連載
posted:2019.1.28 from:岩手県(一関市・平泉町・奥州市) genre:ものづくり
PR 一関市
〈 この連載・企画は… 〉
岩手県南の岩手県一関市と平泉町は、豊かな田園のまち。
東北有数の穀倉地帯で、ユニークな「もち食」文化も根づいてきた。
そんなまちの新しいガイドブックとなるような、コンテンツづくりが始まった。
writer profile
Kiyoko Hayashi
林貴代子
はやし・きよこ●宮崎県出身。旅・食・酒の分野を得意とするライター・イラストレーター。旅行会社でwebディレクターを担当後、フリーランスに転身。お酒好きが高じて、唎酒師の資格を取得。最近は野草・薬草にも興味あり。
credit
撮影:黒川ひろみ
どんな人がつくったか。どんな想いでつくったか。
それを知ったうえでモノを買った、という経験は多くの人にもあるはず。
かくいう私も、大好きな陶芸家がいて、
その方のつくった器は、一生大切にしたいという気持ちで、
丁寧に、大事に、使う。
ほかにも、パン職人の友人が焼いたパンや、知人が育てた米や野菜など、
その人の顔を思い浮かべながらいただくのは、なんだか少し、心持ちが違うのだ。
いま日本各地で、地域にある工場を一斉に開放し、
職人と交流しながら、モノづくりの現場を見学・体験するイベント
“オープンファクトリー(工場見学)”が始まっている。
どんな人がつくったか。どんな想いでつくったか。
それらを知る恰好の機会だ。
モノづくりに関心の高い人々は、はるばる遠方からもやってくる。
昨今、モノづくりに携わる職人が高齢となり、後継者不足が叫ばれるようになった。
数字に表すと、現在の工芸従事者の70%以上が60歳を超え、
30代の職人は、なんと10%にも満たない、とも。
そんな危機的状況の打破という意味も込められているオープンファクトリー。
工場を訪ね、職人と出会い、モノづくりへの想いや、
臨場感あふれる、息をのむような作業工程を目にすれば、
来場者は工芸品に興味を持つ。
なかには職人の技に魅せられて、自ら職人志願する人も実際にいるようだ。
2013年に始まった新潟の〈燕三条 工場の祭典〉を皮切りに、
オープンファクトリーは、山梨、三重、福井など、伝統産業が残る地域で続々とスタート。
岩手県の一関市、平泉町、奥州市も、
平安時代にこの地を治めた奥州藤原氏により、多くの工芸品や産業が生まれたエリア。
いまもその伝統を受け継ぐ老舗が残り、それらをもっと多くの人に知ってもらおうと、
2018年11月9~11日の3日間にわたり、
地域に根づく老舗の若き職人たちを中心に、
東北初のオープンファクトリー〈五感市〉が開催された。
といっても、実は2017年にも、
試験的に小規模な五感市が開催されている。
漆器、染物屋、彫金、タンス屋、太鼓店の6社で開催した五感市だったが、
県内外から多くの来場者が集まり、手ごたえ十分。
そのときに得た感覚やアイデア、客の声を反映したのが、
2018年のオープンファクトリーだ。
今回の五感市に参加した会社は、なんと前年の約4倍となる26社!
“工場見学”という枠にとらわれず、
普段は入れない映画館の映写室、名勝「猊鼻渓」の船頭体験、
古刹の坐禅堂(通常非公開)の開放などが含まれるのがユニーク。
五感市が目指すのは、個々の職人の技を知ってもらうだけでなく、
“地域”そのものを知ってもらうことでもあるのだ。
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「デザイナーや専門家と手を組んではどうか?」という前年度の声を取り入れ、
2018年は「五感の宴 トークイベント&パーティ」を開催。
入場無料のトークイベントは2部に分けられ、
1部は、〈PARCO〉の広告デザインや、〈フランフラン〉の商品企画開発などを手がけ、
全国各地の職人とつながり、協業事業を行う、
〈セメントプロデュースデザイン〉の金谷勉氏を招いた。
28歳で初めてモノづくりに挑戦したときの苦労や失敗、気づきのエピソード。
携わった商品開発や、販売に漕ぎつけるまでのプロセス、成功談に失敗談。
一から始めるのではなく、いまあるもので工夫を重ねるモノづくりの話。
売るためのパッケージ戦略、産地を超えたコラボ商品など、
