モノではなく、プロセスを売って
“お金の自給”を目指す!
〈いとしまシェアハウス〉の
仕事のつくり方

“暮らしをつくる”がコンセプトの〈いとしまシェアハウス〉、
今回のテーマはお金の自給です。

自給自足の生活のなかにお金の話が出てくるってちょっと不思議かもしれません。
けれど、どんなに食べものを自給していたとしても、
国民健康保険、税金、年金、車や農機具を動かすためのガソリン代など、
生きていくためにはお金が必要ですよね。

そう考えると、食べものやエネルギーだけでなく、
お金そのものも自分たちで生み出せるようにならないと、
本当の意味での“暮らしをつくる”ことはできないのでは、と思っています。

ずっとこの楽しい暮らしを続けていくために。
今回は、我が家の小さな仕事づくりの挑戦についてお話しします。

甘夏狩りで、1週間体験のメンバーと一緒に。

甘夏狩りで、1週間体験のメンバーと一緒に。

どこで仕事をつくる?

私たちの仕事のつくり方の軸となるのは、この3つ。

(1)地域の資源・人材を使うこと

(2)持続可能な暮らしを伝え、体験してもらうこと

(3)シェアメイトが楽しくとり組めること

例えば、せっかく田舎に移住してきたのに
地域の暮らしに交わることなく、都市部に出て、
週5日フルタイムで働いてしまったなら。
地域での活動が減り、家は寝に帰ってくるだけの場になってしまう可能性があり、
せっかくこの地に集まった才能や時間、消費さえもまちへ流れるいっぽうです。

それだと、地域の方とのコミュニケーション不足、
耕作放棄地のこと、過疎化の進行など、
今の地域が抱える問題の解決にはなりません。

そこで私たちは、できる限り自分たちの地域にある資源や人材を使って仕事をつくろう、
と決めたのです。

梅とビワの収穫の様子。

梅とビワの収穫の様子。

具体的には、使われなくなった集落の甘夏畑で甘夏狩りイベントを企画したり、
ご近所さんの管理する果樹園で採れる梅やビワをオンラインで販売したり、
先月のようにお茶摘みをしてお茶づくりのワークショップをしたり。

地域の人たちがなかなか気づかない価値を発見するのが
移住者の役割でもあります。

田舎と都会を結び、暮らしのなかから価値になるものを見つけ出すことで、
それをワークショップにしたり販売したり。
さらには外から人を呼ぶことで、お金を集落内に落としてもらうよう工夫しています。

毎年販売している無農薬・無肥料のたくましい梅。

毎年販売している無農薬・無肥料のたくましい梅。

アボカドの本当の味、知ってる?
完熟トロピカルフルーツを栽培する
香川県三豊市の〈安藤果樹園〉

いまや、日本の食文化に大きく編入してきた「アボカド」。
サラダ、ハンバーガー、スムージー、最近はお漬物にする人もいるとか! 
コックリ、ネットリとした、独得の風味が好まれ、
栄養価も高いことから“森のバター”とも呼ばれる果物。

日本ではメキシコから多く輸入しているが、
いま日本各地で、ごく少量だがアボカドが生産され始めている。
しかも、実が青い時期に収穫し、コンテナで運ばれてくる輸入アボカドと違って
樹になったまま完熟させるため、
味・オイルの乗り・栄養価が違ってくるそう。

香川県三豊市にも、アボカド栽培に乗り出した生産者が。
トロピカルフルーツ栽培と、
自身で栽培した果物を使ったスイーツを提供するカフェを営む、
安藤貫介吉(あんどうかずよし)さんだ。
現在、マンゴーとアボカドの主力商品に加え、
ドラゴンフルーツ、パッションフルーツ、インドナツメといった
南国フルーツを多く育てている。

