花堂さんの「御塩(ごえん)」。
なんとその波花堂の方も料理教室に参加されていて、
こうやってどんどん人やものが繋がっていくのも小豆島ならではだと思います。

有機園さんでこの春収穫したタマネギ。切り方を教わります。

できあがった野菜の重ね煮はとても甘く美味しく、いろはもぱくぱく食べていました。
重ね煮を使ったスープやオムレツ、チジミなどのアレンジメニューもいただきながら、
感想を話したり、自己紹介しあったり。

できあがった料理を食べながら自己紹介。ここでまた新たな関係が生まれます。

有機園さんは、畑と料理する場所、食べる場所がとても近い。
これが「食」の理想の姿なんじゃないかなと思う。
そしてそこにいろんな人が集まってきて、
農や食を介して新たな関係が日々生まれている。

前橋 Part1 使い方を創造し、 捨て方をデザインする会社。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
前橋編・目次

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今回、山崎さんが注目したのは、産業廃棄物にあたらしい命を吹き込む
「モノ:ファクトリー」を展開している株式会社ナカダイ。
1日約50トンも運び込まれる廃棄物を「素材」さらに、「ソーシャルマテリアル」
と言い換えてみれば、リサイクルのあたらしい方法だけでなく、
これからのわたしたちの生き方までもが見えてきそうです。
そんな “リマーケティングビジネス” の仕掛人とも言える、中台澄之さんを訪ねました。

わたしたちは、大量の廃棄物とともに生きている。

山崎

こんにちは! やっとお会いできましたね。

中台

光栄です。ずっとまわりのひとたちから
「山崎亮さんに、絶対、会ったほうがいいよ」って言われ続けてましたから……。

山崎

ぼくも一緒です(笑)。なにがきっかけでしたっけ?

中台

昨年末の、東京ミッドタウン・デザインハブ特別展「もちかえる展覧会」ですね。
展覧会ディレクターの福島治さんからの依頼で、
紹介される18プロジェクト分の展示台をうちで用意させていただいたんです。

山崎

あれがきっかけでしたか。
残念ながらぼくは出展だけで会場にうかがえなかったんですが、
ユニークな展覧会でしたよね。

中台

自転車をプレスしたものや、エアキャップ(プチプチ)をプレスしたもの、
ポリタンクや発泡ブロックなどを使って、展示台を作ったんですよ。
それでその会期中、ずっと福島さんに「山崎さんに会うべきだ」って言われ続けて。

山崎

先日メールいただいて、「すぐに会いましょう!」と。
こんなこと、なかなかないんですけれど。

中台

うれしいです。

山崎

「ソーシャルマテリアル」って、
「リマーケティングビジネス」って、なんだろう、と。
今回は、そんなはなしがうかがえたらと思います。

ナカダイ前橋支店

菜の花畑のなかに、ぽつんと工場があるナカダイ前橋支店。「実は、京都からすぐそこまで直通のバスがあるんです。だから、京都造形大の学生も素材探しによく来てくれるんですよ」と、中台さん。

特別展「もちかえる展覧会」で自転車をプレスして展示台にした

東京ミッドタウン・デザインハブ特別展「もちかえる展覧会」で、「自転車をプレスして展示台にした」のがコレ。迫力!

リサイクル=エコではない、というはなし。

山崎

中台さんはいつからこのような発想を?

中台

まず、会社のはなしをすると、うちはもともと鉄屋なんです。鋼鉄商。
わたしが入社した2000年の段階では、まだほとんど鉄しか扱ってませんでした。
おもにホンダの子会社のスクラップを扱っていたんです。

山崎

なるほど。京都ではたらいていらしたというのは?

中台

大学卒業後は、証券会社の営業マンをしてました。
なにもかも一筋縄ではいかない京都のまちで学んだことは大きかったですね(笑)。

山崎

一種の修業ですね。

中台

まさに。ちょうど京都議定書が採択されて、
サーマルリサイクルなんかが流行り出していたころに、帰ってきまして。

山崎

2000年ですから……13年前ですね。

中台

うちの会社も、そのころには産業廃棄物の
総合リサイクルセンターとしての展開を始めてはいたんでですが、
たとえば分別しないまま固めた廃棄物固形燃料をつくることが
果たしてリサイクルなのか、エコなのか、と考えると何かが違う気がして。
やっぱり、分別したものがあらたなプロダクトとして
生まれ変わるというのがリサイクルだよな、と。
ところが、それがなかなかむずかしい。

山崎

むずかしい?

