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「美術館ロッジ」作戦3

ローカルアートレポート
vol.041

posted:2013.7.3   from:秋田県北秋田市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

writer's profile

Yumi Kuroda

黒田由美

くろだ・ゆみ●九州は大分市生まれ。雪は1年に1度降るか降らないかの温暖な気候の中で成長(台風での休校は経験)。早稲田大学第一文学部卒業、以降東京都在住。現在はIT企業勤務。「美術館ロッジ」では主にtwitter、facebookなどの情報発信を担当。

credit

撮影:鴻池朋子、田沼智司、船橋陽馬、長谷川拓郎、福士功治、黒田由美

アーティスト鴻池朋子さんが中心となって、
秋田の山小屋に作品を設置するプロジェクト「美術館ロッジ」。
その全容を、プロジェクトスタッフの一員でもある
黒田由美さんのレポートで3回にわたりお届けします。

なぜ雪山にアートを運んだのか。

さて、今回はいよいよ一連の「作戦」のクライマックス、
リサーチを経て実際に創り上げられた鴻池さんのアート作品を、
標高1275メートルの森吉神社避難小屋に設置する「作戦3」のレポートです。

「どうして山小屋にアート作品なの?」という質問に即答できなかった私ですが、
「なぜわざわざ雪山に作品を設置しに登ったの?」という疑問には、
「そこに雪山があるから」
いえ、「雪山でないと、作品を頂上近くまで運べないから」と答えられます。

つまり、鴻池さんの作品を梱包した巨大なハコはゴンドラに乗りきれず、
そうするとピラミッドを建築したがごとく、
人力で運び上げるしかなくなるのですが、それはあまりにも非効率です。
が、雪が登山道はおろかアオモリトドマツをはじめ、
すべてを覆い尽くした雪山ではすべてがフラットになり、
巨大なハコもスノーモービルで一気に頂上近くまで運び上げることが可能になるのです。
南国育ちの私にとっては、世界がひっくり返るような大胆な作戦です。
そういえば、福井出身の同僚から
「冬は雪に埋まって道がなくなるから、小学校までまっすぐ最短距離で行ける」と聞き、
「よくわかんないけど雪国って、ある意味自由で革命的だな」と思った覚えがあります。
不自由さばかりが強調される豪雪ですが、
私はそこに別な可能性が開ける「フリー」を感じました。

雪山だから運ぶのです。

が、難関はやはりあります。
避難小屋はある程度雪が少なくなった作戦決行の3月でも、
搬入口の1階の入り口は雪に埋まっています。
新秋田県立美術館の会議室で、インストーラーの大森興太さんと打ち合わせをしながら
「これは6m ×6m ×6mは掘らないと無理ですね」
「つまり、この会議室くらい雪かきしないとダメってことですか?」
「そうですね……」
私たちは、無言で自分たちがいる会議室の広がりを天井まで見回しました。

標高1275メートルの雪山で「誰が雪かきをするのか」が大問題でしたが、
そこはなんと阿仁スキー場の頼もしいスタッフの方々が名乗りをあげてくださいました。
スノーモービルも阿仁スキー場の吉田茂彦さんに、何から何までお世話になりました。
そして今回の作戦3の、2013年3月12日から17日まで6日間にわたる山岳ガイドは、
前半は作戦2の福士功治さん、そして後半はなんと森吉山山岳会の会長、
森川鉄雄さんみずから務めてくださることになりました。もったいなや。

いま振り返ると、阿仁スキー場や森吉山山岳会の方たちが
参加してくださっているからこそ、山の神様は、
私たちの「美術館ロッジ」作戦を成功させてくれたのかな、と思います。
それほど、幸運に恵まれていたと言えますし、
何かを掛け違えただけで、絶対に実現できなかったプロジェクトでした。
この場を借りて、関係者のすべての方々に御礼申し上げます。

あ、ここでシめてはダメですね。まだこの項は始まったばかりでした。

雪かきの図。雪に埋まった避難小屋を発掘するイメージです。

そして、舟は山に登る。

いきなり、ネタばれしてますが、
鴻池さんがひとり埼玉の高麗のスタジオで制作していた作品は「舟」でした。
大きな惑星がその底にがっしりと喰いついた“飛ぶ舟”には、
女の子がオオカミらしき獣とともに乗りこんでいるようです。
“惑星”は作戦2で森吉山に登る前には出現していなかったらしいので、
「山組」のメンバーのあいだでは
「あれは“だまこ鍋”の“だまこ”の化身なのでは」とささやかれています。

この「舟」が、縦3メートル近くのハコに厳重に梱包されて
470キロの距離をトラックで運ばれ、阿仁スキー場のゴンドラ乗り場に到着したのが、
2013年3月14日。食堂横で一晩過ごし、鴻池さんの森吉山入りを待って
森吉神社避難小屋へ一気に運び上げます。

一方、あやぶまれていた「6m ×6m ×6m」の雪かきは、好天に恵まれ、
なんと3月12日の午前中だけですべてが完了してしまいました。
インストーラーの大森さんの報告によると
「まさかの1時間で開門状態に。今日がいかにコンディションが良かったか、
こんな日はまれだとみなで話し合いました」

そして、この「好天」は鴻池さん到着の15日まで続きました。
お山の上はまさに成層圏! 
スノーモービルはあっという間に森吉神社避難小屋近くまで
鴻池さんと作品を運び上げましたが、最後は人力となります。
スタッフのほかに、阿仁スキー場のツイッターを見たご夫婦が
わざわざ駆けつけてくださいました。
その光景は、まるで村のみんなで大量の収穫を祝うような、
あるいは王様の棺を天近くまで運び上げるような、
祝祭とも鎮魂とも言える不思議な様相を見せていました。