安藤果樹園のオーナー・安藤貫介吉さん。

安藤果樹園のオーナー・安藤貫介吉さん。

アボカドとマンゴーは、安藤さんにとって最良の組み合わせ

安藤さんがこの2品種を主軸としているのには訳がある。

まずアボカド。
品種がさまざまに揃えば収穫期は長く、9月から翌年の6月くらいまで収穫が可能。
つまり、主に冬場に出荷する果実。

いっぽう、マンゴーの旬は夏。収穫期間は5月~8月頃。
このふたつの果物があれば、年間を通してフルーツの出荷ができるのだ。

「もしマンゴーのみを栽培をして、夏場だけ出荷するとなったら、
冬場は遊んでないといかんやろ? 
だからアボカド栽培は冬場の対策にもなるんや」

現在、安藤さんのハウスには約100株のアボカドの木が。
青果店やスーパーでは見たことがないような、ビッグサイズの実が枝をしならせている。

「収穫は3か月後だから、まだまだ大きくなるよ」と安藤さん。でも、この段階でも20センチ近い大きさ!

「収穫は3か月後だから、まだまだ大きくなるよ」と安藤さん。でも、この段階でも20センチ近い大きさ!

道端の石垣に、駐車場の端っこに!
“ほぼ野生”の茶の木でつくる
香り高い〈釜炒り茶〉

夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る……
茶摘みの歌のとおり、春から夏へ移り変わるこの季節、
福岡県糸島市にある〈いとしまシェアハウス〉でもお茶摘みが始まります。
八十八夜は立春から数えて八十八日目、2018年だと5月2日になりますね。

長い冬を耐え抜き、やっと芽吹いた若葉の新茶は
栄養価が高く旨み成分が多いといわれ、八十八夜に摘んだお茶を飲めば、
その年は1年病気をしないといういい伝えがあります。

釜炒り茶のお茶葉は棒状ではなく、丸まっています。

釜炒り茶のお茶葉は棒状ではなく、丸まっています。

我が家のお茶は〈釜炒り茶〉。

もともとお茶をつくるきっかけになったのが、ご近所さんからのお茶のおすそ分けでした。
「私らだけじゃ飲みきらんから~」とガサッと手渡された大量のお茶は、
埼玉出身の私が見ると、いつものお茶と様子が違います。
お茶の葉がねじれてくるりと丸まり、色は深い緑色。

さっそくお茶を淹れて飲んでみると……何このお茶! おいしい! 
驚いてご近所さんに聞いてみると、このお茶は手づくりだそうで、
それならぜひ、私たちにも教えてください! とお願いし、
お茶づくりを教わるようになったのが始まりでした。

日本で飲まれるお茶は、95%以上が蒸してつくられたもの。釜炒り茶は珍しく、貴重品とされています。

日本で飲まれるお茶は、95%以上が蒸してつくられたもの。釜炒り茶は珍しく、貴重品とされています。

釜炒り茶は、生の茶葉を釜で炒って揉んで乾燥させた緑茶です。
もともと15世紀前後に中国から伝わったといわれており、
そう考えると釜炒り茶の産地が九州なのも納得ですね。

色は美しい黄金色、さっぱりとした風味が特徴です。
一般的な緑茶に比べて香り高く、保存変質しにくいということで、
この日に1年分のお茶を自給する私たちにとってはありがたい存在です。

それではさっそく、お茶摘みへ

茶摘みの様子

糸島に移住してギャップを感じたのが、そこかしこにお茶の木が生えていること!
“お茶”というと、均一に丸くカットされたお茶の木がズラーッと並ぶ
お茶畑をイメージしていたのですが、
ここのお茶の木はもっとカジュアル&ワイルド。

生活のなかにすっと入り込んでいるのです。
たとえば、道端の石垣に、駐車場の端っこに、なんとなく生えているあの木。
よく見たらあれも、これも、お茶の木じゃない?
気がついたときは驚きました。

