五感で楽しむオープンファクトリー
岩手県一関〈五感市〉

どんな人がつくったか。どんな想いでつくったか。
それを知ったうえでモノを買った、という経験は多くの人にもあるはず。

かくいう私も、大好きな陶芸家がいて、
その方のつくった器は、一生大切にしたいという気持ちで、
丁寧に、大事に、使う。
ほかにも、パン職人の友人が焼いたパンや、知人が育てた米や野菜など、
その人の顔を思い浮かべながらいただくのは、なんだか少し、心持ちが違うのだ。

これらの手ぬぐいや漆器も、どんな職人が手がけたのかを知ると、より愛着が湧いてくる。(写真提供:五感市実行委員会)

これらの手ぬぐいや漆器も、どんな職人が手がけたのかを知ると、より愛着が湧いてくる。(写真提供:五感市実行委員会)

いま日本各地で、地域にある工場を一斉に開放し、
職人と交流しながら、モノづくりの現場を見学・体験するイベント
“オープンファクトリー(工場見学)”が始まっている。

どんな人がつくったか。どんな想いでつくったか。
それらを知る恰好の機会だ。
モノづくりに関心の高い人々は、はるばる遠方からもやってくる。

彫金職人と来場者。

(写真提供:五感市実行委員会)

昨今、モノづくりに携わる職人が高齢となり、後継者不足が叫ばれるようになった。
数字に表すと、現在の工芸従事者の70%以上が60歳を超え、
30代の職人は、なんと10%にも満たない、とも。

職人の作業風景。

(写真提供:五感市実行委員会)

そんな危機的状況の打破という意味も込められているオープンファクトリー。
工場を訪ね、職人と出会い、モノづくりへの想いや、
臨場感あふれる、息をのむような作業工程を目にすれば、
来場者は工芸品に興味を持つ。
なかには職人の技に魅せられて、自ら職人志願する人も実際にいるようだ。

工場見学のようす。(写真提供:五感市実行委員会)

工場見学のようす。(写真提供:五感市実行委員会)

2013年に始まった新潟の〈燕三条 工場の祭典〉を皮切りに、
オープンファクトリーは、山梨、三重、福井など、伝統産業が残る地域で続々とスタート。

岩手県の一関市、平泉町、奥州市も、
平安時代にこの地を治めた奥州藤原氏により、多くの工芸品や産業が生まれたエリア。

いまもその伝統を受け継ぐ老舗が残り、それらをもっと多くの人に知ってもらおうと、
2018年11月9~11日の3日間にわたり、
地域に根づく老舗の若き職人たちを中心に、
東北初のオープンファクトリー〈五感市〉が開催された。

五感市を運営する職人たち。

(写真提供:五感市実行委員会)

といっても、実は2017年にも、
試験的に小規模な五感市が開催されている。
漆器、染物屋、彫金、タンス屋、太鼓店の6社で開催した五感市だったが、
県内外から多くの来場者が集まり、手ごたえ十分。
そのときに得た感覚やアイデア、客の声を反映したのが、
2018年のオープンファクトリーだ。

五感市の幟。

今回の五感市に参加した会社は、なんと前年の約4倍となる26社! 
“工場見学”という枠にとらわれず、
普段は入れない映画館の映写室、名勝「猊鼻渓」の船頭体験、
古刹の坐禅堂(通常非公開)の開放などが含まれるのがユニーク。

五感市が目指すのは、個々の職人の技を知ってもらうだけでなく、
“地域”そのものを知ってもらうことでもあるのだ。

みんなに教えたい!
わたしのまちの「お正月」

今月のテーマ 「まちのお正月」

正月飾り、雑煮の具材や、おもちの形、祭りに初詣、三が日の過ごし方― 
地域性が色濃く表れる「お正月」。
自分の暮らすまちのお正月を、みんなに話したくなるのも不思議です。

今回は、地域おこし協力隊のみなさんから、
その土地ならではのお正月の風景、モノ、コトを投稿してもらいました。

【岩手県一関市】 東北の一部地域だけ! 紙からつくる「網飾り」

年が明けて、家族でお祈り。

お正月、家族で神棚に向かってお祈り。
毎年続く光景ですが、ふと神棚の紙飾りが、ちょっと不思議な気がしました。

鯛の形をした切り紙が神棚にお供えされています。

鯛の形をした切り紙が神棚にお供えされています。

聞くところによると、「網飾り」と呼ばれるこれらは
旧伊達藩の岩手県南、宮城県北にしかないとのこと。
それぞれの神社の神主さんが、和紙を何度も折りたたみ、
カッターなどで複雑な切り込みを入れてつくりあげています。

神社によってその形はさまざま。
扇、巾着、小判、小槌、俵など、縁起の良いものを組み合わせたお飾りが、
たった1枚の紙で表現されているのには感服します。

一関市民族資料館には各地域のお飾りが展示されています。

一関市民族資料館には各地域のお飾りが展示されています。

この複雑な手しごとが、来年も拝めますように。

一関のお正月の風景。

information

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一関市民俗資料館

住所:岩手県一関市大東町渋民字小林25

TEL:0191-75-2706

WEB:一関市民俗資料館

MAIL:minzoku@city.ichinoseki.iwate.jp

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櫻井陽 さくらい・よう

岩手県一関市出身。2016年よりUターンで一関市の地域おこし協力隊に着任し、農業分野の地域団体の活動支援を行う。好きな食べ物はカレー。趣味の硬式テニスをやらないと病にかかる体質。2017年より一関で楽しく暮らしたい20代のための地域団体「一関を面白く企む会」を発足し、各々がまちを楽しむためのさまざまな企画を実施する。

【岩手県花巻市】 海外からも注目される、ダイナミックな神楽の舞

新しい年になり、まちを歩けば、正月飾りが家々にお祝いムードをもたらし、
「年が明けたんだ」と実感が湧いてきます。

もうひとつ、年明けを実感するのが、
約1200年以上の歴史を誇る〈早池峯神社(はやちねじんじゃ)〉の境内で、
神楽の舞い初めの光景を目にした瞬間です。
力強く舞う姿に、新年の幕開けを感じます。

岳神楽。(写真提供:佐々木秀勝)

(写真提供:佐々木秀勝)

岩手県花巻市には複数の神楽団体が存在しますが、
大迫町には「岳(たけ)」と、「大償(おおつぐない)」のふたつの神楽が。
このふたつの神楽を総称して〈早池峰神楽〉と呼び、
今回、写真で紹介しているのは〈岳神楽〉です。

早池峰神楽は、昭和51年(1976年)に国の重要無形民俗文化財に指定され、
平成21年(2009年)には、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
世界各国からも注目を集め、各地で舞が披露されるとなれば、海外から観に来るファンもいるほど。

今年、ユネスコに登録されて10年目の記念すべき年を迎えます。
年明けに行われた舞い初めには、たくさんの人が訪れ、新年を祝いました。

舞い初めは、大償神楽が1月2日、岳神楽が1月3日に披露されます。(写真提供:佐々木秀勝)

舞い初めは、大償神楽が1月2日、岳神楽が1月3日に披露されます。(写真提供:佐々木秀勝)

早池峰神楽は、およそ500年前から舞われてきたといわれています。
これからどんな時代になったとしても、神楽は美しく、そのままの姿で、
我々に希望を与えてくれることだと思います。

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鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2018年7月末、3年間の地域おこし協力隊の任期を終え、本格始動中。

「おせち」の準備は春から始める!?
育てて、採って、つくる
地産地消おせち

明けましておめでとうございます! 
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

みなさんは、どんなお正月を過ごされましたか?

大人になると、学生時代とは違い
進級したり、卒業する、といった節目的な変化があまりないので、
「新しい年が来る」という変化のタイミングがあるのは
ありがたいことだなあと感じています。

2018年の私、激動の1年だったけれど、諦めずによくがんばった! 
2019年の新しい私で、今年も精一杯やりたいことを実現していこうと思います。

HAPPY NEW YEAR!

さて、我が家の年末の一大イベントは、何といっても「おせち」づくり! 
おせちは、自分たちがこの1年かけてつくってきたものの集大成のような料理です。
毎年シェアメイトたちとつくりながら、1年を振り返る。
そんな時間が大好きです。

私たちが手づくりおせちを始めたきっかけは、ご近所さんたちの影響でした。
あるご近所さんの畑をのぞかせてもらったとき、
おせちに入れるための黒豆を自分で育てていたのです。

半年以上前からおせちづくりの準備をしているなんて!

ご近所さんからたくさんのことを学びます。

当時、「おせち」といえばデパートで売っている
きらびやかなお重のイメージが強かっただけに、
買わずにつくる、という視点そのものが新鮮でした。

そして何より、おせちづくりがきちんと暮らしに根づいている、
その生き方がすごくすごくすてきだなと思ったのです。

そんなご近所さんたちに感化され、
私たちも暮らしのなかにあるもので、おせちをつくってみたい! 
そんな気持ちからのスタートでした。

寒い日の地域の食卓
“冬ごはん”をいただきます!

今月のテーマ「まちの冬ごはん」

その土地ならではの郷土食。
1日の元気の源となる朝ごはん。
みなさんは、どんな食事で日々の活力を得ていますか?

