連載
posted:2013.8.7 from:山口県山口市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●東京都出身。エディター/ライター。美術と映画とサッカーが好き。おいしいものにも目がありません。
credit
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
山口市にある山口情報芸術センター、通称「YCAM(ワイカム)」が
開館10周年を迎え、「YCAM10周年記念祭」が開催されている。
YCAMはメディアアートという言葉が浸透する以前から、
テクノロジーやメディアを使ったアート作品をいち早く紹介してきた、
公共の文化施設としては日本で唯一のメディアアートセンター。
多様な作品に対応できるように設計され、専門の制作技術チームが常駐し、
音響なども世界のアーティストたちが認めるすばらしい設備を誇る。
10周年記念祭は、アーティスティックディレクターに音楽家の坂本龍一氏を迎え、
展示やパフォーマンス、参加型作品など、多彩なプログラムが二期にわたって開催される。
YCAMは市立中央図書館を併設し、多くの市民が訪れる場所になっているが、
今回の10周年記念祭では、YCAMを飛び出し、まちなかでの展示プログラムもある。
公募企画「LIFE by MEDIA」は、山口駅にほど近い山口市中心商店街で
3つのプロジェクトが展開されている。
企画したYCAMの田中みゆきさんは
「館内だけではなくまちに出て行って、市民にYCAMが扱う
メディアという概念に触れてもらうことが大事だと考えました」と話す。
商店街でメディアを使って何ができるか。
作品を募集するにあたり、「メディア」について考える
きっかけになるような作品を集めたいと田中さんは考えた。
「メディアといっても、必ずしもパソコンを使わないとダメということではなく、
もう少し一般的に開かれたメディアというものを考えました。
自分を伝えるためのメディア、たとえば看板をどう置くのか、
どう振る舞うのかというのもメディアのひとつ。
そうやってメディアというものをもう一度捉え直してほしいと思いました」
「メディアによるこれからの生き方、暮らし方の提案」というテーマを設定し、
作品を公募。欧米やアジアなど10か国以上の国からさまざまなプランが寄せられ、
坂本龍一、建築家の青木淳、メディアアーティストの江渡浩一郎、
ファッションデザイナーの津村耕祐、コミュニティデザイナーの山崎亮、
「greenz」編集長の兼松佳宏の各氏が審査を務め、3つのプロジェクトが選ばれた。
「PUBROBE(パブローブ)」は、個人の衣服や靴などの服飾品を集め、
誰もが利用可能な公共の「たんす」をつくり出すというプロジェクト。
東京とナイロビを拠点に活動するアーティストの西尾美也(よしなり)さんが、
ナイロビのマーケットに着想を得て考案した。
商店街のアーケードにある、広場のように少し開けた屋外のスペースが会場。
市内から集められた大量の古着が整然と並べられ、
その様子は一見するとフリーマーケット。
だがここは売買する場ではなく、気に入ったものがあればその場で着替え、
レンタルできるというスペース。
また洗濯機も用意され、洗濯して干したり、修繕できるスペースもある。
つまり服飾品が媒介となってさまざまなコミュニケーションが生まれる。
「実際に商店街を歩く人が、“なんだろう?”と近寄ってきてくれて、
“これいくら?”という言葉からコミュニケーションが始まることが多いです。
その場で服を着替えると本人の気分も変わりますし、まわりの人が
“お似合いですね”とか“これも試してみたら”などと声をかけるだけで
楽しい雰囲気になります。そうやって人が作品の一部になって
まちに帰っていくというだけで面白い」
西尾さんはこれまでも装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目し、
服に関するアートプロジェクトを発表してきたが、
服がここまで実用的に人に使われるというのは初めての試み。
「もともとアートに感心のない人も巻き込みたいという思いがあって、
服を使って作品をつくってきましたが、
いちばんいろいろな人を巻き込める方法論が今回のプロジェクト。
人々の新しい“当たり前”になって広まっていったらいいなと思います」
「スポーツタイムマシン」は、映像データベースに保存された
さまざまな人とかけっこ競争ができる装置。
登録されているデータから誰かを選ぶと、記録されたその影がスクリーンに投影され、
並んで走ることができるというもの。もちろん自分の姿も記録される。
商店街の奥行きのある広い空きスペースに設置され、連日子どもたちでにぎわっている。
制作したのはゲームクリエイターの犬飼博士さんと空間デザイナーの安藤僚子さん。
ふたりの仕事の領域は異なるが、日本科学未来館に2011年から常設されている
「アナグラのうた 消えた博士と残された装置」という空間情報科学に関する展示でも、
ふたりは共同でコンテンツディレクションを手がけている。
犬飼さんはゲームといっても
「eスポーツ(=エレクトリックスポーツ)」をテーマに活動する。
「コンピューターゲームをスポーツの歴史のなかで捉えています。
