〈カマルクジャパン〉が切り込むのは
日本人が持っている家具への価値転換。
家具のサブスクリプションとは?

音楽や映画のように、家具も定額で

音楽や映画などを、定額で観ることができるサービスを利用している人も多いだろう。
このように月額などの定額サービスを受けられる仕組みをサブスクリプションという。
近年話題の用語だ。
新しいサービスの仕組みゆえ、まだまだその文化は一般に浸透しきってはいないだろう。

ここで、到底サブスクリプションに向いていなそうな商材を
“サブスク”モデルで扱うサービスに挑戦している企業がある。
家具ベンチャーの〈カマルクジャパン〉だ。

シンガポールでOEMの家具製造を担う工場の代表であった和田直希さんは、
OEMだけでなく自社ブランドを立ち上げて表に出たいと思っていた。
そんなとき町野 健さんと出会い、2015年に〈KAMARQ〉を立ち上げた。

〈カマルクジャパン〉代表取締役社長の町野 健さん。

〈カマルクジャパン〉代表取締役社長の町野 健さん。

「家具業界では新しいことに挑戦している企業はかなり少ない。
だからこそ、逆にやれることがたくさんあります」と言うのは、
〈カマルクジャパン〉代表取締役社長の町野 健さんだ。

「私は以前、キュレーションメディア〈antenna〉にいました。
〈antenna〉を立ち上げた当初、メディアの経験はありませんでした。
今回も同様に家具業界のプロではありません。
しかし、わからないからこそ新しいことができるというのが私の信条です」

立ち上げ当時から大きなビジョンを持っていたわけではない。
家具×インターネット、つまりIoTでおもしろいことをやりたいという
漠然としたものだった。
しかし「自社工場を持っているということは最大の強みになると思った」という。

〈カマルクジャパン〉のオフィス内は、さながらオリジナル家具のショーケースのよう。

〈カマルクジャパン〉のオフィス内は、さながらオリジナル家具のショーケースのよう。

まず取り組んだ商品は〈SOUND TABLE〉。
テーブルの天板全体がスピーカーになっているもので、
音源再生などのコントロールはスマートフォンで行う。
IoTをわかりやすく具現化したのだ。
とにかく何かをカタチにしないとわかりにくいということで、
急ピッチでつくり上げたが、これが特に海外で受けた。

最初に商品化したスピーカー内蔵型テーブル〈SOUND TABLE〉。音楽好きの和田さんと町野さんらしいアイデア。(写真提供:カマルクジャパン)

最初に商品化したスピーカー内蔵型テーブル〈SOUND TABLE〉。音楽好きの和田さんと町野さんらしいアイデア。(写真提供:カマルクジャパン)

「普通の家具で音が出るというものは意外と少なくて、海外でバズりました。
それでアメリカで行われた大きなスタートアップイベントに、
この〈SOUND TABLE〉をプレゼンしに行ったんです。
そこで出合ったのが、サブスクリプションの波でした」

2016年、当時のアメリカはサブスクリプションブーム。
日本ではまだあまり語られていなかったそのビジネスモデルだったが、
アメリカではこれから多くのサービスがサブスクリプションになっていくという。
そこで家具とサブスクリプションを組み合わせたらどうなるのか。
イノベーション好きの町野さんがそう考えたのは必然かもしれない。
そこから事業計画を練り始め、
今年2018年の3月にベータ版、5月には正式にローンチを果たした。

〈QM weather.(クムウェザー)〉はインターネットの天気情報に合わせて変化するIoTサイネージ。

〈QM weather.(クムウェザー)〉はインターネットの天気情報に合わせて変化するIoTサイネージ。

温泉街・湯布院の古民家旅館が
なぜ手づくりショコラブランド
〈theomurata〉を発信するのか?

〈山荘無量塔〉という和風旅館が、洋菓子を次々にヒットさせた

1992年、大分県の湯布院駅から離れた静かなエリアに、
〈山荘無量塔(さんそうむらた)〉がオープンした。
新潟から移築した古民家が建ち並び、それぞれの部屋が独立した離れになっている。
静謐でありながら、あたたかさも感じる和の空間だ。

〈山荘無量塔〉のエントランス。

〈山荘無量塔〉のエントランス。

湯布院ではいたるところから湯煙が上がる。

湯布院ではいたるところから湯煙が上がる。

その後、99年にロールケーキ専門店〈B-SPEAK〉をオープンして話題になり、
以降、チョコレートショップと美術館の入った複合施設〈アルテジオ〉や
蕎麦店〈不生庵〉など多岐にわたって展開している。

売り切れ御免のロールケーキはふわふわ食感。

売り切れ御免のロールケーキはふわふわ食感。

湯布院は言わずと知れた温泉地。
客層は移り変わりつつも、長く人気を保っているエリアだ。
そんななかでも〈山荘無量塔〉は、旅館業以外の新しい業態をどんどん仕掛けている。
特に最近では〈theomurata(テオムラタ)〉というチョコレートブランドが好調だ。

美しくディスプレイされた筒型ケースのチョコレート。

美しくディスプレイされた筒型ケースのチョコレート。

洋菓子事業部長の志津野類さんは、かつて東京のレストランで働いていたが、
先代オーナーの藤林晃司さんに呼ばれて、
〈山荘無量塔〉が当時経営していたイタリアンレストランに入店。
料理人の修業を経て、次第に経営やお店づくりに興味が移っていった。
現在では〈theomurata〉をはじめ、洋菓子部門を統括している。
なぜ、旅館がチョコレートを手がけるのだろうか。

「ロールケーキの〈B-SPEAK〉はある程度、ブランドを確立できていました。
だからこそ、この先にこれまでのような成長率を望めないことは予想できたし、
何か次の手を打たなければならない。
そこでチョコレート部門〈theomurata〉を強化していくことにしました」

洋菓子事業部長の志津野類さんは神奈川県出身。

洋菓子事業部長の志津野類さんは神奈川県出身。

当時の〈theomurata〉はまだチョコレートのラインナップも少なく、
〈山荘無量塔〉や〈B-SPEAK〉というブランドに頼っているような状況。
まずはその“おんぶにだっこ”状態を脱するべく、いい商品をつくり、
広く知ってもらうことが重要であり、ブランディングの確立を目指した。
そのときに一番大切だったのは、現場の意識改革だったという。

「それまでの慣習を変えることは、なかなか難しいですよね。
新商品が増えるとそれだけ仕事量が増えるわけですから。
仕事のやり方に停滞感があることは気になっていました」

大会などでは賞も受賞しているショコラティエの牧晃司さん。

大会などでは賞も受賞しているショコラティエの牧晃司さん。

そうしたなかで、かつて〈theomurata〉で働いていたショコラティエ、
牧晃司さんが戻ってきたのが7年前。牧さんはどんどん商品開発を続け、
前向きに発想していった。次第に社内の空気も変わってきたという。

「僕がプロ視点ではない些細な思いつきを、牧に話してみます。
たとえばほうじ茶、あんこ、ゴマとか(笑)」とムチャブリする志津野さんに対して
牧さんは全力で応える。

ボンボンの外側をなるべく薄くするため、余計なチョコレートを流す作業。

ボンボンの外側をなるべく薄くするため、余計なチョコレートを流す作業。

「アイデアをもらったら、それにどんなチョコレートが合うのか考えてみて、
いろいろなサンプルをつくっていきます。やり始めたら1日に何回でも持っていきますよ。
当たり前ですが、大切なことはおいしいものをつくること。
両極端の味から始めて、味を決めていくことが多いですね。
マニアックにし過ぎず、しかし、ちょっと特徴的に」

牧さんは「手を動かしながら何かが降りてくるのを待つ」タイプらしい。
「やらないより、やってみたら何かが生まれるかもしれない」と志津野さんも言う。
硬直しがちな伝統という重みのある湯布院の旅館業界でも、
まず“動いてみる”という素早い行動力が求められているのかもしれない。

ボンボンの外側完成品。

ボンボンの外側完成品。

外から来た司令塔が持つ、
地元とつなげる力、溶け込む技とは?
長門湯本温泉再生プロジェクト
チームリーダー紹介

長門湯本観光まちづくりに関わるメンバーが
初めて長門市の外で話をする機会を得た5月。
そして、温泉街のリノベーションが進んでいく夏へ。
〈長門湯本温泉再生プロジェクト〉は、
ウチ(地元)とソト(他県)から新たなメンバーと専門家を加え、
新たな展開を迎えました。

「順番が逆だ、時間がなさすぎる!」

早稲田大学で2018年5月30日、「早稲田まちづくりセミナー」が行われた。
配布された資料には、『官&民&地域が一気通貫で参画する地域再生
〜山口県長門湯本温泉のライブ感ある社会実験を通して〜』とある。

このイベントは、長門湯本観光まちづくりに関わるメンバーが
初めて長門市の外で話をする機会だったように思う。
公の場で実務者が登壇する、という意味で。

多くの来場者が訪れた早稲田大学西早稲田キャンパスでのイベント。

多くの来場者が訪れた早稲田大学西早稲田キャンパスでのイベント。

会場では、同プロジェクトの推進メンバーである
泉 英明さん(有限会社ハートビートプラン・代表取締役)を中心にして、
建築担当の益尾孝祐さん(株式会社アルセッド建築研究所・主任)、
照明担当の長町志穂さん(LEM空間工房・代表取締役)、
交通事業担当の片岸将広さん
(株式会社日本海コンサルタント・担当グループ長)が
来場者を前に座っていた。
司会の川原 晋さん(首都大学東京 都市環境学部観光科学科教授)も、
「観光まちづくり」という観点から本プロジェクトに関わっている。

泉さんは長門市の公募型プロポーザルを経て、
2017年4月に推進チームのリーダー(司令塔)に選出された。
「水辺のまちづくりの達人」として知られ、
水都大阪事業や、大阪の川床(かわゆか)で話題の〈北浜テラス〉、
着地型観光事業〈OSAKA旅めがね〉をはじめ、
大阪を拠点に西日本エリアの地域活性に数多く取り組んでいる。

来場者は大学関係者、まちづくり事業者、学生をはじめ、
100名ほど。星野リゾートが関わる地域再生ということで、
遠方から視察に訪れた行政職員の姿も見られた。
多くの人の関心は、「なぜ山口県の長門湯本温泉で官民による
大規模プロジェクトが行われているのか」ということだった。

社会実験の検証結果なども図表などを使い報告された。

社会実験の検証結果なども図表などを使い報告された。

津山〈三枝(みえ)〉
名物ホルモンうどん&
ご当地チューハイで、
鉄板前の熱いライブ感を
楽しみたい!