今回は、地域おこし協力隊のみなさんから、
その地域で食べられる“冬ごはん”を投稿してもらいました。

【岐阜県白川村】ポテトチップスにもなった飛騨の郷土料理

白川村の冬ごはんといえば「漬物ステーキ」。
村外出身の私にとって、初めて出合ったときは衝撃的でした。
漬物を焼くの? ステーキ? と。

豪雪地帯である飛騨地方で漬物は、野菜が不足する冬の貴重な食料でした。
寒さで凍りついてしまった漬物を溶かすためや、
熟成が進んだ漬物を食べるための調理法として、焼いて食べたのが漬物ステーキの始まりです。

自家製の漬物。

自家製の漬物。

現在でも、自家製の漬物を漬ける家庭は多く、冬の定番メニューです。
一般的には、白菜の漬物を卵でとじますが、
家庭によってはごま油やバターで漬物を炒めたり、ツナ缶を入れたりします。

そして、漬物を温めて食べることで、腸内の乳酸菌の働きが活発になり、
免疫力が上がるという、うれしい効果もあるそうです。
漬物ステーキは、白川村の人々の冬の健康を支える郷土料理なのです。

漬物ステーキ味のポテトチップスも登場しました!

漬物ステーキ味のポテトチップスも登場しました!

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長坂風子 ながさか・ふうこ

愛知県生まれ。大学卒業後、映像制作会社に勤務。地域の“今”を残したいと思い、岐阜県白川村に移住。好きなことは、映画を観ること、おいしいものを食べること。

おうちで岩盤浴!?
薪5本で翌朝まで暖かい
韓国の伝統式床暖房“オンドル”

こんにちは! 「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

寒くなってきましたね。
今年は11月が暖かかったのですっかり油断していましたが、
福岡県糸島市はここ数日、体の芯から冷えるような寒さです。

でも、ちゃんと寒くなってちょっとだけ安心しました。
冬にきちんと寒くないと、植物や生き物たちも混乱してしまいますから。
キーンと澄んだ空気を思い切り吸い込んで、
そうそう、この寒さだったね! と実感する日々です。
うーん、寒い。

少し前まで、薄着でも大丈夫だったのに……。

少し前まで、薄着でも大丈夫だったのに……。

さて、田舎の古民家で暮らす一番の課題といえば、冬の寒さではないでしょうか。

ひと昔前、“家を建てる”ということは人生の一大事だったため、
古民家のつくりは「人が快適に暮らす」ことよりも、
「家をいい状態で次の世代に引き継ぐ」ことに重きが置かれていたそうです。

そのため、古民家は

・木を傷めないように、直射日光が入らないようにする

・木が腐らないように、通気性をよくする

といったつくりになっており、とにかく寒い。
木にとってはいいのかもしれないけれど、
文明の利器に囲まれて育った私たちにとっては、なかなか厳しい寒さです。

この古民家での冬を乗り越えるため、
数年前に韓国の伝統式床暖房“オンドル”をつくりました。

オンドルの口窯で火を焚く。

オンドルとは、薪を燃やした煙で床下を暖める床暖房です。
家の中で一番大きな部屋の床下をはぎとって土を掘り返し、
ブロックとレンガで煙の通り道をつくり、
蓄熱性の高い、平べったい石をその上に敷き詰めます。
石の上に土を乗せ、紙を貼ったらできあがり。

韓国から先生と宮大工さんをお呼びし、ワークショップ形式でつくりました!

韓国から先生と宮大工さんをお呼びし、ワークショップ形式でつくりました!

オンドルワークショップの様子。

メインの素材は、石、土、紙、油。シンプルなものしか使わないので安心です。

メインの素材は、石、土、紙、油。シンプルなものしか使わないので安心です。

燃やした薪の煙がゆっくりと床下の道を通ることで石を温め、
部屋が暖まっていくという仕組みです。
石が発する遠赤外線のおかげで、岩盤浴のように体がじんわりと温まります。

新米猟師、料理人、
プロのバレエダンサー、
大工、旅人ライターも!
個性豊かなシェアハウス住人のお話。

こんにちは! 「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

シェアハウスの話をすると、「どんな人が住んでいるの?」
とよく聞かれるので、今回は個性豊かな住人たちを紹介していきたいと思います。

まずトップバッターは、シェアハウス発起人であり、夫であるこーいちさん

シェアハウス発起人・こーいちさん

料理人であり、冬の間は酒蔵で働く蔵人であり、
ときには韓国式伝統床暖房オンドルの大工であり、
一緒に猟をする猟師でもあります。

シェアハウスでは田んぼを担当していて、
彼が1年間の田んぼスケジュールを組み、それに沿ってみんなでお米を育てています。

農業・畜産・養鶏の経験がある彼のおかげで、我が家のお米自給率は100%以上。
また、集落では役員を務めたり消防団に所属したりと、
集落の人からの信頼も厚い、まさにこのコミュニティをまとめる存在です。

プロのバレエダンサー・ゆうまくん

それから、プロのバレエダンサーであるゆうまくん

ダンサーだけでなく、編集・ライター・webエンジニア・デザイナーと幅広く活動しています。
ジョージア国立バレエ団でプロのバレエダンサーとして活躍したあと、
華やかな晴れ舞台から一転、なぜか田んぼだらけの糸島へ。
これからの生き方を探るなかで、我が家へたどりついたと話してくれました。

「常に自分ができないほうを選ぶ」という強いチャレンジ精神の持ち主で、
25歳という若さでこれだけの幅広い知識や技術を持っているのも納得のストイックさ。
シェアハウス内では、筋トレ部を立ち上げたり、朝活を提案してくれたり、
シェアメイトとの交流の場をたくさんつくってくれています。

身長181センチの長身なので、古民家の我が家ではよく頭をぶつけています。

旅人ライター・マッキー

続いては、マッキー

夏期の短期住人という仕組みを通じて、
我が家への移住を決意してくれた旅人ライターです。

「食と農」に関心が強く、JAで4年間がむしゃらに働き、人生の次のステップへ進むため退職。
オーストラリア、カナダなどでワーキングホリデーを経験し、20か国を旅行。
そこから、場所・時間・お金から自由になる生き方を目指し、我が家へやってきてくれました。

SNSでの情報収集・発信が得意で、インスタグラムのアカウントもフォロワー1万人超え。
シェアハウスでの発信方法をアドバイスしてくれたりと、なにかと心強い存在です。
料理が上手で、みんなからいじられる愛されキャラ。
鼻歌の選曲がいつも若干古いのが気になるところ。(まだ若いのに……)
年齢詐称疑惑が持ち上がっています(笑)。

唯一の学生・がんちゃん

そして、唯一の学生、がんちゃん
夏休みの学生合宿を機に、我が家の暮らしと出合い、
内定辞退、大学を休学してまで我が家の一員となってくれました。

1996年生まれの22歳ですが、まだ身長が伸びているというのだから驚きです。
我が家のふたつ隣駅出身ということもあり、地元の人とのコミュニケーションも得意。
「食べる」と「居場所」をテーマに、フットワーク軽く活動しています。

我が家では、田んぼ作業からリノベーション、合宿の受け入れなど、
家仕事にも積極的に取り組んでくれて、とても助かっています。
芯のあるまっすぐな性格で、彼を訪ねてくる大学の後輩たちから頼りにされるのもよくわかる……!

彼の成長が楽しみですし、私自身も学ばせてもらうことがたくさん。
学生の視点から、シェアハウスを盛り上げてくれています!

続いては、前号で話に上がった大工インレジデンスのメンバーを紹介していきますね。

秋は夕暮れ。
特別な時間に、なにを想う?

今月のテーマ 「このまちの夕日」

1年365日、毎日、当たり前のようにやってくる夕方。
でも秋のそれは、なんだかいつもより色が深くて、
ちょっとセンチメンタルな気分になったり、不思議と元気をもらったり。

清少納言も随筆に詠んだ、秋の夕暮れ。
日本各地に暮らすみなさんの、とっておきの夕景スポットと、
夕刻にあふれた心の想いを投稿してもらいました。

【島根県隠岐の島町】 空と時間と共に生きる 私の島暮らしの楽しみ方

油井の前の洲の夕暮れ1

隠岐の島では「ローソク島」の夕日が有名ですが、
もうひとつ特別な夕日が観られる場所があります。
それが、「油井の前の洲」。
某アーティストのPVのロケ地になったことでも話題になりました。

波が穏やかで、海の鏡がくっきりと空を映し出す。
夕日と、海と、人と。
夢のような写真が撮れるのは、ずっと広がる遠浅だからこそ。

油井の前の洲の夕暮れ2

今年は、近くへ移住してきた地域おこし協力隊の仲間が椅子などを設置して、
くつろぎの夕日鑑賞を演出してくれました。

「水平線に沈む夕日を観たくなったら、西へ向かおう」

お気に入りの場所をみつけて、変わりゆく空と海を眺める。
やがて真っ暗になり、瞬く星と漁火にあと押しされて家路につく。
そんなふうに空と時間と共に生きることは、
私の島暮らしの楽しみ方のひとつです。

油井の前の洲の夕暮れをスマホで撮る

photo & text

五十嵐杏美 いがらし・あみ

平成2年生まれ。元ギャルの島ガール。2017年3月末、東京から島根県隠岐の島町へ移住し、現在は地域おこし協力隊として活動中。移住のテーマは、【自然との共生】と【丁寧な暮らし】。四季の移ろいのなかで豊かに生きる術を学び中。また、自分らしく生きることを探求するためにヨガとアーユルヴェーダを学んでおり、同時に広める活動も行っている。

【岩手県一関市】 1日の疲れを忘れさせてくれる、あの場所からの夕日

一関の秋の夕暮れ

一関の夕日は、奥羽山脈のひとつ「栗駒山」に沈み、
山のシルエットが浮かび上がります。

その栗駒山から流れる「磐井川」と、
東北最大の河川「北上川」の合流点である一関のまちは、
水害の常襲地帯だったため、大きな堤防に囲まれているのが特徴です。
堤防から観る夕日もきれいですが、私の一番のお気に入りは「遊水池展望台」から観る夕日。

奥羽山脈の風景

遊水地とは洪水時の川の水を一時的に貯留し、流量の調節を行う土地のこと。
一関の遊水地展望台からは一面に広がる田んぼと北上川、
それに沿ってどこまでも続く新幹線の線路が望めます。

北上川の水面に輝く夕日の眺めは1日の疲れをすっかり忘れさせてくれます。

北上川の夕景

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櫻井陽 さくらい・よう

岩手県一関市出身。2016年よりUターンで一関市の地域おこし協力隊に着任し、農業分野の地域団体の活動支援を行う。好きな食べ物はカレー。趣味の硬式テニスをやらないと病にかかる体質。2017年より一関で楽しく暮らしたい20代のための地域団体「一関を面白く企む会」を発足し、各々がまちを楽しむためのさまざまな企画を実施する。

古民家の改修が
驚異のスピードで進む!?
“大工インレジデンス”とは?