中台

「プラスチックにも数十種類あって、
ひとくちに同じプラスチックというわけにはいかないんだよ?」
と言われるわけです。どうやって見分けるのかと尋ねたら、
「火をつけて匂いで嗅ぎ分けるしかない」って。

山崎

ええ?

中台

それからは、家中のいらないものをチャッ! と
ライターで燃やしては嗅いでの猛特訓です。
それでも100%見分けられるようになるまで半年はかかりました。

山崎

うーん……、それはすごいなあ。

中台

そうなんですよ。お客さんの前でも「ライターをチャッ!」で嗅ぎ分ける
パフォーマンスが喜ばれて、このときはぐんと顧客が増えました(笑)。

(……to be continued!)

廃棄物固形燃料

廃棄物固形燃料。「そのまま燃やすのはダメで、こうしてぐしゃっとして燃料にしてから燃やしたらオッケーという理屈がよくわからなかった」。ほんのちいさな疑問が、現在のナカダイをかたちづくっていく。

LANケーブルの「中身」

「これ、みなさんに身近なものですよ」と中台さん。実はLANケーブルの「中身」! 色とりどりの8本のこの細い線が撚られてできあがっているらしい。

山崎亮さんと中台澄之さん

右が中台澄之さん。上の写真のLANケーブルも、色ごとに仕分けると「マテリアル」に見えてくるからほんとうにふしぎ!

information

map

株式会社ナカダイ

再生資源、中間処理、廃棄物コンサルティングなどを行う会社。中間処理場である前橋支店での取扱量は1000t/月程度で、リサイクル率は95%を超える。粕川工場では、リユースを目的とした中古家具をオークションする市場、“MRC(マテリアル・リバース・センター)”を運営、その他、工場やオフィスビルの管理や廃棄物削減などのコンサルティングなども行う。2010年より、新しいモノの流れと産業を創る“リマーケティングビジネス”を展開。前橋支店内に、“発想はモノから生まれる”をコンセプトにした、「モノ:ファクトリー」を併設し、様々な“マテリアル”を発見できる「マテリアルライブラリー」、そこから生まれた商品や作品などを販売する「ストア」、ワークショップのできる「工房」を整備。工場見学やリサイクル体験プログラムなども随時受け付けている。

ナカダイ前橋支店

住所:群馬県前橋市駒形町1326

TEL:027-266-5103

Web:http://monofactory.nakadai.co.jp/

profile

SUMIYUKI NAKADAI 
中台澄之

1972年生まれ。ビジネスアーティスト/株式会社ナカダイ前橋支店支店長/モノ:ファクトリー代表。東京理科大学理学部卒業、証券会社勤務を経て、ナカダイに入社。ISO14001の認証取得や中古品オークションを行う市場の立ち上げなど、総合リサイクル業として事業を拡大。“リマーケティングビジネス”を考案し、“発想はモノから生まれる”をコンセプトに、モノ:ファクトリーを創設。使い方を創造し、捨て方をデザインするビジネスアーティストとして、さまざまな研修やイベントなどの企画、運営を行っている。

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

牡鹿半島の未来をえがこう OPEN LAB.

自然とともに歩む復興を目指す「グリーン復興プロジェクト」。

2013年5月24日。
東日本大震災により被災した三陸地域の復興に貢献するために
「三陸復興国立公園」が指定されました。

環境省はいま、三陸地域の自然環境を活用した復興を目指し
国立公園の創設を核とした「グリーン復興」を進めています。
再編成を検討する地域は、青森県八戸市の蕪島から
宮城県石巻市・女川町の牡鹿半島までと、その周辺の自然公園。
3県にまたがる太平洋沿岸部の南北の延長は約220km、
津波により、多大な被害を被ったエリアです。

コロカルでも幾度かにわたり
その復旧や復興への取り組みのようすをお伝えしている牡鹿半島も、
国立公園化(三陸復興国立公園への編入・2014年を予定)に向けて動き出しました。

三陸特有のリアス式海岸が続く牡鹿半島の産業のなかで最も大きな割合を占めていたのが漁業・水産養殖業。東日本大震災によって多くの漁港、漁船、養殖設備が大きな打撃を受けた。(→TOHOKU2020 石巻カキ漁師新生プロジェクト、スタート!