地元の人にこよなく愛される酒場は、まちの宝もの。
ローカル色豊かなおいしいおつまみや、ご主人とお客さんの雰囲気、店の佇まいなど、
思い出すと心がほんのり温かくなるような店を
“酒場LOVE”な案内人の方々に教えてもらいました。
旅先のソトノミガイドとしてもご活用ください。

旅の醍醐味はローカル酒場!
全国おすすめ酒場探訪記  岡山・津山編
“締めはホルモンうどん”がローカルの合言葉

今回訪れたのは、岡山県北部の中心都市・津山市。
津山藩時代の面影が残る趣ある城下町ですが、
いま“鉄ちゃん&テッチャン(ホルモン)”が、
静かなまちに新たな活気を呼び込んでいます。
鉄道遺産・旧津山扇形機関車庫を再生活用した
〈津山まなびの鉄道館〉が誕生して一躍人気スポットに。
さらに、“幸せホルモンあふれる旅・津山”を謳うポスターも登場。
話題のご当地グルメ、〈ホルモンうどん〉目的の観光客が増えていて、
週末には人気店に行列もできるそうです。

〈津山まなびの鉄道館〉にあるジオラマ

〈津山まなびの鉄道館〉にあるジオラマ。鉄道のことを見て、触って、楽しく学べることができる津山の新たな観光施設。国内で現存する扇形機関車庫の中で2番目の規模を誇る旧津山扇形機関車庫と、実際の展示車両をリアルに再現。また“10万人のまちに10万人の花見客が訪れる”桜の名所・津山城(鶴山公園)をはじめ、まちなみの再現度も高く、地元愛がしっかり伝わってくる力作です。

もともと津山は山陽と山陰を結ぶ交通の要衝。
8世紀頃にはすでに牛馬の流通拠点として賑わい、
近江牛で名高い滋賀県彦根市と同じように、
“養生喰い”(薬としての肉食)の習慣もあったそうです。
 
「だから津山では牛を隅々の部位まで工夫して食べますね。
いわゆる“肉の端”をおいしく食べさせる小さな店も多かった。
そんな店に鉄板があれば、誰もが最後に頼むのがホルモンうどん。
津山の人だけが知っている裏メニューでした」

あれこれと教えてくれたのは、今回の案内人。
津山ホルモンうどん研究会・会長の鈴木康正さんは、
この裏メニューでまちづくりを始めた“言い出しっぺ”で
「ホルモンうどん」については誰よりも詳しいんだとか。
そんな鈴木さんお気に入りのローカル酒場は、津山駅からかなり離れた住宅地の中。
看板や暖簾がなければ普通の家にしか見えませんが、
〈三枝(みえ)〉は鈴木さんがくつろいで飲める特別な店だそうです。

〈三枝〉の外観

祈りの島 佐世保・黒島。
ある日、世界遺産になった
小さな島の教会〈黒島天主堂〉
をめぐる物語

2018年6月30日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が、
世界文化遺産に登録されました。
キリスト教禁教下でも信仰を守り続けた、潜伏キリシタンの伝統のあかしとなる遺産群。
その構成資産のひとつが、長崎県佐世保市にある「黒島の集落」です。
今なお、島民の約8割がカトリック信者であり、美しき祈りの場〈黒島天主堂〉は、
漫画/映画『坂道のアポロン』でも重要なシーンを彩りました。
そんな黒島に息づく信仰の歴史や人々の営みにふれ、心を洗う旅へ。
黒島を含む九十九島の大自然や、軍港のある港町・佐世保ならではの楽しみもご案内します。

幾多の苦難を乗り越え、
信徒と神父が一丸となってつくりあげた天主堂

船の旅は、それだけで心踊るものです。
佐世保市の相浦桟橋から「フェリーくろしま」に乗って約50分、いざ黒島へ。
船内には、黒島天主堂を思わせるステンドグラス風の意匠がほどこされ、
遠い祈りの島へやってきたのだと、いよいよ気持ちが高まってきます。

西海国立公園に指定されている大小208の島しょ群「九十九島(くじゅうくしま)」の中で、最も大きな島である黒島。豊かな自然に恵まれ、樹木に黒々と覆われた姿から「黒島」の名になったという説も。

西海国立公園に指定されている大小208の島しょ群「九十九島(くじゅうくしま)」の中で、最も大きな島である黒島。豊かな自然に恵まれ、樹木に黒々と覆われた姿から「黒島」の名になったという説も。

黒島は1周12.5キロほど、
小さな島ながらも湧き水や肥沃な赤土に恵まれ、半農半漁で生活してきた島です。
最盛期には2000人以上が暮らしていましたが、現在の人口は400人余り。
その約8割がカトリック信者であり、
島のシンボル、大切な祈りの場となっているのが黒島天主堂です。

黒島港から約1.5キロ、島の中心近くにたたずむ黒島天主堂。

黒島港から約1.5キロ、島の中心近くにたたずむ黒島天主堂。

黒島天主堂が、なぜこれほどまでに、訪れる人々の胸を深く打ち、心を魅了するのか……。
その理由は、苦難を乗り越えて信仰を復活させた人々の物語にあります。

潜伏キリシタンについて、誰しも一度は、日本史の授業で耳にしたことがあるでしょう。
16世紀半ば、日本にキリスト教が伝来した当初、
長崎や天草地方の大名たちは、南蛮貿易がもたらす利益に目を向けて、次々と改宗。
「キリシタン大名」を名乗り、その領民たちもほとんどがキリシタンとなりました。

ところが、天下統一を目指す豊臣秀吉は、
信徒たちの強い結束に次第に脅威を感じるようになり、
1587年に伴天連(バテレン)追放令を発布。
続く江戸幕府は、当初キリスト教を黙認していたものの、
やがて不信を募らせ、1614年に禁教令を発布。
1614年にはついに宣教師が国外に追放され、厳しい取り締まりと弾圧の時代が始まったのです。

以後、長崎と天草地方の信徒たちは、
宣教師の不在や、「崩れ」と呼ばれる幾多の大規模なキリシタン摘発事件にも屈せず、
約250年もの長期間にわたり、潜伏キリシタンとして信仰を守り続けます。
その中には、少しでも安心して信仰を守り続けられる地を求め、
離島などへ移住した人々も多く、黒島もそのひとつでした。

天主堂に掲げられている十字架や御像の数々は、天主堂建設を率いたマルマン神父が、海外から黒島の信徒のために持ち込んだもの。「マルマン神父さまはこれらの御像を通し、黒島の人々の苦しみに寄り添う想いを伝えたかったのではないでしょうか」と、大山司祭。

天主堂に掲げられている十字架や御像の数々は、天主堂建設を率いたマルマン神父が、海外から黒島の信徒のために持ち込んだもの。「マルマン神父さまはこれらの御像を通し、黒島の人々の苦しみに寄り添う想いを伝えたかったのではないでしょうか」と、大山司祭。

時は下って幕末、西欧諸国から次々と開国を迫られた江戸幕府は、
ついに鎖国を解き、下田や函館、長崎を開港しました。
そして1865年、長崎の居留地に住む西洋人のために〈大浦天主堂〉が建立されると、
潜伏キリシタンのひとりの女性が、フランス人司祭に信仰を告白します。
「ワレラノムネ アナタノムネトオナジ」

もうキリシタンはいないと思われていた日本で、
いまだ、信仰を守る人々が潜伏していると知った司祭たちは衝撃を受けました。
禁教令から2世紀もの時を超えて起こった、奇跡の「信徒発見」。
このできごとは、黒島で潜伏中だった信徒たちの耳にも届きました。

そして、1865年5月、黒島の出口大吉親子をはじめとする20人の代表者が、
夜の闇に紛れて、命がけで大浦へと渡り、
黒島に600名の潜伏キリシタンがいることを伝えたといいます。
その後もたびたび長崎へ出向き、教えを受けた出口大吉は、
洗礼を授ける資格を得て、黒島の信仰復活に尽力しました。

黒島の信仰復活に尽くし、「ひらとの使徒」と言われる出口大吉。1872年、外国人神父が禁教令
下の黒島を訪れ、出口家で初めてミサが行われました。出口家の跡地には現在、「信仰復活の地」の記念碑が建っています。

黒島の信仰復活に尽くし、「ひらとの使徒」と言われる出口大吉。1872年、外国人神父が禁教令
下の黒島を訪れ、出口家で初めてミサが行われました。出口家の跡地には現在、「信仰復活の地」の記念碑が建っています。

都会の便利さと、郊外のゆとり
いいとこどりの
“デュアルライフ”実践者に聞く、
収入や生活はどう変わった?

デュアルライフ実践者の働き方、暮らし方は超オリジナル!

都市と郊外の2か所に、仕事や生活の拠点を持ち、
双方を行来するライフスタイルのことを、“デュアルライフ”といいます。
兵庫県の神戸市、芦屋市、淡路市、洲本市は、明石海峡大橋を挟んで
“都会の文化”と“島の自然”の両方のいいとこどりができる
デュアルライフの先進エリアとして知られており、
現在「島&都市デュアル」と称して地域の魅力を発信しています。

去る2018年7月6日、島&都市デュアルを体感するイベント
「DUAL LIFE FES by島&都市デュアル」が行われました。
実際に、各地でデュアルライフを実践する人たちの生の声を聞くトークセッションには、
彼らの生の声を聞きたい! と多くの移住検討&希望者が
東京都渋谷区のSHIBUYA CASTに集結。
さて、デュアルライフって実際のところ、どうなんですか?

登壇したのは、左から『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん、秋田の武田昌大さん、淡路島の富田祐介さん、神戸の鶴巻耕介さん。

登壇したのは、左から『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん、秋田の武田昌大さん、淡路島の富田祐介さん、神戸の鶴巻耕介さん。

先陣を切って自己紹介したのは、秋田県からやってきた武田昌大さん。
武田さんは地元秋田、そして香川にある茅葺の古民家を活用した
〈シェアビレッジ〉の村長をしています。

「人口減少率が高く、100年以内には人口ゼロになってしまうといわれている地元を、
なんとかしたいと思ってシェアビレッジというプロジェクトを始めました。
村というと人が住んでいる行政村を思い浮かべると思いますが、
シェアビレッジはどこに住んでいても村人になれるシステムです」

2015年に立ち上がったユニークなプロジェクトには、
現在、2100人ほどの村民(会員)がいます。3000円の年貢(年会費)を納め、
村に来ることができない人のために都市部で寄合(飲み会)を定期的に開いています。

「シェアビレッジをつくって1年目に、なんと20組も移住してきたんですよ」と
うれしそうに話す武田さん。
自身は、秋田に住みながら東京日本橋小伝馬町におむすび屋〈ANDON〉をオープン。
さらにはシェアビレッジの2軒目を香川県三豊市につくり、
デュアルライフ先駆者としてあちこちを飛び回っています。

まずは秋田県に行ったことがある人に挙手を促す武田昌大さん。ちょっぴり自虐的に「行ったことない県ランキング1位と言われているんです」と発言。何人かの挙手に驚き、にっこりと頬が緩みました。

まずは秋田県に行ったことがある人に挙手を促す武田昌大さん。ちょっぴり自虐的に「行ったことない県ランキング1位と言われているんです」と発言。何人かの挙手に驚き、にっこりと頬が緩みました。

次は、兵庫県洲本市から〈シマトワークス〉代表の富田祐介さんがマイクを手にします。

富田さんは7年前に東京から淡路島に移住。企画の仕事をしています。ちなみに東京にいたときは建築の仕事をしていたそう。

富田さんは7年前に東京から淡路島に移住。企画の仕事をしています。ちなみに東京にいたときは建築の仕事をしていたそう。

「淡路島では、食に関するプロジェクトやそれにまつわる研修などの企画をしています。
僕の場合は、地域を良くしようとか活性化だという思いはなく、
もっと自分がワクワクしたいと思って移住しました」

食が豊かな淡路島暮らしが気に入っているという富田さん。
30歳のときに、学生時代の知り合いから淡路島で一緒に事業を立ち上げようと誘われ、
移住を決断しました。見知らぬ土地での不安もあるなか、
結果、最後に決めたのはワクワクしたからだといいます。

「ここでは、仕事はイチからつくっていかなくてはいけません。
でも、自分のワクワクに素直にいこう! と決めました」
しばらくして島内にネットワークができ、
自分でも独立してできるかなというタイミングで結婚もした富田さんは、
今年は海外にも短期滞在をしてみたのだとか。

「夫婦で話し合い、実験的にベトナムに1か月住んでみました。
でも、バケーションしたいわけではないので、
今の仕事を維持しながらひたすら働いていましたよ」
海外でも変わらず多忙なままですが、住環境が異なることで気分も変わります。
「暮らしに刺激が欲しいので、
1年に1か月くらいは日本を出て海外に住んでもいいかなと思っています」