こんにちは! 「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

田舎暮らしを始めて5年、
畑や田んぼ、地域の人との信頼関係の構築はできてきたものの、
まだ手がつけられていなかったところがあります。
それが、家の改修です。

物置状態になっていた納屋。

物置状態になっていた納屋。

改修は専門的な知識や道具が必要であり、
さらに改修費用も捻出しなければいけないため、
なかなか思うように進めることができずにいました。

田舎では格安で物件を手に入れることが可能ですが、
家が傷んでいて結局大規模な改修が必要になるケースが多くあります。

とはいえ、廃材を使用してイチから自分たちで進めようとすると、
果てしない時間がかかり、いつまでたってもゴールが見えない……
そんな状態の同志たち、多いんじゃないでしょうか。

廃材を磨く。

廃材を磨く。

我が家もコツコツとDIYでリノベーションしてきましたが、
どうしてもスピードが遅いのが課題でした。

どうやったら改修スキルを持った人たちが仲間になってくれるかな? 
そんなことを考えていて思いついたのが、
「大工インレジデンス」というプロジェクトです。

enjoy DIY! 大工インレジデンス

改修技術を持った人は、我が家の滞在費&食費が無料! 

いとしまシェアハウスの田舎暮らしを体験しながら、
新しいコミュニティの場を一緒につくっていこう、というプロジェクトです。
プロが持つ改修技術と、いとしまシェアハウスの暮らし体験の、
物々交換のようなイメージでしょうか。

空き部屋に限りがあることもあり
最初は1名だけ募集する予定だったのですが、
応募してきた3名と面接をしたら全員魅力的な人ばかり。

古民家の改修を効率よく進めるには複数で取り組んだほうがスムーズだろうし、
今回は思いきって3名の大工さんに住んでもらうことになったのです。

実はその時点で空き部屋はなかったのですが、
ないならつくろう! という大工ならではの発想で乗り切ることに(笑)。

脱サラ同級生でスタート!
岩手県一関ブランドの
“切りもち”づくり

一ノ関駅から西に20分ほど車を走らせると、
「厳美渓」という国の名勝天然記念物に指定されている名勝が。
滝・奇岩・甌穴(おうけつ)と変化にとんだ景色が広がり、
訪れる人を魅了する観光スポット。
「空飛ぶだんご」という、対岸からロープ伝いにだんごが運ばれてくる
名物茶屋で知る人も多いのでは?

厳美渓の美しさもさることながら、この一帯は
夏は緑、秋は黄金の海となる、広大な田んぼが続く美しい稲作地帯。
田んぼの多くは〈こがねもち〉という品種の“もち米”が栽培されている。

こがねもちの田んぼ。

こがねもちの田んぼ。

特に厳美渓近くにある道の駅の裏手の田んぼは、
ほぼすべてがこがねもちの作付け地。
約47ヘクタール、おおよそ東京ドーム10個分にもなる
もち米の田んぼを管理するのは〈一関もちの里生産組合〉。
今年で組合創立4年目を迎えるこちらは、
地元の同級生である佐藤好基さん、阿部和利さんを中心に7名でスタートした組合だ。

「〈アイリスオーヤマ〉さんがもち事業を始めたいという話があって、
もち米の生産者を募集していたんです。
僕が4年前に脱サラして一関に戻ってきたときにその話をうけて、
じゃあ何人かでもち米つくるか! って同級生仲間に声をかけて
スタートさせたのが、ことの発端ですね。
佐藤も建設会社勤めだったんですが、家庭の事情が重なって退職して、
今は農業メインでやっているんです」(阿部さん)

小・中・高の同級生だったという阿部和利さん(左)、佐藤好基さん(右)。

小・中・高の同級生だったという阿部和利さん(左)、佐藤好基さん(右)。

この一帯は“もち米団地”と呼ばれており、
組合がスタートする前から、もち米の作付けエリアだった。
それまでは農家がそれぞれに生産し、出荷していたが、
その作業を集約し共同出荷をしようと、組合を発足し、舵をとることになった。

一関産のもち米をアイリスフーズに卸し、実際に切りもちがつくられるようになったが、
気になったのは、商品の原材料名に
「水稲もち米(国内産)」としか表記されないこと。

大企業にもなれば、安定的製造とリスク分散のため、
もち米はひとつの地域からだけでなく、日本各地から仕入れる。
また、もち米には〈こがねもち〉〈ひめのもち〉〈もち美人〉といったさまざまな種類があり、
それらをブレンドすれば「国内産」という表記になってしまうのだ。

「せっかく“もちの里・一関”といわれるエリアでつくった米なのに、
“一関”の名前が出ないんです。
市でも、厳美渓の道の駅の看板でも、“もちの里”ってPRしていて、
そのすぐそばで我々がもち米をつくっているのに、
それがどこにもわからない状態だったんです」(佐藤さん)

一関の農家がつくったもち米であるということが
目に見えてわかる商品にすることで、一関が“もちの里”であることのPRになり、
この先、もちをフックとした新たなアクションにも発展するのでは……
そう考えた佐藤さんと阿部さんは、ある行動に出た。

「“純一関産”の切りもちをつくれないかと、アイリスさんに交渉したんです。
いろいろな検討事項や、クリアしなければならない諸問題を協議した結果、
なんとか一関産米だけを用いた切りもちをつくってもらうことになりました」(佐藤さん)

まるでナスカの地上絵!?
新旧の“ハイブリッド式”で挑む
お米100%自給法

こんにちは。「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

我が家はお米の自給率100%。
10月は稲穂が黄金色に染まる、稲刈りの季節です!

といっても、稲刈りの季節は地域や米の品種によってさまざま。
最近では田植えをゴールデンウィークに行い、
夏に稲刈りするところも多いのだとか。
ゴールデンウィークや夏休みなら人も集まりそうですし、
マンパワーのことを考えると、ちょうどいいシーズンですね。

たわわに実る稲穂。

たわわに実る稲穂。

昔々、海や川のない地域では
梅雨時期の雨水を貯めて、その水で田植えをしていたそう。
我が家ではそれにならい、梅雨時期の6月から田植えをし、
10月に稲刈りをしています。

まだ田んぼが小さかった頃は、すべてを手植え、手刈りしていました。
さらには、収穫したお米を稲藁からはずすために足踏み脱穀機を使ったり、
風を起こして穀物を選別する“唐箕(とうみ)”を使ったり、
昔ながらの方法をできるだけ使うよう心がけていました。

稲刈りの風景1

しかし最近は高齢化が進み、耕作放棄地が増えたことで、
その空いた田んぼを貸していただけることに。
田んぼの面積は初期の頃の数倍に拡大しました。

その広さで、昔ながらの方法を続けていくのは
身体的にも精神的にも無理がある、と気がつきました。

すべてを手作業で、かつ楽しみながらできればベストです。
しかし、そのためにはたくさんの人手が必要ですし、
住人たちは田んぼ以外のことがほとんどできなくなってしまいます。
何よりも、田んぼ作業がしんどくなってしまう。

そこで、この暮らしを楽しく、長く続けていくために、
「味に大きく関わらない部分は、ありがたく文明の利器を使う」という
スタイルに転換しました。

竹を組んだ“はざ”でお米を干す。

竹を組んだ“はざ”でお米を干す。

例えば、

・根のつき方に大きな影響のある田植えは、すべて手作業で行う

・稲刈りは味に影響がないので、部分部分で機械を導入する

・脱穀・選別も、機械を使う(これ、手作業は本当に大変。ありがたい……!)

・お米がおいしくなるので、天日干しは行う

などなど。

稲刈りは、手刈りと機械刈りのハイブリッド型。
バインダーという機械を使うのですが、この機械のすばらしい点は、
刈った稲が束になって結ばれて出てくるというところ。

バインダーで稲を刈る。

バインダーで稲を刈る。

稲刈り体験者ならきっとわかってくれると思うのですが、
稲刈りで大変なことは、稲を刈ることではなく、
刈った稲を束ねてまとめるところです。

刈るのは、あっという間。
でも、束にして縛るのはその何倍も時間がかかります。
それを自動でできてしまうのだから、文明の利器ってすばらしい。

もしもお金が野菜なら!?
〈ギブミーベジタブル〉で考える
お金とのちょうどいい関係

こんにちは。「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

先日、いとしまシェアハウスは5周年を迎えました!
我が家では毎年、周年記念イベントとして
“野菜が入場料”になる、食と音楽のイベント〈ギブミーベジタブル〉を企画しています。

ギブミーベジタブル参加者の皆さんと。

これは、入場料・アーティストの出演料が“野菜”で支払われる、
自給自足型・即興料理と音楽のイベント。

イベント参加者が、入場料として野菜を中心とした食材を持参し、
その野菜を使って料理人が即興料理をふるまいます。
(持ってくるものは野菜だけでなく、調味料や酒、お米でもOK!)
そしてイベント後は、残った野菜を出演料として関係者で分け合うのです。

ここでは野菜がお金の代わり。
“野菜”というコミュニケーションツールを通じて
「お金の役割とモノの価値」について考え、
交換することの楽しさを感じてもらおう、という取り組みなのです。

(調味料、調理器具などの実費は、
有料ドリンクのキャッシュオン&ドネーションでまかなっています)

ギブミーベジタブルの様子

率直に言って、お金を介さないやりとりはとても楽しい!

