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江戸時代から続く伝統行事、虫送り

小豆島日記
vol.013

posted:2013.7.8  from:香川県小豆郡土庄町  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  海と山の美しい自然に恵まれた、瀬戸内海で2番目に大きな島、小豆島。
この島での暮らしを選び、家族とともに移住した三村ひかりが綴る、日々の出来事、地域やアートのこと。

writer's profile

Hikari Mimura

三村ひかり

みむら・ひかり●愛知県生まれ。2012年瀬戸内海の小豆島へ家族で移住。島の中でもコアな場所、地元の結束力が異様に強く、昔ながらの伝統が残り続けている「肥土山(ひとやま)」という里山の集落で暮らす。移住後に夫と共同で「HomeMakers」を立ちあげ、畑で野菜や果樹を育てながら、カフェ、民宿をオープンすべく築120年の農村民家を改装中。
http://homemakers.jp/

350年続く、幻想的な光景。

小豆島の肥土山に引っ越してきて、この地域の人として参加するのを
とても楽しみにしていた行事がふたつあります。
ひとつめは5月に行われた「肥土山農村歌舞伎」。
そしてもうひとつが「虫送り」です。

半夏生(はんげしょう)の日にあたる7月2日の夕方、
1661年から続いている伝統行事、虫送りが肥土山でありました。
映画『八日目の蝉』にも出てくる、とても幻想的な光景の行事です。
地域の子どもたちが、火手(ほて)と呼ばれる竹で作った松明を
田んぼにかざしながら、列を作って虫を追い払います。

肥土山の田んぼの中を火手を持って列になって歩いていきます。

火手の火は思ったよりも大きく危ないため、小さい子どもたちは大人と一緒に。

半夏生とは、雑節(季節の移り変わりをつかむために設けられた暦日)のひとつで、
夏至から数えて11日目頃の日。
昔は、夏至からこの半夏生の頃までに田植えをしていたそうで、
田植えが無事に終わったこの時期に、虫よけと豊作を祈願して
行われるようになったそう。

私たち家族は、今回初めて虫送りに参加。
まずは、火手づくりから。

実はこの火手、各家庭で作って当日持参します。
「うちはじいちゃんが孫の火手を作っとるよー」という感じ。
用意してもらえるものだと勝手に思っていたので、これには結構驚きました。
地元の子ども会が「いっしょに自分の火手を作りませんか?」
という機会を設けてくれたので、それに参加してマイ火手づくり。
基本的にどうやって作るのかは自由。
約1キロ歩く間に火が消えないようにするため、
パワーアップした火手を作る家族もあって面白い。
うちは初回ということもありオーソドックスな火手に。

お母さんと一緒に自分の火手づくり。木を挟んだ竹の先端を針金でぐるぐる。

ボロ布と木を束ねて針金でとめます。これが燃える部分。

竹の先端を割きます。この割いた部分にボロ布と木を入れます。

そして、当日。
地元のお寺、多聞寺で虫よけ、五穀豊穣を祈願、虫塚で稲の虫の供養を行い、
本尊に供えてある火を提灯に移して、出発場所の肥土山離宮八幡神社へ移動します。
子どもたちも夕方6時を過ぎると、みな火手を持って出発場所に向かいます。
出発前に、地元のお米農家さんから虫送りの目的や歴史のお話。

多聞寺のおじゅっさんが、虫塚で稲の虫の供養。

子どもたちは肥土山離宮八幡神社に集合。火手の持ち方などを聞く。

地元のお米農家さんから、虫送りの目的や歴史のお話を聞きます。

いよいよスタート。
ひとりずつ火手に火をつけてもらって、田んぼのあぜ道を歩きます。
約1キロ、次の集落との境目の蓬莱橋(ほうらいばし)まで。
暮れゆく中、約200人が火手を持って歩いていく様子は本当に幻想的で美しかった。
作られたお話ではなく、現実に存在している行事で、それに参加している。
ただただ感動。

虫送りの出発地。これからいよいよ虫送りのスタート。

小さい子から順番に火をつけてもらって出発。

地元のたくさんの方々が火をつけたり、警備をしてくださったりします。

ちなみに昔は、農村地帯が続く中山、肥土山、黒岩地区へと火をリレーして、
虫を海まで追い出していたそう。現在は肥土山単独で行われており、
海に繋がる伝法川の蓬莱橋から火手を川に落として、虫送り終了。

列になって歩く様子は本当に美しい。

伝法川の蓬莱橋から火手を川に投げて、虫送り終了。

350年以上も変わらないかたちで続いているというのは、本当にすごいことだと思う。
じいちゃんのじいちゃんもそのまたじいちゃんも
何世代にもわたって、ここで虫送りが行われてきた。
そして何より稲が育てられ続けている。
農のある暮らしがずっと続いている。

伝統行事の多くは、農のある暮らしがきっとそのベースにあるんだと思う。
だから多くの人が農から離れてしまったいま、
行事は消滅したり、形式的なものになりつつある。
目的やその精神も残し続けることは本当に難しいことだと思う。
それでも、この美しい行事や農のある風景が、途絶えることなく続いていくことを願い、
私たち家族も関わっていければと思う。

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