〈つるまき農園〉園長の鶴巻耕介さんは、東京都品川区出身の都会っ子。高校を卒業後、関西の大学へ進学しました。

〈つるまき農園〉園長の鶴巻耕介さんは、東京都品川区出身の都会っ子。高校を卒業後、関西の大学へ進学しました。

兵庫県の神戸市北区淡河町を拠点にして活動する、
〈つるまき農園〉の鶴巻耕介さんの登場です。
「神戸って港町のイメージがありますが、
山のほうへ行くとびっくりするくらいの農村地帯が広がっているんですよ」
2014年に移住をした彼は、100の知恵と技を持つ人=現代版の百姓になることを
目指しています。

「以前はコミュニケーションとかメールのやりとりで成立する仕事が多かったので、
野菜づくりや家の修理など自分の手でできるといいなと思いました。
周囲で移住している人は専門性の高い職人系が多く、
総合職で働いていた自分に移住できるのかという不安はありました。
けれども、小さな仕事であちこちから仕事をもらえるようになれば可能なのでは、
と現在実践しています」

鶴巻さんは、サツマイモの観光農園で働くほか、
茅葺き屋根の葺き替え手伝いや淡河宿本陣跡保存会の理事、
学生のインターンシップのコーディネーターなどを生業にしています。
学生時代に子どもをとりまく環境や教育問題に興味を持ったことから、
暮らしのあり方を変えることを望んでいました。
「里山とか農村の自然に興味があるのかといえばそうでもないんですよね。
地域に残っている相互互助の精神などが、
果たして合理的なのか確認したいと思って移り住んだんです」
結果、地域全体で子どもを見てもらっていることなどから、
仕事がなくなってもどうにかなるかなと安心感を得たと鶴巻さんは言います。

ファシリテーターは『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん。個性豊かなデュアルライフ実践者の暮らしのリアルを引き出します。

ファシリテーターは『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん。個性豊かなデュアルライフ実践者の暮らしのリアルを引き出します。

工芸とわたしたちの暮らし、
遠いの? 近いの?
〈朝倉染布〉の超撥水加工の
風呂敷は、
“身近な工芸品”になるか

工芸、つくる側の視点と、買う側の視点

「工芸」と聞いて、みなさんはどんな印象をお持ちでしょうか。

わたしは現在、地域のものづくり産業に関連する
ブランディングやプロモーションを担当していますが、
冒頭にこのような質問を投げかけているものの、
今の仕事を始める前は工芸と聞くと身近なものではなくて、
とても特別な存在のように感じていました。
特に伝統工芸というと、金額が高いイメージが先行して、
日常で使うものではないという印象が強かったのを覚えています。
また、新たに今、フロムジャパンのものやこと、それに携わる人々が気軽に集うことができ、
欲しいつながりを獲得できるプラットフォームをつくりたいと考え、
「JAPAN BRAND FESTIVAL(ジャパンブランドフェスティバル)」という企画を
メンバーとともに運営しています。
仕事で地域に関わることも多く、訪れた地域でよく耳にするのが、
「いいものはたくさんつくってるんだけど、
発信がうまくなくて買いたい人になかなか届かないんだよね。
どうやったら知ってもらえるんだろう」という話。
この知られていない、伝える方法がわからないという問題は、
工芸を巡る全国的な課題になっています。

では、買う側の視点はどうでしょうか。
「工芸品って古い印象。伝統工芸品って高そうだし、あんまり買うイメージがない」
「どこで買えるの? 東京でも買える?」と、話す友人が使っていたのが、
曲げわっぱのお弁当箱。「それ、伝統工芸品だよ」と伝えると、
「えっ、そうなの?」という反応。
さすがに曲げわっぱを工芸品だと認識していなかった友人にもびっくりしましたが、
有名なコーヒーショップのドリッパーやカップ、ソーサーが有田焼でつくられていたり、
織物メーカーがネクタイやハンカチをつくっていたりと、
考える以上に普段の暮らしに寄り添うように工芸は存在しています。
この連載では、そんな身近にある工芸の魅力を、
多くのみなさんにできるだけわかりやすくお伝えできればと思っています。

使ってみないとわからない

では、どうしたら工芸の魅力をみなさんに伝えられるのでしょうか。
あれこれ考えてみても、やっぱりその物のよさは
使ってみないことにはわからないと思いました。
そこで、工芸品をさまざまな年齢や職種の方に暮らしのなかで使ってもらい、
その感想をうかがいながら、工芸品の良さや魅力を伝えていきたいと思います。

最初にご紹介するのは、
群馬県桐生市で染色を中心にテキスタイルの販売なども手がける
〈朝倉染布(あさくらせんぷ)〉さんの“超撥水”加工を施した撥水風呂敷〈ながれ〉です。
創業120年ほどの老舗のメーカーながら、技術革新にも積極的に取り組み、
“超撥水”加工のテキスタイルを開発し、
現在、風呂敷を中心にテキスタイルとしての可能性をさまざまな商材に展開しています。

朝倉染布の“超撥水”加工を施した撥水風呂敷〈ながれ〉はGOOD DESIGN賞も受賞。

このプロダクトで気になったのは“超撥水”というワードです。
傘や雨合羽、その他アウトドア製品でも、防水や撥水というワードはよく目にしますが、
実際は何が違うのでしょうか。

完全に水を遮る防水の多くは、ビニールや塗膜などで完全に遮断することで
水を通さないという性質を持っています。
ですが、同時に空気も遮断するため、通気性がよくありません。
実際、カッパなどを着たときに嫌な蒸れを感じたことがある方もいらっしゃるかと思います。
一方で水や汚れを弾く性質を持つ撥水は、
繊維自体に水を弾く加工を施すことで水を通しにくくするもので、
完全に水を防ぐことはできませんが、濡れにくくなり、
空気も通すので蒸れにくいことが特徴です。

この撥水加工技術を極限にまで高めることに成功したのが
〈朝倉染布〉さんの“超撥水”加工です。
もとは赤ちゃんのおむつに使われていた技術で、現在は競泳の水着などにも採用されており、
繊維1本1本にフライパンのテフロン加工のようなイメージで
炭化フッ素コーティングを施すことで高い撥水効果を生み出しています。

“超撥水”は、極限にまで高めた撥水性によって、
面に対して150度を超える接触角で水滴が接する現象のことです。
接触角とは、落とした液滴と物質の表面とで形成される角度のことを指し、
表面の濡れやすさを測定する方法のひとつです。
例えば、テフロンなど撥水性に優れた物質の表面の接触角は180度に近く、
このとき、乗った液滴はほぼ球形になるとのこと。

一般的な布地の接触角は100度〜120度程度なのに対し、
撥水風呂敷〈ながれ〉の接触角は150度で、
高い撥水性能を持っていることが明らかにわかります。
また、“超撥水”の性能は、約50回洗濯にかけてもほぼ変わらず、安心して洗濯ができます。
「ここ、結構自慢なんです」と〈朝倉染布〉さんは控えめにおっしゃっていましたが、
“超撥水”の布地の実現と、さらには洗濯耐久性を両立させるということは、
とても高度な技術を要するものです。
この技術が、古くから繊維業で栄えてきた群馬・桐生の織の技術と融合して、
超撥水の風呂敷として生まれ変わりました。

”超撥水”という言葉だけ見るとイメージがしにくいかもしれません。
百聞は一見に如かず、ということで、実際に撥水風呂敷〈ながれ〉に水をかけてみました。

コロコロと水玉に!

すごい、確かに弾く!
布の質感なのに、まるで水滴を浮かせているかのように水を弾くのです。
指で水を押すと、まるで踊るように布の上をするすると転がっていきます。
正直、わたしも想像以上でした。
現在は、撥水加工の素材としてはもちろん、
風呂敷やコート、傘入れなど水と関係するさまざまな商材に展開しています。

驚くほど水を弾く”超撥水”加工のテキスタイルでつくられた撥水風呂敷〈ながれ〉を、
東京在住でIT企業に勤務する石川ゆかこさん(20代)に
普段の暮らしの中で使ってもらいました。

石川さんは、日常的に風呂敷を使ったことはないようでしたが、
「週末に友人と出かけることも多く、利用シーンは結構ありそう」とのことで、
あまり制約は設けずに1週間程度の期間で使い方やシーンなども考えてもらいました。

工場直結ファッションブランド
〈ファクトリエ〉が挑戦する
「希望工場価格」とは

工場を「足で探す」ことから始まった

熊本に本店を構え、東京や名古屋にも店舗を持つ〈ファクトリエ〉は
各地の工場と直接やりとりして
商品を生産しているファッションブランドだ。
2012年の起業以来、山田敏夫社長は全国の工場を飛び込みで訪れ、
技術のある工場を探し出してきた。
今回〈ファクトリエ〉を取材するため、契約工場のひとつである
愛知県の尾張一宮にある〈葛利毛織工業〉という織物工場で待ち合わせした。
山田さんはこの日の取材前も、
岐阜駅の公衆電話にある電話帳で工場を探してきたところだという。
「これが今日行ってきた工場ですよ」と、工場名と電話番号のメモを見せてくれた。
今でも、足を使って現地を訪れながら工場を探し続けているのだ。

〈葛利毛織工業〉の生地〈DOMINX〉は、〈ファクトリエ〉のスーツになる。

〈葛利毛織工業〉の生地〈DOMINX〉は、〈ファクトリエ〉のスーツになる。

〈ファクトリエ〉は工場と直接やりとりして中間コストをカットすることで、
商品の小売価格を抑えるビジネスモデルだ。
しかも希望小売価格ならぬ、“希望工場価格”を設定。
工場に決めてもらった価格で買い取り、約2倍の価格で販売する。
原価率がなんと約50%。ビジネスの常識ではあり得ない設定である。
これによって、工場側は通常よりはるかに高い利益を得ることができる。
それで売れるのだから、押し付けられたものではなく、職人としてのプライドにかけて、
最高の技術を製品に込めるようになる。
その結果、消費者も高いクオリティのものを、
市場価格の半額に近い価格で手に入れることができるようになる。

とてもシンプルな理屈でわかりやすい。しかしそれを実際の行動に移し、
ビジネスとして成立させるには、大変な努力と熱意が必要だろう。
どうしてこのようなビジネスを思いついたのか。
熊本県生まれの山田さんは、家業が洋品店だった。

〈葛利毛織工業〉は天皇陛下が着る衣類の生地も献上していたことも。

〈葛利毛織工業〉は天皇陛下が着る衣類の生地も献上していたことも。

「社名である〈ライフスタイルアクセント〉には、
人々のライフスタイルに幸せなアクセントをもたらす会社にしたいという
意味が込められています。洋品店で育った僕にとって一番イメージできたのが、
新しく買った洋服を翌日に着ていて気分があがること。
サラリーマン時代も、週末にネクタイ1本新調すると月曜日の気分が良かったんです。
洋服には、その人の明日を変える力があります」

〈ファクトリエ〉代表の山田敏夫さん。

〈ファクトリエ〉代表の山田敏夫さん。

こうしてアパレル業界に興味を持った山田さんは、パリの〈グッチ〉で働く経験をする。
その際、〈エルメス〉の工房を見学する機会があった。
そうしたパリでの体験からグッチもエルメスも、
ものづくりから生まれたブランドであることに気がついた。