イベントに集まった食べものは
自分の畑で初めて収穫できた野菜だったり、
こだわり素材の自家製調味料だったり、
小さな女の子が頑張ってつくった手づくりおやつだったり、
あたたかく、やさしいストーリーがあるものばかり。

集まった野菜には、この野菜がどこから来たか、誰がつくったのかなどのメモ書きが添えられています。

集まった野菜には、この野菜がどこから来たか、誰がつくったのかなどのメモ書きが添えられています。

気持ちのこもった食材たちが料理人たちの手で
ご馳走に変化していき、それをみんなでおいしいねと食べる。
これ以上の幸せってある? と思うくらい、ハッピーな場なのです。

「買う」「売る」じゃないからこそ広がる多様性やおもしろさ、
損得なしにこの場を楽しい場所にしたいという気持ちのいい循環が
そこにはありました。

持参された野菜でつくられた料理の数々。

テレビの中の人だけが
ヒーローではない!
世界遺産を守る人、
水車を楽器にしてしまった人、
私のまちのヒーローたち

今月のテーマ 「このまちのヒーロー」

ヒーローといえば! 正義の味方? 旅の勇者? はたまた、大活躍した野球選手?
いえいえ、日本各地にだって、いろんなヒーローがいるものです。

たとえ名は知られていなくとも、そのまちにとって、なくてはならない人物。
彼らはどこか魅力的で、多くの人が一目置く、かっこいい存在。
そんな地域のヒーローを、日本各地に暮らすみなさんから紹介してもらいました。

【岐阜県白川村】 世界遺産を守るヒーロー、茅葺き職人

屋根の葺き替えをする職人たち

“合掌づくり”と呼ばれる茅葺きの家が建ち並ぶ、岐阜県白川村。
これらを維持するには修復や屋根の葺き替えが必要不可欠で、
30~40年に一度、大がかりな工事が行われます。

その葺き替えを担い、
白川村の風景や文化を守っているのが「茅葺き職人」です。

白川村で活動している6名の職人

現在、白川村で活動している職人は6名。
彼らの仕事は、幅広い知識や技術が必要で、
ときには屋根の結束の材料となるマンサクの木を採りに山へ入ることもあります。

重労働な作業から、繊細な作業までこなし、
白川村の人々の暮らしを守る職人は、まさにスーパーヒーロー。

マンサクの枝を運ぶ職人。

マンサクの枝を運ぶ職人。

集落では「結(ゆい)」と呼ばれる、同量程度の労働力をお互いに返しあう文化があり、
古くより、村民同士の助け合いによって集落は守られてきました。
現在は、結の精神や葺き替え技術を伝承するため、
年に一度、合掌づくり家屋を所有している村民が集まり、葺き替えを行っています。

合掌づくりの家には、自然の恵みを巧みに利用した先人の知恵が詰まっていて、
その智恵や技術は、茅葺き職人によって現在も守り続けられています。

村民の結による屋根葺き風景。

村民の結による屋根葺き風景。

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長坂風子 ながさか・ふうこ

愛知県生まれ。大学卒業後、映像制作会社に勤務。地域の“今”を残したいと思い、岐阜県白川村に移住。好きなことは、映画を観ること、おいしいものを食べること。

【岩手県花巻市】 ワインにいい嫁を! ヒーローたるチーズ職人

花巻市大迫町で、唯一のチーズマイスターである伊藤行雄さんは72歳。
小さな工場でチーズをつくるその後ろ姿には、ただならぬものを感じます。

行雄さんのチーズづくりは昭和49年からスタート。
このまちでワインづくりが盛り上がってきた約50年前から、
チーズとワインのマリアージュを提唱していました。
「ワインにいい嫁はんを見つけてあげなきゃいけなかった」と、行雄さん。

できたてのナチュラルチーズ。

できたてのナチュラルチーズ。

特製チーズの握り!

特製チーズの握り!

「チーズを通していろんな人と出会えることが楽しい」と話す行雄さん。
僕もそんなすてきな行雄さんに出会えたことに、とても感謝しています。
チーズ文化だけでなく、人と人をつなげる、まちのヒーロー。

花巻市のチーズマイスター、伊藤行雄さん

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鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2018年7月末、3年間の地域おこし協力隊の任期を終え、本格始動中。

【島根県隠岐の島町】 人生の哲学を教えてくれる、私のヒーロー

私にとって、やさしさや学びを与えてくれる地域の方たちは、みんながヒーロー。
なかでも地域唯一の個人商店〈たけのや〉を営んでいる、“としちゃん”こと武田年弘さんは、
木々を愛する山の達人でもあり、山にまつわるさまざまなことを教えてくれます。

地域唯一の個人商店〈たけのや〉を営むとしちゃん

この日は、としちゃんがつくった丸木小屋を見せてもらいました。
山でちょうどいい木を探して伐り出すところから始めて、
奥さんとたったふたりでつくりあげたのだそう。

としちゃんがつくった丸木小屋

「ひとりでできんことも、ふたりならできる。
ふたりになれば、その力はふたり分じゃなくて3人分になる。
でも、7人いても5人分にしかならん、ということもある。
多すぎると、見てるだけの人もおるけんね〜」

人はひとりでは生きていけないけれど、多ければいいというわけでもない。
何ごとも適度に。
こんなふうに、としちゃん流の人生哲学が飛び出すのも、魅力のひとつです。

たけのやの外観

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五十嵐杏美 いがらし・あみ

平成2年生まれ。元ギャルの島ガール。2017年3月末、東京から島根県隠岐の島町へ移住し、現在は地域おこし協力隊として活動中。移住のテーマは、【自然との共生】と【丁寧な暮らし】。四季の移ろいのなかで豊かに生きる術を学び中。また、自分らしく生きることを探求するためにヨガとアーユルヴェーダを学んでおり、同時に広める活動も行っている。

【岩手県一関市】 夢は叶えるもの! 水車を楽器にしたヒーロー

水車で音楽を奏でる。
こんなことを思いつく人がいるでしょうか?
学生時代の岡淳さんは、水力で米をつき、粉を挽く水車小屋を見て、
これで音楽を奏でられないかと思ったといいます。

サックス奏者の岡淳さん

それから約30年、現在はサックス奏者として活躍する岡さん。
音楽水車をつくりたいという話は、たびたび飲みの席で語ることはあっても、実現には至らず。
あるとき、“夢を語るだけのおじさん”になっている自分に恥ずかしくなった岡さんは、
縁あって訪れた奥玉という地で音楽水車をつくることに。

音楽水車プロジェクトの風景1

毎年9月の第1日曜日、音楽水車はやってきます。
不思議なカラクリで奏でられる音楽を楽しみに、全国から数100人が集うイベントに!

音楽水車プロジェクトの風景2

いくつになっても夢を忘れない。
その遊び心が、今年もまちのヒーローを動かすのです。

音楽水車プロジェクト3

information

音楽水車プロジェクト

WEB:www.musicmill.jp

Facebook:www.facebook.com/MusicSuisha/

MAIL:info@musicmill.jp

TEL:080-3577-4268(代表:岡淳)

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櫻井陽 さくらい・よう

岩手県一関市出身。2016年よりUターンで一関市の地域おこし協力隊に着任し、農業分野の地域団体の活動支援を行う。好きな食べ物はカレー。趣味の硬式テニスをやらないと病にかかる体質。2017年より一関で楽しく暮らしたい20代のための地域団体「一関を面白く企む会」を発足し、各々がまちを楽しむためのさまざまな企画を実施する。

古民家の土間を復活!
伝統的な“三和土土間”をつくる
2泊3日の古民家リノベーション合宿

こんにちは。「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

先日、我が家で「三和土(たたき)土間」をつくるワークショップを行いました。
三和土土間とは、日本家屋の土間をつくる伝統的な手法で、
土に石灰・にがりなどを混ぜ合わせ、叩いて固めて仕上げたもののことをいいます。
今時、昔ながらの土間を新しくつくる機会はなかなかないと思うので、
ここでレポートしていきたいと思います!

もともとの板間の状態。

もともとの板間の状態。

我が家の玄関は、もともとは土間だったと思うのですが、
洋風の応接間が流行った時代にベニヤ板の板間がつくられていました。

ですが年月とともに傷んで剥がれ、今では歩くと剥がれた板が引っかかって危ないので、
ガムテープで留めて(!)なんとかやり過ごしてきました。

この場所も、リノベーションしなきゃねという話はずっと出ており、
夫は一番に土間を提案していたのですが、
実は私、板間をなくしてしまうのはもったいない……! と思っていました。
板間のほうが靴を脱いでくつろげるし、
最初は土間ではなく「床張りをし直す」という選択肢を推していたのです。

でもこの5年、このスペースの使われ方を見てみると、人がくつろぐというよりは
ただモノが置かれる場所&人が行き来するだけのデッドスペースとなっていました。
ここに新しく床板を張っても、きっとただの“きれいな通り道”になってしまう。

「板をはがして土間にして、薪ストーブやテーブル・イスを置いたら、
人が集まる場所になるよね。
畑や田んぼから帰ってきたとき、靴の脱ぎ履きが簡単になるよね」

そんな夫の提案もあり、ついに土間づくりをすることになったのです。

キャラの濃い参加者たち!

