連載
posted:2018.8.10 from:熊本県熊本市 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
創業110周年を迎えた貝印。歴史ある企業こそ革新を怠らぬことが肝心。
7シーズン目となるKAI×colocalは、未来的な思考、仕組み、技術(ソリューション)を持つ
新進スタートアップ事業者を訪ねます。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:中田健司
熊本に本店を構え、東京や名古屋にも店舗を持つ〈ファクトリエ〉は
各地の工場と直接やりとりして
商品を生産しているファッションブランドだ。
2012年の起業以来、山田敏夫社長は全国の工場を飛び込みで訪れ、
技術のある工場を探し出してきた。
今回〈ファクトリエ〉を取材するため、契約工場のひとつである
愛知県の尾張一宮にある〈葛利毛織工業〉という織物工場で待ち合わせした。
山田さんはこの日の取材前も、
岐阜駅の公衆電話にある電話帳で工場を探してきたところだという。
「これが今日行ってきた工場ですよ」と、工場名と電話番号のメモを見せてくれた。
今でも、足を使って現地を訪れながら工場を探し続けているのだ。
〈ファクトリエ〉は工場と直接やりとりして中間コストをカットすることで、
商品の小売価格を抑えるビジネスモデルだ。
しかも希望小売価格ならぬ、“希望工場価格”を設定。
工場に決めてもらった価格で買い取り、約2倍の価格で販売する。
原価率がなんと約50%。ビジネスの常識ではあり得ない設定である。
これによって、工場側は通常よりはるかに高い利益を得ることができる。
それで売れるのだから、押し付けられたものではなく、職人としてのプライドにかけて、
最高の技術を製品に込めるようになる。
その結果、消費者も高いクオリティのものを、
市場価格の半額に近い価格で手に入れることができるようになる。
とてもシンプルな理屈でわかりやすい。しかしそれを実際の行動に移し、
ビジネスとして成立させるには、大変な努力と熱意が必要だろう。
どうしてこのようなビジネスを思いついたのか。
熊本県生まれの山田さんは、家業が洋品店だった。
「社名である〈ライフスタイルアクセント〉には、
人々のライフスタイルに幸せなアクセントをもたらす会社にしたいという
意味が込められています。洋品店で育った僕にとって一番イメージできたのが、
新しく買った洋服を翌日に着ていて気分があがること。
サラリーマン時代も、週末にネクタイ1本新調すると月曜日の気分が良かったんです。
洋服には、その人の明日を変える力があります」
こうしてアパレル業界に興味を持った山田さんは、パリの〈グッチ〉で働く経験をする。
その際、〈エルメス〉の工房を見学する機会があった。
そうしたパリでの体験からグッチもエルメスも、
ものづくりから生まれたブランドであることに気がついた。
「エルメスのバッグづくりは分業だと思っていましたが、
ひとりでひとつのバッグを丸縫いしていました。
ベテランの職人が多いのだろうと想定していましたが、
なんと若者がイヤフォンで音楽を聞きながら作業していましたね。
それでもひとつ完成させるのに20時間かかるから、1週間にひとつしかできない。
そして職人の刻印が入るから、
リペアするときに誰がつくったものかすぐにわかるんですね。
職人の技術を大切にする姿勢が素敵だなと感じました。
一方で日本の工場にも、エルメスに負けないくらいの技術はあるはずなんです。
でも日本はデフレで、どんどん安くしないとダメな状況。
どうしたらこんなブランドをつくれるのだろう?
どうしたらバーキンやケリーというバッグを何百万円で売ることが可能なのだろう?
この違いはなんだろうかと、いろいろ考えました」
そして辿り着いた答えのひとつが、ものづくりの精神を持つこと。
流行やマーケティングなどの表層的なものに振り回されるのではなく、
芯が強く、戻る場所がある。そのような、ものづくりから生まれたブランドをつくりたい。
その思いから〈ファクトリエ〉を立ち上げた。
「グローバル化が進めば進むほど、最大公約数として“日本”を意識するわけです。
その時に日本の文化的なものを失っていると、
自分たちのアイデンティティや根本の精神を見失ってしまう。
仮に自動運転の時代が来たとしても、きっとクラシックカーを好きな人は買います。
つまり“これが日本のものだよ”というものづくりの文化をちゃんと残しておかないと、
日本人としての拠り所がなくなってしまいます」
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〈ファクトリエ〉を起業し、まずは工場探しを始めることになる。
当時から、電話帳を使って工場をしらみつぶしに探していった。
取材日に調べた電話帳は2016年度版だったが、
「一昨年の電話帳では、そのうちの半分はすでに廃業している」らしい。
探し始めた当時、日本の工場がここまで疲弊していることは知らなかったという。
「一度、訪れた工場が、1か月後には廃業していたりして、
実際に工場を探していくなかで厳しい現状を知りました。
今年6月に発表された衣料品の国産比率は2.4%。
2年前は3.5%くらいでしたので、これはもう止まりません」
実は日本の工場は、海外のメゾンブランドの商品をOEMで生産していることも多い。
守秘義務のため、その多くは公開されていないが、技術力があることの証明ともいえる。
しかし、そうしたビジネスは主流にならない。
ほとんどは、安く早くつくることを求められる。
ライバルはやはり、賃金が安い海外の工場である。
〈ファクトリエ〉が取り引きしている工場のひとつが、大正元年創業の〈葛利毛織工業〉。