「エルメスのバッグづくりは分業だと思っていましたが、
ひとりでひとつのバッグを丸縫いしていました。
ベテランの職人が多いのだろうと想定していましたが、
なんと若者がイヤフォンで音楽を聞きながら作業していましたね。
それでもひとつ完成させるのに20時間かかるから、1週間にひとつしかできない。
そして職人の刻印が入るから、
リペアするときに誰がつくったものかすぐにわかるんですね。
職人の技術を大切にする姿勢が素敵だなと感じました。
一方で日本の工場にも、エルメスに負けないくらいの技術はあるはずなんです。
でも日本はデフレで、どんどん安くしないとダメな状況。
どうしたらこんなブランドをつくれるのだろう? 
どうしたらバーキンやケリーというバッグを何百万円で売ることが可能なのだろう?
この違いはなんだろうかと、いろいろ考えました」

そして辿り着いた答えのひとつが、ものづくりの精神を持つこと。
流行やマーケティングなどの表層的なものに振り回されるのではなく、
芯が強く、戻る場所がある。そのような、ものづくりから生まれたブランドをつくりたい。
その思いから〈ファクトリエ〉を立ち上げた。

「グローバル化が進めば進むほど、最大公約数として“日本”を意識するわけです。
その時に日本の文化的なものを失っていると、
自分たちのアイデンティティや根本の精神を見失ってしまう。
仮に自動運転の時代が来たとしても、きっとクラシックカーを好きな人は買います。
つまり“これが日本のものだよ”というものづくりの文化をちゃんと残しておかないと、
日本人としての拠り所がなくなってしまいます」

〈葛利毛織工業〉の工場では、古いションへル織機が稼働している。

〈葛利毛織工業〉の工場では、古いションへル織機が稼働している。

洞爺湖畔で、食とドローイング。
長田佳子・塩川いづみ・水島七恵
によるプロジェクト、
〈腑〉の初めての取り組みを綴る

食べる・描く・編むことで見える新しい風景

今年、編集者である私、水島七恵は、菓子研究家の長田佳子(foodremedies)と
イラストレーターの塩川いづみとともに、〈腑〉(はらわた)というプロジェクトを始めた。

お菓子を食べておいしいと感じる心と絵を見ること、描くことで何かを受け取る心。
その心が交わる場所を、好奇心を持って探求したい。
それも普段の仕事とは違った視点とプロセスをもって、新しい風景のなかに見つけたい。
そんな3人のささやかな想いが〈腑〉を生み、
私たちは食べる・描く・編むをはじめとするさまざまな行為を通して、
心と体の同時性を探求していこうと考えた。 

コーヒー染めした布の上に、柿渋液をたっぷり含ませた筆を走らせる。

コーヒー染めした布の上に、柿渋液をたっぷり含ませた筆を走らせる。

お菓子を切り分ける。

そんな〈腑〉の始まりの場所は、北海道・洞爺湖町。
きっかけは洞爺湖畔にあるまちの商店、〈toita〉の店主・高野知子さんと
長田の交流だった。
以前〈toita〉で行われたイベントに参加した長田は、洞爺湖のある風景と、
そこで出会った人たちの営みに、感銘を受けていた。

「いづみさんと七恵さんにも洞爺の景色をまず見てほしい」

長田の意思に塩川と私は導かれながら、
「お菓子と絵を通して見えてくる洞爺の景色とは何か」を自然と考えるようになった。
つまり〈腑〉は、洞爺を想う過程で生まれたプロジェクトでもある。

北海道虻田郡洞爺湖町と有珠郡壮瞥町にまたがる洞爺湖には、昔から女神が住んでいるという言い伝えがある。

北海道虻田郡洞爺湖町と有珠郡壮瞥町にまたがる洞爺湖には、昔から女神が住んでいるという言い伝えがある。

「最初、〈腑〉のテーマをうかがったとき、
かなり攻めてきたな〜という印象を持ちました(笑)。
けれどもともと私自身が人間の探究に興味を持っていたこともあって、
これはおもしろいことになるんだろうなって。
〈腑〉という名のもと、3人は洞爺湖町という素材を
どのように扱ってテーマに落とし込んでいくのか、非常に興味深く思いました」 

当時のことをこう振り返る知子さんは、〈腑〉の心強い伴走者でもある。
知子さんに協力いただきながら、
やがて私たちは『食とドローイング』をテーマにすえて、
洞爺に自生する植物を使った「たたき染め」のワークショップを行いたいと考えた。
それに自生する植物や食材は、お菓子の材料となり、絵の具にもなる。

こうして〈腑〉の初の試みとなる『食とドローイング』が、
5月27日、〈toita〉が運営するイベントスペース〈toitaウラ〉で行われることになった。

春の遅い洞爺湖畔は、5月から6月にかけて植物たちが一斉に茂り出す。

春の遅い洞爺湖畔は、5月から6月にかけて植物たちが一斉に茂り出す。

地方創生を背負って、
霞ヶ関から長門市へ

誰と組み、どう進めるか……。
まちづくりを左右するチーム編成の行方は?

例年、雨に泣かされる「湯本温泉まつり」だが、2018年4月1日は天気に恵まれた。
子どもみこしが温泉街を練り歩き、桜風吹が音信川(おとずれがわ)に舞う、
そんな美しい風景の1日だった。

子どもみこしを迎える桜の〈きらきら橋〉。

子どもみこしを迎える桜の〈きらきら橋〉。

日が暮れ始めた河原ではバーベキューの準備が行われていた。
送別会だという。
手際よく食材を用意するのは、
長門市役所・成長戦略推進課の中原美可子さん。
同じ課の松岡裕史さんと管田央信(かんだひさのぶ)さんは
プロジェクターを設置している。

温泉街の〈荒川食品〉店主で
湯本まちづくり協議会の会長を務める荒川武美さんや旅館関係者、
プロジェクトメンバーなど20人ほどが、
楽しそうに会話をしながら主役を待っていた。

ほどなく現れたのは、
長門市役所・経済観光部長の木村隼斗(よしと)さんだ。
3年間の勤務を終えて、明日東京へ戻るという。
石段を降りながら、
「仕事でお世話になった方の結婚式に出ていました。
ちゃっかり温泉に入って、着替えてきました」
と照れくさそうにしている。

送別会は足湯がある思い出の河原で行われた。

送別会は足湯がある思い出の河原で行われた。

木村さんは2007年から東京・霞ヶ関の経済産業省で働く官僚だ。
長門市へは2015年4月、国が行う〈地方創生人材支援制度〉でやってきた。
この制度は、第2次安倍改造内閣が2014年9月に設置した
「まち・ひと・しごと創生本部(通称、地方創生本部)」が窓口になっている。

ホームページに、こう説明がある。
「地方創生に積極的に取り組む市町村(原則人口5万人以下)に対し、
意欲と能力のある国家公務員・大学研究者・民間人材を
市町村長の補佐役として派遣しています(原則2年)」

初年度は、中央省庁の官僚らを中心に派遣された。
例えば福井県鯖江市へは財務省から、
群馬県みなかみ町へは大学研究者が、静岡県伊豆市へは内閣府から、
島根県海士(あま)町へは文部科学省から派遣されている。
赴任先はマッチングで決まる。

木村さんは説明する。
「地方創生を語ると長くなりますが、ひとことで言うと、
人口減少へのチャレンジなんです。
人口減少を迎えている市町村に私たちも入り込んで、
その解決法を一緒に悩み、見つけていきましょう、
それが〈地方創生人材支援制度〉の目的だと理解しています」

東京〈銀座升本〉
オツなツマミと
名杜氏の傑作純米酒で
銀座の夜をくつろいで過ごす

地元の人にこよなく愛される酒場はまちの宝もの。
ローカル色豊かなおいしいおつまみや、ご主人とお客さんの雰囲気、店の佇まいなど、
思い出すと心がほんのり温かくなるような店を
“酒場LOVE”な案内人の方々に教えてもらいました。
旅先のソトノミガイドとしてもご活用ください。

旅の醍醐味はローカル酒場!
全国おすすめ酒場探訪記  東京・銀座編
昭和が残る銀座のローカル酒場

ハイカラでモダンな繁華街から、日本を代表する魅力的なまちに発展した銀座。
東京オリンピックを2年後に控えたいま、
華やかなランドマークが次々と誕生し、新旧の個性的な店が通りに連なる光景も健在。
銀座で商うことに誇りを持つ店主がいる小さな名店を探して歩くのも、
本物が集まるまちならではの楽しみです。

夜の銀座四丁目交差点

夜の銀座四丁目交差点。メインストリートの銀座通りは“銀座ルール”でビルの高さを最高56メートル(13階程度)に制限。“銀ぶら”は広い空の下が似合うと、地元の要望で決められたそうです。町内会や商店会活動が活発で、まちのことはみんなで話し合って決める。ローカルな人のつながりが濃いのもまた“銀座らしさ”です。

今回の案内人、泉二(もとじ)啓太さんは銀座育ち。
革新的な試みで知られる呉服屋〈銀座もとじ〉の2代目です。
着物をつくる過程をお客さまに知っていただくために、
蚕(かいこ)の飼育を餌やりから体験してもらったり、
大島紬の織り手を雇い、店内に織り機を設置するなど、
着物という伝統的なものづくりをつなぐために、
父親で社長の弘明さんとさまざまなチャレンジをしています。

「銀座育ちと言っても、学校が終わると親がいるお店に戻るだけ。
普通の商店街の子どもと同じでしょうね。
校庭でサッカーができないのは不満でしたが、
銀座が特別なまちだとは当時は思ってもみませんでした」

幼い頃の思い出話をしながら、
綿薩摩の粋な姿で啓太さんが向かったのは銀座一丁目。
ローカルの気さくな社交場として愛される、創業昭和28年の〈銀座升本〉です。
ここは町内会の先輩方と鉢合わせすることも多く、
しかも今夜は父親の弘明さんが合流予定。
「ちょっと緊張しますね」と、シンプルな暖簾をくぐりました。

升本ののれん

父と息子の会話が弾むうまい料理と酒

案内された2階は、まさに昭和の正統派居酒屋の佇まい。
壁には会津漆で塗られた手書きのメニュー板がずらりと並び、
並木通りの街路樹を眺めつつ飲めるカウンター席もあり、
どこを見ても隅々まできっちり清潔で、築43年の建物とは思えません。

升本3代目の三保谷(みほや)建介さん。

升本3代目の三保谷(みほや)建介さん。テキパキと動く働き者。手書きの注文票も味があります。

この2階を仕切るのが、升本3代目の三保谷(みほや)建介さん。
啓太さんと同じ銀座の泰明小学校出身の先輩で、
銀座の町内会活動を通じて親しくなったそうです。
ふたりが挨拶していると、弘明さんが到着。
365日着物姿だというだけに、渋い江戸小紋がとてもお似合いです。

泉二弘明さん(左)と啓太さん(右)

泉二弘明さん(左)と啓太さん(右)。日本初の男性和装専門店を銀座に開いた父と、着物をファッションとして提案したいという息子は、仕事の良き同志です。

ところが、父と息子だけで酒場に行くのはきょうが初めて。
家族揃ってのソトノミだと大丈夫なのに、
ふたり差し向かいだと何を話せばいいのかわからなくなるとか。
父の弘明さんは〈銀座升本〉初来店。
そこでとりあえずいつもの日本酒と料理を啓太さんがオーダー。
大好物のしめさばが登場した時点でまずは乾杯です。

しめさばを前に乾杯!