昔の人たちは、敷地内にお茶の木を植えることで、
お茶も自分たちで手づくりしていたのですね。すごいなあ。

一芯二葉。新茶の一番おいしいところだけを摘む、上級品のお茶の摘み方です。

一芯二葉。新茶の一番おいしいところだけを摘む、上級品のお茶の摘み方です。

新芽の先端から2枚の葉の部分を摘み採る「一芯二葉」の方法で
お茶の若葉を手摘みしていきます。
ツヤツヤの若葉の手触りと、ぷちんと切れる葉の感触が楽しくて、
あっという間に背負いかごが満杯になりました。

背負いかごが新芽でいっぱい

月の食費はひとり平均1996円!
お米とお肉の自給率100%
〈いとしまシェアハウス〉の
おいしい暮らし

長い冬を越え、福岡は糸島市にある私たちの集落はすっかり春モードです。

山に入れば山菜があちこちに顔を出し、たけのこも旬をむかえ、
野生のものが手軽に収穫できる季節になりました。
春の野草は、独特の苦味で冬の間体に溜まった毒素を排出してくれるデトックス食材。
旬のものを食べて、体の中から春に変化させていきます。

適当ずぼらな野生ごはんのつくり方

菜の花と野草のパスタ

菜の花と野草のパスタ。

ある日、お昼ごはんをつくろうとしたら野菜をストックする箱が空になっていました。
ピンと閃き、台所のつっかけを履いて庭へ出ると
そこにはセリ、ヨモギ、カラスノエンドウ、ハコベラなど、
野生のご馳走が競い合うようにわさわさと生えています。

やわらかい若い芽をプチプチ摘んで、パスタの具材にしてみました。
春のデトックス野草パスタなんて、都会で見かけたらちょっとお洒落じゃないですか。

次の日も、お昼ごはんの具材ないかなあとキョロキョロしていたら、
リビングに飾ってあった(ちょっとくたびれた)菜の花と目が合いました。

これは食べられる。
君はもう十分お花としての役割を果たした! お疲れさま! ということにして
中華鍋に放り込みました。

家にあった野菜と飾ってあった菜の花でチャーハンをつくりました。

家にあった野菜と飾ってあった菜の花でチャーハンをつくりました。

飾って可愛い、食べておいしい。なんて優秀な食材なんでしょう。
こうして、わざわざ買い物に行かなくとも
その辺にあるものでちょちょっとつくれるのが田舎ごはんの楽しさでもあります。

我が家はお米の自給率100%

集落の棚田で、無農薬無肥料のお米をみんなでつくっています。
種籾から発芽させた苗を田んぼに手植えし、天日干しでつくったこだわりのお米は
ふんわりと甘く、味が濃くて冷めてもおいしいのです。

手植えの様子。この姿勢を続けると次の日太ももの裏が痛くなるのです。

手植えの様子。この姿勢を続けると次の日太ももの裏が痛くなるのです。

もちろん田んぼも最初からうまくいったわけではなく、
苗がうまく育たなかったり、イノシシに田んぼをぐちゃぐちゃにされたり、
天日干しの最中に台風が直撃して稲が吹き飛んでしまったり、
「こりゃーしんどい!」と思うことが何度もありました。

けれど、ときに喧嘩しながら、仲間みんなで乗り切ってきました。
つくった人の顔が見えるごはん、おいしいですよ!

収穫した玄米。食べる直前に精米します。

収穫した玄米。食べる直前に精米します。

狩猟でお肉の自給率も100%

とはいっても、毎日食べる分のお肉を山でとれるわけでもないので、
普段はゆるいベジタリアン。
お魚も、お味噌汁のだしに使ういりこと鰹節程度でしょうか。

イノシシは、山でとるのも家で捌くのも体力と気力が必要です。
実際にやってみて、その大変さがわかるからこそ、お肉は自分たちが捌ける分だけ、
身の丈にあった量を食べたらいいのかなあと思っています。

そのため、基本的にお肉は自分たちで捌いたときに食卓にのぼるスタイル。
ほかには、誰かの誕生日パーティーや、
お客さまが来られたときのご馳走として出すことが多いですね。
お肉の出る日は我が家のハレの日。みんな大喜びです!