コンピューターゲームも遊びだし、スポーツも遊び。
スポーツがつくりたいと日々考えているんです」
スポーツタイムマシンは情報技術を駆使したものだが、
実際にからだを動かすフィジカルな運動でもある。
そこでポイントなのは、投影される映像が1分の1スケールだということ。
「情報科学をわかりやすく市民のみなさんに使ってもらうコツとして、
ライフサイズ=等倍ということが大事だと思っています」と犬飼さん。
小さな画面のなかでゲームをするのではなく、
等倍にすることで身体性をともない、わかりやすくなる。
データベースには、あらかじめ動物や地元のサッカー選手のデータなども用意して、
かけっこができるように準備していたが、意外と同じクラスの子や
身近な人のデータを見つけて一緒に走る子どもが多いという。
安藤さんは「放課後にほぼ毎日のように来る子もいます。
こっそりクラスの好きな子と走ったりとか(笑)。
より具体的でリアルな人の情報を選んでいるのが面白い。
まさにライフサイズのメディアになっています」と話す。
また「タイムマシン」というところにもポイントがある。
つまりいま一緒に走っているのは、過去に走った誰かの記録。
このデータが時間をかけて蓄積されていくと、
ここにしかない新しいアーカイブとなり、
たとえば10年後、20年後に、過去の自分と走ることもできる。
「お母さんが子どもに向かって、
“大きくなってこのデータと一緒に走れるといいね”
と言っているのを聞いて、まさにそれ! と思いました」と犬飼さん。
プロジェクトが作家たちの手を離れ、やがて市民のものになっていく。
山口で生まれたこのスポーツタイムマシンを、
何らかのかたちで山口に残せたら、とふたりは考えている。
そしてもうひとつは「とくいの銀行 山口」。
この「銀行」が扱うのはお金ではなく、人の「とくい」。
自分の得意とすることを預け、人の得意なことを引き出すことができるというもの。
たとえば、歌の上手な人がそれを預けておき、
それが誰かによって引き出されると、引き出した人のために歌を歌う、
というように、貨幣価値とは違う価値の交換が生まれる。
アーティストの深澤孝史さんが、茨城県の取手アートプロジェクトの一環として
取手市井野団地で展開した「とくいの銀行」を発展させたプロジェクトだ。
取手では団地という限られたコミュニティでの展開だったが、
今回はもっと開かれた、しかもお金で物が売買される
商店街という場所で展開するというのも面白い。
「これはあるしくみではあるんですが、僕はしくみそのものよりも
人の特性とか、クセとか、性格みたいなところに興味があるんですよね」と深澤さん。
実際に地域の人やYCAMのサポートスタッフのなかにも
いろいろな「とくい」を預ける人がいて、意外な一面を知ることも多いのだという。
昨年、深澤さんは浜松市のまちなかで、
参加者がさまざまなミッションをクリアしながら
ゴールをめざすという「しょうがいぶつマラソン」を行った。
そこでもまちや人の個性が浮き彫りになっていった。
「アーティストってしっかりした作家性を求められることが多いと思うんですけど、
僕はその逆で、作家性が前に出ていくよりは、
ほかの人が舞台に上がっていけるようなしかけをつくったり、
人を巻き込んでいくようなことがやりたいんです」
また、この商店街が7つに分かれていることにちなんで「ななつぼし商店街」と銘打ち、
お店の「とくい」を紹介するマップを制作中。
このお店ではこんなことを教えてくれるとか、
このお店の人は実はこんなこともできるといった、
本来のお店の業態とは別の、もうひとつの商店街。
約1か月このまちに滞在するという深澤さんは、
もうすっかりまちに溶け込んでいるようだった。
「LIFE by MEDIA」の審査員でもある坂本さんは、
実際に展示を見て回って、まちの印象を新たにしたと話す。
「日本各地、また海外にもアートフェスはありますが、
その楽しみのひとつは、地図を片手にあちこちの会場をめぐり歩くということ。
そのあいだにまちの様子を見たり、地元の人と話をしたりする。
まちなかにこういう場所があると、またYCAMへの親しみ方も
変わるのではないかと思います」
田中さんは「まさに“ライフ”という展示になったと思います。
10周年祭のコンセプトとして、多様性を採り入れ、
作品の見方が変わるようなことを目指していますが、
このプロジェクトはそれを体現しているのではと思います。
究極の目標としては、それぞれのプロジェクトを
市民の方たちが自ら継続したいと思ってもらえれば」
実は少しずつそんな声も聞かれ始めている。
会期中、時間の経過とともに、また市民が関わることによって
プロジェクトが変容していく。
「LIFE by MEDIA」は、そんな生きたプロジェクトだ。
information
アートと環境の未来・山口
YCAM10周年記念祭
第一期:2013年7月6日~9月1日
第二期:2013年11月1日~12月1日
会場 山口情報芸術センター[YCAM]、山口市中心商店街ほか
*一部の展示は9月2日~10月31日および2014年3月2日まで展示しています。
詳細はYCAM10周年記念祭ウェブサイトをご確認ください。
http://10th.ycam.jp/
Feature 特集記事&おすすめ記事