「うん、このしめさばはうまい。いい仕事をされているね。
それに料理が全部500円前後じゃないですか。
これなら、仕事帰りにちょっと1杯飲むのにもってこいだね」
と弘明さんは上機嫌。その顔を見て、啓太さんも少しホッとした様子です。

「それに昭和のいい雰囲気が守られているね。
この店に来たのは初めてだけれど、本当に落ち着けていい感じ。
そういえば、私が最初に貸し机をひとつ借りて独立したのは、
39年前の並木通りだよ。このすぐ近所、懐かしいね。
銀座の人は助け合いの精神があるから、私も随分助けてもらった。
独立するなら憧れのまち、銀座にしようと決意しながら、
奄美大島から上京した頃の自分を久しぶりに思い出しました」と、
弘明さんは早くもこの店を気に入ったようです。

ちょうど良い塩梅に締められたしめさば

ちょうど良い塩梅に締められたしめさば。創業当時からあるメニューで、甘さ控えめな東京風の味わい。「ここは何を食べてもおいしいので、いつも頼みすぎないように気をつけますが、これだけは欠かせません」(啓太さん)600円

なみなみ注がれた日本酒に舌鼓

「おっと! こぼれるこぼれる……!」なみなみ注がれた日本酒に舌鼓を打つふたり。

全国86位の温泉地が
“トップ10”を目指す。
その計画に示された、
まちづくりの6要素とは?

トップ10入りは決して夢物語ではない!

「人気温泉地ランキングで全国トップ10を目指しましょう。
今は86位でも、長門湯本のよさを表現した温泉街を
みなさんとつくることができたら、
トップ10入りは決して無理ではないと考えます」

2016年6月に開かれた「長門湯本温泉マスタープランの策定に関わる最終報告会」で、
星野リゾートの代表・星野佳路さんは地域住民に説明を始めた。
山口県長門市が星野リゾートと協同して
〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を行っていることは、
前回紹介した通りだ。

星野リゾートは市から委託を受けて、
そのベースとなるマスタープランを半年の調査を経て策定。その発表を星野さんは続ける。
「マスタープランはすべてがトップ10に貢献する内容で、それ以外のことは揃えていません。
温泉街再生に必要な要素として6項目をあげていますが、
『これはダメだ、この項目は嫌だ』ということになると、順位を落とすことになります。
みなさんの協力ですべて妥協せずにできたら、
私たちはトップ10に必ずや入れるはずです」

最終報告会には地元住民や旅館関係者など約100人が参加。

最終報告会には地元住民や旅館関係者など約100人が参加。

〈温泉街再生に必要な6つの要素〉としてあげられたのが、
1.外湯 2.食べ歩き 3.文化体験 4.回遊性 5.絵になる場所 6.休む佇む空間 だ。
これまでのホテル運営経験や知見を生かし、
また全国の人気温泉地を調査して、導き出したものだという。

この時、人気温泉地として紹介された上位15位は以下である
(観光経済新聞社『にっぽんの温泉100選 2015』発表)。
1位から草津温泉(群馬県)、由布院温泉(大分県)、下呂温泉(岐阜県)、
別府温泉(大分県)、有馬温泉(兵庫県)、登別温泉(北海道)、
黒川温泉(熊本県)、指宿温泉(鹿児島県)、道後温泉(愛媛県)、
10位は城崎温泉(兵庫県)。11位は高山温泉(岐阜県)、
箱根温泉郷(神奈川県)、和倉温泉(石川県)、伊香保温泉(群馬県)、
15位は玉造温泉(島根県)

不動の1位は群馬県草津温泉。湯畑広場を中心とする温泉街。

不動の1位は群馬県草津温泉。湯畑広場を中心とする温泉街。

人気温泉地は大きく以下の3つのタイプに分けられるといい、
1.自然から与えられた資源で人が集まる
2.すぐにつくれない歴史遺産で人が集まる
3.自然を生かしながら魅力的な温泉街で人を集める

長門湯本温泉はタイプ3の
「自然を生かしながら魅力的な温泉街で人を集める」にあてはまり、
そのよさを見直したうえで温泉街をリノベーションしていこうという
戦略の方向性が示された。

ただ派手なだけではない!?
七色に光る靴
〈Orphe(オルフェ)〉は、
インタラクティブな
スマートフットウェアだった!

センサーやIoT技術などを駆使した楽器のような靴

〈Orphe(オルフェ)〉という靴を見たことがあるだろうか。
ソールが七色に光るので、ダンサーやミュージシャン、アイドルのライヴ演出などで、
その靴を目にすることができる。
エンターテインメントな側面が注目されがちだが、
実はモーションセンサーやIoT技術を搭載した靴であることから、
“スマートフットウェア”としてさまざまな領域から注目されている。

〈Orphe〉(左・上)と〈ORPHE TRACK〉(右)。

〈Orphe〉(左・上)と〈ORPHE TRACK〉(右)。

発売したのは〈no new folk studio〉。
今回、そのオフィスを一緒に訪ねたのは
〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚 淳さんだ。
かつて〈貝印〉のキッチン用品をつくるプロジェクトでCEOの菊川裕也さんと知り合い、
以来、その言動が気になっていた存在だという。
キッチン用品やカミソリにも、果たしてセンサーやテクノロジーを
取り入れることができるのだろうか。開発のきっかけになるかもしれない。

〈Orphe〉はアウトソールに約100個のフルカラーLEDを備えていて、見た目に美しい。
そのうえモーションセンサーを搭載しているので、
リアルタイムで足の動きをデータ化することができる。

〈no new folk studio〉代表の菊川裕也さん(左)と〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんが再会した。

〈no new folk studio〉代表の菊川裕也さん(左)と〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんが再会した。

“スマートフットウェア”として多くの機能を収斂させていく原点には、
「楽器をつくってみたい」という発想があった。
靴の楽器化はタップダンスやフラメンコなど、過去にも存在する。
それがどうしてテクノロジー満載の〈Orphe〉にまで到達したのか。
話は〈no new folk studio〉という会社名にさかのぼる。

「folkという単語が入っています。アコースティックなイメージの言葉ですが、
“自分の出自に向き合う”という意味合いで使っています。
テクノロジーに囲まれて育った私たちにとってはそれが出自だし、
アコースティックに偏ることも不自然。
今の自分たちを表現するのに適したメディアやテクノロジーで
表現していきたいと思ったんです」

かつては自身でも音楽活動に夢中だった菊川さん。そろそろ再開したいとか。

かつては自身でも音楽活動に夢中だった菊川さん。そろそろ再開したいとか。

菊川さん自身、音楽活動をしていた。
そこで生まれた、音楽的な視点とテクノロジー的な視点。
その両サイドから見つめて、
テクノロジーを重ね合わせた楽器という新しい表現を求めていった。

「通常の楽器で音を奏でられるようになるには、勉強やレッスンが必要になってきます。
しかし、すでに誰もが習得しているジェスチャーを使うことができれば、
多くの人を演奏の世界に巻き込める。すでに音楽を好きな人が満足する楽器より、
そうではない人も含めたすべての人を音楽の世界に巻き込むという発想で
楽器をつくったほうが、新しいことができるのではないか」

約100個のフルカラーLEDを内蔵した〈Orphe〉のアウトソールはかなり派手に光る。

約100個のフルカラーLEDを内蔵した〈Orphe〉のアウトソールはかなり派手に光る。

そこで靴である。歩くという動作はほとんどの人が習得しているし、靴も履く。
まったく新しい楽器の形を考えるよりも、日常生活の動作に重ね合わせた。

使い方は簡単。スマートフォンアプリと連動させて音色を設定したら、
足の運びに合わせて音が鳴る。楽器的なドラムやベース音を鳴らすことはもちろん、
水たまりを歩いているようなピチャピチャという水の音、
蹴りを繰り出すとジャッキー・チェンさながらの効果音が鳴るカンフー設定まで!

カンフー音設定で、キックを繰り出してみる貝印・大塚さん。

カンフー音設定で、キックを繰り出してみる貝印・大塚さん。

貝印も、キッチングッズやかみそりなど日用品の製造・販売がメインだ。
だからこそ貝印・大塚さんは、日用品の未来の姿を案じている。

「私たちがつくっている製品も、家庭用品や日用品など
生活に溶け込んでいるものが多く、劇的に新しいものは生まれにくい状況です。
そこで、より多くの人が使って楽しいものにするために、
こうしたテック系技術を採用していきたいと考えています。
だから歩くという日常動作に注目されたことにとても共感しました」(貝印・大塚さん)

3年でこんなに揃いました!
西和賀町の魅力が凝縮された
〈ユキノチカラ〉の
商品ラインナップ

2015年に始まった〈ユキノチカラプロジェクト〉も、今年で3年目。
まちの事業者たちを中心に、これまでさまざまな商品開発を進めてきました。
そして、第3弾となる〈ユキノチカラ〉商品を4月から発売。
徐々に仲間を増やす〈ユキノチカラ〉ブランドですが、
あらためてラインナップを見ると、西和賀町で育まれる食の恵みが
実に多種多様であり、大きなポテンシャルを秘めていることに気づかされるはずです。
新しく加わった6事業者の商品を、ご紹介します。

エサや環境に配慮し、長期飼育した
地鶏の燻製〈銀雪〉南部かしわスモーク(丸鶏)

「南部かしわ」とは、岩手県の在来鶏「岩手地鶏」の血を引く地鶏で、
噛み応えのある肉質、噛むほどに舌を楽しませるうまみ、ほのかな甘みが特徴だ。
西和賀町内で温泉宿〈山人〉を経営し、町の観光協会会長でもある髙鷹政明さんは、
「夏の冷涼な気候を生かして飼育し、まちの名物にしたい」と、
2011年から飼育の研究に着手した。
生産体制や生育環境の統一、品質や供給の安定を目指し、
2013年に地元の大野集落営農組合などの生産者と、
〈いわてにしわが南部かしわプロジェクト(株)〉を設立し、飼育にとりかかる。
同社では、町内産の大豆や米、ミネラル豊富な湧水を与え、自然に囲まれた静かな鶏舎で、
1平方メートルあたり5羽以下にして、のびのび飼育するなど、エサや飼育環境に配慮。
また、約120日と長期間飼育することで、地鶏特有の食感に仕上げている。

2017年には、消毒・殺菌に電解水を使うなど、
衛生管理を徹底した加工処理施設を整備し、最新鋭の冷凍システムCAS機能も導入。
飼育から加工までの一貫体制で、新ブランド
〈南部かしわ銀雪(ぎんせつ)〉を立ち上げたのだ。
丸ごと1羽を燻製にした〈ユキノチカラ「銀雪」南部かしわスモーク(丸鶏)〉は、
その第1弾商品。かむとプリッとした食感ながら中はジューシーで、
燻製ならではの香ばしい風味が食欲をそそる。
ふるさと納税返礼品や〈山人〉で味わうことができるので、ぜひ一度お試しあれ。

CAS で急速冷凍。しっかりおいしさを保つ。

CAS で急速冷凍。しっかりおいしさを保つ。

プロの腕とアイデアから誕生した 〈いわなのバーニャ〉&〈りんごミルクジャム〉

以前、コロカルの人間図鑑で紹介した鈴木智之さんは、
西和賀町出身の料理人。町内の温泉宿〈山人〉で料理長を務めたのち、
2017年に地元食材を生かしたパン工房〈Korva(コルヴァ)〉を立ち上げたことは
すでに紹介済みである。

しかし、その後も彼の物語は続いている。
同年12月、鈴木さんは、町内の本屋敷地区に
レストラン〈縄文の谷 キッチン開〉をオープン、
日々、地元食材を生かした創作料理を提供する傍ら
オリジナルの加工食品開発にも動き出した。

本屋敷地区一帯の自然を生かした宿泊施設やツリーハウス建設など、鈴木さんの夢は広がる。レストランのオープンはその一歩なのだ。店の名前〈開〉は鈴木さんが好きな開高健氏から字をもらった。本屋敷の土地を開いていきたい! という思いを込めている。