キャラの濃い参加者たち!

今回は、連休に合わせて2泊3日の大型合宿を組みました。

自分の家にも三和土土間をつくってみたいと岡山から参加されたご夫婦や、
鹿児島から5時間車を飛ばしてきてくれた大学生たち、
大工インレジデンスに応募してくれたメンバー、
ワークショップ常連さんに、入ったばかりの新住人などなど、
キャラクターの濃い面子が大集合。
なにやら楽しい時間になりそうな予感!

“摘み草料理”で地域おこし!
もち食文化のまち・岩手県一関の
〈京津畑 やまあい工房〉

一ノ関駅から北東に車を走らせること約1時間。
「京津畑(きょうつはた)」という、どことなく響きの美しい地名の場所が。
聞けばこの場所、源平合戦で敗れた京出身の平家落人が、
逃げのびて住みつき、開墾したことから、このような地名になったという俗説が。

この京津畑、一関の中でも特に山深いといわれる場所にもかかわらず、
近年じわじわとその名を広げつつある。

京津畑の風景。

その認知拡大の一因となっているのが、
毎年11月に開催されるフードイベント〈食の文化祭〉。
京津畑の全住人による手づくり料理やおやつを、
レシピや、語り継がれた伝統と一緒に展示し、
最終的には訪れた人に無料(!)でふるまうという、太っ腹すぎるイベントなのだ。

開催日には、120~130人といわれる集落人口の7~8倍にもなる京津畑ファンが
県内外から訪れ、展示された250種もの郷土食の作品が
祭り最後の大試食会には、あっという間になくなってしまうのだとか。

また、郷土食の発信や、一関に住む高齢者、出歩くのが難しいエリアに住む人へ
食の支援を行う〈農事組合法人 京津畑 やまあい工房〉も、
この地の名を知らしめる大きな要因となっている。

小学校の廃校を利用した〈京津畑交流館 山がっこ〉。ここに拠点を置くやまあい工房は、食にまつわる業務を担当。施設は宿舎としても活用されている。

小学校の廃校を利用した〈京津畑交流館 山がっこ〉。ここに拠点を置くやまあい工房は、食にまつわる業務を担当。施設は宿舎としても活用されている。

やまあい工房は、食の文化祭をきっかけに、集落の女性によってスタート。
平成14年の設立以来、地元産の食材を使用したお弁当や惣菜の配達、
移動販売、道の駅への卸しなどを行っている。

そのパワフルな活動は年々厚く支持され、
〈全国ご当地もちサミットin一関〉に出品した「やまあいのお雑煮」はグランプリを獲得、
農林水産省の〈食と地域の『絆』づくり〉(全国19都道県24団体)でも
岩手で唯一選定されるほど。
近年は一関市主催のプロジェクトにも関わっており、
首都圏に住む、食に関心の高い人々を工房に招いたりしているそうだ。

話をうかがったのは、やまあい工房事務局の伊東幸子さん。

話をうかがったのは、やまあい工房事務局の伊東幸子さん。

「ここには腕自慢のお母さんたちがいっぱいいるんです。
この地域ならではの郷土食で、地域おこしできればなあって。
最初は地元食材を使った漬け物の販売から始めたんです」(伊東さん)

保存料、着色料、化学調味料を使わず、放射線検査を受けた安全な食材のみを用いてつくられる加工品。素朴な味わいが人気を得て、夏と冬に販売するギフトパックも好評なのだとか。

保存料、着色料、化学調味料を使わず、放射線検査を受けた安全な食材のみを用いてつくられる加工品。素朴な味わいが人気を得て、夏と冬に販売するギフトパックも好評なのだとか。

ここで、お母さんたちのつくる料理の一例をご紹介。

煮魚、焼魚、鱈のフライ、ヒジキ煮、ポテトサラダ、フキの佃煮、
ウドのきんぴら、ハコベの卵焼き、キクイモの葉の天ぷら、
イタドリとミズの実の酢の物、スベリヒユとキュウリの辛子和え、
京津畑の“むかしおやつ”のがんづき、げんべた――

なんだか、耳慣れない食材や料理もちらほら。
京津畑で採れる山菜や野草を多用しているのも、やまあい工房のメニューの特徴。
これには、江戸時代に生きた一関生まれの医者、建部清庵(たてべせいあん)に関係が。

建部清庵ってどんな人物?

たびたびの冷害に見舞われた江戸期の東北地方。
飢饉による死者や、食べるものがなく野草を口にして中毒をおこす人を減らすため、
植物の育成と知識を広めるための『民間備荒録』を発行した人物だ。
工房では、この清庵の書籍にある野草を取り入れたメニューを積極的に提供している。

スベリヒユとキュウリの辛子和え。酸味のあるスベリヒユを入れることによって、酢の物のような味わいに。

スベリヒユとキュウリの辛子和え。酸味のあるスベリヒユを入れることによって、酢の物のような味わいに。

「私たちのつくる料理自体は単純なものなんですけど、
野草の薬効なんかがおもしろいんですよね。
一関出身の清庵が江戸期にそんなことをやっていたとあれば、なおさらやらなきゃって。
一関だからこそできる地域おこしだと思っています」(伊東さん)

オメガ3脂肪酸が多く含まれるスベリヒユ。トルコ、ギリシャなどでもよく食べられる野草なのだとか。

オメガ3脂肪酸が多く含まれるスベリヒユ。トルコ、ギリシャなどでもよく食べられる野草なのだとか。

名物ワンコから、
伝説の生物「龍」まで!
あなたのまちに暮らす動物って?

今月のテーマ「まちの動物」

私たちの暮らしには、たくさんの動物や生き物が関わっていて、
満たしてくれたり、満たされたり。
人間が生きていくうえでは、欠かせない存在です。
今回は、日本各地に暮らすみなさんから、
そのまちに住む動物、名物ペット、地域に根づく生き物を紹介してもらいました。

【岩手県花巻市】見ているだけで癒される! ワイナリーワンコ

愛犬・マックくん画像

個人ワイナリー〈高橋葡萄園〉を営む高橋喜和さんが飼われているのは、
愛犬・マックくん6歳。
2015年の開業当時から、こちらのワイナリーを見守ってきた可愛らしいワンコです。

自宅敷地内に建てられたワイナリー。

自宅敷地内に建てられたワイナリー。

2012年4月に高橋家にやってきた頃はとても小さかったマックくんですが、
すくすくと成長し、今は立派な姿に。
ずっとご主人に寄り添い、人懐っこさが垣間見え、人見知りもしません。
人前でもリラックスして、お腹を見せて眠る姿がまた愛らしいです。

愛犬・マックくん画像

散歩中に見つけたタヌキを追いかけて、
ご主人の手から離れてしまったこともあるという、やんちゃな一面も。
これからもワインづくりを見守り、ご主人と共に生きていきます。

愛犬・マックくん画像

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鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2018年7月末、3年間の地域おこし協力隊の任期を終え、本格始動中。

【岐阜県白川村】冬はスキー場、夏は牛のパラダイス

正面に白山連峰を望み、眼下に名湯・平瀬温泉を控えた〈白弓スキー場〉。
白川村のはずれにある、アットホームなスキー場です。

白弓スキー場画像

こちらのスキー場、冬はスキーを楽しむ観光客や村民にとっての楽園ですが、
夏になると牛たちの楽園へと変わります。

放牧された牛たちは草を食べることによって、スキー場の草刈りを担っています。
この日もムシャムシャと草を食べていました。

牛

ここの牛ちゃんたちは見ていると寄ってくることもあり、
地元の子どもたちにも愛されています。
食いしん坊の私はよからぬことばかり考えてしまいます。
この牛ちゃんたちの運命はいかに……。

夏のスキー場には、この時期にだけ見られる意外な光景がありました。

牛

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長坂風子 ながさか・ふうこ

愛知県生まれ。大学卒業後、映像制作会社に勤務。地域の“今”を残したいと思い、岐阜県白川村に移住。好きなことは、映画を観ること、美味しいものを食べること。

移住先で良好な関係を築くには?
〈いとしまシェアハウス〉式
地域コミュニティのつくり方

こんにちは。「食べもの・お金・エネルギー」をつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

最近、田舎に移住したいという人からよく聞かれるのが、
「この場所でシェアハウスを始めるとき、集落の人たちはどんな反応だった?」
ということ。

築80年の我が家がある集落は全部で18世帯。
苗字は4つしかないため、みんな下の名前で呼びあうような小さなコミュニティです。
そんななか、得体の知れない若者たちが
数人で集落の家に住むとなれば、戸惑うに違いありません。

集落の盆踊り。

集落の盆踊り。

引っ越し当時、20代だった私と夫が
この場所でシェアハウスを立ち上げられたのは、
ご近所さんとのコミュニケーションの積み重ねがあったからでした。

この家でシェアハウスをすると決めたとき、大家さんは
「この地域に住むなら、集落の一員になる気持ちでいないといけないよ」と
アドバイスしてくださり、引っ越す前に
地域行事で挨拶する機会をつくってくれました。

短期住人と合宿メンバーで納豆づくり。

短期住人と合宿メンバーで納豆づくり。

挨拶のときは、平均年齢65歳のこの集落で
結婚していない若い男女が複数人で同じ家に住む、となったら
怪しい団体なんじゃないかと疑われるのでは、という不安もありました。

けれど、集落の人の反応は予想外のものでした。

ちょうどその時期、シェアハウスをテーマにしたドラマや、
『テラスハウス』というバラエティー番組が流行っていたこともあり、
ご近所さんたちはすでにシェアハウスという概念を知っていたのです。
あらためて、テレビの影響力を思い知りました。

「ああ! あの同じ家で恋愛するやつやろう。賑やかになるね」

これには笑ってしまいましたが、
実際に我が家で出会ったカップルが結婚して、
シェアハウスベイビーまで誕生しているわけですから、
あながち間違いではないとは思っています。

お盆は元シェアメイトたちもみんな帰ってきます。

お盆は元シェアメイトたちもみんな帰ってきます。

引っ越してきてからは
すぐにシェアメイト全員で集落の18軒ある家をすべて回って挨拶し、
集落の行事はいつでも参加できるよう心がけてきました。
とくに集落の行事は、信頼関係を構築するための大事なコミュニケーションの場です。
行事にどうしても私が出席できないとき、
シェアメイトの誰かが出席してくれるのでとても助かりました!