昭和初期から、手織りの風合いを保つことができる
ションへル織機という超低速織機を使用している。
これで織られた〈DOMINX(ドミンクス)〉というオリジナルのブランド生地は、
すぐれたスーツ生地として各方面で利用されている。
葛谷幸男社長は、山田さんが訪れたときのことを話す。
「最近は自分の工場で縫製をするところも増えてきましたけど、
昔はほとんどありませんでした。
そんなときに、工場の名前が入る商品をつくって売るという山田社長のビジョンを聞いて、
非常に感動しました」
〈DOMINX〉は、〈ファクトリエ〉でもスーツの生地として
一番多く使っているという山田さん。
「本当にすばらしいものづくりをされています。
最初はまったく知らずに飛び込みで訪れました。
このオフィスには試し織りサンプルが何万種類もあるんですよ。
その重さでオフィスビルが潰れてしまうんじゃないかと思うくらい(笑)。
たとえ機械が古くても、新しいことに挑戦し続けること。
時代に合わせてきちんと生き残ろうとしているのはすごいことです」
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日本、特にアパレルの現状を考えると、
これから工場を残していくのは大変な作業のように思える。
それにはドラスティックな変化が必要なのかもしれない。
「“消耗を愛着に変える”と掲げています。消耗されていくばかりのファッションに対して、
僕たちは革命を起こしたい。普通じゃないことをしないと、工場は生き残れない。
その段階まできています」
それを支えるのは応援経済だという。
ただ欲しいから商品を買うのではなく、応援したいもの・ことに対価を払うこと。
もうひとつのコンセプト、“語れるもので日々を豊かに”も体現していく。
「〈ファクトリエ〉を買ってくれるお客様は、単純に商品が好きというだけではなく、
僕たちの使命に共感してもらっています。いうなれば“革命の同志”です。
お金を使うということを、“消費”ではなくて、“支持”にしたい。
極端にいえば、〈ファクトリエ〉が有名にならなくても、
この考え方がメジャーになっていけばいいと思っています。
ラグジュアリーブランドの売り上げのうち、少しでもこちらに動けば、
日本のものづくりが復活します!」
すばらしい思想であるが、
それをビジネスとして成り立たせながら啓蒙していくのは並大抵の努力ではない。
「葛藤の連続ですよ。うちのような小さな会社にとっては、失敗は致命傷になりかねない。
それでもチャレンジしないといけないし、失敗し過ぎて出血多量になってもダメだし……」
それでもセールはやらないし、芯は曲げない。
「そこを曲げてしまっては〈ファクトリエ〉の存在意義がなくなってしまいます。
今の世の中、すごく安いものだけでも物質的には満足できる生活が送れます。
しかし精神的な健康も大切です。
生きることが目的であれば、どのように進んでいっても構わない。
しかし生きるということを手段として使うのならば、
自分の一生を使って何を選択していくのか」
自分から率先して動けなくても、このかたちならば、
自分の一生の一部を使って「応援」していくことができそうだ。
〈ファクトリエ〉の会社のメンバーは現在約20名。
営業や広告などを専任する人はいないので、
ほとんどがものづくり関連に携わっていることになる。
良いものをつくっていれば営業しなくても売れる、というのが山田さんの理想だ。
「人間を機械に置き換えるから、残業しろというわけです。
でも人間は機械ではないから、無茶をすると疲弊していきます。
それは完全に経営陣の戦略が悪いですよね。
管理は依存を生み、手段が目的になってしまう。だから僕は管理しません。
決裁なんて、ほとんど見ずに通していますよ。
うちの会社を潰したいと思っている社員なんていないと思っているので、
自分で考えていいと思って提案してきたのだったら、僕は否定しません。
コスト意識だってみんな考えているはず。そう信じています」
チームを構成するメンバーを信じること。
それには、入社時から、同じ将来の絵を描いている人が必要だ。
「最終面接では、“自分が死ぬときに幸せだと思うことは何か?”と尋ねるんです。
その道筋と、僕たちの道筋が同じだったら採用します。
それが同じなら、“会社での努力”と、“なりたい自分になるための努力”が
イコールになるはずなんです」
そうして集まったメンバーは、お互いを信じているから、強い結束力が生まれる。
チームとはかくあるべき、と山田さんは言う。
「20人の社員で、どうすれば100人、1000人の力を出していけるかということを
常に考えています。20人で20人の仕事をやれるようになったとしても、
それはチームとしてはまだまだで、個の集まりに過ぎません。
20人で100人、1000人の力を出せるようになるのがチームであることの意味です。
今でも20人で50人くらいの力は出せていると思います」
社員みんなが同じ方向を向いて働いている。
その先に、社員もお金でははかれない価値を見いだすことができるのだろう。
「ほかにもっといい待遇の会社はあるでしょう。
では、彼らにもたらせられる最大のものは何か。
それは“彼らが周囲や社会から愛される”ということです。
近所のおばちゃんから“あなたの会社のおかげで日本のものづくりが救われた、ありがとう”
と言われるかもしれない。
そういうお金では買えない、目に見えないことを
メンバーに返していきたいと思っています」
社員が自信をもって、日本のものづくりを語れるようになったときが、
〈ファクトリエ〉の革命が成功したときなのだろう。
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