本屋敷地区一帯の自然を生かした宿泊施設やツリーハウス建設など、鈴木さんの夢は広がる。レストランのオープンはその一歩なのだ。店の名前〈開〉は鈴木さんが好きな開高健氏から字をもらった。本屋敷の土地を開いていきたい! という思いを込めている。

そのなかで、ユキノチカラブランドとして誕生したのが
〈いわなのバーニャ〉と〈りんごミルクジャム〉の2商品である。

県産イワナを使った〈いわなのバーニャ〉は、
冷温どちらもおいしく味わえるのが特徴だ。
バーニャカウダは、イタリアの野菜料理に使う温かいソースを指すが、
鈴木さんのバーニャは主材料のアンチョビの代わりにイワナを使用。
イワナは皮をとって塩漬けし、1か月以上熟成させる。
ニンニクやタマネギ、湯田牛乳の生クリームも加え、
奥行きのあるなめらかなソースに仕上げた。
「淡白ながらもイワナの存在感を大事にしています」と
話す鈴木さんの言葉どおり、フレッシュな野菜のおいしさを
引き出すバーニャの味は絶妙だ。

もう一品は〈りんごミルクジャム〉。
横手市在住の鈴木さんは地元農家とも関わりが深く、
これは、冬を越して生の出荷が難しくなったリンゴを活用しようと考案した。
湯田牛乳の生クリームとヨーグルトを加えたジャムは、
まろやかさとすっきりした酸味が上品なおいしさ。
どちらもレストランシェフならではの創造性とセンスが生きた、
オリジナリティあふれる商品であり、
いつもの家庭料理が、ひと味違ったものになりそうだ。

豊島〈mamma〉
元乳児院が、お風呂自慢の
ゲストハウスに

バイオマスエネルギーの専門家が、
ゲストハウスの運営をするようになった理由

はじめまして。〈mamma(まんま)〉の運営を行っている
株式会社sonraku代表の井筒耕平です。
sonrakuという会社は、林業とローカルベンチャー創造に力を入れる
岡山県西粟倉村を本拠地とした総勢20名程度の会社で、
西粟倉村では宿泊施設(あわくら温泉元湯)の運営と、
薪や木質チップをつくってお湯を沸かして温泉施設に提供する事業を行っています。
今回ご紹介する香川県豊島(てしま)のmammaは、
西粟倉村に続くふたつめの拠点として2017年8月にオープンしました。

mammaは、元乳児院をリニューアルし、宿泊、カフェ&バー、銭湯をひとつにした、
ストーリージェニックな施設です。
個室、ドミトリー合わせて6部屋の客室には、
最大20名が宿泊できるスペースを有しています。
豊島へは、宇野港(岡山)や高松港から船で訪れることができ、
周囲には豊島美術館や豊島横尾館などのアートスペースと、
標高340mの壇山が抱える豊富な雨水を利用した棚田が瀬戸内海に迫り出すなど、
ダイナミックな自然環境が楽しめます。

実は、僕の専門は、木質バイオマスエネルギー
(薪、チップ、ペレットのような燃料で給湯や暖房を行う)を
地域でどのように導入していくかの調査・研究で、宿泊施設運営は素人でした。
そんな僕が、なぜゲストハウスを始めるに至ったのか。
それは2014年春、僕が西粟倉村に引っ越した頃に遡ります。
その頃、西粟倉村役場が、休業した宿泊施設の担い手を探していた、
ということがきっかけとなりました。

それまでバイオマスエネルギーという本当にマニアックな世界に長期間いたので、
もうちょっとこのバイオマスエネルギーのことを知ってほしいし、
そのためにはなにか人が集まるような場が必要だ、と思っていたところでした。
偶然、〈あわくら温泉元湯〉に薪ボイラーが導入される予定(その後2015年秋に導入)なのに、
誰も運営していないこの施設を見て、
「あ、ゲストハウスって人が集まるし、
その集まった人にバイオマスを知ってもらったらよいかも」と思ったこと、
そして「まさか自分がゲストハウスを運営するなんて、
想像もしてなかったけどおもろい人生やん」というふたつの気持ちが
僕の背中を強く押し、やってみようと思い立ったのでした。

そして豊島。なぜ豊島でやろうとしたのか。
これは、建築家の安部 良さんが僕を誘ってくれたからです。
安部さんは、あわくら温泉元湯のリノベーションの設計に関わってくれたご縁があり、
のちにmammaとなった元乳児院〈神愛館〉の
リノベーション設計にも携わっていたことから、
「井筒君、お風呂と宿を予定しているんだけど、
そのふたつといえば井筒君得意じゃない? やってみない?」
とお誘いを受けました。西粟倉村が山間地域であり、
その真逆の「離島」というキーワードに惹かれた僕は、
「やってみたいです!」と即答。2017年春のことでした。

フェリーの写真。豊島へは、宇野港(岡山)や高松港から船で訪れることができます

豊島へ向かうフェリーからの写真

写真:片岡杏子

これが“最後のチャンス”
かもしれない……
危機を迎える長門湯本温泉が
選んだ道とは?

社会実験を通して温泉街の将来像を共有

温泉街をリノベーションするという、新たな取り組みで注目を集める温泉地がある。
山口県で最古の歴史を誇る長門湯本(ながとゆもと)温泉(長門市)だ。
日本海の幸をはじめ食の魅力は高く、観光地の萩に近いことなどから、
団体旅行ブームにのって活況を呈した。

しかし旅のニーズを捉えきれず、最盛期から徐々に客足が落ち込み、
ついに創業150年の老舗ホテルが負債を抱えて廃業。
このできごとに地域の緊張感は一気に高まり、
負の連鎖を止める“最後のチャンス”として長門市は大きな挑戦に出た。
市が予算を投じて再生総合戦略を掲げ、
そのパートナーに星野リゾートを選んだのだ。
こうして官民連携の壮大なプロジェクトが始まった。

住民説明会では温泉街の将来像をイラストや模型で紹介。

住民説明会では温泉街の将来像をイラストや模型で紹介。

2017年9〜10月に長門湯本温泉で社会実験
〈長門湯本みらいプロジェクト〉が実施された。
その舞台となった温泉街の店主たちは、
「これほどたくさんの人が通りを歩いてくれるなんて。
にぎやかだった昔を思い出して感動しました」と、喜びを口にした。

主催メンバーである旅館の若旦那や行政職員は、
「協力してくださるみなさんが最高で、
“まちづくりは楽しい”と本気で思えました」と、その時を振り返る。

この社会実験は、2016年8月に長門市で策定された
「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を基に進められたものだ。
温泉街の再生に向けて、3つの大きな調査
(①河川空間の活用 ②交通再編による道路・空地空間活用 ③照明改善)が行われた。

温泉街を流れる川には昔“置き座”と呼び親しまれた川床を設置したり、
県内から飲食店やものづくりの事業者を集めたり、
夜の温泉街を効果的にライトアップして散策を促したり……。
住民や旅行者をはじめ、参加者全員が地域を五感で体感しながら、
魅力と課題を共有する機会となった。

2018年4月1日の長門温泉まつりは満開の桜に恵まれた。

2018年4月1日の長門温泉まつりは満開の桜に恵まれた。

先にもあげたが、
長門湯本温泉と言えば「山口県最古の温泉」と紹介される有名温泉地である。
山口宇部空港からは車で1時間ほど。長門市は北に日本海が広がり、
南には中国山地が連なり、東には幕末の歴史遺産が豊富な萩市が隣接するなど、
多様な観光スポットがある。

長門市の人口は約3万5000人。市の中心部から車で10分ほどの山間部に、
長門湯本温泉はある。
水清らかな音信(おとずれ)川のほとりに、大小12軒の温泉旅館が点在。
公衆浴場の〈恩湯(おんとう)〉(現在休館中)と〈礼湯(れいとう)〉を中心に、
温泉街が四季の彩りのなかでのんびりと広がる。

老朽化で解体の恩湯は、昭和レトロ感がただよう公衆浴場だった。

老朽化で解体の恩湯は、昭和レトロ感がただよう公衆浴場だった。

開湯は室町時代の1427年。〈恩湯〉敷地内から湧く温泉は、
江戸時代には長州藩のお殿様も贔屓にした名湯だ。
泉質はアルカリ性単純温泉で、
肌触りが優しく赤ちゃんから年配の方まで愛される。
かつては農閑期の湯治客に、近年は観光客を主として利用され、
最盛期の1983年には約39万人の宿泊客を数えた。

その温泉地が窮地に追い込まれ、再生に取り組んでいる。
原因はどこにあるのだろうか。

〈VUILD〉の
デジタルファブリケーションは、
ゼロからイチをつくる、
ものづくりの「ひらめき」を
呼び戻す!

自由で創造的なものづくりの感性を取り戻す

パソコンでつくったデータを工作機械に送ることで、
特別な技術を持っていなくてもものづくりが容易にできるようになった
「デジタルファブリケーション」。
最近では、それら機械を自由に使える施設なども増え、一般にも普及が進んでいる。

〈VUILD(ヴィルド)〉では、
そのデジタルファブリケーション機である〈SHOPBOT(ショップボット)〉を
全国に販売している。これは木材加工に特化した機械で、安価で操作も簡単。
板からパーツを切り出すことはもちろん、角材を立体的に削ることも可能だ。
かつての宮大工のように、加工された木材同士を組み合わせることで、
大型なものが製作できる。

〈ヴィルド〉CEOの秋吉浩気さん(左)と、COOの井上達哉さん(右)。

〈ヴィルド〉CEOの秋吉浩気さん(左)と、COOの井上達哉さん(右)。

〈ヴィルド〉の工房は川崎にあるシェアオフィス〈UNICO〉にある。内部の木製品のほとんどは〈ヴィルド〉製作によるもの。

〈ヴィルド〉の工房は川崎にあるシェアオフィス〈UNICO〉にある。内部の木製品のほとんどは〈ヴィルド〉製作によるもの。

〈ショップボット〉があれば、購入者は自分たちの手で
さまざまな木製品をつくり出すことができるようになる。
ただし、狙いはほかにもある。
〈ヴィルド〉代表取締役である秋吉浩気(こうき)さんが教えてくれた。

「ほかのCNC(数値制御)加工機は、
加工データが改変できないようになっていることが多いのですが、
ショップボットは素人でも簡単に加工データがつくれるよう、
オープンな仕組みになっています。
そのため、ユーザーも多く、データや情報をシェアしやすい。
私たちが目指している理念に一致しているのです」

アメリカ〈ショップボット〉社製の木材切削加工機。

アメリカ〈ショップボット〉社製の木材切削加工機。

現在までに、全国21か所にショップボットを納品した(2018年4月末現在)。
企業から行政まで使用方法はさまざまだが、購入者に共通しているのは、
現在の林業や木材を取り巻く環境に問題意識を持っており、
“公共性”を大切にしていることだ。

たとえば高知県高岡郡佐川町では、
小学校の教育プログラムや地域おこし協力隊のメンバーが
プロダクト開発に役立てているという。
東京都大田区西蒲田でもFAB付き賃貸&シェアオフィスに納入され、
「ものづくりのまち」の活性化にひと役買っている。

量産体制の構築やコストカットなど、企業の営利目的のみならず、
“まちとの接点”や“人とのつながり”のハブとして
〈ショップボット〉が設置されている事例が多いようだ。
それぞれが〈ヴィルド〉が持っているビジョンに賛同しているからにほかならない。

〈ショップボット〉はコンピューター制御で正確に木材を切り抜いていく。

〈ショップボット〉はコンピューター制御で正確に木材を切り抜いていく。

デジタル加工機械が普及し、何でもつくれる世の中になった。
しかしまだまだ一部クリエイターのプロトタイプや
モックづくり程度にとどまっていて、一般市民は暮らしの中で、
どの程度使いこなしているのだろうか。