その積み重ねもあり、今ではとてもいい信頼関係を築けていると思っています。

“自宅で結婚式”という選択!
〈いとしまシェアハウス〉の
古民家ウェディング

こんにちは。「食べもの・お金・エネルギー」をつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

今日は、結婚式のお話。
私は2013年に福岡県糸島市に一緒に移住し、
このシェアハウスを立ち上げたパートナーと2015年に結婚しています。

「暮らしをつくる」がテーマの我が家ですから、結婚式も手づくりで行いたい! 
そんな気持ちもあり、仲間たちと一緒に
この集落で数十年ぶりとなる自宅結婚式を企画することとなったのです。

祭壇の新郎新婦

私たちが結婚を決めた理由のひとつに、
集落の皆さんに晴れ姿を見せたいという気持ちがありました。
私たち夫婦は集落に引っ越してきた頃からおつき合いをしており、
当時から「お前たちが結婚するときは、俺がとり仕切ってやるかなら」なんて
声をかけてもらっていました。

ですが移住して2年が過ぎ、平均年齢65歳のご近所さんたちも
少しずつ歳を重ね、できないことも増えてきたように見えました。
お酒に強かった人がお酒を控え始めたり、
ずっと続けていた田んぼや畑を手放したり、
最近見かけないな、と思っていたら入院されたと聞いたり。

私たちのことをあたたかく受け入れてくれた彼らが元気なうちに、
きちんと晴れ姿を見せたい。喜んでもらいたい。恩返しがしたい。
そんな気持ちが、結婚を後押しさせました。

稲刈りの風景

入籍日はギリギリまで稲刈りをしていたので、ふたりとも作業着のまま市役所へ駆け込みました。

入籍日はギリギリまで稲刈りをしていたので、ふたりとも作業着のまま市役所へ駆け込みました。

婚姻届の保証人の欄には家の大家さんと、
集落で一番お世話になっている方にお願いし、
本籍も今の住所に変更しました。

さて。結婚したからには、晴れ姿を集落の人たちに見てもらいたい。
けれど、シャイなご近所さんたちは
友人たちを呼ぶ大きなパーティーには参加しづらいだろうなあ。
それならば、友人向けのパーティーとは別に、
集落の人たちに向けての結婚式を企画しよう、と決めたのです。

祭壇を家に運ぶ神主さん。

祭壇を家に運ぶ神主さん。

それに、私たちが今の暮らしを始めることができたのは、この家と出合えたおかげ。
この家との巡り合わせがなければ、いとしまシェアハウスも生まれなかったでしょう。
昔ながらの“家での結婚式”をすることで、
この家にも恩返しができないかな、と思ったのです。

自宅結婚式をするのであれば、
できるだけこの集落のしきたりに倣って行いたい。

ご近所さんに昔はどんな結婚式をしていたのか聞きに回りましたが、
この集落の自宅で結婚式が行われたのは遥か昔の話だそうで、
60歳以上の方でも「近所の結婚式場で挙げたのよ」なんて答えが返ってきました。
「自宅で結婚式、あったような気はするけど、もう詳しく覚えてないねえ」
80歳くらいの人でようやくこれくらいの情報、といった感じ。

昔の結婚式の写真

昔はみんなそうだった、といわれていた自宅結婚式でも、
一度途切れてしまった文化は、あっという間に
記憶から失われていってしまうものなのだなと実感します。

それでも、当時の結婚式の写真を見せてもらい、
初々しく幸せそうな若き日の姿にキャッキャしたり、
馴れ初めを聞いてドキドキしたり、
普段は見ることができないその人の歴史が感じられて、とてもいい時間でした。

前日に会場の準備をする新郎。

前日に会場の準備をする新郎。

ですが、なかなかいい答えに巡り会えなかったので、
地域の神社の神主さんに相談したところ、
昔は家のなかに祭壇をつくってお供え物をし、式をしたんだよと教えていただきました。

やっとのことで得た手がかりを頼りに、
神主さんにいわれた通り、お供え物や衣装の準備をし、
会場の椅子の搬入のスケジュールなどを組み、
ついに結婚式の日どりを決めることができました。

当日はシェアメイトやご近所さんにごはんをつくってもらうお願いをし、
シェアメイトの女の子にカメラマンを頼み、
友人にヘアメイクをお願いし、
シェアメイトみんなで家を掃除して祭壇の設置も自分たちで行う……
本当に本当の、手づくりの結婚式です。

髪飾り用のコデマリ

髪飾りの花を、ご近所さんのお庭からいただきました。

髪飾りの花を、ご近所さんのお庭からいただきました。

式では、集落でお世話になっている方みなさんが顔を見せてくださり、
両親も、関東から駆けつけてくれました。

いつものリビングが神聖な結婚式場に。なんだか不思議な気分でした。

いつものリビングが神聖な結婚式場に。なんだか不思議な気分でした。

みんなが用意してくれたおもてなし料理の数々

色鮮やかなお料理も、新鮮なお刺身を飾る葉っぱも、
テーブルを華やかにするお花も、
数種類ある手づくりのお塩を入れるかわいい貝殻も、
全部シェアメイトたちがつくってくれたものです。

数日前から一緒にメニューを考えたり、仕込みをしたり。
ほんっとうに大変だったと思います。

仕出し屋さんじゃなくて、
地域の新鮮な食材を使っておいしい料理を食べてもらいたい、
そんな私たちの気持ちに全力で応えてくれました。

もう、愛でしかないです。
本当に本当にありがとう!

新郎の衣装は、ご近所さんからお借りした紋付袴。

新郎の衣装は、ご近所さんからお借りした紋付袴。

アーティストのシェアメイトが歌を披露してくれました。

アーティストのシェアメイトが歌を披露してくれました。

私の好きなものだから、って
エビをたくさん入れてお煮しめをつくってくれたご近所さん、
よかったらお返しに配りなさい、と手づくりのお塩をくださった大家さん、
気合を入れてオリジナルラベルの日本酒をつくってきたお父さん(笑)、
たくさんの人たちに支えられてでき上がった結婚式だったと思います。

私たちの両親、お世話になっている大家さんやご近所さん、
そして一緒に暮らすシェアメイトとも、より絆が深まる機会になりました。
血はつながっていなくとも、大好きな人たちが集まり、つながって、
ここからまたコミュニティが広がっていくことが、何よりもうれしかったです。

さあ、次は私が誰かの結婚式をお手伝いする番。
近々結婚するメンバー、誰かいないかなあ。
結婚式するときは、声かけてね! 
あのときの恩返し、させてください。

夏の体が欲してる!
今こそおいしい
日本各地の旬グルメ

今月のテーマ「夏のごちそう」

夏の楽しみといえば、たくさんありますが、
今回のテーマは夏のグルメ!
日本各地に暮らすみなさんから、
そのまちならではの「夏のごちそう」を紹介してもらいました。

【岩手県一関市】生で食べられる、ごちそうの「きみ」?!

夏の一番のご馳走「きみ」。

きみは北東北の方言で、トウモロコシのこと。
小さい頃は、夏になると必ず畑で採ったきみをおばあちゃんが茹でてくれました。
ホクホクのきみが少し冷めてきた頃にガブリ。

みずみずしい「きみ」

歯にトウモロコシの毛が挟まるのもお構いなしにかぶりつくのが、最高のごちそうです。
実を1列食べて、親指で実をきれいに剥がしていくのもまた楽しい。

一関特産の、菜種油の搾り粕を肥料に使った「菜の花こーん」を栽培する
〈芦農園〉の芦謙二さんが、きみ畑を案内してくれました。

芦農園〉の芦謙二さん

「畑でこいつを生で食べるのが一番うまいんだ」と、謙二さん。
その場でかぶりつくと、噛んだ粒から果汁が。
夏のきみ畑のその味が、当分忘れられそうにありません。

芦農園〉の風景

information

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芦農園

住所:岩手県一関市大東町渋民伊勢堂22

TEL:0191-75-4049

販売先:楽天市場「農家のお店めぐり菜」

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櫻井陽 さくらい・よう

岩手県一関市出身。2016年よりUターンで一関市の地域おこし協力隊に着任し、農業分野の地域団体の活動支援を行う。好きな食べ物はカレー。趣味の硬式テニスをやらないと病にかかる体質。2017年より一関で楽しく暮らしたい20代のための地域団体「一関を面白く企む会」を発足し、各々がまちを楽しむためのさまざまな企画を実施する。

【島根県隠岐の島町】海の幸がいっぱいの、まち自慢の超豪華バーベキュー

「夏といえばバーベキュー!」
……というのは、全国共通の謳い文句かもしれませんが、
隠岐の島の海鮮バーベキューはとにかく豪華。

サザエに鯛、イカなどは当たり前。
ときには岩ガキやアワビが並ぶことも。
特産品のひとつでもある岩もずくも、実は焼くとおいしくて、私のお気に入り。

豪華海鮮バーベキュー!