味噌づくりワークショップにて。

味噌づくりワークショップにて。

お味噌も冬に仕込むようになってからは買っていません。
お醤油はお味噌をつくるときにできるたまり醤油を使っていますが、
自給できるほどではないので、いつかは手づくりしたいなあ。
基礎調味料の自給は夢ですね。

こう書くと「食べ物を100%自給している」と思われてしまうかもしれませんが、
実は今、野菜の自給率は1割にも満たないくらい。
普段食べる野菜は買うことが多いです。
我が家の今後の課題は野菜の自給率を上げること、畑を頑張ることですね。

野菜を買うときも、スーパーマーケットなどで売られているような、
遠くから運ばれてくる野菜ではなく、
集落にある無人販売所だったり、直売所だったり、
誰がつくったのかわかるものを意識して買っています。

よく「買い物は企業への投票」といいます。
だからこそ、“いいもの” をつくってくれている、
応援したい会社のものを選ぶようにしています。

まるで絵本の世界のような我がいとしまシェアハウスがある集落。桜の先には海も見えます。

まるで絵本の世界のような我が家の集落。桜の先には海も見えます。

“つくる”は楽しい!
食べ物・お金・エネルギーを
自給する福岡県糸島市
〈いとしまシェアハウス〉の始まり

こんにちは。福岡県糸島市で〈いとしまシェアハウス〉を運営する畠山千春です。
関東から自然豊かなこの地に移住して5年、
「自分たちで暮らしをつくる」をコンセプトに仲間たちと活動してきました。
今はライター業をしながら、冬は山に入ってイノシシをとる新米の猟師でもあります。

この連載は、私たちの日常を通じて新しい暮らしのあり方を探る、
楽しい場にしていきたいと思っています。

いとしまシェアハウスの始まり

築80年のいとしまシェアハウスは敷地275坪。昔ながらの大きな家は、シェアハウスにぴったりです。

築80年の我が家は敷地275坪。昔ながらの大きな家は、シェアハウスにぴったりです。

まず今の暮らしにシフトした理由のひとつに、
私が育った時代背景があります。
私はモノに困らない時代に生まれた一方、
物心ついた頃にはバブルがはじけていたので、
景気のいい世の中というものを知りません。
ふんわりと世の中に漂う“悲壮感”を感じながら生きてきました。

だから、昔の大人たちが言っていた
「大きな会社に就職し、結婚して、家を買ったら幸せになれる」という概念にも、
疑問を抱いていました。
だって、その“幸せな生き方”が通用する社会はとっくのとうに変わってしまったし、
モノは溢れ暮らしは便利になったはずなのに、
彼らはどこか疲れているように見えたからです。

農作業の様子

これからは多様な生き方があっていいし、
幸せな暮らしは自分で模索する時代になったんじゃないかな……
そんな考えが頭をぐるぐるしていたときに訪れた、
人生最大の出来事が東日本大震災だったのです。

横浜にいた私は大きな揺れを感じ、高台へ避難しました。
YouTubeで流れる津波の映像を見てもまるで現実味がなく、
映画の中の出来事のように感じたのを覚えています。

震災後の横浜では、小さなパニックが起きていました。
交通機関がストップし、お金を持っていても買占めで欲しいものが買えない、
計画停電で冷蔵庫の中のものが溶ける、近所に助け合える人がいないことの不安……
今まで当たり前だった自分の常識が全部ひっくり返ってしまったような気持ちでした。

福岡県糸島市の風景

あのときほど、いかに自分たちの日常が不安定なものの上に
成り立っていたかを実感したことはありません。
このままずっと何かに依存して生きる“消費する”暮らしから、
自分たちで“つくる”暮らしにシフトしていこう、
これからはいざというときに支え合えるコミュニティをつくっていこう!
そんな強い気持ちがふつふつと湧いてきました。
今思うと、あの想いがいとしまシェアハウスの始まりだったのかもしれません。