「デジタル加工機械があれば、
本人にとって“最適なオリジナル”がつくれるはずです。
しかし現代の人間の創造性がいかに乏しいか。
本来ならば、制限を取り払ったときに、もっといろいろなひらめきがあるはず。
その生活に対する感性や創造力を、ありものの中から選ぶ生活の中で、
自分たちはどれだけ失っているか」

そのため秋吉さんは「創造のための設計支援」行っているのだ。

「物の売り買いからではなく、自分でつくることによって生まれる幸福感や
達成感を身につけてほしい。それを実感してもらう仕組みを提供したい」

以前、〈ヴィルド〉では、主婦向けに収納家具をつくるワークショップを開催した。
どんな家具が欲しいかという答えは人それぞれ。ある人は棚がほしいと言った。
しかしよくよく話を聞いていくと、つくるべきものは棚ではなかったりする。

「“収納家具=棚”のように、どうしても既成概念にとらわれてしまいがちです。
子どもに遊具をつくろうと伝えて、
すぐにすべり台の絵を描いていたことがありました。
子どもにしてすでに枠組みに縛られていると思います」

〈ヴィルド〉が製作した各オフィスの木製扉。

〈ヴィルド〉が製作した各オフィスの木製扉。

リミッターを取り払うことができるか。
そしてゼロから考える力をどれだけ引き出すことができるか。
これを繰り返すことで秋吉さんが気づいたことは
「最大限、熟考してつくられたものは、その人らしいユニークなもので、
この世にふたつと存在しないものになる」ということ。
デザイナー視点からみたら美しいデザインではないかもしれないが、
つくった本人にとっては、とても幸福度の高いものになる。

「もっと創造的に暮らしたほうが、絶対に幸せだと思います」

ゼロからイチをつくること。
私たちの心がその技術に追いつくための方策を〈ヴィルド〉は教えてくれる。

富山〈あ!!ホルモン〉
地元客熱愛のローカルな美味、
富山風モツ鍋を
麦焼酎の水割りで

地元の人にこよなく愛される酒場はまちの宝もの。
ローカル色豊かなおいしいおつまみや、ご主人とお客さんの雰囲気、店の佇まいなど、
思い出すと心がほんのり温かくなるような店を
“酒場LOVE”な案内人の方々に教えてもらいました。
旅先のソトノミガイドとしてもご活用ください。

旅の醍醐味はローカル酒場!
全国おすすめ酒場探訪記  富山・富山編
ローカルに徹することが人気の秘密?

北陸新幹線で東京から最短で2時間あまり。
富山県富山市は立山連峰を望むすばらしい景観とともに、
LRT(次世代型路面電車)でまちに賑わいを取り戻す、
コンパクトシティへの取り組みでも知られています。
昨年10月には歩行者天国に路面電車だけを走らせる、
トランジットモールの社会実験も実施。
2日間で約3万人を集めて大盛況となった、この〈大手モールフェス〉のディレクターが、
今回の案内人・蛯谷耕太郎さんです。

富岩運河冠水公園

富山駅北側に隣接する富岩運河冠水公園には、昨年富山県美術館も誕生。伸びやかな水辺の空間は、埋め立てて道路にするはずだった運河を再生した市民の憩いの場。ソーラー船や電気ボートを使った運河クルーズは旅行者にも人気で、路面電車とともに環境配慮都市を目指す富山市のシンボルになっています。

蛯谷さんは富山県美術館の仕事を契機に、昨年東京から戻ってきたUターン組。
プランナーとして、古いビルをリノベーションしたカフェの開業準備や、
イベント・映像制作など地域のさまざまなことに取り組んでいます。

その合間に通っているのが、富山駅そばの〈あ!!ホルモン〉。
駅前の居酒屋密集エリアから少し離れた裏通りにある
築70年の民家を改装して4年前にオープン。
地元客でいつも賑わう肉とホルモンの店が、
蛯谷さんおすすめのきょうのローカル酒場です。

〈あ!!ホルモン〉外観。築70年の民家を改装して4年前にオープン

〈エイトブランディングデザイン〉
ブランディングデザインは
「伝言ゲーム」?
“売る”よりも“伝える”、
その極意とは

「ブランディングデザイン」とは、どんな仕事?

取材冒頭、〈貝印〉が製造している商品点数を尋ね、
「もし僕が貝印さんからリブランディングを依頼されたら、
半分くらいの点数にするかもしれませんね」とアイデアを話す
〈エイトブランディングデザイン〉代表の西澤明洋さん。
自身でもイベントでファシリテーションをしたり、
雑誌連載や書籍でインタビューをしていることもあり、人に話を聞くのが好きな性分。
西澤さんのもとを訪れた〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんは、
いきなり逆質問をされた格好だ。

社名に掲げているように、ブランディングデザインの専門家である西澤さん。
そもそもブランディングの本質を、
企業側もデザイナー側も、正しく理解していないことが多いという話から始まった。

〈エイトブランディングデザイン〉代表の西澤明洋さん(左)と〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さん(右)。

〈エイトブランディングデザイン〉代表の西澤明洋さん(左)と〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さん(右)。

「どちらかというと、日本の経営者はマーケティングを学び、
マーケティング視点でものごとを考える人が多い。マーケティングは“売るゲーム”。
どうやって売るかという方法論なので、
経営のゴールを売ることに設定してしまいがちです。
しかしブランディングの本質は、売ることではなく“伝えること”です」

どの企業も情報を提供し、ユーザーに伝えているはず。
西澤さんの考えるブランディングのなかで「伝える」、
そして「伝わっている」とはどういう状態を指すのか。

「伝言ゲームのように、どんどん伝播していくことが理想です。
それが起こらないような情報設計やデザインでは、
ブランディングできていないといえます。
組織自体がブランディングを正しく理解していないと、
途中からなんとなくマーケティング思考になっていって、
短期的な売り上げ増加のみを目標として
プロジェクトが途中で終わってしまうなんてことが多々ありますね」

過去のブランディングデザインで、100点程度あった商品点数を3点程度にまで絞り込んだこともあるという。

過去のブランディングデザインで、100点程度あった商品点数を3点程度にまで絞り込んだこともあるという。

西澤さんの言う「伝言デーム」を〈COEDOビール〉の例で見ていこう。
エイトブランディングデザインが、2005年からブランディングデザインを手がける
埼玉県川越市にあるクラフトビールメーカーだ。
ビールとして大切なのはもちろん、おいしいこと。
しかしそれだけでは、伝言ゲームは起こらないという。大切なのは、物語や背景だ。

「COEDOビールは日本のクラフトビールのパイオニアです。
既存のビールとの違いやCOEDOがビールづくりで大切にしている
クラフトマンシップについて朝霧重治社長ととことん話し合いました。
そしてそこから “BEER BEAUTIFUL”というコンセプトが生まれました。
ここから伝言ゲームが始まります。
コアなファン層になると、ただ『おいしいよ』というだけでなく、
背景やコンセプトを理解して話してもらうことができます。
最初の100人が1000人に、そして1万人にと、
ただ『おいしい』というだけではない伝わり方をする。
これがブランディングデザインに必要な波及効果だと思います」

 国際的なビールのコンテストでも受賞している〈COEDOビール〉。(写真提供:エイトブランディングデザイン)

国際的なビールのコンテストでも受賞している〈COEDOビール〉。(写真提供:エイトブランディングデザイン)

伝わっていく状態が大切だ。企業から「第一波」は可能だろう。
そこから第二波、第三波を生み出していくには、第一波のつくり込みが肝になる。
こうして効果的な波及効果が生まれると、その世界に共感して人が集まってくる。
それは買い手だけでなく、つくり手も同様。
COEDOビールには、最近、若い職人希望者がたくさん来るという。

「伝言ゲームがうまくいくと、リクルートもうまくいくようになります。
〈山形緞通〉という手織じゅうたんの会社では、
リブランディングから数年でスタッフ数が倍近くになるまでに成長しています」

雇用、求人状況まで向上すると、企業からお客様、
そしてまた企業へとフィードバックされ、1周回っていい循環が生まれるのだ。

 エイトブランディングデザインのオフィスで使われている〈山形緞通〉の手織じゅうたん。

 エイトブランディングデザインのオフィスで使われている〈山形緞通〉の手織じゅうたん。

スペシャルティコーヒー専門店〈堀口珈琲〉のリブランディング。(写真提供:エイトブランディングデザイン)

スペシャルティコーヒー専門店〈堀口珈琲〉のリブランディング。(写真提供:エイトブランディングデザイン)

楽器デザイナー中西宣人
誰でもすぐにミュージシャン!
直感的な電子楽器は
どうやって生まれた?

手のひらサイズのかわいい電子楽器を開発

中西宣人さんが現在制作をしているオフィスは、小さいラボのようだ。
たくさんの配線やスイッチ類とともに置いてあるのは、
デジタル機器のような形をしているが、れっきとした楽器。
中西さんは、こうした電子楽器を製作している。

かつてはバンドでベーシストとして活動し、楽器デザイナーを目指したこともある
〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんは、
「音楽とデザインは常に隣り合わせだと思っていて、
それを実践されている希有な人だと思います」と感心する。
そこで楽器とサウンドのデザインについて、中西さんに話をうかがった。

楽器デザイナーの中西宣人さん(左)と〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さん(右)。

中西さんが初めてつくった電子楽器は、2011年製作の〈B.O.M.B.〉(Beat Of Magic Box)。
手のひらに収まるサイズ感で、片手で音の大きさと高さと音色の3つをコントロールできる。
8つの圧力センサーを、やさしく握れば低い音が、強く握れば高い音がでる。
本体をシェイクすると楽器モードが変わるなど、
使用における最適化を目指したら、丸みを帯びた形状になった。

SF映画に出てきそうな〈B.O.M.B.〉。

翌年、2012年に開発したのは〈POWDER BOX〉。
かまぼこのような半円形で、黄色、赤、オレンジなどカラーバリエーションが揃っており、
色によって音色が異なる。
圧力センサーや接触位置センサーなど、
操作部分のインターフェイスを自由に差し替えることができ、
簡単に奏法をアレンジできる。
デバイス自体を傾けることで、音量を調整することが可能だ。

並べるとギターエフェクターのような〈POWDER BOX〉。

〈B.O.M.B.〉も〈POWDER BOX〉も、小さくて、かわいいデザインが特徴。

「電子楽器って、かちっとしてツマミがたくさんついている、
難しそうなものが多いですよね。
プロだけではなく、誰でも気軽に親しんでもらえるようなものを目指して
デザインしました」

玩具のような、つい触りたくなるデザイン。使い方を知らなくても、触れば音は出る。
すぐに曲らしきものができあがる。
生楽器には音を出すことすら難しいものも多いし、
コードや曲を演奏するとなると、ひとつ上のテクニックが要求される。
しかし中西さんのつくる電子楽器は、より直感的だ。

8つある圧力センサーを押すと音が出る。

「既存の楽器を真似てしまうと、ただの焼き直しになってしまうので、
その形式にとらわれすぎないよう気をつけています」

一方で、ここが課題でもある。“楽器”っぽく見えないと、楽器として認識されない。
しかし“楽器”っぽいままのデザインだと、イノベーションは起こらない。
現状、電子楽器とはこれだ、というアイコンやイメージは、まだない。
ユーザーがそれを思い浮かべられるようになるまで普及させるのには、
まだまだ時間がかかりそうだ。

「電子楽器の分野では、音の発生については、シンセサイザーなどすごく研究され、
独自性があります。
しかし、まだ演奏のためのインターフェイスとしての独自性を獲得しているとは
言えないと思います。だからこそ国内外でさまざまな電子楽器が日々開発されています」

〈POWDER BOX〉に差し込むインターフェイスのひとつ。

貝印・大塚さんも、自身の仕事に関連づけて、
これからのテクノロジー活用の可能性を話す。

「たとえばエレクトリックバイオリンは、
バイオリンのイメージを崩さずにデザインされていますよね。
電子楽器という記号性はまだない。
当社が扱う商品も、これから機能として劇的に変わることはないかもしれません。
しかしテクノロジー領域のエッセンスを用いて、
新しいライフスタイルを実現できるのならば挑戦していきたいと思っているんです」

行ってきました!
〈ユキノチカラツアー2018〉
小倉ヒラクさんと
発酵のミラクルをめぐる旅へ

岩手県の山間部にある西和賀町。
積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回は、「発酵」をテーマにしたツアーレポートをお届けします。

いざ、真っ白なスノーワールドへ!