隠岐の島では、そんなバーベキューが日常の一部になっています。
家の庭、海辺、森の中など、好きなところで。
準備から家に帰るまで、ストレスフリーで。
気心が知れた仲間やご近所さんと、落ちていく太陽を眺めながら笑いあう。
波の音を聴きながらのんびりするこの時間こそが、真の“ごちそう”かもしれません。

いい具合に焼けて、そろそろ食べごろ!

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五十嵐杏美 いがらし・あみ

平成2年生まれ。元ギャルの島ガール。2017年3月末、東京から島根県隠岐の島町へ移住し、現在は地域おこし協力隊として活動中。移住のテーマは、【自然との共生】と【丁寧な暮らし】。四季の移ろいの中で豊かに生きる術を学び中。また、自分らしく生きることを探求するためにヨガとアーユルヴェーダを学んでおり、同時に広める活動も行っている。

【岩手県花巻市】夏野菜の代表は、洗わずかぶりつくのが◎!

夏のお天道さまの力は、農作物にとって最高の恵みをもたらします。
太陽の光をいっぱい吸収して育った野菜たちは
色がのっていて、それだけで食欲をそそります。

夏野菜の代表格といえば「ナス」。
そのなかでも水ナスは、畑で採ったら食べたい衝動がすぐに湧いてきて、
水で洗うことすら面倒で、手で拭いて塩をふりかけ、そのままかじりついてしまうことも。
そんなワイルドな食べ方も夏野菜の醍醐味かもしれません。

ハリのある、採れたてナス

食べやすい大きさに切って、塩でもみます

とある農家さんに教えてもらった「キュウリとナスのなます(あえ物)」。
水ナスの素材の味を最大限に生かした食べ方です。
つくり方も簡単で、キュウリと水ナスとシソを細かく切って、
味つけは、めんつゆと一味唐辛子を少々ふりかけるだけ。
熱々の白飯の上に乗せて食べるのもよし、お酒のつまみとしても最高の味です。

キュウリとナスのなますのできあがり

photo & text

鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2018年7月末、3年間の地域おこし協力隊の任期を終え、本格始動中。

お米をつくる!
かまどもつくる!?
いとしまシェアハウス流
「ごはんをつくる」体験合宿

こんにちは。「食べもの・お金・エネルギー」をつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

今年の夏は、暑かったですね~! 
家の中はいつも涼しくて猛暑もなんのその、が自慢の我が家だったのですが、
今年ばかりはさすがに参りました。
あんまり暑いので、ゲスト向けに新しい扇風機を2台購入。
大活躍してくれました。ありがとう! 

最近、だいぶ涼しくなりましたが、
「夏が暑い年は、冬寒い」だなんていわれているので、
今から今年の冬に怯えているところです。

サッカー部の少年17人と

さて、我が家ではこの夏、とても賑やかな合宿が行われました。

それは、中学3年生のサッカー部男子17人が、
いとしまシェアハウスの暮らしを体験する大合宿! 
webサイトで我が家のことを知ってくださったコーチのお声がけで実現した合宿ですが、
田んぼや畑、海などの豊かな自然を最大限に楽しみながら、
その恵みをとってきて、自分たちの手で食べものをつくる、というもの。

今までこんなに大人数(しかも中学生!)の受け入れをしたことがなかったので、
初日を迎えるまではドキドキしていたのですが、
彼らの楽しそうな笑顔を見ていたら不安も吹っ飛んでしまいました。

調理中の様子

みんなで一緒にごはんをつくる

この合宿のテーマは「ごはんをつくる」こと。

簡単そうに思われるかもしれませんが、
我が家の場合は、お米を炊くための“かまど”づくりからスタートです。
互い違いにレンガを積み上げて、ふた口のかまどを組み上げました。

かまど組み立て中

このかまどは、接着剤などを使わずにレンガを積み上げているだけなので、
レンガさえあればどこでも再現可能、
また解体して別の形に組み上げることもできます。

まちからやってきた中学生にできるかな? 
途中で飽きてしまわないかな? と思っていたのですが、
サッカーで培われた集中力で見事なかまどを完成させました! 
すごい!

かまどを組み立てる男子たち。

かまどを組み立てる男子たち。

かまどを組み立てる男子たち。

かまどがあっても、薪がなければ火は焚けません。
そこで、庭の木を切り出し、鉈で薪をつくります。

子どもたちに鉈を使わせることに不安もあったのですが、
コーチが見守ってくださっていたこともあり、挑戦させてもらえることに。
1本の木からみるみるうちに薪をつくっていく中学生たちのパワフルさに圧倒されつつ、
スポーツをしているだけあって、体幹がしっかりしているなあと感じました。

庭の奥から木を引っ張り出します。

庭の奥から木を引っ張り出します。

庭の奥から木を引っ張り出します。

これだけの薪がつくれました!

これだけの薪がつくれました!

かまどの準備ができたら、イノシシ肉の餃子づくり。
お肉をミンチするとことから始めて、それぞれ思い思いのオリジナル餃子をつくります。

お米は全部で25合、薪を使って炊きました。
よく食べる子たちと聞いていたので、気合を入れていっぱい米を準備したのですが、
あっという間に羽釜は空っぽ、250個の餃子もすごいスピードで彼らの口に吸い込まれていきました。

かまどの火のあつさ!

出来上がったごはんを皆でいただきます!

夜は真っ暗な棚田の道を歩き、星空散歩。
一番近くの電灯が見えなくなるまで歩き、道路にゴロンと寝転がります。
ペルセウス座流星群が近かったタイミングもあり、流れ星が3個も見えました! 
これには生徒たちも大喜び。
これだけ光が少ないところ、きっとまちにはないのではないでしょうか。

満点の星空

寝るときは、ふた部屋をぶち抜いた広間に布団を17枚敷き詰めて。
ワイワイと楽しむ姿は、まるで修学旅行のような。
見ているこちらまで甘酸っぱい気分になります。いいなあ。

さながら修学旅行のよう

廃材リノベーションって
実際どうなの?
お金もない、スキルもない私たちが
古民家を改修できた理由

こんにちは。〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

キラキラと木漏れ日の射しこむ縁側でゆっくり本を読む。
そんな風景を思い浮かべて
「移住したら古民家に住んでみたいなあ」
と思う方も多いんじゃないでしょうか。

天気のいい日の我が家。

天気のいい日の我が家。

けれど、家は人が住まないとあっという間に傷んでしまうもの。
今、空き家になっているような古民家の多くは、掃除や改修が必要な状態です。

3年人が住んでいなかった我が家も、最初は草木がぼうぼうで、
庭に植えられたバラは野生化し、そのツルは屋根まで達して
部屋が薄暗くなっていました。

その荒れっぷりといったら、庭の木を剪定するまで、庭にある石灯篭の存在に気がつかなかったほど。

その荒れっぷりといったら、庭の木を剪定するまで、庭にある石灯篭の存在に気がつかなかったほど。

空き家だった頃のいとしまシェアハウス。

空き家だった頃のいとしまシェアハウス。

優雅な縁側の時間を手に入れるためには、
まず荒れ果てた古民家を自分たちの手で直していかなければなりません。
さらに、その家に住んでいる間にも家は傷んでいきますから、
この場所で長く暮らしていくために、DIYは田舎暮らしに欠かせない技術です。

そこで今回は、お金もない、スキルもない私たちが、
どうやってこの築80年の古民家をリノベーションしていったのか、その方法を紹介します。

防災対策を、日々の暮らしから。
モバイルソーラーチャージャーで
スマホのエネルギー自給を目指そう

食べもの・エネルギー・お金の自給を目指す〈いとしまシェアハウス〉。
先日から新しい試みとして「スマートフォンのエネルギー自給」の実験を始めました。

我が家には、以前ワークショップでつくった太陽光発電機があるのですが、
実はまだすべてのエネルギー自給を達成するまでには至っていません。

それならまずは、暮らしに必要不可欠なものから小さく始めてみたほうが
エネルギー自給の実感が持ちやすいのでは? 

ということで、

・ほかの家電と比べて格段に省エネ

・自給が比較的簡単

・身近な電子機器

であるスマホの電力自給の挑戦が始まりました。

太陽光でスマホが充電できる!