作品とともにスノーモービルに乗り込んだ鴻池さん。下向きなのでものすごく楽しかったそうです。

阿仁スキー場ゴンドラ乗り場を出発。ブリューゲルの絵みたいです。

一面真っ白。スノーモービルで一気に上ったあとは、みんなで運びます。

搬入時の森吉神社と冠岩。1275メートルだけど、成層圏みたいです。

このように非常に多くの方々に助けられて
無事、森吉神社避難小屋に届けられた作品ですが、
いよいよ設置作業が行われる3月16日はなんと再び雪。
新秋田県立美術館の林栄美子さん、VOLCANOISEの坂本里英子さん、
そして私はこの日から合流。「誰が雪女?」と軽口をたたいていられたのも最初だけ。
阿仁ゴンドラを降りると、そこは12月と同じような視界5メートルの真っ白な世界です。
森吉山山岳会の会長、森川さんを先頭にして粉雪の舞う中、
黙々と1時間半の道のりを歩きます。

後に5月3日の山開きにあたって、山岳ガイドの福士さんに
「作品を見に行く時のアドバイスをください」とお願いしたところ、
「天候が変わりやすいので、必ず雨具の準備を」とのことでした。
クマについてはほとんど心配することはないけれど、
天候だけには気をつけてほしい、それがいちばん重要なことだそうです。
この時も前日の真っ青に晴れ渡った山の景色がまるで別の時代のことのように、
灰色の空の下、雪が風をともなって横殴りに吹きつけてきました。

翌日は一転して雪模様。あまりに違い過ぎる森吉神社と避難小屋。やはり山はあなどれません。

冠岩と鴻池さん。

「舟」を飛ばす準備中の鴻池さんとインストーラーの大森興太さんと田沼智史さん。息が白いです。

森吉山山岳会会長の森川さんと、作品の一部となるオオカミ。

たどりつけない美術館。

余談ですが、この5月3日の山開きに設営時のカメラマン長谷川拓郎さんと
森吉神社避難小屋まで行こうとしましたが、季節外れの吹雪で果たせませんでした。
再会した森川会長も、「こんなことは経験したことがない」とおっしゃるほど、
まれなことだそうです。ひょっとして私が雪女? って話でもありますが、
それほど、人間の意志とは関係ない不確定要素が大きいということでもあります。
東京から新幹線で4時間、秋田市からさらに1時間半、それでもたどりつけない。

たどりつけない場所もあるということ、
それを自覚するのは大切なことなんじゃないかと思います。
「ああ、今回は見られなかったな」
そんな、七夕みたいな美術館が世界にひとつくらいあってもいい。

私は搬入時に実際の作品を細部まで見ていますが、
ゴウゴウ鳴る吹雪とマイナス5度の冷気の中を飛んで行った「舟」。
それは私の心の中ではまだその世界を飛び続けています。
ここにないけど、そこにあるもの。

飛んでいるかのような「舟」。

私の話を聞いて「雪山に登って作品を見たい」という
酔狂な方もいらっしゃるかもしれませんが、
山岳ガイドの方といっしょでない限り、絶対におすすめしません。
「帰るまでがアート」なので、必ず現実世界に生きて戻って来てください。
そしてこれから森吉山に行ってみたいという方、
夏と秋は本当に誰でも登れるやさしい山に変貌しますので、
ぜひ雨具持参でチャレンジしていただきたいです。

最後になりましたが、「どうして山小屋にアート作品なの?」という疑問に、
鴻池朋子さんがじきじきにお答えいたします。
かなり無茶ぶりですけれど。で、どうして山小屋なんですか?

「わしゃようわからん! というのが正直な気持ちかな。
結果がわかっていたらやりませんし。ただ、人は山に行って、
そしてまた家に帰って来るためなんだろうなということは感じました。
行って、ある地点を境に、再び帰って来る。
その折り返し地点に何かあるんでしょうね。
それについては、あと何回か、何年か、このプロジェクトが
時間をかけて続いていった先に、見えてくることなんだと思います。
でも、こんなに果てしなく、目的も見えず、貨幣価値での採算もとれない遊びを、
みんなが協力して興味を持って真剣にやる。
そういう自然な集まりこそ重要だと思います」

「わしゃようわからん」
秋田美人がだいなしです。
やはり山の獣、いえ、山の神が一部降りてきていらっしゃるのでしょうか。

この秋には、美大の学生たちの野外授業が、森吉山と阿仁周辺で行われるそうです。
また、森吉山をはじめ、秋田や東北の山々で、来年以降の「美術館ロッジ」も計画中です。

どうして山小屋にアート作品があるのか。
その答えは、月並みですが、あなた自身で見つけてみてください。
鬼が出るか蛇が出るか。
ちょうど今年の半分、半夏生の森吉山は、美しい花でいっぱいです。

こちらはヒナザクラ。森吉山は夏と秋は誰でも登れる山です。ぜひ、美術館ロッジへ。

information

map

Lodge the Art Museum on Mt. Moriyoshi
美術館ロッジプロジェクト

所在地:森吉山 森吉神社避難小屋(秋田県北秋田市森吉山1)標高1275m地点
◎アクセス
森吉山阿仁ゴンドラ山麓駅までは、東北新幹線角館駅から秋田内陸縦貫鉄道 阿仁合駅下車、車で約20分。または大館能代空港から車で約60分。山麓駅からはゴンドラ乗車20分、山頂駅より登山道徒歩約40分。ゴンドラ休止期間は登山道のみ。 http://www.aniski.jp/

協力:山組村組の皆さん、阿仁スキー場、山の学校、有限会社ベックシステム、秋田内陸縦貫鉄道、HINOCO Studio、VOLCANOISE、新秋田県立美術館
http://www.facebook.com/LodgeTheArtMuseum

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