2018年2月24・25日の2日間にわたって、
第2回ユキノチカラツアーが行われた。
今回のテーマは「雪国の発酵をめぐる旅」!
では、発酵食と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?
日本酒やビールなどの酒類、味噌・しょうゆ、
チーズやヨーグルト、パン、納豆、漬け物……
ひと口に発酵といっても、随分多くの食品がある。
そして、そのほとんどを西和賀町でもつくっているのだ。
いったい、西和賀町に秘められた発酵パワーとは?
発酵案内人は発酵デザイナーの小倉ヒラクさん。
「秋田には何度も来たことがありますが、西和賀は初めて! 楽しみです」
と話すヒラクさんと一緒に西和賀町へと向かった。

発酵デザイナー・小倉(おぐら)ヒラクさん
東京農業大学で研究生として発酵学を学んだあと、山梨県甲州市の山あいに発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を研究中。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにすること」をめざし、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメ制作、「こうじづくりワークショップ」などを開催している。

関東はもちろん、新潟県や宮崎県などから集まったツアー参加者は21名。
今年、西和賀町の積雪は例年よりさらに多く、
道路の両サイドはどこもかしこも、2メートルに及ぶ雪の壁がバーンと立ちはだかっていた。
見渡す限り、雪、雪、雪ワールド。参加者のワクワク感も増すばかりだ。

最初に出合った発酵パワー 幻の雪納豆は、雪に納豆を埋める?

最初に一行が訪ねたのは、西和賀町の北部に位置する沢内地区、
〈味工房かたくり〉の中村キミイさんのお宅だ。

〈味工房かたくり〉では、地元食材を使って加工食品をつくり販売している。

キミイさんは、昔、西和賀町の人々がつくっていたと伝わる、
〈雪納豆〉に興味を持ち、試行錯誤を重ねて復活させた人。
現在は、ご主人の中村一美さんとふたりで
農業体験学習の一環として〈雪納豆〉づくりを行っている。

中村キミイさん。西和賀町の定番おやつ〈ビスケットの天ぷら〉、〈大根の一本漬け〉なども自慢のひとつ。

前回のツアー紹介でも記したが、雪納豆とは大豆を煮て
稲わらの藁つとに包み、雪の中で緩やかに発酵させた納豆である。
「私は福島出身ですが、小さい頃は稲わらでつくった藁つと納豆を
食べたものです。この土地に来て暮らすうちに
昔つくっていたと聞く〈雪納豆〉を、なんとか再現できないかと思って」
そう話すキミイさん。すでにつくり手は途絶えていたため、
古い資料を頼りに試してみたが、うまくいかなかった。
というのは、雪が2メートル近く積もらないと試すことができず、
実験可能なのは、冬のわずか40日ほどのみ。
失敗しても改善策を試せるのは翌年……、なのである。
地道な努力を重ねて20年以上。
「やっと数年前から、安定した〈雪納豆〉がつくれるようになったの」と笑う。

〈ジャパン・ハウス〉
ローカルから世界へ。
未知なる日本を伝える
いくつかのヒント

日本の魅力をどんな目線で発信していくべきか?

外国の人と話したときに、日本のことをうまく説明できなくて
どぎまぎしたという経験がある人は少なくないのではないだろうか。

2014年からロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの3都市で
外務省による〈ジャパン・ハウス〉という事業が動き始めた。

そのアウトラインは3都市に日本の魅力の発信拠点〈ジャパン・ハウス〉を開設し、
日本の魅力の諸相を「世界を豊かにする日本」として発信していくというもの。

総合プロデューサーは無印良品や蔦屋書店のアートディレクションなどを手がけた、
デザイナー/武蔵野美術大学教授の原研哉さん。

建物の設計には片山正通さん、名和晃平さん、隈研吾さん、
企画展やイベントには音楽家の坂本龍一さんや建築家の藤本壮介さんなど、
そうそうたるメンバーが関わっている。
さらに今年からは、日本の地域の魅力を発信していく
〈ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト〉もスタートするという。

2018年3月2日(金)、東京・渋谷で開催された〈JAPAN BRAND FESTIVAL 2018〉にて
同プロジェクトの事業発表会が開かれ、原研哉さんと國定勇人さん(新潟県三条市長)、
モーリー・ロバートソンさん(国際ジャーナリスト)によるパネルディスカッションが行われた。

この日のトークから、いま日本は海外へ向けて
どんなことをどんなふうに発信していくべきなのか、考えてみたい。

高松〈蘭丸〉
噂の名物・骨付鳥を、
辛口の日本酒と一緒に味わう

地元の人にこよなく愛される酒場はまちの宝もの。
ローカル色豊かなおいしいおつまみや、ご主人とお客さんの雰囲気、店の佇まいなど、
思い出すと心がほんのり温かくなるような店を
“酒場LOVE”な案内人の方々に教えてもらいました。
旅先のソトノミガイドとしてもご活用ください。

旅の醍醐味はローカル酒場!
全国おすすめ酒場探訪記  香川・高松編
旅行者にやさしい人気専門店とは?

“四国の玄関口”として発展してきた香川県高松市は、
いま“島への玄関口”としても注目されています。
きっかけは2010年にスタートした〈瀬戸内国際芸術祭〉。
会場は小豆島、直島、豊島など香川沖に浮かぶ島々などで、
島に向かう船が発着するメインポートが高松港。
アートとともに瀬戸内の島のすばらしさを感じてほしい。
そんな趣旨で世界中からゲストを迎え入れ、成功したことで、
高松を拠点に島を巡る旅行者が急増するなど、
さまざまな波及効果が生まれています。

屋島からの景観

高松のシンボル・屋島からの景観。香川沖だけでも人が住む島が24。そのひとつひとつが異なる個性や文化を持つのが瀬戸内の島の魅力だと、きょうの案内人・坂口祐さん。たとえば、高松からいちばん近い左側の女木島(めぎじま)は「鬼ヶ島」伝説が残り、右側の男木島(おぎじま)は入り組んだ路地の島。どちらの島も瀬戸内国際芸術祭(3年周期で開催)の会場として広く知られるように。

今回の案内人・坂口祐さんは瀬戸内の海と島を愛し、
瀬戸内国際芸術祭にも関わったデザイナー・カメラマン。
8年前に神奈川県茅ヶ崎市から高松に移り住み、
四国や瀬戸内の人や文化、食の魅力を紹介してきました。
なかでも美しい写真と英文併記の情報サイト、
『物語を届けるしごと』は、世界160か国からアクセスがあるとか。
思い立てば好きな島に渡れて、自転車があればどこにでも行けると、
坂口さんは高松での暮らしを心から気に入っているようです。

「いまは自炊をしているので、イエノミが多くなりましたが、今回はソトノミ。
これから県外の友人を必ず案内する店に行きましょう」と、
お気に入りの店まで連れて行ってくれることに。
グッとローカルな雰囲気が漂う、居酒屋が多いアーケード商店街
ライオン通りまで来ると「骨付鳥」の文字が次々に現れました。
そのなかでもかなり目立つ暖簾が、きょうのローカル酒場〈蘭丸〉です。

〈蘭丸〉の入り口にかけられた提灯

三好市による
文化交流と起業支援の拠点づくり。
何が必要? 誰とやる?

ただいま、地域交流拠点施設を建設中

観光、移住検討などを目的に年々訪問者が増えてくる。
そんなとき、まちはどんな風に対応したらいいのだろう。
あるいは、訪れた訪問者とどのように触れ合えば、
末長くお付き合いしていけるような関係性が育まれるのだろうか。

現在、移住促進に力を入れている徳島県三好市では、
新しくまちを訪れた人と住民をつなぐ、
地域交流拠点施設をリノベーション中だ。
これまで、〈まちかど資料館〉として機能していた建物は、
池田町にある本町通り、通称うだつ通りの名家、真鍋家が市に無償提供したもの。
屋号を名付けた地域交流拠点〈真鍋屋〉として6月1日にオープンする。

真鍋屋のあたりは、夏冬に行われる〈うだつマルシェ〉の中心付近となり、
多くの人で賑わう。近くには飲食店も多く、非常に便利な立地だ。
何よりも、ここは三好らしい歴史の風景が、古民家のうだつとともに残っている。

〈真鍋屋〉に3つの機能を持たせるプランづくり

「土地の文化と歴史の交差点となる、旧真鍋家を活用しようという話から始まりました。
市のミッションとしては、移住促進もしたい。
となると、三好に来た人に土地を知ってもらい、
仕事もできるような空間が必要なんです」

新しく建物をつくるのではなく、既存のものを使って、
移住者と地域の人たちが交流する場をつくりたかったというのは
三好市生涯活躍のまちづくり推進室の藤原 晃さん。

「移住者の方は、ずっと住まなきゃいけないとなると、プレッシャーも感じることでしょう。
こちらとしては、ずっと住まなくてもいいから、関係性を持つ人たちが増え、
頻繁に足を運ぶようになってほしいと思っています。
そんな場をつくれたら、将来的に外と中の人たちによる
仕事の創出にもつながるのではないかと」(藤原さん)

交通の要衝であり、四国でも有数の宿場町だった歴史を
今に伝える真鍋屋に、以下の3点の機能を持たせることにした。

1、コンシェルジュ機能

移住支援のサービス窓口を設置。
仕事や住まいの紹介や、移住希望者の希望に応じて住民との交流会も行う。

2、インキュベーション機能

三好市においての起業、開業など新規事業の立ち上げを支援。
敷地内にある中・短期滞在のお試し住宅とオフィスを貸し出す。

3、交流協働機能

交流スペースやミーティングスペース、チャレンジショップなどの場を設置。
地元で起業する先輩の移住者や地元キーマンとの交流をサポート。
定期的なワークショップも開催。

「池田は、かつては大手企業があったこともあり、
徳島の西側の拠点として栄えていたんです。
でも、現在はこちらから外に働きに行くケースが多いので、
ここをきっかけに移住者と地域住民が一緒になって事業をおこして、
ずっと住めるような土地になれば」
藤原さんがまとめた未来設計図はそのまま、
建物全体の設計にも継がれていく。

生まれも育ちも三好市の藤原さん。お子さんもいるが、現状では、進学や就職などでいずれは出さなくてはいけないので、「子どもたちが戻ってきてもイキイキと働いて暮らしていけるまち」をつくりたいと話す。

昭和8年に描かれた吉田初三郎作の阿波池田の鳥瞰図。山と川に囲まれた土地の中に建物がひしめき合っている。

江戸時代から続く阿波池田の名家、真鍋家の敷地の一部を改修。幕末から明治にかけて木材やたばこ産業で栄えた〈うだつ通り〉に建っている。