大きさは、パーティーに持って行くクラッチバッグくらい。

大きさは、パーティーに持って行くクラッチバッグくらい。

今回導入したのが、太陽光パネルがついたモバイルソーラーチャージャー。
シェアハウス住人にひとり1枚配布して、
天気のいい日は、お布団を干すようにパネルを庭に出して発電します。
このソーラーチャージャー、はたして日常生活で
十分な役割を果たしてくれるのでしょうか。

パネルは小さく折りたためるので、持ち運びに便利です。

パネルは小さく折りたためるので、持ち運びに便利です。

このパネルの魅力は、iPhone6が約3回充電できるくらいの、
容量8,000mAhのバッテリーが内蔵されているところ。
バッテリーがないと発電している間しか充電できないため、
充電中にスマホが持ち歩けずにちょっと不便なのです。
バッテリーが付属していれば、夜に溜まった電気をスマホに充電できてとっても手軽。

また、ソーラーチャージャーのエネルギーは満タンになったけれど、
まだ日差しは刺すように強い。なんだかもったいない……
そんなときは、別のモバイルバッテリーを接続し、
発電と同時にモバイルバッテリーを充電すればさらに効率アップ。

私のモバイルバッテリーは10,000mAh充電できます。

私のモバイルバッテリーは10,000mAh充電できます。

調子のいいときは、内蔵バッテリーとモバイルバッテリーを合わせて
1日で14,000mAhほど発電したこともありました。
iPhone6は1回のフル充電が約1,800mAhなので、これだけの電気があれば
数日曇りが続いて発電できなくても、溜めておいた電気でやりくりすることができます。

天気がいい日は鶏と一緒に庭で発電。和みます。

天気がいい日は鶏と一緒に庭で発電。和みます。

「コンセントをつながなくても、何もないところからエネルギーがつくれた! 」

初めてこのパネルでスマホを充電したときは、なんだか不思議な自信が湧き出てきて、
達成感でいっぱいになりました。

実験を続けて1か月が経とうとしていますが、
今のところ、晴れの日はスマホのエネルギーをほぼ太陽光で賄えています。
曇りの日の電力自給はさすがに厳しいですが、晴れの日につくった電気を調整して使えば
スマホのエネルギー自給ツールとして十分効果があるのではないでしょうか。

太陽の傾きによって場所を移動したり、バッテリーの量を確認したりと、
ちょっとした手間はかかりますが、自分でつくった電気はなんだか愛おしい。
電気に愛おしさって不思議な気もしますが、
エネルギーの自家菜園、といったら伝わるでしょうか。
この実験を重ねることで、いつかはエネルギー自給率100%を目指していきたいですね。

田舎×シェアハウスの
メリットとデメリットって?
糸島に5年住んで感じたこと。

福岡県糸島市の小さな集落に「食べもの・お金・エネルギー」をつくる
〈いとしまシェアハウス〉を立ち上げて5年。

移住したばかりの頃は“シェアハウス”という概念はまだメジャーではなく、
なぜ田舎でシェアハウス? と聞かれることも珍しくありませんでした。

暮らしてみてわかったことですが、
実は、田舎とシェアハウスはとっても相性がいい! 
今回は、私がハマった田舎シェアハウスの魅力をご紹介します。

いとしまシェアハウスは、
敷地275坪、納屋、駐車場、鶏小屋、牛舎があり、母屋は85坪ほどの2階建て一軒家。
今はこの家に4人で住んでいます。

土間と2部屋をぶち抜いてつくったオープンスペースに、
キッチン、トイレ、お風呂、個室が5部屋(納屋の部屋を含めると6部屋)、
屋根裏にはゲストルームも。縁側から見える庭の池には、
ご近所さんが放流(?)した鯉や山魚が元気に泳いでいます。

夏は風が通って気持ちがいい、縁側。

夏は風が通って気持ちがいい、縁側。

我が家のシェアスタイルは、以下のような感じ。

・住人それぞれに部屋がある

・リビングやキッチン・お風呂などの水回り部分を共用

・夕食は毎晩一緒に食べる

・掃除は当番制

なんとなく、暮らしが想像できましたか? 

ではさっそく、私がここに住んで感じた
シェアハウスのメリットについて、お話ししていきます!

お米を育てる=哲学を学ぶ
〈いとしまシェアハウス〉の
発見だらけの田植えシーズン

1年で一番忙しい、田植えの季節がやってきました。

田植えは、〈いとしまシェアハウス〉で食べる1年分のお米を自給する、一大イベント。
6月上旬は毎日田んぼへ出るので、体力を使いきり、夜は気絶するように寝てしまいます。
よく働き、よく食べ、よく眠る! そんな日々が始まりました。

我が家の田んぼは機械を使わずに手で苗を植えるので、
時間とマンパワーをどれだけ確保できるかが勝負。

種籾から育った苗をとっているところ。これから田んぼに植えていきます。

種籾から育った苗をとっているところ。これから田んぼに植えていきます。

田舎暮らしはスローライフ、だなんていう声もちらほら聞いたりしますが、
この季節、ほとんど田植えにつきっきりで、ほかの仕事はほぼできません。
自然は1秒たりとも待ってくれませんし、雨が降れば強制的に1日お休み。
この日のためにスケジュールを空けたのに……なんていうこともざらにあります。

目の前に広がるは、広さ合計3反弱の田んぼ4枚。
1反は約992平方メートルですから、3反というと学校の体育館3つくらいの面積を
イメージするとちょうどいいでしょうか。

その面積すべて、かがんだ姿勢で苗を手植えしていきます。
想像するだけで腰、痛くなりませんか。

植え始めは、田んぼが果てしなく広く感じます。

植え始めは、田んぼが果てしなく広く感じます。

くるくる気まぐれに変化する梅雨のお天気を見越し、
余裕を持ってスケジュールを組まないと
この広大な田んぼの田植えを終わらせることはできません。

シェアハウスでは何度もミーティングを重ね、
自分たちはもちろん、近所に住む元シェアメイト、ご近所さん、友だち、お客さん……
代わる代わるたくさんの人が田んぼへ出てくれたおかげで
今年も無事、植え終えることができそうです。

お昼ごはん後の昼寝。

お昼ごはん後の昼寝。

田植えの繁忙期は6月ですが、その準備は4月からスタートしています。
種籾を水につけて発芽させ、田んぼに播いたのが4月の後半。
1か月以上ゆっくりと苗を育て、新芽が伸びて株分れするほどに成長したら、
それを田んぼへ植えていきます。

集落にある小さな田んぼから始まった我が家の稲作でしたが、
翌年からは地域の空いている棚田をさらに貸していただけることになり、
今は初年度の15倍くらいの広さを耕しています。

高齢化で増加する耕作放棄地の対策として、地域の人と共同で、空いた棚田をまちの人へ貸し出す棚田オーナー制度も始めました。

高齢化で増加する耕作放棄地の対策として、地域の人と共同で、空いた棚田をまちの人へ貸し出す棚田オーナー制度も始めました。

さて、田んぼの面積が増えるに従って、進化してきたのが「道具」! 
自作した道具を毎年改良することで、効率よく田植えができるようになりました。

田植えヒモ。

田植えヒモ。

そのなかでも特に活躍してくれるのが、田植えヒモ。
苗をきれいに整列させて植える道具なのですが、これがあると作業が一気にはかどります!

田んぼ4枚を植え終えるには、約2週間ほどかかります。梅雨のお天気に左右されながら、毎日休みなく田植えにいそしみます。

田んぼ4枚を植え終えるには、約2週間ほどかかります。梅雨のお天気に左右されながら、毎日休みなく田植えにいそしみます。

田んぼは1年に1度しかできないので、10年やっても試せるのはたったの10回。
そう考えると、先人たちが生み出した知恵や技術にあやかって
作業できることは、本当にありがたいです。

フラれても、逃げられても、
ニホンミツバチが好き!
〈いとしまシェアハウス〉の養蜂暮らし

我が家の壁の中には、ニホンミツバチが住んでいます。
〈いとしまシェアハウス〉は築80年の古民家で、
家のあちこちに小さな隙間があるのですが、
そこから入り込んだミツバチたちが家に巣をつくっていたようなのです。

ポカポカ陽気の日には、軒下の壁にできた細長い割れ目から、
たっぷりの花粉を足にくっつけて出入りするミツバチの姿をよく見かけました。
せっせと働くミツバチたちの姿がもうかわいくて!

あの壁の中は、巣の中は、どうなっているのだろう? 
彼らの暮らしをもっと近くで見てみたい、そんな気持ちは強くなるばかり。
せっかくミツバチが身近に住んでいるのなら自分で飼ってみよう! 
そう思い立ち、養蜂を始めたのは今から4年ほど前のことでした。

春は養蜂家がそわそわする、勝負の季節!

茶色い蓋をされているのが、女王蜂が生まれる場所。

茶色い蓋をされているのが、女王蜂が生まれる場所。

春になるとニホンミツバチの群れには新しい女王蜂が誕生し、
古い女王蜂は巣から出て、別の住処を探します。
これを「分蜂(ぶんぽう)」といい、養蜂家たちはこのタイミングを狙って巣箱を設置し、
あの手この手を使ってミツバチたちに入居してもらおうと策を練るのです。

巣箱に蜜蝋を塗ると、ミツバチたちが入居しやすいのだとか。

巣箱に蜜蝋を塗ると、ミツバチたちが入居しやすいのだとか。

古い巣箱を出発した女王蜂と数千の働き蜂たちは、
いったん近くにある梅の木や柿の木の枝にぶら下がって丸くかたまります。
この集合体を「蜂球(ほうきゅう)」といいます。
この蜂球を、引っ越し先を探すための仮の拠点とし、いい場所が見つかると一気に移動します。

柿の木にぶら下がった蜂球。インパクト大!

柿の木にぶら下がった蜂球。インパクト大!

いつだか、まちなかに分蜂したミツバチが蜂球をつくってニュースになったことがありました。
確かに、知識のない状態でいきなり蜂球に出合ったらびっくりしてしまうかもしれません。
でも、心配しなくて大丈夫です。

分蜂中のミツバチは、しばらく食料を得られないことを見越して、
お腹をいっぱいにして巣を出発します。だからとてもおとなしく、穏やか。
もしどこかで蜂球を見かけても、どうかそっと見守ってあげてください。
1週間ほどでどこかへ旅立つはず。