連載
posted:2013.8.23 from:山口県山口市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●東京都出身。エディター/ライター。美術と映画とサッカーが好き。おいしいものにも目がありません。
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写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
設立10周年を迎える山口情報芸術センターで開催中の「YCAM10周年記念祭」。
その全体のコンセプトは〈アート〉〈環境〉〈ライフ〉。
アーティスティックディレクターの坂本龍一さんは、そのテーマについてこう語る。
「こういうテーマを掲げたのは、東日本大震災が大きく影響しています。
震災が起きて、一個人としても、またアーティストとしても大きなショックを受け、
もう一度自分たちの生活、あるいはもっと大きな文明という枠組みについて
考え直すきっかけになりました。
人間の生活とアートの関係、人間とテクノロジーやメディアの関係。
いろいろなことが複雑に絡み合った現代社会というものを考え直し、
現在から未来にかけて新しいビジョンを提出できればと思っています」
坂本さん自身も、今回の10周年記念祭でいくつかの作品を発表する。
そのひとつが「Forest Symphony」。
以前から森林保護の活動もしている坂本さんが、
木との対話をモチーフとして展開するサウンドインスタレーションだ。
木の生態活動に反応する微量の生体電位を特殊なセンサーで感知し、
その長期的なデータの変化を音に変換。山口、宮崎、札幌のほか、
ボストンにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボなど、
海外も含め24本の木にセンサーを取りつけ、それぞれの音が
空中に吊られた多面体スピーカーから流れ出てシンフォニーを奏でる。
このプロジェクトの技術開発にあたり、坂本さんと一緒に作品をつくり上げたのが
YCAMの研究開発チームである「YCAM InterLab(インターラボ)」。
この作品に限らず、YCAMにはアーティストの作品を実現させるために
必要な技術を提供したり、日々、情報科学の研究開発をしている常駐のスタッフがいる。
彼らが作品の構想段階から関わり、アーティストとともに制作していく。
彼らが関わることによって、さまざまな展示やプロジェクトが可能になっているのだ。
またそこで開発された技術について、ジャンルを固定せずに
スタッフ同士が情報を共有し、スキルが集合的に蓄積されていく。
そしてまた別のプロジェクトにも応用されていくという循環構造になっている。
第一期で開催中の国際グループ展のタイトルは
「art and collective intelligence」だが、
collective intelligence=集合知という新しい概念は、
YCAMの根幹をなしているといえる。
「Forest Symphony」では、センサー自体を販売し、購入者が木に取りつけ、
そのデータを将来的にネット上に集めるという試みも進められている。
そのように、YCAMでは培った技術をオープンソースとして公開し、
多様な応用を促していくというのも大きな特徴だ。
坂本さんはこのほかにも、11月から始まる第二期で、
高谷史郎氏との共作の新作インスタレーション作品や、
メディアアートのインスタレーションを舞台にした
野村萬斎氏とのコラボレーションによる能楽パフォーマンスも発表する。
10周年記念祭では、子どもたちが思いきり参加できるプロジェクトもある。
「コロガルパビリオン」は、YCAMに隣接する
中央公園の屋外に設置された子どもたちの遊び場。
2012年にYCAMの館内に登場し人気を得た「コロガル公園」を、
建築家ユニット「assistant(アシスタント)」との協働でバージョンアップさせたもの。
この建築物には、反重力的な動きを触発するさまざまな波形の地面が設定され、
その空間のなかにスピーカーやマイク、LED照明などがしかけられており、
子どもたちは、空間と身体とメディアを組み合わせた遊び方を、
自身で発見していくことになる。
また会期中には「子どもあそびばミーティング」が開かれ、
子どもたちとYCAM InterLabが一緒に考えた遊びのアイデアが、
機能として追加されていく予定だ。
こういった活動は「教育普及」として、
「メディアアート」「パフォーミングアーツ」とともに、
YCAMの活動の三本柱のひとつとなっている。
YCAMでは随時、さまざまなオリジナルのワークショップを開催している。
1日開催のものから、アーティストを招いて
1年間の長期にわたり開催するものまで、その内容はさまざま。
メディアやテクノロジー、そしてそのモラルについて、
どう考え、どう使っていくのかを、体験を通して学んだり、
発想したりするようなものになっている。
こういったワークショップから生まれた作品も、10周年記念祭で展示される。
第二期では、YCAMで開催されたワークショップ
「walking around surround」をインスタレーションとして展示。
昨年夏に開かれたこのワークショップでは、
山口の海に近い小学校、山に近い小学校、まちの小学校と
3つの環境の異なる地域の小学生に参加してもらい、
自分たちの身の回りの音をフィールドレコーディングしてもらった。
小学生たちがディスカッションを経て、スピーカーを空間のなかに自由に配置することで、
環境の異なる音が混じり合うというサウンドインスタレーションだ。
アーティストのアイデアを現実的に作品に落とし込んでいったり、
ワークショップを通じて地域の人たちに参加してもらうといった活動からもわかるように、
YCAMは単に作品を展示する場所ではなく、
創造する場であり、教育や体験の場となっている。
そしてそれを支えているのは、YCAMに集まる優れた人材。
坂本さんも「YCAMにはアーティストのやりたいことを、
なんとか実現しようとする優秀な技術者やプログラマーがいます。
彼らほど優秀な人材が集まっているメディアセンターは日本ではここしかない」
と絶賛するほどだ。
そのような人材と施設が地域にもたらす影響は少なくない。
それは明確な数字に表れるようなものではないかもしれないが、
創造性を刺激された人や発想豊かな子どもは確実に増えているはず。
またこれはYCAMの活動とは直接関係ないが、
山口市内にあるふたつのオルタナティブスペースが、
ともにYCAMのスタッフによって運営されているというのも面白い。
おもに実験的なパフォーマンスの発表の場となっている「スタジオイマイチ」は、
YCAM InterLabの大脇理智さんが個人的に主宰するスペース。
またトークイベントなどを開催し、作家と市民がゆるやかにつながるスペースを
民家で展開するNPO「MAC」を運営するのは、
YCAMで教育普及を担当している会田大也さん。
こういった人たちが、YCAM以外でも地域を面白くしているのだ。
YCAMのスタッフはほとんどが山口県外からやってきた人たち。
チーフキュレーターでYCAM副館長の阿部一直さんは、
山口という地域性についてこう話す。
「坂本龍馬が長州と薩摩を取り持って維新が起きたように、
誰かがメディエートすることで、潜在的なエネルギーが出てくるのが
山口なのかなと感じています。
YCAMがあることで世界のいろいろな土地や考え方と、山口がつながっていく。
そうすることで、地域の人たちの自己表現能力、
国際コミュニケーション能力を高めてもらう。
それは日本にとってとても重要なことだと思います」
まだまだたくさんのプログラムを開催しながら、10周年記念祭は12月頭まで続く。
山口という土地から10年後、20年後の未来が見えてくるかもしれない。
information
アートと環境の未来・山口
YCAM10周年記念祭
第一期:2013年7月6日~9月1日
第二期:2013年11月1日~12月1日
会場 山口情報芸術センター[YCAM]、山口市中心商店街ほか
*一部の展示は9月2日~10月31日および2014年3月2日まで展示しています。
詳細はYCAM10周年記念祭ウェブサイトをご確認ください。
http://10th.ycam.jp/
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