連載
posted:2018.9.14 from:大分県由布市 genre:食・グルメ
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
創業110周年を迎えた貝印。歴史ある企業こそ革新を怠らぬことが肝心。
7シーズン目となるKAI×colocalは、未来的な思考、仕組み、技術(ソリューション)を持つ
新進スタートアップ事業者を訪ねます。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:石阪大輔(hatos)
1992年、大分県の湯布院駅から離れた静かなエリアに、
〈山荘無量塔(さんそうむらた)〉がオープンした。
新潟から移築した古民家が建ち並び、それぞれの部屋が独立した離れになっている。
静謐でありながら、あたたかさも感じる和の空間だ。
その後、99年にロールケーキ専門店〈B-SPEAK〉をオープンして話題になり、
以降、チョコレートショップと美術館の入った複合施設〈アルテジオ〉や
蕎麦店〈不生庵〉など多岐にわたって展開している。
湯布院は言わずと知れた温泉地。
客層は移り変わりつつも、長く人気を保っているエリアだ。
そんななかでも〈山荘無量塔〉は、旅館業以外の新しい業態をどんどん仕掛けている。
特に最近では〈theomurata(テオムラタ)〉というチョコレートブランドが好調だ。
洋菓子事業部長の志津野類さんは、かつて東京のレストランで働いていたが、
先代オーナーの藤林晃司さんに呼ばれて、
〈山荘無量塔〉が当時経営していたイタリアンレストランに入店。
料理人の修業を経て、次第に経営やお店づくりに興味が移っていった。
現在では〈theomurata〉をはじめ、洋菓子部門を統括している。
なぜ、旅館がチョコレートを手がけるのだろうか。
「ロールケーキの〈B-SPEAK〉はある程度、ブランドを確立できていました。
だからこそ、この先にこれまでのような成長率を望めないことは予想できたし、
何か次の手を打たなければならない。
そこでチョコレート部門〈theomurata〉を強化していくことにしました」
当時の〈theomurata〉はまだチョコレートのラインナップも少なく、
〈山荘無量塔〉や〈B-SPEAK〉というブランドに頼っているような状況。
まずはその“おんぶにだっこ”状態を脱するべく、いい商品をつくり、
広く知ってもらうことが重要であり、ブランディングの確立を目指した。
そのときに一番大切だったのは、現場の意識改革だったという。
「それまでの慣習を変えることは、なかなか難しいですよね。
新商品が増えるとそれだけ仕事量が増えるわけですから。
仕事のやり方に停滞感があることは気になっていました」
そうしたなかで、かつて〈theomurata〉で働いていたショコラティエ、
牧晃司さんが戻ってきたのが7年前。牧さんはどんどん商品開発を続け、
前向きに発想していった。次第に社内の空気も変わってきたという。
「僕がプロ視点ではない些細な思いつきを、牧に話してみます。
たとえばほうじ茶、あんこ、ゴマとか(笑)」とムチャブリする志津野さんに対して
牧さんは全力で応える。
「アイデアをもらったら、それにどんなチョコレートが合うのか考えてみて、
いろいろなサンプルをつくっていきます。やり始めたら1日に何回でも持っていきますよ。
当たり前ですが、大切なことはおいしいものをつくること。
両極端の味から始めて、味を決めていくことが多いですね。
マニアックにし過ぎず、しかし、ちょっと特徴的に」
牧さんは「手を動かしながら何かが降りてくるのを待つ」タイプらしい。
「やらないより、やってみたら何かが生まれるかもしれない」と志津野さんも言う。
硬直しがちな伝統という重みのある湯布院の旅館業界でも、
まず“動いてみる”という素早い行動力が求められているのかもしれない。
Page 2
〈theomurata〉は、ここ数年で売り上げを倍以上に伸ばしている。
かつて売上目標を志津野さんが口にしたときは、無謀な数値に思われた。
「もちろん簡単な数値ではありませんでした。
それでも〈theomurata〉らしくて、人に渡しやすく、
思い出を語りながらつながっていくような商品をひとつひとつ考えていきました」
こうして生み出されたのが、現在でも主力となっている
バトンのように受け渡せる〈チョコレートビーンズ〉や