モノを生み出す仕事に携わる人なら、希望の光が差し込むような
興味深い話が盛りだくさん。会場中が真剣に耳を傾けた。
トークショー2部では、全国で約50店舗展開する〈中川政七商店〉の
店舗開発・地域活性ディレクターを務める井上公平氏を招いた。
日本各地の工芸・産業の実情、これからとるべきアクション、
オープンファクトリーを開催することの意味、可能性を語った。
「工芸は一般の人にとってはハードルの高いもの。
でも工場を訪れることでハードルは下がり、より関心を持ってもらう機会になります。
また、地元の人は自分たちの地域の評価が低い傾向も。
外の人の反応を目にすることで、新たな意識が生まれ、地元工芸の再評価と、
つくり手の誇りを取り戻すキッカケにもなるはずです」(井上さん)
また同時に、五感市の発起人ともいえる〈翁知屋〉7代目の佐々木優弥氏、
〈岩屋堂タンス製作所〉の13代目、三品綾一郎氏も登壇。
さっそくタンスの注文が入ったという三品さんからは、こんな話が。
「見学用につくられた工場ではないので、木クズは飛んでいるし、
あまり外部に見せたくないという意識があったんです。
でも、逆にそれくらい木クズが舞っていたほうが臨場感あると言われて吹っ切れた。
生で制作している場面を見てもらい、実際にタンスが売れたことは
自信につながりますね」(三品さん)
「これまで各地のオープンファクトリーに参加してきましたが、
そこには新しいものを生み出したいという人がたくさん集まってくるんです。
『一緒になにかやろう』『私の店に商品を置いてみない?』と広がりが生まれ、
それが地域を元気にする原動力になるんです」(佐々木さん)
トークイベントのあとは、
五感市に参加する職人が一堂に会し、自社商品の魅力や技術を語るプレゼンタイムのほか、
岩手の郷土食盛りだくさんの食事がふるまわれ、
職人や登壇者と来場者が交流し、大いに盛り上がった一夜となった。
初年度かつ、夕方からの開催にもかかわらず、会場には100人を超える来場者が。
なかには、北海道や熊本から訪れたという人も!
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3日間にわたって、26社の工房が開かれた五感市。
今回は、そのなかの3社をご紹介。
山に入り、竹を伐り出し、割って、細工する。
竹と向き合って100年以上にもなる、老舗の竹細工店〈佐々木製篭店〉。
現在は、2年前に家業を継いだ3代目の佐々木博典さんが主に竹を編み、
2代目の伍介さんが側で仕事を見守る。
佐々木製篭店が手がけてきたのは、
蚕の飼育籠、ウナギ籠、一般家庭用のざるや竹細工。
いまも、リンゴの収穫籠、漁業関係者が使う籠、畜産農家が使う飼葉笊(かいばざる)など、
竹製品の良さを知る人からのオーダーが絶えない。
「漁業関係の人が言うには、海藻を入れる籠はプラスチックだとすぐ水がきれないんだと。
でも、竹ならなんぼ重いもんでも入れられて、
スッと水がきれるから、竹の籠はいいっていうんでね」(2代目・伍介さん)
3代目の博典さんが、飼葉笊の編み方を見せてくれた。
竹の強度を保ちながら、しなやかに曲げていく細工や工夫など、
昔の人々の知恵の深さ、それがいまも受け継がれるさまを見ていると、
なんだか温かいような、不思議な気持ちになる。
2代目の話を聞けば、昔は竹を運ぶにも、牛や馬の力に頼るしかなかったのだとか。
山に分け入り、竹を伐って、牛や馬と一緒に山を下りる。
持ち帰る本数にも限界があったはずだ。
「いまなら竹100本でも200本でも大型トラックで運べるけれど、
100年前の人が現代の暮らしを見たら、夢のようなもんさ」(2代目・伍介さん)
竹の切り出しから制作まで、一貫した作業内容は昔から変わらず。
求められるものがあれば、一生懸命つくるだけ、と3代目。
「竹細工は、大切に使えば、何年でも使えます。
使ってくれる人が使いやすいものをつくっていきたいですね」(3代目・博典さん)
information
佐々木製篭店
住所:岩手県一関市千厩町千厩字前田85-1
TEL:0191-52-3230
誰もが毎日口にするであろう「オイル」という食材。
例えば、サラダ油、オリーブオイル、ゴマ油。
でもそれらがどのような工程で生まれるのかを知っている人は、意外と少ないのでは?