復興以前に、海岸の復旧と整備。土のうが積まれた堤防の風景が牡鹿半島のそこかしこに。住民のなかには、「高い堤防だらけになってしまって、景観が損なわれるのも……」との複雑な思いも。

そもそも日本の国立公園は、
〈我ガ国天与ノ大風景ヲ保護開発シ、一般ノ利用ニ供スルニ
 国民ノ保険休養上緊急ナル時務ニシテ且外客誘致ニ資スル所アリト認〉
めて、昭和6年に法として制定されたものですが、
環境省がつくればハイそれで終わりではなく、
その国立公園を舞台に、観光や産業、暮らしが花開いてこそ意味がある……。
制度の創設以来80年の長い時を経て、国立公園のあり方、
国や行政の関わり方も、次第に変化しようとしているようです。
守るから使うへ、周遊型・団体旅行から、体験型・滞在型、エコツーリズムへ。
そういった変化をとらえた思いが官民の枠を超えてひろがり、つながり、
南三陸金華山国定公園の国立公園化に向けて立ち上がったのが、
「牡鹿半島の未来をえがこう OPEN LAB.」です。

野生の鹿の繁殖が急増し、半島の生態系を乱し、交通事故などにより住民の生活にも影響を与えるようになった。会場では、プロの観点からも住民からも、一刻も早い鹿害対策が叫ばれた。(→TOHOKU2020「OCICA」と「ぼっぽら食堂」

鹿に食べられないように、茎を短く、地を這うように花をつけるという独特の進化を果たした牡鹿半島のたんぽぽ。ワークショップのなかで指摘されて驚いた。

未来はいつのまにか誰かが決めているものではなく。

さかのぼること約1か月前の4月29日。
春の気配がまだ残る石巻市立大原小学校の休日の体育館に
たくさんのおとなたちが集まりました。その数、180名。
「みんなで話そう。みんなで参加しよう。みんなで語ろう。」
掲げられたコピーを見ても、ただの住民説明会ではなさそうです。

主催者である環境省東北地方環境事務所から
計画の概要と今後の動きについての説明があったのち、
次々とマイクを握るプレゼンターたちが
あたらしい国立公園を、観光や産業、暮らしにどう生かしていくか、
事例やアイデアを提案していきます。その顔ぶれは、
東日本大震災における建築家による復興支援ネットワーク「アーキエイド」から
貝島桃代さん、小嶋一浩さん、志村真紀さん、大西麻貴さん、
「npoTRネット(鶴見川流域ネットワーキング)」の岸由二さん、
「Think the Earth」の上田壮一さん、プロジェクトデザイナーの古田秘馬さん、
「ishinomaki2.0」の西田司さん。
ファシリテイターに、コミュニティデザイナーの山崎亮さん。
いずれおとらぬ、まちづくりのプロフェッショナル。

ここに、東京や横浜から、建築、まちづくりに関わる大学生たちも加わって、
集まった行政区長さんや住民のみなさんとともに、
「線:金華山道」「点:ビジターセンター」「面:環境」「外:観光」の
4つの視点から、牡鹿半島の未来像を考えます。

イベント会場となった石巻市立大原小学校は、在籍児童数27名。界隈の小学校では人口減少による統廃合が進んでいる。

イベントの後半は、4つのチームにわかれてワークショップ形式で。住民のみなさんのために、なるべく「ワークショップ」や「オープンラボ」などの横文字語を使わない工夫も行われた。

観光を考えるのは、プロジェクトデザイナーの古田秘馬さん、「ishinomaki2.0」の西田司さんチーム。「観光地づくりではなく、関係地づくりへ」と提示されたコンセプトに、多くの参加者が共感した。

年長者の住民のみなさんにもわかるように
横文字を使わずに最先端の取り組みを提案する、
津波以前から進行している過疎化もまた
半島を荒らしている大きな問題ではないかという鋭い指摘、
鹿害の危機、観光化への不安と困惑……。
40分という短いワークショップのなかから
たくさんの気づきが生まれ、課題があらわになり、
それらが「自分ごと」として、参加者の意識に刻まれていきます。

未来はいつのまにか誰かが決めているものではなく、みんなでつくりだしていくもの。
復興に向けたオープンガバメント(開かれた政治)のチャレンジは
いまようやく、はじまったばかりです。

牡鹿半島の未来をえがこうOPEN LAB.
http://oshikaopenlab.com/
http://www.facebook.com/oshikaopenlab

牡鹿半島は、三陸海岸の最南端に位置する。東日本大震災で、地震前に比べて半島が東南東に約5.3m移動し、約1.2m沈下したといわれている(国土地理院調べ)。

イベントにいちばん乗りでやってきた萩の浜の区長は、笑顔がたのもしいおかあちゃん。「若いひとらの集まりやと聞いたけど、参加することに意義がある! と思ってやってきました。鹿害対策が最優先と感じました。次回からはどんどん意見も言ってみたいわ」