ナツメを模したケース入りの〈茶葉ショコラ〉だ。
さらに、少し前から〈theomurata〉はチョコレートのインターネット販売を始めた。
一方で〈B-SPEAK〉のロールケーキは、
消費期限が当日なので現地以外で買うことはできない。
洋菓子のなかでも広めていくもの、対面で買うものと役割を棲み分けさせている。
「これまでは〈山荘無量塔〉に来たお客さんに〈theomurata〉を知ってもらうという
ベクトルがほとんどでしたが、少しずつ逆ベクトルも増えています。
これを加速させたいです」
現在〈theomurata〉である場所は、もともとレストランだった。
しかし完全予約制かつかなりつくりこまれていて、敷居は高かったようだ。
現在ではチョコレートを販売しながらカフェ〈thetheo(テテオ)〉を併設し、
開放的な空間になっている。
その甲斐もあり、同じエリアにある旅館や美術館との周遊も生まれることとなった。
さまざまなブランドがシームレスにつながるようになってきたようだ。
そもそも〈山荘無量塔〉がある場所は、緑豊かで気持ちがいい。
外を歩かないともったいない。
Page 3
〈山荘無量塔〉は多角的に経営をしているが、外部の事業を吸収したり、
専門家を引き込んでいるわけではない。すべて自らの手で生み出している。
その点では志津野さんも「何かを極めたわけではない」という。
ロールケーキの〈B-SPEAK〉の裏話を教えてくれた。
「そもそも、ケーキを学んでもらうためにスタッフを派遣したのですが、
あまり成果を得られずに帰ってきたらしいのです。
でも“おいしいロールケーキならつくれる”という。
それならば、そのロールケーキをどうすれば最大限おいしくできるか。
そうした発想から〈B-SPEAK〉は生まれているんです」
ネガティブなことをポジティブにどう変換していくか。
当時はまだロールケーキ専門店なんてなかったし、ケーキ屋さんでも主役ではなかった。
それでも、できそうなことはやってみる。持っている能力をどこまで引き伸ばせるか。
自分たちで解釈していって、素人なりにでもかたちにする。
「〈山荘無量塔〉も、プロフェッショナルかどうかはわかりません。
でも、日々の掃除とか、お客さまのちょっとしたことに気がつくこと。
つまり地味に素朴に“凡事徹底”すること。それが先代の教えです。
実際、お客様もそうしたことの積み重ねを一番喜んでくれますね」
現在の無量塔グループには、あえて統一されていない世界が広がっている。
しかし、そこに意図を感じる。
「ずっと同じ場所に従事していると、どうしても視野が狭くなってしまうと思います。
その点、先代は非常に視野が広かったのだと思います。ひとつの世界観だけでなく、
さまざまなものをトータルして見せることで、総合して“いいでしょ”と」
特定のジャンルだったら、その道のプロフェッショナルに勝てない。
でもいくつか合わせれば勝てるかもしれない。
それは中途半端なのではなく、まさに総合力という評価。
志津野さんも外の世界とつながることで、多角的な視点をもたらしているようだ。
「固まり過ぎないように、
自分なりの発想を無量塔グループにもたらすことができていると思います。
“守破離”という言葉がありますよね。絶対に守らなければならない母体はある。
ではそこに、どのように改革をもたらすのか」
あえてちょっとずつ軸をずらしながら、さまざまな展開を試みているように感じる。
旅館は、たとえ堅調であっても部屋数以上を売り上げることはできず、
絶対的な上限がある。しかしチョコレートや洋菓子の売り上げに、限界はない。
「これからは洋菓子も無量塔グループを支えていく存在になりたい。
チョコレートから〈山荘無量塔〉を知って、
泊まってもらえるという流れもつくっていきたいです」
旅館も、温泉も、カフェも、美術館も、そしてチョコレートも。
ここに来るだけでも湯布院を総合的に堪能できる。
多面性をもって、湯布院の魅力を発信してくれるのだ。
information
theomurata
テオムラタ
住所:大分県由布市湯布院町川上1272-175 artegio内
TEL:0977-28-8686
定休日:不定休
information
貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
貝印が発行する小冊子『FACT MAGAZINE』
Feature 特集記事&おすすめ記事