一関市の山奥で、昔ながらの製法で
菜種油、ひまわり油、えごま油などを搾油する〈デクノボンズ〉。
自社ブランドの食用油の製造を手がけるだけでなく、
日本各地の農家から菜種、ひまわり、えごまの種を預かり、搾油する、
今日では珍しい油の加工所だ。
当時盛んに栽培されていた菜種を、ぜひ地元で油にしたいという農家の要望に応え、
13年前に有志で工房を立ち上げた。
現在は代表の小野寺伸吾さんが、仕入れから搾油、販売までの作業を行う。
ここでは、油ができるまでの工程をすべて見学することができる。
まず種を焙煎し、搾油をしたら静置をして粕を沈殿させる。
上澄みだけをさらい、煮沸やろ過をして、瓶や缶に充填する。
焙煎と搾油を同時進行するため、とにかく機械から目が離せない。
「搾りたての油をなめてみませんか?」とすすめられ、
数分前まで種であった、まさに搾りたての菜種油をいただく。
焙煎したてのこうばしい香りと、ナッツのような甘いコク。
旨みも感じるような濃厚な菜種油は、いままで口にしたことのない味だった。
1週間前に搾ったという菜種油も味わわせてもらうと、搾りたてとはまた違う風味。
菜の花畑のような、青い香りがふわりと漂う。
「油は搾りたてが一番おいしいんです。
来られた料理人の方にも『このまま売れないの?』って聞かれました。
搾りたては種の粕が混じっているので、このまま出すのは難しいんですが、
でも、出てきた瞬間のオイルがやっぱり一番。ここに来ないと体験できない味です」
農家から委託された菜種は、油と搾り粕に分けられ、農家に戻される。
油は自家消費や直売所で販売。搾り粕は畑や田んぼに戻して、肥料として使われる。
「菜の花やひまわりって、咲くときれいじゃないですか。
景観保全にもなりますよね。
菜種は毎年同じ畑で栽培すると収量が下がるので、そんなときはひまわりを勧めてみたり。
すこしでも荒れた畑を少なくしていきたいなあって思いもあって。
国産原料のみを扱っているもの、そんな理由です」
工房の隣には、その日採れた野菜などをデクノボンズのオイルで調理した、
メニューのない農家レストラン〈ばぁ~ばのれすとらん てご舎〉が。
オイルがつくられる過程を見学し、感じて、食べる。
なんとも贅沢で有意義なコースだ。
information
デクノボンズ
information
ばぁ~ばのれすとらん てご舎
住所:岩手県一関市大東町渋民字和田沢117-1
TEL:0191-75-3087
※1日1組限定、要予約
「南部鉄器」といえば、岩手が誇る伝統的工芸品。
いまも、奥州市や盛岡市を中心に盛んにつくられている。
ペリー提督が浦賀に来航したのが1853年。
その1年前の1852年に、鋳物師(いもじ)に弟子入りしていた
及川源十郎が立ち上げたのが〈及川源十郎鋳造所〉だ。
当時は、ご飯を炊くつば釜、牛馬に餌を与えるための飼葉桶などを鋳造していたが、
時代やライフスタイルの変化に合わせ、鉄瓶、急須、鍋やフライパンなど、
調理道具や生活に寄り添った商品を主力にし、デザインも大胆に変更してきた。
五感市では、溶かした鉄を流し込む注湯などを見学する工場稼働日の「工場見学」と、
工場が稼働していない休日に、じっくりと工場内を回る「静かな工場見学」を開催。
溶解炉、大型の特殊な機器、原料の鉄塊、鋳物の型、職人が使う道具。
すべてが初めて見るようなものばかり。
コークスで灰色がかった工場内は、まるで映画のセットのような雰囲気。
南部鉄器ができるまでの工程を興味深く見学したあとは、
工場直営のファクトリーショップで、及源のあらゆる商品を目にすることができる。
ショップに並ぶ品々を手にすると、
見学で見聞きした工程を思い返し、なんだか感慨深い。
及源は、感謝祭、地域のモノづくりの催しといったタイミングで、
以前よりたびたび工場見学を開催してきたという。
そんななかで、実際に及源の技術や職人の技に魅せられて入社した女性職人が。
「伝統ある工芸品だけれど、それだけにとらわれず、
外に広く、風通しよく開いている感じを工場見学やファクトリーから受けて。
こういうのいいなあって、職人になる決心をしたんです」(女性スタッフ)
及源の商品といえば、伝統的な南部鉄器だけでなく、
スタイリッシュで、デザイン・アイデア・機能面のすべてが叶ったプロダクトが多い。
これらの進化の歩みも、工場を訪れることで職人やスタッフ、及川社長からも(!)
直接見聞きすることができ、妙に納得したり、愛おしく感じたり。
工場を案内してくれた橋本太郎さんは、五感市をこのように語る。
「天気のよい日などは、定員を超えて多くの来場者が来てくださいました。
五感市のように、地域ぐるみのイベントとなれば、
職人や社員が一丸となって準備に取り組んで、
自分たちこそが楽しんでいる、という実感があります」(橋本さん)
工場内での体験に加え、注湯の疑似体験や、
鉄瓶に漆を塗りつける「みご箒」を手づくりする体験コーナーなど、
来場者に楽しんでもらいたいという思いが、工場見学にはあふれていた。
information
及源鋳造
工場を訪ねれば、人・コト・モノの縁がつながり、
「へえ!」と思うような、おもしろい話もたくさん耳にする。
興味深い話は、人にも教えたい! と思う。
知られ、興味を持ってもらうことが、日本の工芸存続の第1歩となるはずだ。
便利な時代になり、ネット環境さえあれば、
ポチッとクリックするだけで、品物が自宅に届く。それも悪くはないけれど、
人の顔が見える商品は、やっぱり愛着が芽生えるもの。
その愛着は、普段の暮らしにプラスアルファの豊かさをもたらすはずだ。
百聞は一見にしかず。
ぜひ、2019年の秋に開催予定の五感市や、
全国のオープンファクトリーへ、訪れてみてはいかがだろうか?
information
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